Restart ∴ (Don't)New Game+
「連絡、来ると思ってた」
「そうか、ナギト………君もか」
夜。アルゼイド子爵邸。ナギトはリィンからの通信を受け取った。連絡しようとした矢先の出来事だった。
「ナギト。確認させてくれ…………この記憶は、なんだ……………?」
七曜暦1206年4月初旬。運命は再び流転する。
さあ、リスタートだ。
☆★
リィンと情報共有をしてわかったのは、こちらの世界にアーサーの世界の歴史が混入しているという事だった。
それに合わせてこちらの世界の歴史も修正された。代表的な例で言えばノーザンブリアの併合がそうだ。この世界でオズボーンが野心を失った事で元の歴史では併合されなかったノーザンブリアが、今では併合された事になっている。
しかし、“特異点”という楔がある事で、それには歯止めがかかっている。
ナギトが存在する事で生じる絶対の事象は変わらず今の歴史に刻まれているのだ。具体例を挙げれば、共和国での《剣鬼》による事件、クロウの生存だ。
正史と別史の歴史が入り混じる世界となっていた。
加えて、この変化を観測できているのは騎神の起動者のみと思しい。
ラウラと話してもこの世界は元からこうであった、という認識のようで。リィンはアーサー世界の結末までの流れを覚えているようだった。
これはナギトがあちらの世界で、黒キ星杯で世界間の壁を破るのに辿った縁が騎神によるものだったからだと思われる。
おそらくアーサー世界からこちらの世界への歴史の混入には逆止弁的なものがあったのだと推察された。
起動者にアーサー世界の記憶があるのは、世界間の壁を破ったのが騎神だったため、騎神にはいわゆるパスキーが付与されたのだ。そして起動者は騎神を通じてアーサー世界の情報を得ている。
その推測を確かめるために、ナギトはバルフレイム宮に来ていた。ギリアス・オズボーンとの面会である。
「結構なお点前で」
オズボーンの執務室に通されたナギトは一国の宰相から茶を馳走されていた。一口含んで、お決まりの褒め言葉を返す。
「君がここに来た、という事は………そうなのだな?」
ナギトが茶器を降ろしてから、オズボーンは本題に入った。
「……やはり、あなたにも記憶が」
瞑目。ため息でも吐きたい表情をしてオズボーンは言った。
「私は記憶だけではないがな」
ナギトの希望的観測は打ち砕かれた。アーサー世界からイシュメルガの悪意までもが再現されているのだ。
「……やれやれですね」
「まったくだ。因果の流入………それによって世界の過去までが改竄された。世界とはこうあったのだ、という強制…………」
オズボーンもこんな事は望んでいなかった。イシュメルガの悪意によって引き起こされる──オズボーンが引き起こす悲劇は、イシュメルガとの契約によるもの。死に頻したリィンを救うためにオズボーンとイシュメルガで交わした取引の代償だ。オズボーンの意志でやめられるものではない。
「……今のあなたに《時の至宝》の力は?」
「残滓、と言ったところだな。あちらの私と同程度だ」
「…………因果の強弱という面でこちらの世界はあちらの世界に劣る。だからと言って完全に上書きはできないみたいですね」
「それが吉と出るか凶と出るかは、今後の我ら次第であろう」
決別の準備はできた。茶を飲み干す。立ち上がって退室しようとするナギトにオズボーンは宣戦布告した。
「こうなった以上、私も全力で臨もう。君もそうするがいい……ナギト・ウィル・カーファイ」
「言われずとも」と振り返らずに言った。返事を期待したわけではなかったが、オズボーンが笑う気配を感じてナギトは視線をやった。
「フフ……やはり君は甘いな。事を終わらせるならこの場で私を斬るのが最善だろうに。君にならそれができるだろう……?」
「はあ」と大きくため息。いくつもの思いが去来する。ナギトはオズボーンに向き直った。
「それは最善じゃない。……俺はね、オズボーンさん。あなたにも生きていてほしいんですよ。帝国の未来のためだけじゃない、俺の飲み友としてもね」
オズボーンは目を丸くした。まさかの角度からぶん殴られた心持ちだ。先のため息は、こんな事も見抜けない己に対してのものだったのだ。
「何かを捨てなきゃ何かを拾えないなんてのは雑魚の思考だ。俺は全部拾う。世界も守る、あんたも救う。全力出すって?上等だよ、やってやろうじゃねえか」
視線が交わる。火花は散らない。オズボーンは計りかねた若者の熱を受け入れるしかない。
「舐めるなよ、ギリアス・オズボーン。俺は勝つぞ、絶対。変えてやる…こんなクソッタレな運命なんざひとひねりだ」
オズボーンは再度、瞑目した。ゆっくり3秒数えてから目を開ける。炎のように燃え盛る瞳は己を貫いていたままだ。
「それはまた……ずいぶんと強気だな…?」
眉根を上げたオズボーンから《鉄血宰相》の仮面は剥がれ落ちていた。これこそがイシュメルガにとり憑かれる以前の本来のオズボーンの貌だと理解できた。
「はっ」と口角を歪めて肩をすくめた。
「格好つけてるんですよ。ハッタリかましてるんですよ。────でもこれは決意表明だ」
「───そうか。では、期待して待つとしよう」
次の瞬間には再び《鉄血宰相》が顕現していた。ナギトは昔日の幻想を振り払う。たった今からオズボーンは倒すべき敵であり、救うべき友となった。
こうして《八葉を継ぐ者》と《鉄血宰相》の最終戦の幕は上がるのだった。
☆★
賭けに勝った。幸運は訪れた。
