ギリアス・オズボーン。
元軍人。稀代の宰相。指し手。《黒の騎神》の起動者。《獅子心皇帝》ドライケルスの生まれ変わり。
彼を形容する言葉はいくつもあり、そのどれもが不足だ。ギリアス・オズボーンという傑物を表現するのに足りてない。
そう言っていいだけのものが彼にはあった。
たどり着いた幻想機動要塞の最奥にて待ち構えていたオズボーンと対峙した一行。人数差もさる事ながら、こちらには《剣聖》に至ったリィンや聖痕持ち、さらには《槍の聖女》リアンヌといった隔絶した面々がいたにも関わらず、オズボーンは互角の戦いを繰り広げた。
機動要塞からのバックアップがあるとは言え、元軍人という経歴があるとは言え、獅子戦役を制したドライケルス・アルノールの転生体とは言え。
オズボーンがこの決戦に臨む熱量は突入部隊をして押し切れなかった。
やがて戦場は闘気で満たされ、最終相克の準備が整った。
ここからは、正真正銘の人ならざる者の領域だ。
この戦いにおいても突入部隊は数的有利である。ヴァリマール、オルディーネ、アルグレオンの三騎の騎神に加え、新Ⅶ組が駆る機甲兵6機。
だが、《黒》の力は絶対的だった。
そもそもの話として、《黒の騎神》の力は他の六騎神を超越している。しかもヴァリマールがまともに吸収できたのは《緋の騎神》のみで、第一相克でオルディーネを眷属化した影響でそれも十全ではない。アルグレオンも《金の騎神》を吸収したがヴァリマール経由であり、こちらも正しく相克が果たせた場合の力はない。
「蒼覇十文字斬り──!」
「聖技グランドクロス──!」
されど、そんなスペック差に怯む程度の気概で臨んではいない。
リィンとクロウの合技が、聖女リアンヌの絶技が炸裂する。
それを受けて《黒の騎神》イシュメルガが後退した。
「畳み掛けます!」
リアンヌの号令で三騎の騎神が、6機の機甲兵がイシュメルガに迫る。
世界が黒く塗りつぶされた。
ダージュ・オブ・エレボス。
オズボーンの駆る《黒の騎神》イシュメルガの最終奥義。世界に蔓延る呪いのすべてを終末の剣に集束して撃ち放つ終焉の一撃。
突入部隊は半壊した。
それぞれの奥義で威力は減衰できたが、それも充分ではなく─────。
膝が折れた騎神の中でリィンはナギトの言葉を思い出していた。
──“「最終相克……最悪、お前は負けてもいい」”
──“「むしろ、その方が良いかもしれん」”
どうしてナギトがそんな結論を出したのか、その理由も聞いた。とても安心できる材料はなかった。
オズボーンが、すべての騎神を吸収した後にどこかへ飛び立つなど。
確かにそれが真実になれば、すべてが丸く収まるかもしれない。
しかしそれが、この戦いに負けて良い理由にはならない。
「──アーサー!」
「……待ってましたよ、リィン教官!」
事前の取り決め通りに、こちらも最終手段を取る。
シュミットによる改造とナギトの教示で拵えた機甲兵の進化。アーサーの操る機甲兵シュピーゲルにセットされた聖剣を限界まで駆動させる仕掛け。
それは騎神の準起動者というリンクを通じて負担を分散する仕組みだ。
「転輪せよ、太陽の聖剣───」
シュピーゲルに組み込まれた古代遺物“太陽の聖剣ガラティーン”が、その身に炎を侍らせる。それは機甲兵にまで纏われて。
「──
そこには炎を纏う機甲兵───、否。その慮外の力は第八の騎神とも呼ぶべきもの。
ここに《太陽の騎神》シュピーゲル=ガラティーンが顕現した。
☆★
「《太陽の騎士》───いや、《太陽の騎神》か。“太陽の聖剣”の力を引き出したようだな。……それも負担を分散するだけではなく、その縁から他者の力を逆流させて受け取り、さらに強化したか」
《太陽の騎神》の顕現に、しかしオズボーンは容易くその仕組みを看破してみせた。
「わかっているなら話は早い。……これが俺たちの奥の手だ。これまでに結んだ縁───、そのすべてを使ってお前に勝つ!」
《太陽の騎神》が突撃を仕掛ける。燃え上がる機体は長くは保たない。限界駆動する聖剣の負担に皆も身体がいつまで保つか。
だから常に全力だ。太陽の威光を、陽光の恩恵を、すべてに込めていく。
一歩。その軍靴は地獄の業火で敵を灼き。
一歩。その足音は太陽の慈愛で味方を包み。
一歩。運命の強制を超克する。
一歩。また一歩。歩みは止まらず。
やがて《太陽の騎神》は《黒の騎神》と相対した。
