「すまん、取り逃した」
開口一番、謝罪したのはゼロだった。
始まりの猟兵団《アナザーフォース》の総司令官。《
今は《皇の手》ナギトに雇われて帝国内でいくつかの仕事をしている。
ゼロが取り逃した──失敗した、と言ったのは任せていた仕事の内のひとつ、オスギリアス盆地の監視と有事の際の制圧だ。
オルディスでの一件からすぐに北上したナギトは辺境の町アルスターのはずれ、オスギリアス盆地の付近でゼロと合流していた。
周囲では慌ただしく《アナザーフォース》の猟兵たちが動いている。主に負傷者の介護だ。100人規模のそれはここで大規模な戦闘が起こった事を示していた。
「アレは北西の海に消えていった。……事前に聞いてはいたが、アレはいったいなんだ?」
「幻想機動要塞トゥアハ=デ=ダナーン」
ゼロの問いに答える。
幻想機動要塞トゥアハ=デ=ダナーンはアーサー世界でも出てきた最終決戦の舞台だった。間違いなくオズボーン勢力の切り札のひとつだろう。空を浮かぶひとつの要塞で内部構造も複雑。オスギリアス盆地に隠されていると見て《アナザーフォース》を配置したが、その確保、無力化は失敗していた。
「名前を聞いてるんじゃないが……」
「俺も詳しくは知らないんですよ。《黒の工房》が造った?とかいうのは聞いてるんですが……」
困った顔のゼロに釈明して、それから考察を述べた。
「《黒の工房》の本拠地がもぬけの殻だった以上はこっちがオズボーン勢力の本拠点になるでしょう」
「だがアレは……使えるのか?」
機動要塞の機能面に言及したものではなかった。明らかに尋常ならざるものを表に出していいのか、という話だ。
「今は無理でしょうね。アレが受け入れられるのは黄昏が始まってから……」
共和国への憎悪が煽られ、帝国中に拡散した呪いによって闘争賛美国家へと変貌しなければ機動要塞は市民に受容されない。
「……アレがデコイにされる可能性は?」
「無きにしも非ず、といったくらいですかね。オズボーン勢力はアレを失えば、もう後がない。オズボーンならやりかねませんが……おそらくイシュメルガが許さないでしょう」
《身喰らう蛇》との協力体制が万全ならあるいは別の拠点を用意できるかもだが、オズボーン勢力と結社が手を組んだのはあくまで相克を果たすため。そこまで協力する公算は高くないはずだ。
「ふむ………まあ、依頼主がそう言うからには信じる他ない。………そう言えば、皇太子を見たぞ」
「ここで?」「ああ」というやり取りがあり、ナギトは思考した。
皇太子セドリック・ライゼ・アルノール。ナギトが斬り祓った事で呪縛を逃れ、己が道を征くと言った彼だが、どうやら今はオズボーン勢力の一員として潜伏しているようだ。それが今はベターな選択だと思われる。
宰相であるオズボーンと、皇帝直属の《皇の手》ナギトと比してセドリックの勢力はあまりに小さい。正攻法ではナギトとオズボーンの両名を出し抜くのは不可能だろう。
ウルトラCでもあるかと期待していたが、今のところナギトの想定を外れていない。
「それにシグムント…《赤の戦鬼》と《血塗れ》シャーリィ…………あとは《黒のアルベリヒ》に《銅のゲオルグ》だったか?あいつらもいた。それと近年結社に入ったマリアベル・クロイスと《痩せ狼》ヴァルター………見かけたのはそれくらいだな」
どうやらオズボーン勢力もかなりの戦力をオスギリアス盆地に注いだらしい。《アナザーフォース》の精兵たちに怪我人が続出したのも納得の顔ぶれだった。
ナギトがオルディスにいたのが確認、確定できた時点で機動要塞確保のために本腰を入れたのがわかる。
「それはそれは……お疲れ様でした」
錚々たるメンツを相手にしたゼロを労ったナギトに、一応の報告を終えた気になって葉巻を取り出して先端を切りつつ、思い出したように「ああ」と言った。
「あとガレス……星座のガレスもいたが……やつは仕留めた」
