八葉を継ぐ者──AAA──   作:クラウンドッグ

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特異点の決意

 

 

 

《黒の工房》での戦闘は落着した。

オーレリアら実力者の救援もあり、リィンはヴァリマールと終末の剣(ミリアム)を取り戻して一行はエリンの里へと帰還を果たした。

 

工房では助けてくれたクロウとデュバリィとは別れる事になってしまったが、ひとりの犠牲も出さずに事を成し遂げる事ができたのは僥倖と言えよう。

 

 

それから一両日が経過し、エリンでの準備を終えた一行の前にクレアが現れた。

 

 

「改めまして──クレア・リーヴェルトです。これからは皆さんと共に閣下の“黄昏”に立ち向かう所存です。……色々と迷惑をかけた身──事が終われば処罰は受けます。それまではどうかよろしくお願いします」

 

 

 

そうした宣言と共にクレアが仲間になった。これまでナギトがどんな言葉をかけても靡かなかったのに、リィンと15分ばかり話しただけでこれだ。人たらし力が違い過ぎる。

 

 

「お兄様が来た途端これだよ。あーやってらんね!いいんだけどね、別にいいんだけどね!」

 

 

そんな風にわかりやすく拗ねてみると全員から「何言ってんだコイツ」という目で微苦笑された。

 

 

「その…ナギト……言い辛いんだが……たらしなのは君も同じというか……」

 

 

リィンの慰めに「安っぽい同情なんていらねぇやい」とさらにいじけて。

 

 

「それはいいとして。ナギト…‥この後少し付き合ってくれ。みんなもいいか?」

 

 

「よくないが?いや、いいけど」

 

 

ナギトの駄々っ子モードをばっさり切り捨てたリィンに文句を垂れつつ提案を了承する。というか、他のみんなには確認をとってもナギトが付き合うのは確定なあたり扱いが雑だ。

 

その後、リィンに導かれるままに里のはずれまで歩いてきた。奥には騎神や機甲兵があり、それこそ模擬戦を行うには充分な広さと言えた。

 

 

そこでリィンは今後の戦闘で“贄の力”を使う事を打ち明けた。軽い反対はあったものの押し切って、その試運転をナギトに任せたいのだと言う。

 

 

「まあいいだろ。どっからでもかかってこいやー」

 

 

気の抜けた声音とは裏腹に一分の隙もなく太刀を構えるナギトに嘆息しつつリィンは力を解放した。

 

 

「鬼気解放──!」

 

 

 

その灼眼に理性の色が見えるあたり、黒の工房の時と違いコントロールはできているようだ。

 

と、ナギトが関心したのも束の間、リィンの姿がブレる。剣風を纏う斬撃は“裏疾風”を贄の力で底上げしたもの。

 

 

「鬼疾風!」

 

 

「おー、かなり速いな」

 

 

追撃の風の刃を放つべく構えたリィンの背後にナギトはいた。

馬鹿な、今そこにいたはずだ。──リィンの思考を先読みしたように、あるいは手本を示すためか。

 

 

「閃行嵐舞」

 

 

斬撃の嵐は一閃にて成された。それこそは剣鬼七式、六ノ太刀。教示された剣技はリィンへの期待が込められていた。これまでなら戦闘不能必至だったリィンだが、今なら。

 

 

「はああ!」

 

 

贄の力でブーストアップした膂力での“螺旋撃”。手傷を負いながらも戦闘不能を拒否。

 

だが、ナギトもそれを座して見ていたわけではない。

 

 

「鳳凰裂破」

 

 

剣を捨てた元《剣聖》カシウスが、それでも奥義とする螺旋の極致。あらゆる迎撃を受け流す鳳凰がリィンに対応を迫る。

 

その螺旋の前には防御すら無意味だと見て取ったリィンは回避を選択。“鳳凰裂破”は地面を抉るより早く中断された。

 

 

「はは………」

 

 

リィンから漏れ出たのは乾いた笑み。“鬼疾風”に対する“閃行嵐舞”、“螺旋撃”に対する“鳳凰裂破”。いずれも己の先をいく戦技だ。

 

 

「なら、これは────!」

 

 

刹那に分け身を侍らせたリィンが発動するのは“灰ノ太刀・滅葉”。

“落葉”を練り上げた“刻葉”をさらに贄の力でパワーアップさせたもの。

 

