フェリス・マルフォイはもしかして 作:かぼちゃマン
1.ポッターなんて大嫌い
ハリー・ポッター____一歳にしてあの闇の帝王を倒してしまった最強の闇の魔法使い。しかし、その後の足取りは不明で謎に包まれている。山奥で闇の魔術の修行をしているとか、海外で魔法生物に囲まれて暮らしているだとか……マグルの世界でマグルとともに暮らしているなどと言う愚かな者もいるが、真偽は定かではない。
「パンジー!」
ホグワーツ特急のコンパートメントに、甲高い少女の声が響いた。少女は縦ロールのツインテールを揺らしながら、落ち着かない様子で歩き回っている。ショートケーキのように白く柔らかな肌に、月光の如く輝くプラチナブロンド、アイスブルーの瞳はまるで宝石で、人形か妖精のように可愛らしい美少女だ。
「私、どこもおかしなところはないかしら?」
「ええ、もちろん! フェリスは今日も完璧よ」
「まあ、当たり前よね。私だもの。ミリセント、羽根ペンと色紙とカメラ、忘れてないでしょうね?」
「ああ。全部最高級品だ」
フェリス・マルフォイの心臓はゴムまりのように飛び跳ねている。____この五つ先のコンパートメントに
そう、フェリス・マルフォイは幼いころからハリー・ポッターの大ファンなのだ。「ハリー・ポッターと結婚する!」と駄々をこね、父親と婚約者(仮)を困らせたこともあるほどに。
フェリスはパンジーとミリセントにハリー・ポッター愛を語った後(ミリセントの方は窓の外を眺めながら「あの雲、ダンベルに似てるな」などと思っていた)、ツインテールをきゅっと結びなおした。ちょうど良い色に調整してくれるリップクリームを塗り、ローズの香りのハンドクリームを塗り、仕上げに“ミセス・ラブのメロメロパフューム”を振った。____完璧な美少女ね。おまけに純血。こんな子から「友達にならない?」って言われて嫌がる男の子なんて存在しないわ。
