ブリオニア島、陽霊窟でⅦ組はクロウと対峙する事になった。
そこで明かされる黄昏とは、呪い───、相克とは騎神同士の奪い合いを結実させるための《巨イナル一》の呪いである事実。
世界を大釜と見立て、今まさに始まらんとする闘争は炎となりて、七つに分たれた騎神は《巨イナル一》へと再錬成される。
三度に渡った結社の実験もそれと同じで“闘争の果てに奇蹟が起きるか”という命題の元に行われていた。
ヴァリマールはオルディーネに勝利した。
騎神の奪い合いとは呼んで字の如く、敗者の力を勝者が総取りするものだった。オルディーネの力がヴァリマールに吸収される。そしてクロウも不死者である事実からその身を失せかけていた。
「戻ってこいクロウ!俺には、俺たちにはお前が必要なんだ!」
だが、リィンの呼びかけに応じたヴァリマールがオルディーネに力を逆流させた事により眷属化。クロウとオルディーネの存在は世界に留保された。
その後ぶっ倒れたリィンを島の小屋へと運んで目覚めを待つ。目を覚ましたリィンに告げられたのは、クロウの余命の期限について。
一旦は留められた
「そのことなんだが………クロウ、その髪どした?」
ひょいと手を挙げたナギトが意味ありげにクロウの頭髪について言及した。
クロウは元は艶のある銀髪だったが、不死者になった折、それは生気を失った白髪へと変貌していた。だが今、クロウの髪の一房だけが銀色を取り戻していた。
「こいつは………まさか……」
理解したらしいクロウに頷いて、皆にもわかるように話す。
「俺の元いた世界ではクロウは不死者じゃなかった。………黒キ星杯で俺はテスタ=ロッサを呼び出したが、それは世界を区切る壁を破るのと同義だった。お前らには俺がいた場合の世界の記憶もあるな?」
Ⅶ組の面々は顔を見合わせて首肯した。
「もうひとつの結末を辿った世界───、こちらとは別の要因で世界がヤバかったが……」
七の騎神が揃い踏み演じた“騎神大戦”。その闘争エネルギーにより世界に孔を開けるオズボーンの思惑。崩壊しかけた世界を“特異点”の力によって巻き戻して消失したナギトの存在。されど記憶に霞む八葉の剣士は因果の逆転により存在を確定した。
「その世界の情報───いや、因果と言った方が正しいか。……あちらの世界の因果がこちらに流入している」
オズボーンとリィンに《時の至宝》の力が芽生えた事もそうだ。向こうの因果がこちらに影響を及ぼしている。
「とは言っても強度が違う。あちらの世界においてクロウは死んでいないが、その因果はこちらの世界でクロウが死んだという現実を上書きするには至らない───が、その銀髪はお前が不死者であるという事実への侵食だ。………一縷の望みは…ってとこじゃないか?」
と、いったところで「あの」とクルトが挙手した。
「僕にもあちらの世界の記憶はあるにはあるんですが……どうにも現実感がないと言うか」
「俺もだ」とアッシュも続きユウナとミュゼも追随する。アーサーは渋い顔だ。
「ああ、俺とお前たちにはあんまり接点がなかったしな。アルティナは別だが。……たぶんだけど、俺と関わりのある人ほどより鮮明にあちらの世界の記憶を保持してると思う」
「それはナギト教官が“特異点”と呼ばれる存在だからでしょうか?」
ミュゼがそう言った。「特異点……?」とユウナなどは疑問符を浮かべる。
「たぶんそう」とナギトは含みのある肯定をした。
「……この期に及んで隠し事かしら?」
サラの言葉で皆の視線が集まる。ナギトはため息をついて観念した。
「これは憶測だしお前たちには関係なさそうだから黙ってたんだが、そう言われちゃ仕方ない」
後頭部をがしがしと掻いた。頭の中で語るべき事をピックアップする。どこから話したものか。
「まずは“特異点”についてだな」
ナギトは“特異点”の存在について語る。この世界が物語である事はぼかしつつ、人の願いが結晶化した存在のことを。その存在によって世界は正史から分かたれて別史へと変じる事を。
「なら……ナギト教官は何らかの願いを抱いてこの世界に生まれたという事ですか?」
ミュゼが打ったのは絶妙な手だった。ナギトがどんな願いを内包して誕生したか把握する事でこの世界にどんな影響があったのか、今後どのような影響が予想されるのか、そういったものを分析するための質問。
だが、ミュゼには珍しく前提が抜けている。それも無理からぬ事だ。それこそ推理するための前提を知らないのだから。
「いや、この世界で俺はイレギュラーだ。俺が願いを叶えた世界は、俺が元いた世界────、この世界では俺とは別の“特異点”が生まれ、そいつの願望のために世界は正史から分岐した」