振るわれる炎の剣を、イシュメルガの終末の剣が受け止める。何の工夫もない上段からの振り下ろし。剣で受け、手で支え、膝をつく。
「な、に………!?」
その膂力は他の騎神を超越した《黒の騎神》すらをも上回っていた。たった一撃でイシュメルガを跪かせるほどに。
アーティファクト“太陽の聖剣ガラティーン”は日中に力を溜め、それを解放する事で力とする。これまで数千年に渡り溜め込まれた力。アーサーがこれまでに使ったそれは100年分にも満たない。人の身で解放してさえ、その火力は魔神マクバーンと互角であったが、それを十数人で負担を分散し、機甲兵を騎神の如く変生させた力は生身の時の比ではない。
アーサーはここですべてを出し切るつもりだ。
太陽の威光を以て、ここですべての因果を断つ。
そしてこれは、まったくの想定外であったが。
このアーティファクトは誤った使い方をすると、高位次元と接続される。
かつて“太陽の聖剣”を崇め研究し滅んだ者たちの遺跡に跋扈していた幻獣の類はそこから呼び出されたものだ。
聖剣の担い手ならざる者に負担させ、力を引き出すやり方はまったくの邪道であり、ゆえに聖剣は別の次元にアクセスした。
だからこれは、まったくの偶然であったが。
《黒の騎神》イシュメルガ。帝国の裏で暗躍したその正体は騎神の思考システムが悪意に染まったもの。帝国の呪いそのものと連動するその本体は通常の次元には存在せず、例え《黒の騎神》の騎体を破壊してさえ滅し得ない。だが、その存在がこの次元に確定している場合や、あるいは別の次元にアクセスできる何かがあった場合は話が別だ。
《太陽の騎神》シュピーゲル=ガラティーンの熱は、イシュメルガの思考システムのいる別次元への門を開き、その炎は確かに届いた。
「ヲヲヲヲヲッ─────!」
煽られた危機感は起動者の意思に反して《黒の騎神》を動かして、迫る太陽を迎撃した。
剣の如き翼を広げて《太陽の騎神》を引き剥がした。
次いで放たれる“ダージュ・オブ・エレボス”。
暗黒の凝縮たるそれを────、
「───天照 / 八咫鏡」
炎熱の盾が防ぎ切る。
戦慄したイシュメルガは本能的に逃げ出そうとしたが───、
「──天照 / 八尺瓊勾玉」
シュピーゲル=ガラティーンの周囲に浮かんだ火の玉が殺到して阻んだ。
イシュメルガはもはや半狂乱状態。生誕してよりの初めての恐怖。起動者を得てからは感じる事のなかった危機感。振るった剣には何の力もなく精彩を欠き───。
「───天照 / 草薙」
赤と黒の交わる終末の剣は叩き斬られた。
騎神の核の中でギリアス・オズボーンはひとつ息を吐いた。予想の斜め上の結果だが、これも悪くはない。イシュメルガに騎神の制御を奪われては是非もなく。もはや《時の至宝》の権能を使ってまで勝利にこだわる意味はない。核内に映し出される光景を、太陽の化身が放つ最後の戦技を見届けた。
「────
☆★
《黒の騎神》は原型を留めずに破壊された。
しかしこれで相克が果たされたわけではない。いかにシュピーゲル=ガラティーンが騎神のような力を発揮したとしても、その由来は騎神とはまったく故を別とする。
ガラティーンの炎熱を纏った代償として、アーサーのシュピーゲルもまた同じように原型を留めてはいなかった。
リンクが途切れたおかげでガラティーンの負担も消えて、動けるようになったリィンはヴァリマールの中から《黒の騎神》を見下ろした。
どんな事があったとしても、これは皆で掴んだ勝利なのだと、己を慰める。
きっとこの忸怩は、生涯に渡り、小骨が喉に刺さったように自分を苛み続けるだろう。
剣を振り下ろした。最終相克は終わりを告げた。
相克は終わり、すべての騎神の力は《灰の騎神》ヴァリマールの元に統一された。
しかしそれは、悪意に染まったイシュメルガの思考システムの統合をも意味していた。
身体が悪意に浸されていくのがわかる。父はこんなものに耐えていたのか。否、きっとこんなものではなかったはずだ。《太陽の騎神》の炎によってイシュメルガの悪意はその大部分が燃やし尽くされていた。
だが、それでも人の身には余る悪意だ。
統一された騎神の力は凄まじく、話に聞く《焔》と《大地》の至宝の相克によって生じる無限のエネルギーを自在に操る《巨イナル一》そのものになった気さえした。
