ゾロが放った覇王色の覇気は、周囲の海兵たちの意識を一斉に刈り取った。
コビーに至っては、目の前で起こった出来事が現実とは信じられず、今にも腰を抜かして気絶しそうな様子だった。
「今のは……覇王色の覇気……。俺にも、使えたのか」
“未来の海賊王の右腕”として──この程度の力は、使えて当然。
そう言わんばかりに不敵な笑みを浮かべるゾロだったが、内心は冷静に分析していた。
(だが、ルフィや“あいつ”みてェに上手く制御はできてねェ。今回はたまたま海兵だけに影響を与えたが、次はどうなるか……)
ゾロは己の覇気に宿る力の不安定さを感じ取り、一つの決意を固めた。
(しばらくは、覇王色は封印だな。使いどころを誤れば、味方すら巻き込む)
そして、ゾロの視線はルフィへと向かう。
(まずは、あいつの強化だ。グランドラインに入るまでに、最低限の覇気の基礎を叩き込む必要がある。……ついでに、コビーにも少しくらい教えてやるか)
「ゾ、ゾロさん……あなた、いったい何者なんですか……!」
コビーは思い返していた。ゾロが海兵を睨んだその瞬間──雷のような衝撃と、異様な圧力に包まれ、気づけば周囲の海兵たちが気絶していたのだ。
「ふ、普通じゃありません!! ゾロさんもルフィさんのように、悪魔の実の能力者なんですか!? そうじゃなければ、今の現象の説明が……!」
「違う。……今のは、“覇気”という力だ」
「は、“覇気”ですか……? 聞いたことありません」
ゾロはルフィに視線をやると、興味が無さそうに鼻をほじっていた。
(ルフィの野郎……!! 人が真剣に説明しようとしてるのに全く興味がねェって顔しやがって。少し興味を持たせるか)
「おい、お前。言っとくけど俺は自分より弱ェやつの下にはつかねェ。ましてや覇気すら使えないやつの下につくなんてごめんだ」
ゾロの挑発に、ルフィはすぐさま反応した。
「覇気かなんだか知らねェが、俺のパンチはピストルのように強いんだ!! 今日まで海賊王になるために修行もたくさんしたんだぞ!」
「修行をどんなけしたか知らねェが覇気を使えないのに海賊王なんてなれるわけないだろ」
「知るか。俺はお前より強くて海賊王になる。そしてお前は俺の仲間になる!!!」
ルフィの無茶苦茶な言葉に、ゾロはほくそ笑んだ。
(そうだ。俺が知ってるお前はどんな時だって無茶苦茶なことを言うが、海賊王になるという信念だけは人一倍高かったな。)
「覇気なしで四皇赤髪のシャンクスに勝てると思ってるのか?」
ルフィは、自身が海賊になるきっかけを与えてくれた“赤髪のシャンクス”の名を聞いて目を見開いた。
「シャンクスを知ってるのか?」
「ああ、知ってるさ。なんせ赤髪のシャンクスは世界一の覇気使いだからな。シャンクスだけじゃない。海賊王ゴールド・ロジャー、冥王レイリー、そして世界一の大剣豪・鷹の目ミホーク──あいつらは全員、覇気の使い手だ。そんな連中に勝ちたけりゃ、まずは“覇気”を知れ」
ゾロの目は、かつて自分を鍛えてくれたミホークを思い出し、ほんの一瞬だけ鋭さを帯びた。
「そうか……ゾロ!! ごめん、俺に“覇気”を教えてくれ!」
ルフィはシャンクスの名を通して、改めて海賊王という夢の重みを自覚した。そして、ルフィは”シャンクス”と出会い、海の過酷さ、己の非力さ、何よりシャンクスという男の偉大さをルフィ知り、こんな男にいつかなりたいと心から思った。そのシャンクスが世界一の覇気使いと聞けば、いくら人の話を聞かない無茶苦茶なルフィでも、その“覇気”を知りたかった。
「わかった。俺も言葉で教えるのは得意じゃねェ。だから、これからお前らに“覇気”を“見せる”。いいか」
ゾロは静かに、ルフィとコビーに向き直った。
「“覇気”には、主に三種類ある──」
「ひ、一つじゃないんですか!?」とコビー。
「一つ目。“見聞色(けんぶんしょく)”──相手の気配を感じたり、動きを先読みしたりできる力だ。大事なのは疑わないことだ。修行すりゃ誰でもある程度は身につく」
「二つ目。“武装色(ぶそうしょく)”──覇気を体の外にまとわせて、攻撃や防御に使う。悪魔の実の能力者にもダメージを与えられる」
ゾロはルフィの元に近づき、武装色の覇気をまとった指で、ルフィのおでこにデコピンをかました。
「痛ェ……俺がゴムなのに、打撃が効くなんて……」
「え!? ルフィさんに打撃!? ゴム人間のはずなのに!」
