【完結】俺は死んだはずだよな?   作:破れ綴じ

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最近気づいたこと:
人名全てにラ行のいずれかの文字が含まれている。

Σ(・□・;)
これはよくないです。このままでは名前を考えるのが下手な人だと思われてしまいます。
名前にラ行の文字を含まないキャラを出さなければ……。


居場所のない執事長と次の標的

 書斎の扉が閉まると同時に、重たい沈黙が部屋を満たす。

 ガルトンは革張りの椅子に座ったまま、指を組んで俺を見ていた。

 

「記憶は戻ったか?」

 

 低い声、威圧感がある。まさに悪の富豪って感じ。レミほどじゃないが、下手なことは言えないと思わせるような声だ。

 額に手を当てた。包帯はもう取れている。傷も塞がって、痛みもねえ。

 ただ、記憶喪失を演じ続けるためには、まだ「完全には戻っていない」という体を保たなきゃいけない。戻ってる、だなんて言えばどうなるか。今の俺には兵士や文官の頃と違って真似すべき人間がいない、俺が一番上の立場だからな。だから仕事を覚えたなんてこと軽々しく言えねえ。

 

「いや、まだ、です」

 

「……そうか」

 

 ガルトンが僅かに眉を動かして、短く切った。それ以上は聞かない、という意思表示。信じてるのか、疑ってるのか、それとも興味がないのか。指を組んだまま、少しだけ前に身を乗り出した。椅子が軋む音がして、空気が一段重くなった気がする。

 

「まあ、焦る必要はない。記憶が戻らなくとも、お前は優秀だ。それは、この数日で証明されている」

 

「……ありがとう、ございます」

 

「レミからも報告を受けている。お前は、仕事を覚え直している。以前ほどではないが、それでも十分に使える、と」

 

 使える、ね。道具としての評価。それ以上でも以下でもない。

 ガルトンにとって、俺は「有能な執事長」か「無能なゴミ」かの二択しかないんだろう。これまで稼いできた信頼も相まって、今のところ前者に分類されてるってだけだ。

 

「それで、だ。お前に任せたい仕事がある」

 

 ガルトンが机の引き出しを開けて、中から一枚の紙を取り出した。俺にも見える位置。名前、住所、金額──てことは、債務者のリストか? 

 

「……仕事、ですか」

 

「ああ。ある貴族への『説得』だ」

 

 ……説得。

 多分、その単語通りの意味じゃないんだろうな。地下の処分室を見せられた時点で、ガルトンの言う「説得」が何を指すのかは察しがついちまった。拷問とか、脅迫とか、そういう類の──綺麗な言葉で包んだ、汚い仕事なんだろう。

 

「こいつは俺に借金がある。しかも支払いを渋っていてな。何度か催促したが、言い訳ばかりで一向に払う気配がない」

 

「それで、俺が直接……」

 

「そうだ。お前が行って、『説得』しろ」

 

 ガルトンの目が、じっと俺を見ている。試してる。間違いなく、試してる。

 記憶を失った執事長が、この仕事をどう処理するのか。昔と同じようにやれるのか。それとも、記憶を失ったことで「使えない人間」に成り下がったのか。

 

「昔のお前なら、こういう仕事は得意だったはずだ」

 

「……そう、だったん、ですか」

 

「ああ。お前は冷静で、的確で、容赦がなかった。だから、俺はお前を信頼していた」

 

 冷静で、的確で、容赦がない。

 元の執事長アシェルは、そういう人間だったってことか。人を拷問することに躊躇がなくて、感情を挟まずに仕事をこなす──この家においては、それはまさしく「真面目」に当たるんだろう。

 

「詳しい内容は、レミから聞け。お前が行くのは──」

 

 ガルトンが紙を見た。指で一行を示す。

 

「明後日だ」

 

「明後日……」

 

 ……マジかよ。

 そりゃ、ルシアとの約束の前日じゃねえか。

 

「準備を進めろ。お前が昔のアシェル通りであることを期待している」

 

「承知、しました」

 

 喉が渇いたまま、声を絞り出す。ガルトンの表情が、僅かに緩んだ。満足したような、安心したような──そんな風に。

 試してる。完全に、試してるんだ。ここで躊躇すれば、「無能」と判断される。断れば、「使えない」と見なされる。レミにそう思われるならまだしも──いやまだしもじゃないが。ガルトンにまでそう判断されれば俺の明日はどうなるか分からねえ。

 

「では、レミに詳細を聞け。準備は怠るなよ」

 

「はい」

 

「下がっていい」

 

 俺は一礼して、書斎を出た。

 扉を閉めた瞬間、息が一気に抜けた。背中が汗で濡れてる。心臓がうるさい。廊下に誰もいないのを確認して、壁に手をつく。

 

