八葉を継ぐ者──AAA──   作:クラウンドッグ

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まずは一戦。さすれば作法もわかろう。

 

 

 

 

 

七曜暦1205年5月中旬。

 

 

トールズ士官学院第Ⅱ分校は一度目の特別演習として海都オルディスに来ていた。

 

名目としては、新たに公爵となったミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエンのお披露目と、それと併せて行われる武道大会の警護だ。

 

 

領邦軍の仕事だろ、という指摘はすでにあった。が、近頃の領邦軍はラマール州のみならず他の四大名門が治める土地において大規模な徴兵と練兵を行っている。この時期のラマール州領邦軍も多分に漏れず演習を行うためにオルディスを出ていた。

 

そういった事情もあり、トールズ第Ⅱが警護の一部を引き受ける事になったのだ。

 

さらに、カイエン公爵城館には犯行予告めいたものが送られて来ており、それも公爵家が《灰色の騎士》の勇名を頼る一因となっていた。

 

 

ちなみに領邦軍の軍備拡張については民衆からは不満と不安の声が出ている。あの内戦から2年と経過していないのだからそういった意見があるのも当然であった。が、正規軍と領邦軍の力の均衡を図るため、という声明を《皇の手》のみならず皇帝自ら発信した事で一定の理解は得られている。閑話休題。

 

 

 

オルディス近郊に及ぶ特別演習の範囲という事で、オルディス出身のミュゼとラクウェル出身のアッシュが特別にⅦ組と合流して行動する。

 

 

猟兵らしき者たちとの戦闘や、その背後にいる何者かが悪戯めいた犯行予告を出した人物である事を突き止める一行。演習の最中には旧Ⅶ組のメンバーであるクロウ、サラ、アリサが合流した。

 

演習3日目。ミュゼはミルディーヌとしてのお披露目が控えているため不在となるが、これまでに集めた情報を基にラングドック峡谷にあるロック=パティオに今回の件の黒幕がいる事を突き止めてⅦ組の特務活動に後を託した。

 

 

 

猟兵の妨害に遭いながらもⅦ組の面々はロック=パティオの最奥に到達。

 

そこで仮面の人物と鉢合わせる事となった。

 

 

 

 

「ここまで至ったか。その面においては及第点をくれてやろう」

 

 

 

フルフェイスに顔を隠した男。ボイスチェンジャーを使っておりそれで性別はわからないが、体格から男性と認識できる。

どことなく《C》を連想させる衣装に、旧Ⅶ組の者たちは予感を深めていた。

 

 

「なによ……及第点って……!ミュゼの大事な時に猟兵なんて使って………いったい何を企んでるのよ!?」

 

 

得物であるガンブレイカーを突きつけながら言うユウナ。仮面の男はじろりとユウナを見て、それから「フッ」と笑った。

 

 

 

「ユウナ・クロフォード……大した胆力だ。しかし……何を企んでいるか、だと………?それを言うとでも思っているのか?」

 

 

仮面の男はセリフと同時に闘気を放つ。血を思わせる緋色のそれは確かにユウナに怖気を与えた。

 

 

「ちと妙な感覚はあるが……ラクウェルの近くで悪さやってんだ……、懲らしめられる覚悟はできてんだろうなぁ……!」

 

 

たじろいだユウナに代わり、凄んだのはアッシュだ。故郷とするラクウェルを荒らされるかもしれない怒りをもって闘気の波に、その恐怖に打ち克つ。

 

 

「アッシュ・カーバイド……ラクウェルの悪ガキか。人数差を頼みに強がっているわけではなさそうだな……」

 

 

「チッ」と舌打ちするアッシュ。名前を知られていた事と言い、どこか気圧される感覚があった。

 

 

「ユウナさんだけではなくアッシュさんの事まで……」

 

 

なぜ知っているのか、と問いたげなのはアルティナだった。すでに背後にはクラウ=ソラスを侍らせていて戦闘準備はばっちりだ。

 

 

「お前の事も知っているぞ、アルティナ・オライオン。クルト・ヴァンダールにリィン・シュバルツァー……、ここにはいないミュゼ・イーグレットも含めて………皆の知恵と力を合わせてこのロック=パティオに辿り着いたと言ったところか。……ああ、旧Ⅶ組の諸君は省略したが構わなかったかな」

 

 

 

仮面の男には底知れない不気味さがあった。

自分たちの事を知っている。こちらを試し、見透かすような言動。犯行予告が自分たちをここに誘き寄せるための罠だったと今ならわかる。

 

 

 

「せめて名前は聞かせてもらいましょうか」

 

 

双剣を静かに抜きながら、クルトは仮面の男の名を問う。

 

