それから数日、ナギトはアルバレア城館に滞在した。これからの事を詰めて、EOS計画についても微修正があった。やはりユーシスの知能は頼りになるものだ。
「それじゃあな。世話になったわ」
ユーシスとの別れの挨拶だ。2ヶ月後の領邦会議にはナギトも出席する予定で、次の再会はそこになると思われた。
「ああ。次の行き先は…ルーレだったか」
「うん!アリサのお母さんに会いに行くんだよね?」
ユーシスの確認に応えたのはミリアムだった。彼女はアルバレア城館から離れ、ナギトに付き添う事になっている。
「イリーナ会長な。アリサと連絡とって、今日ようやくアポが取れた感じかな」
「ラインフォルト社の会長………、用件というのは…………」
「領邦軍の軍備増強に係るとこだな。あの内戦以降、ラインフォルト社は領邦軍に商品を売るのに慎重になってたからな」
内戦を起こした貴族に対しての世間の目は冷ややかで、そういった世論に押されてラインフォルト社の会長であるイリーナは領邦軍にはあまり兵器を売らなかった。もちろん完全にというわけではないが、正規軍が軍拡を進めていたのもあり、そちらが優先されていた形だ。
今回、ナギトがイリーナと接触するのは、正規軍と同等の質と量の兵器を領邦軍にも売ってもらうためのものだ。
「そこまで無茶な話ではないと思う。ラインフォルト社もいずれは貴族との取引も以前同様にしたいとは思ってるだろうしな」
貴族は大口の客となり得る。いつまでも世論を気にしてビジネスチャンスを逃すわけはない。
「………そうか。せいぜい気をつけるがいい。領邦軍の備えが無駄になるようにな」
「はっ。そうだな。………んじゃ、2ヶ月後に」
「またねー、ユーシス!」
領邦軍の軍備増強はナギトが死んだ後のための策。言わばサブプランの更にサブだ。ユーシスは迂遠にナギトの無事を祈る言葉を口にして。ナギトはそれに笑いミリアムは別れを告げる。
2人は列車に乗り黒銀の鋼都ルーレへと向かう。
その移動の最中だった。座席でくつろぐナギトのARCUSにリィンから通信が入る。
「ちと待ってろ」
ミリアムにそう言って席を立ち、他人に声が聞こえない位置に移動した。
「はいよ」
「ナギト、今大丈夫か?」
「うん」
どうやら列車に乗っている事をリィンは理解したようで、はっきりとした口調でものを語る。
「実は、第Ⅱの特別演習がなくなった」
特別演習──トールズ第Ⅱが設立を許された理由のひとつでもある。帝国各地に赴き脅威に対処するための演習だ。もちろんそれは本来の目的であり、名目は第Ⅱ分校生徒の調練のためのカリキュラムだ。
「特別演習が、なくなった?」
確認のための復唱に「ああ」とリィンは返す。そのまま続けて呆れ声で、
「ナギトに文句言っとけ…ってレクターさんが」
「oh……」
情報局に監査が入った事を言っているのだろう。
情報局がそれでてんやわんやになって、本来なら得ていたはずの情報を得られず、第Ⅱを演習に出せなくなった…と考えるのが自然だ。
「何をやらかしたんだ……?」
「まあ……ちょっとな。………うーん…………?」
リィンからの追及を誤魔化したナギトだったが、引っかかりを覚えた。考え過ぎかもしれないが、嫌な予感がする。
「どうかしたか?」
「いや……逆用されてるかもな、って」
「逆用?」
「なんでも……なくはないが。もしかしたらヘルプ頼むかもしれん」
揺れる列車の中での通信。“Ⅶの輪”での連絡のため音声の乱れなどはないが。
「わかった。しかし……予定が狂ったんじゃないか?会うつもりだったんだろう……《猟兵王》と」
「ほー。読んでたか」
「さすがにな」と通話口にリィンは苦笑した。《猟兵王》ルトガー・クラウゼル。《紫の騎神》の起動者だ。騎神の起動者と接触を図りたいナギトだが、彼とのコンタクトに難儀していた。この時期のルトガーはどこにいるかわからないし、連絡を取る手段もない。
トールズ第Ⅱの特別演習1回目で行くセントアーク周辺に現れるはず──だったが当てが外れたか。
「そういう事なら仕方ない。一応セントアークやらハーメル…あとはパルムか。タイミングが合えばそのへん探してみる」
それからややあって通信は終わり、ミリアムの待つ座席に戻り、列車がルーレへ到着するのを待った。
☆★
イリーナ会長との話はスムーズに進み、そして終わった。
大方の予想通り、社内では貴族への兵器販売に制限がかかっていたようで、それを解除すると約束した。
ほんの1時間にも満たない話し合いで、さっくり終わった。わかってはいたがビジネスライクな人だった。
「あなたが《皇の手》だって事も関係してるんじゃない?」
「そうかもな」
ナギトは再会したアリサと共にルーレ市街の店で夕食を摂っていた。もちろんミリアムも一緒で、なんならシャロンも同伴だ。
