八葉を継ぐ者──AAA──   作:クラウンドッグ

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必然と偶然

 

 

 

Ⅶ組のパンタグリュエル乗艦は《千の陽炎(ミル=ミラージュ)》についての説明を受けるためだ。

ミルディーヌが考案しナギトが支持した、世界各国による対エレボニア軍事同盟。その内容が詳らかにされる時が来た。

 

パンタグリュエルに招待されたのはⅦ組だけではない。《千の陽炎》に参加する各国の代表やエステルやロイドと言った有志たちも一同に会した。

 

 

会議が始まる前にエステルらリベール組、ロイドら特務支援課と邂逅する。リィンは過去にロイドと敵対した事もあったが、2人はすぐに打ち解けて握手を交わした。

“黄昏”を止めたいのはリベール組も特務支援課もⅦ組も同じだ。

 

 

 

「ナギトも………久しぶり」

 

 

「久しぶり、ロイド。………さすがのお前も戸惑うよな、記憶が2つあるってのは」

 

 

次に彼らが視線を向けたのはナギトだ。彼らとは元々の世界で出会っていた。黒キ星杯以降、あちらの世界の記憶が流れ込んで来たのだろう。

 

 

「ああ……君がいる世界と、こちらの記憶………俺たちには記憶が2つある。……正直驚いてるよ、君がいるのといないのとで、こうも世の中の流れが変わるなんてね」

 

 

「そりゃ褒め過ぎ………褒めてるよな?……まあ俺のいるいないだけじゃないと思うが」

 

 

久々の、世界を跨いだ挨拶に軽口を混ぜる。それはロイドの記憶にあるナギトの姿そのもので安心を覚えさせる。

 

 

「私たちも……久しぶりね、ナギト」

 

 

と、そこで会話に混ざってきたのはエステルとヨシュアだ。

 

 

「おうエステル、ヨシュアも久しぶり。相変わらず元気そうでなにより」

 

 

「あ、相変わらずってなによ?」

 

「まあ、エステルは元気が取り柄だしね」

 

 

ロイドたち特務支援課とはクロスベルの件で敵対したがその後協力もしたナギトだったが、エステルらリベール組とはあまり絡みはなかった。あの戦時中のリベールで関わりがあったのはむしろ彼女らの父カシウスの方だ。

 

 

「仲良くやろうぜ、頼りにしてる」

 

 

元々の世界で起こったリベールとエレボニアの戦で、遊撃士として立ち回ったエステルたちと軍人の真似事をして帝国兵を殺しまくったナギトの関係はあまり良くない。

 

 

「そうね。………………その、父さんから色々と聞いたわ、あっちの世界でのこと。あの時、私たちの道は交わらなかったけど───、結果的にあなたの選択と行動がリベールの多くの人を救ったのは理解できる。だから、色々とゴメン。ありがとね」

 

 

若干の申し訳なさと共にセリフを吐き出したエステルにナギトは敵わないと思い知らされる。ナギトは早々に彼女らと分かり合う事を諦めたと言うのに。

 

 

「いや………こっちこそすまなかった。ありがとう」

 

 

ナギトは低頭してから握手を求め、エステルはそれに応じる。友情の第一歩は成された。

 

 

「まったく……お兄さんてば場合によってコロコロ肩書きを変えるからこうなっちゃうのよ?」

 

 

「レン………」

 

 

ナギトに辛辣な忠告をしたレンをヨシュアが諌める。

 

 

「…………反省してる」

 

 

また減らず口で反論しようとも考えたが、これ以上戯れあっても楽しい以外の意味はないため肩を落とすに留めるナギトだった。

 

それからややあって艦に招待された全員が大会議室に集められる。そこで明かされる《千の陽炎》作戦の全容。リベール王国将軍カシウスを総指揮官とする世界各国の軍でカルバード共和国に侵攻するエレボニア帝国軍を迎撃する大事業。

集った各国の首脳陣──リベール王国からは王太女クローディア、カルバード共和国からは大統領ロックスミス、レミフェリア公国からは大公アルバートなど──も錚々たる顔ぶれだったが、そんな彼らでさえ驚愕なしには作戦を受け入れられない。しかも、この非現実的な各国の同盟を結びつけたのが20歳にも満たぬ小娘、ミルディーヌである事も。

 

 

《千の陽炎》の説明を受けて、それでも第三の道を探ると立ち上がったのはエステルらリベール組、ロイドら特務支援課、そして我らがⅦ組だ。

 

ゼムリア大陸を呑み込まんとする帝国の《大地の竜》。それに対する《千の陽炎》。それらの激突そのものに諍う第三の勢力。もはやこの場に我らの存在は要らず。

 

