【完結】俺は死んだはずだよな?   作:破れ綴じ

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乗り越える次の道と考えてなかった未来

「ちょ……なに、それ。なんで、ボスが……?」

 

「さっき言ったろ。衝動的に殺っちまったって」

 

「え……」

 

 ああ、やっちまった。ボスを殺しちまった。

 生きてねえよな? 後で「やっぱり生きてて、俺を殺すために復讐しにきました」なんてことがねえように相当念入りに息の根を止めたはずだし。

 

 でもこれで、バレク家とグロス家への襲撃は止められるんだよな。指導者がいなくなったんだから、あのクソ野郎が計画してた襲撃はもう実行されねえはず。これでもうリアンもマドリーも襲われねえ。せっかく新しい酒を造り上げて、俺の死から立ち直って、いずれ家を継ぐことになるアイツらが、盗賊に襲われて殺されるなんてことはもう起こらねえんだ。

 よかった。本当によかった。盗賊の頃の俺には考えられなかった。あの男の前に立つことすら恐怖で、毎日殴られて蹴られてただ怯えて生きてた。でも俺はやってやったんだ。ざまあみやがれ。今までの人生、失敗ばっかりだったけど──ようやくまともに何かを守れた気がするぞ。

 

 現場を見ちまったネルは、自分たちにとって「恐怖の象徴」だったボスが、完全に死んでるのを見て言葉を失ってる。

 まあ、当たり前だな。これまで「絶対に逆らえない」っていう風に教育されて洗脳されてきたんだから。外の世界を知らないコイツらじゃ反逆の「は」の文字も思いつかなかったはずだ。俺は外の世界を知って考え方や価値観が変わったが、コイツはそうじゃない。だから目の前の光景が信じられねえって顔してやがるんだ。

 ただ、俺に裏切りを糾弾するってことはしねえだろう。コイツだってボスの暴力に怯える側の人間だったんだから、恐怖の対象を討ち取った俺に驚きこそすれど恨みを持つことはねえはず。

 

「じゃ、じゃあ。次の獲物の襲撃はどうすんのさ」

 

「無くなるだろ。ボスがいねえならうちはもう解散確定だからな」

 

「え、ええ……?」

 

 ……これを見ても、まだ襲撃の話か。

 いやでもコイツらは昔の俺と同じで盗み以外の生き方を知らねえし、仕方ねえか。

 まあ俺には関係ねえし、さっさとここを抜け出してこれからの算段を決めねえと……。

 

 ──ん? でも待てよ? なんか忘れてねえか? 

 襲撃計画は止まったはずだよな? ボスが死んだんだから、もう誰も命令を出せねえ。だから、襲撃は止まる。そうだよな? 

 でも、何か引っかかる。何か忘れてる気がする。ボスは殺した。ただ、他に何か──

 

「それなら、誰が指示を出すのさ──先行隊に」

 

 先行隊……。

 

「……あっ」

 

 ああ! 畜生、そうだ! 忘れてた! 先行隊がもう出発してるじゃねえか! 

 ボスが「今日中に出発させろ」「先に現地に行かせて、警備の様子を探らせろ」って命令してたじゃねえか! 

 

 俺がボスを殺したのは会議からもう何時間か経ってからだ。つまり、先行隊はもうとっくにバレク家とグロス家を探るために出発してる。勝手に動くかどうかは分からねえが、ボスを殺しても、先行隊がリアンやマドリーを傷つけねえって保証がねえ! 

 クソ、どうして今まで気づかなかった、完全に忘れちまってたぞ! あいつらは、ボスの命令を受けて出発してる。ボスが死んだことなんて知らねえ。だから、作戦をそのまま実行するはずだ。探ってる最中で姿を見られちまったら口封じに殺す可能性だってある。

 止めなきゃいけねえ。今すぐ止めなきゃいけねえ。追いかけなきゃ。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 ああもううるせえな。今はお前に構ってる場合じゃねえんだよ。さっさと荷物をまとめねえと。今すぐ出発しなきゃだ。一秒でも無駄にできねえ。

 俺は馬に乗れねえし、犯罪者で金もない手前、公共の馬車に乗ることだってできやしねえ。仕方ねえが、徒歩で行くしかねえか。

 荷物が重くなればそれだけ遅くなる。食料も必要最低限で……ああいや、もう水だけでも構わねえ。今はアイツらに追いつくことの方が先決だ。

 