 

 

「………《N》、と。ひとまずはそう名乗っておこう」

 

 

 

「ぶはっ」とクロウが吹き出した。まんま《C》のパクリだからだ。しかしシリアスな雰囲気を察したのか「続けてくれ」と咽せた事をアピール。

 

 

 

仮面の男───もとい《N》が剣を抜く。何の変哲もないロングソード。露店の店先に安っぽく飾られているような、そんな鉄の剣を。

 

 

 

「アダム」

 

 

《N》が呼ぶとⅦ組の背後にひとりの男が着地した。続けて猟兵たちがその背後で銃を構える。

 

 

「予定通りでいいな?」

 

 

銀髪をオールバックにしたアダムと呼ばれた男はホルスターから拳銃を抜いた。リボルバーだ。

 

 

「ああ。旧Ⅶ組を頼む」

 

 

その言葉を合図としてアダムが部下たちに指示を出す。猟兵らは旧Ⅶ組の面々を取り囲んだ。

 

 

「こりゃおとなしく乗っといた方が良さそうだな」

 

 

クロウの判断に従って旧Ⅶ組のメンバーは猟兵たちと共にロック=パティオ最奥部を離れる。そうして新Ⅶ組と《N》が残され───

 

 

 

「さて……やろうか」

 

 

《N》は剣を構えた。

 

 

リィンもようやく太刀を抜き、新Ⅶ組の者たちに号令をかける。

 

 

「戦闘開始だ。まずは《N》を無力化する!」

 

 

「「「応!」」」と声が重なり、戦闘は開始された。

 

 

 

《N》はその気当たりに違わず強かった。《灰色の騎士》たるリィンでも単独では勝らないほどの剣技。

 

 

ならば、と戦術リンクが結ばれる。

 

 

「合わせろ、じゃじゃ馬!」

 

「言われなくても!」

 

 

 

アッシュの武器の仕掛けが発動する。ハルバードの刃を分離してその鎖で《N》の剣を絡め取った。

そこに放たれるユウナのガンブレイカーによる射撃。その範囲から逃れるために《N》は剣を手放した。

 

 

その隙を見逃さず距離を詰めたのはクルトだ。“テンペストエッジ”が《N》を襲う。が、それすらも《N》は捌いてクルトに蹴りを入れた。吹き飛んだクルトはユウナと激突し、互いに声をあげてダウン。

 

《N》がそれを確認するより早くアルティナが剣を振り下ろした。クラウ=ソラスを纏う“ソラリスブリンガー”。

受け止める《N》。重い一撃を片腕で受け止めている。地面が陥没するほどの衝撃を受けてなお、《N》は苦悶を漏らさない。

 

そこにアッシュが追撃した。ハルバードをそのまま叩きつける。が、これは指先に摘まれて止められてしまった。

 

 

だが、これで《N》は両腕を封じられた形になる。

 

 

「リィン教官!」

 

「シュバルツァー!」

 

 

アルティナとアッシュに急かされるより早く、リィンは戦技に移っていた。

鋭い居合いは“紅葉切り”。リィンの太刀は《N》の仮面に斬線を残した。

 

 

 

《N》の元から飛び退いたアルティナとアッシュ。すでにユウナとクルトも復帰して《N》の動向を見ている。

 

 

ピシピシと《N》の仮面に亀裂が広がり、それはやがて真っ二つとなって砕け落ちた。

 

 

現れたのは見知った顔。《N》の正体はナギト・ウィル・カーファイだった。

 

 

 

「思ってたよりやるな。ひとまず…合格!」

 

 

 

そしてこれまでの《N》とは思えない態度でそう告げたのであった。

 

 

 

☆★

 

 

ごん、とナギトの後頭部をリィンの納刀された太刀が打った。

「いてぇ」と言いつつ振り返るナギトにリィンはにっこりとした菩薩の表情から鬼の形相に速着替えした。

 

 

「合格!…じゃない!いったい何を考えてるんだ、説明してもらえるんだろうな……?」

 

 

オルディスやラクウェルを巻き込んだ猟兵の運用と、新カイエン公爵ミルディーヌのお披露目に向けた犯行予告。

残された手がかりから《N》の居場所を突き止めて打ち倒すまで、が試験だった事はわかる。

が、それでもリィンは怒っていた。

 

 

ナギトはころりと表情を変えると「まあまあ」と飄々とした様子で言った。

 

 

「もうちょい待てよ。あっちももう終わるだろうからさ」

 

 

