ばいにんっ 咲-Saki-   作:磯 

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12.ばいにんテール(一)

12.ばいにんテール(一)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:23

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 【北家】花田 煌  :21300

     チップ:-1

 【東家】宮永 照  :29200<割れ目>

     チップ:+1

 【南家】須賀 京太郎:57000

     チップ:+1

 【西家】宮永 咲  :-7500

     チップ:-1

 

 東二局二本場は、親の照が自ら割れ目を引いた。

 賽の目が照自身の築山を指したとき、他者に知れぬほどかすかに反応したものが、その部屋に三人いた。月子、京太郎、そして咲である。

 三人の視線は、示し合わせたように宮永照に集中した。

 

(打点はどうなる)

 

 と、京太郎は胸中で自問に似た問いを発した。かれが今日の場で割れ目ルールを用いた目的のひとつがここにある。

 京太郎にしてみれば数半荘ほどの傾向でしかないが、照の和了には一定の法則がある。かれが照と囲んだ卓において、彼女は必ず段階的に打点を上げてみせた。照が1000点を和了れば、次局彼女が和了った場合、その打点は1300から2600の範囲に収斂する。多少の誤差はあれども、京太郎が知る限り一足飛びに満貫へ打点を上げた例はない。今日もまた東二局0本場で1500(2000)、一本場で2900と、器用に和了を重ねてみせた。これがたんなる偶然でないのであれば(もちろんその可能性は大いにある)、今局で照が和了れば、その打点はおおよそ3900から5800の間に落ち着くはずである。

 

(ただし、割れ目じゃなければ)

 

 京太郎は、もとより照との対戦が易々と片付くとは思っていない。かれの目的は、まず照の『ルール』を見定めることにあった。照が今局、割れ目による打点倍増を考慮して和了を目指すのであれば、彼女の最終形は前局の和了(2翻30符)に近い牌姿になる。従って次に彼女が割れ目でなくなれば、今度は5800から7700を目安にするだろう。

 また、そもそも照の特性が『打点の制約』ではなく『符・翻の制約』にあるのであれば、彼女は今局、割れ目などまるで斟酌せずに3翻程度の和了形(割れ目を踏まえると打点は7800から11600になる)を仕上げてくる。そしてやはり、次局で照が割れ目でなくなれば、4翻が彼女の和了形の目安となり、打点としては同程度の和了を重ねることになるはずである。

 いずれにしても、照が打点の制約を課し続けるのであれば、割れ目は彼女にとって常のリズムを崩すルールでしかなくなる。

 

(しかし――なんつぅ苦しまぎれ)

 

 京太郎も、全てが思い通りに運ぶとは考えていない。割れ目が照にもたらす影響は、苦肉の策にも含めていなかった。とはいえ麻雀の実力は一朝一夕に向上するものでもない。照と京太郎の差は百や二百の旦夕が埋めるものでもない。ある日突然強くなる――そんな魔法が使えない以上、追う立場の京太郎にできることは限られている。

 つまり、照を少しでも高みから引きずり降ろす必要がある。

 

(付き合ってもらうぜ)

 

 と、はらを据えたところで、かれは己の手牌を開き、わずかに目を細めた。

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 配牌

 京太郎:{一九2223344678西}

 

(また本手じゃねえか――)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:23

 

 

「今度は竹か」

 

 京太郎の配牌を見た池田が、呟きを漏らした。

 

「でもああいうのほど和了れないものよね」

「普通にチャンス手だとおもうけど」池田は苦笑する。「裏目・ヨレヅモに慣れきっているつっきーならではの言葉だな!」

「うるさい」

 

 正鵠を射ているだけにそれ以上の反論も思い浮かばず、月子はソファから腰を上げた。盤面はまだ序盤だが、見守っていたところで状況に影響があるわけではない。まだ半荘の一回戦――今日という日が長丁場になることは織り込み済みである。始終対局に付き合っていては気疲れしてしまう。

 それは卓を囲む面子にしても同様である。思い思いの表情で手牌を開く四人へと、月子は声を掛けた。

 

「何か飲む?」

「おかし」

 

 即答したのは照だった。

 