 先行隊はどれくらい先に行ってる? アイツらは馬車だから、徒歩の俺より遥かに速度の差がある。

 じゃあ──森の中を通るか。馬じゃ走れねえ場所を突っ切って、それで先回りする。そうだ、それでいこう。大丈夫だ、森の中の進み方は探検家のときに何とか把握した。

 

「……意味わかんない。アンタ、今までクソ真面目なボスの犬だったくせに……」

 

「すまねえな。今は真面目ぶってる余裕がなくてよ」

 

 この前のアシェルもやっぱり真面目だったのかよ。

 別に重要じゃねえが、こんな状況で知りたい情報じゃなかったな。もっと落ち着いて考察できるときに言ってほしかった。

 

 

 

 ──いや、盗賊やってるなら真面目とは言えないんじゃねえか……? 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 やっぱり、探検家の時に覚えたノウハウが役に立ってるな。

 どこに足を置けばいいか、どこに手をかければいいか、どうすれば早く進めるか。それがなんとなく知識というよりも経験で分かってくる。この森に入ったことはねえが、俺が遭難してたあの森に比べれば、木も低くて太陽の位置が分かりやすいし、うっとうしく周りを浮遊する光の球もいねえし、出会ったら最後の怪物だってこんなとこにはいねえ。せいぜい小動物ぐらいだ。これぐらいならどんどん進んでいける。

 あの時、何度も森の中を走り回った。迷ったし、転んだし、怪我したのだって一度や二度じゃねえ。でも、その経験が今役に立ってる。人生何があるか分からねえもんだな。

 

「にしても……」

 

 追いついたとして、それで解決はいおしまいって訳じゃない。確定じゃねえが、まだいくつか問題がある。

 まず、「そもそも先行隊は俺の指示に従うのか?」ってことだ。

 俺はリーダーだがボスじゃねえし、何か言ったって絶対従うとは限らねえ。この団ではボスの命令が絶対だ。リーダーの俺たちはボスの命令を伝える役割でしかない。だから、俺が独自に命令を出しても下っ端共が従うとは限らねえ。最悪物理的にぶちのめすしかなくなっちまう。それは困るぞ。

 どうやって説得すればいい? ボスの命令だと嘘をつくか? 「ボスが計画を変更した」って言うか? でも今まではボスが直接指示を出してたからな。 どう答えればいい? 「ボスが急用で出られなかった」って言うか? いや、でも飲んだくれてるだけのボスが急用で出られねえなんてことあるのか? あの自分一番のボスが、部下を信頼して伝言を任せるなんてことあるのか? 不自然だ──信じてもらえねえかもしれねえ。

 

 それに「ボスがいなくなった団はどうなる?」ってのも気になる。

 団の中から新しいボスが出てくるのか? それとも盗むことでしか生きる術を知らない野蛮人たちが行き場を失ってさまようことになるのか? どっちでも正直あんまり良い未来にはならなさそうだ。幸いなのはボスの弔いをしようって連中が間違いなくいねえってことだが……。

 先行隊を帰せば一時的に危機は乗り越えられるかもしれねえが、結局どうしようもなくなってもう一回盗みに来ようって考えるヤツもいるだろう。ボスがもういない以上、どんな作戦もグダグダにしか終わらねえが、犠牲者が一人も出ないってのは流石に夢の見すぎだ。

 

 とっくに着いてて「誰かに危害を加えた後だったら?」ってのも悩みの種だ。

 横のつながりがない盗賊団と違って、あの二つの家には明確に恩がある。何も悪いことしてねえのに、ソイツらに怪我させたなんて言われたら、俺はちょっと冷静じゃいられないかもしれねえ。

 特にリアンとマドリー。リアンは俺にとってもう完全に新しい家族みたいな認識だし、マドリーだって俺がいなくてもいずれ良いヤツを見つけて幸せになってほしいと思ってる。あの二人に何かあったら俺は──間違いなく止まれない。殺し合いになったら俺は複数人に勝てるかな……。

 

 ……いや、後ろ向きなことばっかり考えるのは止めだ。

 森の中っていう近道を使えば、馬車と同じぐらいの時間できっと俺も向こうに辿り着く。そういう、前向きなことを考えるべき、だよな。

 

「──ちょ、ちょっと待って! 早すぎる!」

 

 後ろの方で叫び声が聞こえた。

 ネルだ。アイツ、俺がアジトを出た時からなんかそのまま着いてきやがった。

 

「もっとゆっくり進んでって! ついてけない!」

 

「無理だ! ゆっくりは進めねえ!」

 

「なんでよ!」

 

「時間がねえからだよ!」

 

 ていうか、こいつそもそも何で着いてくるんだ? 

