八葉を継ぐ者──AAA──   作:クラウンドッグ

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お前の名前を取り戻せ

 

 

 

 

それからあれよあれよと言う間にリィン救出作戦の日になってしまった。

新旧Ⅶ組による各地への“楔”の打ち込みは順調に進み、リィンが囚われているであろう《黒の工房》の本拠地を割り出した。

新Ⅶ組では決起軍の長たるミュゼも合流。順調過ぎるほど順調だ。

 

 

それは喜ばしい事だ────が、ナギトは“楔”の打ち込みをサボタージュして得られた成果はゼロ。言葉や手管を尽くしたが、クレアの心を溶かす事はできなかった。

 

しかし、リィンの救出ともなれば敵も本腰を入れて妨害するはず。ナギトも参戦しないわけにはいかない。

 

 

 

「───と、言うわけでクレアさんにはお留守番をしていただきます」

 

 

前回の話し合いでも使った一室でナギトはクレアと向き合っていた。

 

 

「私の監視を解く、と………?」

 

 

クレアはわざとらしく眼光を尖らせた。監視がなければすぐにでも脱出する腹積りだと示しているのだ。

 

 

「監視については里の人たちに代理を頼みました。それに里にはローゼリアさんやらレンやらの使い手も残る」

 

 

 

「………」

 

 

クレアの沈黙にナギトは笑む。それではまるで足りない、と言っているようだった。

 

 

「確かに?クレアさんなら里を脱走するくらいはできるかもですね。ローゼリアさんは抜けてるとこがあるし、レンも天才だがまだ子供……キーアもいるが《零》の抜け殻程度の因果を見る目だけでは、同系統の力を持つあなたには及ばない」

 

 

ナギトの監視はクレアに里を歩き回る軟禁程度に留められていた。仮に上記の3人がクレアを一室に監禁してもそれには及ばない。クレアがやさしく注意喚起しているのはその点だ。

少なくとも今はまだオズボーン勢力にある自分に脱走のチャンスを与えていいのかと。

 

 

「なので────ばきゅーん」

 

 

ナギトは唐突に手を銃の形にするとそう言った。同時に指先から放たれた光はクレアの胸を貫いて魔法陣を形成する。

 

 

「これは………!?」

 

 

狼狽えるクレアにダメージはない。最悪、死んでしまえればどの陣営への呵責も捨てられたのに。

 

 

「ちょいと魔法を教わりましてね………術をかけさせてもらいました」

 

 

嘘か真か、クレアにそれは見抜けない。ここ数日で里の内状もいくらかは知れた。このエリンが魔女の里とも揶揄されるのは、男の魔法使いがいないからだ。それは男性に魔法が扱えない事を意味しているはずだった。

 

しかし相手はあのナギト・ウィル・カーファイ。規格外が人の形を成したような怪物だ。そんな前例を無視して短期間で魔法を習得した可能性も捨てきれない。───と、クレアが思考を巡らせるのすら彼の掌の上なのだろう。

 

 

「ははは。色々考えてるようですが」

 

 

魔法陣は収束してクレアの体内に潜った。

 

 

「それの効果はシンプルですよ。あなたがこの里に害意を抱く──これには脱走も含みます──と、心臓を止める。俺とあなたの両方のね」

 

 

 

「───え……………?」

 

 

言われた事が理解できなかった。いや、理解はできた。だからこそ言葉が出ない。

前半はわかる。クレアによる里への破壊工作や脱走を企てた時点でクレアの心臓を止める。

問題は末尾の文だ。俺とあなたの両方のね、と言った。

 

 

「意味が、わかりません………」

 

 

「またまた〜」

 

 

ナギトの調子はどこまでも軽い。ありえない選択だ。クレアがもし里に害を成せばそれだけでナギトを殺せるのだ。オズボーンに敵対する中で最も脅威である彼を。それの対価が捕虜である自分の命と引き換えなど安過ぎる。

“クレア・リーヴェルトはエリンの里を脱走できない”という命題をクレアの良心に賭けるなど。

 

 

「………俺は信じてるんですよ、クレアさん。あなたは優しい人だ」

 

 

軽さから一転、優しげな瞳を向けられたクレアはそんな建前の思考が崩れ去った。

最初からわかっていた事だ。ナギトからクレアに向けられる信頼は篤い。自分を縛る鎖のために友人の命を擲てないクレアの弱さ(優しさ)を、ナギトは知っていた。

 

