【完結】俺は死んだはずだよな?   作:破れ綴じ

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性別の魔法と飛び交う嘘

 んっ……ごほっ。

 ……あー、朝か。

 

 喉に変な感じがして目が覚めちまった。

 この森は場所によって湿度がまるで違うから、体が追いつかないのか変に咳込むことがある。飯食ってる時に違和感がして咽返って、そのサマをノエリスに笑われるのはもう日常茶飯事だ。

 

「いてて……」

 

 小屋が建ってる木の陰で目を覚ますのも……これでもう何度目だ? 

 眷属が主人の寝床貸してもらう訳にもいかねえし、かといって急に飛んでくる魔法に怯えて外で呑気にしてる訳にもいかねえし。この前だってどこからともなく急に草に火がついて、準備してた水を全部ぶっぱなすハメになった。

 で、今はなんとか頼み込んで今は小屋の影で寝ることを許可してもらってる。小屋の近くなら危ない魔法の練習だってしねえだろうし、自分でも名案なんじゃねえかなこれ。

 あの人形たちから剥ぎ取った服を何枚も重ねた寝床は、最初こそ気味の悪さがあったが……今では割と慣れちまった。地面の冷たさとゴツゴツした感触は相変わらず背中に伝わってくるが……まあ、直接寝るよりはマシだよな? 

 

「よっこいしょ……と」

 

 ああクソ、体が重てえ。なんでこんなに疲れが取れねえんだ。

 昨日も一昨日も同じような朝だった気がするが、今日は特に体がだるい。

 

 腹も減ってきたな、そろそろ森を通って食料探しに行かねえと。

 最近じゃルートも覚えちまった。森の入り口から真っ直ぐ進んで、三つ目の大木を右に曲がって、そこから先は目印の岩を辿っていって……そしたらなんとか食べ物のある場所まで辿り着けてた、はず。それでも一人じゃ怖くて行けねえが。

 前回の探索だと途中で『面白いこと思いついタ!』とか言って、勝手に帰ろうとしたから途中で打ち止めになっちまった。帰った後も、小屋の中から時々光が漏れてきたり、変な音がしたり。あの時のノエリスは妙に機嫌良さそうだったな。アイツが機嫌いい時は大体ろくなことが起きねえんだが、何を企んでるんだ。

 

 そうだ、最近のノエリスは妙だ。いつもより俺を観察してる気がする。何か値踏みしてるような目つきで見てくることが増えた気がするし、おかげでなんだか落ち着かねえ。前なんかやたらと俺の体について聞いてきたし。「その体は動きやすい?」とか「力はどれくらい出る?」とか、自分で作ったのに人形の性能を把握してねえのか? 

 

 成り代わりの解析についてもどうなったのか。もう何日も経つのに、具体的な話はまだ何も聞いてねえ。

 魔法使い特有の「クセ」があるって話は聞いたが、それ以降どうなったのか。誰がかけたのか、何のためなのか、発動条件は何なのか。何も分からねえまま時間だけが過ぎてる。

 もしかして、解析なんて最初から無理なんじゃねえか。ノエリスでも分からねえくらい複雑な魔法で、ただ俺を引き止めるために嘘ついてるだけかも。いや、でもあの時のノエリスは真剣な顔してたし……。

 

「ああ、考えてても仕方ねえか」

 

 んなことしたって、腹は膨れねえしな。

 そろそろちゃんと起きて動かねえと。水も汲みに行かねえとな。前に汲んできた分と貯めてる雨水だけじゃ足りねえし──

 

 

 

「──ん?」

 

 ……なんか、小屋の前に誰かいる? 

 

 

 

 朝日がまぶしくて顔がよく見えねえが……誰だあれ。こんな朝早くから。

 髪の色は……薄紫? ノエリスと同じ色か? でもノエリスより髪は短い。

 背丈は俺より少し低いくらいか。体つきも……なんか不思議だな。男みてえにがっしりしてる訳じゃねえが、女みてえに華奢でもねえ。ちょうど中間みてえな感じ。なんていうか、どっちとも取れるような。

 顔も……男なのか、女なのか分からねえ。どっちだ? 美形なのは分かるが、性別が判断できねえ。中性的っていうのか、両性的っていうのか……。

 

 待てよ、ここは真の迷いの森の中心だ。

 結界があって、ノエリス以外は絶対に入ってこれねえはずだ。何度も聞かされた。

 

 じゃあ、こいつは一体誰なんだ? 