「……どうすっかなぁ」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「執事長。旦那様とのお話は、終わりましたか?」

 

「……ああ」

 

「では、詳細をお伝え致します。こちらへ」

 

 レミが先を歩く。俺は黙って、その後を追った。

 案内されたのは執務室。扉を閉めると、外の音が遮断されて静かになる。レミが机の上に書類を広げた。

 

「明後日、こちらの貴族を訪問していただきます」

 

 書類には名前、住所、債務額が記されている。金額は……かなりデケエな。利息も含めれば、普通の商人なら一生かかっても返せねえような額になるんじゃねえか。何してここまで負債を溜め込んだんだか。

 

「基本情報です。年齢、家族構成、資産状況。全てこちらに」

 

 レミが淡々と説明を続ける。声に抑揚がない。まるで店のメニューでも読んでるみたいに。

 

「債務の期限は既に過ぎています。催促への回答は全て先延ばしにされました」

 

「……なるほど」

 

「ですので、今回は直接訪問して『説得』していただきます」

 

 説得。またその言葉だ。

 レミの目が、じっと俺を見ている。試すような視線。昔の執事長なら、この時点で具体的な方法を提案してたんだろうか。

 

「……分かった」

 

 とりあえず頷いておく。詳しい方法は、その場で考えるしかねえ。

 レミが書類を畳んで、俺に手渡した。触れた指が意外に温かかった。これでも血の通ってる人間なんだな。

 

 話が終わって、さあ解散ってところで。聞こうとしてたことを思い出した。

 少しずつ家のことが分かるようになって、疑問に思うようになったこと。次にレミと出会ったときに聞こうとしてたんだった。

 

「……なあ、レミ。一つ、聞いていいか」

 

「はい。何でしょうか」

 

 レミが振り返る。表情は変わらない。

 

「……お前は、どうして俺を従えたいんだ?」

 

 そう言った途端、空気が変わった。背筋に冷たいものが走った。

 これは──

 

 ──嫌な予感、だ。

 

 ……は? なんでだ? え、ただ質問しただけだよな? なんか、俺、触れちゃいけないこと聞いちまったのか? まさか、コイツにとってこの情報って地雷そのものだったりするのか。それも俺を今すぐ殺さなきゃいけないぐらいの……。

 

「……どうして、ですか。面白いことを聞きますね、執事長」

 

 声が、低くなった。

 レミの表情が僅かに変わった。目が細くなる。空気が冷える。嫌な予感が強くなる。ゆっくりと、こっちを向いて、一歩、また一歩。距離が縮まる。

 嫌な予感が、さらに強くなる。背中が冷たい。逃げ場がない。

 あと一歩で体が触れ合う距離。レミが見上げる形、なのに圧倒されてるのは俺の方。

 

 待てよ、冗談だろ? 俺、ここで死ぬのか? まだこの体になって1週間いくかどうかぐらいだ。探検家でさえ3週間弱は生きられたのに、最短だぞ? 

 逃げるべきか──いやダメだ。俺が逃げてもルシアに追いかけられたときみたいにすぐ捕まえられるのは目に見えてる。クソ、こうなるなんて分かってたら変に質問なんてしなかったのに……。

 

「──では、お答えします。その前に、一つ確認させてください」

 

「……なっ、何だ」

 

「執事長。あなたは、本当に──記憶を失っているのですよね?」

 

 これは……罠なのか? 嘘と答えても、本当と答えても、どっちに転んでも危ないよなこれ。

 レミの目が、じっと俺を見つめる。瞬きをしない。数秒──いや、十秒以上か。沈黙が永遠に続いてるみたいな感じがして汗が滲み出てきた。

 嫌な予感が、ピークに達する。ここで何か間違えたら、この二択を間違えたら──殺される。

 

「……あ、ああ。本当だ」

 

 嘘だ。いや記憶はないが、記憶喪失ではない。話せば長くなる。

 

「……そうですか」

 

 レミが僅かに、息を吐いた。

 どうだ? これは……どっちだ? 

