【完結】俺は死んだはずだよな?   作:破れ綴じ

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新たな客人と恐怖の再来

 あれから数日が経った。

 

 タリエとは結局、協力関係って形で落ち着くことになった。まあ、協力するって言っても、実際に俺がやることは「タリエが暴走しないように見張る」ってことだけどな。

 タリエは追加注文そっちのけで復讐計画について色々話してきた。犯人の候補を絞り込む方法とか、毒をどうやって飲ませるかとか、そういう物騒な話ばっかりで。正直聞いてるだけで胃が痛くなる。目には狂気を帯びてる気がするし、その癖して声は冷静だからその落差がとにかくゾッとした。

 でも、一つだけ約束を取り付けた。

 

『極端な行動を取る時は、必ず俺に相談しろ』

 

 タリエは、より過激なステップに進むときに複数の視点が必要だと考えたのか、俺の提案に悩むこともなく頷いた。多分、協力者が欲しかったってのもあるし、姪だと思ってる俺を無下にする気もなかったんだろう。実際の俺の目的は逆なんだが……。

 これでとりあえず、タリエが急に単独で何かやらかして、自分の命を危険に晒す可能性は減った。少なくとも、事前に止められる。それだけでもマシだ。

 ありがとうと言って頭を下げるタリエを見て、何とも言えねえ気持ちになったが。お前が頭を下げる相手は、俺じゃねえんだけどな。アシェルでも、その娘でも、その姪でも何でもねえ、ただの嘘つきなのに。というか、自分の周りに三人もアシェルって人間がいることは疑問に思わないんだろうか。

 

 ──でもまあ、とりあえず今はこれでいい。

 タリエを真人間に戻すまで、この嘘は続ける。それが、俺にできることだ。

 

「それにしても……」

 

 この写本工房での生活は思ったより悪くねえ。

 というか、今までの人生の中で一番楽かもしれねえ。

 朝は、鳥の鳴き声で目が覚まして、窓から差し込む光が部屋の壁を照らす。起きたら顔を洗って、階段を降りて。

 受付の椅子の座り心地は、最初こそ悪かったが今ではすっかり慣れちまった。窓の外を見れば、通りを行き交う人々が見える。商人とか、職人とか、子供とか、老人とか。色んな人が、色んな表情で歩いている。

 

 これまでの暮らしはとにかく緊張感があった気がした。盗賊の頃は毎日命がけ、兵士の頃は訓練と任務と管理された暮らし、文官の頃は厳しい規則に面倒な仕事、酒家の頃は……まあ緩かったが責任のある立場で、探検家の頃は森からの脱出に遭難状態、執事長の頃はレミとガルトンの監視、それに加えて犯罪者という立場。

 どれも、迂闊に気を抜けば問題になりかねない。そんな緊張感があった。

 でも今は──受付に座ってるだけだ。客が来たら対応する。来なかったら暇。

 

 制約もねえ。来なかったら暇とは言うが、マジで客は全然来ない。カルは監視したりしないし、おかげで抜け出そうと思えばすぐに抜け出せる。

 でも、抜け出す必要がねえ。ただでさえ安全なんだから、無理にここを抜け出す理由が無い。それにタリエがこの店を知ってて、俺のことをこの店の店員だと認識してるから、わざわざその立場を放棄して再度説明が必要な状況に身を置く理由も存在しない。

 

 それに、店主のカルも思ったより扱いやすい──っていうか今までと違って、あんまり俺の負担になるような人間じゃない。

 この数日で分かったが、カルは本当に無口で無関心だ。仕事一筋で、それ以外には興味がねえ。窓の外を見ることもねえし、何が合っても自分はただ黙々と羽ペンを走らせるだけ。

 俺が急に仕事できなくなったのに何も言わねえし、むしろ受付をずっとやらせようとしてくる。口下手だから人としゃべる役を俺に押し付けてえのか、「仕事してるなら問題ない」って感じで深く追及してこねえ。

 敬語が崩れてきても、何も言わない。最初の頃は一応丁寧に喋ろうとしてたんだが、カルは俺の慣れない敬語にも無反応だし。数日経ったら「わりい」「ありがとな」くらいになって、今じゃ完全にタメだ。助かるぜ。

 

 ただ、マジで全然喋らねえのはちょっと不満だ。

 朝、店を開ける時も無言。昼、飯を食う時も無言。夜、店を閉める時も無言。俺と一緒でこの店の奥に個室があって、泊まり込みの生活してるが、まあすれ違ったとしても何の言葉もない。

