八葉を継ぐ者──AAA──   作:クラウンドッグ

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そんな表情を見てしまったから

 

 

クレアを伴ったナギトたちの帰還はエリンの里で大きく取り沙汰されたが、最終的にナギトが「責任はとる」と言った事でひとまずは落着した。

その責任の取り方というのが、クレアを常時監視するという力技なのはさておくとして。

 

と、そんな監視を一時的に仲間に任せたナギトは里の中で目当ての人物のひとりを見つけて声をかける。

 

 

「よーうアッシュ」

 

 

「…カーファイか………」

 

 

どこかばつが悪そうなアッシュに得意げなナギト。

2人が最後に会ってから丸一日も経っていない。今生の別れのつもりだったアッシュはナギトに「またな」と言われて面食らったものだが、今の状況はその予言のようでもあった。

 

 

「無事合流できたようでなにより」

 

 

「あんたは……こうなる事がわかってたってのか?」

 

 

仲間との再会を言祝ぐナギトにアッシュは疑問を投げかけた。いや、それは疑問というよりは確認だった。

 

 

「だいたいはな。……お前らがどんなやり取りをしたのか、なんてのはわからんよ?」

 

 

「そこまで把握してたらキメェよ」

 

 

失意の内にある仲間を立ち上がらせるのは、同じ釜の飯を食った仲間、なんてのは鉄板だ。

 

 

「……まだ、迷いはあるみたいだな」

 

 

見透かすナギトの言葉にアッシュは舌打ちをする。

 

 

「……ああ。だが……それでもう立ち止まったりはしねぇよ。少なくともこの事態が解決するまではな」

 

 

どうやら相当新Ⅶ組の連中に堪える言葉を貰ったらしい。

 

 

「重畳だよ。………ところでアーサー知らない?話す約束してんだけどいねーのよ」

 

 

「……アーサーならさっき里の外に行くのを見たぜ。ただならぬ雰囲気だったが……」

 

 

「とめろや。いやせめて話しかけろ。……ったくあいつめ…………」

 

 

ただならぬ雰囲気の仲間をアッシュはスルーしたらしい。教育的パンチをしたいナギトだったが、アーサーを追うため断念。アッシュに「んじゃまた!」と言ってエリンの里の外に出た。

 

 

 

魔女の隠れ里エリンは、イストミア大森林に魔術的に隠された焔の眷族の棲家だ。

この焔の眷族というのは《焔の至宝》アーク=ルージュを奉った一族の末裔であり、それはエマら魔女の事を意味していた。

 

そのエリンの里だが、人が住居としている場所とは別に迷宮もあれば広場もある、人が生活するのに充分以上のものを備えた異空間だった。

 

その異空間の端、少し広めの空間が広がったそこにアーサーはいた。

 

 

「挑む気か?」

 

 

そこにいる巨大な影──魔獣とは比較にならぬ強力な幻獣に視線を注ぎながらナギトは尋ねた。

 

 

「いいや。……お前と一緒なら何とかなるかもしれないけど……本調子じゃないんだろ?」

 

 

振り返りながらアーサーは言った。

あの黒キ星杯以来の再会だ。先のクレア騒動の際にもちらと顔を合わせてはいたが、2人きりで顔を合わせるのは久しく感じられた。

 

 

「ああ。……まあ本調子じゃなくてもあれくらいなら楽勝だけどな」

 

 

ニヤリ、強がってみせるナギトにアーサーもつられて笑った。

 

 

「久しぶりだなアーサー。アッシュとは上手くやれたようで良かったよ」

 

 

「俺がいなくてもアッシュは戻ってきてたさ、きっと。………でも、そうだな……今ならわかる、仲間の有り難みが」

 

 

胸に手を当てたアーサーに、ナギトは瞑目する。自分もいつかはそんな心境に至っていた記憶がある。

“特異点”というどこまでも外様な自分を、その真を知らずとも友としてくれた者たちの暖かさを。

 

 

「───お前も気づいたみたいだな?」

 

 

開目、話題を一変させる。平時と違わぬ視線、しかしどこか鋭いものを宿したナギトのそれにアーサーも応じた。

 

 

