【完結】俺は死んだはずだよな?   作:破れ綴じ

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秘密だった密会と強烈な死の気配

 なんで、そのことを。

 

「廃礼拝堂での、あの女兵士との密会──心当たりがありますよね?」

 

「……」

 

 落ち着け、俺。とにかく誤魔化せ。今すぐ、何か言え。

 黙ってたら認めたことになっちまうぞ。

 

「な、何のことだ? 俺は──」

 

「毎週、同じ曜日の、同じ時間に」

 

 レミの声が、俺の言葉を遮る。

 

「屋敷を出て、南門近くの廃礼拝堂へ向かう。滞在時間は約三十分。そして戻ってくる」

 

「……ッ!」

 

 バレてんじゃねえか……! 全部、言い当てられたぞおい……。

 いつから? どうやって? ちゃんと追っ手が来てないか毎回確認してたはずだ。コイツ、尾行の腕前まで超一流だってのかよ! 

 

「散歩、でしたよね? 執事長は『記憶を思い出すために散歩をしている』と仰っていました」

 

「あ、ああ。そうだ、散歩だ」

 

「では──なぜ、特定の曜日だけ毎回同じ場所なのですか?」

 

 レミが一歩、近づく。距離が縮まる。

 

「記憶を思い出すための散歩なら、色々な場所を巡るべきでは? なのに、執事長は毎回、同じ場所へ」

 

「それは……」

 

「そして」

 

 レミが、また一歩。

 

「あの女兵士。以前私が執事長に『注意を逸らせ』と指示した、あの女兵士ですね」

 

「!?」

 

 な、なんで。ルシアのことまでバレてやがる……!? 

 ──いや、確かに。レミはあの時「お見事」なんて言ってやがった。てことは遠くから状況を見てたってことじゃねえか。ルシアの顔を覚えててもおかしくねえ。

 もしそうなら、俺がある女兵士と出会ってることを知ってる時点で、相手の顔を見てるのは確定なんだから、線がつながるのも当たり前だ。

 

 どうする……? 正義に篤いルシアからすりゃ巻き込まれ上等かもしれないが、俺個人の気持ちとしてアイツをこっちの話に巻き込みたくない。

 そもそもそんな事実はないって主張しないと、ルシア以前に俺の命が危ない。でも、じゃあ俺は、何を言えば……? 

 

「偶然、だ。偶然会っただけだ」

 

「偶然が、四回も?」

 

「それも、偶然だ。巡回の仕事だったのかもしれない」

 

 クソ、これじゃ厳しいか……!? 

 四回連続で同じ人間に出会うだなんて自分で言っててあり得ねえとも思うが、でもそう言わなきゃ──

 

「執事長。嘘は、よくありませんよ」

 

「ちが、嘘じゃ」

 

「では、これは何ですか?」

 

 レミが懐に手を入れる。

 そして、取り出したのは、封筒。一通、二通、三通、四通。

 

「それは……!」

 

 それは──ルシアからの、手紙。

 俺が受け取った、ルシアからアシェルへの手紙。捨てるに捨てられなかった、想いのこもったルシアの手紙。

 

 なんで、レミが持ってる? 

 

「執事長の部屋から、拝借させていただきました。中身もきちんと読ませていただきましたよ」

 

「お、お前……!」

 

 そうだ。コイツは成り代わり初日に裏帳簿がある俺の机を調べてた。やろうと思えば、俺が隠したものなんて簡単に見つけられるんだ。

 四通ってことは、これまでの全部。俺は、初めから怪しまれてたってことに……。

 

 というか、中身まで読まれたんなら、もう何も言い逃れできねえぞ……!? 

 あの手紙には「ガルトンを必ず打ち倒してアシェルを救い出す」ってルシアのメッセージがこれでもかと書き込まれてるんだ。それを俺が持ってちゃ、利敵行為をしてましたって自白するようなもんじゃねえか! 

