クロウ・アームブラスト。
《蒼の騎神》の起動者。級友。救済の対象者。
その死を引き金に願いは形となり“特異点”としてゼムリアに顕現した。
超ありていに言えば、ナギトの根っこはクロウのファンボーイなのである。
そのクロウから連絡が来た。
これまでナギトが通信しても一向に呼びかけに応じないどころか、Ⅶ組との接触すら絶っていた彼から。
《蒼の騎神》の起動者という事もあり、クロウもまたアーサー世界での記憶を保持している。
で、あるからには相応に連携を取りたかったナギトだったが、それはクロウから一方的に拒否される形となっていた。
心配はなかったが、それでもどこかで引っかかりを覚えていた。
だが、それは杞憂だった。だってこいつはクロウ・アームブラストなのだから。
「よっ、久しぶりだなナギト。調子はどうだ?」
「ぼちぼち。そっちは?……待たせたんだ、期待していいんだろうな?」
「悪いとは思ったがな。会って話したい。そろそろクロスベルに着いた頃だろ?」
クロスベルに到着し、駅から出て1時間もしない内にARCUSに通信がかかってきて、これである。
広場にあるレストランの2階、その隅っこにあるテーブルでナギトとミリアムは遅めのランチと洒落込んでいた。そこにクロウが合流して────。
「……こりゃまたとんでもないメンツ揃えてきたな」
クロウだけではない。同伴者は3人。いずれもナギトとは面識のある者たちだ。
「久しぶりだな。リヴァル、ゼネフォード。それにゼロ………」
リヴァル・アルヴァンス。
元の世界では《帝国解放戦線》の幹部であり《剣鬼》の偽物となり、《閃嵐の騎士》の二代目として内戦を駆けた友。世界が新生した事で死の運命から逃れた元貴族の青年。
クロウ・ゼネフォード。
《帝国解放戦線》の一員で、同じ名前である事からクロウに懐き執着した天賦の才気。
元の世界ではクロスベルにて《帝国解放戦線》の後釜たる《Ω》を結成。総督府や特務支援課と三つ巴の争いを繰り広げた。
ゼロ。
“国境なき軍隊”──すなわち猟兵団の先駆けとなった《アナザーフォース》を立て直した元帝国軍人。特殊部隊の父。現在は大陸東部最高の傭兵組織となった《アナザーフォース》の総司令官。本名はジョン・ディーシー。
3人それぞれと挨拶を交わして、昼食を摂りながら会話する。
「ここ2週間弱か……連絡とれねーと思ったら、この3人を連れてくるとは。さすがクロウだな」
「あっちの記憶を思い出してどう動くかって時に、お前が《皇の手》ってのになったからな」
むしゃりとサンドイッチを頬張りながら事もなさげにクロウは言う。
「それでナギトの動きを逆算して俺とゼネフォードを確保。それから東部に向かったってところだな」
「俺は……嬉しいですよ。こうしてクロウさんにまた会えて。頼ってもらえて」
クロウに捕まったらしいリヴァルは肩をすくめ、ゼネフォードは感慨深げに視線を落とす。
「それで俺たちに接触、無事に雇えたって流れだな。……報酬はお前さんからもらえるって話だが?」
ゼロはナギトに話を向けている。クロウは《皇の手》の資金提供者が皇帝ユーゲントだとわかって行動していたのだろう。
「支払いますよ。望外の助力だ」
正式に《アナザーフォース》を雇えた事になる。コーヒーを一口。一拍間を置いて「リヴァル」と呼びかける。
「お前を《皇の手》第四指に任命する」
「───…………はあ!?」
リヴァルはたいそう驚いている。当然の反応であったが、ナギトの腹の内で前から決めていた事でもあった。
「な……なんで俺なんだ?俺よりもっといいやつはいるだろ。クロウとかよ」
「お前が一番適格なんだよリヴァル。お前の得意は大局観に通ずるものがあるしな」
リヴァルは“狙いを通す”事を得手としている。それは言わばイーグルアイ。八葉の“観の目”とも似た大局を見据える事が可能なものだ。
「それにクロウは騎神の起動者だし、《皇の手》になれば動き辛くもなる。やっぱりお前がいいんだよ。信用できるし」