それは旧Ⅶ組の事を指していた。説明は一度の方が手間が省けると言っているのだ。

それから1分もしない内に旧Ⅶ組のメンバー、この場に来ていたクロウ、サラ、アリサの3名がアダムと他の猟兵たちと共に最奥に戻ってくる。

 

ナギトの姿を確認したアリサは無言で突撃。そのままドロップキックを炸裂させて馬乗りになった。

 

 

「アンタってやつは……!何が“俺だよ!てへぺろ(≧∀≦)”よ!!」

 

 

それはナギトがアダムに預けた手紙だった。そこには短くそう綴り、可愛らしい顔文字も添えておいたのだが、それが余計にアリサの怒りの炎に油を注いだらしい。

 

アリサはナギトの襟元を掴んでぐわんぐわんと揺らしながら悪態を吐いている。

 

 

「おおお落ち着けアリサぁ!キャラ崩壊してる!キャラ崩壊してるよ!!あっ、セクシーな下着がチラ見──痛いっ!」

 

 

 

 

アリサがこんな事をするのはナギトだけであり、ナギトの悪ノリは今に始まった事ではない。もはやトールズ在学時からのお約束であった。

 

数分後、落ち着いた状況でナギトは語り始めた。

 

 

「今回、俺がこういった騒動を引き起こしたのはお前らの力量を測るためだ」

 

 

「紅葉貼り付けて言われても説得力ねーな」

 

 

ナギトの横面にはアリサにビンタされた痕があった。最終的にサラがラウラに言いつけると言った事でナギトの悪ノリは鎮静化した。

 

からかったアッシュに何とも言えない表情を向けたナギトだったが、反論する余地は皆無だった。

 

 

「その…ナギトさんが今回の黒幕?って事ですよね……?」

 

 

あわや海都を混乱に陥れようとした犯人が知人であり、さらにそこから馬鹿みたいなノリを見せつけられたユウナはすっかり混乱しながら切り出した。

 

 

 

「まあ、そうだね」

 

 

あっさりとした肯定。事情を明かさない罪の是認は殊更に混乱させる。

 

「ナギト」とリィンに睨まれて未だ「?」ばかりの新Ⅶ組の者たちに説明した。

 

 

「さっきも言ったけど、今回の件はお前たち新Ⅶ組を試すためにやった事だ。少ないヒントからここを探り当て、敵対者を倒す───そういったテストだな」

 

 

「どうしてそんなテストが必要だったんだ?」

 

 

と、わかりやすくリィンが質問。聞いた本人はわかっているが、これも新Ⅶ組のためだ。

 

 

 

「これからの戦いについて来れるか、それを見るための試験だよ」

 

 

 

目を細めたのが幾人か。その中のひとりであるクルトにナギトは視線を合わせた。

 

 

 

「お前は薄々勘付いてたみたいだな、クルト」

 

 

「……はい。あなたの気当たりは、忘れようがありませんでしたから」

 

 

 

つい先月行ったナギトとクルトの模擬戦。その苦い記憶を引っ張り出してクルトは続けた。

 

 

 

「思えば、最初から妙でした。ミュゼ……ミルディーヌ新公爵のお披露目という重大事に本拠地を離れる領邦軍……、悪戯として扱われ僕たちⅦ組にだけ明かされた犯行予告……」

 

 

 

改めて考えると、あまりにもおかしいのだ。

新カイエン公爵のお披露目ともなればラマール州の一大事だ。そんな時に領邦軍が演習になど行くわけがない。

犯行予告だってそうだ。例え悪戯だったとしても領邦軍にも内容は共有して厳戒態勢を敷くべきだ。

 

 

 

「……なるほどな。どこか妙な感じはしてたが……そういう事かよ。オルディスでも極一部…ラクウェルでも与太の類の噂くれぇしかなかったな」

 

 

頭をかきつつアッシュは感じていた違和感に納得した。妙、だとは戦闘前にも言っていた事だった。

 

 

「確かに……直接的、間接的問わず被害はありませんでしたね」

 

 

アルティナはあごに手を当てて考える。猟兵の動きはあったが、それで市民に被害が出たわけではない。無論それ以外にも被害はなく。そのためオルディスやラクウェルで《N》の暗躍は噂程度にしかならなかったのだ。

 

 

 

「……ミュゼへの犯行予告を除けばね」

 

 

 

付け足すように言ったのはユウナだった。今回の事件において黒幕たるナギトには配慮があった。どこにも被害が出ないように。

確かに実害はなかった。だが、新公爵のお披露目に向けた犯行予告は別だ。被害はなくとも、それは有害だった。

 

批難する視線を受けてナギトはあっけらかんと言い放った。

 

 

「ミュゼも俺ら……仕掛け人側だぞ。な、クロウ」

 