 

「それじゃない」

 

 

ピタリ。黒の工房でそうしたように、ナギトは真剣白刃取りにてその突進を止めていた。

 

 

「ッ───!」

 

 

距離を取る。あっさり離れてくれたナギトに戦慄する。贄の力を解放してなお、こんなに差があるのか。これでナギトの力が5割も削がれているのだから恐ろしい話だ。

あるいは、だからこそ普段の慢心もなく《刀神》としての神髄を見せられるのか。

 

 

「手を抜くなリィン。使えよ」

 

 

そう言うナギトの瞳はどこまでも優しげだ。“兄弟”なんて呼びながら、いつかラウラが言及した通り、その剣の本質はやはり“兄”のそれだった。

 

 

 

「──ああ。受け止めてくれ……兄弟」

 

 

 

「どんと来い──兄弟」

 

 

 

ナギトは示した。今のリィンがどれほど力を尽くしたところで届かぬ領域にある事を。それは転じて、リィンがどんなに暴走しても抑えてくれる証左となる。

 

だからリィンはさらなる力を解放できた。

 

 

 

「──刻焔纏刃!」

 

 

太刀に宿る黒き焔はオズボーンのそれとは趣きが違う。さりとて聖なるものでもなく、“時”と“焔”の至宝の次代に選ばれたハイブリッドの権能。

 

 

 

「これが俺の全力だ。……さすがに“戴天”まではできないみたいだな」

 

 

 

“刻焔戴天”───ナギトの世界にてリィンが至った2つの至宝の力を高めた戦技。黒い焔が太陽のように輝く絶技は、今のリィンには扱えない。

 

 

「あっちの世界から漏れ出ただけの力でそこまでやれんなら上等だろうよ」

 

 

 

その理由はシンプルで、時と焔の二至宝に選ばれたのはあちらのリィンであり、こちらのリィンではない。あちらの世界のその情報がこちらの世界に流入しているとは言え、その力をあちらの自分と同等に振るえるわけがないのだ。

 

 

「その力を縦横無尽に振り回せればお前は無敵だ。今の状態じゃねーと使えないのがネックだが……制限時間内に相手の懐に入る能力を高めろ」

 

 

ナギトは太刀を納刀した。リィンの“刻焔”は触れたものを瞬時に焼き尽くす能力があるからだ。それはナギトの得物であるゼムリアストーン合金製の“明星村正”でも同じだ。

代わりに“幻造”の太刀を握り、周囲にそれと同じものをいくつも浮かべる。

 

 

「掻い潜ってみせろ」

 

 

セリフの終わりに放たれる太刀。浮かべてあったそれらはナギトの意思により空を疾る。

リィンがいくら捌こうと尽きぬ剣雨は接近を許さず──────。

 

 

 

 

 

「グゥッ──ウオォォォォ!」

 

 

“鬼気解放”の制限時間──、その意識が闇に呑まれた。

 

ダメージを負う事も構わず肉薄するリィンにナギトは目を伏せる。獣のような動きは手加減に手加減を重ねなければ危うく殺してしまうところだ。“刻焔”も消えている。

 

鍔迫り合う。間近で交錯する視線にナギトは喝を入れる事にした。

 

 

「拒絶するな。受け入れろ。乗りこなせ」

 

 

一合、二合、三合。再度、鍔迫り合い。

 

 

「贄がなんだ───お前の内にあるそれはもうお前のもんだろうが!」

 

 

弾き飛ばす。未だリィンに正気は戻らず。

獣性に任せた突撃をひらりと躱したナギトは首筋に手刀を振り下ろした。

 

気絶して地に伏せって動かなくなったリィンを見下しながらため息。

 

 

「課題が多いな。さすが主人公」

 

 

そう冗談めいた感想を述べるのであった。

 

 

 

☆★

 

 

 

リィンの贄の力の試運転に付き合ってから数時間、一行は出発の準備を整えていた。

 

エリンの里で半ば私室となった部屋で、ナギトは荷物をまとめ終えた。

 

 

「ノックくらいしろ」

 

 

ドアがキィと音を立てて来訪者の存在を報せる。

 

 

「すまぬな。……準備は終わったか?」

 

 