猟兵団《赤い星座》。《西風の旅団》が凋落した以上はゼムリア大陸西部における最強の猟兵団と言って過言ではない。
その中でも《閃撃》のガレスと言えば名の知れた狙撃手だったはずだ。そんなガレスを事もなさげに討ち取ったとは、ナギトは目を剥く。
「《閃撃》のガレスか…!……そいつは中々の戦果じゃないか」
「こっちにも幾人かの犠牲は出たがな」
ゼロは葉巻を咥えて火をつけた。今度も何事もないかのように言ったが、平坦な声音にナギトはようやく胸中を察した。
「そう、か…………」
「俺たちは傭兵だ、こんな事もある」
煙を吐き出しながらゼロは続ける。
「それにガレスを討ち取れたのも、この盆地の地形がわかっていたからだ。スナイパーが潜むであろう位置も事前に調査できていた」
いつ《黒の工房》が機動要塞の確保にオスギリアス盆地にくるか不明なため《アナザーフォース》には前々から盆地の偵察をしてもらっていた。それが役に立ったというナギトへのフォローだった。
「……改めて、お疲れ様だった」
そうして再びかけられた労いの言葉を「ああ」と受け取る。
「それで……この後はどうすればいい?」
現状、《アナザーフォース》に依頼していたのはオスギリアス盆地の監視と領邦軍の教導だった。細々としたものは他にもあるが、メインミッションの片方が終わったのだ。今後どう自分たちを動かすつもりなのかをゼロは問うていた。
「特別なものは何も。ここの部隊も領邦軍の調練に回してもらえれば。……それ以外は分を弁えた自由を謳歌すればいい。…………もちろんあなたも……ジョン。旧友と乾杯でもしたらどうです?」
「ふん」とゼロは鼻を鳴らした。わざわざ本名を言ってまで旧友と……とは。
「お言葉に甘えさせてもらおう。あまり迂闊な事はしないよう言い含めておく。……部下にも、自分自身にもな」
☆★
クロウ・ゼネフォードという少年がいる。奇しくもナギトの盟友クロウ・アームブラストと同じ名前で、元《帝国解放戦線》だった少年だ。
元の世界においてはクロスベルにて《Ω》という《帝国解放戦線》の後継を組織し、クロウと死闘を演じた。
その際の怪我で再起不能になっていたが、この世界では《Ω》は存在せずゼネフォードもまた十全の身体機能を有している。
ナギトはこのゼネフォードを弟子とした。
八葉一刀流の後継者として。八葉刀神流を受け継ぐ可能性のある者として。
底なし、とさえ表される才覚のナギトをもってしてゼネフォードの才能は未だかつて見た事がないものだった。
4月の下旬に八葉一刀流の基礎を叩き込んで8つの型はすべて教えた。その後はレグラムにてアルゼイド流と交わらせている。
現在は5月下旬。束の間の休息を得たナギトはレグラムに戻った。
「おかえりナギト。よく戻った」
列車から降りたナギトを出迎えたのはラウラだった。「ただいま」と返答して共に駅を出る。
「悪いな、あんまり帰れなくて」
「なに、構まん。それに……良い期間でもあったしな」
ナギトはレグラムを──アルゼイド子爵邸を家としている。次期当主であるラウラの婚約者として同棲しているわけだ。
そんなナギトだが、最近はEOS計画のためにレグラムを留守にしている。婚約者に寂しい思いをさせているだろうが、ラウラの返答はそれを感じさせなかった。
「このように剣に打ち込むのは中々に久しぶりであるゆえな。父上と……それにそなたが連れてきたゼネフォードにも刺激をもらっている」
「そうか。……ゼネの様子は?」
ナギトはゼネフォードの事を“ゼネ”と渾名していた。名前呼びはややこしいし、ファミリーネームだとよそよそしい。
「今は練武場だな。父上にしごかれている」
「お義父さんに。そりゃまた……」
「フフ、父上も滾っておられる。これほどの才はオーレリア将軍ぶりだ、とな」
「…………リップサービスでもなさそうだ」
「そうだな。私も少し妬くほどだ」
会話しながら、練武場までの坂を登っていく。
