【完結】俺は死んだはずだよな?   作:破れ綴じ

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標的の末路と想いの込められた手紙

 廃礼拝堂の中は静かだ。壊れた長椅子が並んでて、天井の一部は崩れかけてる。窓ガラスは割れて、外からは風。月の光が斜めに差し込んで、床には長い影を作ってた。

 

「──で、これがさっき話した証拠諸々。全部あるはずだ」

 

 俺は紙の束をルシアに差し出した。ガルトンが握っていた、エドウィン子爵の王女暗殺計画への関与を示す書類。その後手に入ったさらに有力な証拠の写し。

 ルシアが受け取って、黙って目を通し始める。

 

 さっき、エドウィンのことは全部話した。王女暗殺計画の黒幕。祝祭当日の襲撃の首謀者。資金を出して、実行犯を雇って、計画を立てた張本人。でも、証拠不十分で逃げ切ってた男。おかげでこの件はずっと犯人が不明なままだった。

 それを、レミと一緒に「説得」して情報を吐かせ、滞納してた借金のカタとしてあらかた資産ごと差し押さえた。今、差し出してるのはその写しだ。

 

 ルシアの目が、書類の上を滑っていく。表情は変わらず、冷静に、淡々と、内容を確認してる。でもルシアの呼吸が、僅かに早くなって、書類を持つ手に、少しだけ力が入ってるのは見て取れた。

 まあ、それも当然か。ルシアからすれば自分の相棒を死に追いやることになった要因そのものだからな。外面は冷静だが、内心は流れ込んでくる情報相手に気が気じゃないんだろう。

 ルシアの指が、紙の端を撫でるように動く。確認してる。一つ一つ、丁寧に。これが本物かどうか、使える証拠かどうか、法的に有効かどうか、その辺を見てるんだろうか。

 三ページ目。王女暗殺計画の詳細。資金の流れ、実行犯との連絡記録、計画書の草案。四ページ目。実行犯の名前と、エドウィンからの指示書。五ページ目。資金の受け渡し記録と、計画の詳細なスケジュール。六ページ目。失敗後の口封じ指示と、証拠隠滅の試み。

 

 そして──ルシアの唇が、僅かに吊り上がった。

 笑ってる。いや、笑みを浮かべてる。でも、それは喜びの笑顔じゃない。冷たい、何か別の感情が混じった笑み、復讐心か。この一件で、少しでもいいから落ち着いてくれるといいんだが。

 

「……完璧ね」

 

 低い声。抑えた声。でも、その奥に何かが滲んでる。

 

「これだけ揃ってれば、言い逃れはできない。やろうと思えば今すぐにだって牢獄行きにできる」

 

「ああ。うちは滞納してた分を全部差し押さえたから、もうコイツに用はない。好きにしてくれていい」

 

 これは了承済みだ。

 ガルトンとレミは俺の期待以上の「説得」の出来に相当満足しているらしい。なんか俺の個人的な憎悪が入り混じった故の結果だったんだが、「記憶こそ失えど仕事に対するその実直さは失われていなかった」と。もう一回、今度は全く別の人間に同じことやれって言われても安定した質は担保できねえぞ。

 まあ、それで気分を良くしたガルトンから、エドウィンの処分に関しては俺の自由にすればいいと言質を取った。で、俺はその処分を功績と復讐という形でルシアに譲る訳だ。自分でも良い取引になったと思う。

 

「……やっと」

 

 呟くような声。独り言みたいな。

 

「やっと、裁ける」

 

 指先が、書類を握りしめる。紙が僅かに皺になる。爪が、紙に食い込む。

 

「こいつが、全部の元凶」

 

 ルシアの目が、俺を見た。でも、俺を見てない気がする。俺を通り越して、何か別のものを見てる。エドウィンの顔か、それとも──過去の光景か。

 

「こいつのせいで、アシェルは死んだ」

 

「……ルシア」

 

「こいつのせいで、私は──」

 

 言葉が途切れる。ルシアが目を閉じる。深く、息を吸う。吐く。もう一度、吸う。目を開ける。さっきまでの狂気じみた雰囲気が、少しだけ薄れてる。でも、完全には消えてなさそうな。

 

「……ごめんなさい。取り乱したわ」

 

「いや、別に」

 

「でも──ありがとう」

 

 ルシアが書類を胸に抱える。大事そうに、まるで宝物みたいに。

 

「……ガルトンの内部情報を持ってくることは、今の俺にはできない。だから今回はこれで手打ちにしてくれねえか」

 

「問題ないわ。むしろ期待してたよりずっと良い結果。本当に、助かる」

 

