ちょっと展開を色々考えてたら、物凄く遅くなってしまいました。
あと、展開の都合上タグを追加することにしました。
気になる方は確認して頂けると幸いです。展開のネタバレになってしまいますが……。
復活する意識と次の肉体
俺は死んだはずだよな?
……これも久しぶりか? 執事長はそこそこ長かったからな……。
「まあ、終わる時はすぐだったんだが……けほっけほっ」
頭がくらくらして、意識がぼんやりしてる。水中で喉が締め付けられるような感覚が体に残ってて、呼吸ができなくて、俺を見下ろすレミの顔が、あの恐怖が──
……いや、落ち着け。今は息ができてるだろ。胸が上下して、ちゃんと空気が入ってるじゃねえか。前の感覚を引きずるな。
「……はあ、またか」
声を出してみると、やっぱり出てきたのは聞き慣れねえ声。随分高えな、喉の奥の震え方が違う。けど、これはもう慣れた感覚だな。もう六回目の成り代わりで、七回目の人生なんだし。
ゆっくり目を開ければ、知らない天井が目に入る。梁が低くて狭苦しい。体を起こそうとすると、なんか変な感じだ。力の入れ具合が分からねえ。思ったより腕が軽いというか、体の感覚が全然違う。
違和感があるのはこれまででも普通だけど、なんかいつもより体の感覚が違うような……。
周りを見回す。小さな部屋で、粗末なベッドに布団。机が一つと、荷物を置くだけの棚。質素だけど清潔ってところか。盗賊時代よりは確実にマシだな。寝床に困ることはなさそうってところか。
今回もうまくいった。ほっとしたような、疲れたような、なんとも言えねえ、とりあえずは次があったことに一安心。あのままレミの手で死んでたらどうなってたか分からねえけど、こうしてまた生き返れてるってことは、やっぱり何回死んでも大丈夫なのか? それとも回数制限があって、いつか限界が来るのか? ……分からねえ。
レミのことを思い出すと、今でも喉に水が詰まる感覚がある。ああもう止めよう。今までの人生はまた会いたいって奴がそれなりにいたが、執事長だけはダメだ。もう二度とレミには会いたくねえ。
それにしても、この体はどこの誰なんだ? さっきから動かすたびに違和感がある。手足が軽いっていうか、なんか細い気がする。前の体がそこそこしっかりしてたのもあるが、なんか体が小さいような?
窓の外はまだ暗い。たぶん真夜中か。月明かりでかろうじて石畳の小路と向かいの家並みが見えるぐらいだ。そりゃ真夜中に死んだからな、地続きになりゃそうなるか。でもこの景色、なんか見た覚えがあるような……思い出せねえけど。てことは今度も王都か? 王都だよな? それなら助かるぞ。
とりあえず状況を整理しないと。
机には……羊皮紙とペンみたいなものが置いてある。本もいくつか積んであるな。
引き出しの中は……おお、整理されてる。羽ペンに小さなナイフ、インク、それから色んな作業道具。やっぱ元の体の持ち主も几帳面だったんだな。必要最低限のものしかねえが、全部が使い込まれてる感じがする。こういう道具を使う仕事ってことは……。
あー……寝起きのぼんやりした頭で考えるもんじゃねえな。身体の違和感は消えねえし、何かが違う気がするが、まだはっきりとは掴めない。部屋の中で眠そうに体を伸ばすだけでバランスを崩しかけた。何だこれ? 体の重心が変わってるみたいで不安定だ。こんなに違和感があるのは初めてだ。
しばらくは静かにして、体の感覚に慣れるしかないな。どうせ朝にならないとこの体がどんな仕事してたのかも分からねえだろうし。
ただ、久しぶりにガルトンやレミの支配から解放されて、ちょっとほっとしてる。見た感じ独房って訳でもねえし、かといって大金持ちの使用人の個室って訳でも無さそうだから、あんまりせかせかしなくてもよさそうだ。今回はまだ自由がありそうだし、あのクソみてえな生活から抜け出せたってだけでもラッキーかもしれねえ。……ルシアには悪いけど。
まあいいや。少し休んでから考えよう。
ちょっと気を抜きすぎな気もするが、ここにレミはいねえし、まだ頭も回らねえままで疲れてる。とりあえず寝るか。朝になれば何か分かるだろ。