問えばヴァリマールは「大気圏突破も余裕だろう」と言う。
リィンは今や己の裡にしか存在できないイシュメルガの悪意ごとゼムリアの外に連れて行こうとしていた。
それを理解した面々は口々に止めようとするが、リィンの意志は曲がらず────、そこに待ったをかけるもうひとつの声。
一行の元にナギトが転移してきていた。
「ようリィン………果たしたみたいだな?」
「ああ。……いや、アーサーがやってくれた。彼がいなかったらどうなっていたか」
「……そうか。だが、それを含めてお前が結んだ縁の力だろう。………アーサーも、本当に良くやってくれた。さすがだよ」
「………これもあなたのおかげだ、ナギト教官」
「だったら甲斐はあったな」
ある種の軽妙さえ感じさせるほどの男たちの会話。リィンはどこか儚げだし、アーサーも奥歯にものが挟まったようである。
だが、その中でひとり。ナギトだけが未だ決戦の中にいた。
「んで───リィン。お前は何をしようとしてる?」
針のように突き刺す質問に、リィンは答えた。
黒きイシュメルガの悪意がこの次元に存在する今という好機を逃さずゼムリアを離脱して、この世界からイシュメルガの悪意を取り除くと。
「───お前は良い加減、自分の価値を知るべきだな」
それがリィンとの別離である事はわかっていた。ゆえの苦言。「戻ってくる」なんて口では言うが、それもおそらく不可能だという自覚はあるのだろう。務めて明るく振る舞うリィンの言葉は痛々しかった。
「リィン、お前がいなくなったら哀しむ人は大勢いる。………その選択は、その人たちを不幸にする事だ」
「……そんな事は、わかっている……。だが───」
イシュメルガの悪意を地上に残せば、より多くの人が不幸になる。当然の理解だ。だからこそ皆もリィンが飛び立つ事を受け入れた。
だが、ナギトだけは違う。ひとりだけオズボーンとの決戦に参加しなかったせいでナギトの戦いは締め括られたとは言えない。むしろこれこそが戦いだ。
「莫迦野郎が!やり方なんざいくらでもある!」
一喝。驚嘆と共にモニターに映るナギトの姿。その視線と交わった気がした。
「一番楽なのは“特異点”で何とかする事だ。……だが今や俺もアーサーも“特異点”としては燃えカスのようなもの……却下だな。次点でお前からイシュメルガを引き剥がして討ち取る事………今はこっちがベターだと思うんだが、どうだ?」
「引き剥がす…なんて、そんな。………そんな簡単に────」
できるわけがない。イシュメルガの悪意は実父オズボーンをして抑え切れなかったもの。《獅子心皇帝》の精神を蝕み晩年を絶望させたもの。
今だってどうにかなりそうなくらいの呪いなのに、そんなものを引き剥がすなんて───
「できるさリィン。お前は《剣聖》だ」
それを何と呼ぼうか。弟弟子への信頼か。義兄弟としての親愛か。それとも─────。
「そうですリィン教官!そいつは弱ってます!」
アーサーの激励を皮切りにその場に集った英雄たちがリィンに言葉を投げかけていく。
それでようやくリィンも腹を括った。
「無想神気合一──────!」
その肉体から黒き悪意は弾き出された。
べちんべちん、と地面を転がったそれこそがエレボニア帝国に蔓延っていた悪意──呪いそのもの、だと信じられるだろうか。
名状しがたいカタチのそれは真っ黒で、しかしこれ以上なく弱々しかった。
「クトゥルフ…………」
「俺らの知識じゃそれが一番合ってるかもな。やってるスケールは違うが」
周囲が「?」となるアーサーとナギトのやり取り。イシュメルガの悪意が形を成したものはまさにそういったものだった。
それは何やら喚いていたが、「ここからは人の時代だ」とリィンが一閃して斬り祓った。
驚くほどあっけなく、事は終わった。
それから至宝の力を使ってクロウが蘇生したり、機動要塞の崩壊があったりして───、この事件は終幕した。
☆★
帰路、カレイジャスの中で勝利を噛み締める者たちを他所に、ナギトはひとり、甲板に出た。
景色が流れていく。頬を撫ぜる風が心地良い。
右手を持ち上げる。指先から己の存在が綻んでいっていた。ぐっと握りしめてみる。やはり感覚はなかった。
「ナギトさん」
振り返るとクレアがいた。風に靡く水色の髪。オズボーンとの別離を果たした女がそこに立っている。
「ひとりで消えるつもりですか?」
