「〜〜〜〜っ!ちょっと洒落にならんぞこれ!」
そこには、焔の魔神が顕現していた。
トールズ第Ⅱ、三度目の演習地はオルディスだった。
その1日目の夜。ナギトは不穏な気配を感じ取り、静かにデアフリンガー号を出た。
気配を追った先で見つけたのは列車砲だった。ラインフォルト社が開発した移動式の列車砲。元は国門たるガレリア要塞に設置された戦術兵器である。
運び出しているのは《身喰らう蛇》と《北の猟兵》の残党だった。
「……周到だな。当然か」
ナギトはARCUSを取り出して連絡を試みたが不通。どうやらジャミングが為されているようだ。
気配で探ってみたところ、100人規模の部隊に、執行者までいる。しかも内ひとりはマクバーンだ。ナギトひとりで何とかなる話ではない。
ここは一旦戻ってリィンらを連れてくるのが良策だと判断したナギトは─────
「奇遇ですね。こんなところで会うとは」
「《鋼の─────」
しかし、遅きに失していた。ナギトにすら気取らせない完璧な気配遮断。《鋼の聖女》アリアンロードによる一撃がナギトを吹き飛ばしていた。
「後は頼みましたよ、マクバーン」
列車砲の奪還を目論んだナギトだったが、アリアンロードの痛撃により目的地から離される。そこに追撃のようにして焔が迫った。
「悪ぃが邪魔はさせねえぜ。面白いもんが見れそうだからなぁ!」
《却炎》───否。《火焔魔人》マクバーンが吹き飛ばされて滞空しているナギトに焔を浴びせる。
間一髪でアリアンロードの一撃を防いでいたナギトだったが、勢いは殺し切れず──そこに結社最強の男からの追撃が肉薄した。
迫る焔を両断して着地。聖女の一撃は凄まじく、オルディス近郊にまでナギトは弾き飛ばされていた。
「くそったれ。常識ねえのかよ、お前ら」
悪態を吐くナギトの前にマクバーンが着地。すでにその身は魔人と化していて、身体を紋様が覆い、髪は白く染まっている。
「常識だ?おいおい、俺らにそれを求めんのかよ?」
「……そうだよな。…まあ、だからこうして戦うしかない」
「今回は話が早ぇじゃねえか。焦ってんのか?」
「ああ焦ってるね。──だからマクバーン……さっさとお前を片して列車砲を止めに行く」
────と、息巻いたのはいいものの。
やはりマクバーンは一筋縄ではいかず、戦闘は長引いていた。
2人の戦場は海上に移行していた。
ブリオニア島を遠目に捉えるオルディス湾にて、焔の魔人と剣士が向かい合っている。
ナギトは“幻造”で、マクバーンは焔の力場により足場を形成し立っている────が、2人の様相から戦いの趨勢は見えたかに思われた。
「ハァ…………いいんじゃねえか。……最高だな、お前」
息も絶え絶えに対手に声をかけたのはマクバーン。右腕は肘から先が斬り飛ばされて、身体中に裂傷が刻まれている。
「そいつぁどうも。……正直助かったよ、お前が俺の知るままのお前で」
対するナギトの被害はマクバーンと比較すると軽微なもので、身体のいくつかに火傷の痕があるくらいだ。
ナギトにとっての有利な点は、この世界のマクバーンがナギトの事を知らない事だ。クロスベルで一度対峙したとは言え、実力を見せたわけではなく。しかしマクバーンをナギトは知っている。元々の世界では何度も対決していたからだ。
彼我の実力差は明らかで勝負は決した────マクバーンの底がここだったらの話だ。
「結社や《鋼》の思惑なんざ知った事か………。お前なら俺を────」
その隙だらけのマクバーンに、ナギトが音もなく肉薄した。
刃が突き刺さる、その瞬間。焔が爆ぜた。
渦を巻き、円を為し、包み込む。
ナギトは警戒して距離を取った。これは知らない。マクバーンにまだ先があるなんて。
膨れ上がる力は《火焔魔人》と称される形態を遥かに凌駕している。
マクバーンを包み込んでいた暗黒の焔が消えると、そこには魔神が立っていた。
その姿を見てナギトは直観する────まずい。
「〜〜〜〜っ!ちょっと洒落にならんぞこれ!」
焔の魔神。そこにいるだけで世界を滅ぼす災厄。
《外の魔神》メア=ク=バルウド=ルアウング。
鬼を思わせる角、人ではない禍々しい身体、漂わせる焔の神気。それらすべてが死を思わせる────何より、その力の巨大が過ぎる故に。
「
“呪海解放 / 軌跡喝采”は、ナギトが特異点としての力を全開にした斬撃“軌跡改竄 / 落涙叛転”の廉価版である“縛鎖全断 / 軌跡共在”の、さらに廉価版と言える剣技である。
運命を断つ2つの絶技に対して、この剣技は“八葉一閃”の斬撃射程を伸ばしただけものになる。
そしてナギトが今回斬ったのは、霊脈だ。
魔神と成ったマクバーンの焔は霊脈に逆流し、そこに繋がる土地も人々も一切合切すべてを燃やし尽くすほどのものだった。
これまでマクバーンが魔神にならなかったのも、その事態を予期していたからだろう。
この戦闘狂のようなマクバーンにも一応の良識はあったのだ。
だが事ここに至りマクバーンはその良識を棄てた。マクバーンからその余裕を、理性を奪ったのはナギトの剣技だ。
だからこそ、それを止めるのはナギトの責務であった。
「へえ……霊脈を斬ったか。良い眼と腕だ。だが────アングバール!」
霊脈を斬る、なんて無理難題をクリアしたナギトにしかし息を整える猶予は与えられない。
魔神の手に、魔剣あり。
海が蒸発した。
どう、ともんどり打って倒れる。その衝撃で覚醒した。「かっ」と肺の中の空気が漏れて、自身が失神していたのだと理解した。
「──ッ、ってーな」
周囲を確認すると同時に何が起きたのかを思い出す。マクバーン振るった“魔剣アングバール”の一撃により海が蒸発した。