ラウラであった。

 

 

「うん。もしかして俺待ちだった?」

 

 

「いや、まだ時間はある」

 

 

ラウラは唐突にナギトに距離を詰めた。「うおっ」と声を出したナギトに構わず、その身を壁に押し付けた。壁ドンだ。

 

 

「そなたと少し話したいと思ってな」

 

 

ナギトは片眉をつり上げた。検討がつかない、というポーズではあるが、実際のところ予想してなかったと言えば嘘になる。

 

互いの吐息がかかる距離。ラウラの琥珀色の瞳はナギトを射抜いていた。

 

 

「………女たらしらしいな…………?」

 

 

「リィンの事か?──んむっ」

 

 

話題を躱そうとしたが、ラウラの動きが早かった。ナギトが避ける暇も与えず唇を奪う。

 

 

「……強引だな」

 

 

「避けなかったくせに何を言う」

 

 

避けられるわけがないのだ。半ば不意打ちに愛する人の顔が迫れば。

 

 

「そなたは私の婚約者であろう?」

 

 

ラウラがナギトを放す。自由になったナギトはラウラを正面から見据えた。

 

 

「ラウラ、それは」

 

 

「用件はこれだけだ。集合時間に遅れるでないぞ?」

 

 

ラウラはナギトのか細い声を聞こえなかったふりをして部屋を出て行った。ナギトからどんな言葉が発せられるか理解していたからだ。

 

 

「……ったく。……で、あなたは何の用です?」

 

 

去ったラウラが閉め損ねたドアの隙間から顔を覗かせていたのはクレアだ。

 

 

「……お邪魔でしたか?」

 

 

「いえ。お恥ずかしいところを」

 

 

「その……出発前にコーヒーでも、と思いまして」

 

 

「俺のことを召使いとお思いで?」

 

 

シリアスになりそうだった雰囲気をクレアにのって回避する。ナギトはクレアを室内に招くと注文通りにコーヒーを出した。

 

 

「慣れた手つきですね」

 

 

「そりゃあ慣れますよ」

 

 

ラウラの実家、アルゼイド子爵邸でもクラウスに教わっていたし、エリンの里に来てからはクレアと話すたびに緩衝材の如くコーヒーを扱っていた。淹れるのも慣れるというものだ。

 

 

「そちらではなく。……女性を誑かすのが、という意味です」

 

 

「帰りてぇ〜」

 

 

その話題の展開にナギトは本心を吐露した。

本当はわかっていた。クレアが仲間入りしたのもリィンは最後の一押しだけで自分が心を溶かした事を。ラウラが唐突に現れてキスだけして去っていったのもクレアへの牽制だという事も。

 

 

冗談のように振られた話題をスルーしてクレアの前にコーヒーカップを置いた。対面に座ってナギトもコーヒーを一口。

 

 

「一応言っときますけど、俺はこの世界に根を張るつもりはないですよ」

 

 

ラウラとはまた別の意味でクレアに釘を刺す。

クレアは優雅にコーヒーを口元に運ぶと「ふふ」と笑った。

 

 

「少し匂わせただけでその反応……よほど自信があるようですね」

 

 

「そっちから振ってきたんでしょーが!」

 

 

と、そんなやり取りで話題はリセット。

 

 

「でも、助かります。あなたが仲間になってくれて頼もしいですよ」

 

 

「頼もしいだけ、でしょうか?」

 

 

「嬉しいとか言わなきゃダメすか?」

 

 

話題の残滓でまた冗談を重ねて、「ふう」とナギトは息を吐いた。

 

 

「嬉しいのは間違いないですよ。俺はクレアさんのこと好きですからね」

 

 

「────」

 

 

面食らったクレアが何かを言う前にナギトは続ける。傾けたコーヒーカップに視線を注いで彼女の眼差しを躱しながら。

 

 

「レクターさんも、ルーファスさんも。なんならギリアス・オズボーンも、好きです。……それはたぶんアーサーも同じです」

 

 

「…………それが“特異点”……という事ですか?」

 

 

話題の色を変えたナギトに、クレアは疑問を呈して乗る。

 

 

「当たりです。………俺たちはこの世界を愛してる。だから生を受けた」

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「ナギト教官の部屋にまた女の人が………」

 

 

