ばいにんっ 咲-Saki-   作:磯 

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15.ばいにんテール(四)

15.ばいにんテール(四)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:47

 

 

 東四局流れ一本場

 【南家】花田 煌  :22300

     チップ:-1

 【西家】宮永 照  :36700

     チップ:+1

 【北家】須賀 京太郎:45600<割れ目>

     チップ:+1

 【東家】宮永 咲  :-4600

     チップ:-1

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:47

 

 

 東場最後の局が始まる。四人目の親である宮永咲の指先が卓中央のボタンを押す。軽い音を立てて回る骰子(サイコロ)の出目は一・三――開門に選ばれたのは京太郎の山であった。

 

(最初の親――)

 

 咲は気息を調える。もう萎縮はない。東一局の放銃は、却って咲から余分な力みを排除した。ただし、久方ぶりに直面した照の打ち筋は、少しばかり咲に動揺をもたらした。

 照の強さなど、とうのむかしに思い知らされている心算だった。今さら驚くことなどないと思っていた。

 けれども、それは勘違いだった。ここしばらく対局を避けて回っているうちに、照は更に成長を遂げたように見える。

 咲の感性が捉える今の宮永照は、ほとんど物理的な圧迫感を持って立ちはだかる巨人である。

 

(勝てる気はしないけど)

 

 と、咲の弱気の虫が囁き出す。

 

(でも、このまま終わったら、お小遣いなくなっちゃう)

 

 この日に向けて、咲が備えた持ち合わせは、多くも少なくもない(各自持ち金は事前に月子に伝えている。ただし公平さを期すために卓上の面子は、相手がどれだけふところに呑んでいるかは知らされていない)。けれども箱下にウマがついて平然としていられるほど咲の財布は重くないのである。

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 配牌

 咲:{一一七九⑧24[5]7889北發}

 

(――きた)

 

 山から拾った14枚を並べて揃えて一瞥した刹那、咲はほとんど直観的に己の和了を予感した。理屈や、その感覚を裏付ける論理はない。和了形が具体的に思い浮かぶわけでもない。手筋や枚数を一足飛びに越えて、事実だけが朧に咲の知覚に映るのである。

 

(いちども間違えなければ、たぶんお姉ちゃんより早い)

 

 咲の経験上、照の聴牌と和了は5~9巡付近に集中する。打点や待ちの良し悪しはほとんど関係しない(そんなはずはないのかもしれないけれども、とにかくそうなのだ)。ノミ手だろうと倍満だろうと照は和了るべき時には易々と和了る。その歩みが滞るのは他家の聴牌が照に先んじるか追いついたときのみである。

 咲が捉える照の強さは、麻雀の理想形に近い。配牌が良く、自摸が良く、感覚が鋭く、機を見るに敏であり、他家の当たり牌を勘能く止める。対手を捻じ伏せ突き抜ける。照本人に好調や不調が存在しても、それは彼女の麻雀には影響しない。終わらない災害のようなものだ。単純で、それだけに対処のしようがない。

 そんな照と正面から四つの体勢で組み合うのは、たんなる無謀である。咲にとって照と打つ麻雀とは、いかにして大きく負けずにいるか――そして、いかにして和了を断つかが肝腎だった。照は基本的に和了の回数で他家を引き離す。だからそのリズムを途切れさせることができれば、勝てはせずとも、大きく負けることもない。

 そのための手札を、咲はいくつかストックしている。

 

(さっきの、すがくんの、あれは……もしかして)

 

 咲は上家の少年へ目線を送る。供された珈琲に息を吹きかけて冷ますかれの仕草に、勝負手を逃した口惜しさの色はない。

 そしてその少年を見る瞳がもう一対、咲の正面にある。

 照である。相変わらず感情の小波さえ瞳には浮かんでいない。ただし、間違いなく京太郎を指向している。咲には照の気持ちはわからない。咲は気質的に、他者の内情について気を持つことがほとんどない。ただこのときばかりは、照の心理が推し測れる気がした。

 

 前局の打六萬――それが咲と照が共有する違和感である。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:48

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 配牌

 花田:{三五七七七①④⑦12東南南}

 

萬子(ワンズ)への寄せ? いやいや――)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:48

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 配牌

 照:{二四八②③⑤⑥⑨15669}

 

 ろくに配牌を見もせず、照は無言で下家を注視する。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:48

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 配牌

 京太郎:{一四六六⑦⑦⑨33西北白發}

 

(鳴いて対々和(トイトイ)七対子(チートイ)以外にやることあるかね、これ……)

 

 足の遅い配牌を一目して、京太郎は他家の顔色を流し見た。すると、他家三人の内二人と目が合う。宮永照と宮永咲である。後者は瞬間的に目線を逸らし、前者は小揺るぎもせず瞬きさえしない。

 

(疑ってるな?)