アーサーに視線をやる。これまでの説明で口を挟まずむっつりと黙っていた彼を。皆はナギトの目線を追って驚愕した。
「まさか……アーサー、君は……!?」
「おいおい、マジかよ……」
「そんな……信じられません……」
「アーサーが特異点だって言うの……?」
新Ⅶ組の驚きは尤もだ。これまで級友だった男が世界の命運を左右すべく生まれた存在であったのだから。
ミュゼは例の如く顎に手を当てて高速思考している様子だったが、その答えが出るより早くアーサーはナギトの隣まで来て皆に向き直った。
「そうだ。俺がもうひとりの────いや、この世界の“特異点”だ」
☆★
そこからの話はかなりの悶着があったものの、最終的には一致団結して黄昏を阻止する方向で固まった。終始神妙な表情を崩さずに内心の気まずさを押し殺していたデュバリィが仲間になった。
教会の守護騎士であるガイウスのメルカバに乗り込んでいざ皆で行動開始───、と言った段でナギトが単独行動すると言い出した。皆の責めるような視線がナギトに刺さる。思い出されるのは内戦の折、同じように単独行動を許した結果《Ⅶ組英雄化作戦》なるものを実行したナギトへの非難である。
「いや、今回はマジで何も企んでねえから。すぐ戻って来るって」
と、自己弁護に根拠もなく誰かが同行する流れになるがナギトは断固拒否。目的地は帝都で市民の様子を見て来るだけだから人数はいらないし、もし発見された場合でもひとりの方が逃げにくいと語る。
「お願い、信じて……」
上目遣いでうざったらしい程の懇願を受けてⅦ組はナギトの単独行動を許した。
その後軽く合流の打ち合わせなどをして、いざ出発……の前にナギトはクロウに向けて言った。
「もしリィンが暴走しそうになったら引っ叩いて戻してやっとくれ。お前ならできるだろ」
「ったく……仕事を押し付けてくれやがるもんだぜ」
ナギトは「悪いな」と微苦笑して手を振ってから帝都近郊へと降りた。
そこからナギトは帝都に入り、バルフレイム宮に潜入し────、ギリアス・オズボーンと対面した。
「来たのか、ナギト・ウィル・カーファイ」
「ダメ元だったけど、まさかホントに会えるとは。こんな時でも執務ですかい?」
果たして、宰相執務室にオズボーンはいた。まるで平時と見紛うばかりに書類に目を通している。
「こんな時だからこそ、だ。………茶でも飲むかね?」
ようやっと書類からナギトに視線を移したオズボーン。敵対している者同士で、何とも隙だらけな事だ。
「お構いなく。すぐに帰るつもりなので」
オズボーンを良く視る。その背後に黒いナニカが不気味に蠢いている。これまで彼のオーラの類いだと思っていたものこそが、おそらくは帝国の呪い───贄の大元なのだろう。
「私の暗殺に来た───、というわけでもなさそうだな?」
オズボーンの様子はあくまでいつも通りだ。しかしこの状況から察するに、そうして欲しいようにも思えた。
「───、そうですね。……あなたは俺の想定よりずっと強い。僅かばかりとは言え《時の至宝》の権能も勘定すれば……命懸けになるでしょうから」
この世界のオズボーンはナギトの元々の世界の彼より強かった。色々な要因が挙げられるが、おそらく一番は不死者である事が考えられる。
それに精神面でも、リィンやアッシュが暴走する原因となった贄の力─あいつらのは欠片だが─の大元を抱えて暴走の兆候もないのはさすがと言える。よほど精神が強くないとあっという間に呑まれてしまうだろうに。
「では……まさかとは思うが、話しに来たとでも言うつもりかね?」
「まあそうですよ。………あなたが止まれないのはわかったので収穫はあったとしますが」
この発言の意図をどれだけ汲み取ったもらえただろうか。相手はあのギリアス・オズボーンのため心配は無用だろうが、ナギトはもう一歩だけ踏み込んでみる事にした。
「すみませんね……あなたは俺に期待してたかもしれませんが、それには応えられません。俺の剣はまだそこまで至っちゃいない」
この黄昏が始まる前、第Ⅱの演習で帝都を訪れた際にオズボーンは“絶対的な敵”はいると語った。そしてそれはオズボーンに取り憑いている黒く蠢くナニカだ。つまりオズボーンはそれに見張られているとも言えた。
「それに……これはきっと俺の役目じゃない」
だから迂遠に言うしかないのだ。
「どういう意味かね?」
少しだけ口角を上げたオズボーン。彼にナギトの発言の意図は伝わっている。彼は言わせようとしているのだ。オズボーンに取り憑いている黒に対しての、宣戦布告を。
「覚悟しとけよ、って意味。お前の野望は打ち砕かれる。俺たちによってだ」
言い切ってからナギトは、来た時と同じように音もなく執務室を出た。
それから帝都の様子を探った後、ナギトはⅦ組に合流するのだった。