 

「はあ!?」と驚くユウナに頭を抱えるクロウ。

 

 

「ここでそれバラすんじゃねぇよ……」

 

 

 

「いやー、ははは……すまんね諸君。ミュゼもクロウも俺と同じ試験の仕掛け人だ。万が一誤解が解けなかった場合の保険の意味もある」

 

 

もしナギトがオルディスに混迷を与える黒幕としてⅦ組に認識された場合の、誤解を解く役目としてクロウとミュゼにはⅦ組側として動いてもらっていたのだ。

 

それからしこたま罵声を浴びせられたナギトはそれを受け流すと、

 

 

「移動しながら話そう。本命はこのあとだ」

 

 

 

そう言った。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「さて……どこから話したもんか」

 

 

 

ブリオニア島に向かう船の上でナギトは腕を組んだ。

 

 

 

「新Ⅶ組の後輩どもにもわかるように最初からがいいんじゃねえか?」

 

 

 

どう話を切り出すか悩んだナギトに提案したのはクロウだった。

「そうね」とサラも追従する。アリサも頷いていた。すでに旧Ⅶ組にはナギトとオズボーンの対決の流れとEOS計画については説明している。新Ⅶ組については今回の腕試しの結果次第で巻き込むか否かを判定するつもりであったため説明は未実施だ。

 

 

「そうだな……ブリオニア島到着まで時間はある。とは言え簡略化はするぞ」

 

 

そう前置きしてナギトは新Ⅶ組へ今回のオルディスでの本命、その前提の前提から話す事にした。

 

 

「騎神ってあるだろ。リィンのヴァリマールとか。ああいうのが七体いて、その中にすっごい悪いやつがいるのね。イシュメルガって言うんだけど。そいつがオズボーンを操って世界を巻き込む大戦争を起こそうとしてるわけよ。俺や旧Ⅶ組、それと色んな協力者たちの力を借りてそれを阻止しようとしてるのが大まかな前提ね」

 

 

軽い口調での重大発言に新Ⅶ組の面々は現実を受け入れられない。もしかしてまだ何かの試験(ドッキリ)の最中なのではないか、と疑ってしまうほどだ。

 

質問しようとしたユウナだったがナギトに問答を拒否される。今更この大前提についてあれやこれやと議論するつもりはなかった。

 

 

「で、今回のオルディスの件だが……。結論から言うと、オズボーン勢力を誘き出すための仕掛けだ」

 

 

ここからはリィンら旧Ⅶ組にとっても未知の領域だった。船上で事情を知っているのはクロウと合流したミリアムのみだ。

 

 

「ミュゼのお披露目……、それを飾る武道大会だが、提案したのは俺なんだ」

 

 

新カイエン公爵のお披露目そのものは前もって準備されていた式典だ。ナギトはそれを飾る要素として武道大会を提案した。その目的もミュゼには説明している。

 

 

 

「理由は、オルディス近郊を闘気で満たすため」

 

 

 

「それは───!」

 

 

それでピンと来たのはリィンだった。アーサー世界の記憶持ちのリィンだけが、この時点でナギトの狙いに気付き得る。

 

 

 

「その通り。相克を始めるための条件だ」

 

 

 

肯定を得られたリィンの思考は加速した。すでに結論は言われているのだ。あとは穴埋めのみ。

 

 

ここで新Ⅶ組に注釈が入った。“相克”とは騎神が相争い、その果てに“巨イナル一”に至るための錬成の儀式である事を。

 

 

「……相克が本当にできるのか………そのための実験を誘発した、って事だな……?」

 

 

ナギトが新Ⅶ組に説明する間でリィンは解に到達していた。「その通り」と再び首肯してナギトは続ける。

 

 

「確信が欲しいはずだ、確証が欲しいはずだ。あちらでできたからと言ってこちらでもできる保証はない。………だから、用意してやった。この世界で相克は行えるのか、それを試すための場を……このオルディスに」

 

 

 

「オルディス……と言うよりは、オルディス一帯だな。ミルディーヌ新カイエン公のお披露目を祝い飾るための武道大会って大義名分もある。それにブリオニア島には精霊窟が存在するからな……都合が良かったってわけだ」

 

 

 

ナギトの説明をクロウが補足する。この作戦はミュゼの協力ありきのものだった。だがすでにミュゼは《皇の手》第三指として共犯者になっている。

 

 

「だが……上手くいくか?」

 

 

リィンの心配は尤もだった。「それな」と肯定しつつもナギトは反論した。

 

 

「ぶっちゃけ相手が乗ってくるかは賭けだな。でも俺なら乗るね、罠だとわかっていたとしても………、つーかたぶんバレてる」

 