残った面子は《千の陽炎》作戦の詳細をさらに詰めるために大会議室に残るが、それは立ち上がった第三勢力には不要なものだと会議室から出る。

 

 

同じように大会議室から退室しようとしたナギトを呼び止めたのはミルディーヌだった。深謀遠慮なる公女の顔に生徒の色を混ぜるのはずるい。

見渡すとミルディーヌだけではなく、カシウスやクローディア、ロックスミスなど元々の世界で関わりのあった者たちからも熱視線が注がれている。

 

 

「ご指名みたいだ」

 

 

いつもの調子でリィンらに伝えてナギトは会議室に残ることになった。

 

 

☆★

 

 

予想される帝国軍の動きに対する《千の陽炎》連合軍のリアクションが開示された。

共和国に侵攻する帝国軍を連合軍がどう迎え撃つか。カシウスを中心に組んだ作戦らしく、さすがにナギトが付け加える点はない。

 

 

「どうだ、何か気づいた事はあるか?」

 

 

説明を終えたカシウスがナギトに名指しで問う。ナギトに戦略的な視点を求められても困る。いくら“観の眼”があるとは言え士官学院を卒業しただけで司令官目線での軍事行動は経験がない。

 

 

「……そうですね…………作戦そのものには問題ないと思います。が、ひとつ見落としてる点があるかと」

 

 

「ほう?」とカシウスは先を促した。期待がこもった眼光に目を逸らしたくなる。“観の眼”自体はカシウスも持っている。しかしナギトとは経験も違えば地頭の良さも違う。今から期待を裏切るのが申し訳なくなる。

 

 

「というより、これは《千の陽炎》の構造的欠陥ですね。………帝国による共和国への侵攻──通称《大地の竜》作戦、そしてそれに対抗する《千の陽炎》………これらは“表”のやり合いです。しかしギリアス・オズボーンの作戦は“表と裏の連動”─────」

 

 

ナギトは己の腹案を提示した。その考えを披露された一同は揃って渋い顔だ。

 

 

「どう思われますか、公女殿下」

 

 

カシウスはミルディーヌに意見を求めた。

ミルディーヌは困ったように眦を下げて、

 

 

「ギャンブルが過ぎるかと」

 

 

「ですが」とミルディーヌは続ける。

 

 

「ナギトさんの作戦は一部、《千の陽炎》にも流用できます。あえて戦線を下げる事での遅滞戦術、それに帝国本国を叩くためのリベール軍の不動…………」

 

 

「ふむ………確かに、一理ありますが………その分、帝国軍の攻撃を正面から受ける共和国軍が崩され易くなる。この戦争におけるこちらの主軍は共和国軍だが……それはわかっているな?」

 

 

カシウスのナギトへの問いかけ。「もちろんです」と返す。

 

 

「その上で、君の意見が採用される可能性があると思うか?」

 

 

「……現実に即して言えば、皆無に近いでしょう。この《千の陽炎》は馬鹿馬鹿しいほど良くできた奇蹟だ。………ですが俺は信じてる。人の力を束ねればそれ以上の奇跡を起こせることを」

 

 

ナギトの提案は奇跡に奇跡を重ねたものだ。成功すればベストだが、失敗した時のリスクも大きい。

 

 

「……ある意味でこちらの“表と裏の連動”か。作戦の練り直しも必要になるが………確かに成功すれば最善の結果になるな。西側の避難地域の拡大が必要だが……どの道戦争が激化すれば取らざるを得なかった手だ。私は採用しても良いと思うがね……?」

 

 

これまで黙していたロックスミスが言った。ナギトの提案によって被害が拡大するのは間違いなく共和国だ。その元首が賛成票を投じたのは大きかった。

 

ナギトの提案について、ひとまずは保留となり会議は終了した。

 

 

☆★

 

 

会議が終わったナギトとは一息ついてからカシウスの元へ向かった。

入った部屋ではエステルらリベール組が集っており雑談などをしている。目当てのカシウスも今はリィンと話しているようで手持ち無沙汰になって退室しようとしたところを「ナギトさん」と呼び止められる。声の主人はクローディアだった。

 

 

「お久しぶりです、クローディア殿下」

 

 

クローディア・フォン・アウスレーゼ。リベール王国の王太女で、今回は女王アリシアの名代として乗艦していた。彼女もまた元々の世界でナギトと関わりのあった人物だ。

 

 

「ええ、お元気そうで」

 

 

「そちらも」とナギトは恭しく応える。ナギトとクローディアは関係があったと言っても短い時間だった。それは彼女の世を忍ぶ姿であるクローゼ・リンツも同じだ。しかしクローディアはナギトが様々な手管でリベールを守ろうとした事を覚えている。

