八葉を継ぐ者──AAA──   作:クラウンドッグ

36 / 37
駒組み

 

 

 

トールズ第Ⅱの学生寮、一階の訓練室にてナギトはクルトと相対していた。その手には木剣があり、まさに今から模擬戦が始まろうとする様相であった。

 

 

ローゼリアとの話し合いを終えてエマにリーヴスまで転移させてもらったナギトは、ミュゼを紹介してもらうために学生寮の前で待っていた。

放課後、という約束に違わずリィンはミュゼを連れて来たが、三者の会話から付近にいたクルトがナギトの素性を看破。ややあってクルトはナギトに一本勝負を申し込む。ナギトは「時間ない」と言うが、クルトの熱に押されて訓練室にて模擬戦を行う事になったのだった。

 

 

訓練室には僅かばかりの生徒らが押しかけていた。ユウナにアルティナ、ミュゼにウェイン、シドニーやゼシカなど。ナギトとクルトのやり取りを見ていた者たちだ。その者たちにもすでにナギトが《皇の手》として帝国の話題を席巻している人物だという事はバレていて、興味津々の様子である。

 

 

「ナギト・ウィル・カーファイ───その姓と、リィン教官と義兄弟という間柄………そうだと思っていいんですね………?」

 

 

武に通じる者であれば“カーファイ”の名は知っている。東方武術の集大成とされる八葉一刀流の開祖の名だ。

 

 

「ああ、その通りだともよ。クルト・ヴァンダール……双剣名高きヴァンダールの俊英よ」

 

 

もちろん今のクルトは何者でもない、ただの学生だ。しかしいずれそう成る事をナギトは知っている。

そういえば、と脳内を過ぎったのは今の頃合いのクルトのメンタルだ。皇族守護の任を解かれたヴァンダールの一員で、かなり皮肉な目で世を見ていた気がする。リィンの事も“騎神頼みの英雄”だとか舐め腐っていたはずだ。

 

 

 

「………お戯れを」

 

 

クルトは木剣を構える。二振りのそれはヴァンダール双剣術を振るうのに充分な得物だった。

 

 

「いつでも」

 

 

ナギトは余裕をかまして審判を務めるリィンの合図を待つ。リィンはこの先に待つ未来を予想してひとつため息をついてから「始め」と言った。

 

 

両者、動かず。

否。動かないのはナギトだけだ。クルトは動けないのだ。リィンの合図と共に双剣を叩きつけるつもりだったが、機先を制された──気戦を制された、と言うべきか。

 

 

天才とも称されるヴァンダールの若獅子は、ナギトから放たれる殺気に指の一本すら動かせなくなっていた。

首を刎ねられる。胸を貫かれる。腹を裂かれる。四肢が斬り飛ばされる。幾度も己の死を幻視したクルトは恐怖に支配された。一挙手一投足が即座に死に繋がる。迂闊な事をすれば…否、己の最善を尽くしてさえ万にひとつの勝機もないのだと。

 

 

「負け、ました………」

 

 

10秒も耐えただろうか。クルトは膝を屈して敗北を宣言した。

 

周囲は困惑している。審判の合図から間も無く降参したクルトは滝汗を流していて尋常ではなく。

そんな周囲の様子を見てクルトは再度ナギトとの距離を理解する。あれだけ濃密な殺気を放っておいて、それを周囲にまったく散らしていない。クルトにだけ指向性を絞ったものだったという事実に。

 

 

「趣味が悪いぞ」

 

 

「時間ねえって言ってんのに仕掛けてくる方が悪い」

 

 

リィンはナギトが何をしたのか理解している。そうなるだろうと予想していた。こうなるだろうとわかっていたのに、ナギトもクルトも諌められなかった己の責を感じている。だが、リィンもまた“記憶持ち”だ。ナギトが焦る理由にも納得できた。

 

 

「その、私には何が起きたのかわかりませんけど……!」

 

 

と、そこで声をあげたのはユウナだった。ピンク髪が勇気に揺れる。緑翠の瞳はまっすぐにナギトを見据えていた。

 

 

「これは、違うんじゃありませんか…!?」

 

 

「違う、とは?」とナギトは問う。ユウナの声は上擦っていた。恐怖があるのだろう。それでも同級生を踏みつけにした男に対する憤りを勇気に変えて立ち向かっている。

 

 

 

「私には武道の心得なんてありませんけど……勇気を持って挑んだ相手を、武器も使わないで屈服させるなんて、間違ってます!」

 

 

ユウナに言われて、ナギトは目を閉じる。暗闇に浸り、自分の行いを鑑みた。

 

 

