八葉を継ぐ者──AAA──   作:クラウンドッグ

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先達として

 

 

 

「お前で3人目だよ、クルト」

 

 

 

7月の自由行動日、ナギトはクルトに誘われて街道に出ていた。と言うのも、これまで秘していたナギトの実力は先月の特別演習で明かされる事になったものの、戦う姿を見ていないクルトはそれが真実かどうかを己が剣で確かめたく思ったのだ。

 

 

「3人目…とは?」

 

 

「俺に勝負ふっかけてきた生徒の数。1人目がアーサーでな、あいつマジで……生意気だったからシメといた。まあ詳細は省くが」

 

 

剣を抜いたクルトに対してナギトは未だ闘気を見せず、愚痴っている。

 

 

「まさか4月の張り紙騒ぎは……」

 

 

“張り紙騒ぎ”とは、4月のある日にアーサーが分校のグラウンドで気絶状態で発見された事件を指している。しかも服には“私は負け犬です。そっとしておいてください”と張り紙があった。当時は騒がれたものだが、激動の学生生活で今や風化した事件だ。

 

 

「俺がやった」

 

 

軽々に自供したナギトにクルトは戦慄する思いをした。クルトにとってアーサーは明確にひとつ格上の相手だ。入学してそれなりに経った今でもアーサーは頼りになる同級生で、先月の海上要塞攻略の際もずいぶん助けられた。

 

そのアーサーの屈辱の痴態を、事もなげに俺がやったと言うナギトにクルトの警戒はワンランクアップした。あるいはそれもナギトの狙いだったのかもしれない、とクルトは聡明な頭脳であたりをつける。眼前の教官は自分に警戒を促しているのだと。

 

 

「2人目がゼシカだろ。あいつは名門トールズの教官にふさわしいかーって挑んできてな。軽くひねってやった」

 

 

第Ⅱの生徒には素直な者もいれば跳ねっ返りもいる。その筆頭がアッシュだが、まさか優等生寄りのゼシカがそんな事をしていたとは。クルトは驚きつつも納得していた。ゼシカは武門の出であり、教官が自身を導くに足る人物かを見定めている。似たような理由でクルトもリィンを見ていたのも納得の一助であった。

 

 

「彼女がナギト教官に敬意を払っていたのはそのためでしたか。……では自分にもご教示を賜りたく」

 

 

とうとう双剣を構えたクルトにナギトは「ふ」と笑い剣を抜いた。

 

 

「お前、まだ俺をナメてるな。もっと警戒しろ。お前の物差しじゃどれだけ高く見積もっても警戒し過ぎる事はない」

 

 

ナメてるのはそちらも同じだ──と、クルトは疾駆した。つもりだった。

いつの間にか空を見上げていた。天地が逆になっている。地面に転がされている。

 

 

「ほらな?」

 

 

ハッとした / ゾッとしたクルトは跳び起きるとそのまま跳躍して距離を取る。冷や汗が背中を伝う。警戒のバロメーターはすでに閾値を超過している。侮っていたし、侮られている。そしてその隙を突いたところで勝利を手にする事もできない実力差だと今の一瞬で思い知らされた。

 

 

「とりあえず10本でいいか?今のはノーカンにしといてやるよ」

 

 

ニヤリ。いつもの授業でそうするようにナギトは笑みを浮かべ、クルトの挑戦は始まり────。

 

 

 

 

「せやぁっ!」

 

 

“テンペストエッジ”。鋭い剣風が迸り、ナギトはその射程から逃れる。

 

 

「そこだっ!」

 

 

ふわりと余裕を見せる着地。そこを狙い撃つクルトの、普段は見せない戦技がナギトを縛りつけた。

 

“ラグナバインド”──ヴァンダール流の技で、闘気の鎖で相手を縛り、己に引き寄せるものだ。

10本勝負最後の1本で繰り出してきたクルトの奥の手にナギトも「おっ」と捕まる。

 

クルトに引き寄せられたナギトには攻撃が待っていた──が、それを座視するナギトではない。“ラグナバインド”を引きちぎる。肉薄したクルトを足蹴にし、たたらを踏んだ隙に逆襲する。

