【完結】俺は死んだはずだよな?   作:破れ綴じ

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死の采配と距離の近い部下

「この債務者だが、利息の支払いが三ヶ月滞っている」

 

 ガルトンの指が帳簿の一行を示す。名前、住所、債務額。

 どれもバカみてえな数字だな。多分俺なんかにゃ想像もできないような深い事情があるんだろうが。それかバカなのか。

 

「次の『説得』の対象とする。危険要素があれば実行までに解決するように」

 

 人払いがされて、窓は閉め切られてるガルトンの書斎。外の音は入ってこなくて、机の上には分厚い帳簿が三冊積まれてる。債務者リスト、取引記録、『依頼』の進捗状況。どれも安定して人の不幸が詰まってるような代物だな、目の前にするだけで滅入るような気がするぞ。

 

「こちらの方も優先すべきかと思われます。債務額が大きく、資産もまだ残っています」

 

 レミが別の名前を指差す。

 

 ガルトンが革張りの椅子に座って、その向かいに俺。レミが俺の隣に座ってる。悪のトップの秘密会議って言やあ絵面は地味だが、話してる内容は悪夢そのものだ。

 加えて、レミが本当に何事もなかったように平然とした顔であの一件に一切触れる気配を見せないのが余計に恐ろしい。これで実はガルトンに忠誠心が無いってのがほぼ確実になった訳だが、ビクビクしてる俺とは対照的に本人は債務者の処分の会話にお熱だ。

 心臓がバクバク鳴るが顔には出さない。出したら終わりだぞ。こんな会議に参加してること自体が狂ってるのに、俺はここで平静を装わなきゃいけない。

 

「なるほど。では、そちらを先に片付けてしまおう」

 

 ガルトンが頷いて帳簿にペンで印をつける。黒いインクが紙に染み込んで、それが誰かの運命を決めてる。

 

「執事長は、どう思われますか」

 

 俺に振るなよ……。

 俺に何が分かると思ってんだ。よくこんなどす黒い会話に記憶喪失の執事長を巻き込もうと思ったな。前までそうだったのかもしれねえが、今の俺は悪い意味で一味違うんだぞ。もしかしたら、前の業務を体験させることで記憶の回復を狙ってるのかもしれねえが。

 それとも何か? 回復に時間がかかりすぎてるから、この会議で役に立つのかどうかで今後の俺の処遇もまとめて決めようとしてんのか? ゾッとしねえなおい。

 

「あー……それで問題ない、と思う、思います」

 

 口から勝手に言葉が出る。悪いな「こちらの方」とやら。うちの利息は明らかに詐欺レベルなんだが、でもそんな危ない借金に手えだして金がある癖に踏み倒してるアンタの責任でもあるんだぜ。

 そもそも、どうせ俺の意見なんて求められてないし。二人はもう答えを決めてて、俺はただそれに同意するだけの役割だ。この道ゼロ年の俺に何ができるってんだ。

 

「では、決まりだな」

 

 ガルトンがもう一度ペンを走らせる。

 二人の会話は誰を潰すか、どう潰すか、いつ潰すか、そんな感じで続いていく。全部事務的で、人の命を扱ってるって実感が全くねえ。

 慣れてんだろうな、こういうことに。元の俺もこんな風に会議してたのか。いくら俺とはいえ、正当防衛の時以外はせめて相手の顔ぐらいは見てたぞ。なのに、ここじゃ顔すら見ない。名前と数字だけだ。

 

「こいつは返済の意思がない。催促しても言い訳ばかりだ」

 

「では、早めに『説得』を」

 

「ああ。今週中に片付けよう」

 

「こちらの債務者は、資産が少ないですが」

 

「利息だけでも回収しろ。まだ搾り取れる」

 

「承知致しました」

 

 レミがメモを取る。羽ペンが紙を撫でる音、インクが乾く前に次の文字が重なった。

 ガルトンが葉巻の灰を皿に落とす。煙が天井に向かって昇って、甘ったるい匂いが鼻につく。酒家の頃にちょっと嗅ぐことがあった煙草の匂いとは違う、もっと高級な奴だ。金持ちの道楽って感じだな。

 

 ──あれ……? 

 

「なあ」

 

 帳簿の中に、明らかに「潰した方がいい」相手が何人かいる。債務額が大きくて、返済が滞ってて、資産もまだ残ってる。条件だけ見れば、ソイツの方がさっさと『説得』すべき相手に見える。エドウィンの時と同じか、それ以上に悪質な奴らっぽい。

 なのに、ガルトンもレミも、そこには触れない。話を避けて、わざと飛ばしてるような感じがした。

 

 なんでだ。

 変じゃないか? 