 

 

「すみません。本当は私もエステルたちやあなたと一緒に…………」

 

 

謝りながら目を伏せたクローディアにナギトは理解した。彼女はかつてのリベールの異変の折もエステルらと一緒にリベル=アークに乗り込むような人物だ。

 

 

「仕方ないでしょう。殿下は今や王国の明日を担う立場……理想に殉じるには背負っているものが大き過ぎる」

 

 

「そう言っていただけるのはありがたいですが………あなたは私なんかより余程大きいものを背負っているように見えます」

 

 

セリフの最後に微苦笑を混ぜてクローディアは言った。

 

 

「先程の提案についてもそうですが……その後始末も………」

 

 

「それについてはあの場にいた面々の間だけで。あいつらに知られたら怒られちゃいますからね」

 

 

ナギトは同室内で喋っているエステルやリィンにゆるく視線を向けた。

 

 

──“「もし裏でしくじったなら、俺がすべてにケリをつけます」”

 

 

どれほどの決意と覚悟があればあんな言葉を吐けるのだろうか。

 

 

「それにアレでしょ。話は戻りますが……あなたの想いはきっとエステルたちが連れていってくれる」

 

 

ナギトは話題を己からクローディアのものへとすり替える。その露骨な休題に気づかないふりをしてクローディアは応えた。

 

 

「そうですね、きっと…………。ありがとうございます、ナギトさん。あなたと話せて良かった」

 

 

「こちらこそ、姫殿下。光栄です」

 

 

優雅な、しかしらしくない気品ある一礼にクローディアは応えた。

 

 

「すみません、呼び止めてしまって。カシウス将軍と話しにいらしたのでしょう?」

 

 

クローディアの視線を追うと、リィンとカシウスの会話が終わったところのようだった。

 

ナギトはクローディアと別れてカシウスの元へ向かった。

 

 

 

 

「改めて……久しぶりだな、ウィル」

 

 

「お久しぶりです」と返したナギトは手ぶらの手をぷらぷらさせて、

 

 

「すみませんね、今回は土産もなく」

 

 

「フッ……どうやら君は変わらんようだな」

 

 

カシウス・ブライトはリベール王国軍の将軍だ。ナギトの剣術の兄弟弟子でもある。ナギトが元々の世界でリベールを訪れたのはカシウスに八葉一刀流を継いだ事を報告するためだった。あの時はエレボニアとの戦争が起きてそれどころではなくなってしまったのだが。

 

 

「リィンと話してたみたいですね?」

 

 

「……少しな。八葉の師兄としてもそうだが、ユン老師から預かっていたものもあるしな」

 

 

「ほうほう」とナギトは相槌を打つ。ナギトには予感がある。今回の騒動でリィンが八葉の剣客として飛翔する予感だ。その案内人がカシウスになるのだろうか。

 

 

「君にも一言、預かっている」

 

 

そんなナギトの思考を両断するカシウスの言葉。ナギトの養父にして師匠であるユンからの伝言があると言うのだ。

ナギトはこの世界の存在ではない。いかにナギトと過ごした記憶があったとしても、それは別世界から混入しただけのものに過ぎないのだ。ユン・カーファイならばそれは弁えていると思っていたが。

 

 

「儂ではない儂の弟子よ、己が道を進むが良い。いずれ天理を越えるその時まで。……だそうだ」

 

 

一言という表現違わず短い伝言だった。

 

 

「あいっ変わらずわかりにくい………」

 

 

悪態をつく。その内容は意味深長だ。ナギトは少し考える。“天理を越えるその時”とは?

 

 

「天理……天の理………、今回の件とは関係なさそうですかね?」

 

 

「そうかもしれんな。……ま、あの老師の事だしハッタリかもしれんが」

 

 

どうやらカシウスにも意味不明らしい。カシウスは“ハッタリ”と言ったが、それにはナギトも同意だ。八葉一刀流には“観の眼”があるが、これは客観視を大袈裟に表現したものだ。だが、それは極まれば擬似的な未来視すら可能にする。あらゆる情報を客観して先に起こる事を予測する精度が高まるのだ。

そういった客観はもはや天の眼──“天元眼”とすら言えるだろう。そしてその領域にユンがいる事は大いにありえた。

まあ、それでも確証がないから“ハッタリ”と言われるのだが。

 

 

「だが、裏を返せば………老師は君が今回の件を乗り越えられるという確信がある……という事じゃないか?」

 

 

今回の件を乗り越えて、次なる事件である“天理”とやらに挑む。中々どうしてカシウスも“ハッタリ”が効いている。

 

 

「こっちは今で手一杯だってのに、まったく……」

 

 