 

 

「ちょいと驚いたが、まだ精度が甘いな」

 

 

クルトが体勢を整えるより速く、闘気の鎖がその身を捕えた。クルトは鎖から抜けようともがくが、強度は己のそれより数段上で、ナギトはまるでお手本を示しているようだ。

 

ナギトはそのまま鎖を操って数回クルトを地面に打ち付けると宙に放り投げた。

手放しかけた意識を取り戻したクルトは、空中の自身を闘気の槍が狙っている事に気づいた。いつの間にか鎖は消えている。

 

 

「っ、おおおお!」

 

 

裂帛と共に双剣に宿した雷撃を撃ち放ち、迫る槍を相殺する。そのままナギトに突撃した。

 

 

「ラグナストライク!」

 

 

クルト・ヴァンダールのSクラフト“ラグナストライク”。雷を宿した刺突は範囲殲滅の必殺技だ。

 

 

「反証剣技」

 

 

しかし。

 

 

「雷光反照」

 

 

ナギトは刃の一振りでそれを相殺した。まったく同量のエネルギーをもって己と相手に損傷なく一合を終わらせたのだ。尤も無事なのは身体だけでプライドはそうもいかない。

相手と完全に同じエネルギーをもって戦技を相殺するには、それを見切る眼とそれを実行するだけの力量が必要だ。狙って相殺ができるのなら、それを上回るエネルギーで相手を技ごと潰す方が手っ取り早い。

 

しかしナギトがわざわざ“反証剣技”なんて名付けて、その至難の業を実行するのは相手の心を折るためだ。相手に敵わないと思わせるためだ。

 

 

「──〜〜〜ッ!」

 

 

クルトは奥歯を噛んで次の手を模索する。戦慄いている暇はない。激昂するだけの余裕もない。勝つための手段を冷静に────、これがクルトがあの聖女と羅刹の決戦を見て学び得た事のひとつであった。

 

 

「はああぁっ!」

 

 

相剋剣。白と黒の闘気が双剣に宿り、放たれる。それをナギトはひょいと紙一重で躱して見せる。余裕を見せつけるナギトだったが、続くクルトの気迫には目を剥いた。

 

相剋剣で剣から放ったはずの光がさらにまばゆく剣を彩っている。

 

 

 

「我が全霊を以て──降魔の一撃を成す!」

 

 

 

放たれる光。その規模は先の“相剋剣”の比ではない。ナギトは避ける事を選択せず、螺旋の力をもってその光を巻き取った。

 

 

「奥義──!」

 

 

しかしそれを制御しクルトに返却するより速く、ヴァンダールの若獅子は動き出していた。未だ光を放つ剣を重ね、双剣の十字がナギトに肉薄する。

 

 

 

「天眼むそ……─────」

 

 

 

───しかし、それがナギトに届く事はなかった。

クルトが途中で力尽き、高められた闘気は霧散して地に倒れ伏したからだ。

 

 

「……雛鳥かと思ってたが………」

 

 

その一撃が届いていればナギトから一本取っていた可能性もあった。

 

 

「やるじゃねーかクルト。ちょっとお前の事を見くびってたみたいだ」

 

 

「くそ」とうめくクルトに手を貸して立ち上がらせる。とうに気力を使い果たしたらしく、立って歩く事もままならない。奥義、戦技を連発したのだから当然だ。

 

 

「ナギト教官は…どうしてそれほどの実力がありながら……」

 

 

「はいはい、そういうのもう何回かやったからいいよ。おんぶとだっこどっちがいい?」

 

 

「ちょっ、教官!?」

 

 

ナギトは嫌がるクルトをお姫様抱っこし、リーヴスに戻る。その姿を見た町人や生徒らからあらぬ誤解を受ける事になったが、ナギトは大爆笑して受け流したという。

 

 

☆★

 

 

「クルトと遊んでたみたいだな?」

 

 

約束の時刻ぎりぎりに現れたナギトにアーサーが皮肉をぶつけた。

 

 

「おう、またぞろ張り紙してやろうかと思ったけど街道じゃあな」

 