ナギトの追い討ちのような言葉にリヴァルは観念した。もっと食い下がる事もできたが、ナギトの意志の固さから断念。そもそも協力するつもりで合流したのにハナから断るのもどうかと思えた。
「わかった」と承諾したリヴァルに近々実名公開で《皇の手》就任が発表されると説明。やってもらいたい事はリスト化するほどあったが、その前にまずはナギトの狙いについて語る。エレボニア帝国を強大なまま存続させるためのEOS計画についてを。
「ゼロ、リヴァルに護衛を頼む。腕利きをな」
計画の全容を聞かされて未だ驚愕と困惑の只中にあるのをわかっていながら、ナギトはそう言った。計画について語る上でリヴァルの役目も説明した。単独で動くのが危険すぎる現状では《皇の手》に警護役をつけるのは当然だった。
「ああ」と承諾したゼロ。クロウに言われてすでに団の大多数を大陸西部に移動させている。EOS計画について説明される中で与えられた任務についても支障はない。
「いやいやいや、待て待て待て」
と、そこで待ったをかけたのはクロウだ。EOS計画を聞かされた彼だが、その実現可能性について検討していた。
「作戦に夢と希望を詰め込み過ぎだろ。できると思ってんのか……?」
「まあ、困難を極めるとは思ってる。だからサブプランを用意してるわけだし」
実際のところ、いくつかの保険をかけた現状はアーサー世界での流れより数段良いとナギトは思っている。
あちらはもう後がなく、幻想機動要塞で敗北すればそのまま大戦コースだったが、こちらの世界ではメインプランが潰えてもサブプランがあるし、なんならそれが失敗してもサブサブプランがある。
「話を聞くに作戦の要────、アレについては確証はなくとも根拠はあるか」
ようやく正気を取り戻したリヴァルは簡潔に感想を述べた。それもすべてナギトの話が真実である場合の仮定ではあるのだが。
「《銀の騎神》アルグレオン───でしたか」
リヴァルが“アレ”と形容したEOS計画の要。ゼネフォードが言及したのはそこだ。リアンヌ・サンドロットを起動者とした騎神アルグレオンの事だった。
「ああ。…………本来、というか他の例を鑑みるに、至宝と聖獣に関係はない」
「かつて女神エイドスが人類に授けたという《七の至宝》……そしてそれを見守る役目を与えられた女神の聖獣か……」
セリフと共に思案できるだけの情報を得ているゼロはさすがと言えた。
空の至宝《輝く環》と《空の聖獣》レグナート。
幻の至宝《虚ろなる神》と《幻の聖獣》ツァイト。
焔の至宝《紅い聖櫃》と《焔の聖獣》ローゼリア。
大地の至宝《巨の黒槌》と《大地の聖獣》アルグレス。
「聖獣はあくまで至宝の行く末を見守るだけ。その能力を使えるなんて話は聞かない。……まあ例が少ないから確実ではないが」
少なくともナギト──“特異点”の知る限り、レグナートやツァイトがそれぞれの至宝の権能を扱った場面はなかったはずだ。
そしてそれは、逆も然り。至宝が聖獣を操るなんて事もない。
要は、至宝と聖獣の間に繋がりはないという事だ。それぞれがそれぞれの役目を負って誕生した独立の存在。
だからこそ、おかしいのだ。
《紅い聖櫃》と《巨の黒槌》の激突によって生まれた《巨イナル一》。その分け身とも言える騎神。
《銀の騎神》アルグレオンに、《大地の聖獣》アルグレスの性質が受け継がれている、など。
「経緯はわからんが……そうとわかれば利用できる」
おかしかろうが、それが事実なら受け入れるのみ。そしてその上で受け継がれた性質を利用できれば上々だ。
「だからお前は、あの聖女を味方に引き入れたってわけか。ちゃんと説明してんのか?」
「当然。まあ、大部分は俺が引き受けるつもりだけど」
クロウの質問にさらりと答えるナギト。そこにさらなる驚愕があったわけだが────
ルーファスとの面会の時間が近づいたナギトは話を切り上げてオルキスタワー総督府へと向かうのだった。
☆★
「困るな、ナギトくん。アポもなしに訪問されては」
「アポなんて取ろうとしたらあなた、俺を足止めするつもりでしょうよ」
総督執務室に入ったナギトを迎えたルーファスと最初のやり取りはそれだった。曲者同士のほんの挨拶だった。