ナギトは宰相執務室から出るとバルフレイム宮を歩き回ってオリヴァルトを探し出した。
オリヴァルト・ライゼ・アルノール。言わずと知れた帝国の《放蕩皇子》、オズボーンの対抗馬たる彼を。そもバルフレイム宮にいるかどうかも賭けだったが、運良く見つけ出して接触した。
オリヴァルトはオズボーン打倒を心に決めた男だが、今の状況は彼に不利過ぎた。
オズボーンはアーサー世界での彼の動きを知っている。カレイジャス──翼をもがれた彼が極秘裏にその後継たるカレイジャスⅡを建造している事も。
ナギトは語った。並行世界での顛末を。とても信じられる話ではなかったがオリヴァルトはそれを受け入れた。
「君は変なところで子供っぽい顔を出すけど、こんな真面目な場面で悪質な嘘をつく人間じゃない事はわかっているつもりだよ」
──との事らしい。縁とは偉大だ。荒唐無稽な物語さえ真実として受け入れさせる力がある。
そして、その話をオリヴァルトに信じてもらった上で、ひとつのお願いをした。
皇帝への謁見である。
ユーゲント・ライゼ・アルノール。エレボニア帝国第87代皇帝。巨大国家の君主である。
ナギトはオズボーンと対抗するために、この男に会わなければならなかった。
「皇帝陛下。まずは、お目通りいただき感謝いたします。私はナギト・ウィル・カーファイ。内戦当時お会いしましたが、覚えておいででしょうか」
「ああ、久しいな……カレル離宮に軟禁されていた余たちを救い出してくれたのを覚えているよ。当時はシュバルツァー、だったな?」
「ご記憶いただけていたようで光栄です。当時はシュバルツァー男爵家にて世話になっておりましたが、故あってかつての姓に戻りました」
「話は聞いている。当時は記憶もないと言うのに、奔走してくれたようだな。感謝している。…………それに、あの時に私に向けた言葉も覚えているぞ。“運命様、上等だ”だったか」
「これはこれは。汗顔の至りでございます」
長ったらしい挨拶も皇帝相手では冷や汗ものだ。内戦時にかました不敬を記憶されていたのは幸か不幸か。ナギトはユーゲントを知らな過ぎる。
だが、これでようやく本題に入る事ができそうだ。
「本日はお願いしたき儀があり参上しました」
ユーゲントは興味深げに「申してみよ」と言った。
ナギトがオズボーンに対抗するために必要なのは権力だ。
オズボーンは宰相の席に座る権力者。エレボニア帝国の実質的な支配者だ。しかし、その頂点はあくまで皇帝。ユーゲントならばオズボーンに対するだけの権力をナギトに与える事ができる。
今のナギトがいくら縁の力を結集したとして所詮は寡兵だ。だが権力があれば表からオズボーンに対抗できる。
ナギトは構想を語った。それは夢幻の類の話だった。それを議会を通さず認めてしまっては、いくら皇帝と言えども権力に翳りが出るほどの暴挙を。
「………面白くはあるが、それをやってしまっては私は暴君の誹りを受けるだろう」
「暴君。結構じゃありませんか皇帝陛下。玉座に座すだけの虚無の王よりはよほど」
ナギトは対決している。ユーゲントⅢ世、今代のエレボニア皇帝を説き伏せなければ何も始まらない。
「陛下の諦観の理由は知っています。“黒の史書”───かの悪書の予言に立ち向かい、そして敗北した。運命は変えられないと理解したからこその諦め────、ですがこの私がその反証です。運命は変わります。変えられます。私は───俺は、ナギトという存在はそのために生まれたのだから」
喧嘩を売る。ユーゲントに。“黒の史書”の定めに。運命の強制力に。
そうして舌戦が───────
「………そうか。では共に成ろうか、国を揺るがす暴君に、世界を救う勇者に。今再び挑むとしよう……運命に」
舌戦が、始まらなかった。
どうやってユーゲントを説き伏せようかと脳みそフル回転させていたナギトは肩透かしを喰らった気分だ。
唖然としたナギトを愉快そうに見つめてユーゲントは玉座から立ち上がった。
「驚いたか?余がそなたの願いを聞き入れた事を。………余はすでに感化されていたのだ。あの時のカレル離宮で」
内戦当時は思いもしなかったし、今でも驚きだ。あの時、あの場所でのあの言葉が、そこまでユーゲントにクリティカルヒットしていたなんて。
ユーゲントはナギトの目の前まで来て、拳を突き出した。驚き通しのナギトに「ふふ」と笑ってみせて。
「“運命様、上等だ”。やってやろうではないか」
「ええ。“運命様、上等だ”です」
ナギトも驚きから笑みに表情を転じて応じた。拳がこつんとぶつかる。ここに同盟はなされた。
「さて、そうと決まれば饗応の用意をせねばな。打ち合わせをする必要もあるだろう?」
にやりと悪戯っぽく笑ってユーゲントは言った。またもや面食らうナギト。さては打ち合わせを理由に飲みたいだけだな、と勘ぐる。
思惑はどうあれ、ナギトとユーゲントの友誼は結ばれた。その後はオリヴァルトを含めて三者で綿密な打ち合わせをするのだった。
☆★
即日公布されたのは、《皇の手》という役職と、その第一指となるナギト・ウィル・カーファイの名だ。
《皇の手》とは文字通り皇帝の手。皇帝の名代として帝国のあらゆる機関に口出しができる役職となる。
ナギトが提案した暴君さながらの役職を、皇帝ユーゲントは独断で認可した。その事実は帝国を揺るがす事になるが──────。
ナギトは権力を手に入れる事ができた。これでようやく前提条件はクリア。ここからようやく本番だ。
忙しくなる。平穏とはしばしの別れだ。