 

 

また悲痛な顔になったクレアに、ナギトは困ったとばかりに呵々と笑う。

 

 

「それがマジもんかもわかりませんよ?俺とあなたの心臓をリンクさせるのは嘘かも。そもそも効力なんてないかも……なーんて」

 

 

そうして思考をひっくり返すからナギトは困った人なのだ。

この冗談は失敗したと瞬時に理解したナギトは足早に席を立つ。もうそろそろ出発の時刻が迫っている。

 

部屋を出るナギトの背中にクレアは言った。

 

 

 

「がんばってください、ナギトさん。私個人としてはあなたを応援します」

 

 

 

くつくつと喉を鳴らしたナギトは「あいよ」と生返事をして部屋を出るのだった。

 

 

 

☆★

 

 

 

 

リィンの力強い一閃が6人を弾き飛ばす。

 

苦悶の声を漏らす新Ⅶ組の面々。リィンの鬼の力───否、贄の力を全開にした戦い方に着いていけないのだ。

 

戦士としての格が違うとでも言うべきか。

《灰色の騎士》として名高いリィンの奥の手である“神気合一”の更なる段階。

まるで前座にすらならない力の差だ。6対1という数的有理があってなお埋まらぬ差だった。

 

 

膝を突く6人に、リィンが迫る。

 

灰色の衣装はボロボロで、だけど白銀の髪は輝いて見えて、その眼は金色(狂気)に染まっていて。

その手には、太刀が握られていて。

 

 

「─ぁ……」

 

誰が漏らした声なのか。

死を連想するのに必要以上の絶望感があった。

意気軒高に、意気揚々と、この工房に乗り込んできた。

旧Ⅶ組の面子と、リィンを取り戻すと意気込んで。

 

その結果がこれか。力は及ばず、声は届かず、想いは通じず。

 

この心優しい教官に、教え子たちを殺させてしまうのか。

 

立ち上がる力はなく、立ち上がる気力はなく、立ち上がる意味すら消え果てそうになる。

 

 

だが。

 

 

 

「負けて…やる……もんですかあっ!」

 

 

立ち上がる。

ユウナ・クロフォード。

熱い意志を受け継ぐ女子がまず立った。

 

 

「そうだ…負けてなるものか!」

 

クルト・ヴァンダールが。

 

 

「リィン教官を取り戻すまで…!」

 

アルティナ・オライオンが。

 

 

「ここまで来て、そう簡単に諦められるかよ…!」

 

アッシュ・カーバイドが。

 

 

「はい──託してくださった旧Ⅶの皆さんのためにも!」

 

ミュゼ・イーグレットが。

 

 

 

「俺はもう立ち止まらない。それがこのⅦ組で学んだことだから。証明しよう───俺たちなら理不尽な状況にも諍えるってことを!」

 

 

アルトリウス・ルグィンが。

 

 

立ち上がる。

 

 

しかし、教え子たちのそんな姿を見てもリィンの正気は戻らない。歩みは止まらない。剣は止まらない。

 

贄としての力がリィンの潜在能力を引き出し、無敵とも思える太刀筋が再び6人を襲う───

 

 

 

 

「そこまでだ」

 

 

 

 

────事はなかった。

 

 

低く、力強い声が。

 

 

振り返ると、そこにはナギトの姿があった。

ナギト・ウィル・カーファイ。

 

破格の戦士にして常外の剣士。

第Ⅱ分校に来てからの活躍は言うに及ばず、強さは折り紙付きだ。それは教官、生徒間でも共有されており、その実力はリィンより上位に位置すると思われていた。

 

 

──黒キ星杯で、力の大半を失うまでは。

 

 

ナギトはあの決戦での無理が祟り、本来の実力の半分も出せないのだと本人は語る。

そんな状態で、今のリィンに挑むのは───

 

 

 

 

リィンはすでに死力を尽くして立ち上がった6人から視線を外している。

リィンは新たに現れたナギトに釘付けだ。すでに死に体の6人よりナギトを脅威として見ているのだ。

 

 

「はん」

 

 

ナギトはわざとらしく鼻を鳴らすと、すたすたと無防備に歩いて新Ⅶ組の前に出てリィンと対峙した。

 