むしゃりむしゃりと肉を噛んで頷いてみせる。アリサ紹介の店だ。なかなかの味だった。尤も、ここ最近はバルフレイム宮やアルバレア城館など高級な味を堪能していたため、そのへんと比べるとさすがに評価は落ちるし、なんなら同席しているシャロンが作る料理の方がナギトの好みにはあっていた。
「って言うかナギト…あなた、いったいどんな手段を使って陛下に取り入ったのよ?」
「やっぱお前、俺に辛辣じゃね?」
友人に対して。尊崇すべき皇帝陛下に対して、取り入った、などと表現するとは。
「《皇の手》……なんてまったく新しい役職………直談判したって事は聞いたけど?」
「まあな。内戦の時のあのカレル離宮で陛下を助け出したじゃん?あの時にちょい話したんだよね。で、その時の言葉に陛下は胸を打たれてたってわけ」
「嘘くさいわね」
「アリサお前さ、俺の事なんだと思ってんのよ?」
「詐欺師?」
「くぅ〜、これこれ!」
もはやこなれたものである。
アリサのナギトの雑な扱いは気の置けない友人のそれだ。むしろナギトは自分が貶されるよう話を振っているまであった。
同席しているミリアムやシャロンも最早見慣れたもので笑いながら2人のやり取りを見ていた。
食事を終えた4人はティータイムに入っていた。
ラインフォルト本社ビル最上階──アリサやイリーナがプライベートで使用する部屋での事である。ナギトとミリアムは本日はここに一泊させてもらう事になっていた。特別実習の時と同じように。
「それでナギト………私にも何か頼みがあるんでしょう?」
紅茶を一口飲んで、一拍。アリサが切り出した。
「特にないけど」
その紅茶を吹き出しそうになる。即答したナギトに、意味ありげに問うた自分が恥ずかしくなりそうだ。
ナギトとしてはアリサに用はない。ルーレに来たのはイリーナとの面会が目的で、それはすでに達成されていた。
ラインフォルトグループにおいて、アリサにできてイリーナにできない事はない。少なくともナギトが求める点については。
だからこうしてくっちゃべっているのは、単に元クラスメイトとの久闊を叙しているだけに過ぎなかった。
「いや───」
「そう」と気を取り直したアリサを見て、ナギトはひとつ予防線を張っておく事にした。
「アリサ……怒らないでくれ」
「………なによ?」
アーサー世界において、ラインフォルト家には悲劇があった。アリサの父──フランツ・ラインフォルトにまつわる出来事だ。
彼はすでに死んだ事になっているが、実は生きているのだ。黒の工房の長、《黒のアルベリヒ》として。
しかも、話が拗れたのはフランツが死んだ事になった事件の下手人がシャロンの名を与えられる前のクルーガーだった事に起因する。フランツの妻たるイリーナはクルーガーに対して“夫が帰って来るまでラインフォルトに仕える”事を彼女に課し、シャロンという名を授けた。
もちろん死んだ夫が帰って来るわけがないのだから、シャロン・クルーガーという役目は一生続くはずだった。
しかしそこに《黒のアルベリヒ》が現れたものだから事態は混乱した。クルーガーからすれば契約は満了だ。もはやシャロンである必要はなく───。
結局は《黒のアルベリヒ》はフランツ・ラインフォルトとは認められず、クルーガーはシャロン・クルーガーに戻ったわけだが。
ナギトは今回、その事態を起こさないつもりでいる。話がややこしい。かかずらっている暇がないのだ。
「言わない」
だから当然、その内訳を話すわけがなかった。
「こっちは言われなきゃわからないんだけど……!?」
アリサは凄んだが、ナギトはどうにも口を割りそうになかった。
怒らないでくれ、なんて言われてもその内容がわからなければ無理な話である。
「すまんね。言えないんだ。事態が面倒になる」
「………未来の記憶ってやつね?」
「ああ。……お前が結局、それを乗り越えるの知ってるからな。今回はその問題はショートカットするつもり。………かなりの不義理を働く事になるからさ」
「………だから、怒らないで…って事ね。……わかった、詳細は聞かないわ。それはそれとして、あなたの秘密主義は咎めさせてもらうけど」
にっこり、金髪のあくまが微笑む。
ナギトがたっぷりと詰られて、それが終わった頃だった。
ARCUSに連絡が来たのだ。
「すまん」と断って席を立つ。アリサたちから離れて通話ボタンを押下した。
「はい」
「私です」と言う声は若干の焦りを滲ませていた。
「嵌められました。………助けが必要です」
それはリアンヌ・サンドロットからの救援要請だった。
☆★
《鋼の聖女》アリアンロード。あるいは《槍の聖女》リアンヌ・サンドロット。彼女を味方に引き入れたナギトは、密偵の真似事をさせていた。
《身喰らう蛇》の動向を確認するためである。組織の幹部ともなれば、あらゆる情報が詳らかに知る事ができるはずだ。同じ使徒であるクロチルダにも新魔法の開発の合間に同じ事を頼んでいた。
が、それは筒抜けだったようで。
「結社はギリアス・オズボーンと手を結びました。私と魔女殿を除く使徒5人で満場一致だったようです」
