【完結】俺は死んだはずだよな?   作:破れ綴じ

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誰ですか毎日投稿とか言い出した馬鹿は?(;´・ω・)


不慣れな肉体と突発的な告白

 その場に座り込んだまま、動けなかった。

 鏡が床に転がってて、さっき手を離した時の音がまだ耳に残ってる気がする。

 

「……女、か」

 

 声に出してみても実感が湧かねえ……。いや実感自体はあるんだが。胸の膨らみも股間に何もないことも確認したし。

 でも納得できねえ。こんなこと今まで一度もなかったのに、急にこんな体になるなんて、どういう理屈だよ。

 

「でもなんで急に、こんな……」

 

 今まで六回転生したよな。全部男だった。

 おかげでそれが当たり前だと思ってた。実際にはこの謎現象の一欠片でさえ理解できてねえってのに、自分の中でも、成り代わりってのはそういうもんだと勝手に決めつけてたとこがあったのかもしれねえ。

 

 でも今回は違う。今回は何故か女だ。

 

「……条件が変わったから……とかか?」

 

 執事長は歴代最長の七週間生存だったから、どこかを起点にそれ以上生きると性別が変わる、みたいな──ああでも十数年生きた盗賊のあと男の兵士に変わったからこれは違うか。

 そもそも条件なんてものがあるのか? ……ああクソ、分からねえ。何も分からねえ。確定で分かってることなんて、俺が死ぬたびに別の体で生き返るってことと前の持ち主が「アシェル」って名前の真面目君なことだけだ。

 

 まあ今回は「アシェル君」じゃなくて「アシェルちゃん」なんだが。

 いや、それどころじゃねえな。

 

「……ああもう、どうすんだよこれ」

 

 床に手をついて、ゆっくり立ち上がる。体がところどころ軽いし、ところどころ重てえ

 窓の外はすっかり明るくなり始めてる。てことは、日が昇りかけてるのか。何時間こうしてたんだよ、落ち着け俺。

 

 深く息を吸う。吐いて。

 とりあえず、考えても答えは出ねえし、このまま何も分からないままずっとここにいる訳にはいかねえ。だったらとにかく動かなきゃな。

 部屋に戻って良いって言われたばっかりだがとりあえず、戻ってあの店主に話を聞きに行こう。さっきはほとんど喋らなかったが、質問すれば答えるかもしれない。いや、答えてもらわないと困る。ちょっと確認したいことが多すぎる。基本的なことが分かれば、次にどうすればいいかも見えてくるはずだ。

 あの様子なら、変に俺を置いてどっかに行ったりもしてねえだろ。さっきみたいに無言で作業してる、はずだ。

 

 聞き方とかは……まあ、いつも通りでいいか。元のアシェルの喋り方とか口調とか俺知らねえし。多分真面目ぶった敬語だろうけど、俺にそれはできねえし。

 変に思われたら、その時考える。とにかく、今は情報が必要だ。よし、それでいこう。

 

「わぷっ」

 

 頭を上げたら、そのままの勢いで垂れた髪が顔にかかった。

 なんだよこの髪。払いのけようとしても、また髪が落ちてくる。動くたびに視界に入って、邪魔くさい。こんな長え髪、一度も経験したことねえから扱い方が上手く分からねえ……。

 

 ああもういいや切っちまうか。元の体の持ち主には悪いが多分もう戻ってくることはできねえだろうし、髪型とかも俺の好きにさせてもらおう。

 そういや机の上に小さいナイフがあったな。先切ってから行くか。

 

 机の上のナイフを手に取って、鏡の前に立って。

 前髪を掴んで、刃を当てて。こう、ざくっと一気に──

 

 あれ、なかなかうまく切れねえな……? 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「な、なんだ。その、髪……?」

 

「気にしないでく……ください」

 

「……」

 

 相変わらず無口だが、まあ第一声と注意を引き付けることには成功した。非常に不本意だが。

 仕方ねえだろ。女の髪なんて切ったことねえし、自分の髪切るってのも中々ない経験なんだから。確かに、ナイフの切れ味が悪いせいで個性的な前髪になっちまったし。後ろの方に至っては、なんか部屋にあった適当な紐で縛っただけなんだが。そのことで文句言われてももうどうしようもできねえぞ。