 

「ナギト教官…今は……!」

 

「せめて、私たちも一緒に!」

 

 

1人で戦う姿勢を見せるナギトにユウナとクルトが並び立とうとする。

 

 

「さがってろ」

 

 

しかし、ナギトはそれを一瞥もせずに下がらせた。声音にはそうさせるだけの迫力があった。

 

 

「来いよ、馬鹿師弟」

 

 

あろうことかナギトは指先をくいくいと動かして挑発してみせた。

呼応するようにリィンの姿がぶれる。真っ直ぐ踏み込んでの唐竹割り。

 

目も眩む速さに新Ⅶ組の面々はナギトの死を予想した。

 

 

振り下ろされた太刀は容易く躱され、足蹴にされていた。

 

ナギトは半身になって太刀の背を踏みつけていた。

力任せに太刀を振り上げると、ナギトは軽やかに舞ってサマーソルトでリィンの顎をかち上げた。

 

唇の端から血が流れるが、リィンはそれを気にもせず落下してくるナギトを迎撃するために太刀を振り上げた。

 

その刀身の腹を足裏で蹴って軌道を逸らすと、返す刀──ならぬ返す足で再びリィンを蹴り付けた。

 

 

たたらを踏むリィンを尻目にナギトはふわりと着地した。

 

 

「メチャクチャ…いや、やってる事はわかるが…!」

 

 

「まさかナギト教官がこんなにも…」

 

 

アッシュとミュゼはナギトの曲芸に目を瞬かせている。当然の反応だ、自分達が力を合わせても届かなかった力に、ナギトは至極当然と言うように対応している。しかもまだ、得物を抜いてすらいないのに。

 

 

「カス。あまりにもカス」

 

 

心底悲しげに、からっとした語り口でナギトは評価した。

 

 

「いつまで寝てる気だ?……とっとと目ぇ覚ませや───兄弟!」

 

 

兄弟、とそう呼ばれた事でリィンは激しい頭痛に襲われた。ナギトと過ごした青春がフラッシュバックする────

 

 

「……ウゥ………ナギ、ト……………?」

 

 

────が、それが心に火を取り戻すより速くリィンの精神は黒く蝕まれた。

 

 

「ウウ……………オオオオオオォアアア!」

 

 

 

リィンの精神は今深く傷ついている。目の前の仲間を助けられず、黄昏を引き起こす事になった己自身への憎しみすらあった。

 

そんな己を超克できるほどの境地には至っていないリィンを、ナギトは仕方ないとは思っていても期待してしまうのだ。

 

 

「世話の焼ける………」

 

 

ナギトの嘆息を隙と見てとったか、疾風の如き速度で切り掛かって来た。

 

 

「カス」

 

 

それを右手の親指、人差し指、中指の三指で白刃取りする。

リィンの姿が消えて次々とナギトに剣撃を叩き込んだ。

 

 

「カス、カス、カス、カス、カス、はいカスぅ!」

 

 

 

消えては現れ剣を振るうリィンのそれをナギトは容易に捌いていた。それも全部三指での白刃取りでだ。

 

これには見ていた新Ⅶ組の者たちも絶句していた。“贄の力”を解放して人智を超えた膂力のリィンを相手に、白刃取りなんて曲芸で対応しているのだから。

 

 

その最後の一撃で完璧に見切ったのか、ナギトは取った刃をぐいと引き寄せてリィンの体勢を崩すと三度めの蹴りを放った。

リィンの肉体が弾かれたボールのように数回地面をバウンドすると止まった。

 

 

「力と速度でゴリ押しか………愛刀も泣くってもんだぜ」

 

 

リィンから奪った太刀を見ながらナギトは言う。

そして、その太刀をゆるりと構えた。

 

 

 

「来い」

 

 

 

「グゥゥ…………シャアァッ!」

 

 

獣の如き姿勢から飛びかかるリィン。そこに理性は見て取れず─────

 

 

 

「二の型、疾風」

 

 

 

───ゆえに、それはカモにされる。

 

 

 

太刀風は獣と交錯し、その胴を薙ぎ払った。

痛みに喘ぐリィンにナギトは再度叱咤した。

 

 

 

「さっさと自分を取り戻せ、リィン!」

 

 

 

その声にリィンは床の上でのたうち回る。

 