 

 京太郎は、手ごたえを感じた。

 であれば、前局の暴挙も無為ではない。

 

 先の和了見送り――。

 

 この半荘だけを見れば、当然、親満貫は和了ってしかるべき手だった(もちろん、どんな場合においてもあの手を和了らないなどという選択肢はまずありえない)。単純に照より点数を稼ぐことだけが京太郎の目当てであれば、それも悪くはなかった。あるいは、運が京太郎に向いて、照よりも上位でこの一回戦を終えることも出来たかもしれないのである。

 

(まァ――でも、たといアレをアガってたって、それでおれがそのまま勝つってのは、まずねえな)

 

 楽観を、京太郎は信じ切れなかった。口でどういったところで、照の強さは異常である。十回や二十回セットを組んで、その全てにひとりが勝利するようなことは(頻繁ではないにしても)起こりうる。ツキとはときにそうした不条理を孕む。しかし照の勝ち方は毎回同じである。たまたまツイて、その帰結として勝ったわけではない。照との勝負において、明らかに照以外の人間が勝つべき局面はあった。好配牌、無駄のない自摸、早い聴牌、完全な迷彩、広い待ち――照の対手がそれらを持たないわけではなかった。平等な確率で、彼と彼女らにもそれは訪れた。

 けれども照には勝てなかった。

 照は、()()()()()()を手折って摘める強さを持つ娘だ。

 

 その認知は京太郎自身のものである。そして容易には拭い去れない。であれば異常に合わせた麻雀を打ってみるしかない。どうせ自力では敵わないのだ――京太郎が考え付いたのは、その程度のものだった。ただの閃き以上のものではない。

 

 あの局、だから満貫を捨てたのはたんなる過程である。打点の多寡は問題ではなかった。拾った和了を捨てることこそ目的だった。仮に聴牌した手が役満でも、自摸った以上は捨てる意気をもって臨んでいた。

 東三局のかれは、この半年間で築き上げた麻雀への常識を、丁寧に壊した。ゆえなく自棄に走ったわけではない。か細い推察を重ねた京太郎なりの勝ちへの布石として和了を捨てたのである。

 

(おれが、一瞬でも、照さんの上をいけたのは、()()()()だけだ)

 

 京太郎が想起するのは、かれが人生で初めて打った麻雀である。照、大沼、南浦の三家に囲われた卓――いま思えば、最初にして最高の卓でもあった。あれ以来かれが座った卓は100を下らない。けれどもあのとき以上に程度が高い卓を、京太郎はまだ知らない。

 本来であれば、諸人がどれほど望んだところで実現するはずのない二半荘だった。そんな卓で麻雀を経験できた一点だけで、京太郎は己の運も捨てたのものではないと思える。

 

(いまでも、思い出せる。配牌は――)

 

 {一一八九②④⑧69東西北}

 

(ドラは{6}――ツモは{8東西}、切り順は、たしか、)

 

 {9九横6}

 

(――こう)

 

 苦し紛れに牌を曲げた。たんなる空聴、たんなる錯和(チョンボ)だった。意表を衝くことが目的だった。自棄的な一手が、万分の一以下の確率で奏功しただけだった。結果として照は後塵を拝することになったけれども、それは照の敗北であって京太郎の勝利ではない。同卓していたのが達人でなければ、京太郎はただ恥を晒して終わっていたはずである。

 

 今回も同じかもしれない。むしろそれより悪いかもしれない。

 その憂いは拭えない。

 何かしら策をめぐらせた心算で、裏目を引くことなどいくらでもある。京太郎は神ではない。魔物でもない。ただひねているだけの凡人でしかない。かれの中に衆人から逸している要素があるとすれば、それはただ精神性だけの話である。それも際立ったものではなく、誰に誇れるようなものでもない。

 

(でもいい。ありあわせでいい。やるだけやるんだ。やれることはぜんぶだ。思いついたこともありったけだ。ぶつけるんだ――照さん)

 

 かれは、照を見つめ返した。

 