とは言ってもさすがに地表の海すべてというわけでは、もちろんない。半径100アージュばかりの海をマクバーンは一瞬で蒸発させたのだ。
そしてナギトが倒れ込んだのは、ついさっきまで海底だった場所だ。しかもいつまで経っても海水が押し寄せて来ないのは、焔の壁が形成されて水を寄せ付けない熱量を放っているからだった。
ナギトが失神していたのは海が蒸発した事による水蒸気爆発のせいだ。おかげで全身火傷のような状態である。五体満足なだけ儲け物か。
「俺も散々化け物だとか言われたクチだがお前にゃ負けるわ」
眼前に降り立ったマクバーンの威容は堂々たるもので、魔人形態の時に与えた手傷もダメージも全快しているように見えた。
「テメェがそれを言うか?あの状態の俺をあれだけいたぶっておいて。その剣技……《鋼》にも匹敵するんじゃねえか?」
「それはさすがに恐れ多いな。俺があの人を上回っているのは一点だけ。……だがその一点の強みだけで俺はお前を斬れる」
それは言うまでもなく、“八葉一閃”───世界と合一し、世界を斬り裂く剣技。
これがあればこそナギトは世界でも最高峰の剣士の一角であるのだ。
「ハッ!いい啖呵だ。それじゃ…続けるとしようか!」
マクバーンの焔はより熱く。ナギトの剣は更に鋭さを増して。2人の戦いは続行した。
─────拮抗、というのも烏滸がましいほどナギトは劣勢に立たされていた。
マクバーンの焔はナギトに届かず、ナギトの刃はマクバーンに裂傷を刻みつけるが、圧倒的な回復力に意味を成していなかった。対するマクバーンの焔はその煽りだけで骨まで焦げる熱を秘めている。
ナギトはマクバーンの焔の余波までを躱わすために大仰な回避を強いられ、深く踏み込む事が出来ずにいた。
相討ち覚悟なら心臓を貫く事も出来ようが───と、刹那の逡巡の内にマクバーンが手札を切った。
「圧し潰されちまいな!」
それはまさしく、海が落ちてくるような感覚だった。津波もかくやという大海嘯。
マクバーンが海水を押し留めていた焔の壁を消したのだ。
2人がバトルフィールドとしている海底に海水が流れ込んでくるのも必定。
「二ノ太刀改メ───」
螺旋流壁。無数の斬撃が螺旋の壁となって押し寄せる海水を巻き上げた。
「へぇ…………」
圧倒的な力ではなく、無窮の技巧によって成されたそれにマクバーンは思わず感嘆の声を漏らす。こんな事ができる人類が世界にいるとは思っていなかった。
「お前に出来る事が俺に出来ねーとでも思ったかよ」
ナギトはニヤリとハッタリをかます。“螺旋流壁”はしばらく滞留する仕様だがそれも長くは続かず、しかもナギトの力では直径30アージュが限界の戦場ではマクバーンの攻撃を避ける事もままならない。
「やるじゃねぇか。………そういやまだ名前を聞いてなかったな?」
「ここから生きて出られたら教えてやるよ」
マクバーンの誘いに乗って会話する時間すら惜しかった。
ナギトは螺旋の壁の外を流れる海水を、その螺旋の力で巻き取って槍を形成した。“螺旋流壁”が消失した事で戦場たる海底に海水が押し寄せる。その間隙にナギトは水の槍をマクバーンに突き立てる。
「
その結果を見届ける余裕もなくナギトは跳躍。戦場を飲み込む津波から逃げ去った。
チカリ、と視界が刹那眩む。朝焼けの太陽が昇っていた。
「夜明けか………」
どうやら思っていた以上にマクバーンに時間を取られていたらしい。
そう思うとほぼ同時に列車砲が火を噴き───、その弾頭がオルディスを直撃した。
「くそっ。時間切れか」
つぶやき。それに呼応するようにマクバーンが波立ち荒れる海面から浮上してきた。
「ハッ、残念だったな。……さぁ……名前を聞かせてもらおうか……!」
マクバーンは無傷だった。海という暴威を一身に受けてなお。見れば半透明のシールドがその身を包んで守っているように見えた。
「八葉を継ぐ者───いや、今はただ忘れられた剣客、ナギト・ウィル・カーファイ」
「八葉か……なるほど、道理で………」
マクバーンとリィンの因縁は知っての通り。マクバーンはリィンとの戦闘経験から少なからず太刀筋に共通点を見つけていたのだ。
ひとり頷くマクバーンにナギトは太刀を突きつける。
「そして、此れなるは我が八葉の精髄。八葉の先の八葉───すなわち八葉刀神流、創の型」
この勝負。すでにナギトは負けている。
マクバーンを降し列車砲を止める──そういった勝利条件はすでに果たせなくなった。
ならば。だからこそ、ここでマクバーンを討たなければならない。マクバーンが運命に守られていようと、だ。
「我が剣、未だ因果を断つに至らず。なればこそ世界の在り方心地好し。…………いくぞマクバーン!」
その言霊で、ナギトの精神は落ち着いた。魂は燃え上がった。己の位置を再認識した。取り戻したいものを、取り戻すために。
ナギトの決意にマクバーンに緊張が走る。ナギトの太刀はただ強いだけではない。威力だけでは焔の魔神を守る結界は砕けない。
だが、ナギトは極まった技巧のみで世界の理───外の理の概念防御を破ろうとしている。
魔神の周囲に極限の火球がいくつも浮かぶ。それは単体で街の一角を灰にする“ジリオンハザード”の群れだった。
「来い、緋色の鬼ナギト・カーファイ!」
迎撃、と言うにはあまりにも苛烈な神焔の爆撃がナギトに肉薄する。しかし───
一振り。
───それだけで迫っていた“ジリオンハザード”のすべてが崩壊した。
マクバーンが続けて焔を起こすも、それはナギトに到達せず、あるいはマクバーンの手の内にあるまま消え去っていく。
どんな迎撃も不発、無意味。ナギトの太刀はマクバーンを貫き、ついにその剣技が本領を見せた。
「───汎理共鳴・万壊一振」