 

「中身は、明確に、ガルトン様に敵対するものでした」

 

 レミが封筒を開く。便箋を取り出す。そして──読み上げ始める。

 

「『違法に捕まってるならすぐ証拠を頂戴。明日にもガルトンはいなくなるから』」

 

 ルシアの言葉が、レミの声で再生される。

 

「はて? この手紙の中の『アシェル』とは──執事長、貴方のことですか?」

 

「違う、それは──」

 

「では、誰のことですか?」

 

 レミが、また一歩。もう、壁まで後ろがない。

 

「この女兵士は、『アシェル』という人物を探している。そして、執事長は彼女と密会を続けている」

 

 レミの目が、細くなる。

 

「執事長。貴方は、私達の敵、ということでよろしいですか?」

 

「ち、違う! 俺は──」

 

 言葉が出ない。言い訳が、思いつかない。

 レミの視線が、俺の喉元に向いている。まるで、そこを狙っているかのように。発言次第でいつでも俺を殺せるって、強調するみたいに。

 

「執事長。嘘は、もう結構ですので」

 

 レミの唇が、僅かに吊り上がる。

 笑ってる。いや、笑みを浮かべてる。でも、それは喜びの笑顔じゃない。不気味な、何か別の感情が混じった笑み。

 

 レミの声が、どんどん低くなる。空気が変わる。

 

「さあ、説明をどうぞ」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 部屋の空気がどろどろと澱んでく。そんな訳ねえのに。

 レミの周りだけ、空間が歪んでるみたいに見える。

 嫌な予感が、今までにないほど強くなる。

 

 ──殺気、だ。

 それも相当に凄まじい。兵士の頃に対峙した暗殺犯とか、文官の頃に追いかけてきた荒くれ共とか、探検家の頃に俺を食い殺そうとした怪物とか。ああいう奴らが放ってた、でもアイツらとは比べ物にならないくらい強い、とんでもない殺気。

 頭の中に、路地裏で俺の首を絞めるルシアの顔が思い浮かぶ。これは、無意識に助けを求めようとしたのか、それとも恐怖が昔の経験を思い起こさせたのか──いや、そんなことどっちだっていい。

 

 このままじゃ、死ぬ。確実に、死ぬ。

 

「答えてください」

 

 声が、低い。冷たい。でも、その奥に熱がある。

 

「貴方は、何者ですか?」

 

 心臓が、バクバク鳴る。

 頭が、真っ白になる。何も、考えられない。

 

 いや、違う。考えなきゃいけない。今すぐ、何か言わなきゃ。

 でも、何を言えばいい? 何を言えば、レミは納得する? 

 嘘をつくか? いや、もう無理だ。レミは全部知ってる。手紙も読んでる。密会も知ってる。

 本当のことを言うか? いや、それも無理だ。「俺は成り代わった」なんて言っても、信じるわけがない。ついさっき何の冗談だって言われたばっかりだ。殺気にあてられた、ただの狂人だと思われて、その場で成す術もなく殺される。

 

 じゃあ、どうする? どうすればいい? 

 

 殺気が、さらに。クソ、まだ強くなるのかよ! 

 視界が揺れる。耳鳴りがする。舌が重たい。胃袋の中身が喉までせりあがってくるのを感じた、油断すれば間違いなくぶちまけるぞ、これ。毒キノコよりよっぽど強烈な苦しみで、息が抑えられねえ。

 圧を受けてるだけで、意識が、遠くなる。このままじゃ、本当に──

 

 部屋の温度が、急に下がった気がする。いや、下がってないのに、体が冷える。

 レミの目が、俺を見ている。獲物を見る目。

 

「……残念です」

 

 手紙を放り投げるレミ。もう笑顔はすっかり消えてた。

 舞い散る紙に紛れて、頭の中に今までの光景が浮かぶ。

 

 盗賊の頃。牢獄の石床は冷たく湿ってて、鉄の匂いがした。

 兵士の頃。ルシアの横顔と朝の外縁を走った日々。装備を直した記憶。

 文官の頃。タリエとソラナと書類に囲まれた日々。酒の席のベラの笑い声。

 酒家の頃。リアンとマドリーの三人で作った酒。頭を支配する酒の強さ。

 探検家の頃。ウィスプたちの声。飢えと渇きと、それから恐怖。

 

 そして、今。ガルトン邸の執事長として、五週間。

 レミに脅され、ルシアに脅され、板挟みになって、それでも生き延びてきた。

 

 ここで、終わるのか? 

 ここで、死ぬのか? 

 死んだとして、次があるのか? 

 また、成り代われるのか? 

 

 分からない。探検家の時、三週間に届かずに死んだ。それでも、成り代われた。

 じゃあ、今回も? 今回も、大丈夫なのか? 

 

 分からない。結局条件ってのは何一つ分からないんだ。

 次のアシェルも見つかってない。どこにもアシェルって名前の真面目な奴は見つからないままで、次はどこに成り代わるのかも分からねえし、そもそも次が無い可能性だって……。

 

 なのに、ここで死ぬわけにはいかない。

 次がなかったら? 本当に、終わりだったら? 

 

「ッ!!」

 

 そんなの嫌だ、俺は生きるんだ! 