「え、いや、あの、飲み物っていいましたよね……」思わぬオーダーに、月子は一瞬虚をつかれた。

「ないの?」照が首を傾げる。

「ありますけど」

「ならほしい」と、照はいった。「あと、ココア」

「わかった、わーかーりーまーしーたー」月子は捨て鉢に頷いた。「宮永さんが、お菓子とココアね。ほかのひとは?」

「そういうサービスありなんですか!」花田が吃驚していた。「じゃあ、梅こぶ茶で」

「むだに渋い……」

 

 呆れながらも、とりあえず月子は請け負った。ココアも梅こぶ茶も、比較的簡単に準備できる。

 

「須賀くんは」

「ホットありありで」

 

 と、京太郎が月子を振り向きもせずにいった。

 何となく腹が立ったので、月子は京太郎の頭を軽く叩いた。

 何だよと双眸を突きつけてくるかれを適当にいなして、最後のひとり――咲へと向き直る。

 

「あなたは?」

「――へぁいっ」

 

 声を掛けられた少女の、肩が震える。

 小動物めいた微温の仕草はほほえみを誘う。

 月子に向いた咲の瞳には、物怖じがあった。ただその怖気は月子へ向いたものではない。月子を通して視える何かを、咲の感情は指向している。先刻ルールの説明を行った際から、咲の月子に対する態度は一貫して同じであった。もの問いたげな空気をまといつつ、直接的な言葉は何一つ発しない。

 

(奥ゆかしいって言うのかもしれないけれど)

 

 つとめて表情には出さないようにしながら、月子は、

 

(この娘とは、なんだか()()()()

 

 と、思った。

 腰を据えて何かを交し合った末の判断ではない。たんなる印象である。けれども月子の経験上、この手の感覚が大きく外れたことはない。京太郎を介して出会う同年代の人間には久しく感じていなかった反発を、月子は咲に覚えた。咲の人格や性質に対して不快感を覚えているわけではない。月子にもその所感の具体的な根拠はわからない。

 

「お姉ちゃんと、おなじので」

 

 ようよう口にした咲に、軽い調子で反問する。

 

「お菓子とココア?」

「おかしはいいです」

「了解。――おじゃましたわ」

 

 面子に手のひらを向けて再開を促すと、月子はそそくさとキッチンへ向かった。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:23

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 配牌

 照:{二二四六七八①②④⑥89發南}

 

 {打:南}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:23

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 1巡目

 京太郎:{一九2223344678西} ツモ:{南}

 

 打:{九萬}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:23

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 1巡目

 咲:{三九[⑤]⑥⑧⑧⑨⑨46中中東} ツモ:{中}

 

 打:{九萬}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:23

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 1巡目

 花田:{二三五八②⑤⑦1白發中南北} ツモ:{9}

 

(うわぁ……麻雀は配牌より自摸とはいえ、なんとゆー駄目配牌)

 

 放銃直後に花田を訪れた配牌――和了り目の見出せない牌姿に、一瞬途方に暮れる。配牌オリを決め込むのも一手ではあるが、よりにもよって花田の風は北、下家は割れ目の親である。頭から好牌を先打ちして照の向聴を進ませたのでは何の意味もない。

 

(ひたすら絞って、安手で他家に和了ってもらうのがべすと。できれば須賀くんじゃなくて、断ラスの上家の子がいい――)

 

 打:{9}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:23

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 2巡目

 照:{二二四六七八①②④⑥89發} ツモ:{6}

 

 打:{①}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:24

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 2巡目

 京太郎:{一2223344678南西} ツモ:{四}

 

 打:{一萬}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:24

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 2巡目

 咲:{三[⑤]⑥⑧⑧⑨⑨46中中中東} ツモ:{一}

 

 {打:東}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:24

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 2巡目

 花田:{二三五八②⑤⑦1白發中南北} ツモ:{③}

 

 {打:南}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:24

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 3巡目

 照:{二二四六七八②④⑥689發} ツモ:{二}

 

 打:{9}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:24

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 3巡目

 京太郎:{四2223344678南西} ツモ:{⑦}

 

(一色に決めるのは、そりゃラクだけど)

 

 3巡――本来与えられた自摸の6分の1を消費して、索子の受けは広がらない。

 

 {打:南}

 

