八葉を継ぐ者──AAA──   作:クラウンドッグ

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この夜に誓いはいらず

 

 

 

 

「勝負あり!勝者、リィン・シュバルツァー!」

 

 

 

オズボーンとの決戦を翌日に控えた今日、リィンは《剣聖》へと成った。

 

リィンを映し出す鏡となったカシウスを降し、己の剣の始点に立ったのだ。

 

 

 

“無仭剣”───、元々の世界のリィンが操った奥義とはまた別ベクトルで極まった剣技を会得したリィンは、その領域へと足を踏み入れた。

 

 

 

この儀において立会人はヴィクター・S・アルゼイドが務め、ナギトは見届けに徹していた。最中にはⅦ組も合流して、《剣聖》へ至ったリィンへそれぞれ声をかけていく。

それを感慨深げに見守っていたナギトへ水が向けられた。リィンの義兄弟として、八葉の先達としての言葉が期待されている。

 

 

 

「良くやった。驕り高ぶらず今後とも励め。そしていずれは己が太刀を見出すと良い」

 

 

「ああ。……わかった」

 

 

普段とは違い、落ち着いたナギトのコメントをリィンは受け取ったが、他の面々はどこか納得がいかない。

 

 

「おいおい、えらく月並みだな?」

 

 

クロウがそんな気持ちを代弁した。ナギトは皆の表情を見てひとつ息を吐いて、言葉を続けた。

 

 

「剣の道…いや、武芸に問わずあらゆる道は果てし無く。お前の立った地点も始まりに過ぎない。………お前はお前だけの八葉を見出すための門出に至った。抜かるなよ、リィン……俺はお前の剣の果てが見たい。いつかは俺を追い抜いてみせろ」

 

 

やはり普段とは違う真面目くさった言葉はしかし、明日の決戦で命を懸けるつもりだったリィンに釘を刺すものであった。

 

 

「ああ……、っああ!……いつか君に追いつき……そして追い抜いてみせる。いつまでも義兄弟に格好悪い様は見せられないからな」

 

 

 

柔らかく、少し泣きそうに笑うリィンの頭をぐしゃりと撫でる。「よくやった」と再び言った。

アーサーの助力があってさえ立って歩くのがやっとのナギトの精一杯の強がりに、リィンも応える。

自分の頭を撫でる手の力の弱さに、心が負けない内に振り払った。

 

 

 

2人ともがその“いつか”が来ない事はわかっていた。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

花火が散る。満天の夜空を光で彩り、刹那の瞬きを人々の心に刻みつけて、あっけなく。

 

 

 

「……サカってやがる」

 

 

ホテルの屋上から花火を見上げたナギトは、ビーチからホテルに戻ってくるリィンとアリサを見つけた。

他のやつらがいたら「あいつら今からえっちな事するんだ!」と冷やかしていた所だが、今は自分ひとりのため、そう愚痴るだけだ。

 

 

 

「すまぬ。待たせたか?」

 

 

屋上のドアを開いてラウラが姿を現した。ナギトはこの時間にラウラと待ち合わせをしていたのだ。

「いいや」と言って振り返り、柵に背を預けた。

 

 

「そうしていると、まるでいつもと変わらぬな……そなたは」

 

 

「……そう見せてるだけさ。ホントは足腰プルプル震えてんよ」

 

 

ナギトはアーサーから“特異点”の力を分け与えてもらい、自力で歩ける程度には回復していた。普段は擬態の意味も含めて力を抑えているが、今は自然体で一般人並みの存在感だ。オズボーン勢力とやり合うなんてもってのほかの戦力へと成り果ててしまった。

 

 

「………そうだな。そなたはそういう強がりをする男であった」

 

 

ラウラはナギトの冗談を受け取って、三歩、前に進む。ナギトとは手を伸ばせば触れ合える距離だ。

 

 

「“特異点”……だったか。そなたとアーサーの芯なるところは。………どうして私には教えてくれなかった?」

 

 

「…………ビビってたのが2割、大した意味ないってのが残り」

 

 

ナギトは元の世界でもラウラに“特異点”について詳らかにした事はなかった。ラウラも薄々は察していたかもしれないが、ナギト自身の口から語られなかった事に不満を抱いていた。

 

 

「だってラウラ、お前…俺が“特異点”だからって対応変わんねーだろ」

 

 

「それはそうだが……」

 

 

 

即答するラウラに男前な一面を見る。やはり元の世界でもこの世界でもラウラはラウラなのだ。───だが。

 