「わかったか。武装色の覇気の有効点はここだ」
ゾロのデコピンを武装色で喰らったルフィは、地面に転がり悶えていた。だが、ゾロが話を続けようとすると、痛みを堪えて立ち上がる。
「──そして、三つ目が“覇王色(はおうしょく)”だ」
ゾロが一歩踏み出すだけで、空気が張り詰める。
「これは、選ばれた者しか使えねェ。“王の資質”を持つ者だけが纏える力だ。相手の意識を刈り取るほどの“威圧”を放てる」
ルフィとコビーは、言葉を失ってゾロを見つめていた。
「使いこなせば、戦況を一変させる力になる。ただし、制御を誤れば味方すら巻き込む……俺もまだ制御は不完全だ。扱いには気をつけろ」
ゾロの声には、未来で幾度となく死線をくぐり抜けた男の重みがあった。
「まずは“見聞色”からだ。お前らにも鍛えれば使えるようになる」
ルフィは、あの赤髪のシャンクスも使う力を学べることに胸を高鳴らせていた。闘志が、その瞳に灯っている。
「3つの覇気か……。ルフィさんならともかく、僕には無理です……」
コビーは俯く。海賊王や四皇クラスの者が使う力を自分が身に付けられるとは到底思えなかった。
「お前の夢はなんだ?」
ゾロは威圧感を込めた声でコビーに問いかける。
「か、海軍に入って偉くなって、悪いやつを取り締まるのが僕の夢です!」
「弱音ばっか吐いてる奴が、海軍に入れたとしても悪党を取り締まれるわけねェだろ。それに、お前みてェなやつは、入隊してもすぐに死ぬ未来が見えるぜ。悪いことは言わねェ。麦わらの奴と一緒にいた方が、寿命は伸びる」
──ゾロさんが言ってることは、ごもっともだ。
ルフィさんと出会うまでの僕は、自分の命が惜しくて、憎い海賊の言いなりになって生きてきた。誰がどう見たって、ゾロさんの言ってることは正しいと思う。
でも──
ルフィさんと出会って、「夢のためなら死んでもいい」というすごい覚悟を目の当たりにして、僕の中の何かが変わった。
僕も、夢のために戦って死ぬ覚悟くらい、もうとっくにできてる。
「だ、だまれ!! 僕は絶対に海軍将校になる!! ルフィさんは恩人だけど、いつか僕の手で捕まえてみせる!!」
ゾロはニヤリと笑った。
(──知ってるさ。コビー、お前は“やる”と決めたらやる男だったな)
「なら、せめて覇気くらいは使えるようにならねェとな」
「ゾロさん……!」
コビーは悟った。ゾロはわざと厳しい言葉を投げて、自分の覚悟を引き出そうとしたのだと。
「こっちに30人ほど海兵が向かってきてる。ちょうどいい。実戦で“覇気”を教えてやる」
ゾロがそう言った直後、30人を超える海兵が広場に雪崩れ込んできた。
「そこまでだ!! モーガン大佐への反逆罪により、お前ら三人を今この場で処刑する!!」
「ルフィさん、ゾロさん……逃げましょう! この人数は流石に無理です!!」
コビーは逃げようとするが、ゾロが止めた。
「……お前ら、俺をよく見とけ」
ゾロは静かに、だが確かに海兵たちの前に立ちはだかる。
「おい海兵ども、まずは俺を倒したらどうだ? 無名のガキ2人より、海賊狩りの俺の方が怖ェだろ? どうだ、オノ野郎」
ゾロの挑発に、海兵たちは銃口を一斉に彼に向ける。
「ロロノア・ゾロ……貴様の噂は聞いていたが、俺を侮るなよ。お前のようなカス、俺の権力の前では無力だ!」
「ゾロを取り囲め! あいつを蜂の巣にしろ!」
海兵たちの銃口がすべてゾロに向いた瞬間、彼は静かに言い放った。
「今から“見聞色の覇気”を見せてやる。よく見とけ」
「ロロノア・ゾロを射殺しろ!!」
モーガンの命令で、一斉に引き金が引かれた。数百発の銃弾がゾロに向かって放たれる。普通の人間なら──いや、常人の海賊でもこの弾幕を生き延びることは不可能。
しかし──
「しししし! 流石だな、ゾロ!」
「あ、ありえない……これが覇気……!?」
撃ったはずの海兵たちの目の前で、ゾロは全弾をかわしきっていた。前後左右、見えているはずのない死角からの銃弾さえ──避けている。
「ば、馬鹿な……! 貴様、悪魔の実の能力者か……!?」
「悪魔の実なんて食ってねェよ。……これが、見聞色の覇気だ」
ゾロが一歩前に出る。海兵たちはすでに弾切れで呆然としていた。
「次に、“武装色”だ」
ゾロはそのままモーガンに歩み寄る。
「おい、オノ野郎。攻撃しねェのか? そのオノは飾りか?」
「黙れ、カス野郎!!」
