「迎撃部隊、前へ!」
《紅き方舟》グロリアスの取り巻きである強襲艇がカレイジャスに取り付く。それより早くカレイジャスの防衛を務める迎撃部隊がそれぞれの技を繰り出した。
いくつかの強襲艇は落下していき、迎撃を嫌ったいくつかの強襲艇は離れていく。その中に見覚えがあるようなないような青髪の男がいた気もするが──無視だ。
幻想機動要塞トゥアハー=デ=ダナーン。最終決戦の地に向かう面々を送り届けるカレイジャス。各部隊に指示を出しているのはナギトだった。力は失ったとしても、理の視点は失われず、そのために皆がナギトに役割を与えてくれたのだ。
「迎撃部隊は仕事を続けろ。突入部隊と転移班は準備!グロリアスを抜けたタイミングで指示を出す!」
マイクを通した指示に、返事はない。一方通行のトップダウンだ。
一時マイクを切って「ふう」と息を吐く。視線はモニターに向けられている。
「ごめんねナギトくん…無理言っちゃって」
唐突に謝罪をしたのはナギトの隣にいるトワだった。彼女にはブリッジでナギトの補佐をしてもらっている。
「いえなに、むしろ感謝ですよ。こんな俺に役割を与えてもらって」
「それこそ君が適任だったと言うだけさ。カレイジャスに残るメンバーでも、おそらく君と同等の戦術眼があるのはアリオスさんくらいだろうしね」
と、会話に混ざったのはオリヴァルトだ。カレイジャス──《光まとう翼》の長たる彼は指揮権をナギトに預けて支援に回っている。迎撃部隊に加わると言った彼だったが、黒キ星杯の一件で先代カレイジャスが爆散した際に片目を失っているという理由で却下された。
ナギトは返事をしようかと思ったが、それより早く事態が動いた。グロリアスがカレイジャスの針路に割り込んだのだ。機動要塞への最短ルートは潰されてしまった。
「主砲、放て!」
ナギトの指示によってクルーがカレイジャスの主砲を起動、エネルギー波をグロリアスに叩きつけたが、何やら障壁のようなものに防がれてしまった。
「迎撃部隊は防衛班を残して左舷の敵を蹴散らせ!取り舵30、グロリアスを回避して進行する!」
慣れない指揮だが疲労を高揚感が上回っている。己がここにいて良いという許しをもらったかのようだ。
カレイジャスとグロリアスの距離が近くなる。右舷がグロリアスの船首とぶつかりそうだ。
「乗員は衝撃に備えよ!右舷副砲、放て!」
副砲が火を噴きグロリアスを直撃。例によって障壁に防がれたが、砲撃の反動によってわずかに距離は遠まった。
「最大戦速!」
クルーへの指示。訓練された船員は奇天烈な戦術と激しい揺れの中でもそれを見事に果たしてくれた。
グロリアスを抜ける。これで機動要塞への障壁はなくなった。周囲にはまだ強襲艇もあったが、カレイジャスの速度で引き離せる。
機動要塞との距離が縮まっていく。転移の射程距離、安定した足場への着地のためにはあと一手必要だ。
「転移班は開闢班を!トマス副長!」
星杯騎士団、守護騎士二位《匣使い》トマス・ライサンダー。その聖痕の異能たる匣によって空中にフィールドができ、そこに転移されたのは開闢班。トゥアハー=デ=ダナーンを守護する障壁を打ち砕く役目を担う────
「頼むぞ───ルグィン姉弟!」
☆★
「ゆくぞ、アーサー」
「はい、姉上」
風の吹き荒れる上空。しかし2人の立ち姿は一寸の迷いもなく。確かな足場の上にて剣を構える。
「我が剣の内にて燃え上がる日輪の刻印よ、天に輝きてその威光を示せ!」
アーサーが擬似聖痕を解放した。太陽の聖剣ガラティーンのブーストを支配下に置いた絶招。
続いてオーレリアの“覇王功”。溢れ出す闘気は戦神を思わせる怒涛。構えた宝剣アーケディアに宿した剣気は王技として放たれた。
「剣乱舞踏・覇天────!」
かつてナギトも味わったオーレリアの神髄には、世界を斬り断つ“界理剣”の性質が伴う。
天上と天下より来たる刃は獣の顎の如く。
幻想機動要塞の物理的 / 魔術的 / 概念的防御を根こそぎ無為にして牙を突き立てる。
要塞の障壁は音もなく崩れ、その威容は剥き出しとなる。そこに墜ちるのは、太陽。
「───
アルトリウス・ルグィンの最大火力。それはまさしく日輪の威光を示す極小の太陽だ。
これが決まれば幻想機動要塞と言えど墜ちるしかない。
だが、その火力を出せる者は敵方にもいる。
要塞から放たれた却炎が、太陽を迎撃し相殺した。
魔神形態になっているマクバーンが跳躍した。
「いいじゃねえか。遊ぼうぜ…アルトリウス・ルグィン!」
赤黒く輝く体表に双角、火炎の羽衣を纏う異形の魔神のターゲットはアーサーに定められた。
「プランAで続行!転移班!」
カレイジャスから大音量で響く指示。アーサーに肉薄する怪腕を受け止めたのは、宝剣ガランシャール。紆余曲折ありて片腕を失いながらも回帰した《光の剣匠》。
「いや───そなたの相手は」
魔剣の乱舞が四方八方からマクバーンを攻め立てる。《蒼の深淵》たる魔女のクラフト“魔剣舞踏”。
「私たちが務めましょう……マクバーン」
「チィ」と舌打ちと共に退がったマクバーンを狙い撃つアーツの連撃。《零駆動》なる遊撃士の読みが当たった。