 

 

「それによ、“特異点”は特別だからさ………俺の──お前が憧れた俺の剣は、ズルみたいなもんなんだ。お前は軽蔑したりしないだろうけどさ………万一そういう目を向けられたらどうしよーってな感じで二の足踏んでたのもある」

 

 

“特異点”の才能は、そう望んで生まれたために発生したギフトだ。言わば不正にパラメータをいじって手に入れた恩恵。これがズルでなくばなんなのだ。

 

 

「…………そなたは私の事をわかっているのかいないのか…………父上の言葉だが、力は所詮力…振るうのは己の魂と意志と言うであろ?」

 

 

煌魔城でマクバーンと対峙した際にヴィクターが放ったセリフだ。

 

 

「そなたに与えられた力がズルでも、その力を振るう場面を決めたのはそなた自身だ。私が憧れたのはそなたの剣の技量だけではない。そなたの生き方にも私は魅せられたのだ」

 

 

「……ラウラ……………。まったく………」

 

 

もう決めていた事なのに、その決意が揺らぎそうになる。それほどに彼女の琥珀の瞳はナギトの弱点を突いている。

 

 

 

「例え何があろうとこの気持ちに変わりはない。私はそなたを──ナギトを愛している」

 

 

揺らぐ。揺らぐ。決意が揺らぐ。覚悟が揺らぐ。

 

 

「ラウラ…………………俺は、」

 

 

ナギトが言葉を紡ぐより早くラウラは距離を詰めた。2人の距離がゼロになる。

 

 

 

「………どうして」

 

 

しかし、ラウラの口付けは果たされなかった。ナギトが手でその口を塞いだからだ。

 

 

「……はっ。エリンでもやられたからな」

 

 

笑う声に力は入っていなかった。

いつかエリンの里でくらった不意打ちのキスからナギトは復習していたのだ。

 

ラウラを元の距離まで放したナギトは彼女に背を向けた。空で弾ける花火を見上げる。それに勝る煌めきから目を逸らすために。

もう一度でもラウラの顔を見てしまったなら、ナギトはダメになる。もうすでに覚悟も決意も揺らぎ崩壊しかけているのに。

 

 

唇を噛む。揺らいだ覚悟と決意を固め直した。言え。言え。言え。言わなきゃならない。

 

 

 

 

 

「お前は………………俺の、ラウラじゃない」

 

 

 

 

その絶対的な拒絶は、だからこそ脆い。

だからこそ、ナギトは追撃した。

 

 

「お前の俺への想いは、すべて偽物の記憶が生み出した幻覚だ」

 

 

黒キ星杯で、ナギトは“特異点”を解放して元々の世界とこちらの境界を破って騎神を呼んだ。あちらの世界での記憶がこちらに流入したのはそのため。

だがそれはあくまで記憶の流入に過ぎず、あちらでの出来事がこちらでも起こった事になったわけではない。

 

 

「この世界に俺はいなかったし、トールズ時代に俺とお前は出会ってない。例えお前があちらの記憶を持っていたとしても、その場に俺はいなかったんだよ」

 

 

「だが……っ、私は………!」

 

 

「偽物だ。偽りだ。つくりものだ」

 

 

ラウラの言葉を遮ってナギトは畳み掛ける。彼女に背を向けたまま。

 

 

「お前は幻想に惑わされてるだけだ。………俺は一度も、お前を俺のラウラとして扱った事はない」

 

 

ラウラが息を飲んだ。ひどい事を言っている自覚はある。ラウラが泣いている気配もわかる。それでも突き放さなければ、ラウラの人生は偽りの記憶に──“ナギト”という存在に囚われる事になってしまう。

 

 

「……私は、覚えているぞ………ナギト。そなたと語り合った日々も、剣を交わした時も………そなたのぬくもりも……………」

 

 

 

「ぜーんぶ嘘っぱちだ」

 

 

ああ、やはり背を向けていて良かった、きっと自分はひどい顔をしているはずだ。ラウラに向けてこんな事を言っているのだから。

 

 

「記憶が偽りだとしても………私は今、そなたを愛している」

 

 

 

「俺はお前を愛してない」

 

 

 

断言。言葉のナイフは両者の胸を深く抉り、ラウラは堪らず逃げ出した。屋上のドアが乱暴に閉められる音を確認して、ようやくナギトは振り返った。

その際に瞳からこぼれ落ちた雫が、すでに落ちていた水滴に当たって弾ける。

 

