八葉を継ぐ者──AAA──   作:クラウンドッグ

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既にその時は逸し、運命とは斯くあるべし

 

 

 

 

 

その空間から出たナギトは異常事態を感知した。

 

 

「なんだ…?暗黒竜の影響───いや」

 

 

空気の淀みが尋常ではなかった。一般人でも即座に身の危険を覚えるほどのものだ。

暗黒竜の瘴気についてはナギトも記憶にあるが、それとも種類が違う。そもそもアーサーの話では暗黒竜はⅦ組で打倒できるはずなのだ。

だからこれは暗黒竜のそれではない。

 

 

ナギトは嫌な予感を覚えながらも地上に出た。

 

 

 

「これ、は…………」

 

 

言葉が出ない。帝都はまさしく混沌に陥っていた。

そこかしこに魔獣幻獣が入り乱れ、市民を襲っている。しかもそれが1区画だけではなく帝都全域の異変だとナギトは気づいた。

 

 

「くそっ、まさか………」

 

 

ナギトはARCUSを取り出してリィンらに連絡を取ろうとしたが、それをするより早く現れた幻獣が襲いかかってきた。

 

 

「ざけんな」

 

 

一刀両断。幻獣は真っ二つになり光の粒子となって散るが、それで終わりではない。すぐに魔獣や幻獣が補充されては襲ってくる。なんなら魔煌兵までいる。

 

どうにも悠長に連絡している暇はないようだ。

ナギトはそれからしばらく敵性存在の対処に追われる事になる。

 

 

 

 

「………やってらんねー」

 

 

すでに斬った敵の数は200は下らない。手傷を負う事もなければ疲労の蓄積もないが、無限湧きとも思える魔獣たちにはげんなりする。

 

この規模の異変だ。リィンら新旧Ⅶ組も帝都入りしている事は間違いないだろうが、こうも霊脈が乱れていてはナギトと言えどもその気配を追うのは少々難しい。一息入れる事もできれば気配感知でも“Ⅶの輪”による通信でもやり方はあるが、市民を救助しつつ敵を排除していてはそれも不可能だ。

 

 

「っと」

 

 

背後に発生した魔煌兵の武器による一撃を避けると、そのまま一太刀で斬り伏せる。

こんな事が延々と続いている。

 

 

「ふーむ………」

 

 

次々と現れる敵を相手にしながらナギトは思考する。

この状況はアーサーから聞いている。確証こそないがおそらく嫌な予感は当たっていた。

 

遅過ぎたのだ。

もしかしたらすでに新旧Ⅶ組はすでに決戦の地に赴いているかもしれない。ならば自分もそちらに向かった方が良い。

有志が帝都に発生する幻獣や魔煌兵を撃退しているとは言え、それでも人的被害は免れない。ナギトがいれば救える人の数は増えるだろうが、それは決戦に間に合わない事と比較すると安い被害だ。“黄昏”とやらが始まってしまえば、その被害は帝都だけに留まらないだろう。

 

行くべきだ。

 

 

「………………はっ」

 

 

 

自嘲がこぼれた。思考とは裏腹に魔獣に襲われていた市民を助けるために太刀を振るった己に対して。

どうにもⅦ組としての正義感が芯にまで染み付いているらしい。考えればわかる事だ、どちらを優先すべきかなど。しかしそれは目の前で死に瀕した人を見捨ててまで行う事ではないと心が言っている。

 

 

「困ったもんだ」

 

 

言いながら、ナギトの表情は妙に晴れやかであった。

 

ある意味でその結論を出した事でナギトに幸運は訪れたのかもしれない。

 

幻獣討伐の最中に2人の味方と偶然にも合流できたのだ。

ヴィータ・クロチルダとトマス・ライサンダー。この異変への対処のために帝都を駆けずり回っている所にばったり出くわしたのだ。

 

 

2人が施した術によりナギトが排除した区画の敵の再出現には猶予ができた。

ようやく一息つけたところで、まずナギトは2人にこう尋ねた。

 

 

 

「今日は何日ですか?」

 

 

 

7月18日。

2人はそう答えた。やはり、とナギトは瞑目した。ナギトの記憶では、今日は16日。オーレリアに帝都地下でのハーキュリーズ捕縛の命令を受け、アルベリヒに嵌められて別次元で彷徨していたのもあるが、それでも体感では5時間程しか経過していない。