マクバーンは全身から血を吹き出して白目を剥いた。気を失い、海に吸い込まれていくように倒れ込む。そしてナギトもまた力を使い果たして意識が白んでいく─────
「───間に合った!」
海に落ちかけたナギトの身体を抱き止めたのはアーサーだった。
“聖剣ガラティーン”を解放し、その炎をジェット噴射の如くして海上に着のみ着のまま辿り着いたのだ。
「アーサー………はは、来たのか」
「来たのか、じゃないだろ!……まったく、あんたって人は………」
そう言いつつアーサーは沈んでいくマクバーンに視線をやった。
「気にすんな、どうせ死なねぇよ」
「なんで言い切れる?」
「運命の強制力というか……システムの修正力というか…………。また近い内話そう」
ナギトの煮え切らない答えにアーサーは苦虫を噛み潰した顔をする。
それからナギトはアーサーに連れられてオルディスの教会で手当を受ける事となった。
☆★
アーサーがナギトの救援に駆けつけられたのにはわけがあった。
アーサーは今朝にオルディスが列車砲の攻撃に晒される事を知っていたのだ。そのためあらかじめオルディスに防御を施し、その最中に沖合にて戦うナギトを発見し、駆けつける事ができた。
「お前賢いな」
教会でシスターに手当を受けながらナギトは言った。ナギトは列車砲を奪還するために動いたが失敗し、アーサーは列車砲が奪われる事を知っていて、その上でオルディスに防御策を敷いた。
そのおかげでオルディスは列車砲による被害はゼロだった。
「いや……あんたも大したもんだと思う。…あの爆発の被害をオルディスまで届かせなかった」
アーサーが言及したのはマクバーンが引き起こした大規模な水蒸気爆発についてだ。海を蒸発させたと言って過言ではない規模の水蒸気爆発。その爆心地でナギトはオルディスの被害を予見し、それを螺旋の力をもって空に逃していた。
それがなければ、今頃オルディスは列車砲の砲撃を受けたのよりひどい被害を出していたはずだ。
「いやあ……おかげで俺の被ダメはえぐいがな。………しかしお前、そう動くんだったら教えてくれてても良かったのでは、と俺は思うんだが?」
「言ったところであんた、なら元を断つか。とか言ってマクバーンとかアリアンロードのいる場所に突っ込んだだろ」
「あー、まあ……そうかも?」
「だけどある意味ではファインプレーだった。あんたが注意を引いてくれたおかげでオルディスに防衛術式をかけるのが楽だった」
アーサーの予想では《身喰らう蛇》の誰かがオルディスに細工をする自分を発見して戦闘になる恐れがあるものと思っていた。
それがナギトとマクバーンという人外決戦という目眩しが発生したおかげで妨害もなかった。
「………防衛術式ね。確かお前は正騎士だったはずだが……そのアーティファクトを使っても列車砲ウン発を弾ける結界なぞを張れるもんかね?」
「この地に来ている守護騎士の第八位と協力した」
ナギトの純粋な疑問。列車砲とは戦術兵器だ。たった1発で戦局を左右する事もあろう兵器の重奏を防ぐだけの手立てがアーサーにあるのか。
しかしその答えはシンプルだった。
守護騎士───七曜教会実行部隊の切札とも言える猛者たちだ。この世で絶対とも言われる“聖痕”を操る選ばれし12人。そのうちのひとりがこのオルディスに来ていると。
「おお、そりゃ頼もしいな!第八位ってーと……確かバルクホルンだったか?」
「あー、いや新戦力としてはカウントできない」
どこかばつが悪そうに目を逸らしたアーサーにナギトは考えが巡った。
「まさか…ガイウスか?」
つい昨日再会した旧Ⅶ組のひとり、ガイウス・ウォーゼル。件の第八位バルクホルンとは師弟関係にあったはずの彼だ。
「知ってたのか?」
ナギトの問いかけを肯定したアーサー。その意味を噛み砕いてナギトは返答する。
「いや……昨日会ったガイウスからそれらしい気配を感じたからな。点と点が線になった気分だ。………ガイウスが今の第八位だとすると…前任のバルクホルン神父は…………」
「亡くなったと聞いている」
「そうか………ってイテテテテ!」
沈痛な面持ちをしたナギトが突然に痛みに喘いだ。ナギトの手当をする老シスターが包帯を締め上げたからだ。
「まったくアンタたちは……そんな重要な事をペラペラと喋ってんじゃないよ」
「あ、す…すみません」
その気迫に押されたのかアーサーが謝り、ナギトは言い訳を口にする。
「でもオルディス大聖堂のベテランなら噂くらい耳にした事はあるでしょう……ぐぅはっ!?」
賢しげなナギトに老練なシスターはさらに包帯を締め上げた。
「でもね、アンタたちの働きには感謝してる。このオルディスを守ってくれてありがとう。……さ、十三人目……アンタはまだやる事があるんだろ?さっさと行きな」
しかしシスターはナギトが見た通りある程度事情通なようで、アーサーの道行きを急がせた。
「……はい、そうですね。……ナギト教官、俺は行きます」
「行くって…どこにだ?」
オルディスに向かって列車砲が放たれるのとほぼ同時に周辺へのジャミングは解除されており、本来第Ⅱの演習地にいるべきナギトとアーサーには「どこにいるんだ?」とリィンから連絡が来ていた。
ひとまず状況を伝え、リィンらが領邦軍将校ウォレス・バルディアスらと共に列車砲の奪還に動く予定も聞いていた。
「ジュノー海上要塞」
アーサーの端的な答えにナギトは合点がいった。
「……そういう事か。蛇の連中もふざけた仕掛けをしやがる」
第Ⅱがこれまで演習に行った先々で《身喰らう蛇》は“実験”と称した何かをしていた。
今回の場合、その候補地がジュノー海上要塞という事なのだろう。しかし正面から要塞に挑んでは陥落させるのも骨だ。そのため列車砲なんていう兵器を持ち出してオルディスを砲撃、注意を引いたという事だろう。