「あなたが何者かなんて関係ありません!自分に挑みかかる相手に敬意を微塵も感じさせないあなたの行いは……絶対に間違ってる!」

 

 

 

「いいんだ、ユウナ。僕が間違っていた。……こんな……ここまで差があるとは思って──」

 

 

「全然良くないよ、クルト君!……何か言ったらどうなんですか……ねえっ!?」

 

 

ユウナを諌めようとしたクルトだったが、級友の義憤は収まらず、戸惑っている間に事は進展した。

 

 

「そうだな、お前が正しい。ユウナ」

 

 

いきなり肯定されたユウナは「えっ」と声を漏らした。それを言ったナギトは己のこめかみをぐりぐりと揉んで、それから目を開けた。

 

 

「すまなかったな、クルト。ユウナの言う通りだ。俺は武の道歩む同志への敬意を忘れていた」

 

 

焦りを言い訳にナギトは若者の挑戦を足蹴にした。いいや、足蹴ですらなく一瞥で終わらせたのだ。敬意の欠片もない。

 

 

「お前さえ良ければ……クルト。もう一度立ち会ってみないか。今度は俺もちゃんとやる」

 

 

こんなものは大事の前の小事──ですらない、ただのサボりだ。クルトとの試合なんてものは、オズボーンと対するにあたり不必要なもの。

だが、そんなものをこそ。こんな日常のいちページこそを自分は愛していなかったか。

 

ナギトは己がいわゆる仕事モードに入っていた事を自覚した。

最大の目的を達するために、怜悧に冷徹に、合理を極めたような行動をしていた。それは悪くない。だが、目の前のひとつひとつに真摯に向き合わずして大望を果たそうなど笑い草だ。

 

 

すっかり雰囲気の変わったナギトにクルトは再び決意をして握手に応じた。

 

それから数本の模擬戦という名の指導があったが、それはクルトにとって苦々しくも輝かしい経験になるのであった。

 

 

その指導の終わりにナギトは言った。

見学していた皆に続いて部屋を出ようとしたクルトを呼び止める。

 

 

「お前にもそのうち話はいくだろうが……この場で言っとく。ある意味でスジだしな」

 

 

本当なら、と言うかユウナの一喝がなければそうするつもりもなかったナギトだが、ここぞとばかりにスジを通すという宣言。

 

 

「お前の家……つまりはヴァンダール家だな。皇族守護の任を代々受け継いできた家系………」

 

 

「今は任を解かれています」

 

 

内心の憤懣を滲ませながら言ったクルトにナギトは「ところがどっこい」と返す。

 

 

「この度、皇族守護の任に再び着く事になりましたー」

 

 

皇族守護という栄誉ある役職を独占すべきではない。などといった名目でヴァンダール家はその任を解かれた。しかし、ナギトの《皇の手》の初仕事として皇族の守護は再びヴァンダール家の者に任される事になった。権力バンザイだ。

その事を伝えるとクルトに感謝されたが、これもナギトの計画の一環なのだ。

 

 

「皇帝陛下にはマテウス・ヴァンダール卿が、オリヴァルト殿下にはミュラー・ヴァンダール氏が着く事になる。そしてセドリック殿下には……分家筋の者が着く事になった」

 

 

クルトの落胆はナギトが思っていたより、クルト自身が予期していたより大きかった。

実を言えばクルトも護衛役に名前が挙がっていた。ヴァンダール本家であり、年齢も近く面識もある。しかしそれを却下したのはナギトだ。スジを語った口だが、その事については触れずナギトはクルトに道を示す事にした。

 

 

「クルト、お前はこの第Ⅱで学び励め。そうすればいずれ出番は回ってくる」

 

 

「………僕が、選ばれなかったのは…………、僕の剣が──」

 

 

「それは関係ない。双剣術はむしろかの大帝を支えたロランの操った由緒あるものだろう。お前が選ばれなかったのは経験不足だ。今の帝国を取り巻くきな臭い事情も加味して適任ではないと判断された。………あと、今のお前に殿下は劇薬だと思ったのもある」

 

 

迂闊な発言で聡明なクルトはこの人事にナギトが関わっている事を看破した。ちゃっかりフォローも入れたし、気になる点もあった。

 

 

「劇薬……?ナギトさんは殿下とお知り合いなのですか?」

 

 

「あー……内戦の折にちょっとな」

 

 

ナギトとセドリックは内戦の終わりに共に《緋の騎神》に乗り込んだ──カイエン公の暴走で騎神への生贄とされたセドリックを救えなかっただけだが──仲だ。もちろんそれだけではないが、それを言うのはそれこそ劇薬が過ぎる。

 

 