エレボニア帝国の二大流派の一角であるアルゼイド流の総本山とも言えるレグラムの練武場は、意外と手狭だ。弟子たちが20人も詰めれば満足に剣も触れぬ敷地面積。
それでもアルゼイド流の偉大な剣士たちはこの場所で育った。《光の剣匠》ヴィクター・S・アルゼイドもそのひとりだろう。
その練武場の中心で、ヴィクターを前にゼネフォードは膝をついていた。
「……戻ったか、ナギト」
宝剣ガランシャールをしまいながらヴィクターは練武場に入ったナギトを見た。
「どうやら良い場面を見逃してしまったようで」
絵面から察するにゼネフォードはヴィクターに稽古をつけてもらっていたらしい。異常とも言える才気のゼネフォードだが、まだヴィクターに勝つ事は不可能だった。
「はあ…………、まったく……タイミングが悪い」
立ち上がったゼネフォードは言った。
「久しぶりに会うお師匠様にかっこ悪い様をみせちゃったって?」
「……………死ね」
からかったナギトにゼネフォードは短く辛辣な言葉を投げる。「かっかっか」とそれを受け流したナギトは続いてヴィクターに尋ねた。
「どうですか、こいつは?」
「飲み込みが早い。………正直なところ、今の立ち会いも一本取られる可能性もあった」
これはナギトが知らない話だが、すでにゼネフォードは10本に一度はヴィクターから一本取れるほどにまで実力を高めている。
「ほほう。それは重畳。……ゼネ、まだやれるか?」
隣のゼネフォードはヴィクターとの稽古の直後だったが、ナギトのやる気を察して再びため息をした。
「やれるよ。負かしてやる」
そうして師との再会を祝う勝負が始まる。
ゼネフォードの武器は双剣だ。しかしただの双剣ではない。片刃の剣は峰を合わせれば大剣となり柄尻を結合させれば双刃剣となる。
双剣、大剣、双刃剣の三形態を持つ仕掛け武器だ。もちろん片刃の剣一本で八葉一刀流も扱える。
「どれどれ……師匠が修行の成果を見てやろう」
にやにやと、いつも以上の調子で舐め腐った態度を表出するナギトにゼネフォードは舌打ちする。
「あの条件、今この場でも有効なんだろうな?」
「もちろんさ。お前が俺に勝ったらクロウのとこに行っていい」
敬愛するクロウと行動を共にできるはずだったゼネフォードだが、その才能を見込まれて半ば強制的にナギトの弟子にさせられた。
頭がクロウでいっぱいのゼネフォードにナギトは条件をつけた。自分から一本取ったら自由にしていいと。クロウの元に行くのも自由だ、ととも。
そこからゼネフォードは真面目に八葉一刀流の修行にも精を出したし、ナギトの言う通りにアルゼイド流も学んだ。
「いくぞ」
「こい、ゼネ」
短いやり取りがあって───、模擬戦は開始された。
ゼネフォードの姿が消えた。八葉の技術とアルゼイドの術理。それらを複合した身体強化と“疾風”の歩法は常人では視認もできない速度だ。
「速いな。しかも………」
ゼネフォードの移動したあとには残光が走っている。アルゼイド流の“光の翼”──剣に集束した闘気が眩く輝く現象による光の軌跡だ。
ゆらり、ナギトの姿が揺れる。残光が通り過ぎていった。ゼネフォードの鋭い一撃がナギトに肉薄したのだ。ゆらり、ゆらり、ゆらりとナギトの身体が連続してぶれる。その度にゼネフォードの斬撃が避けられていた。
「ふ。小賢しい」
笑んだナギトにはゼネフォードの考えが透けて見えるようだった。
「だったら──防いでみろ!」
ゼネフォードの一撃がナギトに叩きつけられる。速度を利用した跳躍と重力を味方につけた振り下ろし。太刀で受け止めたナギトの足元の床がひび割れる。それだけの威力がナギトを貫通していた。
「単純、単純」
しかしナギトは何の痛痒も感じさせない。文字通り衝撃はナギトを貫通し──その床面のみを砕いている。身体のひねりと闘気の運用による螺旋の技術の極致だ。降り注ぐ衝撃を完全に地に逃していた。