「ってクレア教官じゃない!?」

 

 

と、呆れやら慌てやらの感情を出したのは新Ⅶ組のクルトとユウナ。

 

 

「クク……あの教官も隅に置けねぇな?」

 

 

「うふふ…、ここ数日ナギト教官はクレアさんのケアをしてましたしね」

 

 

アッシュとミュゼは笑いながらそれを見ていた。

 

 

「……理解不能です。あの人はそんな場合ではないとわかっていないのでしょうか?」

 

 

「…………なにやってんだか」

 

 

最後に嘆息したのはアルティナとアーサーだ。

新Ⅶ組の面々は里の中心で集合時間前に集まっていた。そんな殊勝な心がけの甲斐もあってか、ナギトを取り巻く恋愛事情を開け放たれた窓から覗いていていた。

 

 

「シュバルツァーほどじゃねぇがあの野郎がモテるのはわかるぜ。耳触りは良かねえが響く事を言ってくれやがる」

 

 

そこで唯一と言うべきか、ナギトへのフォローとも言えぬフォローを入れたのはアッシュだ。

 

 

「そうですね……遅効性とも言うべきでしょうか。ナギト教官は芯に届く言葉をかけてくれます。とは言え恋愛にうつつを抜かしている場合でもないのも事実……」

 

 

「お前が言えた口かよ、エセふわ」

 

 

ミュゼのわかりにくいボケにアッシュがきっちりツッコミを入れてみんな揃って微苦笑した。

 

 

「……出歯亀はよそう。品がない」

 

 

努めてナギトとクレアから視線を切ったのはアーサーだった。

 

 

「品がねぇだぁ?お前だって気になってんだろうが?」

 

 

そんなアーサーの顔をいらやしく覗き込むアッシュにチョップ。「イッテ」と額をさするアッシュを尻目に振り返って新Ⅶ組のメンバーに相対する。

 

 

「恋愛にうつつを抜かす余裕はない、確かにな。それどころか世界がどうにかなるかもしれない状況だ。……だから俺たちは黄昏に諍う。恋愛にうつつを抜かしても良いような日常を取り戻すために」

 

 

雰囲気を変えたアーサーにいの一番に乗ったのはユウナだった。

 

 

「うん、その通りね。…その、恋愛がどうとかって話はアレだけど………アーサーの言う通り!」

 

 

「当たり前だった毎日を取り戻す、か……。確かにそれは人間らしい決断だ。目の前の事ばかり気を取られていたが、僕も同意しよう」

 

 

クルトも賛成した。慌ただしいだけでなく命の危機もあったここ数日で見失いかけていた決意を取り戻す。

 

 

「新Ⅶ組、改めての決意表明ですね。平和を取り戻したあかつきには私もリィン教官と……」

 

 

ミュゼは端的にそれを支持し、ついでに後半の部分について今度はユウナからツッコミをもらう。

 

 

「はっ……んな熱血なノリは柄じゃねぇが……乗ってやるぜ。俺は俺で事情もあるんでな」

 

 

アッシュは自身の心に霞むリィンと同種の贄の力に想いを馳せつつⅦ組である事を受け入れて。

 

 

「はい……!喪ったものはもう戻らないとしても……せめて手の届く範囲は守れるように……!」

 

 

最後にアルティナも同意してくれた。姉と慕うミリアムを喪った彼女の眼差しは誰よりも尊いものを含んでいて。

 

それだけでかつてのアルティナを知る者は感極まるだろう。感情の起伏の薄かった《黒兎》がアルティナ・オライオンとしての道を歩んでいる事に。

現にユウナなんかはアルティナを抱きしめて撫で回している。思わず笑ってしまう光景に日常を垣間見て、ゆえに一層決意は固く。

 

 

 

「新Ⅶ組、改めて再始動だ。先輩たちと力を合わせて俺たちの──すべての人の明日を切り拓く!この素晴らしい世界を、当たり前の青春を取り戻すために……!」

 

 

 

アーサーのまとめに「おう!」と景気良く新Ⅶ組の声が揃う。

 

 

声に気づいたのか、窓の奥の室内にいるナギトと目が合った。笑みを交換する。

 

2人の“特異点”の決意は同時だった。

絶対にこの軌跡をハッピーエンドにしてみせる。

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