「運命の強制力───、そこにいるはずのない敵の配置、爆弾が取り除かれたはずのカレイジャスの爆散………いろいろあったが、その最たるものは、俺たちの思考の汚染───、俺たちが未来の情報を仲間たちに共有しない……言わば思考のロックだったこと」

 

 

ナギトは顎を引いて肯定の意を示す。

 

 

「強制力のリソースはおそらく有限。俺の時は最後にドバッとだったが……こちらではお前の言った通りの事柄しか起きてない。ちとぬるいと思ってはいたが……まさか俺たちの思考ロックをしてたとはな。………やられたよ、まったく」

 

 

黒キ星杯の完遂以前、ナギトとアーサーは悲劇的な結末を知りながらも、その情報を仲間たちに共有して共に事態の解決に当たろうとはしなかった。

それは運命の強制力が、物語を既定路線に終わらせようとする力によるものだった。

 

 

「けど今はそれもない。……ある意味でお前の観測が閃の軌跡Ⅲだった事が功を奏したな。この現在は物語の軛から外れたものになった。………だから、これからは真っ向勝負になる」

 

 

「俺たちと、ギリアス・オズボーンの」

 

 

「そうだ」とナギトは再度首肯。

 

 

「落ち着いたところで打ち合わせよう。今の方針は変わんねーだろうけどな」

 

 

 

☆★

 

 

 

 

休息を終えた新旧Ⅶ組は里を出てまた各地に“楔”を打ちに行った。

ナギトは留守番だ。というのも、クレアの監視という役目を負った以上、里で軟禁されている彼女から目を離せないからだ。

 

 

 

「………状況はわかるのですが…………ここまで着いてくる必要はありましたか?」

 

 

「更衣室に入らなかっただけ気を遣ったと思っていただきたい」

 

 

ナギトとクレアはエリンの里に湧く温泉に浸かっていた。2人とも湯着である。

 

 

「俺のことスケベだと思ってんならそれは不正解!………でもないですが、それこそ状況が状況ですからねぇ………」

 

 

湯に浸かりながらナギトの冗談もキレがなかった。

 

 

「まあ、ゆっくりしましょうやぃ。俺たちにはそれしかできない」

 

 

目を瞑りリラックスするナギトにクレアも毒気を抜かれている。

 

 

「……ところでナギトさん。……どうして私を…………」

 

 

「ここでその話します?それなりにシリアスな話なんで服を着ないと締まらないでしょ」

 

 

「ふふっ……それもそうですね………」

 

 

ナギトのおどけた雰囲気にクレアは笑ってやって、それから立ち上がった。

 

 

「ではそろそろ上がりましょうか」

 

 

「キュートなお尻ですね、と言いそうだったけどセクハラ認定されそうなんでやめます」

 

 

「セクハラですよ、ナギトさん。……まあ私も虜囚の身なので、相応の覚悟はしていますが」

 

 

「………そこそこ冗談に乗りますよね、クレアさん」

 

 

「あなたはこのタイプの冗談に乗られるとすぐに身を引きます。相変わらず意気地なしですね」

 

 

すべてが冗談らしいクレアの辛口評価にナギトは「くっ…」とぐうの音もでない。

ナギトも立ち上がって更衣室に向かう事にした。

 

 

半身を無に蝕まれた肉体をクレアがどんな表情で見ているのかも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブラックで?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

里でナギトに貸し与えられたクレアを監視するための一室で、2人は改めて会話を始めようとしていた。

 

 

注文通りのブラックコーヒーを目の前のテーブルに置かれたクレアは再度「ありがとうございます」と会釈。ナギトは「いえいえ」と自分もコーヒーを持ったまま対面に座した。

 

 

「良い豆を使っているみたいですね」

 

 

「外とのやり取りもあるみたいで。さすがの情報局でも魔女の里の貿易には手出しできないようですね」

 

 

「帝国は広いですから」

 

 

そう言ってコーヒーを一口含んだクレアにどこか哀愁を感じた。鉄道憲兵隊のクレアからすれば、帝国の広さは日々実感している事だろう。鉄道という速度のある乗り物を使っても帝国の端から端まで移動しようとすれば一日かかる。

 