「これはどうだ───!?」
だが、ゼネフォードの攻勢はそれで終わらない。ナギトを打った一刀とは別に、放っていたもう一刀が床面に突き刺さった。
これこそがゼネフォードの狙い。スピードで敵を撹乱しつつ陣を描き、その中心を剣で叩くことで衝撃波を生む。八葉とアルゼイドを交わらせたゼネフォードのSクラフト“洸刃颯・秘陣衝天”。
ゼネフォードが飛び退くと同時にナギトの総身を衝撃波が包んだ。爆音と極光のワルツ。それが収まりもしない内にゼネフォードは回収した剣を結合させてダブルセイバーとした。
宿す暗黒の闘気はクロウを彷彿とさせる。
「デッドリークロス!」
闇色の十字が放たれて炸裂した。
「大盤振る舞いだな」
すっ、と爆煙を裂いて現れた切先がゼネフォードの頬を掠めた。
「ッ──!」
バックステップで距離を離して観察するゼネフォード。ナギトは太刀を一振りすると煙を追い払った。
「………無傷、だと……………!?」
その姿は戦闘前と変わりなかった。ヴィクターから最初の一本を取った自身のとっておきだったのに。“洸刃颯・秘陣衝天”はナギトも初見のはずなのに。
「単純って言ったろ。お前の仕込みも見抜くさ」
くるくると手で太刀を転ばせて、それから突きつける。
「あの時のクロスベルではクロウの成長を見越してたらしいな。俺もそうしたまでよ。お前の才能を侮ったりしない」
舐め腐った態度こそフェイク。ナギトはヴィクターと刃を交えるほどの心持ちでゼネフォードと向き合っていた。
「今度はこっちからいくぞ」
攻守が交代する。
爆発する脚力は雷鳴を伴う“迅雷”。かろうじて防いだゼネフォードだが、その速さと衝撃に受けた剣が手から弾かれた。一顧だにせず。刹那の迷いが敗北に直結する事は理解していた。
雷光が瞬き続ける。電光石火に駆け巡る雷速は“雷光撃”。幾重にも続く攻撃をゼネフォードは対処し続ける。残った剣を両手で握り締めて、今度は取りこぼさないように。
攻撃のリズムを掴んだゼネフォードはカウンターを試みた。空を切り拓くかのような斬撃は“無月一刀”。
速さは見切られ、力は受け流される。ならば、と精妙さで勝負した。
ほんのひと月前に“孤月一閃”を教えたばかりのナギトはゼネフォードの成長ぶりに舌を巻く。最善のタイミングを選んだカウンターにもそうだ。
しかし、最善だからこそ読み易いというのは往々にしてある事だ。
反撃の一刀を上体を逸らして躱す。最高速度を出していれば当たっていたかもしれない。
しかし足は止めたとゼネフォードはにやり。“無月一刀”が避けられるまでが織り込み済みだ。追撃はナギトの足を狙ったものだった。
それを跳躍して回避。振り上げた一刀に今度は炎を宿す。
「龍炎連撃!」
“龍炎撃”の派生──多頭の炎龍が撃ち放たれてゼネフォードに迫る。
多角的に緩急をつけて肉薄する炎龍をリヴァルは捌く。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。それらの炎龍を螺旋の技術で巻き上げながらナギトとの距離を詰めた。
空中で“幻造”の足場に留まるナギトに向けて、己が全てと共に返礼する。
「洸闇裂破───!」
八葉の技術、アルゼイドの光の翼。それにクロウを追い求めて体得した暗黒の闘気。それらの一切合切をひとまとめにしたゼネフォードは新たなSクラフト。
炸裂する光と闇は爆炎を伴い、あわや練武場を破壊する勢いだった────が。ナギトは万全の体勢でそれを迎え撃っている。ただ威力が高いだけの一撃は何の脅威にもならない。
ゼネフォードのそれを上回る技術で、炸裂したはずの衝撃すらを巻き上げて逃がす。
すたり、着地したナギトは太刀の峰を担いで余裕綽々に微笑む。その立ち姿に未だ瑕疵はない。
「終わりか?」
「くっ……そ……………」
お手本のような悪罵しか出てこない。
届かない。最高でも、限界を超えても。それを悠々と上回ってくる。