ナギトがブリッジを離れるのを見ていたのだろう。その様子から別れを告げずに消え去ろうとする心さえもを。
「んー、まあ……そうですね」
気の抜けた返事だ。ナギトはもう一言、二言ばかり付け加える事にした。
「俺の役目は終わった。完全無欠のハッピーエンド。これ以上なにをする事がありましょうや」
言葉は空々しく風に流されていった気がした。
「本音ですか……?」
まさにそれを指摘するかのようなクレアの追及。躱せるだろうか。否、事ここに至り本心を偽る必要はない。どうせ自分は消えるのだから。
「さあね。自分の本音がどうかなんてわかりませんよ」
仲間たちの元を離れてひとりで消えようとしたのにはいくつか理由があった。
「あいつらの勝利に水を差したくないってのがひとつ。………楽しかった。あいつらが俺の知るあいつらじゃなかったとしても、あいつらとの冒険は楽しかったんだ。別れを惜しむほどに」
たぶん、顔を突き合わせて別れの言葉でも切り出そうものなら泣く。自分だけじゃなくてあいつらもだ。笑顔でお別れもできる可能性もあったが、ナギトは自信がなかった。
「もうひとつは、俺の──ナギトという存在にこれ以上囚われて欲しくないってこと。………俺はね、クレアさん…………あいつらには幸せになってほしいんですよ。もちろん、あなたにもです」
これについては、もう口にする必要もなかった。いつか消える者に、いつか消えた者に固執せず、未来に向かって歩んで欲しい。これはそういった願いだ。
「最後は、そうですね…………どう言ったものか。……………俺を忘れないでほしいんですよ。俺に囚われる事なく、でも記憶には確かに刻んで置いてほしい」
迷った挙句にナギトは言葉を飾らずに伝えた。これは嘘偽りない本心だ。
忘れないでほしい。覚えておいてほしい。お前たちの冒険に、ナギト・ウィル・カーファイという男がいた事を。
「だから俺はひとりで消えるんです。………あいつらには強さも弱さも見せた。でもきっと、あいつらの中で俺は─────」
これを言うのはきっと、思い上がりだろう。
言いかけた言葉を喉の奥に引っ込めて、先を続けた。
「あいつらにはナギト・ウィル・カーファイという強い男の幻想を胸に抱いて生きてほしい。…………それが、あいつらのこれからの人生で、ほんの一瞬でも灯火になれれば幸いだ」
言い終えた。これがナギトの本音のすべてだ。矛盾があったかもしれない。だけどそれが人という生き物だ。そういった弱さを愛してもいいのだ。ナギトはようやく己を肯定できる気分になった。
「………きっと。きっと、皆さんの心にはあなたが」
どうしてかクレアは涙ぐんでいる。それをナギトは見つめた。自分との別れを悼んでくれる人がいる事に、これほどまでに胸が熱くなるのか。
「とりわけ、リィンさんやラウラさんには」
目元を拭って、クレアは微笑んだ。
そこに自分を加えないあたりは、さすがに大人と言うべきだった。
そんな健気な乙女を抱きしめてやりたくなるが我慢した。クレアとは決戦の前日にさよならしたばかりだ。
「そうですね。……いつかはあいつらの高みに手が届くでしょう。でも俺と試す事はもうできない。……ふふふ、あいつらは俺を越えてる事も知らずに、記憶の中の星を見上げるんだ」
意地悪な微笑みを浮かべたナギトに「そうですね」とクレアが相槌を打った。
「ナギト教官!」
と、そこで乱入してきたのはアーサーだった。
ブリッジを離れるナギトを追ったクレアに、またぞろ逢引きだろうと思っていたが、その数分後に事態を察して単独で飛び出して来たのだ。
「アーサー………そりゃ来るよな、お前は」
「…………危うく見逃すところでしたが」
嘆息し、アーサーはナギトを見た。すでに足元は透明に透けていた。
「消えるのか?」
「そうだな。俺の役目は終わった。……だろ?」
役目。先程もナギトは同じワードを発した。そこに引っ掛かりを覚えたクレアだったが、
「……すみません。俺が…………」
続くアーサーの表情に察してしまう。《氷の乙女》とも称された演算機並みの思考力によって、最後の───否、最初の真相に。
すでに2人が“特異点”である事は聞き及んでいた。
「まさか……ナギトさん、あなたは─────」
「察しが良いのも考えものですね。………そうです、クレアさん。俺はアーサーの願いによりこの世界に複製された“特異点”─────、ナギト・ウィル・カーファイのコピー品です」