(齧りついてでも蹴りたい親――どこまで手組を広げようか)

 

 漠とした懸念はついて離れない。京太郎は自摸に問いかけるように、己の牌姿を凝視した。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:24

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 3巡目

 咲:{一三[⑤]⑥⑧⑧⑨⑨46中中中} ツモ:{7}

 

 自摸った{7}を見下ろすと、瞬き一回分の間、咲は場を見回した。

 巡目は浅い。

 まだ情報といえるだけのものは河に出揃っていない。

 

「……」

 

 そして、咲は牌に手を掛けた。

 

 打:{一萬}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:24

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 3巡目

 花田:{二三五八②③⑤⑦1白發中北} ツモ:{西}

 

(……すばらくない……)

 

 {打:西}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:24

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 4巡目

 照:{二二二四六七八②④⑥68發} ツモ:{5}

 

 {打:發}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:24

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 4巡目

 京太郎:{四⑦2223344678西} ツモ:{[5]}

 

(引いた)

 

 京太郎は、最大の要所をこれ以上ない形で引き入れた。染め手を考慮したとしても一枚切れの客風を残す選択肢はない。かれは、

 

 {打:西}

 

 と、いった。

 セオリーなら、{三萬}もしくは{⑦}へのくっつき次第では即座に曲げる局面である。縦引きはともかく{⑨}引きの場合が苦しい形だが、打{四萬}もしくは打{⑦}を支持するほどの材料とはならない。

 

(索子をがめって足を遅くしたんじゃ話にもならねえけど)

 

 割れ親の照の打点が相応の確度で量れている以上、多少迂回しても中押ししたい局面だった。たとえ親であっても、和了を重ねていない照に対してはいくらでも押していける。京太郎のような凡人にとって、(少なくとも1向聴か聴牌時の)押し引きの最たる基準は己と、そして他家の打点である。そうした意味において、照の性質はむしろ制限である。

 牌譜を顧み、京太郎が彼女の独特な打ち回しに気づいたとき、始めに持った印象は手加減であった。しかし宮永照という少女の人格を思えば、それはあるまいとかれは考えた。京太郎の知る限りにおいて照はそこまで器用な少女ではない。

 

(この巡目でこれなら――)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:24

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 4巡目

 咲:{三[⑤]⑥⑧⑧⑨⑨467中中中} ツモ:{三}

 

()()(){中}()()()()()()()()()――たぶん出てこないけど……)

 

 打:{7}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:25

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 4巡目

 花田:{二三五八②③⑤⑦1白發中北} ツモ:{白}

 

(ここなら)

 

 打:{五萬}

 

(下家の人は鳴かない――そんな気がします)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:25

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 5巡目

 照:{二二二四六七八②④⑥568} ツモ:{7}

 

 1向聴を入れた照の指が、まず伸びたのは{8}である。機械的に受け入れ枚数のみを指標とすれば、この牌姿での選択肢は打{58}がマジョリティ、微差で打{四萬}が候補に挙がる。

 けれども、その指が停まる。

 

「――」

 

 論理に疑義を投げかけるのは、照の洞察を司る霊感である。

 

 照

 河 :{南①9發}

 

 京太郎

 河 :{九一南西}

 

 咲

 河 :{九東一7}

 

 花田

 河 :{9南西五}

 

 河を見る彼女の瞳は何も映していない。場況を見定めるほどの情報はまだ卓上に出揃っていない。宮永照は、他家の手を透かし視るわけではない。あくまで本質と状況を推し測る能力が常軌を逸しているだけである。

 その彼女が選んだ打牌は、

 

 打:{⑥}

 

 であった。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:25

 

 

 京太郎、咲、花田の思考は、その瞬間のみ完全に一致した。

 

(――聴牌――)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:25

 

 

 上家が打った{③}(ドラ表示牌)の筋を、京太郎は眇め視る。

 

(先行されたか?――でも、)

 

 立直もないこの巡目での打牌である。かれの警戒は、少しばかり神経質に過ぎる。ましてや打点の推量が可能な照なのだから、1向聴の京太郎にとっては降りる理由がない。

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 5巡目

 京太郎:{四⑦2223344[5]678} ツモ:{2}

 