だが、まだ手はある。
ゼネフォードは疾駆するとナギトに肉薄した。途中で回収した剣と併せて双剣による手数の暴力を押し付ける。
接近戦ならば太刀のリーチは仇になる。加えて手数は倍だ。常識的に考えた負ける方が難しい。
ナギトに接近戦で勝とうなど至難の業だった。
手数は勝ってる。剣を振るう速度も負けていない。なのに勝てない。
ぬるぬると動くナギトの身体はまるで剣がすり抜けるようだ。巧みなステップワークがそうさせているのだ。
なら、と足を狙う。
床面を突き刺すような一撃を紙一重で躱して、その剣を踏みつけにしたナギトは硬直したゼネフォードに剣撃を浴びせる。もう片方の剣で防ぐが、狙い澄ました衝撃はゼネフォードの手から得物を弾き飛ばしていた。
剣でトドメ、というわけにもいかずナギトは空いていた手で殴打。それはゼネフォードのみぞおちにめり込み────
「──!?」
その姿は消えた。踏みつけにした剣も、弾き飛ばした剣も。ゼネフォードのすべてが───
「俺の勝ち……でいいよな?」
次の瞬間、ナギトの首筋には刃が突きつけられていた。
☆★
模擬戦を固唾を飲んで見ていたのはラウラだった。
「不安か?」
父に問われ、ラウラは己の胸中を区分けした。
「実力で勝るのはナギトでしょう。しかしゼネフォードもまた力をつけています。………父上はどうお考えですか?」
ヴィクターは「ふ」と笑うと言った。
「負けんよ、あれは。そういう男だ」
どうやらラウラと違い、ヴィクターはナギトの勝利を確信しているようだった。
そう話している間にもゼネフォードの攻勢は続いている。ナギトは防戦一方だ。それも当然で、師匠として弟子の成長を確かめるには攻めさせるのがわかりやすいやり方だからだ。
「なぜ……断言できるのです」
ラウラは父に問う。すでに見透かされた通り、ラウラの心中には不安があった。自分が憧れた剣。自分が惚れた男の剣。すでにナギトが打ち負かされるところは何度も見ている。しかし、この場で負けるのは何か違う。
ゼネフォードは剣を握ってまだ2年と経っていないというではないか。そんな男に負けられては憧れが砕けた気がして───
「ナギトはな……格好つけなのだ」
「は?」と声が出た。ヴィクターの語るナギトが勝つ理由。それはなんとも曖昧で───
「あれがまだ若き弟子に……それにラウラ──そなたに敗北する姿を見せていいとは思うまい」
──だけど心に響く、納得できるナギトの姿だ。
「俺の勝ち……でいいよな?」
やがてナギトの首元にゼネフォードの剣が突きつけられた。背後からのそれは、ゼネフォードの巧妙さを物語っている。
「分け身と隠形の併用か………!」
ラウラはその仕掛けを見破った。しかし時すでに遅し。すでに勝負は決している。あの場に立っていたのがラウラであっても同じ結末に──
「驚いたよ。ここまでやるとは」
背後からの降伏勧告にナギトは素直な感想を述べる。ゼネフォードの成長ぶりはナギトの予想を上回っていた。
「まさか───」
だが、その実力は未だナギトの想定の内だ。
「───俺と同じ発想に至るとは」
ひたり、ゼネフォードの首筋に刃が押し当てられる。ナギトの太刀によるものだ。
場にはゼネフォードに刃を突きつけるナギトとゼネフォードに刃を突きつけられる2人のナギトがいた。
「分け身──!いつから……!?」
勝敗は決したとばかりに刃を引いたナギトは太刀を鞘に納めて問いに答えた。
「あの爆発の時だな。煙に紛れて分け身を出すのと同時に気配を消した」
模擬戦序盤の“洸刃颯・秘陣衝天”で生じた煙に乗じてナギトの本体は姿を消していた。その後はずっと分け身に戦闘を任せていたというわけだ。
「最近ちょっと高精度の分け身の練習しててな。すっかり騙されてくれたみたいで」
分け身のナギトが大笑いしながらゼネフォードに言う。ゼネフォードは渋面をつくりながら、しかして目ざとくナギト本体を見やった。