 

「そ、そんなことより! その、聞きたいことがあるんだ……ですが」

 

 男の視線が髪から顔に移った。無表情のまま黙ってこっちを見てやがる。

 いいぞ、髪のことはさっさと忘れて俺の発言に集中しろ。こっちだって自分でもどうしていいか分からねえ質問言わなきゃいけなくて緊張してんだから。

 

「……俺は、もしかして。女……だったりするのか……ですか?」

 

 ……明らかに「何を言ってるんだこいつ」って顔したな。

 ああ、分かってる。分かってるけど、聞かなきゃいけねえんだよ。もう正直若干諦めてるが、それでもちょっとだけの可能性が消えないんだ。他人の口から言われねえと、どうしても信じられねえっていうか──

 

「……女だろ。何言ってるんだ、アシェル」

 

 だよなあ……。

 

 やっぱりか。いやなんとなく分かってけど。

 でも、他人の口から言われると、なんか余計に現実味が増す。マジに女なのか。この若干の胸の重みも、股の違和感も、全部が本当のことだってんだよな。じゃあもう受け入れるしかねえじゃねえかよ。

 ついでに名前がアシェルってこともまとめて確認できちまった。手間が省けたって意味ではいいが、やっぱり今回もなのか。別にほかの名前で呼ばれたかった訳じゃねえけども……。

 とうとう性別が変わっちまった以上、今やこれが唯一の共通点だな。

 

「……」

 

 店主が机に向き直ろうとする。背中が俺の方から離れていく。 ああ待て、まだ終わりじゃない、他にも色々聞くことが──

 ……ん? 名前? あっ、名前! 

 

「あ、あと! お前……じゃなくて、あんたの名前は……な、なんだったっけ?」

 

 店主の眉がぴくっと動く。

 しまった、直接的に聞きすぎた。焦って変な聞き方しちまった。パニクりすぎだぞ、俺。普通こういうのって怪しまれないように会話の中から自然に引き出すもんだろうに……! 

 

「……カル」

 

 ……おお、答えてくれた。短いし、素っ気ねえが。

 カル、カルだな。忘れねえようにしないと。

 

 絶対困惑してるか呆れてるよな、すまん。そりゃそうだよな、多分一緒に働いてたであろう奴が急に自分の名前聞いてきてるんだから怪しいことこの上ないし──

 ──ん? そういえば俺はいつからここにいることになってんだ? 

 

「あと、えっと……俺は……私は、いつからここにいるんだ? あっいや、いるんですか?」

 

 カルの顔がどんどんヤバイ奴を見る目に変わっていく。

 ごめん、ごめんな。ちょっと俺今情報手に入れるのに必死だから。明らかにヤバイのは俺の方なんだが、ここは他に誰もいねえし、もうヤケだから無理やり聞いちまえって感じで。

 

「……確か。二、三年前から」

 

「二、三年前、か……」

 

 結構長いな。じゃあ元のアシェルはここで結構働いてたってことか。まあ今の俺は例のごとく何も知らねえし、何も覚えてねえ訳だけど。

 ていうかやっぱりレミの言い分と矛盾するよな。アイツにあの店のこと教えてもらった時点で、二、三年前どころか一か月前でもなかった訳だし。あの時、俺はいなかったはずなのに、カルの話じゃそのずっと前から俺はここで働いてたことになってる。

 やっぱり、あの店を見た時点でいつもみたいに「アシェルって名前の真面目な男はいるか?」って聞くべきだったのか? いやでも、あの時はレミがいたし、そもそも男じゃねえからカルだって聞かれても「いない」としか答えられねえか。それじゃあどういう風に聞いておけば──

 

「アシェル」

 

「え? あ、ああ。はい」

 

 カルが立ち上がって、作業場の隅に置いてある小さな机を指さしてた。

 いつの間に。

 

「……受付」

 

「受付?」

 

 カルが紙の束を持ってきて俺の前に置いた。何の説明もしないで、ただ紙を置いて、また自分の机に戻ってった。

 注文書の見本、みたいなやつか? 名前、住所、注文内容とかが書かれてる。その認識で合ってるかどうかは分かんねえんだけども。

 

