八葉を継ぐ者──AAA──   作:クラウンドッグ

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トールズ士官学院

 

 

 

トールズ士官学院第Ⅱ分校の入学式が終わった翌日、新人教官のリィン・シュバルツァーは教官としての職務を全うしていた。VS書類の山である。

 

 

時刻はすでに夕方と言って差し支えない。窓から見える夕陽にリィンが目を揉むと、すぐ近くから「あはは」と笑い声が聞こえた。

 

 

「疲れちゃった?リィンくん」

 

 

話しかけてきた小柄な女性の名はトワ・ハーシェル。リィンのトールズ本校時代の先輩であり、この第Ⅱでは同僚にあたる人物だ。

 

 

「書類作業にはこの一年で慣れたつもりでしたが……この量になるとさすがにきついですね」

 

 

リィンはトワの机をちらりと見やり、書類がすべて片付けられている事を確認した。

 

 

「その点、トワ教官はさすがですね。…そういえばサラ教官に書類仕事を押し付けられてたんでしたか」

 

「うん、そうだね。その経験が今に活かせてるかもしれないね」

 

 

「あはは」と乾いたトワの笑いにリィンは「その節はご迷惑を」と頭を下げる。

そんなやり取りの後、リィンのARCUSⅡが着信音を鳴らした。

 

「すみません」と断りを入れ、リィンは教官室を出て廊下で通信を始めた。

 

 

「リィン・シュバルツァーです」

 

 

「あー、リィンか。俺だが」

 

 

ARCUSⅡから聞こえたのは落ち着きのある声音。平静を装った、“何か”を孕む声音。

しかしリィンはその声に心当たりはなかった。

 

 

「すみません。どちらさまでしょうか?」

 

 

「やっぱりわからんか。……まあいい。リィンお前、今トールズ第Ⅱの教官らしいな。それで話したい事…いや、頼みたい事がある。リーヴス駅に来てくれないか。………自己紹介はそれからだな。それじゃ待ってるぞー」

 

 

通信相手の男は一方的にまくしたてると通話を終えた。新手の詐欺を疑いつつリィンはリーヴス駅に向かう事にした。

 

 

 

リィン・シュバルツァーという男は、お人好しである。困っている人がいれば助け、頼み事は断らない。だがそれは、リィンが無警戒であるとか、悪意に疎いとかではない。むしろリィンの洞察力は一般人のそれを越えている。ここ一年で政府の命令を請け、帝国各地を渡り歩いた経験やⅦ組として活動した事が大きい。

 

現にリィンは先程の通話で相手が声に潜ませた感情を読み取っていた。

期待と落胆。そして信頼。声も知らない男に信頼されるというのもおかしな話だが。

兎にも角にも通信相手の男から悪意は感じなかった。それに頼みたい事があるということは何かしら困っているのだろう。持ち前のお人好しを発揮したリィンは警戒しつつもリーヴス駅に到着したのだった。

 

 

リーヴス駅に入ったリィンは声をかけられ、そちらを振り向くが、そこにあったのはやはり見知らぬ顔だ。

20代〜30代に見える男性。歩き方から武道に精通した人物だとわかる。ついでに腰に提げた得物はリィンと同じ太刀だった。

 

 

「あの、すみません。お会いした事がありましたか?」

 

 

男は、哀しそうな表情をする。しかしそれは何が悪いわけでもないと思わせる、優しげな微笑でもあった。

 

 

「俺の主観でなら会ったことはあるさ、兄弟。……どこか落ち着ける場所で話したい」

 

 

リィンはその男をベーカリーカフェ《ルセット》に案内した。リィンもリーヴスに来て日が浅いため来た事はなかったが、落ち着いた雰囲気のあるいいカフェだ。

 

2人は席に着くとコーヒーを注文する。男はおもむろに自己紹介を始めた。

 

 

「俺の名前はナギト・ウィル・カーファイ。一時期はナギト・シュバルツァーと名乗っていた事もあった。……言っておくが偽名として使ってたわけじゃないからな?」

 

 

軽々しい様子で、しかし重要な情報が開示されたのだとリィンは感じ取った。

 

 

「カーファイって……いや、それよりシュバルツァーだって?どういう事なんだ…?」

 

 

困惑するリィンを目の前に、やはりナギトは哀しげに笑う。

 

 

「疑問は尤もだな。順を追って説明する」

 

 

そうしてナギトは語る。ラウラに語り聞かせたのと同じように。ナギト・シュバルツァーという男が存在したⅦ組の物語を。

 

 

 