しかしそんな職務から一時的とは言え離れた今のクレアだからこそ、哀愁や郷愁のようなものを感じられたのだろう。

 

 

嚥下したコーヒーの香りが鼻腔を突き抜けていく。それを堪能してからナギトは口を開いた。

 

 

 

「俺が、どうしてあなたを連れて来たのか…でしたね」

 

 

「はい」と居住まいを直したクレアに微笑んで、

 

 

「なぜだと思います?」

 

 

問われたクレアは目を伏せた。悪戯っぽい問いかけは透徹した眼差しを伴っていて、自分がその答えに至っている事を見透かされている気がしたから。

 

 

「……何度考えてもわからないんです。はじめは私という戦力を奪う事かとも思いました。…しかしこうした現状になった事を鑑みれば割に合わない」

 

 

単純にクレアとナギトという戦力を場から排除した状況が今だ。それでは費用対効果として釣り合いが取れないとクレアは言っている。

 

 

「それに私という指揮官を失ってTMPも統制がとれなくなるでしょう。すぐに代理が立てられるでしょうが…それでも混乱はあります。あなたたちⅦ組にとってもTMPの機能不全がもたらす各地の混乱、市民の危険は望む事ではないでしょう」

 

 

「そうですねぇ」とコーヒーを啜るナギトの間の抜けた返事。

 

 

「それに何より、あなた自身があなたの行動に驚いているみたいでした」

 

 

知っている、わかっている。彼の行動の理由。

「来い!」と自分の手を掴んだ彼の、その時の表情を覚えている。

 

 

「……だから、きっと。………あなたは───」

 

 

ちら、と視線を上げる。目が合ったナギトは「ふっ」と笑みをこぼした。

 

 

「男に言わせるタイプですねぇ、クレアさん」

 

 

クレアは待った。ナギトが己の口で答えを開示するのを。それがどれほど意気地のない事かわかっているのに。

さっきの温泉でのやり取りが脳内を駆け抜けていった。とんだブーメランだった。

 

 

 

「あんな顔した女を放っておけるわけがない」

 

 

 

「それだけです」とナギトは軽々しく言ってのけた。セリフの末尾では再びコーヒーカップに口をつけて、何でもないみたいに。

 

 

クレアは立ち上がって怒号を放ちたい己を必死に諌めて、しかし再び視線を下げた。テーブルに置かれた拳は握られていて、怒りかそれ以外の何かが、あるいは感情がごちゃ混ぜになって震えている。

 

 

「…どうして……!?」

 

 

どうして、そんな理由で。クレアの言葉は尤もである。しかし変わらずナギトはコーヒーを楽しんでいて、それが余計にクレアの琴線に触れた。

 

 

「どうして、私を救けようとするんですか!?……私はあなたたちの敵で!」

 

 

ついに耐えられなくなったクレアは立ち上がった。勢いに傾いたテーブルから滑り落ちたカップを危なげなくキャッチしたナギトに、さらに苛立つ。

そんな爆発した感情を鎮めるのは、あの日の記憶。

 

 

 

 

「───ミリアムちゃんを見殺しにしたのに」

 

 

 

 

2人の脳内に甦るのは黒キ星杯での出来事。ナギトは伝聞でしか知らないミリアムの最期。

沈黙が蔓延った一室で、ナギトは己の心痛を飲み込んだ。

 

 

「あなたは悪くない。あれはミリアムが俺たちを上回っただけ」

 

 

「だけって、そんな………!」

 

 

「あの場でミリアムだけがオズボーンの用意した結末に諍った。仲間の、妹の運命を変えるために《鉄血宰相》の目論見を上回った」

 

 

言ってて反吐が出そうになる。

ナギトはあの場でアルティナではなくミリアムが犠牲となって“終末の剣”になる事を知っていた。己とアーサーが物語を変えられなければ、シナリオ通りに進めばミリアムが死ぬ事を知っていた。

それをミリアムが俺たちを上回ったなどと嘯く自分に。

 

 

「あいつはひとりの人間として己を全うした」

 

 

それでも言えと、自分に言い聞かせる。虚実を入り混ぜて、少しでもクレアを味方側に寄せるために。

 

 