再び悪態をつくナギトの顔にはしかし、喜色が浮かんでいる。師からの期待は嬉しいものがあった。

 

 

「フフ……俺も君には期待している。頼むぞ、ウィル」

 

 

 

そうしたやり取りがあってナギトとカシウスは別れた。

このパンタグリュエルにはもうひとり、話をすべきVIPがいた。

 

 

 

☆★

 

 

 

「お久しぶりです、ロックスミス大統領閣下」

 

 

「久しぶり……?私と君の仲は“はじめまして”の方がいいんじゃないかな………?」

 

 

サミュエル・ロックスミス。カルバード共和国の大統領だ。今は大統領選に落選して後任への引き継ぎ期間中なのだったか。ともあれ、元々の世界ではナギト──否、それ以前のウィル・カーファイとは知らない仲ではない。

 

 

 

「……そうですね。では改めて……はじめまして、大統領閣下」

 

 

 

かつてのナギトはロックスミスの依頼を受けてCID設立のため、反対議員とその秘書らを暗殺した。しめて100人。ウィル・カーファイが《剣鬼》と呼ばれる因となった事件だ。

 

 

「……いや、冗談だよ。意地悪な事を言ってしまったね。……久しぶりだ、ウィルくん。………どうやら君には変節があったようだ」

 

 

「ふふ……閣下はお変わりなく」

 

 

柔和な笑みを浮かべたナギトだが、腹の底では言い表しようのない感情が渦巻いていた。ロックスミスに対してではない。己の因果に対してだ。

 

煌魔城でクロウの生存した時点で逆説的に世界に再誕したナギトの因果は、“ナギトがいれば必ず起こった事”は世界に再度刻まれた。《剣鬼》の共和国100人斬りがそうだ。ナギトがいなければ起こらない事件だったが、煌魔城でナギトの存在が確定した時にその事件は起こっていた事になった。

それは逆も然りで、“ナギトがいても必ずしも発生しない事”は起こっていない。例をあげるなら、ケルディックの元締めオットーは“閃の軌跡”では命を落とし、ナギトの軌跡では助かったが───この世界では死んでいる。逆にリヴァルは生存しているが、これはナギトの選択次第で元々の世界でもリヴァルが生還できた可能性を示していた。

 

これらはすべて元の世界の出来事であり、この世界には影響を及ぼしていない。

ナギトの元いた世界の情報──人の生死もそうだ──は流入したが、こちらの世界の方が正史に近く、因果の強度で勝るため人の生死などの重要な情報は上書きされないのだろう。

 

 

「会議での君の発案には驚かされたよ。たしかに嵌まれば最高の結果が出せる。エレボニア帝国や我がカルバード共和国だけでなくリベール王国やその他の国家にとっても………。しかしそうなる公算は高くない……そうではないかね?」

 

 

柔和な笑みを浮かべていた老人は今や狸の顔になっていた。狡智を宿す国家元首の表情だ。

ナギトは脳みそをフル回転させてロックスミスの次の問いを読んだ。

 

 

「俺は信じてますよ。“裏”の早期決着と……それに付随する“表”の終戦を」

 

 

ナギトが会議で提案した作戦とは、平たく言えば“表”である戦争──軍の衝突を遅らせる事だ。軍の衝突が遅れている間に己らで“裏”である相克を終わらせて《大地の竜》作戦の要である“表と裏の連動”を崩す────。

 

 

「ですが、もし叶わなければ…………その時は俺が戦争を終わらせます……どんな手段を使ってでも……………。閣下なら、俺の言っている意味が理解できますよね……?」

 

 

ナギトの作戦は失敗すれば、戦争において帝国は有利を得る。ロックスミスはその補填をどうするつもりだと問いたいのだ。

ナギトが入室してから人払いをしたのも、こういった話がしたかったからだと推察できる。

 

 

「《剣鬼》の再来か……。恐ろしくもあるが頼もしさもあるな…………と言いたいところだが、まだ甘いという自覚はあるのだろう?」

 

 

ロックスミスは、やはり狸だ。ナギトが隠したかったものを、凄みで誤魔化そうとしたものを容易に見破ってくる。

 

 

「“裏”の失敗によって君が……そうできなくなる、という可能性も充分にあるはずだ」

 

 

オズボーンらとの決戦において敗北した場合、ナギトも最悪死ぬ事だってあり得る。そうなってしまったら、ロックスミスに語った帝国要人暗殺の計もパアだ。

 

 

 

 

「………………ですよねー」

 

 

 

しばらく頭をひねったが代案も出ず、そう苦笑するしかなかった。

 

 

そんな時だった。

パンタグリュエルに敵襲を報せる警報が鳴ったのは。

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