【完結】俺は死んだはずだよな?   作:破れ綴じ

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秘密の切り方と生まれ変わった姿

 この体になってから……もうそろそろ一ヶ月と少しか? 

 

 今日は休みの日だ、一応。つっても、俺にやることなんざねえし。また伸び出してきた髪もさっき切り終えたとこだし、カルは休みの日でもずっと作業してて話しかけられない。タリエも普通に忙しいから会ったりできない。

 仕方ねえ、在庫漁って過去の王都月報から「ナントカの教会」の情報探しに勤しむことに──

 

「アシェルちゃん、こんにちは~」

 

「ん? ……ああ、はい。こんにちは、ロエマさん」

 

 誰だと思ったら、ロエマか。

 扉の方を向けば、いつもの柔らかい笑顔。今日なんか用事あったっけか? いや、でもたまにふらっと寄ることもあるしな、この人。

 

「今日はお休みかしら~?」

 

「まあ、そうですね。特にやることもないんですけど」

 

「あら、それならよかったわ~。ちょっと近くに来たから、寄ってみたの~」

 

 ああ、やっぱり。別に用があるわけじゃねえのか。

 ロエマが店の中に入ってきて──

 

「失礼致します」

 

 あ。

 え? 

 嫌な声が、聞こえた。冷たい声。知ってる声。

 ロエマの影から、一緒に入ってきやがった。

 

 ──レミだ。

 

「あ……ああ。こんに、ちは……はは……」

 

「こんにちは」

 

 淡々とした返事。レミが中に入ってきて、ロエマの隣に並ぶ。

 

 クソ、完全に油断してた……。

 心臓がバクバク跳ねて、息が詰まって、全身から汗が吹き出しそうな感じ。

 何回会っても慣れねえ。慣れるわけねえだろ、この女に。

 カウンターの向こうで、できるだけ自然を装おうとするが、手が勝手に震えちまう。今日は何しに来たんだよ。用があるなら早く済ませて帰ってくれ。頼む、頼むから。

 

「──あら?」

 

 ロエマの視線が、こっちに向く。いや、正確には俺の顔に。

 ……ん? 何だ? 何を見てんだ? 

 

「アシェルちゃん、その前髪……」

 

「え……? これが、何か?」

 

 さっき切ったばっかりなんだが……どうしたんだ。なんか変なもんでもついてんのか。

 鏡で見た時、まあお世辞にも綺麗とは言えねえけど、カルも何も言わねえし客も来ねえし、いいかって放置してたんだが。

 

「前より……ひどくなってない?」

 

「えっ」

 

 えっひどいのかこれ。いや、女の髪の切り方なんざ知るわけねえし、男の頃だってろくに整えたことねえから褒められるとは思ってなかったが。

 ひどいのか、これ。

 

「あ、いや、その……自分で切ったんで……」

 

「あら~、自分で?」

 

 ロエマが少し困ったような顔をする。

 レミも、じっと俺の前髪を見てやがる。そんなに見るな。お前に見られると怖いんだよ。

 

「もったいないですね。せっかく可愛らしいお顔立ちなのに……」

 

 可愛いとか言うな。

 ていうか、お前の口から出る言葉全部が脅しに聞こえるんだよ。やめてくれ。

 

「ねえレミちゃん。確か、散髪もできたわよね~?」

 

「(えっ)」

 

「ええ。拙くはありますが、可能です」

 

「(えっ)」

 

 散髪。

 レミが。

 

 いや、元々はガルトンとヴェミーニのとこのメイドだったんだし、コイツの器用さを考えれば散髪の一つや二つできたっておかしかねえが。

 この会話の流れは……もしかすると……。

 

「じゃあ、アシェルちゃんの髪、整えてあげてくれない~?」

 

 ああやっぱり! 

 待て待て待て! 何を言ってんだこの人! 

 

「い、いや! 大丈夫です」

 

「今日はお休みなんでしょ? 遠慮しないで~」

 

 ああしまった! 

 今日は休みって言っちまった! 仕事だって言えばよかった! 

 

 カル──いや、一瞬考えたが、カルが助けに来る訳ねえ! 

 畜生あの店主! 