*
目が覚めたのは、まだ夜が明けきる前だった。窓の外はまだ薄暗くて、鳥の鳴いてる声すら聞こえない。朝一番の鐘が鳴るよりもずっと前だ。
盗賊の頃から、こういう時間に目が覚めるのは慣れてる。それから兵士になろうと文官になろうと……まあとにかく、どれになろうと起きるのは毎回早かった。少ない睡眠でも体が勝手に動き出す癖は、何回転生しても変わらねえらしい。
ベッドから降りて、床に足をつけ……なんか足の裏の感覚が妙に敏感だな、石の冷たさがじかに伝わってくる。立ち上がったときの重心の位置もどこか違う。体が前より軽いような、低い位置にあるような、そんな違和感が全身をまとわりついてきやがる──まあでも、いつものことか。
とりあえず服は……あの、棚の上に畳んであるのでいいか。質素な麻の服で、袖が若干長えが、まあどうにでもなる。
扉を開けると、板張りの壁の狭い廊下に出た。盗賊の頃からの癖で、こそこそする時はつい足音を立てないよう慎重に歩いちまう。体が軽い分、音を殺すのは楽だが、なんかバランスの取り方がまだしっくりこねえ。
廊下を抜けると階段があって、それを降りきると広い部屋に出た。
「おお……」
でかい机が三つ並んでて、その上には紙の束、羽ペン、インク壺、それから見たこともねえ道具がいくつも置いてある。壁には棚があって、そこには本が並んでる。いや、本っていうか……製本途中のやつもあるな。革の表紙がまだついてないやつとか、紙だけ束ねてあるやつとか。
そもそもの空気がなんか違う。インクの匂いと、紙の匂いと、それから革の匂いが混ざってる。今までのどの人生でも嗅いだことのない匂いだ。いやでも、文官の頃には……ああ、そうだ。書記局で嗅いだことがある。あの時も、こんな匂いを嗅いだ記憶が微かにあったような……。
──って、ああ。ここ、写本工房か。机の上の道具をよく見れば、羽ペンの先が削られてる。インク壺の蓋は開いたまま。紙の束は、丁寧に揃えて積んである。文字が書かれてる紙もあるが、まだ白紙のやつもある。本を写して作る仕事。文官の頃、タリエが何度か話してた気がするな。
ん? 待てよ?
写本工房? 王都にある? 文官が利用する?
──『若い男性が一人で切り盛りしているとか。寡黙ですが腕は確かで……』
……まさか、ここか? ここがもしかすると、あの時レミが言ってた店なのか?
いや待て、確証はねえ。王都には写本工房なんていくらでもあるだろ。たまたま同じような店ってだけかもしれねえ、でも……。
部屋をもう一度見回してみる。机は三つあるが使われてるのは一つだけで、積み重なった道具の奥に目をやればそこには既に若い男が座ってペンを走らせてた。マジか、影が薄くて気づかなかったぞ。
カリカリと紙を撫でる音が静かにしてる。他の二つは道具が置いてあるだけで誰も座ってない。じゃあ、一人で切り盛りしてるってのは合ってる、か。
手前の机に近づくと、紙束の端っこに小さな文字で記された注文書が挟まってるのが目に入る。
差出人欄に、見覚えのある名前。
「──タリエ……?」
じゃあ、やっぱり、ここだ。
レミが言ってた写本工房。タリエも利用してる。俺は今、タリエが利用してる写本工房の職員。
「……?」
……じゃあ、どういうことだ?
レミは「若い男性が一人で」って言ってたよな? レミが知らないだけで、実際には他に職員がいたのか? いやいや、レミがそんな中途半端な仕事する訳ねえよな。じゃあ、今の俺は助手とかなんかで職員にカウントされなかったってことか?
分からねえ。分からねえが、とにかく、ここは写本工房だ。それは間違いない。
で、俺はここで働いてる、らしい。一人しかいないはずのここに。クソ、またややこしいことに……。
作業してる男は……まだ、二十代にもなってないくらいか。短く刈り込んでて、顔は整ってるが表情がない。目は鋭いが、作業に夢中で俺を見てるって感じじゃねえ。服は質素だが、きちんと着こなしてる。手にはペンを持ってて、指先にインクの染みがついてる。
こいつが、店主か……?