(いくぜ)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:48

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 1巡目

 咲:{一一七九⑧24[5]7889北發}

 

 打:{北}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:48

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 1巡目

 花田:{三五七七七①④⑦12東南南} ツモ:{7}

 

(枚数だけなら打{④}ですが、――赤入りである以上は)

 

 打:{①}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:49

 

 

(小細工なら、それもいい)

 

 照は、京太郎から目線を外す。

 山から牌を自摸る。

 

(もしかしたら、わたしがずれたのかもしれない)

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 1巡目

 照:{二四八②③⑤⑥⑨15669} ツモ:{④}

 

(何がきても変わらない)

 

 打:{9}

 

(誰がいても――私は、変わらない)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:49

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 1巡目

 京太郎:{一四六六⑦⑦⑨33西北白發} ツモ:{1}

 

(いきなり悩ましいなァ――)

 

 打:{一}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:49

 

 

 この日最初の半荘が迎えた東四局(トンラス)において、突き抜けた牌勢を得たものはなかった。すると必然、場の帰趨を決するのは自摸ないし副露による手の進行速度となる。

 面子を定める自摸は縦か横のいずれかである。そして大原則として、速度において順子(シュンツ)刻子(コーツ)に勝る。34種存在する牌の中で、特定の1種を自摸る確率は凡そ3%といわれる。対子は1種、面子は両面以上であれば2種より上の受け入れが存在する。一向聴の七対子(受け入れは3種)が聴牌に至るまでには平均10巡要するという定説の論拠である。

 

 そして、今局、奇しくも縦と横の手作りを目指すものが二対二となった。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:49

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 2巡目

 咲:{一一七九⑧24[5]7889發} ツモ:{九}

 

 打:{發}

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 3巡目

 咲:{一一七九九⑧24[5]7889} ツモ:{8}

 

 打:{⑧}

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 4巡目

 咲:{一一七九九24[5]78889} ツモ:{中}

 

 打:{中}

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 5巡目

 咲:{一一七九九24[5]78889} ツモ:{4}

 

 打:{2}

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 6巡目

 咲:{一一七九九44[5]78889} ツモ:{1}

 

 打:{1}

 

(4対子……)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:49

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 2巡目

 花田:{三五七七七④⑦127東南南} ツモ:{二}

 

 打:{東}

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 3巡目

 花田:{二三五七七七④⑦127南南} ツモ:{北}

 

 打:{北}

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 4巡目

 花田:{二三五七七七④⑦127南南} ツモ:{⑧}

 

 打:{7}

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 5巡目

 花田:{二三五七七七④⑦⑧12南南} ツモ:{中}

 

 打:{中}

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 6巡目

 花田:{二三五七七七④⑦⑧12南南} ツモ:{②}

 

({二三}、{五七}または{七七七}、{⑦⑧}、{12}、{南南}――よゆーの塔子オーバー。6ブロックの構えも、限界かな? 受け入れ的には打{五}といきたいところ。ですが……南を叩いたときにヘッドレスで一手後れになる。{七}一枚落とすのもアリですけれども、残る形が{12}や{②④}というのはすばらくない――割れ目ルールで最悪四センチってのはちょーっと、ぞっとしませんし、ここはすなおに{12}おとしですかねぇ)

 

 打:{2}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:49

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 2巡目

 照:{二四八②③④⑤⑥⑨1566} ツモ:{赤⑤}

 

 打:{1}

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 3巡目

 照:{二四八②③④⑤赤⑤⑥⑨566} ツモ:{3}

 

 打:{⑨}

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 4巡目

 照:{二四八②③④⑤赤⑤⑥3566} ツモ:{六}

 

 打:{八}

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 5巡目

 照:{二四六②③④⑤赤⑤⑥3566} ツモ:{一}

 

 打:{一}

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 6巡目

 照:{二四六②③④⑤赤⑤⑥3566} ツモ:{7}

 

 打:{3}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:49

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 2巡目

 京太郎:{四六六⑦⑦⑨133西北白發} ツモ:{西}

 

 打:{北}

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 3巡目

 京太郎:{四六六⑦⑦⑨133西西白發} ツモ:{八}

 

 打:{發}

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 4巡目

 京太郎:{四六六八⑦⑦⑨133西西白} ツモ:{2}

 

(横か? いや、まだまだ――)

 

 打:{白}

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 5巡目

 京太郎:{四六六八⑦⑦⑨1233西西} ツモ:{白}

 

(――ふゥ)

 

 打:{白}

 

 あっさりと、裏目を引いた。

 牌を静かに河へ並べ、京太郎は口元を撫でる。

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 6巡目

 京太郎:{四六六八⑦⑦⑨1233西西} ツモ:{北}

 

(周りの手は――?)