 

「いや、でも──」

 

「承知致しました。アシェルさんの散髪──ですね」

 

「……!」

 

 お、おい。

 勝手に話を進めんな。

 

「さあさあ、行きましょ~」

 

「ちょっ、ちょっと待って──」

 

「大丈夫よ~。レミちゃん、とっても上手なんだから。安心して~」

 

 あ、安心できるわけねえだろ。上手いとかそういう問題じゃねえんだ。

 クソ……! 善意が理由だけに断りにくいったらありゃしねえ! 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「──それでは、始めさせていただきます」

 

「は……は、い……」

 

 レミの声が響く。

 声だけなら癒されるような優しい高い声なのに、俺の脳内の記憶のおかげで恐怖しか呼び起こされない。

 

 ここは、ロエマの家か、それとも所有してる物件か。

 椅子に座らされて、背後にレミが立ってて──手には鋏が握られてる。

 

「ねえ、アシェルちゃん。髪が終わったら、簡単なお化粧もしましょうか~」

 

「え、え、なんて……?」

 

「お化粧よ。きっと可愛くなるから~」

 

「は、はい……」

 

「楽しみにしててね~」

 

 ロエマが嬉しそうに笑ってる。

 な、なんて言った? ケショウ? 悪いけど体の震えで何も分かんねえぞ。

 いや、何だか知らねえが何でもいい。多分ロエマがやってくれるんだよな? それなら別に何でもいい。さっさと今の状況を何とかしてくれねえか……。

 

「では──動かないでくださいね」

 

 動けるわけねえだろ。こちとらさっきから立ち上がれるかどうか怪しいぐらいに緊張してるってのに。体なんか完全に硬直しちまったままだよ。

 

 背後に、刃物を持ったレミがいる。

 首筋に、いつでも刃物が近づいてくる距離に、あの女がいる。

 水槽に沈められた時の記憶が脳裏に蘇る。あの冷たい目。あの冷たい声。息ができなくて、水が喉に流れ込んできて、意識が遠のいていって……。

 

 ──シャキン。

 

 と、鋏の音がする度にびくっと体が跳ねちまう。

 

「おや、痛かったですか? 気を付けたつもりでしたが……」

 

「だ、大丈夫! 大丈夫……です」

 

 大丈夫じゃねえ。全然大丈夫じゃねえ。

 声に出して言いてえぐらいだが、そんなこと言えるわけねえ。ロエマは善意でやってくれてるんだし、レミだって別に俺を殺そうとしてるわけじゃねえんだろうし。でも、怖いもんは怖いんだよ。

 

 レミの手が俺の髪に触れる。

 冷てえ──いや、普通の温度なのかもしれねえが、俺には冷たく感じる。あの時の、水槽の水みたいに冷たく感じる。

 

「……! ……! ……!」

 

 シャキン、シャキン、シャキン。

 鋏の音が続く。耳元で、首筋で。

 殺され──いや、大丈夫。これはただの髪が切られていく音だ。気にするな。そもそも殺される理由がねえ。ビビりすぎだ、俺が女一人に何を──

 

 ──でも、殺そうと思えば今すぐに殺せるんだよな。

 このまま、首筋に刃物が滑って、血が噴き出して……。

 

「──綺麗な髪ですね」

 

「! あ、ありがとう、ございます……?」

 

 レミが小さく呟いた。

 声が震える。何とか返事するが、喉がカラカラだ。

 

 ほ、褒められてるのか? 褒められてるんだよな? 

 俺には褒め言葉に聞こえねえんだが。お前の言葉全部が、何を言われても、俺には全部脅しに聞こえるんだが。

 

 シャキン、シャキン。

 

 レミの手つきは丁寧だ。慣れてる。無駄がねえ。

 メイド時代の仕事の一つだったんだろうな、ガルトンやヴェミーニの髪も、こうやって切ってたんだろう。あの二人も、こうやって背後にレミを立たせて、刃物を持たせて──いや、あの二人は多分レミを信頼してたから、何も恐怖を感じてなかったんだろうな。むしろ、リラックスしてたかもしれねえ。

 

 でも俺は違う。

 俺は知ってる。レミが何をしたか。レミが何をする女か。あの二人を殺した女で、俺を水槽に沈めた女だ。

 

 シャキン、シャキン。

 

 早く終わってくれ。頼む、早く終わってくれ。

 もう限界だ。心臓がうるさすぎる。鼓動が耳に響いて、鋏の音と混ざって、頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 

「そんなに硬くならなくても……もう少しですので、我慢してくださいね」

 

「は、はひ……」

 

 我慢も何も、動けねえんだよ! 