ずるずると、柵を背に崩れ落ちるナギト。「はああ」と深い息を吐く。嗚咽が混じった。

 

 

 

「最悪だ。最低だな、俺」

 

 

 

花火はいつの間にか終わっていた。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「どうぞ」

 

 

ラウラが去ってからどれだけ経っただろうか。自己嫌悪に苛まれていたナギトに声をかけたのはクレアだった。その手には紙コップに入ったコーヒーがある。

 

 

「クレアさん……、これはどうも」

 

 

ナギトは立ち上がってそれを受け取った。クレアはそのままナギトの隣に行くと、柵に体重を預けた。

 

 

「花火、終わっちゃったみたいですね」

 

 

「………俺はここで堪能させてもらいました」

 

 

色んな言葉を飲み込んで、いつもの冗談チックな方に舵を取る。ちびり、とコーヒーを飲んだ。

 

 

「あんまり女の子を泣かせちゃダメですよ」

 

 

「………………人聞きの悪い」

 

 

躱そうとした。無理だった。クレアは夜空からナギトに視線を移していた。その瞳に吸い込まれそうになる前にナギトは先手を打った。

 

 

「この世界において俺はどこまでも外様です。本来ありえなかった存在…………一時の幻で人生を狂わせる事はない」

 

 

もし仮にラウラと結ばれたとして、ナギトはいつまでこの世界にいられるかわからない。むしろオズボーンの打倒を果たせば消える確信があった。

だから突き放すのが正解なのだ。ラウラにいつまでもいない男の影を追って欲しくはない。自らの幸せを掴むべきだ。

 

 

「でもあなたは……私の手を引いてくれました。きっとあれで私の人生は大きく変わった。……ここまで他人の運命に干渉しておいて、自分は外様…なんて言い草は卑怯なんじゃないですか……?」

 

 

 

痛いところを突いてくる。確かにクレアに関してはあの場で引き込んでなければ未だにオズボーン勢力の一員であった公算が高い。

 

 

「…………卑怯で結構。責任なんか取れませんからね。いくら謗られようと翻意しませんよ」

 

 

アーサーに投げかけた言葉がブーメランとなって自己を抉る。

今のナギトはこの世界に生きるひとりの人間として振る舞っていない。仕方ないと割り切れるとは言え、クソッタレここに極まれりだ。

 

 

 

「もう行ってください、クレアさん。あなたは俺といるべきじゃない」

 

 

 

「…………ナギトさん、あなたはこれまでになく弱っています。私たちを突き放すのはそれが理由ですか?」

 

 

言われて初めて気づく。ナギトは己のアイデンティティを喪失している事実に。“クロウを救う”ために発生した“特異点”──運命を変えるために様々な能力を持って生まれたが、そのすべてを失ったと言って過言ではない今、ナギトは心まで弱っているのかもしれない。

いつか来る離別に、哀しみを背負わせないために他者を突き放すほどに。

 

 

 

「……そうかもしれませんね」

 

 

 

あっさりと肯定した。クレアにはそれが悔しくてたまらない。確かにナギトは人の弱さを愛せる男だが、これは違う。

己の卑下によって愛想を尽かさせるための言動でもあるからだ。

 

 

「ずるいひと…………」

 

 

クレアはナギトを正面に向き直させた。くるりと簡単に動く身体。抵抗の意志があったとて無意味に思えるほどにナギトは無力になっている。

 

 

 

「どうか避けないで」

 

 

 

哀しい女の瞳は閉じられた。口の中にコーヒーの苦味が広がる。

それを思い出としてくれてやるのは悪手だとしても、ナギトに女の哀願を棄却できるだけの度胸はなかった。

 

 

 

「さよなら」

 

 

 

星々のみが知る密会はこうして終わりを告げた。足早に去るクレアの顔から流れた涙を、ナギトは見なかった。

 

 

 

「…………苦い」

 

 

 

クレアが手渡してくれたコーヒーからすでに熱は失われていた。それを飲み干して紙コップを握り潰す。

 

自己嫌悪は未だに最高値を更新中だった。

 

 

 

☆★

 

 

 

「モテる男は大変だな、ナギト?」

 

 

ホテルの屋上で自己嫌悪に浸っていると、新たな人物がやってきた。

ナギトは天を仰ぐ。いくらなんでも千客万来が過ぎる。

 

 

「おおっと、これは珍客………どうしました、オーレリア将軍」

 

 

そこにいたのはオーレリア・ルグィン。ラウラとは待ち合わせをしてたし、クレアがやってくる予感もあった。しかしオーレリアが来るのまでは予想していなかった。

 