伝え聞いたような語り口のリアンヌはまさしく嵌められたと言った様子だ。
オズボーンと手を組む是非を問う会議においてもリアンヌとクロチルダは外されていたのだと思われた。
現在、《身喰らう蛇》ではリアンヌとクロチルダは裏切り者扱いされているようだ。なにせ結社の《幻焔計画》は相克の行く末を見届けるもの。ナギトの掲げるEOS計画は基本的には相克を行わない路線。スタンスが違うのだから、裏切り者扱いも然もあらんと言うもの。
それで何が問題なのかと言うと。リアンヌ・サンドロットが救援を求めているのかと言うと。
「私の背信が決定的になった時点で、《鉄機隊》麾下の隊士3名が囚われました」
ナギトとリアンヌはラインフォルト本社ビル前で落ち合う事にした。
転移で現れた人影は2つ。リアンヌとクロチルダのものだ。
「デュバリィさんたちが囚われたと」
「ええ。油断していたつもりはありませんでしたが………してやられました」
リアンヌがEOS計画に協力すると決めてから、彼女は結社の動向を調査 / 調整するために《身喰らう蛇》の内側で活動してもらっていた。
つまりスパイとして働いてもらっていたのだ。そしてそういったスパイは普段通りの動きをもって擬態する。今回はそこを突かれた形だ。
何らかの防護策は施していたそうだが、目立たないほど細やかなそれを突破して《鉄機隊》の3人の戦乙女はリアンヌの動きを制限するために囚われとなった。
「担当したのは《身喰らう蛇》使徒第四柱……《千の破戒者》と呼ばれる男よ」
その美貌を歪めながら言ったのはクロチルダだ。曰く彼女は結社内でも特定の部下などは持たず、リアンヌに対する人質のようなものもなく逃亡できたそうだ。
「名前だけは聞いてます」
正確にはその渾名だけを知っていた。
「《千の破戒者》エルロイ・ハーウッド………私の知り得る限り、最悪の男よ」
顔をしかめたままのクロチルダ。その感想の通りに最悪を想定しているのだろうか。
「彼は……BC兵器を扱います」
一拍置いてリアンヌが言った。努めて冷静な声音は、しかして内心穏やかではない事を示している。
「BC兵器………これはまた」
生物兵器、化学兵器を表す言葉だ。国際的に禁止されているはずだが、結社の使徒ともなれば関係ないわけだ。
「確かに…それは最悪ですね」
仮にデュバリィらを助け出したとして、彼女らの身体に細菌兵器などが忍ばせてあればそれだけで一大事だ。
「ですが……彼女たちを見捨てるわけにはいきません。………ナギト・カーファイ、どうか協力をお願いします」
リアンヌは低頭した。彼女にとって《鉄機隊》の隊士であるデュバリィたちは娘同然だ。今後のリアンヌの働きを十全にするためにも救出はマストだった。
ナギトは二つ返事で了承した。
すでに突き止めているというデュバリィたちの監禁場所に転移で向かおうとしたところで、ビルの内部から3人の女が現れた。
「様子がおかしいと思って来てみれば……大変な事になってるみたいね」
「ナギトってばまたひとりでやろうとしてるー!」
「そういう事なら私も参加させていただきますわ」
アリサとミリアム、シャロンである。
部屋に残して来た3人だが、ナギトのあとをつけて話を聞いていたらしい。
「んー、いやあ………」
ナギトは思案する素振りを見せるが、この3人を参加させるつもりはなかった。戦力的な話なら、ナギトとリアンヌの2人がいれば大抵の敵はどうとでもなるはずだ。
「ナギト様……破戒のハーウッドと私には縁があります。……昔、彼とは同じ組織に所属していたので」
と、そこでシャロンから追撃が来た。目を細めたナギトに補足説明したのはクロチルダだった。
「《月光木馬團》……かつて結社が吸収した組織の出身だったわね」
「私には彼の毒に対する抗体があります。昔日のものですが……私の生業としても、毒物への耐性は高いと思いますが……」
ナギトはちらりとリアンヌを見た。
「願ってもない申し出でしょう。《死線》の……いえ、シャロン・クルーガー………その協力に感謝します」
どうやらシャロンの参戦は決まったらしい。そういう事ならミリアムもパーティインは決定的だ。ナギトが救出作戦に行っている間はシャロンに護衛をしてもらうつもりだったが、そのシャロンがついて来るのなら是非もない。
そういった事を伝えて、残るはアリサだ。
「悪いがアリサ、残ってくれ。お前にはまた別に頼みたい事がある」
しかしここで仕事を与えなければ後で詰られるのは確実。ナギトはアリサに準備できる最高の医療設備の手配を頼んだ。救出したデュバリィらの身体にBC兵器が仕込まれていないかの検査のためだ。
そこから少し打ち合わせをして、突入メンバーが決定する。ナギト、リアンヌ、ミリアム、シャロンの4人である。クロチルダには後詰として控えてもらう事になった。
それから用意されていた防毒マスクを装備し、クロチルダから防護の魔法をかけてもらって───いざ救出作戦開始となる。