ばいにんっ 咲-Saki-   作:磯 

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20.ばいにんテール(九)

20.ばいにんテール(九)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:21

 

 

 【北家】花田 煌  :28600

     チップ:-4

 【東家】宮永 照  :33000<割れ目>

     チップ:-2

 【南家】須賀 京太郎:32700

     チップ:-6

 【西家】宮永 咲  : 5700

     チップ:+12

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:21

 

 

 ――照がトップに立った。その事実が須賀京太郎を動揺させることはない。照の優勢は必然である。彼女は勝つべくして勝ち、和了るべくして和了る。照の勝利に偶然は介在しない。少なくとも結果はそのように目に映る。宮永照の特異性はまさにその点にある。京太郎はそう解釈している。

 

(強い。強い。ほんとうに)

 

 照と相対すると震えが走った。それはたぶん、発奮ではなく畏怖に由来する震えだった。()()()()の振る舞いは、とうてい、京太郎がとらえる麻雀の像にそぐわない。山を読み手牌を透かし待ちをかわして和了(アガリ)をさらう。自摸は確信と共に行われ、副露は当然のように他家の当たり牌を喰い流し、無様な放銃など滅多なことでは起こさない。慮外の異能を駆使して、条件が揃えば即座に牌を倒す。

 

(ばかげてる)

 

 と、京太郎は思う。

 

(そんな人間がいるものか)

 

 と、京太郎は思う。

 麻雀という領域における、それは偶像である。誰もが思い描く空想めいた強者の要素を並べて集めて固めれば、それはすなわち照になる。

 かつて、初めて照と打ったときにはわからなかったことが、いまの京太郎にはわかる。

 論理と統計と確率をはるか眼下に差し置いて、彼女らは、京太郎には届かない場所へ手を掛けていた。

 

(こんな連中が、いるものか――)

 

 シバ棒を場に積み開門の賽を振る照を、京太郎は凝視する。

 

()()()()()()ぜ、照さん)

 

 惻隠の情と呼ぶほど大仰なものではない。器量や身の丈にそぐうか否かは別として、とにかく京太郎はそう感じた。照は強い。疑う余地はない。その強さは、けれども京太郎の目にはどこか作為的に見える。経験や才能といった当たり前の裏打ちが、ふつうは強さを形作る。照にそれがないというのではない。照が強者の条件を満たしていないわけではない。彼女は十分に強い打ち手である。

 しかしそれにしても、照の強さは度を越えつつあるように、かれは思う。いまはそうではなくとも、遠くない未来で彼女は()()()()()()()()のではないかと京太郎は危惧している。

 

(まるで)

 

 回った賽が目を示す。

 南二局二本場の開門は、みたび照の山となった。

 

(――勝たされてるみたいじゃないか)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:21

 

 

 南二局二本場

 【北家】花田 煌  :28600

     チップ:-4

 【東家】宮永 照  :33000<割れ目>

     チップ:-2

 【南家】須賀 京太郎:32700

     チップ:-6

 【西家】宮永 咲  : 5700

     チップ:+12

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:22

 

 

 照は眼を凝らす。

 息をひそめて耳を澄ませる。

 見逃してはいけない何かや、聞き漏らしてはいけない何かをとらえようとするように。

 

 極めて敏感な彼女の感覚を、先刻から遠慮がちに叩くものがある。ある種の予感に、それは近い。対面に座る()()()()から輻射される熱が、高まるにつれその予感は確信へ迫っていく。

 

(咲)

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 配牌

 照:{[五]五八九①⑧⑧⑨⑨2788東}

 

(咲――)

 

 打:{⑨}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:22

 

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 1巡目

 京太郎:{七②④⑤⑥⑧12南西北白白} ツモ:{東}

 

 打:{西}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:22

 

 

 刺すような視線を、対面から感じた。

 

(お姉ちゃん……)

 

 咲は気が強い少女ではない。他者との争いは数ある苦手な分野のうちのひとつである。そんな彼女を指向する照の瞳はとても(つよ)い。妥協や容赦がない。冷たく鋭く尖っている。

 どこかに熱を誘うような妖しさを孕んでいる。

 このとき、咲は不思議と自然体でその目を見返すことが出来た。

 