 

軽口で返すナギトにアーサーは苦々しい表情になる。クルトも語っていたが、アーサーの“張り紙騒ぎ”は本人にとって忌々しい思い出だ。軽いジャブが痛烈なカウンターをもらった気分になる。

 

 

「クルト……あいつな、かなり良くなってたよ。適応力も意志力も……。あの決戦を見て得るものが大きかったみたいだな」

 

言わずもがな《聖女》と《羅刹》の死合いだ。あの中心にいたオーレリアやリィンの成長も推して知るべしである。

 

 

「お前はなにか得るものはあったか、アーサー?」

 

 

話を振られたアーサーは目を瞑った。あのバトルを実際に目にして感動こそあったものの。

 

 

「まあ……難しいよな。俺たちみたいな“特異点”は世界の内側に在りながら、しかし観測者としての視点が大きい」

 

 

文字通り視点の違いだ。ナギトやアーサーは元々このゼリムア世界に存在せず、物語を通して彼ら彼女らの活躍を知っていた。しかし画面越しと生で見るとじゃ大違いで、その感動の大きさのあまり自分自身としての視点を忘れがちだ。

 

 

「あんまり難しく考えんなよ。俺もお前も……もうこの世界の一員だ。だからさ、もっと自由に……お前はアルトリウス・ルグィンとして生きていいんだよ」

 

 

ナギトの場合、それは容易かった。記憶喪失のおかげで自分がこの世界に生きている人物だと誤解できていたのだから。

しかしアーサーは違う。自分がアーサーになる以前の記憶──言わば前世の記憶を持ち越しているのだ。そりゃあアーサーという一個の人物としての己を確立できないのも無理はない。

 

ナギトは己の忠言が理解できてない様子のアーサーに微笑み、「さて」と話を先に進めた。

 

 

「んじゃ今月のネタバレを聞かせてもらおうかね」

 

 

言葉を失ったアーサーに代わりナギトが会話を先に進めた。アーサーも気を取り直して情報共有を行う。

“ネタバレ”───いかにも軽いワードで語ったが、これは未来を知るアーサーからの託宣にも等しいものだ。

 

 

 

「その前に言うが……今月が山だ」

 

 

「ほう?早いな」

 

 

意を決したように言ったアーサーだったが、やはりナギトの反応は軽かった。その意味がわかっていないわけではない。むしろそんな山場が控えているのなら今から緊張してても身が保たないという経験からだ。

 

 

「そして……俺の記憶があるのも今月まで……。意味はわかるな?」

 

 

「つまりは今月の演習先で“閃の軌跡Ⅲ”が終わるわけか」

 

 

超越的な視線からの指摘。アーサーは崩れた雰囲気にため息を漏らして「そうだ」と続ける。

 

 

「………今回の特別演習で、終わりが始まる。俺はそれを阻止したい。……阻止するために俺は生まれた」

 

 

「わかるよ」と頷く。ナギトも“閃の軌跡Ⅱ”における“クロウの死”という運命を阻止するために発生した“特異点”だ。

 

 

「………………終わりの終わり、までは見てないんだな?」

 

 

「ああ。俺が見たのは帝国全土に黒い意志が拡散するまで。ぜってー“Ⅳ”あるだろって終わり方だったんだけど……」

 

 

待ちきれずに“特異点”となってしまったわけだ。気持ちはわかるがとんだ早漏野郎だ。しかしたったひとりの熱量で“特異点”化して“閃の軌跡”正史から枝分かれした並行世界を生み出したのは本気で尊敬できる。

 

 

「……まあいいか。今回の演習で起こる事件は大まかには4つあって────」

 

 

アーサーはナギトに情報共有をした。

共和国特殊部隊ハーキュリーズの帝都潜入、暗黒竜ゾロ=アグルーガの復活。皇帝ユーゲントの暗殺事件。黒キ星杯。

 

 

事の大きさにナギトも目を瞑って黙考。

 

 

「起こった、いや起きる事件で防げそうなのは……まず2つ」

 

 

アーサーが切り出す事件解決の糸口。挙げられた2点についてはナギトも見当がついていた。

 