 ましてや、聴牌したとなれば尚更である。

 

(こいつは――索子の鉱脈を掘り当てたか)

 

 打{四萬}と打{⑦}に優劣はない。強いて言えば親の照に対して{④}(ドラ)筋かつ{⑥}のマタギとなる{⑦}がやや強いという程度である。いずれも赤牌を引けば塔子にもなる。両面変化が可能な{四萬}か、赤の枚数が多い{⑦}かという選択に、京太郎は明確な回答を用意できない。

 次に来る自摸など知りようがない。

 

(知るかよ。だから面白いんだからよ――)

 

 打:{四}

 

 京太郎は、表情を変えずに{四}を打った。

 照の発声はない。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:25

 

 

(すがくんも来てる。索子が高いし、筒子の下からまんなかが、お姉ちゃんに怖い)

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 5巡目

 咲:{三三[⑤]⑥⑧⑧⑨⑨46中中中} ツモ:{東}

 

(廻そう――)

 

 打:{⑨}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:25

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 5巡目

 花田:{二三八②③⑤⑦1白白發中北} ツモ:{⑨}

 

(合わせ打ちィ)

 

 打:{⑨}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:25

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 6巡目

 照:{二二二四六七八②④5678} ツモ:{④}

 

「――――」

 

 打:{四萬}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:25

 

 

(あの{四}は……おれが{⑦}打ってても出てきたのか?)

 

 前巡、{四}ではなく{⑦}を打っていれば仮聴の{四}タンキに刺さる照の打牌に、京太郎はつかのま、目を瞠った。

 

(いや――ここでアテたって、5200直取りだけだ。さすがにこの手をンな安目で倒せねえ。しかし、{四萬}手出しって――今聴牌(イマテン)か? 待ち替えか?)

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 6巡目

 京太郎:{⑦22223344[5]678} ツモ:{白}

 

(こいつで、ダマでも満貫)

 

 打:{⑦}

 

(――まだまだ行くけどな)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 6巡目

 咲:{三三[⑤]⑥⑧⑧⑨46東中中中} ツモ:{發}

 

 引き入れた緑發を見、咲は唇を柔らかくほどいた。

 先刻の32000放銃を想起したのである。

 

(また、おんなじ――お姉ちゃんの安牌。すがくんの本線。綾牌だよね)

 

 けれども彼女は、ノータイムで打った。

 

 {打:發}

 

(でももう、中らないとおもうよ)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 6巡目

 花田:{二三八②③⑤⑦1白白發中北} ツモ:{北}

 

(上家のひと、すばらっ)

 

 {打:發}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 7巡目

 照:{二二二六七八②④④5678} ツモ:{③}

 

 打:{④}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

(こんどは、{④}(ドラ)。そいつを咎められないのもしょうもねえけど)

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 7巡目

 京太郎:{22223344[5]678白} ツモ:{[⑤]}

 

 打:{[⑤]}

 

(こっちもひよってはやらねえぞ――)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 7巡目

 咲:{三三[⑤]⑥⑧⑧⑨46東中中中} ツモ:{⑧}

 

 打:{⑨}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 7巡目

 花田:{二三八②③⑤⑦1白白中北北} ツモ:{9}

 

(――{9}とか須賀くんに無理すぎる!)

 

 打:{⑤}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 8巡目

 照:{二二二六七八②③④5678} ツモ:{北}

 

「…………」

 

 照

 河 :{南①9發⑥四}

    {④}

 

 京太郎

 河 :{九一南西四⑦}

    {[⑤]}

 

 咲

 河 :{九東一7⑨發}

    {⑨}

 

 花田

 河 :{9南西五⑨發}

    {⑤}

 

 

 {打:北}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

 照の押し振りに、京太郎は苦笑した。

 

(――いまさらだけど)

 

 それほどに自身の読みに確信があるのだと思うしかない。

 あるいは、照は特に何の考えもなく牌を打っているだけかもしれない。

 備え持った強運が、彼女につまらない放銃を許していないだけなのかもしれない。

 

(ま、そうじゃねえんだろうけどな)

 