 

「では、お答えします」

 

 空気が、少しだけ緩んだ。嫌な予感が、僅かに後退する。

 レミが一歩下がった。距離が開く。でも、視線は外さない。

 

「──それは、あなたが外様の人間だからです」

 

「……外様?」

 

「ええ。この屋敷で生まれ育った訳でもなく、旦那様の血縁でもない。それなのに、物分かりが良いという理由で、旦那様に最も近い位置に君臨し、この家で旦那様の次に強い権力を持っている」

 

「……それが、気に入らない?」

 

「ええ」

 

 レミが頷いた。

 

「私は──執事長がこの屋敷にいらっしゃるよりずっと前から旦那様に仕えてきました。ですよね?」

 

 確認するような声色。

 悪いが俺はそれに「はい」とも「いいえ」とも言えない。だってんなこと知らねえんだから。でも、レミがそう言ってるってことは多分そうなんだよな。

 

「私は今の旦那様に従っています。なのに、外から来た『貴方』が、執事長になった。旦那様の信頼を得て、私より上の立場になった」

 

 そういうことだよな。

 コイツは、自分のプライドとか忠誠心とか、そういうのが強くて、期間の短い俺に必要以上の権利を握らせるべきではないって考えてる。そういう認識で合ってるよな。

 

「それが容認できないのです。だから、記憶を失ったあなたを利用して、私が実権を握る。それが、私の目的です」

 

 レミが再び、俺の目を見る──相変わらず感情は見えてこない。

 

「ご理解いただけましたか?」

 

「……ああ。よく分かった」

 

「それは良かったです」

 

 レミが僅かに、頷いた。

 

「では、明後日の準備を進めましょう。執事長」

 

 そう言ってレミが扉に向かう。手が取っ手にかかった瞬間──

 

「ああそれと、執事長。今の話は、誰にも言わないでくださいね。もし漏らせば──」

 

 言葉を切る。意味は明確だ。痛いくらいに。

 

「……分かってる」

 

「それなら、結構です」

 

 扉が開いて、閉まった。

 レミの足音が遠ざいていく。

 

 もう嫌な予感はすっかり消えていた。

 てことは多分、俺は正解を引けて、死の危険を回避できた、そういうことだよな……? 

 

 いや、本当にそうか? レミの最後の目。あれは、本当に満足した目だったのか? 今から武器を取りに戻って殺しに来たりしないのか? 

 

 まだ怖い、ルシアと同じくらい怖い。

 成り代わりの謎も、真の発生条件も解明できてないってのに、マジで肝が冷えたぞ……。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 扉を閉めて、ベッドに倒れ込んだ。

 

「あー、クソ……」

 

 天井を見上げる。白い天井。綺麗で、装飾もあって、盗賊の頃には見たこともなかったような上等な部屋。なのに、今は牢獄みたいに感じる。

 明後日はガルトンの仕事。その翌日、ルシアとの約束。ソラナの行方は、まだ分からない。レミは……どうすりゃいいか分からねえ。今この時点で失敗したのかどうかも分からねえ。

 

 まず一つ目。ルシアからの課題だ。

「証拠を持ってこい」。兵士アシェルの持ち物、俺が兵士アシェルなんだから、そんなものはねえんだよ。直接会わせろ、それも不可能。俺が兵士アシェルだなんて言っても、ただの狂人だと思われてルシアを激怒させるだけだ。

 じゃあ、どうする? 嘘をつき続けるしかないのか? でも、いつかバレる。バレたら、ルシアは……。

 

「……俺を、殺すんだよな」

 

 声に出して言うと、現実味が増す。

 ルシアの目が思い浮かんだ。あの冷たい、鋭い目。喉に指を当てられた感触。「嘘なら殺す」という言葉。アイツは本気だった。本気で、俺を殺すつもりだった。

 

 二つ目。ソラナの安否だ。

 タリエは無事だった。市務課で、後輩を指導してた。でも、ソラナはいなかった。「気を病んでクビになった書記官」、やっぱりそれがソラナなのか? 

 もしそうなら、俺のせいだぞ。文官のアシェルが死んで、ソラナは心を病んで、仕事を失った。いやでもあの時ついていかなかったらベラが死んでたかもしれねえし……。

 

「……悪い、ソラナ」

 

 謝ったところで、届くわけがない。ソラナは、俺に救われて、感謝してくれて、「これからもお願いします」って言ってくれた。なのに、俺は死んで、アイツを一人にした。

 今、どこで何をしてるんだ? 無事なのか? 生きてるのか? 

 

 三つ目。ガルトンの仕事だ。

 明後日、貴族への「説得」。人を殺したことは全く無い訳じゃない。なんなら兵士の頃にも文官の頃にも殺しは一応やってる。だから今更って感じもある。

 ただ、自分を守るためじゃなくて、情報を引き出したり降伏させたりのために相手をわざと殺さず痛めつけるなんてやったことない。元の俺は真面目に「説得」してたんだろうが……。

 

「……できるのか? 俺に」

 

 ──十中八九無理だろうな。なんか心を切り替えるようなきっかけがねえと、その仕事も上手く行かないだろうし、ガルトンからの信用も一気に失いかねない。

 さっきの発言を聞く限り、ガルトンの言うことを聞けないってなればレミに殺される可能性もあるし……。

 

 もしかすると、今が、一番ヤバい状況なのか? 