 ていうか、俺は質問が終わったらまた部屋に戻ろうかと──

 

「そんなに元気なら、受付。いてろ」

 

「……あっ」

 

 あっ、そうか。

 さっきは何も仕事してなかったから体調不良かなんかかと思って戻れって言ったのか。

 なのにのこのこ降りてきて、しかも髪まで好き勝手切ってて。挙句の果てには訳分からない質問しはじめてるから元気じゃねえかってことで、仕事しないなら邪魔だけど体調不良じゃねえなら受付にいとけって。そういうことか。

 しまったな。どっちにしろ受付の仕事だって俺分かんねえんだけど、質問しに行くタイミングを間違えちまったな……。

 

 ……ん? 

 俺に求められたのって「仕事しねえなら大人しく受付にいとけ」で合ってるよな? 

 全然喋ってくれないせいで分かんねえんだけど。

 そういう意味で合ってるよな? 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 受付の机に座って、もう随分経つ気がする。

 カリカリって紙を撫でる音が、相変わらず作業場から聞こえてくる。カルは黙々と仕事してやがる。こっちには一切興味なし、って感じで。本当になんで俺雇ったんだろうな。

 

 客は……まあ来ねえ。

 外からは通りの話し声とか、馬車の車輪が石畳を転がる音とか、そういうのは聞こえてくるんだが。

 まあ当然だよな。写本って大変だし、紙だってそこそこ高えし。何度も何度も頼むようなもんじゃねえから、客が頻繁に来てもこっちが回しきれねえし、相手の財布に取っても厳しいしな。

 ていうか、それか? 回しきれないから俺を雇ったのか? もしそうなら、今の俺はお荷物でしかないって現実をカルに伝えなきゃいけねえぞ。

 

 そもそも、客が来たら何言えばいいんだ。どう対応すればいい? 元のアシェルはどうやってたんだ? なんかこう、手順書みてえなの残ってねえのか? ……ねえよな。真面目な元アシェルはやり方なんて一度で覚えてるだろうし。

 考えても仕方ねえか。客が来たら、その時考えればいいや。

 

 それより、今は──「この体で、皆に会えるのか?」ってことの方が気になる。

 今回は兵士とか文官とかと違って、顔が割れても「処刑された盗賊と名前が同じ」って理由で好きに逃げられない政府側の人間じゃない。

 酒家みたいに王都からめちゃくちゃ距離が離れてるからすぐには無理とか、探検家みたいにそもそも森から出られねえって訳でもない、むしろタリエとかにはすぐ会えるぐらいだ。

 執事みたいに悪い側の人間だから、レミの監視があるから会いに行けないって制約もない。というかもうレミには会いたくない。時間的に今頃ガルトンが拷問されてたりするんだろうか。悪いな旦那サマ、俺だけ一抜けだ。

 

 だから今の人生じゃ、ちゃんと「俺はアシェルだ」って説明して、皆に会っても問題ない。俺を阻むものは今までと違って特にない。そのはずだ。

 でも、今回は女だ。性別が違う。今までは男だったから、顔が違っても、声が違っても、何とか信じてもらえる可能性があったかもしれねえが。今の俺がそれを言ったって、信じてもらえるのか? 

 見た目や声が違うのは今まで通りだが、性別だぞ? ちょっと壁がデカいような……。

 

 これまで通り、二人しか知らないことを話せば、もしかしたら──いや、それだって「どこかで聞いた」「誰かから聞いた」って思われるだけだろ。少なくともルシアの時はそうでやってたんだし、性別の壁を壊せるほどの勢いがあるようにも思えねえ。

 じゃあ、どうする? このまま、誰にも会わないのか? それは絶対嫌だぞ。少なくとも今の俺には行方の分からないソラナの無事を確認するっていう大事な仕事があるってのに。

 

「……ああクソ、分からねえ」

 

 どうすればいいか、全然分からねえ。

 

 そもそもだ。なんで女になったんだ? もしかしてこれ以降毎回女だったりするのか? 