 なんで、ここに──

 

「あっ、おはよー!」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「お、おはよう……?」

 

 声が──違う。ノエリスより低い。

 でも喋り方は間違いなくノエリスだ。あの軽い調子、若干含まれてる人を小馬鹿にしたような響き、全部同じだ。

 顔をよく見ると……基本的な造りは確かにノエリスと同じような。目の形も、鼻の高さも、口元の雰囲気も。ただ全体的に骨格が違う。顎のラインがしっかりしてるし、頬骨も高い。でも男って程ゴツゴツしてる訳じゃねえ。本当に中間みてえな感じだ。

 

「どうしたんだい? そんなに驚いちゃってさ」

 

 ニヤニヤしてやがる。俺の反応を楽しんでるんだ、コイツ。

 

「……ノエリス……なのか?」

 

「そうだよ。ボク以外他に誰がいるっていうのさ」

 

 やっぱりノエリスか。

 でも、なんで姿が……。

 

「ああこれ? 性別を変える魔法を試してみたんだ」

 

「ん、んん……?」

 

 性別を、変える魔法だと? そんなことができるのか。

 いや、魔法なら何でもありか。俺だって成り代わりで勝手に性別が変わったんだし、そう考えれば、魔法でそれをコントロールできたっておかしくねえよな。

 

「キミの話を聞いて興味が湧いてきてさ。女の体になったことがあるって言ってたでしょ?」

 

 ああ、そういうことか。初日に俺が全部話した時、写本師の頃は女だったって話をしたから、それを真似してみたくなったと。

 相変わらず好奇心の塊みてえなヤツだ。人の苦労を遊びの種にしやがって。

 

「それで、男になったのか?」

 

「そうだよー。力が強くなったのは面白いね。体力も増えた気がする」

 

 ノエリスは自分の腕を曲げたり伸ばしたりしてる。筋肉の動きを確かめてるような仕草で、なんだか子供が新しいおもちゃを手に入れたみてえな無邪気さがある。

 近くにあった大きめの石をゆっくり持ち上げたり。女の姿の時なら両手でも苦労しそうな大きさなのに、今は片手で十分みたいだ。

 

「こんな石でも持ち上げられるなんて。キミが言ってた通りだね、男の体の方が力は強い。さっきちょっと走り回ってもみたけど、そこまで疲れなかった」

 

 俺も写本師の時に実感したな。女の体は確かに力が弱かった。重いものを運ぶのも一苦労だったし、長時間の作業も辛かった。受付以外の仕事を本格的に任されてたら、カルに泣きつくのは秒読みだったろうな。

 にしても、走り回る魔女か。想像したくねえ光景だな。

 

「でも、手先の器用さは落ちたかも。さっき魔法陣を描こうとしたら、いつもより線がガタガタになっちゃって。繊細な作業は女の体の方が向いてるみたいだね」

 

 ノエリスが指を動かしながら眉をひそめた。

 ああ、それも分かる。俺も女の体の方が細かい作業はやりやすかった覚えがあるぞ。指が細くて動かしやすいし、力の加減も繊細にできた。男の体だと、その辺どうしても大雑把になりがちだ。今の俺があの頃みたいな化粧をまた一からやれるかって聞かれたら難しいかもしれない。

 まあ、どっちにも良いとこと悪いとこがあるってことだな。力と器用さ、どっちを取るか。普通は選べねえんだが、魔法使いは違うってことか。

 

「面白いでしょ? キミもやってみたい?」

 

「いや、俺はもう十分経験したから遠慮しとく」

 

 死ななきゃ性別変えられねえ俺と違って、魔法一つで変えられるってのは便利だな。

 羨ましいような、羨ましくないような。

 

「まあ、遊びとしては面白いけど──」

 

 ……何だ? ノエリスが言い終わった瞬間、急に体が光り始めて……。

 なんだこれ、魔法が暴発でもするのか? 

 

「──もう切れちゃった。あー、残念」

 

 光が収まると、そこにはいつもの女の姿のノエリスが立ってた。さっきまでの中性的な美形はどこにもねえ。

 てことは──元に戻っちまったのか。

 

「性別をいじる系統の魔法って難しくてさ。ただ見た目を変えるだけじゃないし、骨格とか内臓の配置とか構造が複雑すぎてさ。状態を維持するのが大変なんだよね」

 

 それでも十分すげえと思うが。

 んな細かいところまで変えてたのか。道理で疲れそうな魔法だ。人間の体ってのは複雑にできてるから、それを魔法で再現するってのは相当な技術が必要なんだろう。ノエリスだからこそできる芸当なのかもしれねえ。普通の魔法使いじゃ、ここまで精密な変化は無理なんじゃねえか。

 

「見た目だけなら、竜にだって変身できるよ。してみようか?」

 

「……竜ってなんだ?」

 