《身喰らう蛇》の作戦は奏功し、海上要塞の将たるウォレスは兵らと共に列車砲を奪還するために出陣。《身喰らう蛇》の目的地たる海上要塞は手薄となった。
「……なら俺も行こう。結社のメンツからして海上要塞に詰めてるのは《聖女》だろ。正直今のリィンたちじゃ手に余る……ぅぅうだっから痛いって!」
キリ、と決めたところでシスターの手当が佳境に差し掛かっていた。ナギトは痛みに悶えて文句を垂れる。
「ア・ン・タ・は!自分が死にかけてるってわかんないのかい!?少なくとも治療を終えるまでは離さないよ」
「か、勘弁してくれよ…おねーさん……」
妙に雰囲気のあるシスターにナギトまでが気圧されて言葉が尻すぼみになる。
アーサーはそんなナギトに構ってられる時間的余裕もなくなり、しれっと「じゃあ」なんて言ってその場から退散した。
「媚び売ったってダメ!」
とか背後の扉が閉まる寸前に聞こえたが、アーサーは振り返らずにジュノー海上要塞に向かう事にした。
☆★
「おっと」
老シスターに(包帯を)シメられた後、ナギトはオルディスを出てジュノー海上要塞へと向かった。とは言っても見物気分である。その理由は第Ⅱの分校長オーレリアがリィンら海上要塞突入組と合流したと聞いたからである。
あの《黄金の羅刹》がパーティインしたならばナギトの助力など不要だろう。
というわけで、歩いて海上要塞前に来てみたら何とそこには《西風の旅団》の面々と《蒼のジークフリード》がいるではないか。
「お前は……そうか。ナギト・カーファイってのはお前だな?……というか、ひどい怪我じゃねえか」
「そう言うあなたは《猟兵王》で間違いないですね。いやあ…ちとやべぇやつとやり合いましてね」
はじめまして、とは言わない。元々の世界での面識は抜きにしても、この世界においても互いに遠目で確認した関係である。
「そら随分と謙虚な表現やなぁ。……あんな人知を超えたバケモンと互角に戦っておいて」
「結社最強のマクバーン……あの男の焔は俺たちがかつて煌魔城で観測していたものより遥かに上を行っていた。……それをああまでいなすとはな」
言ったのはゼノとレオニダス。《西風の旅団》では共に連隊長の位に就く一流の猟兵だ。
ナギトとマクバーンの決戦も当然、見ていたのだろう。
「おっと、そういや自己紹介は必要か?俺はゼノ、こっちはレオニダスや」
「よろしく、《罠使い》に《破壊獣》さん」
「こちらの事も当然知っているというわけか。……Ⅶ組と関係があるのならそれも道理か」
ナギトは元々の世界でもゼノとレオニダスの2人とは面識がある。なんなら肩を並べて共に戦った事もあった。そのため彼らの人となりも、その戦闘力も知っている。
「どうやら油断ならん相手みたいやな。……どうする団長、今ならやれると思うけど」
ゼノが振り返ってルトガーに問う。その姿勢は冗談めかしていたが、ルトガーからGOサインが出れば即座に得物を抜くだろう。
「……いいや、やめとけゼノ。確かに今ならやれるかもしれねぇが………」
「そっちがその気なら俺も抵抗するぜ。道連れに5人くらいはやってやらあ」
「って多いわ!こっちは4人しかおらんのに5人って!」
ナギトのボケにゼノが律儀にツッコミを入れる。いざ戦闘になれば容赦はないくせに、そうでない時は友達のような距離感で接してくるから戦意も鈍りそうになる。
「はっ……カーファイ、お前……まだ奥の手があるな?」
「───!」
今のやり取りはルトガーが上手だった。ナギトのセリフは冗談めかした牽制でもあったのだが、その背後には対面する4人を相手取って勝てる自信があった。ルトガーはそれをナギトの奥の手に由来する言葉だと読んだのだ。
「……いやはや、さすがは《猟兵王》。俺とは役者が違うね」
「はっはっは。お前の狸っぷりも中々のモンだと思うぜ。ただ年季が違ったな?」
「それを言われちゃ返す言葉もないっすわ」
ははは、と2人で乾いた笑い声を交換する。
ひとしきり笑ったところで、「それで」とルトガーが切り出した。
「こんなところまでなんの用だ?まさかそんな身体で、この死兵の砦に突っ込む気かよ?」
「いやいや、今回は見物させてもらおうかと。この乗っ取られたジュノー海上要塞……一番上にいるのは《鋼の聖女》でしょう?」
《鋼の聖女》vs《黄金の羅刹》なんて対戦カードは世紀の一戦と言っても過言ではないものだ。
「あの2人の頂上決戦を見たいのもありますが……こんなタイミングでもなきゃあの《聖女》さんと呑む機会でもないと思いましてね」
がら、とナギトが手提げ袋を揺らした。そこにはオルディスの酒と盃が入っている。
教会で老シスターにシメられた後に混乱するオルディスで買って来たものだ。
「……お前さん正気か?」
ルトガーの問いにわざとらしく眉根を上げて首肯したナギトにルトガーは堪え切れずに笑ってしまう。
「はっはっは!おい聞いたかよゼノ、レオ。こいつ、こんな時に敵の大将と酒を呑む気だぜ!?大した馬鹿野郎じゃねぇか」
「猟兵の俺らでもそれはさすがにやらんわ……」
「豪胆過ぎるのも考えものだな……」
呵々大笑するルトガーに、その傍で若干引いてるゼノとレオニダス。
「というわけなんで、今日はこの辺で失礼しますわ」
「おう、せいぜい玉砕してこい!」
ルトガーはどうやらナギトを気に入ったようで、ある種無邪気とも言える笑顔と共に見送る構えだ。
「……………」
ナギトはちらりと、まったく会話に参加してこなかったジークフリードを見た。先月のコンタクトで割ってやった仮面は修復されていて、視線をやっても口を開かない人間性はクロウらしさからかけ離れている。