 

時間の進み方が違ったのだ。“巨イナル一”が封じられていたあの別次元と現実では。

 

つまりナギトは大事件をことごとくすっぽかした事になる。

暗黒竜の討伐も、バルフレイム宮で起こるアッシュによる皇帝暗殺未遂も、だ。

 

 

ナギトはそれから2人に随行し、帝都を巡っていた所に新旧Ⅶ組と合流する事になる。

 

 

 

☆★

 

 

 

リィンらと合流したナギトは情報共有を行った。

その中で最重要なのは皇帝ユーゲントⅢ世が撃たれて意識不明の重体である事だ。実行犯は新Ⅶ組のアッシュ・カーバイドだが、帝国政府は使われた銃器が共和国製のものである点と共和国の特殊部隊ハーキュリーズが帝都に潜入していた事実から、これを共和国による襲撃と断定、帝国臣民に公表した。

 

 

それからオズボーンらは《黒の工房》を従え、《身喰らう蛇》と結託し“黄昏”を引き起こすためにカレル離宮にて儀式を行なっている事がわかった。

 

 

新旧Ⅶ組はそれを阻止すべくカレル離宮に向かう事となった。

 

 

 

離宮に向かうデアフリンガー号の中でナギトとアーサーは話をしていた。

 

アーサーはこうなる未来を知っていた。皇帝の襲撃を実行したアッシュを止める事ができたはずだったが、その前に帝都を襲った災厄、暗黒竜ゾロ=アグルーガの瘴気に当てられて眠っていたと言う。目を覚ましたのはすべてが終わった後───今日の朝だったと。しかもオズボーンらの計画に必要なOz74、すなわちアルティナもすでに出発した後で、オズボーンらの計画に何ら瑕疵を与える事ができなかったと悔やんでいる。

 

 

それについてナギトは責める口を持たない。何せ自身も《黒のアルベリヒ》により別次元に飛ばされて重大事に立ち会う事ができなかったからだ。

 

 

運命に干渉し得る“特異点”2人が爪弾きにされた状況で事態は進んだ。これはつまり───

 

 

「黒の史書による運命の強制力。それとシステムによるシナリオの修正力。この二重の障害が物語を正しく進行するべく俺たちを阻んだんだろう」

 

 

あくまでも自然と言える範囲で。

ナギトはアルベリヒによる策謀により。アーサーは暗黒竜の瘴気で昏睡。どちらも尤もらしく、そういった力が働き易い環境だった。

 

 

「……だったら、どうしろってんだ。そんな力があるんなら……何をしても無駄じゃないか」

 

 

顔を伏せたアーサーは諦めムードを醸している。

超常を超えた超常の力。そうと定まったストーリーを強制する力。そんなものを前にして人ひとりがやれる事なんて限られている。アーサーの気持ちもナギトにはわかる。

 

 

「しっかりしろ馬鹿タレ。まだ何も終わっちゃいない。お前が変えたいと願った未来は、この先だろ」

 

 

しかしナギトは同情ではなく叱咤した。

 

 

「確かに状況は絶望的だよ。《身喰らう蛇》、《黒の工房》、《鉄血の子供達》……戦力差があるのは間違いない。こんな事態になる前に事を防ぎたかったのは良くわかる。だがな、まだ何も終わってないんだよ。まだ希望はあるんだよ。黒の史書の強制力だ?システムの修正力だ?上等だ、こっちは運命変えるための特異点だぞ!……ってな気持ちを持とうぜ」

 

 

アーサーにはそれが強がりだとわかった。絶望的な運命に、それでもと立ち向かうための精一杯の虚勢。

同志にそんな事を言われていつまでも諦観を保てるほどにアーサーの男は腐っていなかった。

 

 

「言われなくてもわかってる。……状況は最悪だけど、俺たちが変えた運命も効いてくるはずだ」

 

 

「カレイジャスだな。オリヴァルト皇子とヴィクターさん、あとはトヴァルさんもか……の存在は黄昏を止める大きな手助けになる」

 

 