「ナギトさんも旧Ⅶ組のようですし……となると、帝都に出現したあの城で……?」

 

 

内戦中、帝都に出現した煌魔城は集団幻覚とされているが、死都となりかけたあの場にいた者たちはそうとは思っておらず、多分に漏れずクルトもその一員だった。

 

 

「そんなとこだ」

 

 

それを肯定してやるとクルトの好奇心はまたひとつ満たされて、本題から遠ざかってしまう。ナギトの餌に引っかかった形だ。

 

 

「話はこんなもんだ。要は気を落とさず学院生活を楽しめ、ってな事よ」

 

 

クルトもこれ以上の追及はしないだろうと見て取ったナギトは話を切り上げた。

 

 

こうして、いずれ天眼無双に至るヴァンダールの若き双剣士との初対面 / 再会はなされたのだった。

 

 

 

☆★

 

 

 

クルトとの一件の後、学生寮で夕飯を世話になったナギトはオーレリアの部屋に招かれていた。間も無く準備を終えたミュゼとリィンも来るだろう。

 

 

 

「クルト・ヴァンダールに稽古をつけてやったそうだな?」

 

 

食後の紅茶を嗜みながら、テーブルを挟んで相対するオーレリアはナギトの恩師たる彼女だ。並行世界(アーサー)の事など知る由もない真紅の女傑。

 

 

「ええ。いっちょ揉んでやりましたよ。あのこまっしゃくれたガキがこれでましになるといいんですが」

 

 

心に溢れた物悲しさを義務感で覆い隠して、ナギトは役割を続けた。

 

 

「ハハハ、相変わらず年下想いな事だ。あやつの剣では不足か?早くも新入生最強…なんて呼ばれているようだが」

 

 

すらっと本題に入るオーレリアにナギトは息をこぼした。紅茶を嚥下してから言う。

 

 

「不足ですね。この先に待つ“激動の時代”に挑むにあたり」

 

 

「──そうか。やはりそなたはその件で来たのだな。イーグレット──いや、ミルディーヌ公女殿下を訪ねて」

 

 

「お察しの通りです。ギリアス・オズボーンに対抗するためには彼女の頭脳が必要になります」

 

 

「ふ。これは愛弟子とのブレイクタイムとはいかなそうだな」

 

 

油断なく微笑むオーレリアはやはりナギトの答えを予期していたようで。それから間も無くミュゼとリィンが現れた。

 

テーブルを4人で囲うようにして話し合いは開始される。

 

 

「さて……まずは色々と話し合う前に、前提を語らなきゃいかんな」

 

 

ナギトとリィンは並行世界の未来を知っている、と直截に言った。国家総動員法、ヴァイスラント決起軍、《千の陽炎》などのワードを出してミュゼとオーレリアの感心を引き出す。

 

 

「なるほど。これからの未来を予期していたとしても、明確なワードを知っているはずがない──そういった理解を求められている、という事でよろしいでしょうか?」

 

 

顎を引いて肯定の意を示す。ひとまず2人が未来について知っている、と仮定の上で話は進んだ。

オズボーンが未来の記憶持ちである事も含めて、ナギトの計画は語られる。

話を聞いたミュゼはしばらく考え込んでいたが。

 

 

「正直な感想を言わせてもらいますと……ナギトさんの計画が成功する公算は決して高くないと思います。……あまりにも未知数が多過ぎますし、事がすべて上手く運ぶ前提での作戦でしょう?」

 

 

ナギトの計画を聞いた者の反応としては他者と変わりなく。風向きは良くない、と言うべきだろうか。

 

 

「…ふむ………やけに余裕がないと思えば、そういうわけだったか」

 

 

透徹した、あるいは挑発的なオーレリアの視線にナギトはぎくりとした。

その通りだ。先にユウナにも指摘されたものと通じた話だが、今のナギトは仕事モードであり遊び(余裕)がない。

 

精神に余裕がないからこそ、穴だらけの作戦を煮詰めて計画なんて呼んでいるのだ。

 

 

「………ですが、これが現状の俺に思いつける最高の作戦です。望む未来に至るための唯一の道筋。改善点があるならご指摘願いたい」

 

 

事を終わらせるだけなら簡単だ。今から帝都に行ってオズボーンを斬るだけでいい。いかに彼が優れた軍人だったとしても、ドライケルスの転生者という偉人であっても、武人として刃を交えれば勝つのはナギトだ。要塞のバックアップのない今ならなおさらだろう。

 

しかし、ナギトはオズボーンを救うと決めたのだ。だから困難な道のりだとしても歩みを止めるつもりはなかった。

 

 

 

「お願いします。どうか力を貸してください」

 

 

 