「……そうか」

 

「話を聞いた時は半信半疑だったけど──実物を見たら、確信できた。これなら、絶対に裁ける」

 

 つまり、王女サマを守る一助になれる。ついでで、アシェル──つまり見習い兵士の俺の無念も、晴らせるってことになる。

 書類を見つめるルシアの視線には、「これでようやく次に進める」っていうドロドロした感情が混ざってるみたいだった。

 

「ふふふ……ふふふふふ…………」

 

 ……いやでも怖えよルシア。

 不安になるからそんな光のない目をするのは止めてくれよ。

 重要な情報で気が逸れてるから助かってるが、こっちはいつ「じゃあこのエドウィンに資金を提供したガルトンも同罪よね?」って言われないか内心びくびくしてたんだぞ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「それでもう一つ──約束があったわよね」

 

 ルシアの声が、礼拝堂の中に響く。

 俺の背中が、冷たくなる。来た。分かってた。分かってたが、やっぱり来た。

 

「アシェルの持ち物。持ってきてくれた?」

 

 ルシアの目が、俺を見てる。真っ直ぐに、期待を込めて。どんなものが来るのかと楽しみそうに。

 ……クソ。

 

「……それが、だな」

 

 言葉を選べ、俺。慎重にだぞ。ここで下手なことを言えば、全部が崩れるかもしれねえんだから。

 

「彼は、その──渡してくれなかった」

 

「……何ですって?」

 

 ルシアの目が、細くなる。空気が冷える。

 

「いや、違うんだ。俺は警戒されてて。ガルトンが、目を光らせてるから、アシェルも俺の言葉を信じてくれなくて、だな」

 

「それで?」

 

「持ち物を持ち出せば、ガルトンに気づかれるかもしれない。そうなったら──アシェルの立場が、もっと危うくなる」

 

 全部嘘だが。

 兵士アシェルは、もういない。持ち物なんて、最初から存在しない。でも、そんなこと言えるわけがねえ。

 

「……本当に? 確かにアシェルらしいけど」

 

 ルシアが一歩近づく。距離が縮まる。圧が、増す。

 

「それとも、あなたが嘘を──」

 

「待て!」

 

 俺は懐から、封筒を取り出した。

 ルシアの目が、封筒に向く。動きが止まる。

 

「代わりに、これを」

 

「……何、それ」

 

「アシェルが、お前に宛てて書いた手紙だ」

 

 目が見開かれる。呼吸が、止まる。

 

「手紙……?」

 

「ああ。持ち物は渡せないが、手紙ならいい、と。お前に、伝えたいことがあるらしい」

 

 俺は封筒を差し出す。

 勿論、俺が自分で書いた手紙だ。「ルシアが思うアシェル」の持ち物なんて存在しねえんだし、こういう形で俺の存在を証明するしかなかった。

 見習い兵士だった頃の記憶を頼りに、今のルシアの気持ちを少しでも和らげられるよう言葉を選んで。他の人生の出来事が混同しそうになって書くのには苦労したんだぞ。おかげで「最優秀成績で正規の兵士になったことは書いていいんだっけか?」とか考えながら書くはめになった。後でボロが出るかもしれねえが、今を乗り切るためにとりあえずこれを。

 

 手が、僅かに震えてる。バレるな、バレるなよ。

 ルシアが、ゆっくりと手を伸ばす。指先が、封筒に触れる。

 

「……アシェルが」

 

 声が震えてる。

 

「アシェルが、私に……?」

 

 封筒を受け取る。両手で、大事そうに。まるで壊れ物みたいに。

 ルシアが封筒を見つめる。表に書かれた文字──『ルシアへ』。

 俺が書いた文字。ルシアが筆跡を確認してるが、書いたのは紛れもないアシェル本人だ。調べようったって、俺の筆跡だってことしか分からねえぞ。だから怪しんでくれるなよ……! 