 

 俺が口を開くと、二人の視線が向く。ガルトンの手が止まる。レミの羽ペンが紙から離れる。

 

「この辺りは、どうして手を出さない……出さないんですか」

 

 帳簿の一角を指差す。そこには五人ほどの名前が並んでて、どれも条件は悪くない。むしろ、優先すべき相手だ。印がついてる奴ら全員。

 ……何だよ、何か言えよ。黙ってたって分かる訳ねえだろ。視線が刺さって居心地が悪いんだ、言わなきゃよかったか? 

 

「ああ……」

 

 ガルトンが短く言って、それから葉巻の灰を皿に落とした。ゆっくりと煙を吐く。

 

「そうだったな。お前は記憶がないんだった」

 

 ああ……そういう。

 今までこのレベルの深い内容に触れさせてこなかったから気づくことも無かったけど、前の俺なら平気で知ってるような内容ってことか。そうかよ、自信満々で指摘して恥かいたよ。

 

 ……そういうのってレミが前もって教えとくべきじゃねえのか? 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「以上だ。理解できたか、アシェル」

 

「ああ……じゃなくて、はい。大体は」

 

 なるほどね、面倒くせえ。

 つまり、こういうことらしい。ガルトンにはライバルがいる。ヴェミーニ侯爵って貴族だ。こいつも裏で債務者を抱えるビジネスやってて、情報を握って、まあこっちと同じようなことをして稼いでる。

 で、お互いに相手の息がかかった債務者を把握してて、そこにはあんまり手を出そうとしない。均衡関係ってやつだな、牽制こそし合うが、いざ潰し合えば両方が崩れかねないから。

 

 さっき俺が指摘した五人は、全員ヴェミーニの息がかかってる。こいつらを潰せば、ヴェミーニも動いて、ガルトンの息がかかった債務者を潰し返してくる。そうなればガルトンも損をするから手を出さない、と。

 逆に、ガルトンの息がかかった債務者も向こうに何人かいる。ヴェミーニに借金してるが、裏ではガルトンと繋がってるみたいな奴ら。こいつらをヴェミーニが潰せばガルトンが動く。だから、向こうも手を出さない。

 

 加えて、スパイの存在。ガルトンはヴェミーニの屋敷にスパイを送ってる。ヴェミーニもガルトン邸にスパイを送ってる。誰がスパイかはお互い完全には把握できてない。使用人の中にもいるかもしれないらしい。

 こういう会議に呼ばれてる以上俺とレミは違うんだろうが、屋敷の奴らを不用意に信用しきる訳にはいかねえと。レミがめちゃくちゃ監視魔なのも、もしかするとこういうのが関係してるのか?

 

 ガルトンだけでも十分厄介なのに、もう一人同じような奴がいる……か。

 へー、クソ面倒くせえ関係だな。

 

「おかげで俺も長らくアイツの存在が悩みの種になっている。自滅なりなんなりして、さっさと消えてくれると楽でいいんだが」

 

 ガルトンが葉巻の灰を落としながら吐き捨てる。本気で嫌そうな顔だ。

 

「旦那様とヴェミーニ侯爵は、もう五年以上この関係を続けておられます。お互いに相手の弱みを握り、お互いに相手の息がかかった債務者を把握し、お互いに動けない。膠着状態です」

 

「……五年も」

 

「ええ。旦那様がまだ小さな商人だった頃から、ヴェミーニ侯爵は裏で動いておられました。旦那様が大きくなるにつれて、ヴェミーニ侯爵も警戒するようになり、今の関係になりました」

 

 それを咎めるような声色はレミの声にない。ただ事実を述べてるだけだ。陣営としてはガルトン側だが、心境としちゃどっちでもよさそうな感じ。

 

「あいつは、俺が大きくなることを嫌がってる」

 

 ガルトンが帳簿を指で叩く。

 

「俺が力をつければ、あいつの立場が危うくなる。だから、俺を潰そうとする。でも、俺もあいつの弱みを握ってる。だから、簡単には潰せない」

 

 ガルトンが頷く。煙を吐いて、天井を見上げる。

 

「あいつは貴族だ。血筋という権力がある。それだけで、ある程度の信用が得られる」

 

 ガルトンが苦々しい顔をする。

 

「金で買えないものはない。情報も、人も、忠誠も。全て、金で買える……そう思ってはいたが。俺は成り上がりだ。どれだけ金を積んでも、血筋には勝てん。そこが厄介だ」

 

 まあ、ガルトンって名前はここ最近台頭してきたからな。成り上がりって言えばそうか。

 今でこそ裏の手段を使って、ここまで這い上がってきたが、まあ目の上のたんこぶであると。

 ご苦労なこった。できればそれに俺を巻き込まないでほしかった。

 