「…俺にビビったって事でいいんだよな?」
「50点くらいの負け惜しみだな」
分け身のナギトは言いつつ、ゼネフォードが払った手にかき消されるようにして消滅した。
「ま、驚いたのは事実だよ。最後の隠形にしたって大したもんだ。気ぃ抜いてたらマジで負けてたかもな」
実際、その程度の実力はあった。それこそクロウと比較しても勝るとも劣らないほどの。
「チッ…………全部あんたの掌の上って事かよ」
「いやいや、ダメージも受けたしな。……7割ってところかな?」
ゼネフォードが見ていたのはナギト本体の火傷跡──“洸刃颯・秘陣衝天”によるものだ。初手のあれだけでなく、それ以降の攻防もナギトが予想していたゼネフォードの成長ぶりを超えていた。
それでも7割方は自らの掌上の出来事だと語ったのだ。「くそっ」とゼネフォードは悪態をついた。
「つかお前、師匠に対しての口の利き方な?クロウには敬語使ってたろ」
「俺はあんたが嫌いだ」
ナギトはやれやれと肩をすくめる。クロウから聞いた話では礼儀作法もばっちりで、執事にジョブチェンジしてもやっていけるという話だったが。
「お前はもう少し婉曲に嫌味を言うタイプだと思ってたよ」
「感情を素直に表に出してるだけだ」
「もうちょっとこう……師匠への敬意とかさあ……」
というやり取りがこの後もいくつかあって。
「よし……じゃあ次ラウラ!……来いよ」
「………よいのか?……ゼネフォードと模擬戦した直後で、長旅の疲れもあろう?」
「無問題よ。お前、やりたくてうずうずしてんだろうが」
ラウラを招くナギトは、決戦に向けて仲間たちの実力を確かめていく。
☆★
夜、アルゼイド子爵邸のバルコニーにて。
「すみませんね、ゼネの面倒まで見てもらって」
「構わないさ。あれほどの若者に剣を教える事ほど楽しいものはない」
月光を浴びながら杯を交わすのはナギトとヴィクターだ。夕食を終えて床につく間に2人は話し合っていた。
「実際どうです、ゼネのやつは?」
「うむ…………もしかすると、私が見てきた中で最も飲み込みが早いかもしれん」
すでに数多の弟子を育ててきたヴィクターが言うと説得力が違った。しかも彼の弟子にはあのオーレリア・ルグィンも含まれるのだ。
「クロウ・ゼネフォード………このまま育てば間違いなく帝国──いや世界に名だたる剣豪となるであろうな」
杯を傾ける。ヴィクターの喉がこくりと鳴った。
「あれほどの才器……いったいどこで見つけたのだ?」
「友人の伝手でして。……俺は後継者候補として見てますが……本人にその気があるかどうか」
「ゼネフォードは憎まれ口こそ叩くが…そなたの事を尊敬しているぞ」
ホントか、とばかりに目尻をつり上げた。
「その上で、そなたを嫌っておるのだ」
らしくなく、悪戯っぽい笑みを浮かべたヴィクターは再び酒を煽った。がっくりと肩を落としたナギトを見てさらに笑う。
「おそらく……そなたの位置が羨ましいのであろうな」
ナギトの位置。あのゼネフォードの事だから、それはクロウの親友ポジションという事実に他ならないだろう。
しかもただの友人ではなく、ナギトはクロウの命の恩人なのだ。単なる同担拒否だけでない、複雑な心境なのだろうと結論する。
「なかなかに拗らせてますね」
「若者の特権だろう。精神と肉体の両面で試行錯誤する事は。……それでこそ未来は広がるというものだ。……八の字のようにな」
「かっ、そりゃあいい」
ナギトは快哉した。八の字のように未来が拓ける、八葉の剣士。なんとも洒落た言い回しだ。
「それで……これからの予定は?」
ヴィクターが尋ねる、ナギトの今後の動向。《皇の手》として、EOS計画の主導者としての動き。
「ひとまず、俺がやるべき事は粗方片付いたんで……あとは諸々連絡待ちですね」
「ほう……それは、国外で動いているという第四指殿を待っている、というわけかな?」
《皇の手》第四指リヴァル・アルヴァンス。