 照の面貌は常と変わらない。表情筋は緩みを見せない。その気になればいくらでも浮かべられる笑顔を、照はあまり積極的につくろうとはしない。愛想はある。けれども照は寡黙である。笑顔の効能も知っている。けれども照はあまり、笑わない。

 時と場合に応じていくらでも顔を使い分ける彼女の器用さを、羨んだこともある咲だ。けれども照のそれがある種の副産物であることを気取ってからは、あまり積極的に憧れることもなくなった。

 いつからか、照は咲とのあいだに線を引いた。

 咲も同じだった。

 

 むかし、ふたりはそれなりに仲の良い間柄だと、咲は思っていた。

 

 改めて確認したことなどなかったけれども、それはたんに疑うに値しないからだった。他者はいざ、まさか照その人に隔意を持たれている可能性など、咲は想像したことさえなかった。

 

(――お姉ちゃん)

 

 切欠はある。明確にある。しかしそれは決定的に箍を外した事柄でしかない。咲の中で前々から不安を食べて育っていたそれが最初に産まれたのはいつだっただろう? 何かの小説を読んでいたときかもしれない。太陽が眩しかったからかもしれない。暑過ぎたか寒過ぎたせいかもしれない。とにかく()()は咲の中にいた。いつのまにか心の片隅で、背を丸めてひっそり息衝いていた。

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 1巡目

 咲:{二五六七①②④[⑤]336南中} ツモ:{5}

 

 咲の中には、照への負い目がある。

 昏く重いその感情の名は、嫌悪である。

 

 打:{二}

 

 宮永咲は、宮永照をおそれている。

 照はそれを察して、咲から距離を置いた。

 

 咲はそして、照との接し方がわからなくなってしまった。

 

 そのことに向き合うために、咲は今日この場所に来た。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:22

 

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 1巡目

 花田:{一二三三七九③67北北發中} ツモ:{②}

 

(仕掛けても1000点の手――)

 

 打:{中}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:22

 

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 2巡目

 照:{■■■■■} ({■}){■■■■■■■■}

 

 打:{①}

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 2巡目

 京太郎:{七②④⑤⑥⑧12南北白白} ツモ:{四}

 

 打:{北}

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 2巡目

 咲:{■■■■■■■■■■■■■} ({■})

 

 打:{中}

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 2巡目

 花田:{■■■■■■■■■■■■■} ({■})

 

 打:{發}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:22

 

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 3巡目

 照:{■■■■■■■■■} ({■}){■■■■}

 

 打:{⑨}

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 3巡目

 京太郎:{四七②④⑤⑥⑧12南白白} ツモ:{9}

 

 打:{9}

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 3巡目

 咲:{■■■■■■■■■■■■■} ({■})

 

 打:{南}

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 3巡目

 花田:{■■■■■■■■■■■■■} ({■})

 

 打:{9}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:22

 

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 4巡目

 照:{■■■■■■■■■■■■■} ({■})

 

 打:{東}

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 4巡目

 京太郎:{四七②④⑤⑥⑧12南白白} ツモ:{3}

 

(急所が埋まった)

 

 打:{南}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:22

 

 

 4巡目、咲の自摸番、

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 4巡目

 咲:{■■■■■■■■■■■■■} ({■})

 

 打:{8}

 

 ツモ切りである。

 ――河に置かれたその{8}に、ポンの声が掛かった。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:22

 

 

「ポン」

 

 と、照がいった。

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 5巡目

 照:{■■■■■■■■■■■} ポン:{8横88}

 

 打:{7}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:22

 

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 5巡目

 京太郎:{四七②④⑤⑥⑧123白白} ツモ:{九}

 

({8}ポンの打{7}――)

 

 上家()の仕掛けを確り脳裏に織り込んで、京太郎は手牌を前に小考する。

 

(まァ、{788}からの仕掛けだ。それはいい。問題は打点だ)

 

 照

 河:{⑨①⑨東7}

 

 京太郎

 河:{西北9南}

 

 咲

 河:{二中南( 8 )}

 

 花田

 河:{中發9}

 

(前局は嶺上赤いちの2900(1000オール)――今局も割れ目ってことは3900から5800を狙ってくるはずだ。タンヤオにドラを絡めてるか、もしくは混一色か……って、河をすなおに読むと、思うんだろう)

 

 打:{②}

 

(そんなかんたんな相手なら、苦労はねえんだけどなァ)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:23