 

「アッシュによる皇帝暗殺──未遂らしいが──と、ジョルジュ先輩がカレイジャスに仕掛けた爆弾の解除だな」

 

 

「そう」とアーサーは首肯する。彼が語ったいくつもの事件は個人の努力で防げるものではない。しかしこの2つだけならナギトとアーサーの2人でも止められる可能性があった。

 

 

「と言うか、アッシュによる皇帝暗殺を止めれば、その後に起こる事件は不発になるんじゃないか?」

 

 

ナギトは指摘した。アッシュが起こす皇帝暗殺事件には、ハーキュリーズが持ち込んだ金属探知機に引っかからない銃器が使用された。これについては知っていれば防ぐのは容易く思える。

アッシュによる皇帝暗殺事件を未然に防げば、後に起こる事件も発生しないか遠ざかるというのがナギトの見立てだった。

 

 

「かもしれない。けど問題がある」

 

 

しかしアーサーは眉根を寄せて説明した。

“黒の史書”によれば、この皇帝暗殺事件は起こるのが必然だと。しかも“黒の史書”に記述された未来の歴史を変えようと試みる事は、より悪い未来を引き寄せるのだと語る。

 

 

「………楽観すれば俺たち“特異点”はそういった……定められた運命を覆す願いの結晶だから、“黒の史書”の…言わば歴史の強制力の対象ではない。逆に悲観すれば、アッシュの凶行を止めたとしても、皇帝か…もしくは皇族か?の暗殺事件が起きて、お前の言う終わりが始まるか………、ってとこか?」

 

 

「なんとも言えない。少なくとも俺は…その運命の強制力とやらを信じてるわけじゃないからな?」

 

 

ナギトが時々口にする“運命の強制力”、もしくは“システムの修正力”を、アーサーはまだ実感していない。だが、怪訝な顔のアーサーにナギトは納得をもたらす事実を持っていた。

 

 

「なに言ってんだ。お前は先月、俺と戦ったマクバーンの、あの魔神形態を見た事ないって言ってたろ。つまりあのマクバーンは“閃の軌跡Ⅲ”までは本来登場しないはずだ。それが俺やお前といった運命の輪から外れたやつが現れた事で歴史が狂いかけた──のを、システムが本来の歴史に戻すためにマクバーンに干渉したんだ」

 

 

「…うーん…………?」

 

 

ナギトは必死に説明するがまだアーサーには響かない。頭をかいて言葉をひり出す。

 

 

「要は…歴史が“閃の軌跡”の物語から乖離するほどに歪められかけた時に、いわゆる強制力は周囲のものに働きかけて、歴史の歪みを正そうとするわけだ。……俺がいなきゃマクバーンはあの形態にはならなかった。それはつまりお前の知る“閃の軌跡Ⅲ”の歴史と同じか、あるいは近似だろ?」

 

 

 

「あー、うん。まあ……確かに?」

 

 

語尾に疑問符がついてるのをナギトは見逃さない。さらに言葉を選んで理解と納得を引き出せるように努めた。

 

 

「超簡単に言うとだ……“黒の史書”が記した未来の歴史に反する行いをすれば、より悪い未来が訪れるって話と似たような感じなわけよ。この軌跡の世界がゲームである以上、物語はシナリオ通りに進むが、そこにシナリオに本来は登場しないはずの俺らみてーな“特異点”が現れて好き勝手に物語を乱されたら困るわけ。だからそうならないようにシステムはキャラクターや環境やらに干渉して、できるだけ自然な形で物語をシナリオに沿ったものに戻してるって事だどうだオラわかったかコラぁ!」

 

 

 

よくもこんな長セリフを噛まずに言えたものだと自賛したいナギト。最後の捲し立ての勢いでアーサーを頷かせる。

 

 

「俺が言いたいのは、だ。アーサー……“黒の史書”による運命の強制力とシステムによるシナリオの修正力がタッグを組んだらアッシュを止めたとしても、別の何らかの要因で皇帝暗殺事件が起こるかもしれない……皇帝が相手だけに可能性は絞られるだろうが、それでもその運命の回避は困難だろう。だからひとまずこっちは置いといて、メインはもうひとつの方だ」