本人に言われて、忘我してしまう。己で得た答えを、本人に肯定されただけで。
「確信したのはついこの前ですがね。………本物は今も元の世界で昼寝でもしてるでしょう。……まあ、黒キ星杯での一件で同期はできたんですが」
今ここにいるのは、アーサーが一周目、失敗した際に世界の時を巻き戻すと同時に今度こそ運命を変えるために生み出した“ナギト”のコピーだ。
しかし黒キ星杯でナギトが元の世界との縁を強引に手繰り寄せ、世界間に穴を穿った事でこちらの世界にはあちらの世界の情報が流入した。
それはこちらの世界の人々に“ナギト”の情報が入り込んだ事を意味する。それはもちろん、コピー品であるこちらのナギトにとってもそうだ。あの時からナギトはあちらの“ナギト”と寸分の狂いのない存在になった。……とは言え、“特異点”の力で無茶をしたせいで元のナギトそのまま、というわけにはいかなかったが。
「もっと早く気づくべきだった……とは言えないんだろうな。本物との同期以前の俺はアーサーの想像上の“ナギト”────、お前に想像できない事は俺にも想像できない。………お前の“特異点”としての気配が薄かったのも、すでに力の大半を使っていたから。……………色々ヒントはあったんだがな………ったく」
やれやれとばかりに肩をすくめた。もう感覚のない肩をすくめる作業もお手のものだ。
「だけどまあ……それも含めて、楽しかったよ。アーサー、ありがとう」
ナギトの笑みを受けてアーサーは視線を逸らした。半ば無意識だったとは言え、このナギトを生み出した自分。しかも運命の改変が済めば消える、なんて設定にもしてしまっていたのだろう。ナギトが“役目”と言っていたのはそれだったのだ。
「……なんでっ………あなたが……………、それは!……それは、俺のセリフです。…………ありがとうございました、ナギト教官」
アーサーは悔恨を振り払ってナギトを見た。それがこの教官気取りへの返礼になるとわかっていたからだ。
ナギトの身体はすでに大半が透明になっていて、光の粒子と共に存在が虚ろになっていくのがわかる。
「それでいいんだよ、アーサー。………クレアさんも、どうか幸せになってください」
柔らかい笑みと共に、ナギトの姿が薄れていく。仲間たちに別れを告げぬまま。たった2人の見送り人だけを残して。
「ありがとう!楽しかった!」
その言葉を最後に、ナギトは消えた。光の粒子が風に流されて散っていく。
ふたりはしばらくその場を動けず。
心配して探しにきた仲間たちに事情を説明すると、彼らは哀しんだり、怒ったり。
やがてそれも収まって、皆が艦内に戻っていく。
その最後にアーサーはひとり、振り返り。
もう消えてしまったナギトの残滓───光の粒子を、掴むつもりで空を握った。
「ありがとう。俺の英雄」
それはきっと決意でもあった。
☆★
アラームが鳴る。目を開けた。
そこは見覚えのあるアルゼイド子爵邸の一室だった。
ラウラが入ってくる。
「ラウラ?どした?」
ラウラが目を細める。
「そなた………」
どきりと胸が鳴った。よもやあの悪夢が正夢とはなるまいな、と。
「寝ていたのか?……口元、涎が垂れているぞ」
「む。マジか」
不安は払拭された。口元を拭う。
「そろそろ時間だ。門下生たちが待っている」
「もうそんな時間か。いやまあ、目覚ましかけてたんだけどよ」
立ち上がってラウラの後に続いて歩いていく。
「良い夢でも見たのか?……いつになく満足げな顔をしている」
「まあな。……長い夢を見たよ」
アルゼイド練武場へ向けて坂を降っていく。
つぶやいた。
「今度は俺の番だ」
『八葉を継ぐ者と太陽の騎士』 The End
to be continued in『閃の軌跡THE ENDLESS OF SAGA』
終わった!
ほんとは長くても10話くらいで終わるつもりだったのに、なんか3倍くらいにまでなっちゃった!
ともかく、これにて序章は終わりです。
これからがナギトにとっての本番となります。
ここまで付き合ってくださった読者諸氏に感謝します。
これからも八葉を継ぐ者をよろしくお願いします。
感想、評価もありがとうございます。
特に感想とかめちゃテンションぶち上がりモチベ爆上げする!ので、どうぞよろしくお願いします。