怒りに任せて振り下ろされた巨大な斧は──ゾロの頭に直撃した。
……が。
「カ、カス野郎が……やっぱり権力の前ではお前など──」
「よく見ろ。割れたのはゾロの頭じゃなく、オノ野郎の斧だ」
「な、なんだと……!? 俺の斧が……!!」
「何もしてねェよ。お前の斧が、俺の“武装色の覇気”に耐えられなかっただけだ」
ゾロの頭には、まるで闇のような黒い光が纏っていた。
「……これが、武装色の覇気だ」
武装色の覇気により、自身の頭上が黒闇のように染まっていくのを、ゾロはルフィとコビーに見せた。
「しししし。やるな、ゾロ!!」
対照的に、コビーは驚きで声も出なかった。
あとは“覇王色の覇気”を見せるだけだ──そう思いながらも、ゾロは迷っていた。自分はまだ覇王色の扱いに自信がない。この場で使うべきか、見せるべきか──。
そのときだった。
さっき覇王色で気絶していた“バカ七光り息子”──ヘルメッポが立ち上がり、今の状況が自分たちに不利だと察すると、近くにいたコビーを素早く人質に取った。
「こ、こいつの命が惜しけりゃ動くんじゃねェ!! 少しでも動いたら撃つぞ!!」
「でかしたぞ、息子よ……。おいロロノア・ゾロ、今度こそてめェの脳天を割ってやる」
人質を取られ、形成は逆転。モーガンは砕けた斧の刃を拾い上げ、ゾロに向かってゆっくりと歩き出した。
「ロロノア・ゾロ。動いたら……お前の友達はあの世行きだ」
「ルフィさん、ゾロさん! 僕は……お二人の邪魔をしたくありません!!」
頭に銃口を突きつけられ、命の危機に晒されながらも、コビーの瞳はまっすぐだった。
彼にとって、ルフィと出会ったことは運命だった。そして──“海軍将校になる”という夢のためなら、死ぬことすら怖くはない。そういう覚悟が、今の彼にはあった。
「ああ……知ってるよ」
ルフィは静かに、しかし確かに、コビーの覚悟を認めていた。
「待て。俺がやる」
ルフィがゴムゴムの銃(ピストル)を繰り出そうとしたその時、ゾロが静かに制した。
「お前らに、まだ実戦で見せていない“三つ目の覇気”──教えてやる」
「ルフィさん、後ろ!!」
コビーの声が響いた。
モーガンがルフィの背後に回り込み、斧の破片を振りかざしていた。
この距離で喰らえば、さすがのルフィでも無事では済まない。
斧が振り下ろされる、まさにその一瞬──
ゾロが静かに、だが絶対的な威圧を放った。
次の瞬間──
ロロノア・ゾロの王の資質──覇王色の覇気が、海兵たちの意識を刈り取った。
「──これが、覇王色の覇気だ」
ゾロの言葉と同時に、全身から放たれた“王の威圧”が空気を裂き、地面にひびを入れる。
その覇気に晒された海兵たちは、目を白黒させながら、次々に意識を失って倒れていった。
だが、麦わら帽子の男は──怯むどころか、にやりと笑っていた。
「しししし……やっぱり、スゲェな、ゾロ!!」
ルフィの目に宿ったのは、恐れではなく、興奮だった。
──その時だった。
ゾロはふと視線を横に向ける。
「……おい」
彼に声をかけたと同時に気づく。コビーは、ゾロの覇王色の威圧に耐え切れず、その場で気を失っていた。
「……やっぱり、まだ制御が甘いか」
ゾロは小さく吐き捨てた。
未来で何度も修羅場をくぐり抜けた自分ですら、完全に扱いきれていない覇王色の覇気。
だからこそ──改めてゾロは心に誓う。
(……当面は使わねェ。味方を巻き込むような力は──俺にはまだ早ェ)
拳を握り直し、ゾロはルフィのほうへと向き直った。
「──おい、ルフィ」
真っ直ぐに相手を見据え、ゾロは口を開く。
「……海賊になってやるよ」
「!」
ルフィの瞳が見開かれる。
だが、ゾロは続けた。
「だが、勘違いすんじゃねェ。俺には──野望がある」
その目に宿るのは、“後悔しない生き様”と、“譲れぬ夢”だ。
「世界一の剣豪になる。……それが俺の誓いだ」
そして──力強く言い放った。
「誘ったのはてめェだ。俺がその野望を諦めるようなことがあったら、そのときは……腹切って詫びてもらうぜ!!!」
その言葉に、ルフィは豪快に笑った。
「いいねぇ!! 海賊王の仲間なら、それぐらいの覚悟でいてくれないと、俺が困る!!!」
「ケッ……言うね」
ゾロも口元をわずかに吊り上げた。
──こうして、後に“世界を揺るがす海賊団”と呼ばれることになる、
四皇“麦わらのルフィ”と、副船長“海賊狩りのゾロ”の航海が、ここに始まった──