 

ミュゼが《皇の手》第三指である事は大々的に報道されている。つまりはナギトの仲間だとわかっているわけだ。

そんな人物の公爵としてのお披露目を餌に自分たちを釣ろうとしている事など、オズボーンからすれば朝飯前の看破だ。

 

 

「これはな、リィン………ダンスのお誘いなんだよ」

 

 

唐突に気取った言い回しをしたナギトにリィンは苛立ちを募らせたが、最後まで言わせる事にした。

 

 

「どれだけ上手く踊れますか?踊る準備をしてきましたか?…ってな」

 

 

「………相手もハッタリを効かせたいはずだ、と……そう言いたいわけだな」

 

 

「そゆこと」とこれまた軽く肯定したナギトに、リィンは戦慄する思いだ。

おそらく第Ⅱの演習からして《皇の手》の権力を活用したに違いない。そこで新Ⅶ組を試して、本命はオズボーン勢力が釣れるかどうか。

多くの人物を巻き込む事を躊躇らわない苛烈さに立腹もしたが、それ以上に兄弟分の謀略に舌を巻く。

 

 

「それに……事を起こしてる時は、逆に狙い目だからな」

 

 

今度こそ「?」となったリィンにナギトは詳しく説明する気はない。

 

 

「つまり、これは俺が晒した隙ってことさ」

 

 

「また何か裏で企んでるのか」

 

 

「まあそっちは任せてるからな。話すとしても追々だ」

 

 

要は攻撃している時ほど防御が疎かになる、といった意味合いであると理解した。それが何を指すのか理解するにはリィンには情報が不足していた。

 

 

 

一行はブリオニア島に到着した。

 

 

 

☆★

 

 

「いるな」

 

 

「ああ。…‥5人」

 

 

島の精霊窟の前でのナギトとリィンのやり取り。察知した気配は5人分。しかも。

 

 

「マクバーンもいる。こりゃ面倒だ」

 

 

「……彼を面倒で済ませられるのは君くらいじゃないか………?」

 

 

ナギトのため息にリィンはツッコミを入れる。が、ナギトもまたマクバーン相手に勝てる確信はない。

 

 

「今回そっちは任せる。俺は《猟兵王》とあたる」

 

 

 

「《猟兵王》……!話には聞いてたけど、生き返ったってのは本当だったのね……」

 

 

「《却炎》に《猟兵王》って……中にいるのは誰なのさ?」

 

 

元同業であったサラの驚愕とミリアムの疑問。それに答えたのはリィンだった。

 

 

「西風の3名と執行者2名……マクバーンと、《道化師》カンパネルラだ」

 

 

執行者No.0《道化師》カンパネルラ。

謎の多い執行者連中でも特に謎めいた人物。曰く外見が変わらず、武闘派ではないが厄介な相手だ。

 

「新Ⅶ組」とナギトは呼びかけた。

 

 

「お前らはあんまり前に出るなよ。俺の課した試験を突破したとは言え、色々加味した上で将来性に期待しての及第点だ。……結社最強や超一流の猟兵相手はまだ荷が重い」

 

 

「おいおい……ここまで来といて見学しとけってか?」

 

 

「お前ならわかるだろ、アッシュ」

 

 

 

ナギトの忠告に反抗したアッシュだったが、言葉に含まされた意味に気づけと言われて理解する。真面目ちゃんなユウナ、クルト、アルティナでは不可能な、言わば機転を要する役割を託されたのだと。

 

 

 

そうして一行は精霊窟に入る。ブリオニア島の精霊窟にはダンジョン区画がなく、あっという間に最奥にたどり着いた。

そこにいたのは事前の気配の通りのメンツ───、しかしその奥には巨大な機械兵器が鎮座していた。

 

神機アイオーンα───、帝国内戦と同時期に起きたクロスベルの事件では《零の神子》の権能により空間を操る能力を見せつけた超常の人形兵器ゴルディアス級。ガレリア要塞を消滅させたのもこのアイオーンαの仕業だった。

 

 

 

「来やがったな」

 

 

声を弾ませたのは壮年の男。洒脱な雰囲気に獰猛を醸す《猟兵王》ルトガー・クラウゼル。

横には《西風の旅団》連隊長の2人、ゼノとレオニダスを侍らせている。

 

 

「いやぁ、むしろ来たのは僕たちなんじゃないかな?」

 

 

「クク、こんな丁寧な招待状をもらっちまったんだ。行かねえ方が失礼ってもんだ」

 

 

カンパネルラとマクバーンもまたナギトらの姿を認めた。彼らとの距離が残り10歩になるまで詰める。

 