 

 

「カレイジャスの爆破」

 

 

「そうそれ」と議題を先に進めたナギトが肯定する。

 

 

「そっちを止めるのはわりと簡単そうだよな。事前にカレイジャスのクルーに爆弾が仕掛けられてる事を教えればいいんだから」

 

 

と、いとも容易に語るナギトだったが、アーサーはあごに手を当てて黙り込んだ。

 

 

「いや……もしかしたら、そっちにも“黒の史書”の強制力が働くかもしれない」

 

 

「はあ!?」

 

 

アーサーは考察を述べる。思いつき程度のものだが、考慮の余地はあるものだ。

 

 

「“黒の史書”の記述は皇帝の暗殺を指すものだと思ってたんだけど……違う可能性が出てきた。……ちょっとうろ覚えだけど、確か……“贄により古の血が流されし刻、《黒キ星杯》への道が開かれん”…だったかな」

 

 

どうやら“黒の史書”の内容を暗記していたらしいアーサーの言葉を受けて、その意味を理解して、ナギトは天井を仰いだ。

 

 

「……そういう事ね。“古の血が流されし〜”の部分は皇帝暗殺事件を指してると思ってたけど、爆発するカレイジャスに乗ってたオリヴァルト皇子にも掛かってるかも…って話か」

 

 

古の血、とはおそらくアルノール家の事だ。初代アルノールから続くエレボニア帝国皇帝の血筋。記述ではユーゲントⅢ世ともオリヴァルト皇子とも読み取れる。

 

「いや」とナギトは天井からアーサーに視線を移す。

 

 

「それやっぱり杞憂だろ。もし古の血が云々の記述がオリヴァルト皇子を指すなら…順番が逆だ」

 

 

「順番が逆……?」

 

 

「お前の話だと皇帝が撃たれた後に《黒キ星杯》が発生するんだろ?仮に記述がカレイジャス爆散からのオリヴァルト皇子の死を指し示すなら、《黒キ星杯》出現後に古の血が流される事になる」

 

 

今度のナギトの説明はわかりやすく、アーサーも「なるほど」と自然に頷いた。

 

 

「だからカレイジャスの爆発という運命に干渉する強制力は、皇帝暗殺を止めるよりは軽いはず。……ほら、やっぱ止められそうじゃない?」

 

 

「そうだな……!」

 

 

ナギトの楽観──事実を俯瞰したそれにアーサーも力が入る。

カレイジャスの爆発によって喪われるオリヴァルト皇子とアルゼイド子爵の命が救われれば《黒キ星杯》での結末も変わったものになるかもしれない。

 

 

こうして希望を抱いたアーサーとナギトの情報共有は進んでいった。

 

 

 

☆★

 

 

その日、大きな出来事はもうひとつあった。

 

《光の剣匠》ヴィクター・S・アルゼイドの第Ⅱ分校への来訪だ。ヴィクターは弟子であるオーレリアと立ち合い、その成長を確かめた。

その後、その場面に居合わせた面子とヴィクター&オーレリアとで試合をする流れになったのだが。

 

 

「ナギト、そなたも混ざるがよい。我ら2人が相手だ……よもや不足とは言わんだろうな?」

 

 

と、見物を決め込もうとしていたナギトにオーレリアが言ったのだ。ヴィクターも頷いている。ラウラからナギトについては聞いているようで、その眼差しは見極める者のそれだ。

 

 

「言いませんとも。了解です、分校長。……しかしそうなるとここじゃ狭くないですか?」

 

 

一同はシュミットに頼み込んでアインヘル小要塞の一画で剣を競う事となった。

 

そこは充分な広さを持っていた。《光の剣匠》や《黄金の羅刹》、あるいは《刀神》が全力で振るっても良い場所だ。

 

 

「力でも速さでもなく、そなたの本分は技───。見せてみるが良い、ナギトよ。そなたの至った八葉───その神髄を!」

 

 