フェリスはパンジーとミリセントを引き連れ、ハリー・ポッターがいるというコンパートメントに向かった。この後何が起きるかなど全く知らず。
「本当かしら? このコンパートメントにハリー・ポッターがいるって、みんなその話で持ちきりなの」
フェリスはコンパートメントをぐるりと見まわしてそう言った。しかし、中にいるのは貧相な黒髪の男の子と、貧乏くさい赤毛のノッポだけだ。この二人のどちらも、
もしかして変身術を使っているのかしら? と思ったフェリスはじーっと
「……ごめんなさい、勘違いだったみたい。じゃあ、ごきげんよう」
フェリスはそう言ってくるりを踵を返した。今この瞬間にも、ハリーは下衆な女どもに囲まれているかもしれない。そんなの、絶対に許さない。
しかし、みすぼらしいその一が「ちょっと待って」とフェリスを呼び止めた。本当は今すぐにもコンパートメントを出ていきたかったが、無視をするなんて品位に欠ける行為だ。
「僕がハリー・ポッターなんだ。ごめん、黙ってて。その……久しぶり」
みすぼらしいその一、改めハリーがそう言った。フェリスはまるでトロールに殴られたかのような衝撃を受けた。闇のプリンスの正体が貧相な男の子だったからではない。
_____この子、マダム・マルキンの洋裁店で会った子じゃない!
その瞬間、フェリスの脳裏に走馬灯のように記憶が駆け出す。
「あら、あなたもホグワーツ? ねえ、ハリー・ポッターって知ってる? ____そうよね。彼を知らない人なんて魔法界に一人も存在しないんだから、当たり前よ。……ああ、彼って本当に素晴らしい方よね。たった一歳で闇の帝王を倒してしまうなんて! あれだけ多くの人を恐れさせた偉大な闇の帝王! 本当、信じられないわ! しかもね、彼がどんな魔法を使ったか、まだ誰も分かってないんですって。私、彼に関する論文をたくさん読んだのだけれど……お父様がたくさん集めてくださるの。そう、どれも推論の域を出ないものばかり! ある人なんて、とんでもなく強力な守護霊の呪文を使ったんじゃないかっていうけど、そんなので闇の帝王に勝てるはずないじゃない。(中略)ああ、彼って本当に賢くて強くてかっこいいのよ。彼と同い年なんて、きっと私って神様に愛されてるのね。早く九月一日になればいいのに。彼もホグワーツに来るはずだもの、早く彼に会いたいわ。私の闇のプリンスに……(以下略)」
ハリーもマダム・マルキンの洋裁店での出来事を思い出しているのか、照れくさそうに頬をかいている。
なんたる恥辱。フェリスは人生で初めて感じる恥ずかしさに何もできず立ち尽くしていた。後ろからパンジーとミリセントが「ツーショットよ」「羽根ペンと色紙だ」などと突っついてくるが……恥ずかしくて頼めるわけがない。フェリスは後ろ手で払いのけるジェスチャーをしながら、マルフォイ家の令嬢らしく冷静に考えた。
選択肢その一:サインとツーショットを頼み、「ファンです」と言う。恥の上塗りだ、却下。
選択肢その二:逃げる。マルフォイ家の名を落とす行為だ、却下。
選択肢その三:何もなかったように談笑。____これしかないわ。
「久しぶりね、ハリー。こちらは私の友人のパンジー・パーキンソンとミリセント・ブルストロードよ。そして私がフェリス・マルフォイ。もちろん全員聖二十八一族よ。よろしくね」
フェリスがそう言うと、パンジーは上品に、ミリセントはぶっきらぼうにお辞儀をした。
しかし、その瞬間赤毛貧乏が吹き出したので、フェリスは咄嗟に手を引っ込めてしまった。ハンドクリームの香りがあまり良くなかったのかもしれない。それか、香水臭かったのかも……ハリーは私のことを下品だなんて思ってないわよね。
戸惑っていると、ミリセントが囁いた。「ウィーズリーだ」
____ウィーズリー! 道理で貧乏くさいわけだわ。しょっちゅう抜き打ち検査にやってきてお父様の手を煩わせて、本当に大っ嫌い!
「私の名前が面白いの? あなたの名前は聞く必要ないわね。お父様が言ってたわ、ウィーズリー家はみんな赤毛で、そばかすだらけで、育てきれない程子だくさんって。……やだ、近寄らないでくださる? 変な虫がくっついてるかもしれないから」
ウィーズリーが顔を真っ赤にして、掴みかかる勢いでやってきたのでミリセントが少し前に出た。ミリセントはウィーズリーと同じくらい高身長で、ハリーの二倍ほどのガタイだ。
「ねえハリー、魔法族にもいろいろいるの。間違ったのとは付き合わないほうがいいわ。私が教えてあげても良いけれど」
フェリスはそう言って、今度こそ手を差し出した。しかし、ハリーはその手を握らなかった。
「友達は自分で選ぶものだよ。それに、君はロンに謝るべきだ。ロンも、フェリスに謝って。僕は二人ともと仲良くしたいんだよ」
その瞬間、フェリスとウィーズリーの考えは完全に一致していた。
____こんな奴に謝るくらいなら屋敷しもべ妖精に頭を下げるほうがマシだし、こんな奴と仲良くするなんて、死んでもごめんだ!
「ハリー、君、きちんと考えたほうがいいよ。こいつ、さっき“聖二十八一族”って言ったんだぜ? 純血ってことしか誇るところのない差別主義者共さ」
「出自を誇ることの何がいけないの? 魔法界を発展させてきたのは私たち魔法族でしょう?」
「だからって、例のあの人みたいにマグルやマグル生まれの魔法使いを殺しまくっていいわけがないだろ!」
「そりゃあ、闇の帝王のやり方は少し強引だったけど……でも仕方がなかったのよ。魔法界には統治者が必要だったもの」
「おったまげー、君ってほんとイカれてるな。君もパパと同じく犯罪者路線まっしぐらだろうよ」
「お父様は犯罪者じゃないわ!」
パンジーが加勢するタイミングを見つけられず、ミリセントが空気椅子を始めるほどに二人の議論は白熱した。しかし、それを遮ったのは事の発端であるハリーだった。
「ちょっと待って。フェリス、君、僕の両親が殺されたのも“仕方なかった”の?」
口調こそ穏やかさを失っていないものの、その目には怒りがにじんでいた。
「もし、君のパパとママが____」ハリーの言葉をフェリスは遮った。お父様がそう言っていたのだから、先ほどの言葉を曲げるわけにはいかない。
「ええ。だって、愚かなことをしたんだもの」
そう言うが否や、ウィーズリーが「お前!」と言ってフェリスの胸倉をつかもうとしたので、ミリセントがすばやくフェリスを後ろに追いやった。パンジーも「女の子に向かって何をするの!」と怒鳴った。
「今すぐ出て行ってくれ。君の顔を見たくないんだ」
ハリーがそう言った時、フェリスは頭に血が上るのを感じた。____この私の顔を見たくないですって? この私が自ら赴いて、友達になろうと言ってあげたのに?