 

「お前ら!もう一息だ、手伝えや」

 

 

自分だけでは不足していると理解したナギトは戦いを見ていた新Ⅶ組────否、工房内の妨害を突破してきた旧Ⅶ組の面々も含めて、Ⅶ組総員に言った。

 

同時に駆けつけたセリーヌが言うには、リィンは心のカケラを失っている状態で、ARCUSを介して皆の声を届ければその欠けは埋まるのだと。

 

Ⅶ組の皆が───否、リィンと強い絆を結んだ者たちがそれぞれ言葉をかけていく。

取り返しのつかない事をしたと己を責めるリィンに寄り添おうと。

 

 

 

「俺も過ちを犯した。すべてを知っていたのに、何も変えられなかった。……でも、だからこそ今を足掻かなきゃ。この手に明日を取り戻しましょう、リィン教官!」

 

 

 

アーサーのかける言葉の真意をリィンが理解したかは定かではない。しかしその声はしっかりと届いて、またひとつリィンの心は満たされる。

 

そうして最後の最後に、まるでおまけみたいに、ナギトの番がやってきた。

 

 

「みーんな…お前の事が大好きだってさ。なるべく早く戻れよ」

 

 

これだけじゃあんまりにも短いだろうか。ナギトはセリフを付け足す事にした。

 

 

「…………いつかの言葉は取り消しだ。お前にゃまだ俺のお守りが必要みたいだからな」

 

 

 

それは元々の世界でナギトがリィンにかけた言葉についてだ。あの内戦が始まった日、トリスタ防衛に失敗したⅦ組はリィンを逃そうとオルディーネの前に立ち塞がった。

リィンを逃す際、トールズでの成長を認めてナギトは弟離れしたわけだが、今のリィンを見ると当時の見立てが正しかったか疑問に思えてくる。

 

 

「手のかかる弟弟子を持つと大変だ。そいつの責任は兄弟子の俺もおっかぶる事になっちまう」

 

 

 

本来なら師匠の責任だろうが、この場にユンはいない。末弟子が思い悩む際に道を示すのは兄弟子よりは師匠の仕事のはずなのに。聞けばリィンはトールズに入学してからずっとユンとはタイミングが合わずに会えていないらしい。そこまで来ると、最早わざととしか思えない。

が、まあいいだろう。ナギトはユンの後継者。八葉を継ぐ者だ。先代の弟子の面倒を見るくらいの甲斐性はあるつもりだ。

 

 

 

「一緒に背負ってやるって言ってんだよ、兄弟。もちろん俺だけじゃないぞ。Ⅶ組のみんなにトールズのコネも使ってこれまで知り合った人たちみんなで───これから知り合う人も含めて、全員で世界の未来を取り戻すんだ」

 

 

それが責任というやつだ。“黄昏”を止められなかった俺たちの。

そして大人はひとりで抱え込まない。周囲の人を頼って、皆で力を合わせて事態の解決に動く。そうして人と人の輪を広げていってこそなのだ。

だって俺たちは人と人の間にある存在──人間なのだから。

 

 

「だから、帰ってこい。お前もとっくに勘定に入れてんだ。戻ってこられないと困っちゃうぜ」

 

 

最後は冗談チックになったのは、やはりナギトらしさだったか。リィンが微笑んだように見えたから満足だった。

 

 

 

 

そうして。そして。リィンの心は満たされた。

 

 

 

☆★

 

 

リィン・シュバルツァーは戻ってきた。

 

その胸に飛び込んだアルティナを受け止めて、優しげな微笑みは元のリィンのもの。贄としての力を解放し過ぎたせいか、髪の色は戻っていないが、それでもリィンに間違いなかった。

 

 

アルティナが離れたのを見計らってナギトはリィンに近づき、奪っていた太刀をリィンの腰の鞘に入れて返却してやった。

それから1秒だけ見つめ合って、ナギトはリィンを力強く抱き寄せた。

 

 

「よく帰ってきた……!」

 

 

らしくないナギトの行動にリィンは少し驚いたが、兄弟分の抱擁を受け入れた。それだけ心配をさせてしまったのだろう。

 

 

「…はは…………、兄弟分が起きろってうるさくてな」

 

 

「はっ、言うようになりやがった」

 

 