“特異点”の力を使えばクロウを取り戻す事もできようが、あれは奥の手であり、みだりに使うべきではない。
それにおそらく、いつかはジークフリードからクロウに戻るだろう。今はまだその時でないだけで。
「じゃ」と手を振ったナギトは“幻造”で階段をつくると、そのまま海上要塞の屋上へと向かった。
☆★
「あの形態のマクバーンを相手に五体満足で生還するとは。正直驚きました」
「こんにちわ」と挨拶したナギトへのアリアンロードの返答はそれだった。
「いやー……はっはー。ギリギリもギリでしたけどね」
「それについてもそうですが……私が言っているのは、貴方ほどの剣士がこれまで目立つ事もなく埋もれていた事実に対してです」
兜面の奥から透徹した眼差しがナギトを貫いた。
ナギトは目を伏せる。アリアンロードの疑問と懸念は杞憂でしかなく、ナギトがこれまで無名だった事実無根の事実とはかけ離れているからだ。
「そんな事より酒でもどうです?」
ナギトはアリアンロードの質問を無視して酒瓶を見せてみた。
「……本気ですか?」
「もちろん」
「ここは北の残党が詰める死兵の砦……そんな場所で酒を呑むと?」
アリアンロードは咎めるような声音でナギトの正気を疑う。しかしナギトはしたり顔で言った。
「だからこそ、でしょう。死にゆく彼らのために、せめて俺たちだけでも偲ぼうじゃありませんか」
そのナギトの言い草に、在り方に、アリアンロードは「ふ」と笑んだ。こうしてまんまとナギトに丸め込まれたアリアンロードは酒を楽しむ事となるのだった。
とくとく、と盃に酒を注ぐ。アリアンロードの礼を会釈で受け取り、今度は自分の盃に酒を注ぎ込んだ。酒瓶を傍に置いて、綺麗に座ったアリアンロードと対面する。
「良い香りです」
「まあまあ高い酒ですよ。……ツマミがないのは残念ですが……………それはまた次の機会に、という事で」
ナギトのナンパ男の常套句のようなセリフにアリアンロードはくすくす笑う。兜面を取り外して現れた美貌は誰も彼をも魅了するに足るもので、そんな彼女の笑顔にナギトも思わずどきりとした。
アリアンロードが「では」と仕切り直して、2人は盃を掲げた。
「北の覚悟に」
「乾杯」
ナギトが標榜したそれにアリアンロードも応じた。盃を傾ける。
そうして2人の、束の間の会話は始まった。
「《北の猟兵》の残党………北方戦役で帝国に降ったノーザンブリアの元正規軍ですか」
「ええ。帝国に一矢報いるために、我らと手を結びました」
「そうでしたか。莫迦な連中だが、その覚悟は大したもんですね」
「………一欠片の誇りに殉じる覚悟は認めざるを得ませんね。貴方は彼らをどう思いますか?」
アリアンロードの問いかけにナギトは一拍置いた。すでに“莫迦な連中”だとは言ったが、その内訳を聞く事でナギトの器でも測るつもりだろうか。
「死を覚悟した者は強い。ある意味では生きる覚悟を決めた者よりも。絶死の領域への踏み込みが深く、軽くなりますからね。………でも、だからこそ弱みもある。明日より昨日を見る者に、未来を望む勇気はないですから」
死兵の覚悟というものは恐ろしい。だってもう後がないんだから、だってもう死ぬんだから。何をやってもいい。
しかし生きる事を望む者には制限がある。明日を生きるために、今日を死んではならない。死兵と比較して採れる択が少ないのだ。
生きる事は困難な道だ。死ぬ覚悟を決めたなら、後はやるだけ。しかしそれは安易な道だ。生きる覚悟を決めた者に、より困難な選択を選ぶ強さを持つ者に、精神で勝る道理はない。
「……その歳で、大した慧眼です」
「常識ですよ、こんなのは」
アリアンロードの賛辞を受け流し、盃を傾ける。アルコールが痛みを和らげてくれる気がした。
「私を軽蔑しますか?……死兵の覚悟を利用し、事を為さんとする我々を」
《身喰らう蛇》のジュノー海上要塞奪取作戦は、《北の猟兵》残党──死兵ありきのものだ。結社の者には転移があり逃げる事も叶おうが、彼らには文字通り後がない。一時的に要塞を奪おうが、こんな場所では逃げ道もないのだ。
唾棄すべき行為だと言えるがナギトは「いいえ」と即答した。
「目的のために手段を選ばない、ってのは俺にとっても馴染み深いものです」
ナギトが脳裏に浮かべたのは元々の世界で起こした“幻獣討伐作戦”────Ⅶ組を正義の味方として帝国臣民に認められるため、幻獣の脅威を市民に思い知らせた記憶が甦る。
「まあ敵対してるなら悪し様に罵りますが……今はそうじゃないですしね」
「武だけでなく奸計にも長けているようですね。……かつての時代に貴方がいたら、とんでもない強敵だったかもしれませんね」
それはやはり賛辞の言葉であり、今度は「はっはっは」と笑って受け止めたナギトは酒をかっくらいながら続ける。
「それは───獅子戦役の時代の話ですかな、リアンヌ・サンドロット殿」
「────。どうやら、私の正体について知っていたようですね」
「その槍の冴えと、死兵の覚悟を問う様が───かつて煌魔城で紅蓮の魔王と対峙し命を落としたという《槍の聖女》と思えたもので」
かまかけを成功させた、というポーズを取るナギトにアリアンロードが「やれやれ」と嘆息する。本当は彼女がリアンヌだと知っていたからだが、そこまで詳らかにしてやる必要はない。
「してやられましたね。………しかし、本当に貴方は何者なのですか?…私の事を一方的に知っておいて、自らの事を明かさないのは不公平では?」
ナギトはまた「ははは」と笑う。不公平なんて子供じみたセリフで情報を聞き出そうとする彼女のやり口に笑わずにはいられない。まさしく“手段を選ばない”やり方そのものだ。
「わかりました、明かしましょう。俺は───“特異点”です」