 いつまで続くんだ、これ……。

 

 シャキン、シャキンって、鋏の音が、ずっと続いて。

 ただでさえ短くなった髪がまた一房、切られていって。

 鋏が首に近づく度にヤバイ量のつばを飲み込んでる。

 ああ、なんで女の髪ってのはこうも伸びるのが早いんだよ……! 

 

「さて……」

 

 ああ! ようやっとレミの手が離れた! やった! やっと終わる! 

 もういいから、とにかく、早く立たせてくれ。頼む、早く──

 

「──では、次は横を整えますね」

 

 期待させやがって畜生が! 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「これが……俺……?」

 

 鏡に映る顔を見て、言葉が出ねえ。

 いや「これが……俺……?」って出はしたんだが。

 恐怖の散髪が終わって、ロエマが化粧してくれた。

 簡単なものだって言ってたが──これ、簡単なのか? 

 

 鏡の中の女が、俺を見返してる。まるで生まれ変わったような。

 いや、一応俺なんだが。俺なんだが、でも、別人みてえ。

 前髪が綺麗に揃ってる。俺にもわかるぐらいボロボロだったのが、嘘みてえに。横も後ろも、きちんと整ってる。レミの腕は確かだった──怖かったが。

 顔には、何か塗られてる。色がついてる。目の周りとか、頬とか、唇とか。ロエマが色々やってくれたんだが、正直何をされてたのかよく分からねえ。ただ、じっとしてろって言われて、じっとしてただけだ。

 で、結果は──これが、俺。これが、今の俺。

 

 ──に、似合わねえ!! 

 

 いや、似合ってないってことはない。綺麗だと思う。

 ただ、俺としては自分を男だと思ってた訳で、男としての俺がこの自分を見てどう思うかってなると、やっぱり違和感が凄まじいというか。自分じゃねえ自分見てる感じ。なにこれ。

 

 見た目なんか女だ、もう完全に女だ。いや、体は最初から女だったんだが、でも今までは何となく男か女か分からねえって程度に誤魔化せてた気がする。前髪ボロボロだったし。顔立ちは整ってるって自覚はあったが、まあ、男でも整った顔の奴はいるし。

 でも、今は違う。鏡の中の女は、どこからどう見ても女だ。目がはっきりして、頬に色がついて、唇が赤い。

 これ、俺なのか? 本当に俺なのか? 

 

「可愛いでしょう~?」

 

「あ、はい……ありがとう、ございます……」

 

 ロエマはずっと嬉しそうだ。

 いや、アンタが喜んでくれる分には構わねえ。ただ、レミの散髪が短くなれば俺としては何でもいい。

 でも、可愛い、か。可愛いのか、これ。俺は男なんだが。中身は男なんだが。

 でも、鏡の中の女は、確かに可愛い──のか? よく分からねえ。自分の顔を可愛いとか判断できねえよ。

 

「似合ってるわよ~。アシェルちゃん、本当に可愛い顔してるんだから~」

 

「……んん」

 

 ロエマが、俺の肩に手を置く。鏡の中で、ロエマと俺が並んでる。

 ロエマは綺麗な人だ。優しそうで、柔らかい雰囲気。

 その隣に、俺。女の俺。こう、なんか、変な感じ。

 というか本当に嬉しそうだな。何がそんなに嬉しいんだ? 俺の髪を整えて、化粧して、それがそんなに嬉しいのか? 

 

「実はね、私……昔、妹がいたの。可愛いものが好きな、妹が」

 

 ロエマの表情が、少し曇る。

 え、何だ急に。妹? 

 

「……妹、です、か?」

 

「ええ。アシェルちゃんぐらいの年齢でね……もう亡くなっちゃって」

 

 ロエマの声が、少し震えてる。

 笑顔は消えてない。でも、目が笑ってない。

 

「──それで。もっと色々、おしゃれさせてあげたかったな~って」

 

 ──ああ、そういうことか。

 ロエマは俺に、亡くなった妹の面影を見てるのか。

 髪を整えて、化粧して。妹にやってあげたかったことを、俺にやってる、と。

 元々そんなつもりじゃなかったのかもしれないが、やってるうちに思い出したのか。

 

「だから、アシェルちゃんにこうしてあげられて……嬉しくて」

 

「……そう、なん、ですか」

 

 ……いや、何て言えばいいんだよ。

 急に重い話になって、俺は反応に困るぞ。なんというか、こう……慰めればいいのか? 「お姉ちゃん」って呼んでやろうか? 

