「ほう、ほう、ほう」
戦端が開かれる間際、戦場に降り立った男は周囲を見渡して笑みを浮かべた。
「中々の布陣ですが……ちとⅦ組を甘く見てるんじゃないですか、クレアさん?それともこれは手心かな……?」
「ナギトさん………!」
クレアの厳しい視線を浴びせられながら、すらり、太刀を抜く。
「ナギト」と彼を呼ぶ声に「おーう」と間の抜けた返事をした。
「旧Ⅶ組所属、新Ⅶ組副担任、ナギト・カーファイさんの合流だぜー」
この場にいるⅦ組のメンバーはラウラとエマ、ユーシスの3人だ。この地点に“楔”とやらを打ち込むために来たが、クレアと鉢合わせしたらしい。
事前にメールでやり取りをしていて、この場で敵勢力と鉢合わせる可能性があると知っていたためナギトはこの場に参じる事になっていたのだ。
「まったく……遅参したものだな、ナギト」
「大遅刻ですね、ナギトさん」
「だか……来てくれると信じていたぞ、ナギト」
ユーシス、エマ、ラウラから嬉しい言葉をかけられて、本気で顔がにやけてしまう。この3人も当然、ナギトと過ごした日々の記憶を取り戻していた。
「────伏せろ!」
どんな洒落たセリフで返してやろうか。その内容を考えるより早く、背後で気配が渦巻いた。
三射、仲間たちの頭上を矢が通り過ぎていく。同時に放たれた一矢をナギトは掴んで返報するが、それは空中で飛来した矢と衝突して地に落ちた。
「《魔弓》か………!」
気づかなければ危うく仲間を失うところだった。近場の樹上に潜んでいた女は跳躍するとクレアの隣に並び立った。
「気づかれてるなら隠れる意味もないわね」
群青の髪を靡かせる彼女の名はエンネア。《魔弓》の異名を冠する《鉄機隊》隊士。直前まで気配を悟らせなかったのはさすがであった。
「これでもまだ…甘い見立てでしょうか?」
クレアは仕返しとばかりにナギトを口撃した。クレア・リーヴェルトと《魔弓》のエンネア、加えて人形兵器多数。確かに戦力は揃っている。
「俺に勝てるとお思いで?」
しかし、ニヤリ。ナギトはやはり笑って見せる。ポーカーフェイスだ。
「私の記憶にあるあなたなら、これでもまだ不足でしょう」
しかしクレアの冷徹な瞳はナギトのハッタリを射抜いている。
「しかしあなたは黒キ星杯でかなりの無茶をしたはずです。………あなたの世界の縁を、無理矢理こちらの世界に通した。私たちにあなたの世界の記憶が混入したのもその影響なのでしょう……?」
見抜かれているなら見抜かれているで、また別ベクトルで嘘をつけばいいだけだ。
ナギトは強がりの表情を一変して嘆息しながら肩をすくめた。
「いかにも、いかにも。……おっしゃる通り俺は弱体化してますよ。元の3割ってところですかね。………それでも言いましょうか。その程度の戦力で、この俺に────」
解き放つ闘気。血を思わせる緋色のそれは、エンネアの主たるアリアンロードが戦闘時に放つそれに匹敵する威圧感を持っている。
クレアとエンネアは僅かに気圧された。
「────《刀神》ナギト・ウィル・カーファイに勝てると思うてか」
凶悪に笑むナギトにしかし、クレアは確信した。
元よりナギトの態度や表情が一変するのはわかっていた。だがこの変貌は威嚇だ。自らを大きく見せて相手を退かせるための。
「………そちらの目的はわかりませんが、鉄道憲兵隊のクレア・リーヴェルトとしてお相手します」
隣で銃を抜いたクレアを見てエンネアも弓を構えた。
「さすがに見過ごすわけにはいかないものね。私もお相手してもらおうかしら」
ナギトも虚勢が見破られるのは想定内だ。それだけの関係をあちらのクレアとは築いていた。
「エマ、仕事を果たせ。ユーシスはその援護な」
「っ……はい!」
「いいだろう」
突然話を振られた2人は戸惑いつつも、この場に来た目的を果たすべく行動を開始。
「私はここでいいな?」
「ああ」
ナギトの隣に立って剣を抜いたラウラ。目線はクレアとエンネアに向けられている。
「2対2……これで公平ですかね」
「2対2…?こちらには───」
ナギトの言葉に反論しようとしたクレアだったが、次の瞬間には絶句していた。
地面から突き出た刃が周囲に展開されていた人形兵器の悉くを貫いたからだ。
ナギトのクラフト“幻造”によるものだった。
「………なるほど、力は衰えても戦巧者ぶりは健在というわけね」
そんな闘気の塊を潜ませれば自分が気づかないはずがない。しかし今はナギトの津波のような闘気が解放されたままだ。その迫力に呑まれて地面に隠された刃に気づかなかったのだとエンネアは理解した。
「やりますか」
とん、と刀の峰を己の肩に置いたナギトは言った。
「TMP所属、クレア・リーヴェルト」
「《鉄機隊》隊士、《魔弓》のエンネア」
2人の名乗り上げにナギトは口角を上げる。
「アルゼイド流師範代、ラウラ・S・アルゼイド」
隣のラウラまで名乗り、いよいよ決闘染みてきた場の空気にナギトも乗っかる事にした。
「彼方よりこの地に至りし“特異点”、ナギト・ウィル・カーファイ」
「いきます!」
「いくわよ!」
「推して参る!」
「こいっ!」
四者四様の裂帛と共に戦闘は開始された。
☆★
「くっ……!」
クレアは苦戦していた。ラウラの剣圧におされて膝をつく。
元からわかっていた事だ。こちらは後衛2人、あちらは前衛2人。ガンガン前に攻めるナギトとラウラを相手にクレアとエンネアの2人では相性が悪い。
それでも決着となっていない要因は2つ。
ひとつは《鉄血の子供達》に与えられた因果を操る権能によるもの。
もうひとつは、ナギトが手を抜いているからだ。
彼は自分の力が元と比較して3割と言っていた。それがブラフだとしても、今のナギトは1割程度の力で戦っているように思える。
彼の本気を知る身からすれば、今のナギトは手抜きという表現すら生ぬるいものだ。
なら、その狙いはなんだ───?