リィンの冗句にナギトはニヤッと笑っていつもの調子を取り戻す。Ⅶ組の面々はそんな2人のやり取りを見つめていたが。

 

 

「このまま帰ってパーティーでもしたいところだが……」

 

 

言いながら、ナギトは己の得物に手をかける。リィンも同じだ。それぞれが突破してきた強者たちが、この《黒の工房》の連絡回廊に到着していた。

それだけではない。外に出ていたはずのオズボーンやアリアンロード、《黒のアルベリヒ》までもがⅦ組の帰還を阻まんと集結している。

 

人数差では勝っているが、それでも戦力は互角以下。なにより消耗していないアリアンロードが厄介だ。

ナギトも本調子であれば彼女と張り合える自信はあるが…………

 

 

 

「ここで全ての決着をつけられるか…考えているな、ナギト・カーファイ」

 

 

「そんなに顔に出てた?」

 

 

オズボーンの指摘にどきりとする事もなくナギトは軽口で返す。

 

 

「おおかた自分が十全なら…といった所だろう。だが、もし仮に君の体調が万全であったとしても、この場で事を終わらせる事はできんよ」

 

 

 

挑発を兼ねた事実だ。オズボーンの続く言葉も予想できた。

 

 

「君の大いなる力には大いなる慢心が伴っている。黒キ星杯にて力を削がれた折にその慢心も失せたようだがね」

 

 

「フフ」と何が面白いのかオズボーンは喉を鳴らしている。

 

 

「もし君が最初からなり振り構わず本気を出していたら、我々は黄昏を引き起こす以前に打倒されていただろうに」

 

 

「お戯れを」と《黒のアルベリヒ》は言うが、オズボーンの見立ては正しかった。

イフの話になるが、ナギトがアーサーを“特異点”だと感じた時点ですべての情報を聞き出して打倒オズボーンのために動いていればそうなっていた公算は大だ。

だからこそ、それをしなかったナギトの慢心が際立つのだが。

 

 

 

「返す言葉もない………が、言い返させてもらう」

 

 

だが、ナギトはそれでいいと思ってもいるのだ。

特異点という存在が物語に大きな影響を及ぼしてはならない──という思考ももちろんあるが。

 

 

 

「そんな俺だからここに至れた。仲間たちと共に学び、共に戦い、共に笑い────。そんな日々が俺を形作った。であるなら慢心上等!今ここに改めて名乗らせていただこう!」

 

 

ナギトは大見栄を切る。

 

 

「八葉一刀流二代目継承者、ナギト・ウィル・カーファイ。異郷より推して参る!」

 

 

気分が上がったナギトはノリ良く太刀を構えた。その姿こそトールズⅦ組のナギトだった。

その記憶を得た者たちは口の端に笑みを浮かべ───戦闘開始。

 

 

 

 

 

「荒ぶる神の雷よ──戦場に来たれ!」

 

 

 

初手、アリアンロードの“アングリアハンマー”。戦場そのものを蹂躙する雷の波動が解き放たれた。

 

 

 

「二ノ太刀改メ、螺旋流壁!」

 

 

それを丸ごと受け流すのはナギトの“剣鬼七式”の剣技のひとつ。空間に刻まれた斬撃は螺旋の性質を伴って新Ⅶ組を庇護する繭と化した。

 

新Ⅶ組メンバーの守りをナギトに任せたリィンは跳び上がって空中で太刀に焔を宿していた。

 

 

「龍焔撃!」

 

 

学生時代に使っていた戦技の威力を優に上回る熱量。焔の龍がオズボーンとアリアンロードに迫るが。

 

 

「黒き焔よ──!」

 

 

オズボーンの手にある赤黒き大剣が焔を灯し、振るわれた刃は龍の顎を粉砕した。“黒焔撃”。

 

 

 

「はああぁぁぁ!」

 

 

「むうぅんん!」

 

 

落下と共に太刀を振るうリィンをオズボーンが大剣で受け止める。激突で散る焔は余波だけで戦場の熱を上げた。

 

 

「余所見を───!」

 

「───するかよ!」

 

 

 

瞬時に肉薄したアリアンロードの槍を防ぐナギトの意図は戦術リンクを介して新Ⅶ組のメンバーに伝達される。

 

 