 たまに「受付、頼む」とか「紙、持ってきてくれ」とか、最低限の指示は出してくるが、それ以外は本当に何も喋らねえ。おかげで会話が成立しねえ。

 

「……」

 

 受付に座りながら、カルの背中を見れば。

 相変わらず黙々と羽ペンを走らせてて、俺のことなんて眼中にねえって感じ。

 

「暇だな……」

 

 聞こえるように呟いても、カルは何も言わねえ。

 そんなもん求めるべきじゃねえが、これまでと違って逆に張り合いがねえっていうか、面白くねえっていうか。

 

 今までの人生だと、大抵誰かが俺に構ってきた。ルシアは詰問してきたし、タリエとソラナは指導してくれたし、リアンは酒の作り方を教えてくれたし、ウィスプは妨害してきたし、レミは──まあ、あれは……うん。

 でもカルは、本当に何もしてこねえ。良くも悪くも、完全に放置。

 

「──ま、楽でいいけどな」

 

 そう言い聞かせて、また椅子に背を預ける。

 とりあえず、今回は、逃げなくていい。それだけで気が楽だ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ん? 扉が開く音したな? 客か? 

 珍しいな。まあこれぐらいの頻度が普通なのかもな。

 

 三十代過ぎくらいか? 

 落ち着いた雰囲気で、柔らかい笑顔を浮かべてる女。髪は肩まで伸びていて、緩く結ばれている。商人っぽい格好だが派手じゃねえ、上品で、清潔感が強い。そこそこ金持ってそうで、それなりに余裕がある感じ……。

 

「こんにちは~、アシェルちゃん」

 

 ──えっ。

 ……誰だ? まさか、元のアシェルの知り合いか? 

 

「あ、ああ。どうも……」

 

 当然だが俺はアンタのこと知らねえぞ。向こうが俺のこと知ってるってことは……ここの常連か? 

 アシェルちゃんって言ったよな。ちゃん付けってことは、前のアシェルとそれなりに親しい人間? それとも、単に年下だから、そういう呼び方してるだけか? もし前者ならいきなり会ったことのない人間の知ってるアシェルとして取り繕わなきゃいけねえんだが……。

 

 ……とりあえず適当に相槌を打っておけば何とかなるだろ。ならなきゃちょっと間違えたって言ってなんとか誤魔化せば──

 

「いつも通り今月の家賃をもらいに来たよ~。カルくんはいるかしら~?」

 

 家賃? 

 家賃ってのは、確か……建物を借りてる奴が持ち主に払う金……のことだったよな? 

 てことは……ああ、そうか。この女がこの建物の家主ってことか。

 

「えっと……ああ、はい。分かり……ました。呼んでく……呼んできます」

 

「ありがとね~」

 

 お、おお。

 

 すっげえ優しく微笑まれた。特に悪意とか何も無さそうな一切混じり気のない感じ。ちょっと今までに見たことないタイプでびっくりしちまった。

 なんか、悪い人じゃなさそうだな。むしろ、すごく柔らかい雰囲気で、なんていうか……安心する感じ。どこぞの無愛想な店主とは大違いだ。

 まあ実際はどんなこと考えてるか分かんねえけど。とりあえずカル呼ぶか。

 

 ──にしても、家賃、か。

 ってことは、ここは借りてる場所なんだな。カルのもんじゃねえ。土地も建物も、全部あの女性のもんで、カルは毎月家賃を払ってる、と。意外だな、普段の仕事には相当プライドがありそうだったし、てっきり店ごと全部カルのもんだと思ってたんだが。

 

 商売してる場所なのに、借りてるってことは……いや、別にそういうもんなのか? 店を開くのに、土地を買う必要はねえのか? それとも、カルに金が無いだけ? 