「あいつが死んだのは……もちろん哀しい。でも……誇らしさもある」

 

 

振り返ると思い出がある。演技ではなく本心から涙が出た。

 

 

「最初はただのチビスケで、《白兎》なんて役割に囚われてただけのあいつが………─────ミリアム・オライオンとしての生き様を見せた事を」

 

 

ナギトのこぼれた涙を見てクレアも堪えが効かなくなってその場に崩れ落ちた。

 

顔を伏せて嗚咽を漏らすクレアとナギトにはしばしの静寂が必要だった。

 

 

☆★

 

 

一息ついて、ナギトが追加のコーヒーをクレアに差し出す。今度はミルクと砂糖をたっぷり入れた甘いコーヒーだ。

 

「どうも」とぶっきらぼうに受け取ったクレアはコーヒーを一口含んで、その甘さにホッとしたようだった。

 

 

それからおもむろにクレアは話し出した。自分がオズボーンに仕えるに至った経緯を。

楽器メーカーであるリーヴェルト社に生まれたクレアだったが、交通事故で両親と弟を亡くし叔父に引き取られたものの、その叔父が詐欺紛いの商売で得た利益を隠蔽するためにクレアの一家を交通事故に見せかけて殺害したこと。オズボーンの協力により叔父を死刑に追い込んだが、それで親戚と不仲になったこと。

 

 

悲惨、の一言では片付けられない過去だった。

語るべき言葉を見出せないナギトは、だから話題を次に進めた。

 

 

「……それが、あなたがギリアス・オズボーンに仕える理由ですか」

 

 

単に恩義に縛られているわけではない。もっと複雑な……言葉では言い表せないものによって雁字搦めになっているのだ。

 

 

「俺にはあなたを縛る鎖を断つだけの言葉はありません。………ですが、そうですね………もし仮に生徒が同じように悩んでたらこう言います」

 

 

ナギトは居住まいを正して真摯にクレアに向き合った。仮に生徒が…というくだりはナギトの臆病を隠すためだった。

 

 

「馬鹿野郎。テメーの人生だろうが。テメーの好き勝手に生きりゃいいんだよ」

 

 

言って、数瞬置く。それから逃げるようにナギトはコーヒーを口に運んだ。

 

 

「……そうですね………それができたらどんなに楽か………」

 

 

ナギトの言葉を受けてのクレアの感想に「それですよ」と指摘した。

 

 

「どうしてあなたは茨の道を行くんですか。もっと楽な道もあるのに。どうして傷つこうとするんですか。贖罪なんて自己満足なのに」

 

 

言われたクレアは目を剥いてナギトを見やった。睨んでいる、と言えるのかもしれない。しかしナギトは続けた。

 

 

「近道すればいい。回り道してもいい。わざわざ茨の道を進む必要はない。自己犠牲を厭わない…なんて美徳はクソ喰らえですよ」

 

 

Ⅶ組のやつらがいたら、どの口で…と総ツッコミだったろう。しかしこの場に彼らはおらず、ナギトはそれを好機としていた。

 

 

 

「あなたが傷ついて痛いのはあなただけじゃないんですよ」

 

 

 

「────ッ」

 

 

ナギトの言葉はクレアの核心を揺さぶった。それこそ痛いほど身に染みている事象だ。

 

 

「改めて答えた形になりますが、これが俺があなたの手を引いた理由です」

 

 

言って、今度は半ばやけっぱちに / 満足げにナギトはコーヒーを啜った。

クレアにはもう言い返す気力はなかった。

 

 

コーヒーカップが空になったナギトは席を立つ。

 

 

「少し時間をあげます。落ち着いたら今度は酒でも。……仕事の愚痴でも聞かせてくださいな」

 

 

最後に冗談っぽく言って、ナギトは部屋のドアノブに手をかける。

「ああそれと、これだけ」と振り返ってクレアの背中に語った。

 

 

「あなたがどう生きるかは、あなた自身で決めるべきだ、クレアさん。──これまでの人生に報いるために、これからの人生に向き合うために」

 

 

それは酷く暖かく、酷く冷たい言葉だった。

もはやひとりでは立てないクレアに、それでもひとりで立ち上がれと言う、若輩からの難題だった。

 

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