「私はそなたの事を知らぬ。ゆえに───ユン殿に挑む時の心持ちで剣を構えるとする。来るがいい、ナギト・ウィル・カーファイ」

 

 

2人の剣士はすでに臨戦体制だ。その2人の剣気は圧倒的で、ナギトと共に戦うリィン、ラウラ、フィーにサラも圧倒されている。だが、この面子なら勝てる可能性は十分にあった。

 

 

「応えましょう───帝国の剣たるお二方。八葉一刀流、二代目継承者《八葉の刀神》ナギト・ウィル・カーファイ。──いざ参る」

 

 

久しい。それはあまりにも久しい武の競い合いであった。元の世界での決戦を終えて一年。こちらの世界に来て3ヶ月。およそ1年3ヶ月の間、ナギトは己の技量を真に試す場がなかった。先月はマクバーンとの一戦があったが、やつは暴の化身であり、武の精髄を競う相手ではなかった。

この久しぶりの感覚にナギトは滾っていた。

 

 

 

そして一同は知る事になる。

《八葉の刀神》───そう名乗った彼の、そう名乗るに値する神業を。

 

 

 

「洸凰剣──!」

 

「剣乱舞踏──!」

 

 

 

「───八葉一閃」

 

 

 

アルゼイドの二剣士、そう名乗った2人の奥義を一閃にて斬り断つ。

それこそオーレリアの言ったように、なんの力でもなく速さでもなく、ただ極まった技巧のみで。

 

驚愕に目を見開く2人に追撃するメンバーたち。その刃は確かに届いていて、しかし勝負を決するには至らない。

 

 

それから数十合のやり取りがあり、果たして膝をついたのはオーレリアとヴィクターの2人だった。

対するナギトやリィンらも肩で息をする有様で辛勝もいいところだった。

 

 

「ふぅ……ようやく一本、ってとこですかね」

 

 

呼吸を整えたナギトは納刀した。オーレリアとヴィクターの2人も立ち上がり同じようにする。

 

 

「我ら2人の奥義を散々に撃ち破っておいて、ようやく一本扱いか……そなたも相当だな」

 

 

オーレリアが微苦笑し、ヴィクターもそれに追従する。

 

 

「見せてもらったぞナギト。そなたの剣……そしてその奥にある心を」

 

 

「恐縮です。……この人数で勝てなきゃ格好つきませんからね」

 

 

普通に会話をする3人と比して残るメンバーの疲労は段違いだった。サラは「そもそもの格が違うわね」なんて言う始末だ。

 

その感覚は間違いではなく、その領域に踏み込んだ武人と、そうでない者とでは戦いにおける感覚がまるで異なるものだ。ああ言ったサラも、今も肩で息をしているリィンやラウラもその領域まではあと数歩の段階だが、今はまだ理の至境に立つ3人は次元が違う生物に見えるのだろう。

 

その後短いやり取りを交わして、オーレリアは足早に小要塞を去ろうとしたが、その前に立ち止まって「ナギト、そなたも来い」と指名する。

ヴィクターとも話したいナギトであったが、分校長の誘いともあれば断るわけにもいかず、オーレリアに着いていく事になった。

 

小要塞を出て分校に向かう道すがら、オーレリアはぽつぽつと語り出した。

 

 

「私は武を極めたと思っている。剣の道は果て無くあれど、我が剣は完成を見たと」

 

 

《鋼の聖女》との決戦。それを経てオーレリア・ルグィンの剣は完成した。ヴィクターもオーレリアとの立ち合いの際に言っていた事だ。

 

 

「先は格好をつけたがな……今は闇の中にいるようだ。目指すべき先がない。それを見出す事こそ修行と捉える事もできるが………」

 

 

立ち止まり、オーレリアはナギトに向き直る。真摯な瞳はどこか哀しみを帯びていて、しかしながらナギトを貫く強さも秘めていた。

 

 

「ナギト……そなたはこの空しさを、この侘しさを、どう埋めている?目指すべき頂きに立ったあと、そなたはどうやって生きる道を見つけたのだ」

 

 

オーレリアの言葉の意味を理解できる。最強ゆえの侘しさ。目指す先のない空しさ。

 