 いや、待てよ。家賃を払えるってことは、それなりに稼いでるってことだよな。じゃなきゃ、毎月家賃なんて払えねえ。この建物、結構立派だし、家賃もそれなりに高そうだ。客は少ねえが、写本って一冊作るのに何日もかかるし、そもそも稼ぎがよさそうだからな……。

 

 いつも通り、毎月の、って言ってたし、しかも俺のこと『アシェルちゃん』って呼んでた。てことは定期的な付き合いなのか。カルだけじゃなくて、前のアシェルとも。

 月に一回、家賃を集金に来る。その度に顔を合わせて、多分ちょっとした世間話とかもしてたんだろう。前のアシェルはどうせ真面目な性格なんだろうし、きちんと挨拶とかもしてたんだろうな。

 ……さっきの俺大丈夫だったか? 気づかれても『実は中身成り代わってます。しかも男です』なんて言えるわけねえし。

 

 店の奥の作業場まで来れば、カルの背中が見える。

 ……そういえば、カルって何歳なんだ? パッと見だと十代後半くらいだが、若く見えるだけでもしかしたらもっと上なのか? 無口だから年齢がよくわからねえ。

 カルがこの店をいつから始めたのかも知らねえし。もし見た目通りの年齢なら、自分の建物を買う金は無いのに、これだけの設備が整ってるってのもよく分かんねえな。

 

 ……まあ、今は関係ねえか。

 カルに聞いても、多分「……」で終わりそうな気もするし。あの女と話すときだって、特に何もなくいつも通りなんだろうな。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「ありがとね~。カルくんはちゃんと払ってくれるから助かるわ~」

 

「いや……まあ……はい……」

 

「あっそうそう。今月の王都月報ってもう出てるでしょ? 頼めたりする?」

 

「……その……これ……」

 

「あら、もうできてたの~! 助かるわ~」

 

 ……マ、マジかよ! 

 カルの奴、喋ってる。喋ってはいるが、めちゃくちゃぎこちねえ。声が小さいし、言葉が途切れ途切れだし、どもってるし。いつもの無口で無表情でクールなカルとは全然違う。何だこれ? 別人か? 

 しかも、「いや……まあ……はい……」って何だよ。文章になってねえぞ。視線も定まってねえし。あの女の顔を見たり、床を見たり、手元を見たり。

 

 普段のカルはこんなんじゃねえのに、俺が何を言っても「……」とか、最低限の返事で済ませる癖に。なのに今は、必死に返事しようとしてる。

 さてはあれか? 普段無口なのはクールで寡黙だからじゃなくて、単純に人と話したくねえからなのか。だけどこの女は建物を貸してる、要はこの店にとっての重要人物だから、下手に出れねえし無下にできねえと。だから、しどろもどろになりつつ一応会話してると。

 へ~そんな弱点があったとは。

 

「今月は色々あったのね~」

 

「みたい……っすね」

 

 おいおいそりゃないだろカル君よ。ようやく、絞り出した言葉がそれか。声が小さくてか細い。まるで、怒られてるときの子供みたいだ。写本ってことはそれ自分で写したんだろ? それとも、何を言えばいいのか分からねえのか? 

 カルは黙って立ってる。ただ立ってるだけ。手の置き場に困ってる感じで、腕が微妙に浮いてる。普段は作業してるから手の置き場所に困ることなんてねえんだろうが、今はただ立ってるだけだから、持て余してんだな。

 王都月報って言ってたから、名前からして多分、王都の出来事とかを色々一か月分まとめて出してる文書ってことだよな? 家賃と一緒に渡しに行った辺り、この女にだけ家主待遇で優先的に準備してんだろうか。

 

 さりげなくカルの横に立ったら、「助けてくれ」みたいな目でこっち見てきた。

 いや知らねえよ、助けねえぞ。毎月確定で来てくれるんだから、この人はお得意様だろ。アンタ店主なんだからきちんと相手してやれよ。うりうり。

 うわ、めっちゃ困ってやがる。普段の無反応はどこいったんだ。ガチガチに固まっちまって。カルがまさかこんな反応するなんて思わなかった。ちょっと面白いな。

 

「王族の動向が……へえ~」

 

「……」

 

「市場の価格もこんなに、ふむふむ」

 

「……」

 

「あら、子爵が。こんな事件まで、怖いわね~」

 

「あの……ロエマさん。そろそろ……戻っても」

 

「あっ、ごめんね引き留めちゃって。いいわよ~」

 

 おお、やっとちょっと喋った。

 聞いた瞬間足早に奥の方に戻って行っちまったぞ。そんなに離れたかったのかよ。家主相手にその態度はどうなんだ。ていうか、殊更なんで俺を雇ったんだ。

 

 へえ、あの女はロエマって名前ね。よし、覚えたぞ。

 カルのさっきの行動も気にしてねえみたいで、楽しそうに月報を読んでる。へ~、とか、あら~、とか言いながら。逐一気にしてねえ辺り、多分いつものことなんだろうな。

 