気をよくしたナギトはあっさり明かした。どうとでも躱せたはずだが、呑みに付き合ってくれたせめてもの礼として。
刹那に腰を浮かせたアリアンロード。手は虚空に置いて、いつでも槍を抜き出して戦闘に移れる構えだ。
しかしナギトはそんな事には構わずに酒を呑み続けていた。そんな対手にアリアンロードも毒気を抜かれて座り直す。
「──とは言っても、俺はおまけ。今回の軌跡において、変革を成すべく願いを織った存在は別にいる」
アルトリウス・ルグィン。彼の顔が頭に浮かぶ。彼こそがこの軌跡における真の“特異点”。どういったわけかナギトも混ざる事になっているが、彼こそが世界を分岐させた存在に他ならないのだ。
「……それが誰かを明かすつもりはないようですね?」
「そこまでの義理はないでしょう。“特異点”の存在は貴女がたのオルフェウス最終計画を揺るがすファクターだ、今あいつに消えられちゃ困る」
実際、結社《身喰らう蛇》がどこまで“特異点”を重要視しているかはわからない。ナギトが元々いた世界ではレオンハルトが“試す”と言って《剣鬼》だったナギトに斬りかかって来たが、その後は特に妨害行為もなかったはずだ。
それでもいらぬ懸念を引き寄せるのは避けたい。彼女らの盟主が扱うという未来予知──“特異点”周囲の運命が見えない、という事情への対策としてもナギトという別の“特異点”がそばにいれば多少の目眩しにもなるだろう。
「そこまで過激ではないつもりですが。……しかし、その“特異点”がトールズの第Ⅱにいる事はわかりました」
「ヒントはそこまでです。……今回の変革がいったい何を願ったものなのか、俺にはわかりませんが……世界は少し、良くなるかもですね」
アーサーが何を願い、この世界に願いの結晶“特異点”として現れたのかは知らない。そもそも当のアーサーが“忘れた”なんてふざけた事を抜かすのだからナギトが知れる由はない。
しかし、この世界をこよなく愛するファンの願いだ。世界にとって悪影響が出るはずがない──というのがナギトの予想であった。
「ただいま戻りましたマスター………ってあなたは……!?」
そこに3つの転移陣が輝き、《鉄機隊》のメンバーが現れた。隊士筆頭であるデュバリィが馳せ参じたマスターの元に変な男がいるのだから驚く。
「やあ《神速》殿、先にやらせてもらってますよ」
「先にやらせてもらってますよ、じゃありませんわ!」
ナギトは盃を持ち上げて笑って見せるが、現れたデュバリィはナメた口を利かれた事より状況に困惑している。
「人数分盃は買ってきてる。一緒にやるか?」
ナギトはデュバリィの困惑を見通しつつもフォローする事もなくそのまま続ける。デュバリィは「やるわけありませんわ!」と地団駄を踏む勢いで断った。
「あらそう?…じゃあ私はいただこうかしら」
困惑と驚愕とその他いろんな感情が混ざってポンコツになっているデュバリィの横をすり抜けてエンネアがアリアンロードの横に座る。
「ほいさ」
ナギトは盃を手渡すと、それに酒をなみなみと注いでいく。
「《鉄機隊》には剛毅な隊士がおりますなぁ」
その言葉はアリアンロードに向けて放たれたもの──ではない。デュバリィの背後にいるもうひとりの隊士アイネスを刺したものだった。
もちろん顔も言葉も向きはアリアンロードだ。しかし《剛毅》の異名を持つアイネスを指している事は明白であり、だからこそその挑発はアイネスに刺さるのだ。
「いいだろう。挑発に乗ってやる」
ずかずかとデュバリィを押し退かせナギトの横に立つアイネス。
「だがその前に───」
《剛毅》の得物、斧槍がナギトに向かって振り下ろされる。
その一撃をナギトは酒瓶で受け流すと、斧槍は床面を叩き割った。
「これでいいか?」
間も無く差し出される酒を注がれた盃。エンネアは「ふっ」と笑うとそれを受け取り酒を煽った。唇から溢れた雫を拭い去り、もう一杯とばかりに盃を寄越した。
「どうやらマスターの素顔を見るに値する猛者のようだ。……もしやデュバリィの言っていた第Ⅱの伏兵か?」
「んー、たぶんそうすね」
酒を再び注いで盃をアイネスに返す。と、続けざまにデュバリィがいつの間にかナギトの持ち物から盃を探し出して、注げと目の前にやった。
ナギトは喉をくつくつと鳴らしてそれに応じる。そんな余裕を見せる姿と先程のアイネスの一撃を軽くいなした様、それに2ヶ月前にシャーリィと共にやり込められた時の気持ちが甦り、デュバリィは「ふん」と顔を背けた。
それから5人は輪になって座ると、今度はアリアンロードが音頭をとる。
「では改めて」
「「「「乾杯」」」」
行儀良く座っているデュバリィがこくりと喉を鳴らす。
「あら、美味しいですわね」
「口当たりが良いのを選んだからな。女性にも人気の銘柄みたいですね」
ナギトが酒を購入したオルディスは世界でも有数の港湾都市だ。世界各地の物品と同じく酒もより取り見取り。意外そうな顔のデュバリィにそう説明してすると納得したようにもう一口呑んで、それからナギトに真剣な眼差しを向けた。
「それで……あなたはいったい何者なんですの?」
その質問は先程アリアンロードにされて答えたばかりだ。しかしあれはナギトの存在の核心について教えただけで、もっとわかりやすい表面的なアンサーはまだであり、ナギトはそれを回答とする事にした。
「世界に拐われた漂流者ってところっすかねぇ」
「またわけのわからない事を……」
デュバリィにとってナギトはふざけた男だ。この短い時間の振る舞いでそう確信した。だから、煙に巻くような物言いの裏に真実が隠されている事がわからない。
「なるほど、合点がいきました」
しかしアリアンロードはそれだけで答えに至る。それはデュバリィらが来る以前のやり取りがあったゆえのアドバンテージでもあった。