いつだったか、元々の世界でもヴィクターと似たような話をした覚えがある。ナギトの心境はあの頃と変わっておらず、自ずと答えも同じであった。

 

 

「あなたは少し真面目過ぎますね、我が恩師」

 

 

 

その呼び方は、元々の世界でのものだ。それも本当に恩師というわけでもなく、ただ少し教示を受けただけ。それでもナギトとオーレリアは互いに“恩師”、“愛弟子”と呼び合う仲であった。

オーレリアは当然「?」だ。ナギトはそれを無視して歩き出す。

 

 

「凡百の暮らしをしなさい、オーレリア。あなたのさががそれを許さないのなら果てなき荒野に身を投じるのも一興だ。それでも足りないと言うのならここに戻ってくるといい」

 

 

頬を撫でる風が木の葉を落とし、それに彩られた景色は平穏と静寂そのもので。ナギトの語り口は老境のそれだった。

 

 

「──俺がいる」

 

 

振り返り、ニヤリ。

オーレリアを恩師と呼び、オーレリアに恩師と呼ばれ、オーレリアより先に己の剣を完成させたナギトの言葉。ただの一閃でオーレリアとヴィクターの奥義を斬り裂いた男の言葉。それは確かな現実感をもってオーレリアに新たな道を拓かせた。

 

 

「ふ、ふふふ……ははははは!なんとも気持ちの良い男だな、そなたは」

 

 

呵々大笑。涙が出るほど笑える話だ。

とうとう目指すものが無くなったら己に挑めと言っているのだ、このオーレリア・ルグィンを相手に。そのすべてを受け止めてやると宣言したのだ、《黄金の羅刹》を前にして。

まだ20歳を過ぎたばかりの若造がそう言うのだから、笑える話なのだ。しかもさらに笑えるのが、この戯言を実行できるだけの力がナギトにある事だった。

 

 

「笑わせてもらったぞ、ナギトよ。……しかしこうも熱心に口説かれたのは久しぶりだ。これは今夜あたり抱いてもらわねばなるまいな?」

 

 

オーレリアの目つきに身体を強張らせていたナギトはそんな冗談を浴びせられてがっくりと肩を落として脱力した。

 

 

「…………………遠慮しておきます」

 

 

大きな間があった(かなり迷っていた)ナギトにオーレリアは微笑する。

 

 

「それほど拒むか?……まあ、無骨に育った我が肉体……魅力的ではなかろうが」

 

 

眉尻を落として悲しげに、しかし手で自らの乳を持ち上げて落としてみせる。魅惑的に弧を描く乳房がナギトの目を奪った。

 

 

「おぅふ……あ、いえ…分校長は大変魅力的な女性ですよ」

 

 

「くく」と短く小さくオーレリアが笑う。ナギトの反応を楽しんでいるのだ。ナギトからすればやめて欲しい案件だ。実はそんなにハニートラップに強いメンタルをしていない。

 

 

「ほう?ならば文句はあるまい。……まあ責任はとってもらうが」

 

 

語尾に小さく付け足した言葉にナギトは、ほらきたと思った。オーレリアは剣豪でありながら伯爵家の当主である。しかも跡取りのいない。そのため婿探しも役目のひとつであり、そこでナギトに目をつけたのだ。

 

しかし目をつけられたナギトとしては堪ったものではない。仮にオーレリアと結ばれたとして、いつまでこの世界に留まってられるかもわからないのだ。

 

このままこの場にいればいつか誘惑に負けてしまうかもしれない。そう思ったナギトは逃げる事にした。

 

 

「なんか用事がある気がしてきたんで失礼しますっ……!」

 

 

走り去っていくナギトを見送るオーレリアに先までの空しさはなかった。

 

 

「からかい甲斐のある男だ」

 

 

でかいくせに卑小を装い、それでいて等身大の男。だからこそ惹かれる者もいるのだろう。

 

 

「ふむ………シュバルツァーよりはチョロそうだな」

 

 

そんな一計を案じたようなオーレリアのつぶやきを聞き届けたものは誰もいなかった。

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