 それは困るぞ。俺の自認としては男のつもりなんだ。何回も他人の皮被ってる癖にこんなこと言うのもなんだって感じだが、それでも俺は俺だ。そこは変えたくない。

 でも、もし。何度も何度も女を繰り返してたら、そのうち心まで完全に女になっちまうかもしれない。女がダメって訳じゃないが、俺が俺じゃなくなっちまうことが問題だ。

 

 まあだからってすぐ死んでリセットってつもりはねえが。回数制限があるかもしれねえし。場合によってはこのまま一生女の体で生きていくことも覚悟しなきゃいけねえな。

 だから、とりあえず、今回はこの体を受け入れることにしよう。今までだって、知らない人間に成り代わってきた。盗賊から兵士になって、兵士から文官になって。全部、知らない世界だった。でも、何とかやってきた。だから今回も、何とかなる……はず。

 

「……ん?」

 

 扉が開く音が──って、ああ、客か。

 

 そうだよな、ここは店だからな。扉が開くってことは客ってことだもんな。店員としての自覚が薄かったよ。

 悪いな、こちとら勤務初日なもんで。

 

「やあ、いらっしゃい──って……」

 

「……こんにちは。ちょっと追加注文に来たんですが……」

 

「……あ、う、うん」

 

 えっ──タリエじゃねえか。

 もう会えたんだが。

 

 えっ……。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 黒髪を低く束ねた、細い眉と落ち着いた灰の目の若い男。間違いない──タリエだ。

 ま、待てよ。こんなにすぐ会えるとは思ってなかったんだが。こっちはまだどういう風に話せばいいかとかも考えられてねえってのに……! 

 

 執事長の頃にチラッと見たときより──いや、なんかだいぶ悪くなってるな。

 目の下の隈が深い。前よりずっと濃くなってる。一瞬吏長の頃のベラの顔が思い浮かんじまった。文官ってのはどうにも体を酷使する仕事らしい。経験者だから俺にはよく分かる。

 明確に目も死んじまってる。な、なんかやつれたな……? ちゃんと飯食ってんのか? 休んでんのか? それとも、俺が死んだあと、何かあったのか? 

 

「あの、すみません? 注文したいんですが……?」

 

 タリエの声が聞こえる。

 ああ、やべえ。固まってた。

 

「あ、ああ……注文、注文だな……」

 

 タリエが目の前にいる。本物のタリエが。久しぶりだ。文官の頃に一緒に働いて、執事長の頃に遠くから見て。でも、こんなに近くで会うのは──

 

 ど、どうする? 

 何を言えばいい、注文を受けるのか? でもやり方が分からねえぞ。何を聞けばいい? 

 ていうか、注文はとにかく。せっかくタリエに会えたんだから、俺は何を言えば、どうすれば「俺がアシェル」ってことを信じさせられるんだ? 

 

 タリエが少し首を傾げてる。俺をじっと見て、心配そうな顔で何か言うのを待ってる。

 何か言わなきゃいけない。でも、何を? 何を言えばいい? 

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ、大丈夫だ……です」

 

 嘘だ。全然大丈夫じゃねえ。

 目の前にタリエがいる、手を伸ばせば届く距離に。久しぶりに会えたのに、このままじゃ何も言えねえぞ。

 どうする? このまま、何も言わないのか? それで、タリエが帰って、それで終わりか? 次に会えるのはいつになる? 

 

 何か言わなきゃいけない。今言わなきゃ──いや、次に会える可能性だってあるだろ。

 でも、その時に言えるのか? 今言えねえことが、次に言えるのか? 

 でも、何を言えばいい? どう説明すればいい? 正直に言って、信じてもらえるのか? 今回は性別まで違うんだ、顔と声が違うのは今まで通りだが、それ以上に説明が面倒になっちまう。

 

 ああクソ、分からねえ。

 でも、このまま黙ってたら、せっかく会えたのに何も伝えられねえまま終わる。

 

「タ、タリエ!」

 

「え、あ、はい……なんで僕の名前を?」

 

 言わなきゃいけない。今、言わなきゃ。でも何を。

 いや、言え、言うんだ。言え、言え、言え──! 

 

「じ、実は俺は! アシェルなんだ!」

 

「……?」




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