「あれ……ああ、そうか。今はもういないんだよね。でっかいトカゲだよ」

 

「へえ……」

 

 魔法ってのは本当に何でもできるんだな。性別さえも自由に変えられるんだから、俺の成り代わりだってきっと解析できるはずだろう。

 

 

 

「ところで、ご飯はまだかい?」

 

「お前は食わねえだろうが」

 

「何さ、いいじゃないか。キミの料理は美味しいし、食べてるとこ見るだけでも案外楽しいものだよ」

 

 気持ち悪いこと言うな。俺は見世物じゃねえんだぞ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ノエリスは小屋の中で窓をいじってる。

 また誰かの様子でも見てるのか……いや、違えな。窓に複雑な図形が浮かんでて、線が絡み合ったり離れたりを繰り返してる。こりゃどこかの中継って訳じゃなさそうだ。

 

「それ、何やってんだ?」

 

「キミの成り代わりの解析だよ。ようやく構造の一部が見えてきそうな感じがするんだ」

 

 おお、やっとか。

 もう何日も待ってたんだ。何か分かったなら早く教えてくれ。

 

「で、何が分かった?」

 

「まだはっきりとは言えないけど──死因は多分関係してるんじゃないかな」

 

 お? 

 おお? 

 

 え、それって、俺の予想が当たってる可能性があるってことか? 

 多分ってことは確定じゃねえんだろうが……やっぱり? 

 

「どういうことだ? 詳しく説明してくれ」

 

「いやね。魔法の構造を見てると、何かを『記録』してる部分があるんだ。で、その記録と照合して、次の発動を判定してるみたいなんだよね」

 

 記録と照合……? 

 つまり、前に死んだ時の情報を覚えてて、それと比較してるってことか? 

 

「その、記録の内容ってのが……死因なのか?」

 

「君の言葉が正しいなら──多分ね。同じものが二回記録されると、何かが変わる仕組みになってるっぽい」

 

「……じゃあ、同じ死因で二回死んだら?」

 

「さあ? でも、魔法の発動に何かしらの影響は出てくるだろうねー」

 

 おおお……! 

 ぽい、か。曖昧だが、それでも重要な情報だ。もし本当に死因が関係してるなら、俺の判断は間違ってなかったってことになる。

 ゾッとする話だ。もし信者の時に焼死を選んでたら、俺は本当に終わってたかもしれねえってことか。あの時、圧死を選んだ判断は間違ってなかった……ってことだよな。

 

「でも、なんでそんな仕組みになってるんだ? わざわざ制限をかける理由があるのか?」

 

「さあね。ただ、ボクが推察するに──」

 

 ノエリスが窓の図形を指でなぞりながら続ける。

 推察ってなんだ。それで、どういうことが分かったんだ。

 

「例えばさ、キミがもし楽な死に方を見つけたとするよ」

 

「……」

 

「それで──せっかくこんな魔法をかけたのに、今の立場が気に入らないなんて理由で簡単にリセットを繰り返されたら……なんか悔しいじゃない?」

 

「おい」

 

 何だその理由。ふざけてんのか。

 

「だから死因に制限をかけて、簡単にリセットできないようにした。そう考えると筋が通るでしょ? 後は……キミがもう生きる気も無いのに、無理に生かすのも可哀想だからとか? それとも、単純に飽きるからってのも」

 

 筋が通るも何も、それじゃあ俺の人生を遊びか何かだと思ってるってことじゃねえか。

 無理に生かすのも可哀想ってんならそもそもそんな魔法かけなければよかったのに。

 もし最後の理由だったら……ああいや、考えただけで憂鬱になってきた。

 どれにしろ胸糞悪い話だ。俺の生死を、誰かが魔法で支配してるってことになる。

 

「あとね……面白いことに気づいたんだけど」

 

「何だ?」

 

「この魔法、かなり古い式が使われてる。少なくとも……数百年は前にあったかな?」

 

「す、数百年前……?」

 

 ええ……? 

 ……相当かけられてるのが面倒なものってことは分かったぞ。なんてややこいことをしてくれやがったんだよ。

 

 

 

「──今日はここまでだね。なんか頭が痛くなってきたし」

 

「おう、ありがとうな」

 

 まだ分からないは多い。構造が複雑すぎて、全部は解析するにはどう足掻いても時間がかかりすぎるんだと。

 でも、死因が関係してる可能性が高いってだけでも収穫だ。少なくとも、注意すべきことが分かった。

 

 これで、窮地に陥った時、俺はある程度安心して死ねる……かもしれねえ。

 いや、変な言い方だが、次に繋げる方法が何となく分かったってことだ。同じ死因を避ければいい……のは多分確実。処刑、出血死、毒死、焼死、餓死、溺死、転落死、撲殺、圧死。これらを避ければ、まだ成り代わりは続けられる……はずだ。