「あー……その、何て言うか…………とても信じられる話じゃないよな?」

 

 

頬をぽりぽりと掻きながら、リィンは感想を述べる。しかし口ではそう言いつつも、完全に嘘だと断じているわけではない。

ナギトはⅦ組での思い出を詳細に語り、当時自分たちしか知らなかった事をさも当然のように話に盛り込んできた。

しかもそれだけではなく、ナギトはⅦ組の思い出を語るたびに優しげで、でも少し哀しそうな顔をするのだ。

これを演技と言うほど、リィンの目は節穴ではなかった。

 

そんなリィンの様子を見てか、ナギトは「世の中そんなもんだろ」とすっかり冷えたコーヒーを啜った。

 

 

「クロウが《C》だった事然り、大昔から帝国史の裏で騎神が活躍してた事然りな。…ちなみにラウラは信じたぞ、この話」

 

 

「ラウラが?」

 

 

とリィンは反応する。ラウラは子爵家に生まれた者として、こういった話への警戒心は充分以上のはずだが。

 

 

「ま、2時間以上も手合わせに付き合わされた結果だけどね」

 

 

リィンはナギトの言葉に黙考した。

ラウラがナギトの話を信じた理由。手合わせをしたと言うなら、剣を通してナギトが信用に値すると思った、という事だろうか。

 

リィンの結論として、ナギトは信用できない。並行世界から来たなどと荒唐無稽もいいところだ。

しかしラウラなら信じられる。リィンは、ナギトを信じたラウラを信じる事にした。

 

 

「とりあえず君の話はわかった。ただそれを話して俺に何をさせたいんだ?」

 

 

信じた、ではなくわかった、と言うリィンにナギトは「フ」と笑い、テーブルに乗り出して大きく手を組み「よし、それじゃあ本題だ」と切り出した。

 

 

「リィン、お前この春からリーヴスにあるトールズ士官学院第Ⅱ分校で働いてるそうだな」

 

 

リィンは嫌な予感に「まさか」と言った。続いて発せられたのは、その予感通りの言葉だった。

 

 

「俺をさ、そこで雇ってくれない?」

 

 

☆★

 

 

「面白い。採用だ」

 

 

トールズ士官学院第Ⅱ分校、分校長のオーレリア・ルグィンは言った。

 

 

「ちょっ、分校長!?」

 

 

驚きの表情を見せたのはリィンだ。分校長のオーレリアならば、ナギトの雇用というふざけた案件を一刀両断してくれると期待していたからだ。

 

「雇ってくれ」と言うナギトだが、リィンはそれを拒否した。素性の知れない者を教育機関で雇う事などできるわけがない。そもそもリィンはそれを許可できる立場ではなかった。

 

 

「リィン、お前の懸念はよくわかる」

 

 

そう言ったナギトだが諦めたという感じではない。むしろ想定通りと言わんばかりだ。

 

 

「しかし…だ、リィン。お前はそれを判断できる立場ではなかろう」

 

 

ニヤリと笑うナギト。それならどうしてリィンに話を通したのか。元義兄弟への義理立てとでも言うつもりか。

 

 

「確か、分校長はあの《黄金の羅刹》だったな?」

 

 

と、ナギトは笑みを深め、リィンにオーレリアの下まで案内するよう頼み────今に至る。

 

 

 

 

雇用を請願するナギトを、オーレリアは一も二もなく承諾した。

 

 

「分校長……それじゃあまりにも…………」

 

 

 

リィンはオーレリアの判断に苦言を呈する。様々な事情の一切を無視するかのような判断は確かに豪胆が過ぎた。

 

 

「しかしシュバルツァーよ。そなたとて全く信用できぬ者をここに連れては来ぬであろう?それに、この者を見れば悪しき企みを抱いておらぬ事は見通せるはずだ」

 

 

「それは……そうかもしれませんが………」

 

 

リィンはオーレリアの言葉に納得しそうになる。一理はあるが十全ではない。しかし次の刹那の目配せで、監視するためにも近くに置く、という決断が垣間見えた事で引き下がった。

 

 

「ではナギト、明日からそなたはここの教官だ………と言いたい所だが、ここはシュバルツァーの顔を立てるとしよう」

 

 

「石頭の説得材料にもなるしな」と笑うオーレリアにナギトは首を傾げる。

 

 

「ナギト・ウィル・カーファイよ。そなたがこの第Ⅱで教鞭を執るに相応しいか試験を行う。……言わば入学試験だな」

 

 

ニヤリ、笑うオーレリアにつられてナギトも口角を上げた。

 