 

 

「悪いな、ホストが遅れたみたいで。大してもてなしの用意もできてねーや」

 

 

謝意など全くない戯言。そんなナギトの発言を、もって回った言い回しをするのかと旧Ⅶ組の面々は視線を向ける。

ナギトはそれを背中で感じながら、居心地の悪さを誤魔化すように続けた。

 

 

「ここに来たって事は……他所じゃ実験できてないってことだよな……?」

 

 

「君がそこかしこに監視の目を潜ませてるおかげでね。……まったく、権力の濫用とはこの事だね」

 

 

「まぁいいじゃねえか。おかげでこっちは楽できたんだ」

 

 

カンパネルラの嘆息にルトガーが応じた。オルディスで開かれた武道大会の影響で周辺一帯は闘気が充満して相克のための用意は整えたお膳立て状態だ。言ったルトガーの背後には黒い球体が浮かんでいる。《黒の工房》の監視ユニットだ、覗いているのは《黒のアルベリヒ》だろう。

 

 

「すでにオルディス近郊の霊脈は活性化状態………あとはこの精霊窟を闘気で満たせば相克を始められる条件はクリアされる…………。そろそろ始めるか?」

 

 

佩刀している太刀に手をかけてナギトは一応とばかりに確認した。

 

 

「ずいぶんと急ぐじゃないか。《皇の手》ってのはそんなに忙しいのかい?」

 

 

からかうようなカンパネルラにナギトは半ばニヤけつつ答える。

 

 

「まあな。……オズボーン勢力(お前ら)はここで俺を確認した。………動くなら今だろ?」

 

 

これに目を見開いたのはルトガーの隣にいたゼノとレオニダスだ。ナギトはそれを見てとある事実を確信。カマかけに引っかかった部下に「おい」とルトガーが注意した。

 

 

「ま、仕方ねぇだろ。今のこいつはあのオズボーンと互角にやり合ってんだ。こっちの時間稼ぎに付き合ってる余裕もないって事なんだろう」

 

 

その2人をフォローしたのは意外にもマクバーンで、言いながら空間を割って手にしたのは魔剣アングバール。《火炎魔人》の顕現だ。

 

 

「……こっちとしちゃどちらも本命…………、俺らは俺らの仕事をこなすとするか」

 

 

続いてルトガーも得物である銃剣バスターグレイヴを構えた。

 

 

「まったく、誰も彼も戦いが好きなのかい?平和主義者は僕だけなのかな?」

 

 

言いつつカンパネルラもまた構える。戯言も繰り返せば厚みを失い、今やその言葉の価値はゼロだ。

 

 

「というわけだ。新旧Ⅶ組……手早く済ますぞ」

 

 

「何が…というわけだ、だ。これが終わったら話を聞かせてもらうからな」

 

 

リィンの小言を受けつつ抜刀。それぞれが武器を構える。

 

 

「猟兵は俺が引き受ける。お前らは執行者2人を頼む」

 

 

ナギトは短く分担した役割を伝える。その意図までは定かではないものの、すでに信頼関係は事情を明かさずとも良い領域にあった。

仲間同士で頷きあって───戦闘開始。

 

 

 

 

 

 

ボン、ボン、ボンと。起爆していくのはゼノが仕掛けたトラップだ。しかし《罠使い》の本領発揮──とはいかない。

 

 

「こうも素早く動かれちゃ───」

 

 

「──まるでついていけん!」

 

 

ナギトの速度はトラップを無視できていた。罠がナギトを感知しても、それが起爆するまでの一瞬でその場を離れている。パワータイプのレオニダスもまたナギトのスピードを目で追うのが精一杯だ。

 

 

 

「まともに話すのは初めてだったかな?」

 

「戦いながら、ってのをまともって表現するならなあ!」

 

 

太刀とバスターグレイヴが打ち合う。散る火花は拮抗を意味していた。

得物の大きさも体格もルトガーはナギトを上回っている。一流の猟兵が放つウォークライ、黒い闘気もすでに纏っている。

それでもなお、力で互角なのはナギトの“無縫真気統一”がそれほどの無法だという事を示している。

 

 

くるりと太刀が翻り、バスターグレイヴは地を叩く。ナギトはそれを踏みつけにして。

 

 

「ちっ───、っ!?」

 

 

武器を引こうとして失敗したルトガー。バスターグレイヴの剣腹の穴に太刀が差し込まれてその場に縫い止められていた。

 

 

「なあ、こっちにつかないか?」

 

 

耳打ちする。すでに《黒の工房》の監視眼球は戦闘の余波で機能停止していた。

 

 