 後知っておきたいのは、他の条件の有無と回数制限と──俺はいつか自由になれるのかってことだな。

 

「──でも、こんな式で蘇りなんてできなさそうだけどなー……」

 

「なあ、ノエリス」

 

「……ん? 何だい?」

 

「この魔法を解除する方法はあるか?」

 

 いつかは解除したい。

 誰かに人生を操られて、何度も死んで、その度に大切な奴らを巻き込んで。こんなもん、呪いでしかねえ。

 俺だって、普通に生きて、普通に死にたい。全部の問題を解決した後、それができるようになりさえすれば、俺としては一番だから。まあ、贅沢な願いだってことは分かってるが。

 

 

 

「解除? なんで? 死んでも生き返るなんて、便利じゃない」

 

「ええ……」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 今日の収穫はまあまあだな。食える木の実と、飲み水と、あとは薬草みてえなの少し。

 ノエリスはウィスプの姿で相変わらず嫌味を言い続けてたが、もう慣れたもんだ。

 

「へー、今日はいい感じだね。あ、でもこの辺にもキノコあるよね。あれは?」

 

「……ん? ああ、あれか? あれは毒だから取らねえよ」

 

 探検家の時に散々な目に遭ったからな。見ただけで吐き気がしてくる。

 ウィスプたちが食えるもんを教えてくれるって言って、毒キノコを指差してきやがって、俺は疑いもせずに食って、その結果思わず死にかけたんだ。

 

「へえ、あの時言ったこと、ちゃんと覚えてるんだね」

 

 ……ん? 

 

 

 

「あの森って『怪物』がいたよな」

 

 探検家の時、森でちょくちょく見かけては追い回してきたヤバイ獣。

 パワーもスピードも桁外れの存在で、飢えに飢えてた俺でもアイツには会いたくなかった。アレの存在が生きる派にとっての死神、死ぬ派にとっての救世主なんだろう。

 

「『怪物』? ああ、あれ?」

 

 ノエリスも、俺と逃げる時、一緒に最後まで誘導してくれてた。結果として二人とも気づかないうちに「真の迷いの森」に入っちまった訳だけど。やっぱあの怪物もノエリスの魔法は危ないって分かってるんだな。

 

「あれね。ボクが実験で作ったペットなんだよ。森に近づく奴とかにけしかけて遊んだりしててさー」

 

 ……え? 

 

 

 

 よく考えたら──ウィスプたちってなんで同じ性格なんだ? 

 全員元は人間だったんだよな? なのに全員同じ口調で同じ性格で……それっておかしくねえか? おかげで元の俺のウィスプも性格歪められちまったし。

 

「誰かがウィスプを統率してるってことか? 全員同じ口調を強制してるとか?」

 

「ん? ああ、ウィスプの口調と性格は全員ボクを真似させてるよ。ボクだけ様子が違うって思われると困るからね」

 

 えっそうなのか。

 確かにな、全員ノエリスみたいなもんだと思えば確かに辻褄が通りそうだ………………って。

 

「だからね、ウィスプに成り立てのヤツがいるとボクが率先して洗脳してるのさ。早さが命なんだよ」

 

 ……は? 

 

 

 

 ──『あっそれト。今まで君に毒きのこ食べさせたリ、獣のいる場所に誘導したり、元の君を連れて行ったりしたのは僕じゃないからネ。そのことで僕に当たったりしないでネ』

 

 

 

「てめえ! 待て、逃げるな!」

 

「あははっ! 『死ぬ派』の言うことをまだ信じてたっていうのかい?」

 

 クソ! こいつ意外と足が速え! 

 何が「僕じゃないからネ」だ! 全部嘘じゃねえか! 全部お前がやってたんじゃねえか! そりゃ確かにお前の言うことを信じてた俺も俺だが! 

 

「ごめんごめん! でも何もないより楽しめたでしょ?」

 

「面白くねえよ!」

 

 畜生が! 騙されたことは今更別にいいが──それはそれとしてシンプルになんかムカつく! 

 

 ……って、消えた!? 

 どこ行きやがったアイツ──

 

「──上だよー」

 

「……は?」

 

 な……空を、飛んでる? 

 人間が? いや、魔女だけど……嘘だろ? 

 

「飛行の魔法。便利でしょ?」

 

「ちょっ、おまっ、ふざけんな!」

 

「ほらー! 捕まえてごらんー!」

 

 このっ……この女……! 

 そんなのありかよ! ズルいだろ!?




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