 にしても、カルも大変だな。やりたくもない「他人との会話」を確定でしなきゃならねえって。しかも明確に目上の人間に。

 今まで見た感じロエマは多少雑でも気にしないだろうし、あんなもんちょっと相槌打つだけで十分だろうに。俺を雇ったのも、実際は自分のしたくない受付係をやらせる役が欲しかっただけなのかもしれねえな。

 

 ──実際俺なら絶対ああはならねえし。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「あっそうそう。アシェルちゃん」

 

「? ああ、はい」

 

 ロエマが読んでる途中で思い出したように顔を上げた。

 

「そういえばね。新しく近くに家を借りたいって人がいてね~」

 

「へえ」

 

「この店は便利だから~って紹介しに来たの~」

 

 ふうん? 何だと思ったら、新しい客の紹介か。

 まあ、この店にとっては悪い話じゃねえだろ。客が増えるってことだし、カルも喜ぶんじゃねえか。いや、喜ぶかどうかは分からねえが、少なくとも商売としては悪くねえはずだ。客が来るってことは金が入るってことで、金が入るってことは家賃も払えるってことで、家賃が払えるってことは店が続くってことだ。まあ、俺には直接関係ねえが。

 

「その人、最近大きな臨時収入が入ったらしくて~」

 

「なるほど」

 

「これを機に住居を変えることにしたんですって~」

 

 臨時収入、ねえ。どんな仕事してんだか知らねえが、まあ色々あるんだろうな。金持ちなのか、それとも一時的に儲かっただけなのか。住居を変えるってことは、それなりに金はあるってことだろうな、羨ましい。

 でも、臨時収入で住居を変えるってのは、ちょっと急じゃねえか? 普通、住む場所を変えるってのは、もっと計画的にやるもんじゃねえのか? それとも、よっぽど急いでたのか、前の場所に何か問題があったとか、それか──元々そういうことを考えてたのか。

 

「礼儀作法がちゃんとしてて~」

 

「ふむふむ」

 

「聡明で、あと人当たりも良い方なの。良い人よ~」

 

 ……礼儀正しくて、頭が良くて、人当たりが良い。

 まあ、良い人なんだろうな。このロエマがわざわざ紹介しに来るってことは、信頼してる相手ってことだろうし。それに、礼儀作法を身に着けてるってことは、それなりの教育を受けてるってことだよな。金持ちの家の出身とか、そういう感じかもしれない。

 

「カルくんにも……彼は人見知りだから、今は言わないけども……後で報告してあげてね~?」

 

「ああ、はい。分かっ……分かりました」

 

 まあそれぐらいならお安い御用だ。後で適当に伝えておけばいいだろ。「新しい客が来るかもしれねえぞ」って。多分、「……ああ」とか言って終わりだろうけど。でも、カルにとっては良い知らせだよな? 

 

「それじゃあ、紹介するわね。入ってきて~」

 

 扉が開く音。足音が聞こえて誰かが入ってくる。

 にしても、どんな奴なんだろうな。礼儀正しくて、聡明で、人当たりが良くて──臨時収入が入ってる。そんな奴中々いなさそうだが……。

 

 ……待てよ。礼儀正しくて、聡明で、表面上人が良くて、今金を持ってる? 

 この条件に、当てはまる奴。なんか、そんな奴を、俺は知っている気が……。

 

 ──いや、まさか。

 アイツは今頃二つの家から金をこそぎ取るのに忙しいはずだ。こんなすぐここまで来れる訳がねえ。

 だから、違う。きっと、違う。多分、条件が似ただけの別人だ。俺とは関係ないはずだ。

 だから、だから、だから──

 

「──失礼致します。最近、こちらに引っ越してきました」

 

 青みがかった、短く結ばれた黒髪。無表情で、冷たい目。聞き慣れた敬語の声。

 何故だか冷たい水が思い浮かぶ。薄暗い部屋が脳裏に浮かぶ。俺を見下ろす目が記憶から蘇る。背筋が凍るような気配がして、嫌な汗が止まらない。

 

 ──いやいや……! 

 ──嘘だろ……!! 

 ──冗談だろ……!!? 

 

 

 

「レミ、と申します。今後ともよろしくお願い致します」

 

 ギャ──ギャアアアアアアアアアア!!?




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