「おいおい、こんな場でスカウトかよ?」

 

 

「こんな場面でもなきゃあんたとは会えないだろ?」

 

 

帝国中に監視の目を張り巡らせたナギトだったが、ここ1ヶ月でルトガーは発見できなかった。単に見つけられなかった可能性もあるが、ナギトから隠しているとも考えられた。

 

オズボーン勢力から見て、すでに七の騎神の内の三騎はナギト勢力にある。そこにルトガーまで引き込まれるのはまずい。

 

 

「聞けねえな。あっちの世界でも言ったはずだぜ!」

 

 

語気を荒げてバスターグレイヴを引き抜く。太刀は勢いに飲まれて宙を舞ったが、ナギトは跳躍すると危なげなくキャッチ。そのまま空中に留まった。“幻造”による闘気を固めた床だ。

 

 

「猟兵───、依頼主の主義主張に関わらず依頼を全うするだけの生き物………、あんたを説得するのは骨が折れそうだ」

 

 

「ぬりぃったらありゃしねえな、カーファイ。俺を引き込むために全力も出さねえとはな」

 

 

「それはそっちも同じだろ。言い当ててやろうか………辟易してるんだ、あんたは」

 

 

手を翳す。ナギトの背後に刀剣がずらりと並び、手掌の動きと共に撃ち放たれる。それは着弾すると爆発を引き起こした。“幻造”性の刀剣に“破空”を装填した“破軍”という対軍用の戦技だ。

 

 

爆風を突き破って踊る2つの影。ゼノとレオニダスの連携がナギトを襲う。しかし空中では身動きは取れない。“幻造”による鎖に五体を拘束されてしまう2人。

 

土煙を払う剣風。ルトガーが得物を一振りしただけだ。囚われて身動きの取れないゼノとレオニダスを見て嘆息した。

 

 

「ゼノやレオすら相手にならねえ。その気になれば俺だってそうだろう。………それだけの力があるなら俺なんか必要ないんじゃねえか?」

 

 

「自分の価値を見誤るな《猟兵王》。……力だけじゃ成せない事もある」

 

 

ルトガーは目を細めた。思い当たる節のある発言だった。

“幻造”の足場を消して着地したナギトはルトガーに歩み寄る。

 

 

「あんたは猟兵としての生を全うした。好敵手だったバルデル・オルランドと相討ちしてその人生に幕を引いた。……そして降って湧いたボーナスステージが今だ。……より正確に言うなら二度目のボーナスステージか」

 

 

ルトガー・クラウゼルは《紫の騎神》の起動者。アーサー世界の記憶持ちだ。あちらの世界ではオズボーン勢力のひとりとして第二相克の相手として立ち塞がった。

その結果として家族に看取られながら死亡した。……と思ったらまた同じ事をしている世界に生き返ったのだ。辟易している、とはそういう指摘だった。

 

 

「つまらないだろ?」

 

 

問いながら悪戯っぽく口角を上げる。ルトガーもそれに呼応した。再び剣舞が始まる。

 

 

「それで俺たちに宰相を裏切れってか?舐めすぎじゃねえか、猟兵を!」

 

 

連続する鉄音。それがぴたりと止む。ナギトの次の発言があったからだ。

 

 

「俺があんたらを雇おう」

 

 

 

「………正気か……?」

 

 

およそまともな思考では出ない発想だった。敵方の猟兵を味方として雇用するなど。

 

 

「もちろんガチの狂気さ!」

 

 

今度はナギトが言葉尻に攻撃する。力強い一撃は防御しながらルトガーは退がった。

 

 

正気の沙汰ではないのだ。ミラ次第で転ぶ猟兵と言えど、昨日の敵を今日の友とするのではなく、今の敵を今の友とするなど。リスク管理の観点からもやめた方が良いのは明らかだ。

 

 

「実はもう準備もしてる」

 

 

「準備だぁ……?」

 

 

しかしナギトはその愚者たる選択をする。賢者の振る舞いも愚者の行いも、すべては望む未来のため。

 

 

「有名どころで言えば《キリングベア》に《火喰鳥》か。それ以外の元西風の団員たちに声をかけてる。《猟兵王》ルトガー・クラウゼルの再臨に際し、一発でけえ花火をあげねえかってな」

 

 

 

「…………………」

 

 

 

「それにあんたも……今度は敵としてじゃなく…………フィーの隣に立ってその成長を見たいんじゃないか……?」

 

 

ナギトは太刀を下ろしてルトガーに手を伸ばした。

 

 

 

「俺ならあんたに最高の死に場所を用意してやれる」

 

 

だからこの手を取れ、と差し出された提案にルトガーは武器を肩に担いだ。

 