「貴方は異世界からこちらの世界にやってきた旅人というわけですね。しかもこちらの事情にも精通している……言わば隣の──並行世界からやってきたのでしょう?」
アリアンロードの推測に《鉄機隊》の面々は「なっ」と驚きを隠せない。
「そんな事がありえるのですか?……いえ、マスターの言葉を疑うわけではありませんが」
アイネスの言葉にアリアンロードは返事をせず、ナギトの答えを待つ。
ナギトは「フフ」と笑ってしまう。こうまで正確に言い当てられては笑みもこぼれようというものだ。
「慧眼……とはやはり俺より貴女に相応しい言葉では?Ms.サンドロット。ただ一点修正するなら、旅人ではなく漂流者という事。拐われたって言ったでしょ、自分の意志で来たわけじゃないんですよ」
ナギトは気づいたらこの世界に来ていた。自らの意志とは無関係に世界間の移動は起こってしまっていたのだ。
アリアンロードの推測をナギトが肯定した事で《鉄機隊》の驚愕はより強固なものとなる。しかして同時に納得でもあった。デュバリィとシャーリィという頭抜けた戦闘力を持つ者たちを、刃を交わさぬ闘気のやり取りだけで完封した存在がこれまで無名だった理由は、そもそも別の世界から来たからだと。
「なら私たちの事を知ったのも元の世界で、って事かしら?」
エンネアの問いをナギトは首肯。
「そうですね、元々の世界じゃやり合ったり協力したり……、正直めちゃ頼もしかったっすね」
オズボーンの画策により再現された煌魔城では《鉄機隊》と協力する場面もあり、押し寄せる魔獣魔物を蹴散らす彼女らの様は古に語られる勇士そのものだった。
軽々しく語るナギトに《鉄機隊》の面々は笑みを浮かべたり困惑したり胸を張ったり。
本来敵同士のはずであるが、ナギトが実質戦闘不能である以上は刃を向ける事をしない度量に、リィンらは負けるかもしれんと内心で思うナギトであった。
「こっちにこれだけ喋らせたんだ。そちらさんの“実験”とやらの内訳を聞かせてもらいたかったが……どうやら時間切れみたいですね」
それぞれの盃の酒が底を突きかけた頃、ナギトはそう言った。
「ナギト……!?どうしてここに……!?」
言うが早いか、リィンたちが海上要塞の屋上に到着していた。
「よーリィン、おつかれ」
「いや、おつかれじゃないが」
海上要塞を攻略してきたリィンに疲労感はあった。しかしナギトへの返事にはまた別のニュアンスがあった。
「どういう事だ……?状況が掴めんぞ………」
ユーシスもまた頭を抱えている。敵の大将と仮にも自分らの味方を名乗る男が酒盛りをしてるなど夢にも思わなかった事だろう。
「って、すっごい怪我だねー。マクバーンとやり合ったんだっけ?」
「少し見ていたが、凄まじい戦いだったな。……あの海を割る焔を相手にそれだけの傷で済むとは………」
ミリアムがナギトの怪我を慮り、ガイウスは激闘の様相を見ていた感想を漏らす。
「アンタね……こんな状況で酒を、しかも敵と呑むなんて……馬鹿じゃないの?」
「いや、馬鹿もここまで極めれば大したものだろう」
サラがナギトの奇天烈な行動を咎め、しかしオーレリアは大したものだと賞賛3割非難7割の発言をする。
この場に集った旧Ⅶ組の面々とは昨日の内に顔を合わせ、ナギトの来歴についても語っている。100%の信用が得られたわけではないが味方として認識されていた。が、敵と仲良く酒を呑んでいる様を見ればなけなしの信用も揺らぐというものだ。
「まあ…………うん、気にするな!俺も戦える身体じゃないし、こんな機会でもなきゃ呑めるメンツじゃねえなと思っただけで、ただの気まぐれだから!」
ナギトは勢いに任せて旧Ⅶ組の詰問を躱そうとするも、そこでアリアンロードが茶々を入れた。
「おや、次があるのではなかったのですか?」
「そこ混ぜっ返す!?」
くすくすと可笑しそうに笑うアリアンロードに揃った面子も嘆息するしかない。
「どうやら楽しくやっていたようだな?」
今度こそ純度100%の非難をオーレリアから浴びせられ「恐縮です」とナギトは縮こまった。
「ごほん」と咳払いをして仕切り直したナギトは酒瓶と盃を手早く回収した。
「さっきも言いましたが…俺は今、戦えない。なので見物させてもらいますよ……武の頂上決戦を」
ナギトはその場を離れて屋上の端に陣取った。高みの見物をする見届け人気取りで、しかしその風格はそれにふさわしかった。
アリアンロードら《鉄機隊》とオーレリア率いるリィンらは気を取り直して対峙する。わずかなやり取りの後に双方の闘気が高まっていく。
いざ戦闘開始───の直前に、リィンらとは別に海上要塞を攻略していた新Ⅶ組の面々が屋上に到着した。
「お、来たか」
「ナギト教官!?」
「オイオイ…オルディスにいるんじゃなかったか?」
「少なくとも俺より遅くオルディスを出たはずだが……どうやって先回りした?」
クルトの驚き、アッシュは確認するようにアーサーに視線を投げ、そのアーサーがナギトへ疑問を差し向ける。
「まあ気にするな」
「気にするなって……ちょっとお酒くさいんですけど!」
「まさかオルディスで酒を……仮にも職務中だと言うのに、どうなんでしょう」
ユウナの気づきにアルティナが追従する。
「き、気にするな………」
今度は苦しげにナギトは誤魔化した。そんなナギトに「君ってやつは…」と新Ⅶ組に同行していたアンゼリカがため息を吐くが無視した。
「ナギト教官がここに先回りできた理由は後で聞くとして……」
ミュゼがしっかり問い詰める気でいる事は明らかにしたが「それよりも」と今にも開戦しようとする絶佳の女傑たちに目を向けた。