ナギトは深く頭を下げた。ミュゼやオーレリアを説き伏せるだけの切り札なんてなくて。懇願するしかない。

絶望的な未来を打破するために、綱渡りをしてくれと。

 

 

 

「条件があります」

 

 

ミュゼは協力するための条件を課す。それはナギトの作戦が失敗した時のためのサブプランを用意する事だった。

 

オズボーンが未来とミュゼを知っているとなると、《千の陽炎》は事前に阻止される可能性が高い。

各国の連携は取れずに帝国は順当に共和国を打ち破るだろう。そして《千の陽炎》がなければ、各国の長がパンタグリュエルで会合する事もない。アーサー世界でナギトが提案した作戦もこの世界では成り立たない。

 

 

「それらの前提を踏まえた上で、あちらの世界と近似した結果を出すサブプランを用意してください」

 

 

ミュゼはそう言った。相応の時間を設けて答えを待つつもりだったが、ナギトはすらりと答えてみせた。

その最後に、こう伝える。

 

 

「先にも話した通り、俺の作戦──メインプランでは、黒キ星杯での決着を想定している。………その機を逃したらサブプランに切り替えよう。オズボーンを倒し、イシュメルガを倒し───。少なくとも共和国との戦争が始まる前には」

 

 

 

「メインプランも大概だが、そのサブプランとやらも現実的か?」

 

 

 

ナギトの語りに口を挟んだのはオーレリアだ。ナギトの語ったサブプランはメインプランほどではないにせよ、あまり現実感がない。

 

 

「可能です。最悪でも直近の戦争は避けられるでしょう」

 

 

ナギトは続ける。

 

 

 

「黒キ星杯でのメインプランが失敗に終わり、黄昏が確定した時点で────ギリアス・オズボーンと《黒の騎神》イシュメルガの繋がりを断つ。二者間のリンクが切れれば騎神の機能で不死者になっていたオズボーンは死ぬし、イシュメルガも直接的に現世に干渉するのは難しくなる」

 

 

騎神と起動者の繋がり。それを斬る事ができるのは確認済みだ。一度も乗った事がないから忘れがちだが、ナギトもヴァリマールの起動者なのだ。ナギトの一閃にて彼とのリンクを斬断する事はできた。物理的な斬撃で概念的な繋がりを断つ事が可能なのは証明済みとなっている。

 

 

「ふむ………。危ういが及第点はやれそうか。公女殿下、いかがでしょう?」

 

 

ナギトの確信に満ちた語りにオーレリアは賛成に傾いてミュゼに水を向けた。ミュゼは困った顔をして、

 

 

「うーん…………、オーレリア将軍ほど私はナギトさんを知りませんので、そのサブプランについてどれだけの説得力を見出せば良いのかわかりませんが……………、オーレリア将軍の見る目とリィン教官の愛を信じて、ここはナギトさんに賭けてみる事にします」

 

 

結論を出した。ミュゼはナギトを信じるオーレリアとリィンを信じるという事らしい。それで充分だ。

 

 

「ありがとうミュゼ!」

 

 

大好きだ!とハグのポーズだけしておく。そんな小ボケを挟んでから「んん」と喉を鳴らした。

 

 

 

「では、ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエンを《皇の手》第三指に任命する」

 

 

 

「承ります。《皇の手》第一指、ナギト・ウィル・カーファイ様」

 

 

立ち上がったミュゼはふわりとカーテシーをして、その任命を受けた。

 

 

「まずはその権力でバラッド侯爵を驚かせてやるといい」

 

 

そんなミュゼに再び笑ってみせる。

バラッド侯爵はカイエン公爵家の親類であり、次期カイエン公を自称している。アーサー世界ではミュゼ──ミルディーヌが次期カイエン公へと内定したがすったもんだあった。だが《皇の手》としての権力があれば、そういった問題も簡単になるだろう。

 

本来、《皇の手》に貴族の家長を決めるほどの権限はないが、カイエン公爵家の本筋たるミルディーヌが《皇の手》ならば、自分の家の事情くらいには口は出せる。

 

 

「ふふ、そうします。少し悪い気もしますが……ナギトさんのメインプランは急を要しますからね。できるところはショートカットしないと」

 

 

確かにバラッド侯爵を不憫には思うが、さんざ調子に乗った挙句、ハシゴを外されたアーサー世界よりはましだろう、と内心で納得する事にした。

 

 

 

 

「よし。じゃあミュゼ────、《蒼の深淵》に……ヴィータ・クロチルダさんに繋げてくれ」

 

 

 

ハッピーエンドの成就にはまだまだ遠く。しかし、確かに、一歩ずつ。盤面を整えていくナギトであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。