クレアを追撃するラウラを狙ったエンネアの一矢。それを弾くナギトの太刀。
「ラウラ」
「任せよ!」
“洸閃牙”。ラウラを中心に光が渦巻きクレアとエンネアを引き寄せる。振るわれる一閃は光の翼を纏い、2人を打ちのめした。
空中に逃れていたナギトはラウラがその場を飛び退いたのを確認して戦技を放った。
「破空 : 二連突」
それは正確にクレアとエンネアの2人を射抜き、地に叩き伏せた。
幕である。
「まさか……ここまで…………」
差があるとは。クレアは呼吸を整えながら思わずつぶやく。
「すみませんね。あなたは頭が良いから、逆に相手が非合理だと悩むでしょ?」
着地したナギトは事もなげに、己の組み立てたクレア対策を口にした。
導力演算機並みと言われるクレアの頭脳を相手に下手に狙いを定めるのではなく、むしろ何も狙わず非合理に行動する事が特効となる、と。
しかもただの非合理ではなく、クレアが悩むに足る理由をいくつも纏って戦闘開始に至ったのはさすがとしか言い様がない。
「………本気、なんですね」
これまでのナギトの戦い方とは違う。クレアの知るナギトはもっとシンプルに力で捩じ伏せていた。その力が減じたから、相手の思考を縛って戦う。
非合理な行動は、しかして合理の極みだったのだ。
これがナギトの、これまでとは意味の違う全力なのだとクレアは理解した。
「手を抜ける相手じゃないですからね。…だからこその手抜きなんですが」
ニヤリと笑うナギトにクレアは嘆息する。こうも見事に嵌められては言い訳も出てこない。
「ナギトさん、完了しました!」
そこでエマは仕事を終えたとナギトに告げる。
「防御と隠蔽の術もかけました。姉さんくらいしか解けないと思います」
Ⅶ組がこの場に来た目的は、リィンが囚われているであろう《黒の工房》の本拠地を見つけるためだ。そのために各地に楔を打ち込む手筈となっている。
エマはその楔を打ち込んだ。そして楔を封印した。誰にも除去されないように。
その封印を解いて楔を除去できる可能性が最も高いクロチルダも今は敵陣営にいない。
「退散するぞ、増援を呼ばれては敵わん」
徹底を提案するユーシスに「ああ」と答える。
「そうだな───っと!」
それも一足遅かった。
すでにエンネアから要請を受けていたのであろう、《鉄機隊》隊士のアイネスがナギトに強襲を仕掛けていた。
空中から勢いをつけて振り下ろされたハルバードをナギトは手で受け止め───否。
「触れていないだと──!?」
「ミニ緋浴連理の陣、です」
掌に纏った緋色の結界が絶え間なく斬撃を放ち、アイネスの斧槍を弾き受け止めていた。
蹴り。アイネスを突き放す。
アイネスは対空中でバランスを整えて危なげなく着地。
「連絡を受けてきたが……遅かったか?」
アイネスはエンネアに訊ねる。「少しね」と言いながら引き絞った弓から矢を放つエンネア。
ナギトがそれを防ぐ一瞬はアイネスが使役する人形兵器を呼び出すための時間稼ぎだ。
再び、人形兵器がナギトらを取り囲んだ。
その一斉砲射が始まる前に、ユーシスは己の剣を地面に突き立てた。
「聖なる盾よ、守護せよ!」
“プラチナムシールド”。仲間を守る盾が周囲に出現して人形兵器の攻撃を防いだ。
その攻撃の合間にクレアはミラーデバイスを展開してしている。銃撃を反射して光芒を描くはずのそれはエマの“イセリアルキャリバー”にて砕かれた。
息もつかせぬ攻防だった。仲間たちの頼れる姿を見てナギトは満足げに口角を上げた。
「帰ろう。エマ、転移の準備を」
「はい!」というエマの返事を聞き届ける前に飛びかかってきたのはアイネス。そのハルバードの一撃をラウラが受け止めた。
「逃すと思うか!」
アイネスの突撃を援護するクレアとアイネス。前衛がひとり加わるだけで傾いていた天秤を覆す勢いだ。
「雷光撃」
上がりかけた士気を正面から潰すナギトの蹂躙。雷速のそれは人形兵器を残らず撃ち倒し、3人の乙女たちをダウンさせた。
「逃げるんですよ。それでは────」
エマが掲げた杖が魔法陣を描く。太刀を納めてこの場を離脱する、その刹那─────、ナギトは見てしまった。
クレア・リーヴェルトの、どこか安心したような、そんな自分を軽蔑するような、願いと使命の狭間で歪んだ───その
「────────っ、来い!」
だからだろうか。彼女の手を引いてしまったのは。
半ば無意識での行動だった。誰も、本人すら予期していなかった動きは誰にも止められず、転移陣に入ったクレアは魔女の隠れ里へと連行される事となった。
すとん、と腰が抜ける。ナギトとクレア、2人同時に。
「は、はは…………、────────マジかよ」
敵を味方の秘密拠点に連れ込むなんてナギトの暴挙に、誰より早く驚愕の声を漏らしたのは他ならぬナギト自身だった。