 やっぱりボスに忠誠があった訳でもなかったし、死体の片づけしてる俺を見ても特に何も言ってこなかったじゃねえか。弔いの線は薄いだろ。

 ボスが死んで、団が終わるのは確定なんだから、自由なのに。なんでわざわざ嫌ってる俺に着いて来ようとする。

 

「ついてくんなって! もう好きに生きればいいだろ!」

 

「そんなこと言われても! どうすればいいか分からないし!」

 

「知らねえよ! 無理ならお前のペースで進めばいいだろうが!」

 

 俺にはネルの歩く速さなんて関係ねえんだ。

 元々先行隊を止めるのも一人でやる予定だったし、助けてくれって頼んだ訳でもない。というか、助けられてもそれこそ何をしてほしいか分からねえ──

 

「──アシェル兄みたいなこと言うな!」

 

 ……え。

 ……は? 

 

「今まで、何聞いても黙ってて! ボスの言うこと聞くだけの犬で! 気味の悪い、いけ好かないヤツだったくせに!」

 

 お、おいおい。何だコイツ。何を言ってる。

 あれか? 前の俺についてか? 今は関係ねえんだし、俺じゃなくて前の俺に言ってほしいんだが。

 

「アンタは、名前が同じだけのくせに! アシェル兄の代わりにアンタが捕まって殺されればよかったのに! なんで生き残ったのがアンタなんだよ!」

 

 え、え? 

 ど、どういうこと? 一番初めの俺がなんだって? 何言ってんのコイツ? 

 

 名前が一緒なのは仕方ねえだろ、成り代わり先は毎回そうなんだから。

 盗賊の俺の代わりに今の俺が捕まればよかったって言われても、この俺は写本師の俺が死んだから生成されただけであって。生き残ったっていうよりも、その頃から生きてたってことに勝手にされてるだけなんだが。

 実際、あの夜に「今の俺の体」の「元の持ち主」は存在してなかったんだし──自分で言って相変わらず意味分からねえな。

 

「なのにアシェル兄みたいな喋り方しやがって! もうこうなったら意地でもついてく!」

 

 お、おお。

 ネルが必死にくらいついてきてる。息切らしながら、足場の悪い森の中を走ってやがる。

 

 なんなんだ。意味が分からねえ。 どういうことだ? コイツ何がしたいんだ? 

 え。とりあえずゆっくり走らなくていいならさっきの話は無しってことでいいのか? 

 いいよな? 加減しないぞ? 

 

「あっちょっと待って速い! 待って待って待って!」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ああ、いた! 見つかった! 

 

「お、おい! お前ら!」

 

 どれくらい走ったか分からねえが、先行隊の気配が近づいてきた。表の道からちょっと離れた人目の少ない場所で野営してるのか、焚き火の煙が見える。

 ちょうど良いタイミングだ。ここにいるってことはまだバレク家にもグロス家にも着いてねえってことだ。あと少しで着きそうな距離だが──それでも間に合った。

 

 ネルはちょっと前にバテちまって、後ろの方で息を切らしながらゆっくり進んできてる。しつこいヤツだ。

 でも、今はそんなこと気にしてる場合じゃねえ。

 

 焚き火の近くにうちの下っ端が数人──五人か六人かいる。

 みんな疲れた顔をしてて、野営の準備をしてた。

 

「──リーダー? なんでここに?」

 

 声をかけると全員が振り返った。

 ああ、やっぱり俺が来たことに驚いてる。それもそうだろう。ここにいるはずのないヤツが急に出てきたんだ。リーダー一人で下っ端だけの先行隊を追いかけてくるなんて、これまでに無かったからな。しかも馬車がねえってのに。

 

「計画変更だ。ボスが『帰還しろ』だと」

 

「……え?」

 

 ……やっぱ厳しかったか? さっき出発したばかりなのに、もう帰還を命じられるなんて思ってもみなかっただろうしな。

 嘘ついてやり過ごす方法を選んだはいいが、あのボスは無理と分かってても部下を突撃させて、死んだらまあそれでいいとか考えてるようなヤツだ。そんなヤツに帰還を命じられるなんて、嫌な予感がするだろうが……。

 

「ボスが?」

 

「ああ。ボスの命令だ」

 

「でも、なんで?」

 

「王国兵の罠だ。バレク家には兵士が待ち伏せしてる。ボスが情報を掴んだ」

 