 

 咲

 河:{北發⑧()()}

 

 花田

 河:{①東()()2}

 

 照

 河:{91⑨八()3}

 

 京太郎

 河:{一北發白()}

 

 ※↓:ツモ切り

 

(出足、遅れたか。で、おれはまた裏目と――)

 

 打:{四}

 

(さすがに七対子で追いつくのはキツいな。暴れる隙間もなさそうだ。次、向聴が減らないようなら安牌溜めないとだな、こりゃ)

 

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室・キッチン/ 07:52

 

 

「見切りが早い」

 

 京太郎の打牌を一見するや、ひそめた声で池田が呟いた。咎める響きだった。

 

「そうねえ」月子も否やはなかった。「横を全く見ないのはどうかと思うけど、須賀くんがツッパるときとオリるときの基準がよくわかんないわ」

「打点なら割れ目で{西(ドラ)西(ドラ)}あるんだから攻めてるところだろうしな。ふり幅がでかいっつーか、ちょっと相手の影を大きくしすぎだね」

「気持ちはわからなくもないけど」

 

 腕組して、月子は気鬱に吐息した。京太郎が月子と片岡もろともに照にさんざん痛めつけられたのはつい先日のことである。かれにも心意気があるからこそ照に再挑戦したのだろうが、かれの脳裏には圧倒的な照の印象が鮮やかに刻み込まれている。照の影は先のように京太郎に利することもあるけれども、全体的に見れば不利に働くはずである。

 

「麻雀てのは、結局自分との戦いとはいうけど」珍しく、池田が穏やかな顔で月子へいった。「敵は自分だけでも、他人だけでもだめなんだよなァ。ま、あたしもちゃんとできてるかっていうと、アヤしいけどさ」

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:53

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 7巡目

 咲:{一一七九九44[5]78889} ツモ:{赤五}

 

 打:{九}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:53

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 7巡目

 花田:{二三五七七七②④⑦⑧1南南} ツモ:{南}

 

(すばらっ。――うーん、今日、ヒキは良いんですけどね)

 

 打:{1}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:53

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 7巡目

 照:{二四六②③④⑤赤⑤⑥5667} ツモ:{五}

 

 打:{二}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:53

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 7巡目

 京太郎:{六六八⑦⑦⑨1233西西北} ツモ:{2}

 

(和了逃し――さて?)

 

 打:{1}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:53

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 8巡目

 咲:{一一赤五七九44[5]78889} ツモ:{六}

 

(両嵌が――埋まった)

 

 鼓動の弾みに合わせて、咲は刹那、呼吸を止めた。

 

(ここが――剣が峰)

 

 聴牌の受け入れ枚数を基準とした場合、マジョリティは当然の打{九}である。ツモ{一3468}の五種に対応できる。すでに{一}が純枯れであることを考慮しても、最優の打牌に違いない。

 

(だけど、{4}(これ)は、次には刺さる牌)

 

 不安はある。常にある。

 照との久方ぶりの対局は、咲に不思議な緊張を強いた。家族で牌に触れるときとは違う。何か――じっとしていられないような興奮を伴う緊張である。

 

(次に{4}を引き戻すかもしれない。これはお姉ちゃんの当たり牌じゃないかもしれない。お姉ちゃんはもう聴牌してるかもしれない。かもしれない。かもしれない。かもしれない――)

 

 咲は、唇を綻ばせた。

 

()()()()()()――なんて気は、ぜんぜん、しない)

 

 打:{4}

 

(お姉ちゃんはいま一向聴。次に{47}で聴牌する。さっきのすがくんの打{六}は自摸から手を崩したんだ。わたしと同じ理由では、ないと思うけど……)

 

 不安はある。

 自分が勝つことで、照の不興を買うかもしれない不安がある。

 けれども、そうはならないために咲は感覚を磨いた。

 今、それを疑ったところで、信じるものは他にない。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:54

 

 

(う)

 

 親の打{4}に、花田は身をわずかに固くした。

 

({九}手出しのあとの{4}って……テンパっちゃいましたかねっ)

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 8巡目

 花田:{二三五七七七②④⑦⑧南南南} ツモ:{③}

 