 

「なに、少しからかってやろうと思ってな」

 

 

「今ちょっとおセンチなんですが」

 

 

ナギトのぼやきを無視してオーレリアは隣に立った。柵に腕を乗せて夜空を見上げている。真正面から向き合うわけじゃなくて本当に良かったとナギトは心底思った。

 

 

「ラウラ嬢とクレア・リーヴェルトだったか。これはまた性質の違う2人に好かれたものだな」

 

 

「見てたんです…?」

 

 

「いや、気配でな。フフ………以前のそなたであれば気付けたであろうに、随分と腕を落としたようだな……?」

 

 

それはナギトを責める発言だった。以前交わした約束──いつまでもオーレリアの目標となるような剣士である事の放棄。

 

 

「………すみません。俺はもう、あなたとの約束を守れそうにない」

 

 

「別に構わぬ。そなたとの剣比べ以外にもこの世には面白い事が山ほどある。そなたが教えてくれた事だ」

 

 

しかしあっけらかんとオーレリアは許した。元々怒ってなかったかもしれない。星を見上げたままの彼女の心がわからない。今のナギトにはそれがありがたくもあった。

 

 

「それに……今この時にでも我らを超える才の持ち主が生まれているやもしれぬ。………まこと、そなたの言は至言であったよ」

 

 

「ふ……、そうかもしれませんね」

 

 

世界は広い。今は己の武の完成を見たとしても、明日には変わっているかもしれない。未来では自分なんて遥かに及ばない剣士の出現があるかもしれない。そんな楽しみに胸を躍らせて現在を生きるのが人生というものだ。

 

 

「ゆえに、明日は全力を尽くさねばなるまい。……よろしく頼むぞ」

 

 

「こちらこそ、オーレリア将軍」

 

 

微笑を交わす。まだ見ぬ未来のための同盟は密かに成された。

 

 

「それで……話は戻すが、ナギト………そなたの女泣かせも極まったものだな?」

 

 

「ほじくり返します!?………まあ……リィンほどじゃありませんよ」

 

 

話が一段落したと思ったら、今一番触れたくない話題にオーレリアが切り込んだ。ナギトはそれをリィンを引き合いに出す事で回避しようとしたが。

 

 

「アレはまだフラつくであろう。噂に寄れば特務支援課のバニングスとやらもひどく女たらしだと言うが……」

 

 

「そこに俺を同列で語らないでくださいね…?」

 

 

「確かに人数では劣るだろうが、入れ込みかたは負けてはおらぬ。明日をも知れぬそなたに想いを告げようという女子は、それこそ惚れ込んでいると言えよう」

 

 

「これほど苦いモテ期もありませんよ………」

 

 

ため息、というよりは自嘲気味に息を吐く。

ラウラについては元の世界の記憶のせいだが、クレアとはこの世界で結んだ縁だ。記憶の流入があったとは言え、ナギトの罪禍は問われるべきである。

 

 

 

「何を隠そう、私もそのひとりだ」

 

 

 

そんな思考もオーレリアの言葉で根こそぎぶっ飛んだ。

 

 

「……うっそだぁ〜」

 

 

散々な空白の後に出たのは、そんな間抜けな逃避だった。すでにオーレリアはナギトを正面に見据えていて。

 

 

「我が愛弟子、我が恩師……ナギト・ウィル・カーファイよ………そなたの言葉に私がどれだけ救われたと思っている?……決して嘘などではあろうはずがない」

 

 

「……それは違いますよ、オーレリア将軍。あなたが抱く幻想は“ナギト・ウィル・カーファイ”に対してのもの。今の俺には背負えない重みを、あなたは好いているだけだ」

 

 

「そなたの舌先八寸もこなれたものだが、それで私まで騙せるとは思わぬ事だ」

 

 

「でも、あなたにはウォレス准将が………」

 

 

「アレは鈍足に過ぎる。確かに大した男ではあるが…………こういった類の話は早い者勝ちと相場が決まっている」

 

 

まずい。ディベートでも勝てそうにない。考えられる限りの言い訳を脳内に羅列するがそのすべてがオーレリアに論破される未来が見える。

 

 

 

「なに……もう責任を取ってもらう、なんて言いはすまいよ」

 

 

 

約束された敗北はやってきて、ナギトは参ったように眉根を上げた。

 

 

 

「あなたも物好きですね………」







ストックはここまで!
以後随時更新になります。
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