 どんな手を使っても、生き延びなきゃいけないんだ! 終わるなら、やること終わらせてからじゃねえと、死ぬにも死にきれねえ! 

 思考をとにかく回転させろ! レミの殺意なんかに負けるな! ただの圧だ、大丈夫、圧で死んだりなんかしねえ! ……はず! 

 

 なんとか、解決策を探せ。

 おかげで嫌な予感は最高潮だ。一発のミスで即死だと思え、俺! 

 

「……待て」

 

「はい?」

 

 頭の中に、今この状況を乗り越えるための考えが一つ、思い浮かんだ。

 

 レミは、俺を「従えたい」と言った。俺のミスを庇ってきた。

 ガルトンへの忠誠を口にしてるが、にしちゃ行動が矛盾している。

 

 とはいっても、言ったその後レミがどういう行動を取るかは全く予想ができねえし、こんな極限状況で深く考えきれた案って訳でもない。

 

 危険だ。危険すぎる。でも、他に道がない。だから、賭けるしかない。

 勿論失敗する可能性だってある。そうなりゃ死ぬ時間はさらに早くなる。

 可能性だって、高くはない。でもその可能性を引けなきゃ、どっちにしろもう俺には後がない。

 この次の発言で、未来が決まる。気張れよ、圧に打ち勝て、俺! 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 俺は、レミの目を見た。

 真っ直ぐに。逸らさずに。

 

「詳しい事情は、言えない」

 

「言えない、ですか」

 

 声が、掠れる。でも、はっきりと言った。

 レミの指先がゆっくり持ち上がる。武器でも探してんのか、コイツにとっちゃ床に落ちた手紙の切れ端ですら俺を殺す凶器にできるだろうが。

 

「では、裏切りと判断してよろしいですね」

 

「待て」

 

 レミの指が、止まった。

 僅かに。ほんの僅かに、圧が緩んだ。

 

「俺は──ガルトンに呼ばれてる。急ぎの用なんだ。だから今すぐ、行かなきゃいけない」

 

「用、ですか」

 

 レミの声に、疑念が混じる。

 

「それはあり得ません。執事長の予定を、私は全て把握しています。今日、旦那様からの呼び出しはございません」

 

 それで逃げ切れると思ってるのか、って言いたげな目と声色。

 当たり前だ。事実上、俺はコイツの支配下にある。俺が今後どういう行動取るかだって全部コイツが決められる。だからこんなハッタリ、すぐに嘘だって分かる。

 

 ただ、その上にさらにもう一枚ハッタリを重ねれば話は別、そのはずだ。

 

「お前には、知らされてない」

 

「……それはどういう?」

 

「ガルトンは、お前には知らせてない。でも、俺には伝えてる」

 

 嘘に決まってんだろ。

 いくら俺が有能だとしても、記憶喪失のはずの人間にだけ相談したいことなんてある訳がねえ。そんなこと、誰だって分かる。でも──

 

 ──レミの動きが、止まった。

 完全に。指先も、呼吸も、全部。

 

「お前は、メイド長だ。俺を脅して、従えられる立場にある──でも、それ以上に、立場だけでも俺は執事長だ」

 

 俺は、レミの目を見たまま続ける。

 

「ガルトンにとって、どっちが上か。お前も分かってるはずだ」

 

「……」

 

 レミが、黙る。

 圧が僅かに緩む。

 

「極秘の用事だ。お前には教えられない。ガルトンが、そう言った」

 

 それだけ言い切った。

 心臓が、バクバク鳴る。でも、顔には出さない。

 

 賭け。全部、賭けだ。

 レミの忠誠心が本物なら、今の発言はそれを逆撫でするだけの行為になっちまう。激高したレミを前に、俺は一貫の終わりだ。

 でも、前々から思ってた。

 

 ──レミは口だけで、本気で忠誠を誓ってる訳じゃない。

 いやでも、実際はそうなのかもしれない。でも、俺は前からレミの態度が疑問だった。

 

 もしレミの忠誠心が嘘なら。もし、レミに別の目的があるのなら。

 俺のハッタリが真実か嘘か断定できないレミにとって、今ここで俺を殺すことは、屋敷中の疑いの目を引き受けることに等しい。そうなりゃ、自分が実権を握るどころじゃない。俺を生かして傀儡にする方がよっぽど確実だ。

 それに実際、俺はレミより上の立場で、レミが俺を従えてることをガルトンは知らない。記憶が少しずつ戻ってるように見えて、仕事も一見すると問題無さそうな自分の右腕に、新しく極秘の仕事を、それもメイド長にすら秘密の用事を頼むのも、一応はあり得ない話じゃない。