ユウナのガンブレイカーとミュゼの魔導騎銃から放たれた弾丸がアリアンロードに防御を選択させ、次いで攻めるナギトとクルトの剣撃が聖女をその場に張り付ける。

その間にアッシュの仕込みハルバードが鎖を伸ばしてアリアンロードを縛った。

 

 

 

「ソラリス・ブリンガー!」

 

 

 

クラウ=ソラスを装甲として纏ったアルティナのSクラフト。その着弾地点は爆発して相手にダメージを与える。

舞う土煙にナギトは「油断するなよ」と生徒たちに呼びかけた。

 

アリアンロードは槍を軽く一振り。それだけで土煙は散ってその姿があらわになる。無傷ではないが、致命的なダメージでもない。中々に良い連携だったはずだが。

 

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

そんな時、迫り合いに負けたリィンが弾き飛ばされてきた。ナギトはそれを受け止めてリィンを立たせる。

 

並び立つオズボーンとアリアンロードに圧倒的強者の風格を感じた。

 

 

 

 

「どうよ、お前の親父さん」

 

 

「ちょっと政治家とは思えないな。元軍人とは言え」

 

 

ナギトの調子に合わせてリィンが答える。ナギトも端目でオズボーンの動きを見てはいたが、想定より強い。ナギトの元々の世界と比較しても相当だ。

 

 

「ま、やるしかないならやるだけなんだけども」

 

 

ちら、と背後に視線をやる。守るべき雛鳥からトールズの若獅子に成長した新Ⅶ組のメンバー。

その中でも先の連携にすら参加しなかったアーサーが最も力強く頷いた。この戦力差であっても負ける気は毛頭ないと。

 

 

 

 

「我が剣の内にて燃え上がる日輪の刻印よ───天に輝きてその威光を示せ!!」

 

 

 

星杯騎士団、有り得ざる十三人目の守護騎士。アルトリウス・ルグィンの背に聖痕が宿った。

 

 

「ほう、教会の十三人目………お手並み拝見ですね」

 

 

槍を持ち上げたアリアンロードが急速に距離を詰める。振るわれた一撃は人体を貫いて余りある力を秘めていたが────、

 

 

「胸をお借りします、聖女殿」

 

 

──アーサーはその一撃を難なく防いでいた。

 

 

 

「コロナブラスト!」

 

 

 

聖剣から放たれた光線がアリアンロードを吹き飛ばした。

アーサーの“太陽の聖剣ガラティーン”を介した聖痕は、奥の手“マルスフレア”を制御下に置いたものだ。時間制限付きとは言え、その火力は魔神マクバーンに勝るとも劣らぬ。

 

 

「任せていいか?」

 

「任せろ」

 

 

ナギトの問いに即答したアーサー。頼もしい事だ。

 

 

「というわけだ。俺たちで相手になるぜ」

 

 

オズボーンと相対する。消耗しているとは言え6対1。勝ち目は十分あるように思えた。

 

 

「応じよう、新Ⅶ組の諸君。………全力でな」

 

 

 

オズボーンから黒い闘気が溢れ出した。獅子の幻影を背負う圧倒的な覇気。禍々しい大剣は闇を纏って。

 

 

 

「黒啼獅子王斬────!」

 

 

 

「八葉一閃───!」

 

 

 

これはまずいと直観したナギトは奥義を解禁。放たれた斬撃を無に帰した。

 

絶技を放ったオズボーンの硬直時間。その隙に新Ⅶ組の面々はそれぞれのSクラフトを発動した。

 

 

「ヴァリアントチャージ!」

 

「奥義・天眼無双!」

 

「ソラリス・ブリンガー!」

 

「ロード・ガラクシア!」

 

「ギルティカーニバル!」

 

 

「七ノ太刀・刻葉────!」

 

 

間違いなく決まった、そうした確信は瞬時に覆される。

いつの間にか跳躍していたオズボーンは新Ⅶ組怒涛の連撃を回避。勢いのまま剣を地面に突き立てた。地割れでも起こったかと錯覚するほど強烈な一撃──“業滅刃”。

 

 

「なん───」

 

 

なんだ、と言おうとして驚愕をもたらされたナギト。その眼前には今地面に刃を突き立てたばかりのオズボーンがリィンと鍔迫り合いをしていた。

 

 

「くっ…!」

 

 