 いや、まだ何か、方法があるはずだ。あるはず、なんだが……答えが出ない。

 

「……マジで、どうすればいいんだよ」

 

 仲の良かった奴らは皆今の俺を知らねえし、ここにいる奴らにはむしろ聞こえちゃいけねえ。「どうすればいいか分からない腑抜けの執事長」なんて一番見られたらマズい姿だ。

 ここには、声に出しても返してくれる奴は誰もいないんだ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 翌朝。仕方ねえから俺の部屋で、昨日レミから渡された書類を広げていた。まだやれるかどうかは分からないが、どっちにしろ明日取り掛かることになるんだ。情報を頭に入れておくだけでもいいからやっとこう。

 標的の貴族はエドウィン子爵。年齢は四十代後半。家族構成は妻、子供はいない。資産状況は──表向きは裕福だが、実際にはかなり火の車らしい。だからガルトンから金を借りたのか? 

 

 で、コイツを俺は締め上げなきゃいけねえと。

 できるかな。俺自身はコイツに恨みも何もねえのに。

 

 債務額の数字は相変わらずドン引きするような値だ。

 用途は政治活動資金……政治活動? 貴族が政治活動するのに金が要るのか? ……まあ、賄賂とか根回しとか、そういうのに使うんだろうな。

 

「……で、この貴族を脅せ、と」

 

 小さく呟いた。誰もいない部屋で、声が虚しく響く。

 書類をめくる。次の頁には、もっと詳しい情報が書いてあった。エドウィン子爵の政治的立場とか。へえ、コイツ、王女に反対してる派閥の一人なのか。

 王女が推進している改革政策。内容は特定の貴族の特権削減とか、商人への規制緩和とか、庶民への支援拡大とか。長い期間で見れば確かに国全体の利益になりそうな政策らしいが。

 なるほどな。そりゃ、貴族からすれば面白くないだろう、この政策に合致する奴は特に。そうなりゃ収入も減るだろうし。エドウィン子爵も、この政策で利益が大幅に減少したらしい。

 

「だから反対してる。……じゃあその反対のために政治資金が必要になった?」

 

 まあ、理屈は分かるな。自分の利益が削られるなら、誰だって反対するだろう。

 そのまま、次の頁をめくって──手が止まった。

 

『王女殿下暗殺計画への関与』

 

 ……は? 

 何だって? いや見間違いか? 間違いじゃねえな。確かに、そう書いてある。

 なになに? エドウィン子爵は、王女の改革政策に反対するあまり、資金を使って──王女の『暗殺』を企てた。狙いは祝祭当日の、外部から狙いやすい興行の最中。しかし、計画は実行犯を事前に察知した見習い兵士の報告によって失敗。エドウィン子爵は「関与していない」と主張。証拠不十分で、法的には裁けない状態。

 

 ただし、ガルトンは──その証拠、つまり弱みを握っている。

 

「……マジかよ」

 

 王女の暗殺を企てた? 祝祭当日で、興行の最中を狙った? 見習い兵士の報告によって頓挫? 

 

 ……ってことは。あの暗殺計画の黒幕が、このエドウィン子爵、ってことなのか? 

 書類を見直す。当たり前だが、時期は合ってる。祝祭の時期と、この暗殺計画が発覚した時期が、ぴったり一致してる。資金は根回しとか、妨害のために? 

 ガルトンが情報を知ってるのも筋が通る。金を貸す上で相手の用途を探ろうとするだろうし、そこから相手の弱みを握れる可能性もある。これはそれがピッタリはまった例だ。

 

 つまり、こういうことだ。

 エドウィン子爵は、王女の改革政策に反対して、暗殺を企てた。資金を出して、実行犯を雇った。計画は祝祭当日に実行される予定だった。でも、俺とルシアによって、計画は失敗した。

 

 じゃあ……。

 

「そうか……。コイツが……!」

 

 コイツが、俺が死んだ原因か!

 ルシアを悲しませて、俺が今苦しい状況にあるのも、全部コイツのせいか! 

 

 なんか急にやる気が出てきたぞ。拷問に対する抵抗とかもなくなってきた。

 ガルトンやレミの期待にも応えられる、いやむしろ期待以上の残酷さだって、今の俺なら見せられるかもしれねえ。

 

 ついでにコイツを脅すことで、もっと明確な証拠だって掴める可能性がある。

 それをルシアに渡せば、王女を守るのが夢なルシアからの信頼だって得られる。上手くいけば彼女の功績にもなるし、良いことづくめじゃないか! 

 

「ったくエドウィンめ! なんだよそうなのかよ先に言えよ~! ははは!」

 

 てめえ明日覚えてろよ。




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