因習村VS異世界帰りの勇者 作:オシガマ侍
背後から現れた長身の男は昔ながらの白熱電球の懐中電灯で、俺と一ノ瀬の顔を照らした。男の身体と同じくひょろりと長く、長ナスを思わせる。
「見ない顔、よそ者だな。夜に人の家の前で何をしている?」
長ナス男は愛嬌の欠片もないぶっきらぼうな物言いで、威嚇するように質問した。
俺は女腹村になんの用もない。あるのは一ノ瀬。ちらりと顔を見ると、少し困った顔をしながらも、一ノ瀬は口を開いた。
「あの……友達がこの村の出身で……今、実家に帰っているらしいので訪ねてきたんです」
長ナス男は更に警戒を強めた。懐中電灯で一ノ瀬の顔を照らし、観察する。
「友達の名前は?」
「月森……月森アカリです」
月森、随分と特徴的な苗字だな。
長ナス男はピクリと眉を動かした。当然、知っているのだろう。しかし、会話が続かない。どう反応するのが正解か分からないように、口を開きかけてはグッとつぐみ、ただ時間だけが過ぎる。
「あの……アカリの家はご存知ですか?」
「あぁ、分かる。しかし……」
長ナス男はここでも言い淀む。
まぁ、どんなに小さな集落だといっても、勝手に他人の住所を明かすのはマナー違反な気もする。本当に一ノ瀬が月森アカリの知り合いだという保証はどこにもないし。
「一ノ瀬と月森が一緒に映っている写真とかないのか?」
「あっ、そーいうことですね。ちょっと待ってください」
俺の意図を察した一ノ瀬はスマホを弄り、真剣な顔で写真の吟味を始める。ようやっと見つけた写真をスマホの画面に映し、長ナス男に見せた。
長ナス男は観念したように、口を開く。
「月森さんの家は分かるが、今は行かない方がいい……」
「えっ、何かあったんですか!?」
一ノ瀬は長ナス男との距離を詰め、食い付くように問い詰める。
「……いや……」
「お願いします! アカリから着信があったきり、ずっと連絡が取れていなくて、心配で東京から会いに来たんです! もう休みは終わって大学も始まっているのに……アカリはずっと来なくて……。ご存知なんですよね!? アカリのこと」
今までにない大きな声を出し、一ノ瀬は長ナス男に感情をぶつけた。それまで威圧的だった長ナスも、気圧されたようで、一歩後退りする。
「とりあえず、ついて来い……」
自分の口で語れないようなことが月森の周囲で起きているのか?
長ナス男は弱弱しい懐中電灯の光りで先を照らしながら、ふわふわと歩き始める。
一ノ瀬と顔を見合わせる。二人で小さく頷き合い、長ナス男の後について歩き始めた。
◇◇◇
一ノ瀬がLEDペンライト特有の直進性の強い光りで、ある平屋を照らした。その平屋の周りには「立ち入り禁止」と書かれた黄色のバリケードテープが張り巡らされている。
明らかに「事件があった」と分かる。一ノ瀬の顔はみるみるうちに強張り、呼吸も深くなっていた。しばらく話せそうにない。
俺は一ノ瀬に代わって、長ナス男に事情説明を促した。
「どんな事件があったんだ?」
「……月森さん夫妻が、何者かに殺された──」
「アカリは! アカリはどうなったんですか!?」
女腹村に一ノ瀬の声が響いた。長ナス男はびくりと背を伸ばし、月森家を一瞥する。
「行方不明なんだ。警察も探している」
「アカリが行方不明……」
右手に持ったLEDペンライトを落としそうになるぐらい一ノ瀬は消沈した。予想していた最悪の事態が目の前に突きつけられたような、分かりやすい絶望が一ノ瀬の中に広がっているようだ。
「で、どうする?」
長ナス男は一ノ瀬ではなく、俺に話し掛けた。賢明な判断だ。
「宿泊施設は……ないよな?」
「見ての通り、小さな村だ。そんなものはない」
「泊めてくれそうな家はあるか?」
