因習村VS異世界帰りの勇者 作:オシガマ侍
朝食兼昼食を平らげ、一旦ドームハウスの中に入る。一晩で仕上げたにしてはなかなかの出来だ。異世界で十年、快適な野営を追求し続けた甲斐があった。
ドームハウスの中は広いフリースペースとテントからなっている。フリースペースには折り畳み式の椅子が二つ。勿論、マジックポーチから出したものだ。
採光窓からの光りがドームハウスの中を照らす。外は霧の湿気が凄いが、中は快適だ。【土魔法】で分厚く固めた壁が、湿気の侵入を阻んでいる。
「座ったらどうだ?」
「あっ、はい……」
先に椅子に座り、一ノ瀬にも勧める。一ノ瀬は警戒した様子で、恐る恐る椅子に座った。そして改めてドームハウスの中を見渡す。これが、現実であるのを確かめるように。
「千葉さん……」
「なんだ?」
一ノ瀬はごくりと息を呑む。そして、意を決したように話始めた。
「私の頭の中には、大きく二つの疑問があります」
「それは?」
「一つはアカリのことです。アカリは私のスマホに着信を残したまま、音信不通になりました。そして行方不明。しかも両親は他殺されたと」
「あぁ」
俺の様子を伺いながら、一ノ瀬は続ける。
「私、アカリのことが気になって最近の松平県のニュースには隈なく目を通していたんです。でも、殺人事件が起きたなんて報道はありませんでした。この村の人達は、アカリの両親のことを警察に知らせていない可能性が高いです」
なるほど。
「それは土砂崩れが起きたからでは?」
「土砂崩れだけじゃないと思います。スマホが圏外なのも一因です。ただ、思うんです。こんな偶然が重なるものなのかと……」
一ノ瀬は目を伏して考え込む。
「つまり、全てが仕組まれていたと? 月森アカリが実家に帰ったタイミングで土砂崩れを起こし、スマホの電波も何らかの手段で遮った。陸の孤島を作り上げたと」
「はい……。私はそう思います」
確かに、全てのタイミングが重なり過ぎている気がする。
「この村にとって月森アカリは特別な存在だった可能性があるな」
「……大学では普通の子だったのに……。アカリ……」
一ノ瀬の瞳に涙が浮かぶ。
「まだ、月森アカリの生死は判明していない。殺されるなら、両親と一緒にやられている筈だ。生存の可能性は充分にある」
「はい……」
「一ノ瀬はどうするつもりだ?」
「陸の孤島状態が復旧するまで、ここに留まってアカリを探そうと思います」
まぁ、そうなるか。そもそも一ノ瀬はアカリを探しに女腹村に来たのだから。
「俺も記憶が戻るまで、一ノ瀬に付き合うよ。どこに行けばよいか、分からないし」
これは本当のことだ。この世界で俺の居場所がどこなのかは、よく分かっていない。もう少し、一ノ瀬から「この世界の常識」を引き出した方がいい。
「本当ですか……!? ありがとうございます!!」
一ノ瀬は飛び上がるように背を伸ばし、そのまま深く頭を下げた。一人が心細かったのだろう。
「そう言えばさっき、疑問が二つあると言ったな? 残りの一つはなんだ?」
さっと一ノ瀬の表情が変わった。俺の目をじっと見つめる。
「もう一つの疑問なんですが……」
「あぁ」
唾を呑み込む音がドームハウスに響いた。
「千葉さんって、何者なんですか? テントを拾ってきた時までは『まぁ、そんなこともあるかぁ~』って思ってましたけど、流石にこの家を見て気が付きました。全部、千葉さんの仕業ですよね? なんでこんなことが出来るんですか? まるで魔法じゃないですか!」
一気に吐き出し、一ノ瀬は俺の反応を窺う。
「よく分かったな」
「えっ!?」
「だから、よく分かったな。魔法だよ」
「えっ!? 何を言っているんですか?」
事実を伝えたのに、何故、更に混乱しているんだ?
「一ノ瀬が言ったじゃないか。魔法だと。その通り。俺は魔法を使える。皆は使えないのか?」
「使えるわけないじゃないですか! そんなの、漫画やアニメの中の話です」
やはりそうか。一般的には魔法は架空の存在なんだな。ここは俺の住んでいた地球と同じ。
「オッケー。ならば俺が魔法を使えることは内緒にしてくれ」
「内緒にはしますけど、もう遅くないですか? この家を作った時点で……」
「この家は安全に眠るために必要だったんだ。仕方ない。村人には白を切ればいい。奴等だって、月森アカリの件は俺達に話さないだろうから」
「わかりました」
一ノ瀬は少しスッキリしたような顔になる。
「今は聞かないですけど、後で千葉さんのこと教えてくださいね」
「あぁ分かった。その内話す。今は、月森アカリの行方を追おう」
「はい」
俺が立ち上がると、一ノ瀬も続く。一ノ瀬はテントの中からリュックをピックアップし「準備万端」という顔をした。
「ところで、何か手掛かりはあるんですか?」
「あぁ。月森アカリの家で【魔力の残滓】を感じた。それを辿っていけば何か分かるかもしれない」
「なんか千葉さん、警察犬みたいですね!」
まぁ、近いかもしれない。
「よし、月森アカリの家に行こう。そこから【魔力の残滓】を追う」
「はい!」
俺達はドームハウスを出ると、昨晩案内された月森アカリの家を目指して歩き始めた。
女腹村には人影がなく、不気味なほどの静寂が広がっていた。