 

「──あ、ごめんなさいね~! 暗い話しちゃって~」

 

 ロエマが、パッと笑顔を取り戻す。

 さっきまでの空気が嘘みてえに、明るい声。

 

「さあ、レミちゃんも見てあげて~」

 

 ロエマが、レミの方を向く。

 あ、ああ。そういう感じで切り替えるのか、この人。

 俺が何か言う前に、話題を変えやがった。

 あ、ごめんレミの方には向けないで。こわい。

 

「流石──素敵です。アシェルさんは、元々美しい顔立ちをしていらっしゃいますから。化粧が映えますね」

 

「そうでしょう~? アシェルちゃん、本当に可愛いのよ~」

 

 ……いや、もうレミの発言にとやかく言うのはやめよう。ロエマが嬉しそうに笑ってるし、もういいってことにしよう。

 このままじゃ毎回「コイツ何か隠してるんじゃねえか」って邪推して夜も眠れなくなっちまう。いくらコイツでも、流石に他の人目がある場所で殺しなんてしないだろうし……多分。

 

「ねえ、アシェルちゃん。今度から、時々化粧してみたらどう~?」

 

「え、いや、でも……」

 

「せっかく可愛いんだから、もったいないわよ~」

 

 もったいないって。

 でも、化粧の仕方なんて知らねえし。

 

「今度教えてあげるから、楽しみにしててね~」

 

 教えてもらっても、できる気がしねえんだが。

 ていうか、化粧なんてしたことねえし。男の頃だって、特に文官と執事長の時は身だしなみには気を使ってたが……。

 

 ──楽しみ、か。

 楽しみにできるのか、俺。楽しみになった俺って、もう俺で合ってるのか? 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ロエマの家を出て、写本工房への帰り道。

 外は、まだ明るい──夕方ってとこか。

 ロエマとレミの二人は家の前で別れた。ロエマは最後まで嬉しそうで、レミは相変わらず無表情だったが──まあいいさ。やっと、一人になれた。やっと、解放された。散髪の恐怖から、解放された。

 

「はあ……」

 

 まあ、まだ化粧は残ったままなんだが。

 顔に、何か塗られてる感じが残ってる。目の周りとか、頬とか、唇とか。

 気になるが……多分、触らねえ方がいいんだろうな。ロエマが一生懸命やってくれたんだし。

 店に戻ったら洗い流すか。いや、でも、洗い流していいのか? 化粧って、どうやって落とすんだ? まあ、いいか。水で流せばどうにかなるだろ。

 

 街を歩く。いつもの道で、いつもの景色。

 でも、今日は違う。すれ違う人が、ちらちら見てくる気がする。まあ全員の目を引くって訳じゃないが。あそこのフード被った奴と老夫婦とか、俺そっちのけで会話してるし。

 見た目ってのはすげえな。ちょっと変えるだけでこんなに差が出るもんなのか。

 カルもちょっと驚いたりするんじゃねえか。帰って来た従業員が全然違う見た目してて。別人だって思って喋れなくなっちまうかもな。そうなったら愉快だぞ。

 

「それなら……」

 

 ──それなら、この技術は変装として使えるんじゃねえか? 

 なんか最近シェラって偽名を名乗ることが増えてきてる気がする。確か、俺の偽名を知ってるのは……酒家の時のベラと、執事長の時のルシア、あと今この体の時のタリエの三人だったはず。タリエに関しては偽名っていうか渾名としてだが。

 今日これだけでだいぶ反応が変わるんだから、髪型変えて、化粧変えて、他にも服とか色々変えてってすればさらに別人になれるかもしれねえ。俺がちょっと万能に思い込みすぎてるだけかもしれねえが、それだけ色々使えそうだ。盗みには……もうする気は無えけど。こう、追われる身になった時とか、身分を誤魔化したくなった時とか、そういう時に使えそうな気がする。

 

 そう考えたらロエマに教えてもらうのも、中々悪くねえか。

 まあ、今のところどれも必要ねえけど。覚えておいても悪くないな。そのうち必要になる時が来るかもしれねえし……。

 

 

 

 

 

「──ああ、そうだ。元々王都の生まれで合っている」

 

「つい最近まで療養で遠方にいてな。丁度この前終えてきたところだ」

 

「……ああ、そうそう。本題はこっちだった。そのために声をかけたんだ」

 

「すまないな、ご老人方。大丈夫、簡単な質問を一つだけだ。すぐ終わる」

 

「──お二人は、『アシェル』あるいは『シェラ』という男をご存じないだろうか?」




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