ナギトはクロウたちにミリアムを預けて単身で総督府に乗り込んでいる。アポとは呼べないが、事前に訪れる旨の通信を入れてはいた。
「それで……此度は何用かね?最近は随分と精力的に動き回ってるそうじゃないか」
ルーファスと対面のソファに座る。探るような視線に、ナギトはやはりと思った。
ルーファス・アルバレアに、並行世界での記憶はない。
ここに来るまでは記憶の有無はわからなかったが、ルーファスの仕草からそう確信できた。
ルーファスがアーサー世界での記憶がないのは現時点で彼が騎神の起動者ではないからだろう。
アーサー世界で彼は1205年8月に騎神の起動者になった。こちらの世界でもその時期になればあちらの記憶を取り戻す可能性はあったが、少なくとも今は厄介な敵がひとり減った、くらいの認識でいいだろう。
「ええまあ。今回は本気です」
「これまでは本気じゃなかったと?」
「……これまでもひとつひとつの出来事には真摯に、全力で臨みましたよ。………今回は、指し手になるって意味です」
ミクロな全力からマクロな全力へ。局所的な本気から大局的な本気へ。ナギトのモードチェンジとはそういう事だ。
「で」と今度はナギトが問う姿勢を見せた。
「ルーファスさん……あなたはどうするつもりです?俺についてオズボーンと決着をつけるか……オズボーンに従って用意された盤面で踊るのか………」
あるいはセドリックのように第三の道を選ぶ可能性もあった。
しかし──────。
「フフ、盤面で踊るとは随分と悪辣な表現だ。……ふむ、迷うところではあるが───今回は閣下の側につかせてもらおう。……君と共に閣下に挑んでは前と同じだろう?」
───しかし、そうはならない。予見していた答えだった。
今のルーファスにアーサー世界での記憶はないが、世界新生以前の世界の記憶はある。再現された煌魔城でナギトの力を借りてオズボーンを討つ一助となった世界の記憶だ。
「それに今の閣下は前と違って“激動の時代”に向けて着実な一手を打っている………私が彼の右腕として働く事でそれがより盤石となるのならそうするべきだ。最高の舞台で私が彼に──父に挑むために……!」
燃え滾る情熱をルーファスは瞳に宿している。父と仰ぐギリアス・オズボーンを超える事で己の存在を証明しようとするルーファスにとってはそれが最善の道に見えているのだろう。
だが、これでわかった。
もはやナギトにとってルーファスは敵となり得ない事を。
偉大な父を超克して存在証明をする。素晴らしい命題だ。ルーファスの人生にはそれが不可欠なのだろう。
しかし今やナギトとオズボーンは文字通り世界の命運を懸けた争いの真っ最中なのだ。そんなスケールの小さい事を言っているルーファスなど眼中に入れるに値しない。
「……そうですか。わかりました」
「おや、粘らないのだね?」
「どれだけ言葉を弄してもあなたは翻意しないでしょう。力ずくで従わせるのもリスキーだ」
言って、ソファから立ち上がる。ルーファスはもっとナギトが言葉を尽くして味方になるよう働きかけるものだと思っていた。しかしあっさりと敵対宣言を呑んだナギトに侮蔑の色がある事をルーファスは看破できてしまった。
「待ちたまえ。どうするつもりだ………?」
「それじゃあ」と退室しようとするナギトの背中に呼びかける。
「後悔」
振り返ったナギトはぽつりと言った。
「なに………?」
「後悔させます。あなたを」
端的に答えたその表情にもはや色はなく───。
ルーファスは静かに戦慄くのであった。
それからクロウらと合流したナギトはエマたち魔女にコンタクトを取り、所用を済ませると別れた。
ナギトと同行するのはミリアムとゼネフォードだ。
クロウはオズボーンや《鉄血の子供達》の思惑を上回った実績から下手にナギトの指揮下に入らず独自で動いてもらう事とした。
リヴァルはゼロと共に行く。国内外の調整役を任せたが、まずはそのための護衛をつけるところからだった。
来るべき運命の期日まで、刻々と時間は進んでいく。