 

「……ありがとう」

 

 ルシアが顔を上げる。目が、潤んでる。封筒を胸に抱えた。さっきよりもずっと大事そうに。

 ……いや、違うんだ、ルシア。馬鹿正直に言えやしないんだが、それを書いたのはお前の知ってるアシェルじゃないんだ。その、騙されてくれるのはありがたいんだが、心が痛え……。

 

「──実は、私も。手紙を用意してたの」

 

「……え?」

 

「アシェルに、渡してほしくて」

 

 そう言うと、ルシアが懐から、別の封筒を取り出して、俺の方に差し出してくる。

 表に『アシェルへ』の文字。見習い兵士の頃にちょくちょく見ることがあったルシアの筆跡。

 

「同じこと、考えてたなんて。アシェルったら……ふふふ……!」

 

 ルシアが──笑った。

 今度は、本当の笑顔。柔らかい笑顔。嬉しそうな笑顔。

 

 俺も封筒を受け取る。軽い──はずなのに、妙に重く感じる。

 ルシアの想いが詰まってるからか。兵士アシェルへの想いが。もういない、俺への想いが……なんか恋文の交換みてえだな。

 

「……分かった。必ず、渡す」

 

「ええ。お願いね」

 

 ルシアが封筒を見つめる。俺が渡した封筒を。

 

「……今、開けてもいい?」

 

「あ、ああ。好きにしてくれ」

 

 ルシアが封を切る。丁寧に。破らないように。中から、便箋を取り出す。

 月の光に透かすように、文字を追い始める。

 

「……っ」

 

 ルシアが、小さく声を漏らした。

 顔を上げると、ルシアが便箋を握りしめてる。目が、潤んでる。涙が、一粒、頬を伝った。

 

「……アシェル」

 

 呟くような声。

 

「待ってて。必ず、会いに行くから」

 

 その言葉が、胸に刺さる。

 痛い。痛えよ、ルシア。

 

 俺もルシアから受け取った封筒を見た。

 ……要は俺宛てってことだよな。これ、開けていいのか? いや、開けなきゃ意味がない。アシェルに渡すって言った以上、中身を確認しないわけにはいかないんだが。いやでもなあ……。

 

「……なあ」

 

「ああ、ごめんなさい。また、取り乱したわ」

 

 ルシアが涙を拭う。でも、笑ってる。嬉しそうに。

 

「でも、嬉しいの。やっと、アシェルの言葉を聞けた。彼ったら、まだ私のこと覚えてるんだって、ふふふ……!」

 

 忘れる訳ねえだろうがよ……。

 俺にとって初めての成り代わりがどれだけ衝撃だったか、こんなこと誰も知らねえだろうけど。

 

「じゃあ、私はこれで」

 

「……ああ」

 

「ありがとう、本当に。また一週間後に会いましょう。次も期待してるわ」

 

 そう言って、ルシアは消えた。扉が閉まる音。足音が遠ざかる。今までにないほど満足そうな後ろ姿だった。

 あの様子を見るに、少なくとも俺は有用だと認識してもらえた、と思う。今すぐにでも殺される心配は無くなったって考えてよさそうだ。

 

 残された俺は、ルシアから受け取った封筒に視線を移す。

 ……もうアイツ帰ったよな? 裏から見てたりしねえよな? 

 

「……帰りの途中で開けるか」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

『アシェルへ。久しぶり。

 

 まさか生きてただなんて、思ってもみなかった。

 あなたが生きていると知った時、本当に嬉しかったの。

 ずっと死んだと思ってたから。私のせいで死んだんだって。

 

 私が刺客の対応に遅れたから。私だけ先に報告へ戻ったから。

 あんなに言われてたのに、靴の結び方を間違えて、それで遅れてしまったから。

 だからあなたを死なせてしまったんだって。ずっと後悔してて。

 本当にごめんなさい。

 

 相方として、一緒に暮らしたあの見習いの日々も。

 装備の付け方を間違えて、直してもらったことも。

 全部覚えてる。今でも思い出せるの。

 

 今、無事にしているか心配。どういう状況なのかもまだよく分からないし。

 ちゃんと食事は取れてる? 酷い仕打ちを受けてない? 怪我や病気はしていない? 

 今どこにいるの? ガルトンの屋敷? それとも別の場所? 

 もし辛いことがあればすぐに知らせて。助けが必要なら、何があっても助けるわ。

 

 ああ、私は正規の兵士になったの。

 あなたと話した、あの夢に一歩近づけた。王女様を守る兵士になるって夢。

 その後も、悪い奴を沢山捕まえたり、文官を追い回す荒くれを制圧したり。

 功績は積める限界だけ積んでるつもりよ。そのためなら何でも利用してやるつもり。

 偉い兵士になれるよう頑張ってくれっていう、あなたとの約束を果たすためにもね。

 

 でも私、あれを話した時、あなたも当然ついてきてくれるものだと考えててね。

 私とあなたで、二人で王女様の斜め後ろに立って。そうなるって思ってた。

 ごめんなさい。あなたがどうしたいか聞くつもりだったけど、聞けなくなっちゃって。

 いつでもいいから、答えを聞かせてくれると嬉しい。

 