ある意味ではナギトが最も信頼している同志だ。
そのリヴァルは今は国外にいる。カルバード共和国をはじめとする世界各国にて仕事をしているのだ。
「……オリヴァルト殿下ですか」
ナギトはヴィクターの情報源を言い当てた。
ヴィクターは
「うむ。聞いた話によると、有事の際に備えて対帝国の軍事同盟の下地をつくっているとか。フフ……豪胆なことだ」
これまでのナギトの仕込みがすべて失敗した場合、止められる可能性があるのは《千の陽炎》の似姿だ。
ただ、それをするために多くの資金を使ったし、この件が解決した後は多額の投資をする事になっている。状況が違うとは言え、無条件で多数の国家を結びつけたアーサー世界のミュゼの手腕たるや。
「だか………それだけではないのだろう?」
ナギトはヴィクターとしばらく視線を合わせて、不意に笑った。
「見透かしますねぇ」
杯を煽る。高級なワインの味わいを台無しにしつつ、ナギトは口元を拭った。
「まだ草案もできてませんがね。対帝国の軍事同盟が不必要になった場合………今回の繋がりを利用して、ゼムリアの主要国家で不戦条約を結ぼうかと」
ヴィクターは目を見張った。ナギトに何かしらの裏の目的があろうとは思っていたものの、ここまで大それた事を考えていたとは。
「…………しかし、そう容易くはいくまい。特に共和国は未だに帝国のクロスベル統治を良く思っていないだろう」
しばらく考えてヴィクターは根拠付きの反証を出した。事実、共和国は今でこそ小康状態だが、一時期のクロスベル侵攻は凄まじいものだった。
「そこはたぶん大丈夫です。今回の件が上手く片付いた暁には共和国には莫大な額の投資をする方向で固まりましたから。それと共和国のクロスベル侵攻は敗戦続き……国内世論も嫌戦ムードです。………それに、現大統領のサミュエル・ロックスミスとは知らない仲じゃないですしね」
しかし、ナギトはすらすらと答えてみせる。
不戦条約に真っ向から反対する筆頭候補であるカルバード共和国を引き下がらせる方策はすでに練ってあった。
「そうか、《剣鬼》の100人斬り…………」
加えて、大統領ロックスミスとナギトは互いの弱味を握っている間柄だ。CIDを設立するにあたり、ナギト──《剣鬼》ウィル・カーファイは反対派の議員100名を暗殺した。依頼主は当然ロックスミスだ。
そんな事情もあって共和国の沈黙は充分にありえる話だった。
「そなたは政治家としてもやっていけそうだな」
「やめてくださいよ、面倒臭い」
納得したヴィクターはからかいつつもナギトの手腕を評価した。再びワインを味わって、それから話を戻す。
「とりあえずは戦力の強化をするつもりです。手札は揃いつつありますが、それが弱い役では話にならない」
オズボーンを、黄昏を止めるための力。
色々と仕込みはしているが、それらはすべてイシュメルガを打ち倒した後の処理だ。
リアンヌは味方になり、ルトガーからは返事待ち。雲行きは悪くないが、あの《黒の騎神》イシュメルガに勝てるかと問われれば怪しいところだ。
「ゼネとラウラは連れて行きます。そろそろ修羅場を経験させなきゃですからね」
「父親としては娘には安全でいてほしいが………そのような気風ではない、か…………」
「すみません、必ず五体満足で帰しますので」
「わかっている」とヴィクターは半ばやけっぱちにグラスを煽った。生存が確約できる戦場ではないだろうが、それでもナギトの言葉は信じるに値すると己に言い聞かせた。
「それと新旧Ⅶ組も………。とりわけリィンとクロウには強くなってもらわないと」
「……騎神か」
「ええ。あなたにも手伝ってもらいますよ……お義父さん」
ナギトの視線は熱く、他人事ではいさせない雰囲気を醸している。すでにピークは過ぎ去ったヴィクターすら使うという宣言だった。その覚悟と決意にヴィクターも応じる。
2人のグラスはとうに乾いていた。