 京太郎が思い返すのは、彼女と初めて出会い、卓を囲んだ図書館の情景である。あの場で、照は同卓していた老人――大沼秋一郎に見事に討ち取られた。

 少なくとも、宮永照は無敵の存在ではない。

 京太郎が太刀打ちできるかどうかはともかくとして、照は無欠の少女ではないのである。

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 8巡目

 京太郎:{22223344[5]678白} ツモ:{4}

 

({13469}待ち――まァ、{169}引き以下、{58}引き以上なら、妥当ってトコか)

 

 やはり瞬時に5面張へと受け替えて、京太郎は、

 

 {打:白}

 

 といった。

 出和了など期待していないのだから立直を掛けるべきだが、ここはあくまで照を叩きたい局面である。

 

(それに、もしも裏が乗って24000(3倍満)に届いちまう場合、()()()()()()()()()かもしれない)

 

 花田煌と打つ場にはそういう傾向がある。彼女の点棒を全て奪う可能性のある手は、決して彼女から直撃を取ることができない。ときに他動的に、ときに自律的に、花田はトビを必ず回避する。それは様々な形で現れる。東一局のように自ら自摸を喰いずらして他家に当たり牌を掴ませることもあれば、安手で場を流し流させることもある。過程はそれこそ無限にある。結果も局面に応じて異なる。

 ただ、事実は一つである。

 花田煌を飛ばすことはできない。

 彼女から点棒を全て奪うことはできない。

 それが彼女の『ルール』だ。

 ――たとえ照を相手にしても、それは同じだと京太郎は睨んだ。だからこそ、今日の卓に花田を誘ったのである。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

 京太郎の放った役牌を見て、咲は引き時を悟った。

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 8巡目

 咲:{三三[⑤]⑥⑧⑧⑧46東中中中} ツモ:{1}

 

 と、よりによって引いたのが{1}である。彼女は苦笑すると、

 

(――うーん、これは閉店っ)

 

 {打:中}

 

 といった。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 8巡目

 花田:{二三八②③⑦19白白中北北} ツモ:{5}

 

(うっひゃぁ――逆に楽しくなってきた!)

 

 {打:中}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

 この時点で、照の待ち({58})は山に3枚。

 また、京太郎の待ち({13469})は6枚生きだった。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 9巡目

 照:{二二二六七八②③④5678} ツモ:{4}

 

 9巡目、照は京太郎の和了牌を引いた。とはいえ打{二萬}とすることで振聴の平和3面張――割れ親とすれば決して分の悪い勝負ではない。

 ――が、彼女の選択は、

 

 打:{8}

 

 であった。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

 あからさまな照の暴牌に、場に漣が立った。京太郎もまた、われとわが目を疑った。

 

(こいつだ)

 

 と、苦々しくかれは思う。

 

(なんなんだ、この精度――)

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 9巡目

 京太郎:{222233444[5]678} ツモ:{東}

 

(マジに、手牌が透かされているのかよ)

 

 {打:東}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

(……)

 

 咲は『感覚』を凝らす。

 久方ぶりの麻雀である。肩慣らしをする必要がある。

 このぎりぎりの場況は、ピントを合わせるに相応しい、と彼女は思う。

 

(そこに、)

 

 咲の瞳が、照の目前に向かう。

 余人の手が届かぬ領域に、彼女の感覚が行き渡る。

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③})

 9巡目

 咲:{三三[⑤]⑥⑧⑧⑧46東中中} ツモ:{⑧}

 

(――いる)

 

 {⑧}を愛でるように撫でると、

 

「カン」

 

 と咲は言って、牌を場に晒した。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

「は?」

 

 と、京太郎はうめいた。

 

「まじですか」

 

 と、花田も呟いた。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③}) 槓ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③}) 槓ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 【北家】花田 煌  :21300

     チップ:-1

 【東家】宮永 照  :29200<割れ目>

     チップ:+1

 【南家】須賀 京太郎:57000

     チップ:+1

 【西家】宮永 咲  :-7500

     チップ:-1

 

 京太郎:{(ドラ)(ドラ)(ドラ)(ドラ)33444[5](ドラ)678}

 

 【北家】花田 煌  :()()()()()

 

(ばっ――)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③}) 槓ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 9巡目