男は俺のことなんて、まるで気にしてねえ。
いや、気にしてないっていうか……存在を認識してるが、関心がない。そんな感じだ。
完全に無言だぞ、こいつ。
こっちに何も要求してこないってのは助かるが、何か言ってくれねえと俺自分の状況含めて何も分かんねえんだけど。
……あれ、これもしかして俺から話しかけないと何も始まらないパターンか?
*
……とりあえず、話しかけるしかねえか。
このまま黙ってても何も分からねえし、かといってここでぼーっと突っ立ってる訳にもいかねえし。
「──なあ」
声をかけた瞬間、男の手が止まった。
ペンが紙から離れる。顔は上げないが一応聞いてる、そういう態度で。
「あー、その……今日は、何をすればいい……んですか」
……いや待てよ、これ合ってたか? 今の質問って俺がここで働いてるって前提の質問だよな。普通に俺がここの職員って認識で話しかけちまったが……もし違ったら、おかしいことにならねえか?
男が顔を上げて、じっと俺を見る。
感情のない顔してやがる。レミを思い出してちょっとゾッとした。
「……」
……おい、なんか言えよ。黙ってても分かんねえよ。
ああいや、なんか紙の束指さされても分かんねえって。
一応指さされた紙の束を掴んで持ち上げる。
「その、これをやれってこと? それでいいか……いいですか?」
頷かれた。
ええ……コイツマジで全然喋らねえんだけど……。
まあいい、とりあえず仕事があることは分かった。この紙の束を……どうすればいいんだ?
もう一度紙を見る。途中まで文字が書かれてて、その先が白紙。見本らしき本が隣に置いてある。ああ、つまりこの本を写せってことか。
「分かっ、りました……」
男はもう俺に興味を失ったみたいに、また自分の作業に戻る。俺もとりあえず他の机に座った。椅子の高さが妙に合わねえ気がするが、まあいいか。
羽ペンを手に取る。インク壺の蓋を開けて、ペン先をつけて──
──待てよ。そもそも俺は何でこんなことやってんだ?
ソラナがどこに行ったのか、俺は早く確認しなきゃいけねえんだが。よくよく考えたら義務って訳でもないし悪の組織って訳でもねえんだから、知りもしない仕事を大人しく続けてる意味なんかまるでねえじゃねえか。
抜け出す難易度だって高くない。アイツを押しのけて普通に外に出ればいいだけだ。ここが若い男一人で切り盛りしてる写本工房なら、俺がいなくなったって何も問題はねえはず。
それより俺は、皆と会ったときに何を言えばいいかとか、どういうことをすべきかとか、そういうことをまず考えねえと──
「おい。もう休め」
男の声が背後から聞こえた。
振り返るとアイツが背中を向けたまま、一言だけ。
「え、いや、でも仕事が──」
「何もしないなら邪魔。戻れ」
……何だコイツ。
──ああ、体調が悪いと思われたのか? 多分そうだよな、昨日まで普通に仕事してた奴が急に何も手に付けずぼーっとしてるだけならなんかおかしいだろうしな。
いやいやそれなら好都合だ。休んでいいってんならお言葉に甘えて部屋に戻らせてもらおう。実際、ついさっき死んだばっかりで心境的には正直げんなりしてるんだ。ほんの数分の勤務だったが楽しくなかったぜ、あばよ。
とりあえず立ち上がって、机の上を見回す。紙の束、羽ペン、インク壺──あと、注文書。タリエの名前が書かれた注文書。
……これ、使えるんじゃねえか?