ナギトもそれに乗っかって新Ⅶ組の意識をそちらに向けさせる。
「もう始まるな。よおく見とけよお前ら。特にクルト……武の道を志すお前にとってこの一戦は垂涎ものだろう」
「はい……!」
クルトの返事を聞き届け、ナギトは最後の一口を煽った。酒瓶は空で、文字通り最後の一滴だ。それを飲み干したナギトは盃を宙に投げる。
放物線を描いた盃はやがて床面に当たり、砕ける。
それが戦闘開始の合図だった。
《鋼の聖女》と《黄金の羅刹》の戦いは熾烈を極めた。
交わされる無数の剣戟。武の極致に立つ者たちの戦技の応酬。その全てに意味があり、その総てから意味が喪われるほどに理合を突き詰めた戦いはやがて終わった。
《黄金の羅刹》オーレリア・ルグィンの勝利だ。
「ナギト教官はこの結果を予想してましたか?」
試すように問いかけるアーサーに、ナギトは正直な感想を伝えた。
「人数差ありきでも6:4で負けると思ってたが………、さすがは黄金の軍神。戦いながら成長していた。………それに勝因はもうひとつ。相手が《鋼の聖女》ではなく《槍の聖女》だったからだ」
《鋼の聖女》アリアンロードと《槍の聖女》リアンヌ・サンドロットは同一人物だ。試す気でいたアーサーだが、その言葉に逆に試されている気になる。
しかし、そんな感想戦の時間も僅かであり《身喰らう蛇》の本命の“実験”が始まる。姿を現した神機アイオーンを《灰の騎神》ヴァリマールが迎え撃つ。リィンは機甲兵を駆る新Ⅶ組のメンバーと共にアイオーンType αを撃ち破り、ここに役目を果たした。
その後、アリアンロードは《銀の騎神》アルグレオンを呼び出すと戦闘不能のアイオーンを残骸となるまで破壊し、《鉄機隊》を率いて撤退していく。
「───やはり」
ナギトのつぶやきに、意味を見出した者はいなかった。
☆★
ジュノー海上要塞を取り戻した後、第Ⅱの面々はリーヴスに帰る事となった。
デアフリンガー号の出発準備が整うまでの束の間、ナギトとリィンは旧Ⅶ組の面々と会話をする。
「……で、そこから何故《鉄機隊》と酒を呑む事になる?」
列車砲の奪還に動いたナギトのムーブを本人から聞かされたユーシスが咎めるようにそう言った。
「ノリと勢い!」
まさしくノリと勢いで場を濁そうと試みるナギトにユーシスは大きくかぶりをふった。ため息付きである。
旧Ⅶ組のメンバーも、もはやナギトがこういった愉快な野郎だという事は認識していた。
「あっははー!でもナギトも大物だよねー。あんな状況で、あの《聖女》さんと呑むなんてさ」
なんだったらミリアムにもイジられる始末だ。ミリアムの言う事だから嫌味ではなく純粋に褒めているのだろうが、それがなおさらにナギトに刺さった。
「まあなー。あの人らは誉れある武人だ。結社にやり方まで指示されてんならまだしも、戦えねーやつを嬲る人じゃない…って腹くくって行ったら大正解だったな!」
しかしそんな事はおくびにも出さずに「がはは」と笑ってみせる。それを見たユーシスはまた頭を抱え、リィンは苦笑いだ。
「それはともかく。……問題はマクバーンだ。あいつは……これまで会ってきた中でもかなり化け物の部類だったが…あの形態は、それをさらにぶっちぎって化け物だった。今後対峙する事もあろうが………逃げの一手が最善だなありゃ。少なくともヴァリマールを出さなきゃ話にもならん」
ナギトは話を転換させると、途端に真剣な表情をした。最低限の忠告ではあるが、リィンを完封したらしいナギトの言葉には確かな重みがある。
それに、マクバーンのあの形態をアーサーは“知らない”と言っていた。少なくとも当分はマクバーンとぶつかる事はなさそうだが……
「ふむ………あの決戦を見たナギトがそこまで言うとはな。……俺も遠目では見たが、それほどなのか?」
聖女と羅刹の武の頂上決戦。それを観戦していたナギトが、尚もマクバーンをぶっちぎりの強者だと言う。その根拠はなんだとガイウスは問うた。
「それほど、だな。今のⅦ組が総出でかかっても勝率は一割切るだろうよ。……唯一の救いはあいつが武を修めてない事か」
マクバーンは暴力において世界最強だろう。武術を身につければ“暴力において”という装飾がなくなるが……武術を身につける必要性がないとも言える馬鹿げた力だった。
「わかったわ、注意しておく事にするわね。……でナギト、あんた…今後どうするつもり?」
サラの唐突な質問に、ナギトは今後の身の振り方について尋ねられていると気付いた。
ナギトは第Ⅱの隠し戦力だったが、今回のオルディスの件で実力を露呈してしまった。直接対峙したマクバーン──《身喰らう蛇》のみならず、それを見ていたらしいルトガーら《黒の工房》──引いてはギリアス・オズボーンにもナギトという戦力を第Ⅱが保有している事はバレてしまったと考えるべきだろう。
ここからどう動くかが重要になってくるわけだが。
「これまで通りですよ、サラさん。俺は第Ⅱのいち教官として……しばらくはやっていくつもりです。世の礎たる若者を導く楽しさもわかってきたところですしね」
しかしナギトはこれまで通り過ごすと告げる。語った言葉も本音ではあるのだが、この物語の中心点はあくまでもリィン。運命はリィン・シュバルツァーを中心に流転する。第Ⅱの教官というポジションは、そのリィンのそばにいるのに絶好の立ち位置だった。
ナギトの内心を知ってか知らずかサラは伏目がちに「そう」と言った。旧Ⅶ組の担任だったサラにとりナギトの言葉は理解できるものだったのだ。
この面子とはいくら話しても足りる事はないが、やがてデアフリンガー号の出発準備ができたという事で、別れの時はやってくる。
リィンとナギトは顔馴染みに挨拶をしてデアフリンガー号に乗り込み、帰途に着いた。