「ああ」とアーサーは頷いた。正史においては爆発四散したカレイジャスだが、ナギトとアーサーの行動により爆弾は撤去された。オリヴァルトらの死の運命は回避されたのだ。そうなれば黄昏を引き起こそうとするオズボーンらに対して大きな戦力になってくれるのは間違いないだろう。

 

 

 

「そろそろ着くな。気合い入れてこうぜ、アーサー」

 

 

「ああ。運命を変えるために。もう悲劇を繰り返さないために。一緒に戦おう、ナギト」

 

 

 

2人は拳をぶつけあって覚悟を固め────デアフリンガー号はカレル離宮に到着した。

 

 

 

☆★

 

 

列車から降りて待ち構えている敵を確認した。

《西風の旅団》の連隊長ふたり、《鉄機隊》の戦乙女3人。その他にもちらちらと強者が揃っているが、本命となるオズボーンやアルベリヒ、アリアンロードなどの姿は見えない。

カレル離宮──変貌した黒キ星杯内部にいると思われる。

 

 

 

「あいつは……シメオン、だったか」

 

 

 

黒キ星杯に至るまでの道半ばにひっそりと佇んでいる痩躯を発見したナギト。

待ち受ける猛者らと比較して見劣りする帽子の男は、だからこそ恐ろしい。あれは擬態だ。ナギト自身も良く使う手だからわかる。シメオンの実力は黒キ星杯への道を切り開く役目を負う協力者たちが束になっても敵わない相手だと。

 

 

「誰だ、あいつ…?」

 

 

背後で疑問の声を漏らしたアーサーに、ナギトは「なるほど」と理解した。

 

 

「お前が知らないって事は……黄昏を引き起こすために筋書きが補強されたってわけか。いい感じに必死じゃねえか」

 

 

運命の強制力が、閃の軌跡Ⅲという物語を完遂させるために用意した“特異点”へのカウンターがシメオンという事なのだろう。

 

 

「俺の相手は決まったな」

 

 

「一緒に突入しないのか?」

 

 

「あいつを止めたきゃ剣聖クラスでも連れて来いって話だな。突入補助組にもローゼリアさんやらトマス副長やら揃ってるが……他の相手もしなきゃならん以上は手に余る。……心配すんな。さくっと倒してそっちに合流するからよ」

 

 

ナギトは太刀を抜いてリィンらにも軽く説明すると黒キ星杯突入組から離脱してシメオンと対峙した。

 

 

 

「やあ、こんにちわ。私は執行者No.Ⅶのシメオンと言うものだ。《幻想使い》なんて呼ばれ方もするけどね。君が異世界からの漂流者とかいう剣客殿だろう?……私の仕事は他にもあると言うのに急遽呼び出されてね。やれやれ、結社のブラック企業ぶりにも困ったものだ」

 

 

シメオンはにこやかに苦労人気質を演出している。それにナギトも付き合ってやれる時間はない。

 

 

「自己紹介は必要なさそうだな。ブラック企業って言うなら辞めるのも手だぞ。今ならなんと俺の標的から外れる事ができる」

 

 

「ははは。なかなか面白い男だな、君は。……だけどこっちもそう簡単に辞められない事情があってね。マクバーンや聖女殿とは比較しようもない非才の我が身だが……少々付き合ってもらうよ」

 

 

 

「少しだけだぞ。こっちは急いでんだから。……ああそれと────」

 

 

抜刀一閃。

 

 

「───韜晦はそこまでだ」

 

 

 

最速の一太刀がシメオンを襲う。

 

 

素早く宙に浮いたシメオンはナギトの“迅雷”を躱して反撃を叩き込む。ナギトは空を裂いて飛来する想片を断ちつつ地を蹴って肉薄する。

 

シメオンは周囲に展開した尖った鏡のような欠片─想片─を操ってナギトを迎撃する。

 

2人の戦闘は宙を舞うようにして開始された。

 

 

 

 

 

まず認めなければならない事がひとつ。

《幻想使い》シメオンは強い。結社最強の一角である。

 

 

「閉ざせ、緋浴の檻」

 

 

マクバーンの焔のアツさ。アリアンロードの極まった武技。レーヴェの苛烈な剣気。それらに見劣りしない猛者であると認めよう。

 

 

「拓け、緋天の庭」

 

 