ミリセントはロンとつかみ合いを始め、パンジーはハリー……いや、ポッターに文句を言おうと前に出た。フェリスはすっかり後ろに追いやられてしまい、椅子に手をついた。
その瞬間____「痛い!」指先に鋭い痛みが走った。なんと、汚いドブネズミがフェリスの白くて細い指先にかじりついている。フェリスは生まれて初めてネズミを見たので、失神しそうになった。
「何よこれ! こんなの見たことないわ……きっと、闇の生物よ! フェリスが、フェリスが死んでしまうわ!」
「落ち着けパンジー、それはただのネズミだ」
ミリセントが指先からドブネズミを引きはがした。
「血が出てるわ! あんたたち、絶対に許さないんだから」
「何かあれば、慰謝料を請求するからな」
二人はそう言って、まだ震えが止まらないフェリスを抱えてコンパートメントを出て行った。ウィーズリーは「なんだよあれ。大げさすぎるだろ」と言っていたが、三人の耳には届かない。
フェリスは怒りに包まれていた。初めての挫折、恥辱、屈辱。____ハリー・ポッター、大っ嫌い! 絶対すぐにぎゃふんと言わせてやるんだから!
コンパートメントに戻ると、パンジーがフェリスの頭を撫でながら慰めた。
「あんなの気にすることないわ……泣かないで、フェリス。あなたは笑顔が一番かわいいのよ」
フェリスは「泣いてなんかないわ!」と言って、パンジーの膝から飛び起きた。ミリセントが空気椅子をしながら「お前の好きなクッキーだ」と薔薇の形をしたクッキーを差し出してくる。____まったく、子供じゃないんだから。こんなのでご機嫌取りしようとしたって無駄よ。そう思いながらフェリスは薔薇のクッキーをつまみ、一口かじった。甘味がふんわりと口の中に広がる。
「どうだい? うちの子会社が作るクッキーは絶品だろ」
ダークブラウンの髪を真ん中で分けた、深い緑色の瞳の男の子がコンパートメントに入ってきた。口元にはいつも通り完ぺきな微笑をたたえていて、いかにも賢そうな雰囲気の美少年だ。フェリスは慌てて二枚目を取ろうとしていた手をひっこめた。
「ちょっと、ノックくらいしなさいよ」フェリスは口をとがらせて言った。
「婚約者のコンパートメントに入るのにノックが必要かい?」
「正式に決まったわけじゃないわ!」
フェリスは慌てて怒鳴り、ミリセントが「あまりからかうな、グリーングラス」と窘めた。
そう、この少年はデイモス・グリーングラス。フェリスの幼馴染で婚約者(仮)である。もちろん、フェリスは納得していないが。
「ブルストロードはみーんな怖いね」そう言って、デイモスはフェリスの向かいの椅子に腰かけた。そして、フェリスがこっそり取ったクッキーをかすめ取った。
「そういえば、ハリー・ポッターはどうだった? 会いに行ったんだろ、さっきザビニから聞いたよ」
デイモスはにやにやしている。どうせ、フェリスが何か失敗したと思っているに違いない____いつだって、デイモスはフェリスの失敗を見て喜ぶのだ。
「デイモス! フェリスはすっごく傷ついてるのよ!」
「私、傷ついてなんかないわ!」
「へえ。その様子だと、どうせ偉そうなことを言って怒らせたんだろう。素直に「ファンです」って言えばいいのに」
「ファンじゃないわ!」
デイモスがフェリスをからかうので、フェリスとパンジー、デイモスはいつものように言い争いをし始めた。ミリセントは空気椅子をしながらぼーっと窓の外を眺め……そのうち、「あと五分でホグワーツに到着します」というアナウンスが流れた。そして空はすっかり暗くなり、すぐに駅に着いた。
外に出ると、夜の空気が冷たくて、フェリスは思わず身震いした。デイモスがストールを差し出したが、フェリスはまだ怒っていたので拒否した。代わりに、パンジーの手をぎゅっと握る。
「イッチ年生!」と下品な声がする。見ると、デカブツが誰かに手を振っていて____ポッターだ。何よ、あんなにニコニコしちゃって。
それから一年生たちは、狭くて険しい小道を渡り、ボートに揺られ、岩の道や草むらを歩いた。とても快適な道のりとは言い難く、フェリスはもうすっかりうんざりしてしまっていた。お父様やお母様に会いたい。
せっかくのホグワーツなのにこんなに嫌な気持ちになるなんて、それもこれも全部あのポッターのせいよ!