 

「それが……お前さんの殺し文句ってわけか、カーファイ」

 

 

「…………そうだな、これ以上はちょっと思いつかない」

 

 

 

「ふう」とルトガーは天井を見上げた。遙かな蒼穹を想い、吹き渡る風に思いを馳せる。葉巻が吸いたい気分だった。

 

 

数瞬の思考の後、ルトガーはバスターグレイヴを下ろして言った。

 

 

「保留だ。ひとまず持ち帰らせてもらうぜ」

 

 

断られないだけマシだろうか。ナギトは差し出していた手を引っ込めて、それから目を細めた。これまで飄々としていたルトガーの闘気が解放された。

 

 

「お前さんが本気だってのはよぉくわかった。だが、この場の本懐はそれじゃねぇだろ。……あっちももう佳境みてぇだし……こっちも決着をつけようじゃねえか……!」

 

 

マクバーンとカンパネルラを相手に新旧Ⅶ組は優勢に勝負を進めていたようだった。ナギトの忠告を正しく受け止めたアッシュの機転もそれを助けたようで。決着も間近という様子だ。

 

 

 

「いいだろう……!」

 

 

ナギトはルトガーの誘いに応じる。最後の一撃に集中するために縛していたゼノとレオニダスを解放した。

 

着地して得物を構えた2人にルトガーは叫ぶ。

 

 

「そこで見とけゼノ、レオ!」

 

 

《罠使い》ゼノと《破壊獣》レオニダス。一流の猟兵である彼らならばナギトとルトガーの勝負に割って入る事は可能だ。

だが、この最後の一合はルトガーにとってナギトの意志を試すためのもの。そうさせるわけにはいかなかった。

 

 

 

「──ギルガメスブレイカー!」

 

 

《猟兵王》ルトガー・クラウゼルのSクラフト。英雄すらを一撃で屠る戦場の暴威。その具現。

 

叩きつけられるバスターグレイヴに、ナギトは。

 

 

 

「八葉一閃───!」

 

 

 

激突、と呼べるほどのものはなかったと言って過言ではない。

 

《猟兵王》の奥義は真価を発揮する事も許されずに断ち切られていた。

 

 

 

「……これほどとはな」

 

 

ルトガーの手にあるバスターグレイヴは根本から先が斬り飛ばされていた。拮抗は刹那もなく、振り上げられた刃はまるで素振りをするように《猟兵王》の得物を斬っていた。

 

ルトガーのバスターグレイヴは《黒の工房》謹製のSウェポンと呼ばれるものだ。猟兵が愛用するブレードライフルは剣と銃を無理やりくっつけたもので、元来壊れやすいが《黒の工房》の技術力で耐久性は向上していた。

 

それがこんなにも容易くぶった斬られた事に驚嘆と納得を得つつ、ルトガーは使い物にならなくなった武器を捨てる。いくらでも替えの効く代物だ、《黒の工房》には予備品も山ほどある。

 

ルトガーは捨てた武器の代わりに懐から葉巻を取り出した。マッチで炙るように火をつけて、ゆっくりと煙を味わう。

 

 

「あちらさんも決着はついたみてぇだな」

 

 

新旧Ⅶ組はマクバーンの苛烈な焔とカンパネルラのいやがらせを突破して彼らを退かせたようだった。

それとほぼ同時に周囲に淡い光が浮かぶ。場が闘気で満たされた証だ。相克は実行可能だと証明された。

 

 

 

リィンとクロウの視線がナギトに向けられる。頷いて見せると、彼らは騎神を呼び出した。

満を持して動き出した神機アイオーンαとの戦闘のためだ。

 

ルトガーは構わず葉巻を吸っていて、この擬似相克に参加するつもりはないようだった。

 

 

 

かつて空間を操ったアイオーンαだが、その際の力は《零の至宝》あってのもの。場の性質や結社の技術力を動員してもクロスベル独立国事件の時のような力は発揮できず、ヴァリマールとオルディーネの連携の前に敗れ去る事となった。

 

 

実験の結果を見届けたルトガーは吸い終えた葉巻を投げ捨てて帰るつもりだ。ナギトはその背中に呼びかけた。

 

 

「《猟兵王》!……さっきの件…………」

 

 

「ま、考えとくぜ」

 

 

その答えは先ほどと相違なく。この場ではそれで充分だという事にした。

ひらひらと後ろ手を振ってルトガーはゼノとレオニダスと共に転移で精霊窟を離脱した。マクバーンとカンパネルラも同様だ。

 

 

残された新旧Ⅶ組もまた精霊窟を出てオルディスへと戻るのだった。

 

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