力負けしたリィンがナギトの隣に膝をつく。すぐに立ち上がったが、その疲弊の仕方は異常だった。

 

 

「ナギト・カーファイ………君が引き起こした事象だ。あちらの世界から流入したのが、よもや記憶だけだと思ってはおるまい?」

 

 

 

「───!!」

 

 

 

瞬間移動のようなオズボーンの動き。そしてそれにリィンだけが対応できている事実。想像しなかったと言えば嘘になる。

 

ナギトは新Ⅶ組の生徒たちを背後に庇いながら言った。

 

 

「気をつけようもないが言っとく。あいつは……時間を止められる。おそらく1〜2秒」

 

 

ナギトの元々の世界で、オズボーンは《時の至宝》だった。血族に伝わる能力をもってオズボーンは時間を支配していた。その世界の情報がこちらの世界に入り込み、こちらのオズボーンも至宝としての力を使えるようになったのだ。

 

ナギトの隣で太刀を構え直しながら、リィンはオズボーンを見据える。

 

 

「俺からあまり離れるな。守り切れなくなる」

 

 

 

「そんな…本当なんですか、時間を止められるなんて……」

 

 

真っ先に絶望感を露呈したのはアルティナだ。この6対1の場面でなお互角に渡り合うオズボーンが時間停止を行えるなんてのは理不尽だ。

ナギトの見立てでは1〜2秒とは言え、達人の戦闘では勝負を決して余りある時間だ。

 

 

「そ…そんなの無敵じゃないですか!?」

 

 

声を荒げたのはユウナ。トールズに入学してからめきめき成長した彼女もまたオズボーンとの力量差を測る事ができるほどの実力者となったが故の叫びだった。

 

 

「たかだか1〜2秒……とは言えねぇな」

 

「それを前提で動きをつくれば……だが」

 

 

アッシュもクルトも同様の反応だ。

 

 

「クルトが正解。俺はオズボーンの時間停止を前提に動きをつくる。……先読みだよ。お前らの経験ならある程度はできるはずだ」

 

 

ナギトは油断なく太刀を構えながら、クルトの意見を肯定した。時間停止を念頭に置いて動くなど埒外的だが、やるしかない。

 

 

「そしてリィン教官は彼の時間停止を認識できる……そうですね?」

 

 

先ほどのアクションとセリフから察したミュゼの言葉が皆に希望を抱かせる。

 

 

「辛うじてだけどな。それに時間停止中は基本的に他者に干渉できない……みんな、その事を念頭に置いて立ち回るんだ!」

 

 

 

 

 

「作戦会議は終わったか?」

 

 

こちらの会話が一段落したのを見てオズボーンは剣を構え直した。

 

 

「そっちもクールタイムは終わったかよ?」

 

 

応じるようにナギトもオズボーンを見据える。ハッタリを効かせたつもりだったが、オズボーンは「フフ」といつもの様に笑うのみだ。

 

ナギトもかつて騎神大戦でやったように“特異点”としての力を解放すればオズボーンの時間停止に対応はできる。しかし今はテスタ=ロッサを召喚した──あちらとこちらの世界に縁を繋いだ──反動で半身が無になっている。その状態で更に“特異点”を使って己の力を削ぐのは怖い。

 

 

 

「落葉舞曲」

 

 

その歩法は暗殺者の如く。舞い散る木の葉に刃を潜ませるが如し。

 

オズボーンの周囲をナギトが取り囲む。その全てが分け身のように思えるほどに気配が薄い。

 

 

「猪口才な」

 

 

相手を惑わせるための戦技。オズボーンでさえ一目ではどれが本物か判別がつかない。

だから、豪快にいった。

“魔皇の暴虐”──黒き闘気は雷光を放つ鎖となって周囲のナギトたちを捉える。が、そのすべてが分け身であり暴虐の鎖はすり抜けていく。

 

 

 

「超過式。八卦、四象、両儀、」

 

 

オズボーンがそれに気づけたのは、その膨大な闘気をナギトが隠そうともしなくなったからだ。

ナギトが太刀に込めていた闘気。封を開いて解放したそれは、全盛期のナギトの出力を一時的に上回る。

 

 

「太極────」

 

 

“太極威刀”──ナギトの戦技の内でも切断力なら1,2を争う斬撃。死角から放たれようとするそれにオズボーンは時間を止めざるを得ない。

 