こういった戦いは自然と気分が上がるものだが、今のナギトにそれはなかった。

 

 

「空は緋く、地は緋く、人は緋く」

 

 

状況がそうさせるのか?否。そういうわけではない。

 

 

「此処に赫奕の陣を敷く」

 

 

アリアンロードやレーヴェとは違い、互いの得物で高め合う事ができないから?それは違う。

 

 

「百里一閃、天を見下ろし」

 

 

マクバーンと違って、その脅威が致命に直結しないから?それも違う。

 

 

「千里一走、地を見上げ」

 

 

理由はシンプルに、ナギトはシメオンの戦いに向き合う姿勢が気に食わないのだ。

 

 

「万里一空、人よ在れ」

 

 

シメオンの実力は先述した結社《身喰らう蛇》最強格に勝るとも劣らない。

隠された実力が詳らかにされたなら、本当は気分上々で太刀を振るうのがナギトの悪癖だ。

 

 

「我が足元に裏返れ」

 

 

しかしシメオンを相手にそうならないのは戦闘スタイルの問題だ。遠距離戦もあれば近距離戦もあり、それは戦闘の愉悦を引き出すに足るものではあった。

だが、シメオンの目つきがナギトに冷や水を浴びせる。冷めた視線は先の冗句を本当の事のように思わせてくる。

 

 

「さっきから何をぶつぶつと……」

 

 

簡単に言うと、シメオンは戦士ではない。

ただ、強い異能を持っただけの男。それがナギトの所感であり、振るう刃が熱を帯びない理由だった。

 

 

「周天・緋浴連理の陣」

 

 

緋色の闘気がナギトから溢れ出し、それは半径3アージュの球体を成した。

 

 

「それは……ふむ……」

 

 

シメオンは目を細めた。

ナギトがつぶやいていたのは呪文だったのだ。カラクリはわからないが、あの緋色の結界を構築するための詠唱。

 

一瞬で大技を発動するナギトが、そういった手順を踏んで発動するという事は相応のものだとシメオンは見抜き、想片を差し向けた。

 

想片は結界の内側に到達すると同時に粉々に砕け散った。

 

 

「っ!?」と目を見張ったシメオンにナギトは語りかける。

 

 

「人は妄想だけで何もできないやつを笑うが……妄想だけで何でもできるお前を見ると恐ろしく思うだろうな」

 

 

「私も君が恐ろしいよ。私のコレは異能だが……君のそれは技術だろう?只人の身で異能の真似事ができるとはね……」

 

 

「だが、俺はそんなお前をこそ嗤おう。その異能の強さは破格だ。だからこれまで芯までアツくなる事はなかったんだろう。あるいはお前の人間性がそうさせるのかもだが」

 

 

「酷い事を言うな、君は。それでは私がまるで非人間のようじゃないか」

 

 

2人の会話は噛み合っていない。ナギトの言葉シメオンに向けられたもので、シメオンの言葉はナギトに向けられたものだ。しかしナギトは会話を成立させようとしない。一方的に話しているだけだった。

 

 

「闘争とは矜持のぶつけ合いだ。正面戦闘だけじゃない、不意打ちや騙し打ちも手のひとつで、どんな手段を使うやつも、それ相応の矜持がある。油断や傲慢で負けるのだってそういった矜持の末だろう」

 

 

だがシメオンにはそれを感じられなかった。

のらりくらりとした態度の裏で闘争本能を尖らせている事もない。戦いに向き合っていないのだ。

 

 

「ちょいと意味は違うが、戦闘では全力で相手を叩き潰すのが礼儀ってのと同じ類の話だよ。……要は礼儀がなってねえんだ、お前は」

 

 

話が通じない様を見て、しかしシメオンは対話を──時間稼ぎをやめない。

 

 

「なら、君が礼儀を教えてくれるのかな?」

 

 

そこでようやく、ナギトの熱く冷ややかな瞳が、真の意味でシメオンを捉えた。

 

 

「いいや。俺がお前に教えるのは敗北だ」

 

 

「吠えたものだ。では再開といこうじゃないか。──これはどうかな!?」

 

 

シメオンが天空に手を翳すと、そこに出現したのは黄金の魔剣。《剣帝》レオンハルトが武器としたケルンバイター。それを巨大化したものをシメオンはほんの一瞬で生成したのだ。