 咲:{三三[⑤]⑥46東中中} 暗槓:{■⑧⑧■} リンシャンツモ:{5}

 

(うん、だいじょうぶ。ちゃんといる……)

 

 {打:中}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:26

 

 

(須賀くんの手がスッゴイことになってそーですが……)

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③}) 槓ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 9巡目

 花田:{二三八②③⑦159白白北北} ツモ:{西}

 

 {打:北}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:27

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③}) 槓ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 10巡目

 照:{二二二六七八②③④4567} ツモ:{一}

 

 照の親指の腹が、その牌に刻まれた柄をなぞる。

 その感覚が、照に和了の未来を囁く。

 

「――立直」

 

 打:{7}

 

 宮永照が牌を曲げる。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:27

 

 

(槓ドラがもろ乗りの一色手に、索子両面塔子落として立直……)

 

 照の暴挙も、二度続けばかえって京太郎を冷静にした。照は普通ではない。そんなことは始めからわかっている。だから京太郎も彼女に挑んでいる。

 

 照

 河 :{南①9發⑥四}

    {④北8横7}

 

(たぶん、ノミ手にドラいち――役がついても3翻まで。つまり放銃は7800から11600の範囲。裏はしらねえ。もうンなもんどうしようもねえ)

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③}) 槓ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 京太郎:{222233444[5]678} ツモ:{[五]}

 

(危険牌――)

 

 刺さる。

 半ばその確信を持ちながらも、京太郎は自摸切ることを決心している。

 割れ目の親からの立直――それも一発目である。とはいえ、京太郎も5面待ち高目32000の聴牌を崩す理由がない。照の聴牌気配は数巡も前から察していたのである。今になって降りるのであれば、最初から突っ張るべきではない。

 

 打:{[五]}

 

 だから、かれはまっすぐ自摸切った。

 照の牌が倒れることはなかった。

 

 ――それに安堵している自分に気づいて、京太郎はこの局の負けを悟った。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:27

 

 

 東二局二本場 ドラ:{④}(ドラ表示牌:{③}) 槓ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 11巡目

 照:{一二二二六七八②③④456}

 

 ロン:{一}

 

 (裏ドラ:{東9})

 

 【北家】花田 煌  :21300

     チップ:-1

 【東家】宮永 照  :29200→37600(+8400)<割れ目>

     チップ:+1

 【南家】須賀 京太郎:57000→48600(-8400)

     チップ:+1

 【西家】宮永 咲  :-7500

     チップ:-1

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:28

 

 

 東二局三本場

 【北家】花田 煌  :21300<割れ目>

     チップ:-1

 【東家】宮永 照  :37600

     チップ:+1

 【南家】須賀 京太郎:48600

     チップ:+1

 【西家】宮永 咲  :-7500

     チップ:-1

 

 東二局三本場の割れ目は花田だった。点差11000まで詰め寄られた京太郎は、勢いを失った手牌を前に、凌ぐことを選択する。

 序盤、果敢に仕掛けたのは花田である。しかし、彼女の早仕掛けは当然、照の自摸を増やすことに繋がる。結果、

 

「立直」

 

 5巡目に、照の河に置かれた牌が曲がった。

 が、

 

「ロン」

 

 立直棒を置く照の動作を、押し止めたのは宮永咲だった。

 

「平和のみ。1000点は、1900点です」

 

 【北家】花田 煌  :21300<割れ目>

     チップ:-1

 【東家】宮永 照  :37600→35700(-1900)

     チップ:+1

 【南家】須賀 京太郎:48600

     チップ:+1

 【西家】宮永 咲  :-7500→-5600(+1900)

     チップ:-1

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:30

 

 

(――取った)

 

 照から出和了を奪った咲を見、京太郎は黙考した。

 かれの知る限り、照から直撃を取った人間は三人いる。

 図書館での大沼秋一郎、麻雀教室での石戸月子、そしていまの宮永咲である。

 

(おれと、何が違う? 才能か? へんてこな流れやツキってやつか?――そんな莫迦な)

 

 嘆息すると、かれは口端を吊り上げた。

 

(まァ、やるだけやってやる)

 

 何しろ、時間はまだまだ、沢山ある。

 




2013/2/20:牌譜変更
2013/2/20:牌画像変換

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