 一人が聞いてくる。当然の疑問だ。でも、ここで躊躇したら信じてもらえねえ。自信を持って答えなきゃいけねえ。

 王国兵っていう単語を聞いて、明らかに動揺してやがる。こいつらにとって、王国兵は恐怖の対象だ。捕まったら拷問されて、情報を吐かされて、それで最後は処刑される。

 だから、王国兵の罠があるって聞いたら怯えざるを得ない。それでもボスへの恐怖には遠く及ばないが──そのボスはもういねえ。ここで帰ったところでコイツらを殴るクソ野郎はもう存在しない。

 

「ほ、本当に?」

 

「ああ。ボスが情報網から掴んだ。バレク家には王国兵が待ち伏せしてる。お前たちが行ったら全員捕まる。『分かりきった罠に突っ込むのは残機の無駄だ』って言ってたよ」

 

 そんなこと言ってないし、聞かされてないが。

 でもこういった方がむしろ信憑性が上がる。アイツにはそういう悪い面での信頼がある。

 

 何人かはまだ信じていいのか怪しいって顔してる。

 そりゃそうだ。今まではボスが直接だったし、ボス以外の命令は聞かないように教育されてきたんだから。こりゃもうちょっと強く言わなきゃいけねえな。

 

「でも……ボスから直接聞いてないし……」

 

「何だ? ボスの命令だぞ。従わないつもりか?」

 

「え、いや! そんなつもりは!」

 

「疑うなら実際に戻ってボスに聞いてみりゃいい。嘘だったら俺を差し出せよ」

 

 強い口調で言うと、全員がビクッとした──やっぱりな。ボスの命令に逆らうってことは、死を意味する。こいつらはそれを知ってる。

 逆に、戻ってたとしても、自分の代わりに差し出せる「俺の命」って担保があれば、少しはコイツらの安心材料になるだろ。

 実際戻ってももうボスはいねえ。アジトの中で自由になったことを実感して、そのまま散ってくれれば俺としては一番だ。

 

「ボスの命令なら……でも、本当に?」

 

「本当だ。ボスの命令で帰還するんだ。問題ない」

 

「……わかった。帰る」

 

「おう。俺は面倒な用事があるから先に帰ってろ」

 

 よし! 説得できた、完璧だ! 

 一人が言うと、他の全員も釣られて頷いた。一人が勇気を出して決心すれば、残りのヤツらも「一人いるなら大丈夫かもしれない」って考えて賛同しだす。人間ってそういうもんだ。それが良く効いた。

 勿論用事なんてもんはねえが。ここで「じゃあアンタも一緒に帰るか?」なんて言われる手は先に潰しておくに限る。

 荷物をまとめて、焚き火を消す音。ちょっとでも長居して、ボスの指示に歯向かったって思われたくねえんだろうな。早く帰りたいってのが透けて見えるぜ。

 

 ああ、色々悪い予想もしてたが──案外上手くいったな。

 特にトラブルもなく、既に被害が出てるなんてこともなく、計画は先行隊含めて完全に潰して、次の指示を出せるヤツはもういない。

 今回の人生は予想に反して上手くいくことが多い気がするぞ。これまで何回も生まれ変わって、それでもなお頑張ってきたおかげで、そろそろツキが回ってきたのかもしれねえな。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「……はあ、はあ、はあ……」

 

「おつかれ。ほら、水」

 

 ネルがようやく追いついてきた。息を切らしてて、顔が真っ赤だ。相当無理してたんだろうな。

 ついてこなくていいって言ってたんだが。結局なんでコイツついてきたんだ? 

 

「だから、そういう、アシェル兄みたいな態度……。──やっぱいい、もらう。ちょーだい」

 

 大人しく受け取って、一気に飲み始める。おお、残してた水全部飲みやがった、遠慮ねえな。俺が口付けてるヤツだぞ。

 そういやコイツ、兄弟なのに俺とあんまり似てねえな。顔も、雰囲気も。

 

 ……あっ、そうか。今の俺は兄の体じゃねえのか。成り代わりで生成された体だから、元のアシェルとは別人だ。そりゃ似てねえわな。

 元の俺ってどんなだったかな……。鏡なんて盗みに入る時しか使わなかったから覚えてねえぞ……。

 

「んぐっ、んぐっ……ぷはっ。──で、次はどーすんの?」

 

 ん? 次? 

 

「次ってなんだ。次って」

 

「いやだって……」

 

 

 

「ボス殺して、遠くまで来て、味方まで帰して……なんか次やることがあるんでしょ?」

 

「………………あっ」

 

 やっべ何も考えてなかった。

 これからどうしよう。




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