「ここまで役者が揃って役者不足って事はねぇだろ!」
ヴィクター・S・アルゼイド。
ヴィータ・クロチルダ。
トヴァル・ランドナー。
この3人がアーサーと入れ替わりで上空のフィールドに転移。ラストバトルの前哨戦が幕を開けた。
カレイジャスに転移で戻されたアーサーは聖痕を解除。心配の声がかけられたが「大丈夫」だと返答する。
「迎撃部隊は防衛班を残して突入部隊に合流、転移班…今だ!」
息を整える間もなく放たれるナギトの号令。エマとローゼリアは杖を掲げ、転移は正しく発動した。機動要塞の外縁に突入部隊が移動する。
「あとは頼むぞ、みんな!カレイジャス一時離脱!」
拡声された激励に突入部隊の面々は応える。その声が聞こえないとしても、気持ちは同じだと信じられる。
幻想機動要塞から急速に離れていくカレイジャスに部隊のメンバーは覚悟を決める。ここからは自分たちにすべてが懸かっている。
「ありがとうナギト………ここまで繋いだ希望──俺たちが果たしてみせる……!」
去り行くカレイジャス──兄弟分を想ってリィンは決意を言葉にした。
こうまで事態を転がしてみせたナギトの剛腕にわずかな畏怖を覚えながら。
☆★
《大地の竜》作戦──エレボニア帝国によるカルバード共和国侵攻。陸海空すべてから敵国に攻め込む圧倒的戦力。
その1日目を躱わす事でナギトはここまでの戦力を幻想機動要塞に傾けられていた。
それはかつてパンタグリュエルでの会合でナギトが提案した作戦。内容は至ってシンプルで、開戦を1日遅らせるというものだった。
とは言っても敵側であるエレボニアの侵攻を防ぐ事はできず、むしろ戦わずして共和国の西側の領土を空け渡す行為だった。
つまり、1日目に想定される侵攻のぶんだけ東側に戦線をずらす事で帝国軍と《千の陽炎》軍の衝突を遅らせる作戦である。
これによって帝国は無傷無人の領土の獲得ができるが、対する《千の陽炎》、及び《光まとう翼》は1日の猶予を得る事ができた。
その猶予によって、本来は各地で活動するはずだった者たちを対オズボーンに当てられる戦力として利用する事が可能になった。
アリオスを筆頭とする遊撃士、教会からは守護騎士セリスとリオン、ワジに正騎士や従騎士も。共和国からはジンやリーシャなどなど、その他にも錚々たる顔ぶれがナギトの指揮下に入り、振り分けられた役割を果たしている。
突入部隊だけでも新旧Ⅶ組にリベール組、特務支援課、《鉄機隊》と数えると30人は下らない人数で攻め入る事ができた。
パンタグリュエルの会合での時点でこの絵図を描いていたとしたら、と考えるとリィンは義兄弟の恐ろしさを覚えた。それもこの日を決戦の定めて、表の戦争での人死にを限りなく0にするための方策でもある。
成功すれば最高のギャンブル。失敗すれば最悪へのショートカットとなる。この先のすべては突入部隊の面々に懸かっていた。
突入部隊の中で“将”となり得るのはリアンヌのみで、ナギトは彼女に現場指揮を願い出たが却下され、代わりにリィンが音頭を取る手筈となった。
「俺たちはこれまで、たくさんの人の助けを借りてここまで来る事ができた。今度は俺たちがその想いに応える番だ。絶対に戦争を阻止するぞ!今ここにいない人たちの想いも含めて、俺たちの明日を、世界の未来を掴むために!──これより幻想機動要塞トゥアハー=デ=ダナーンの攻略を開始する!!」
事ここに至り、もはや多くは語られない。
リィンの号令に全員の声が、想いが「応」と重なった。
雲間に消えるカレイジャスを見送って、もう振り返る事はない。前だけを見て、リィンは進み始めた。
───アーサーには一抹の不安があった。
予定調和な気がしてならない。ここに至るまでの流れが美しく思えたからだ。
七の騎神による奪い合い───相克。《大地の竜》と《千の陽炎》の対抗。幻想機動要塞と塩の杭の出現。味方と敵の総力戦。
おそらく変わった流れはある。
セドリックの戦線離脱とルーファスの死。リアンヌの仲間入り。塩の杭の消滅。幻想機動要塞に突入するメンバー。
十中八九、ナギトが───“特異点”がいなければ叶わなかった運命の改変だ。
だからこそ、アーサーは思うのだ。
本当に世界から“物語の強制力”は失せたのか、と。
ナギトとは一度話した。その際に彼はなくなったと言っていた。本当か?ここが未だ物語の中だとしたら────、また悲劇が起きないか?
胸中に芽吹いた不安を焼き払う。これは決意だ。
例えこの先に悲劇的な運命が待ち受けているのだとしても、乗り越えてみせる。そのための自分、そのための“特異点”なのだ。
トゥアハー=デ=ダナーンの攻略は順調に進んだ。内部には迎撃用の魔獣幻獣がひしめいていたが、こちらには30人余りの英雄が集っているのだ、負けるはずがない。
オズボーン勢力は間違いなく弱体化している。騎神の起動者もすでにオズボーンを残すのみとなり、要塞内のボス格もレクターやカンパネルラ、マリアベルに《黒のアルベリヒ》くらいのものとなっている。警戒対象だったマクバーンは迎撃のために外に出て、今はオーレリアらと戦闘している。
要塞の攻略は至って順調で、一行は誰一人欠ける事なく最奥へ辿り着いた。