 

 

その後、ナギトは士官学院教官として求められる知識を出題され、それに回答していく。加えて実践的判断力に長け、作戦立案能力も高いともなれば、むしろ学院側からスカウトしたい人材とすら評された。

 

 

 

「それでは……これが最終試験となる。アインヘル小要塞レベル0……見事踏破してみせよ!」

 

 

と、ナギトはスタート地点でマイク越しのオーレリアの声を聞く。

いきなり小要塞に連れて来られたと思えば、突然床が傾き地下に招かれるとは。ナギトは本校旧校舎でのオリエンテーリングを思い出して「ふ」と綻んだ。

 

 

「制限時間は30分とする。それでは探索を開始せよ」

 

 

レベル0…という事は、旧校舎地下における第一層のようなものだろう、とたかを括ったナギトは首をコキコキと鳴らした後、軽くストレッチし前を見据えた。

 

 

「──じゃ、さくっとクリアすっかあ!」

 

 

ニヤリといつものように笑い、ナギトは駆け出した。

 

 

 

アインヘル小要塞モニタールームにて、その様子を見ていたのはリィンとオーレリア。それに騒ぎを聞きつけてやって来たトワにランドルフ・オルランド、それとこの小要塞の責任者たるG・シュミットの5名。

 

 

ランドルフ・オルランド。旧Ⅶ組フィー・クラウゼルの古巣である《西風の旅団》と双璧を成すと言われる最強の猟兵団の一角、《赤い星座》の元団員で、現在は帝国軍・クロスベル方面軍警備隊からの出向という形で第Ⅱに在籍している。

 

G・シュミット。ラッセル博士、ハミルトン博士と並ぶ三高弟のひとり。帝国一と謳われる導力工学者で、第Ⅱには特別顧問として就任していた。

 

そこに、現在は第Ⅱから離れて関係各所へ資料を届けに出ている主任教官ミハイル・アーヴィングを加えたのが第Ⅱの教官陣となる。

 

 

「シュバルツァーよ。早々に終点に行くがいい。……早くせねばあの男、誰もいない終点を素通りする事になるぞ」

 

 

オーレリアはカメラに影しか残さぬナギトを見て言う。

最終試験の目的はナギト個人の戦闘力の調査だ。オーレリアとしてはそれを測るのに自ら名乗り出たい所ではあるのだが、もし興が乗って全力を出せば、あわや大惨事…となりかねないので自重した。

 

そこで、同じ得物という事もあり、一年半前の内戦を乗り越えたリィンに白羽の矢が立ったわけだ。

 

レベル0でナギトを待ち受ける事になったリィンはオーレリアの忠告を受けて早々に終点に向かう事にした。

新Ⅶ組を率いて(足手まといつき)とは言え、リィンが1時間以上かけてクリアしたレベル0を30分で、とはオーレリアの無茶振りかと思ったが、ナギトのあの勢いはものの5分〜10分でクリアしてしまいそうな勢いだ。

 

 

ナギトがレベル0終点に到着したのはリィンを乗せたエレベーターが到着してからわずか1分後の事だった。

 

 

 

☆★

 

 

まさしく疾風の如く小要塞を駆けていたナギトの足が止まる。

 

 

「早かったな。正直30分なんて無理だと思っていたんだが……さすがはカーファイと言ったところか」

 

 

それはナギトを八葉一刀流の関係者である事を見抜いたがゆえの発言だった。

 

 

「得物が太刀でカーファイとなりゃ、まぁわかるわな。……お前が最終関門ってわけか、リィン。どれ……やるとしよう」

 

 

リィンの推測に納得しながらもナギトは言葉少なに太刀を構えた。

リィンもまた試験官としての役目を果たすべく「ああ」と返事をして構える。

 

 

「八葉一刀流中伝、リィン・シュバルツァー」

 

 

「八葉一刀流皆伝、二代目伝承者────いや、今は忘れ去られし八葉が剣客、ナギト・ウィル・カーファイ」

 

 

「いざ参る!」と2人重なった声の余韻は、激突する鉄音に掻き消された。

 

ナギトの初撃“迅雷”を防いだリィンはしかし、体勢を崩してしまう。衝撃を宙に逃すと共に跳んだナギトは構えた太刀に雷を迸らせた。

 

 

「さあ、防いでみせろ!」

 

 

まずいと直感したリィンは即座に迎撃の姿勢をとる。

 

 

「蒼き焔よ……」

 

 