呆れたような顔をして、長ナス男は答える。
「小さな村で殺人事件が起きた。その関係者かもしれない正体不明の男女を家に泊める奴がいると思うか?」
「そうだよな。とはいえ、俺達も何時間も山歩きをして疲れ果てている。この集落の近くで野営させてもらう」
長ナス男は俺と一ノ瀬の装備をみて首を捻る。
「野宿か……。まぁ、勝手にしてくれ」
「あぁ。勝手にさせてもらう」
俺は放心したまま動けない一ノ瀬の手を引き、集落の入り口の方へと向かった。
◇◇◇
女腹村の入り口近く。
友人の失踪の事実にすっかり気落ちしてしまった一ノ瀬は、ペタリと地面に体育座りをし、下を向いている。
「いま何時だ?」
「……二十時前です」
スマホのディスプレイの光りが、一ノ瀬の顔を照らした。泣いていたようで、瞳が潤んでいる。
「ここにいてくれ。野営に使えそうなものはないか、探してくる」
「はい……」
【夜目】のスキルを意識しながら、暗闇に向かって歩く。一ノ瀬の姿が見えなくなったところで立ち止まり、今晩の過ごし方について考える。
地球に戻った初日に野宿はいやだ。せめてコットの上に敷いた寝袋で眠りたい。幸い、俺の腰のポーチ──空間魔法が付与された魔法具──には十年に及ぶ異世界生活でため込んだアイテムがぎっしり詰まっている。野営道具だって、もちろんある。
俺は大きめのテントを意識しながら、腰のポーチに手を入れた。
口がぐにゃと広がったポーチから、テントの包が出てくる。
ドン! と地面に放り、次はコット二つ、寝袋を二つを同じようにポーチから取り出した。
両手一杯に野営道具を抱え、まだ体育座りの一ノ瀬の傍に戻る。
「おい、一ノ瀬。キャンプ用品一式が落ちていた。テント張るぞ」
「えっ?」
「どうやらこの辺はマナーの悪いキャンプ客が多い多いらしい。いろんなキャンプ用品が捨てられていた」
「そうなんですね……」
一ノ瀬は不思議そうな表情をしているが、強い疑問は抱いていないらしい。まぁ、俺が「マジックポーチを持っている」なんてことは想像できないだろうからな。
「千葉さん。なんかテント張るの慣れてますね」
「そうか? もしかすると、記憶をなくす前はキャンパーだったのかもしれない」
「なるほど……?」
すぐにテントを張り終える。中にコットを二つ並べ、その上に寝袋を敷く。これで快適に眠れる筈だ。
「先に休んでいてくれ。俺はもう少しキャンプ用品が落ちてないか探してくる」
「すみません。疲れちゃったので、寝ちゃいますね……」
心身ともに疲れ果てた一ノ瀬は、アレコレ考える余裕がないようだ。背負っていたリュックを下ろしてコットの横に置くと、すぐに寝転がり目を瞑り、寝息を立て始めた。
俺はテントから出て、女腹村を見渡した。まだ、人の気配は疎らだが、多くの家屋には灯りが灯っている。
バリケードテープが張り巡らされた月森家。長ナス男の話しぶりからも、殺人事件があったのは間違いないだろう。
俺が気になったのは、あの家から魔力の残滓を感じたことだ。強力な魔力を持つ存在が力を振るった際、その影響は場所に残り続ける。俺は【魔力感知】のスキルを持っているので、その微かな残り香に気が付くことができた。
「月森夫妻を殺した奴は、魔法的な力を持つ存在か……」
俺が飛ばされた地球は俺が元々住んでいた地球とは違う。魔法的な存在がいてもおかしくない。そもそも、普通の人だって魔法を使うかもしれない。
そう考えると、急にこの場所が危険に思えてきた。
テント一つ立てただけでは、とても安心して眠ることはできない。俺一人であればなんとでもなるが、一ノ瀬にはなんの力もないように見えた。少なくとも、外部からの侵入を防ぐ仕組みが必要だ。
「よし」
俺は眠る前に、一仕事することに決めた。