 

 俺の立場で考えてもそうだ。

 今の俺は明らかにガルトンを害そうとする裏切り者だが、そんな俺の命があるのはガルトンの命令があるからに他ならない。だから、今の俺がガルトンと二人きりになったとして、自分の命綱をぶった切るような真似をする訳がない。つまり、ガルトンに危害は及ばない。

 

 だから、レミは──殺せない。

 少なくとも、今は。

 

「……」

 

 レミが、俺を見ている。じっと。瞬きもせずに。

 そして──

 

 殺気が、消えた。

 一瞬で。まるで、最初からなかったみてえに。

 

「……そうですか」

 

 レミの声が、元に戻る。

 冷たい。抑揚がない。いつもの、レミの声。

 

「旦那様からの用事、でしたか」

 

「ああ」

 

「……それは失礼致しました。旦那様を待たせる訳にはいきません」

 

 レミが、一歩下がる。距離が、開く。

 俺は裏切り者だと分かってるはずなのに、「俺とガルトンが二人で会う」という状況に水を差そうとする素振りを見せない。

 

 てことは、やっぱり。

 

「では、行ってらっしゃいませ」

 

「……ああ」

 

 俺は、喉を押さえたまま、頷いた。

 息が、やっと楽になる。心臓が、まだうるさい。

 

 レミが、くるりと背を向けて、扉へ向かう。靴音が、規則正しく響く。

 扉が開いて、俺が通ったのを確認した後、レミが一度だけ口を開いて。

 

「執事長。次は、もっと上手に嘘をついてくださいね」

 

 扉が、閉まった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 よしよしよし!! 

 生き延びた生き延びた生き延びたぞ俺は!! 

 

 急いでレミのいた部屋から逃げ出す。

 嫌な予感が、消えた。あの圧迫感が、殺気が、全部消えた。

 

 俺は、今回の危機を、生き延びた……! 

 

「はあ、はあ……!」

 

 膝が、震える。足が、崩れそうだ。壁に手をつかなきゃ、支えられねえぐらいに。

 心臓も、まだバクバク鳴ってる。汗が、背中を流れてる。服が、肌に張り付いて。

 

「……助かった!」

 

 それでも、どうにか、なんとか──生き延びた。

 

 壁に背中を預けて、ゆっくりと床に座り込む。

 足が、もう限界だった。立ってられない。

 

「クソ……」

 

 怖かった。

 本当に、怖かった。

 

 レミの殺気。あの目。あの声。

 全部が、本物だった。あれは演技じゃない。本気で、俺を殺すつもりだった。

 

 でも、殺さなかった。

 つまり、レミは、ガルトンに本当の忠誠を誓ってない。

 

 あの「外様が気に入らない」なんて発言は、真の目的を隠すための嘘だった。じゃなきゃ、さっきの賭けは通らない。

 俺のハッタリを聞いた瞬間、レミは止まった。殺気を引っ込めた。もしレミが本当にガルトンに忠誠を誓ってるなら、あそこで止まる理由がない。「それでも危険だから」と確信して、先に俺を殺してたはずだ。

 

 でも、止まった。二分の一でどっちかに賭けた俺の判断が功を奏した。つまり──レミには、俺を生かしておく理由がある。

 もし本当にそんな用事があったら、レミは「蚊帳の外」になる。ガルトンが、メイド長には知らせず、執事長にだけ伝える極秘の用事。それがもし本当なら、俺を殺したレミの立場は──今よりずっと下になる。

 つまり、レミは主人の命の危険より、自分の立場を優先した。

 例の「実権を握る」とやらのために、俺が必要なのか。それとも、別の目的があるのか。何はともあれ、主人に害をなそうとする裏切り者の処罰より、俺を支配下において従え続ける方が、実権を握る上で利と踏んでレミは俺を見逃した。

 

 そういう態度を取る以上、レミの忠誠心は偽物でしかない。

 今から急に態度を変えて、「やはり嘘だから」なんて理由で殺しにくる必要性が無い。

 

「クソ……こんなん何回もあったら命がいくつあっても足りねえぞ……」

 

 とにかく疲れた。

 肉体的な疲労ってよりも、精神的にとにかく疲れた……。

 さっさと自分の部屋に戻ろう。

 足音を立てないように。できれば誰にも会わないように。

 

 今日は、もう十分だ。自分の職場で命の危機なんて、とんでもないイベントを乗り越えたんだ。これ以上はもう無理だ、何も起こらないでくれ。

 頼むから。




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