「まあいい。だからアイツの息がかかってる奴らは後回しだ。いいな、アシェル」

 

「ああ、はい」

 

 俺の返事を聞いて、ガルトンが頷く。

 

「では、会議を再開するぞ」

 

 その一言で、また帳簿が開かれる。

 ああクソ、ならもうちょっと粘ってればよかったな。そうすればこの嫌な話し合いの開始がもう少し遅れたかもしれねえのに。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 午後はまた情報屋との裏取引だ。つっても俺は座ってレミの交渉を見てるだけ。ちょっと気を抜けばもう終わってる。

 店を出て、裏通りを抜ければ、あっという間にいつもの王都だ。やる仕事としちゃ単純だが、午前と違って今はレミと二人きり、これがあの会議以上に俺の胃袋を締め付ける。

 これなら三人全員の方がマシだな。ガルトンも俺たちと一緒に情報屋と交渉してくれねえかな。する訳ねえか。そうか。

 

 さっきまでの取引を思い出す。

 情報屋が差し出した紙の束にレミが質問して、男が答えて、金が動く。その一連の流れが、もう俺の頭に入ってくるようになっちまった。

 昔なら、何を話してるのか半分も理解できなかった気がする。専門用語が飛び交って、暗号みたいな言い回しが続いて、ただ黙って頷くしかなかった。

 でも、今は違う。レミが「北の商人ギルド」と言えば、ああ、あそこかって分かるようになったし。なんか面倒な言い回しも、今じゃどういう意味か察しがつくようになっちまった。債務者の名前を聞けば、「ああ、帳簿のあそこに載ってた奴だな」ってふと思い出すことがある。

 

 慣れてきてるな、俺。裏の仕事に。盗賊の頃より遥かにどす黒い裏の仕事に。

 何やってんだ俺。こんなことに慣れていいのか。嫌な成長だなこれ。

 

「執事長」

 

 レミの声が、すぐ隣から聞こえる。

 なんだ、近いぞ。

 

「先ほどの取引、よくご理解されていましたね」

 

「……そうか?」

 

「ええ。以前は、私が全て説明しなければ理解できませんでしたが」

 

 レミが僅かに首を傾げる。

 

「今は説明なしでも、ある程度は把握しておられる。記憶が戻ってきたのですか?」

 

「いや、戻ってない。ただ慣れてきただけだ」

 

「慣れる、ですか」

 

 レミがまた前を向く。でも、歩調は緩めず、距離は近いまま。

 

「それは、素晴らしいことです」

 

「……何が素晴らしいんだ」

 

「生き残るために適応しようとする。それは、執事長の強みですから」

 

 レミの声に、僅かに温度が乗った。いつもの冷たい声じゃない。何か別の感情が混じってる。評価、というか。

 

 なんだか、あの夜以降、レミの態度が若干変わった気がする。無表情で冷静なのは変わらないが、これまでのまるで無関心な、試すような距離感じゃない。俺に少しの仲間意識みたいなものを見出してるようにさえ思える。

 あの凄まじい殺気を出してた女とは思えない。まさか俺が適当に言った、後からいくらでもひっくり返せるような単純な嘘で好感度を稼げた訳でもあるまいし。もしかしたら、あの夜は俺の夢だったんじゃないかとすら思えてくるぐらいに──

 

「確か、『執事長の方がメイド長より立場は上』でしたか。そう考えれば当然かもしれませんね」

 

「──ッ!? ゴホッ、ゲホッ!」

 

 いや覚えてんじゃねえか。夢でも幻でもなんでもねえぞこれ。

 あの夜、俺が言った言葉。「立場だけでも俺は執事長だ」「ガルトンにとって、どっちが上か」

 ──それを、今、レミは口にした。

 からかってる、のか? いや、分からねえ。レミの表情は相変わらず読めない。

 

「執事長?」

 

「だ、大丈夫だ。ちょっと、むせただけ」

 

「そうですか」

 

 レミがまた前を向いて歩き出す。何事もなかったみてえに。

 でも、何かが違う。レミの歩き方が、前とは違う気がする。

 前はもっと機械的だった。俺を監視する、試すような目。いつ処分してもいいように距離を保ってた。それだけじゃない。レミが時々、俺の方を見る。横目で一瞬だけ、俺の様子を確認してるような。前はそんなことしなかったぞ。

 

 何だこれ。レミが、俺に、気を遣ってる、のか? 

 いや、んな訳ねえ。レミが気を遣う? あのレミが? でも──

 

「執事長は、よく頑張っておられます」

 

「……何?」

 

 ああもう、思考の邪魔をしないでくれよ。

 今俺お前への恐怖と混乱でちょっとどう対応すればいいか分かんねえんだよ。

 

「記憶を失っておられる状態で、ここまで仕事を覚えられた。それは並大抵のことではありません」

 

 レミの声は相変わらず抑揚がない。でも、何か違う。

 褒めてる、のか? いや、褒めてるように聞こえるが、あのレミがそんなことを? 