大広間に着くと、厳格そうな女の教師___マクゴナガルというらしい___が少し説明をした後、一年生たちは並んで待たされた。フェリスは大広間のとても幻想的な天井にはしゃいでいたが……。
「いったい、どうやって寮を決めるんだろう」
「試験みたいなものだと思う。すごく痛いってフレッドが言ってたけど、どうせ冗談だよ」
ポッターとウィーズリーだ。なんて不快な声なんだろう。
「あなたたちには分からない神聖で伝統的な方法よ」実のところ、フェリスも組み分けの方法は全く知らなかったが、得意げにそう言った。ウィーズリーはすぐに不快そうな顔をした。
「どんな方法だって、君はスリザリンだろうさ」
「ええ。最も素晴らしい寮だもの」
「へえ、僕ならスリザリンに組み分けされたら恥ずかしくって家族と口をきけないよ」
「そういうあなたはグリフィンドールでしょうね。あそこに入るくらいならアズカバンのほうがマシだけど」
「そうよフェリス、もっと言ってやって」
「君たち、もう僕らにかまわないでよ」
フェリスたちは睨みあったが、誰かが首根っこをつかんで引き寄せた。デイモスだ。
「うちのフェリスが悪いね。でも、君たちも寮を侮辱するのは良くないよ。どれも素晴らしいんだから」
デイモスがそう言うと、ウィーズリーはすっかり押し黙ってしまった。きっと大人びたデイモスに面食らったのだろう。情けない奴め。
そうこうしているうちに、マクゴナガルは椅子に帽子を置いた。____神聖な組み分けの儀式が、あのボロ帽子をかぶることですって!? 信じられない。
帽子が歌い終わると(とてもひどい歌で、フェリスとパンジーは眉をひそめた)、いよいよ組み分けが始まった。“B”のミリセント、“G”のデイモスはあっという間に行ってしまった。途中、ロングボトムなんかが泣きそうになりながら椅子に向かっていき……もうフェリスの番だ。
「(____フーム、君はスリザリンの血筋や野心を持ち合わせているが……)」
かぶった瞬間、帽子の声が頭に響いたので、フェリスは少しだけ肩を震わせた。しかし、そんなことはどうだっていい。
「(スリザリンスリザリンスリザリンスリザリンスリザリン。それ以外はあり得ないわ)」
「君がそう望むなら_____スリザリン!」
帽子がそう叫び、フェリスはスリザリンのテーブルまで優雅に歩いて行った。今までの新入生の中で最も大きい拍手が響く。それにしても、「君がそう望むなら」なんて変だ。望まなくたって、フェリスはスリザリンに組み分けされるに決まっているのに。
しばらくすると、パンジーがスリザリンのテーブルにやってきた。勢い良く抱き着いてきたので、ミリセントがいなければフェリスは転がって行ってしまうところだった。
「ハリー・ポッターはどこの寮だろうな」いつの間にかフェリスの隣にやってきていたデイモスがそう言った。ポッターはもう五分近くも椅子に座りっぱなしだ。
「どうせグリフィンドールか、そうでなきゃハッフルパフよ。愚かだもの」
ちょうど、ポッターがグリフィンドールに組み分けられた。グリフィンドールのテーブルから今日一番の大きな歓声が聞こえた。
「英雄はいつだってグリフィンドールだ」と向かいに座るノットが言ったので、ミリセントがその足を蹴っ飛ばした。「イタッ! え、なんで?」
その後の組み分けはとてもスムーズで、あっという間に終わってしまった。ザビニがスリザリンのテーブルにやってきた。拍手はややまばらだ。
「そーれ! わっしょい! こらっしょい! どっこらしょい! 以上!」
ダンブルドアがそう言うと、テーブルにたくさんの料理が現れた。____うちの屋敷しもべが作る料理のほうが美味しそう。それに、この中のどれも、お母様が作るマドレーヌには絶対に勝てない。
「それにしても、ダンブルドアって変ね」
「もうボケてるのよ。お父様がおっしゃっていたわ、あんなのにホグワーツを任せてられないってね」
そう言って、フェリスは何気なくグリフィンドールのテーブルを見た。____ポッターが、赤毛貧乏その四(名前はパーシーだが、フェリスは知らない)と楽しそうに話している。
気に食わない。
フェリスは不貞腐れながら、パンジーが取り分けてくれたソーセージにフォークを突き立てた……ケチャップがかかっている。まるで、ウィーズリーの髪の毛みたいに、グリフィンドールのシンボルカラーみたいに真っ赤だ。
気に食わない。
ポッターが、赤毛貧乏たちに囲まれ、幸せそうな笑顔を浮かべている。
気に食わない。
「____なんでソーセージにケチャップがかかってるのよ。赤なんて下品だわ、大嫌い」
ポッターなんて、大っ嫌い。