 

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 5巡目

 咲:{■■■■■■■■} ({■}){■■■■■}

 

「――……」

 

 打:{1}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:23

 

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 4巡目

 花田:{■■■} ({■}){■■■■■■■■■■}

 

 打:{三}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:23

 

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 6巡目

 照:{■■■■■■■} ({■}){■■■} ポン:{8横88}

 

 打:{2}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:23

 

 

{2}(ドラ)

 

 京太郎は、毎度のことに唇をゆがめた。

 

(はえぇンだよ、だからよぉ――)

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 6巡目

 京太郎:{四七九④⑤⑥⑧123白白} ツモ:{2}

 

(おれも、ドラ)

 

 半秒ほども胡散臭げにその牌を眺めると、かれは嘆息と共にツモ切った。

 

 打:{2}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:23

 

 

 京太郎が牌を打った。その様を、咲は思わしげに見届ける。

 すわ腰牌かと、京太郎は思う。

 ――けれども、どうやらそうではない。

 咲の瞳には焦点がない。京太郎が照に合わせ打った二枚目の{2}(ドラ)は、咲の関心の向き先ではないようだった。彼女の注意は場のもっと深い部分に向いていた。

 

「……」

 

 数秒ほども間があった。京太郎が訝りの視線を向けると、咲は意外なほど敏捷に山へ手を伸ばし、

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 6巡目

 咲:{■■■} ({■}){■■■■■■■■■■}

 

 打:{①}

 

 すぐさま手出しした。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:23

 

 

(イヤーな間が……)

 

 顔をしかめて、花田は牌を山から自摸った。

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 5巡目

 花田:{一二三七九①②③467北北} ツモ:{六}

 

(両面に受け替えできますが……下家(シーチャ)がちょっと聴牌気配)

 

 照

 河:{⑨①⑨東72}

 

 京太郎

 河:{西北9南②2}

 

 咲

 河:{二中南( 8 )1①}

 

 花田

 河:{中發9三}

 

(親の河はぜんぶ手出し。ドラまで吐き出して、これでテンパってないってのはあまえすぎかなぁ。さて、でも……ここでオリきるのもむりがあるしなー)

 

 花田:{一二三六七九①②③467北北}

 

(まぁ、さすがにここは)

 

 打:{九}

 

(とおるでしょう!)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:23

 

 

「ロン」

 

 と、照がいった。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:23

 

 

 南二局二本場 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})

 照:{五[五]七八八八八⑧⑧⑧} ポン:{8横88}

 

 ロン:{九}

 

「5800の割れ目は11600――二本場は12200の一枚」

「うえええ!?」花田が狼狽した声をあげた。「まっじですかっ。そんな待ち!?」

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:24

 

 

 南二局二本場

 【北家】花田 煌  :28600→16400(-12200)

     チップ:-4→-5

 【東家】宮永 照  :33000→45200(+12200)<割れ目>

     チップ:-2→-1

 【南家】須賀 京太郎:32700

     チップ:-6

 【西家】宮永 咲  : 5700

     チップ:+12

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:24

 

 

 咲:{五六七②③④⑤33456九}

 

「……」

 

 ぱたん、と、咲は軽い音と共に手牌を伏せた。

 

 咲:{■■■■■■■■■■■■■}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:24

 

 

 宮永照の親番が三本場を迎える。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:24

 

 

 サイコロボタンを押下する照の指を、京太郎はじっと見詰めた。ここまで、照の割れ目が三度続いている。偶然であれば出来すぎている。あるいはこれもまた()()()()()()の範疇かもしれないと、ふとかれは疑念する。その疑義が真実に迫っていた場合、京太郎の数少ない(ほんとうに数少ない)勝ち目はいよいよ絶望的になるだろう。

 

(東場を見た限り、そうじゃない。そうじゃないはずだ――)

 

 はたして、照が出した賽の目は、

 

 南二局三本場

 【北家】花田 煌  :16400

     チップ:-5

 【東家】宮永 照  :45200

     チップ:-1

 【南家】須賀 京太郎:32700

     チップ:-6

 【西家】宮永 咲  : 5700<割れ目>

     チップ:+12

 

 ――"一・六"だった。

 

 京太郎は、少しだけ、唇を吊り上げた。

 

 




2013/4/15:手牌修正

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