(――そっちが先に埋まったなら……)

 

 打:{⑧}

 

({一四五六⑦}引いたら――勝負ですっ)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:54

 

 

 対面の河を見据えつつ、照は山へ手を伸ばす。

 

({4}を)

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 8巡目

 照:{四五六②③④⑤赤⑤⑥5667} ツモ:{5}

 

(1巡前に処理された)

 

 打:{⑥}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:54

 

 

(二軒聴牌気配)

 

 京太郎は、瞑目した。

 

(店じまい)

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 8巡目

 京太郎:{六六八⑦⑦⑨2233西西北} ツモ:{4}

 

 打:{北}

 

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:54

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 9巡目

 咲:{一一赤五六七九4[5]78889} ツモ:{6}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室・キッチン/ 07:54

 

 

 対面への放銃を回避しつつ聴牌を入れた咲の手並みに感心しつつ、月子は眉を集めた。

 

「聴牌。だけど――」

「{一}は純枯れ。{8}は三枚遣い。変化も少ない」池田が苦笑して応じた。「対面のほうの{47}もたいがい薄いけど――分が悪いな。まあ、立直は……ないね、これは」

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:54

 

 

(立直を掛ければ、お姉ちゃんに自摸をずらされる)

 

 打:{九}

 

(だから、ダマでいい)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:54

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 9巡目

 花田:{二三五七七七②③④⑦南南南} ツモ:{九}

 

(ほりゅう……)

 

 打:{九}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:54

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 9巡目

 照:{四五六②③④⑤赤⑤55667} ツモ:{⑤}

 

 三枚目の{⑤}を引いた瞬間、

 

({②}――を)

 

 無言で照は、手牌の端に手を掛けた。

 

 打:{7}

 

(切るべきじゃ、ない)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室・キッチン/ 07:55

 

 

「{②}じゃなくて{7}落として平和と一益口を捨ててシャボの受け?」月子が顔に戸惑いを浮かべた。「(小さいほう)へのケアかしら」

「不合理な待ち替えだ」池田が仏頂面で、しかし口角を吊って照の打牌を評価した。「でも、おもしろい」

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:55

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 9巡目

 京太郎:{六六八⑦⑦⑨22334西西} ツモ:{發}

 

 打:{發}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:55

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 10巡目

 咲:{一一赤五六七4[5]678889} ツモ:{西}

 

(うん)

 

 打:{西}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:55

 

 

(ノータイムで生牌の{西(ドラ)}とかっ)

 

 迷いのない咲の一打は、ここまで杳として姿を見せなかった{西(ドラ)}である。花田は口元を引きつらせて、祈る気持ちで山から牌を自摸った。

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 10巡目

 花田:{二三五七七七②③④⑦南南南} ツモ:{西}

 

(ぐっ……結果おーらい)

 

 打:{西}

 

 そして、

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:55

 

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南})

 10巡目

 照:{四五六②③④⑤⑤赤⑤5566} ツモ:{赤⑤}

 

 その牌を引いた瞬間に、照が静かに宣言した。

 

「――槓」

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南}) 槓ドラ1:{三}(ドラ表示牌:{二})

 10巡目

 照:{四五六②③④5566} カン:{■赤⑤赤⑤■}

 

 嶺上ツモ:{4}

 

(――ちがう?)

 

 打:{4}

 

(和了り、逃し)

 

 意外さを、それでも表情には出さずに、照は嶺上牌を自摸切った。

 

(そうか――打たされたんだ)

 

 彼女の意識は、対面に座る少女へ注がれた。

 

(咲――)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 07:55

 

 

 京太郎が危なげなく{西}を手出しするのを見届けて、咲はとりあえず、人心地ついた。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ツモっ」

 

 東四局流れ一本場 ドラ:{西}(ドラ表示牌:{南}) 槓ドラ1:{三}(ドラ表示牌:{二})

 11巡目

 咲:{一一赤五六七4[5]678889} 

 

 ツモ:{8}

 

「2000は2100の、チップが2枚オールですっ」

 

 【南家】花田 煌  :22300→20200(-2100)

     チップ:-1→-3

 【西家】宮永 照  :36700→34600(-2100)

     チップ:+1→-1

 【北家】須賀 京太郎:45600→41500(-4100)<割れ目>

     チップ:+1→-1

 【東家】宮永 咲  :-4600→ 3700(+8300)

     チップ:-1→+5

 

 


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