いや、注文書だけじゃ政院には入れねえが。門番に見せたところで「で?」って言われるのがオチだ。
でも、もしこの注文の品が完成したら、完成した品を持って行くって体でなら、政院に入れる。『注文の品を届けに来た』って口実を言えば、門番も通すはずだ。仮に通さなくても、呼んできてはくれるだろう。
そうすれば、タリエに会える。他の奴らはどこにいるか分からねえか、場所が遠いかで不確かだが、タリエだけならその方法で確実に会うことができる。
よし、これだ。今すぐ動ける訳じゃねえが、いずれこれを使ってタリエに会いに行ける。
男は相変わらず無言で作業を続けてる。俺のことなんかもう気にしてねえ。むしろいねえ方が好き勝手やれそうだ。なんで元の俺雇われてたんだろう。
まあいいや。
とりあえず今回の目標は、これを渡せる日になるまでどうにかしてこの場所で粘り続け、その後タリエに会うところからだな。
*
部屋に戻って、扉を閉める。
とりあえず、さっきの服を脱ぐか。汗はかいてねえが、もう仕事しねえ訳だし。なんか肌にぴったり貼りつく感じがして気持ちが悪い。
上着を脱いで、床に置いて、中の服も脱ごうとして。
──ふと、部屋の隅に置いてある手鏡が目に入った。
そういえば、まだ自分の顔を見てねえな。今回はどんな顔なんだ?
盗賊の頃、つまり元々の俺の顔はガラの悪い面構えだった。兵士の頃は若くて真面目そうな顔、文官の頃は地味で几帳面そうな顔、酒家の頃は少し年上で精悍な顔、探検家の頃は日焼けしたちょっと野性的な顔、執事長の頃は三十手前の落ち着いた顔だった。
手鏡を手に取って、顔の前に持ってくる。
そこに映ったのは──
「……へえ? なるほど?」
若いな。十五前後ってとこか? 髪が肩まで伸びてて、前髪が額にかかってる。目が大きいし、鼻筋が通ってるし、唇は薄くて、形が整ってる。肌も妙に綺麗で、毛穴とかはほとんど見えねえ。
なんか、あれだな──女顔だな。
「……いや、でも」
男でも女顔の奴はいるしな。文官の頃のタリエだって、整った顔してたし。ちょちょっと化粧してやれば女っぽい見た目になってたかも。
でも、これは──
「……ちょっと、整いすぎじゃねえか?」
鏡を近づける。もっとよく見る。
髭がねえ。全くねえ。執事長の頃は無精髭が少し生えてたし、酒家の頃も朝になれば多少はざらついた。でも今は、全く何もねえ。まるで生えたことがねえみたいに、つるつるだ。
それに、肌の質感が違う。今までの体は、どれもそれなりに男らしい肌だった。少し粗かったり、日焼けの跡があったり、傷の跡があったり。でも今の肌は──柔らかそうで、滑らかで、透明感がある。
喉仏も──
「……あれ?」
鏡を下に向けて、喉元を映す。喉仏が、ない。
いや、ないことはねえと思うが……ほとんど出っ張ってない。指で触ってみても、わずかに骨の感触があるだけで、なんか全然違う。
「……まさか?」
心臓が跳ねる。
いや、待て。早まるな。まだ確定した訳じゃねえ。
もしかしたら、ただ喉仏が小さいだけかもしれねえ。若い男なら、そういうこともあるだろ。それに、顔が整ってるだけで決めつけるのは早すぎやしねえか。
「……確認するか」
鏡を置いて、息を吐いて。
手がほんの少し震えてる。何を怖がってんだ、俺。ただ確認するだけだろ。
ズボンのボタンに手をかける。外す。ゆっくり下ろす。
下着が見える。白い布地。普通の下着だ。その下着も、一緒に下ろす。そして、股間を──
「……」
いやいや、そんなそんな、まさかまさか、もう一回……。
「……?」
あれ? ねえな?
いや、もしかしたら見間違いかもしれねえ。角度が悪いのかもしれねえ。
手で触ってみれば流石に……ない。
「……嘘だろ」
ない、やっぱり、ない。どこにもない。息が浅くなる。
いや、諦めるな。胸だ、胸も確認しねえと。
慌ててシャツに手をかけて、裾を掴んで、捲り上げて。
そこには──
「……なんだ、あるじゃねえか」
……いや、こっちにはあってほしくなかったんだが。
確かに、膨らみがある。小さいが、確実にある。
手で触れば、柔らかい。弾力がある。
これは胸だ。それも──女の。
マジか。マジかよ……。
今までそんなのなかったじゃねえか。どうして急に、そんなことありえていいのか? そういうのもできるシステムなのか……?
じゃあ、この声がなんかやけに高いのも。
なんか、体のバランスが普段と違うのも。
この顔が全然男の特徴を持ってないのも。
もしかして──
「今度の俺は……女だってのか……!?」
冗談きついぞおい!
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