 もし、お金の問題なら私がすぐに解決するわ。結構稼ぎはいいの。

 違法に捕まってるならすぐ証拠を頂戴。明日にもガルトンはいなくなるから。

 あなたが犯罪を犯したとかなら……その時は私が擁護するわ。王女様の暗殺未遂を阻止した立役者が、今は人知れず牢屋の中だなんて、そんなこと許されないから。

 どんなことをしてもあなたに償いをするし、今度は絶対後悔させない。

 

 だから、もう少しだけ、待ってて。

 必ず、会いに行くし。必ず、あなたを助けるから。

 そしたらまた相棒に戻りましょう。

 生きていてね。無理はしないで。

 

 ルシア』

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 封筒を懐にしまって、廃礼拝堂を出た。外は冷たい風が吹いてる。月が雲に隠れて、辺りは暗い。人通りは少なくて、誰にも会わないまま、足早に屋敷への道を歩く。

 でも、懐の封筒がやっぱり妙に重く感じる──というか、単純に手紙の内容が重てえ。一応想定はしてたが、コイツ相当拗らせてやがった。何一つルシアのせいじゃねえのに。

 

『二人で王女様の斜め後ろに立って』

 

 その言葉が、頭から離れねえ。ルシアは、俺と一緒に──兵士アシェルと一緒に、王女を守ることを夢見てたんだ。二人で、並んで、同じ場所に立つことを。

 

「……クソ」

 

 悪いが俺は、お前の期待に応えられない。お前が夢見た未来は、もう来ない。兵士アシェルは、もういないんだ。

 何度目か分からない、心の中だけの謝罪で、恐怖とはまた別に気分が重たくなっちまう。……ああもう、切り替えろよ、俺。

 

 屋敷が見えてきた。灯りがついてる。窓から漏れる光が、石畳を照らしてる。

 門をくぐる。中庭を抜ける。玄関の前まで来て──

 

「お帰りなさいませ、執事長」

 

 レミだ。玄関の前で背筋を伸ばして、両手を前で組んで立ってた。

 俺が「記憶を思い出すためにもちょっと散歩に行ってくる」って言って地図片手に屋敷を抜け出してきて。その時に見た姿から、何も変わってなかった。まるで、ずっと待っていたみたいに。

 

「……ああ」

 

 俺は短く返事をした。レミの横を通り過ぎようとして──

 

「散歩は、いかがでしたか?」

 

 声が、背中に刺さる。足が、止まる。振り返る。

 レミが、じっと俺を見ている。無表情だが、目が何かを探ってる。

 

「……ああ、まあ」

 

「夜は冷えますから、お体に気をつけてください」

 

「分かってる」

 

「そうですか」

 

 レミが、一礼する。

 

「では、明日の業務について、ご説明致します」

 

「……今から?」

 

「ええ。執事長は、記憶を失われているのです。ですから、毎晩、翌日の予定を確認する必要があるかと」

 

 そう言って、レミが歩き出す。俺の横を通り過ぎて、廊下の奥へ。

 

「こちらへ」

 

 俺は、黙ってその後を追った。背中に、冷たいものが張り付いてる気がする。

 レミは何か気づいてるんじゃねえか。確信はないだろうが疑ってて、俺の行動を観察してるんじゃねえか。

 

 前を歩くレミの背中。足音が、規則正しく響く。

 相変わらず一切の乱れが無い完璧な歩幅。もうこの家で一週間ぐらい暮らしてきて、他にもメイドや執事は見たが、どれもレミほどじゃなかった。コイツだけ明らかに体の運び方が別格だ。

 

「執事長」

 

 そんなこと考えてたら、レミが前を向いたまま、こっちに話しかけてくる。

 

「何だ」

 

「──くれぐれも、お体に気をつけて」

 

 そう言って、レミが少しだけ横目で俺を見る。

 俺はお前の視線で胃に穴を開けちまいそうだよ、とは口が裂けても言えない。

 

「旦那様は、貴方を信頼しておられます。ですから──裏切りのようなことは、なさらないでくださいね」

 

「……っ」

 

 ──いや、まさか。ルシアとのことは、知られてないはずだ。

 ガルトンに厚い忠誠を誓うこの女が、あんな密会見てて黙っておくなんてことあり得ねえ。もし隠してるだけなら、今夜俺は殺されるはずだが、生憎恒例の「嫌な予感」は姿を見せる気配がない。だから確証はないが、今日殺されるなんてことはねえと思う。

 

「……分かってるさ。怖いぐらいにな」

 

 俺にできるのは、ただ肯定の意図を示すことだけ。




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