 

 

「惜しかったな、ナギト・カーファイ」

 

 

惜しむらくは、ナギトとそれ以外で思考が違った事だ。オズボーンの時間停止に対して攻撃か防御かの選択。ナギトは前者を取り、オズボーンに攻勢を仕掛ける事で有利を取ろうとしたが、その他のメンツはそれに着いていけていない。

いくら戦術リンクで繋がっているとはいえ────

 

 

 

「────!!」

 

 

 

可視化されている戦術リンクのライン。ナギトのそれと繋がっているのは、リィンたちだけではない。戦場を異にしているアーサーもそうだ。

オズボーンはアーサーの剣の切先が己を向いている事を理解した。

 

 

時は動き出す。

 

 

「コロナブラスト!」

 

「太極威刀!」

 

 

太陽の一閃をオズボーンは紙一重で躱し、極大の斬撃はアリアンロードを襲った。

すれ違った2人の攻撃は狙いをスイッチした証だ。

 

 

「良く気付いたアーサー!」

 

 

着地しながらナギトは景気良くサムズアップ。アーサーはそれに微笑みで返す。

 

 

「次は一緒に、って言ってたろ」

 

 

 

並び立つ“特異点”に新Ⅶ組の面々も続く。

アリアンロードはナギトの大技を受けて戦闘を離脱。一時的ではあるが新Ⅶ組が揃った状態でオズボーンと対峙する事となる。

 

 

 

「フフ……盤面をひっくり返されるとはな。さすがは“特異点”──運命への反逆者と言ったところか」

 

 

未だ余裕を崩さないオズボーンにナギトは嫌な予感を覚えていた。

そう思った時だ、オズボーンの総身を黒き闘気が包んだのは。それは先の時とすら比較にならぬ暗黒。騎神の力を人の身に押し留めたが如き暴威の具現だ。

 

 

 

「ならば私も全力を尽くすとしよう。ひとりの武人としてな」

 

 

オズボーンが掲げる闇の終末の剣。集う暗黒は終局を想起させる。

 

 

 

「黒啼───」

 

 

それはオズボーンのSクラフトだ。闇を纏う獅子を思わせる極大の斬撃。まともに受ければ戦闘不能は必至だが、ナギトの“八葉一閃”ならば威力を無視して迎撃できる。

 

 

「凄まじいが威力だけの───」

 

「──あなたはこちらです」

 

 

 

オズボーンのSクラフトを再現斬り祓わんと太刀を大上段に振り上げたナギトを横合いから突っ込んできたアリアンロードが突き飛ばして組み伏せる。

 

いくらなんでも早過ぎる復帰だが、身に纏う銀色の清廉凄絶な闘気は騎神アルグレオンのもので、絶招“セイントアウラ”によって呼び覚ました力によってナギトの斬撃を耐えていたのだと理解できた。

にしてもこの《聖女》、愉しそうな顔をしている。この表情はナギトがリィンと肩を並べて戦う時と同じ種類のもので───

 

 

 

「──あんた、愉しくなり過ぎだろ!?」

 

 

 

思わずそうツッコミを入れたナギトを尻目にオズボーンは終末の剣を振り抜いた。

 

 

 

「──獅子王斬!」

 

 

 

オズボーンのそれは《聖女》の聖技にも匹敵する。つまりナギトを欠いた今の新Ⅶ組では対処不可能で────そんなナギトの読みを外す、希望の輝き。

 

 

 

 

「───天照 / 八咫鏡」

 

 

 

“太陽の聖剣”が力を解放する。それはかつて暴走した聖剣に呑まれたアーサーが地域を灼き尽くさんと放った陽光を防御に転じたもの。

騎神の奥義に匹敵するオズボーンの斬撃すらをも受け止める。

 

 

そして、陽光が暗黒を受け止めた隙に黒焔──否、“刻焔”を灯すリィンの太刀。

 

 

 

「刻焔纏刃───!」

 

 

 

その刃は暗黒の斬撃を消し去った。

 

 

当然の話だが、ナギトの世界の情報が流入した事でオズボーンに《時の至宝》の力が使えるのなら、その後継たるリィンにも同じ事が言える。

 

すなわちリィンは《時の至宝》と《焔の至宝》の次代としての権能を宿した慮外の剣士として覚醒したのである。

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