宙空に出現した雷光をなびかせる幻影4つが一斉にリィンに向かって突撃を開始した。

それを“蒼焔の太刀”で斬り払ったリィンは、最後に特大の雷撃を見た。

 

 

「仰ぎ見よ、これぞ建御雷の具現───雷神烈破!」

 

 

「はぁぁぁあああ!」

 

 

リィンは“蒼炎の太刀”にさらに力を込める。

雷と焔の衝突は2人の目をくらませるに充分だ。

 

しかし、その程度で相手が止まるわけがないと互いにわかっていた。

 

 

 

「明鏡止水……我が太刀は《静》─────」

 

 

 

今度はこちらの番だとばかりにリィンが己の体内で闘気を練り上げる。

 

 

ナギトが来る、と思った瞬間。閃く白刃。一瞬の内に幾重にも刻まれる斬撃は────

 

 

「七ノ太刀───落葉!」

 

 

リィンの納刀を合図に炸裂した斬撃の嵐。そんな技に無傷で対処するのはナギトでも不可能だ。斬撃の嵐の炸裂前に回避する事ならできそうだが、初見ではそれも難しい。

 

で、あるならば────

 

 

「────剣鬼七式、二ノ太刀」

 

 

やがて嵐は消え去った。過ぎ去ったのではなく消え去ったのだ。

斬撃の嵐が消えた後、リィンの視界が捉えたのは半球状に空間を刻む斬撃の繭。その密度は己の奥義より更に───。

 

 

「絶刃壁。今のはなかなか良かったぞリィン。俺が本気を出すくらいにはな」

 

 

ナギトは今の“落葉”で見抜いた。リィンの力量を。そして今のが全力でなかった事も。

踏み込みが浅い。力をセーブしている。剣から読み取った、何かへの畏れ。それはおそらく───

 

 

「こちとら時間制限のある身でな。おしゃべりはここまでだ」

 

 

──しかし今。問いただす事でない。

力への畏れには、何か事情があるはずだ。

 

 

「お前が葉を落とすのなら、俺は陽を落とそう」

 

 

リィンが返事をする間もなく、ナギトはこの最終試験をクリアすべく動き出す。

 

 

「無念無想……我が太刀は《空》───!」

 

 

その動きはまさにリィンの模倣。しかしそれはリィンの“落葉”とは格が違った。

八葉一刀流をベースにつくられた“落葉”は、その達人たるナギトにとり模倣 / 昇華に易い戦技だった。

 

 

「───落陽」

 

 

無数の斬撃を叩き込んだ5つの影が収束する。早過ぎたそれを、空間がようやく認識した。

斬撃の嵐──否、斬撃の檻。檻であるからには逃れられるはずもなく。そのすべてはリィンを打ちのめした。

 

 

「安心しろ。峰打ちだ」

 

 

と納刀したナギトが言った。斬撃を思われていたものはすべて打撃だったのだ。いくらナギトとは言え元の世界で義兄弟だったリィンに刃を向けはしない。ましてやこの場は試験だ。殺しは御法度に決まっている。

それにこの試験はナギトの教官適性を測るためのもの。戦闘力の確認という目的の裏に、格下相手にいかにやさしく教えられるか、というものも見られているのだとナギトは目していた。

 

相手の全力を引き出し、改善点を伝える。それを見せたナギトは教官に相応しい人物だと示せた。

 

 

「これならミハイルの旦那も納得するってもんでしょう」

 

 

その様子を見ていたランドルフ──ランディがそう言う。

 

 

「そうだな。むしろ奴を納得させるための試験だ。でなければ誰がこんなまだろっこしい真似をするか」

 

 

やれやれとでも言いたげにオーレリアは吐き捨てた。

 

 

「ともあれ、これでカーファイの就任は確定だ。喜ぶが良い、オルランド、ハーシェル。こき使える後輩ができたぞ」

 

 

オーレリアの冗談にトワは「あはは」と困ったように笑い、ランディは「ま、仲良くしますよ」と肩をすくめた。

 

 

 

 

その日の夜。

 

入学試験を無事に突破したナギトは第Ⅱの教官陣、生徒合同の寮、その中の自分に宛てがわれたれた部屋で資料に目を通す。

 

ナギトは明日から特務科Ⅶ組の副担任として働く事になった。受け持つ授業は武術教練を半分と教官陣が欠席する事になった場合のサポートだ。

 

ナギトは決意を新たに、この物語に立ち向かう。

新しい日常が始まるのだ。

 

 

 

トールズ第Ⅱ分校と、リィンや他の教官と、4人の生徒と共に。

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