 

シメオンの手掌の動きに合わせて落ちてくるケルンバイター。ナギトはそれを見て浅く目を伏せた。

“緋浴連理の陣”はナギトの闘気が充満した結界であり、現状無意識で組み込めるプログラムは侵入物に対して斬撃を浴びせるというものだけだ。だから刹那に叩き込まれる無数の斬撃に耐えられないものは霧散したように見える。

これの攻略法は斬撃に耐えうる突破力を持つ攻撃をする事である。そういった意味でシメオンの対応は早いし正確だ。

 

だが──────

 

 

 

「言ってやるよ。これはお前にとってクソゲーだ」

 

 

 

───だが、そんな見え見えの大技ではナギトも対処するのは簡単だ。

落ちてきたケルンバイターを一刀で消滅させると再度シメオンに肉薄。迎撃に迸った想片は陣に入ると同時に無惨に消え去った。

 

ナギトの太刀から逃げるシメオン。しかしもう打つ手はなかった。

 

不意を突ける速度の攻撃は強度がなく“緋浴連理の陣”に阻まれ、それを突破しようと大技を放つも、それはナギト本人によって斬り裂かれてダメージにはならない。

 

 

「《幻想使い》……想像したものを具現化する能力は確かに強い。だがシメオン、それはお前自身の処理能力に依存してるだろう?……無意識に出せるのは……その想片くらいのもので、さっきのケルンバイターくらいの大物をイメージするとなるとほんの一瞬だが時間が必要になる。それがお前の弱点だ」

 

 

「ッ……!」

 

 

シメオンの歯噛みはナギトの推測が正鵠を射ている事の証左だ。シメオンがイメージを形にする一瞬のタイムラグなんて本来は隙にもならないはずの、ほんの一瞬のはずなのだがナギトにはそれを突くだけの力があった。

 

 

 

 

そこからの戦闘は詰み将棋の様相を呈した。ナギトの打つ一手一手が確実にシメオンを追い詰めていく。

幻想が形作られる一瞬のタイムラグでナギトはシメオンを攻める。対するシメオンはナギトに有効打を打てない。緋色の結界を突破するための火力を出すイメージは開始から完了までの間に攻撃されて崩されている。

 

 

 

やがてシメオンはナギトの前に膝をついた。その決定的な敗因は、シメオンがナギトに勝つイメージを抱く事ができなくなったからだ。

 

 

「やれやれ……まったくとんだ貧乏くじを引かされたものだ。まさか……これほどだったとはね……」

 

 

 

「《幻想使い》………お前は殺す。ちょっと強過ぎるんだよ。味方になる望みを敵に回る脅威が上回るからな。恨めよシメオン、この場に来た己が浅慮を」

 

 

 

振り下ろされた一刀は、《幻想使い》を殺した。

 

 

 

 

「……………やらないのかい?」

 

 

 

肉体を通り過ぎた刃。しかしそれはシメオンを傷つけてはいなかった。

シメオンは理解していた。ナギトの太刀が斬ったものを。その上でシメオンという人間を殺さないのか、と問うている。

 

 

「もう斬った。これからはただの人として生きろよ」

 

 

 

「君は……甘い男だな。だが……それゆえに強いのか。なるほど、負けるわけだ………」

 

 

 

それはシメオンの完全敗北宣言であり、《幻想使い》の最期だった。

 

 

ナギトが振るった刃。八葉一刀流、終の太刀“光陰閃結”はシメオンに宿る異能、彼が《幻想使い》たるそれのみを斬り絶っていた。

 

シメオンは異能を失い、これから先は人として生きるしかないわけだ。《身喰らう蛇》から退職金が出るかは知らないが、これからは真っ当に日銭を稼いで生きていく事も選択肢に入るだろう。

 

 

 

「さよならだな、シメオン。次に会うとしたら戦場じゃない事を願う」

 

 

 

ナギトは手早く挨拶を済ませると、黒キ星杯の威容を見やる。シメオンにだいぶ時間を稼がれてしまったが、まだ間に合いそうだ。

 

 

突入のために脚に力を込めたナギトの頭上に、紅き翼カレイジャスが到着していた。

 

 

 

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