 何て返せばいいか分からねえ。レミが俺を褒めるなんて、不気味で仕方ない。

 

「ですので──もし、何か困ったことがあれば、私に相談してください」

 

 レミの声が、僅かに柔らかくなった、ような。

 

「執事長と私は、表向き上司と部下な訳ですから。お互いに助け合うべきです」

 

「……協力」

 

「ええ。執事長が生き延びれば、それを従える私にとっても都合がいいので」

 

 レミが、僅かに微笑む。いや、微笑んでない。でも、口角が僅かに上がった気がした。

 

「ですから。これからも、よろしくお願いしますね」

 

 何だ、それ。「よろしくお願いします」? そろそろ俺死ぬのか?

 

 レミの態度が、確実に変わってる。でも何でだ? 何でレミは──分からねえ。レミが何を考えてるのか。全く分からない。

 ただ敵意があった方が、まだ分かりやすい。殺そうとしてくるなら、逃げればいい。警戒すればいい。多分逃げ切れはしないだろうが。でも、今のレミは何を考えてるのかも分からない。距離が近くなった気がするが、敵意は見えない。それが、余計に怖い。

 

 態度が緩くなって、一瞬でも悪い気はしないとか考えそうになったが……。

 いや、悪い気しかしねえだろ。何考えてんだ俺。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ──あっ、タリエ。

 

 市場の喧騒の中、視界の端に見覚えのある顔が映った。黒髪を低く束ねた、細い眉と落ち着いた灰の目の若い男。間違いねえ。やっぱり目が若干死んでるというか、吏長だった頃のベラみたいな隈ができてるが、あの顔はタリエだ。

 店の前で羊皮紙の束を手に取って店主と何か話してる。相変わらず真面目そうな顔で、羊皮紙の質を確かめてるらしい。几帳面な奴だからな、紙一枚選ぶのにも時間をかけるんだろう。

 

 久しぶりに顔が見れたな。なんか今までずっと気の抜けない空間にいたせいか、アイツの顔見ただけですげえ安心感が──

 

「執事長、どうかされましたか」

 

 あっ。

 しまった。

 

「いや、その」

 

 思わず、声の一つでもかけようか、赤の他人なのに近況でも聞いてみようか、なんて動こうとしちまったが。そうだ、今はレミが隣にいるじゃねえか。

 

「そうだ、あれ。あの店が気になってな」

 

 咄嗟に言葉が出て、誤魔化すように店を指差した。

 マズいぞ。ルシアのことまでバレてたんだ、レミにタリエの存在を知らせる訳にはいかない。もし、「あの文官はお知り合いですか? 記憶喪失なのに?」とか聞かれたらマトモなこと返せる自信がねえ。

 もう仕方ない、タリエのことは一旦忘れて話を逸らさねえと。

 

「何の店だ?」

 

「写本工房です。書物を制作する店で、筆記具や紙の販売を請け負っているので、政院の職員がよく利用するそうですよ」

 

 レミが淡々と答える。俺の視線の先を追ってない。店だけ見てる。政府の職員が利用ってことは、さっきのタリエみたいにってことか。

 とにかくいいぞ! 時間を稼げ! タリエ、レミの注意が向く前にさっさとここから離れろ! 

 

「若い男性が一人で切り盛りしているとか。寡黙ですが腕は確かで、評判がいいと聞きます」

 

「……へえ」

 

 そうこうしてるうちにタリエが会計を済ませて、羊皮紙の束を抱えて店を出る。こっちに背を向けて、反対方向へ背中が遠ざかっていく。

 

「よ、よし。じゃあ、帰るか!」

 

 ほら、急いで意識をこっちに向けろ。タリエの方向を向くな。

 声はかけられないし、追いかけられない。ただ見送るだけだが──まあいいか。元気そうだったし、仕事もあるみたいだし。俺が文官だった頃より痩せた気もするが、ちゃんと生きてる。それで十分だろ。

 

「ところで執事長」

 

「ん?」

 

 ……何だよ。

 

「──さっきの文官はお知り合いですか? 記憶喪失なのに?」

 

 ……。

 …………。

 ………………ふう。

 

「いや、知らない。というか、さっきのって誰だ」

 

「そうですか。いえ、お知り合いでないなら何も」

 

「おう……」

 

 レミが前を向いて歩き出す。

 ただ店を一つ紹介して、それで用事はもうお終いって言いたげに……。

 

 ……気づいてたのかよ! 

 何が「何も」なんだよ! 

 怖えよ!




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