オズボーン勢力によるナギト勢力への妨害は驚くほど少ない。
特に警戒していた国外勢力を結びつける動きに対しても特段の妨害はなかった。
カルバード共和国をはじめとする世界各国を《千の陽炎》の真似事の如く連盟させる事にも成功した。《皇の手》第二指オリヴァルトと第四指リヴァルの成果だ。
まずはリヴァルが話を持ちかけ、皇族であるオリヴァルトが締結させる運びとなった。《皇の手》という役職は帝国内でこそ有名だが、外国では未だ無名のため、皇族であるオリヴァルトに出向いてもらったというわけだ。
ナギトの指揮下に入らず、独自で動いていたクロウはこの間に帝国中に“ディストピアへの途”を行き渡らせた。
これはかつての《帝国解放戦線》の《G》───元学術院教授のミヒャエル・ギデオンが著したもので、激動の時代に向かうエレボニア帝国の未来を憂いたものだった。
発禁されていた本だったが、《皇の手》の権力を借りてそれを解除。
帯の謳い文句は“《皇の手》絶賛!!”、“今だからこそ読んでほしい一冊”、“発売禁止されていたわけは読めばわかる!”などなど。特典小説の“教授がテロリストになった理由”のおかげもあってか売れ行きは好調だ。
“ディストピアへの途”の内容はナギトも確認したが、まさに今オズボーンがやろうとしている事を言い当てたものだった。七曜暦1202年の本であり、当時にこれを書いたギデオンは慧眼が過ぎた。ゆえにこそ発禁指定され──色々あった挙句にテロリストに成り果てたのは行動力があり過ぎるだろうとは思ったが。
6月中旬にオルディスで行われた領邦会議は予定調和という様相であった。
まずカイエン、アルバレアという二公爵を説き伏せて味方につけていたのが大きい。それに会議以前にログナー、ハイアームズ両侯爵にもオリヴァルトを通じて呼びかけていて、カイエンとアルバレアが軍備増強をはじめたタイミングで同じように動いてもらっていた。
領邦会議の議題は大きく分けて2つ。
ひとつめは“国家総動員法”への対策。こちらは明快だ。法案を通さない、という思惑で一致した。法律を制定するには平民院と貴族院の両議院で可決させなければならない。貴族院の票は四大名門が握っているも同然のため、国家総動員法は貴族院で可決しない、という流れだ。
緊急事態宣言がなされた場合には両議院を通さず法案は制定・施行されるが、これが成立するのは皇帝の襲撃があった時くらいのもの。そうさせないためのヴァンダール家の皇族護衛役の再任だ。
もうひとつは“領邦軍の軍備増強”だ。こちらはそこそこ難航していて、理由はもちろん先の内戦があったからだ。今では十月戦役と呼ばれるあの内戦により貴族派の威光は地に落ちた。貴族による軍備増強については皇帝自らフォローを入れたものの、未だ十全の納得を得られているわけではない。門戸を広げて待遇を改善し徐々に人を増やしていっている状況となる。ラインフォルト社との交渉により正規軍と同等の質・量の武器兵器を卸してもらえるようにはなったが、それを扱える人材がいなければ話にならないのだ。
《アナザーフォース》に任せている領邦軍の調練だが、こちらもあまり芳しくない。《アナザーフォース》は間違いなく超一流の猟兵で、総勢1000人を抱える団は指導力も相当だが、猟兵の流儀はあまり領邦軍には馴染まないようで。しかし領邦軍雇用の窓口を広げた事もあって平民あがりの新兵たちは既存の兵士たちより学ぶ事に貪欲で成果はそこそこだ。厳しさも相まって脱走兵も出ているのはご愛嬌といったところか。
順調とは言えないまでも想定を下回ってはいない。ここで立ち上がった計画は四大名門の治める四州の領邦軍による大規模合同演習だ。これは帝国における武の識者を呼び集めて行われる事が決まった。ナギトの意向によりトールズ本校、第Ⅱ分校も演習に参加する事が決定した。
領邦会議は問題なく終了した。
そして6月下旬から早速始まった領邦軍による大規模演習。2週間に渡って行われるこれにトールズの生徒たちは参加していた。
☆★
領邦軍の大規模合同演習。
実際には《アナザーフォース》による教導だが、これにトールズの生徒らは見事に応えてみせた。
本校は今年度から本格的に軍学校となったカリキュラムの成果として。
第Ⅱ分校は5月下旬から臨時教官となったナギトの指導の結果として。
それぞれが現役の軍人に勝るとも劣らぬレベルで演習に従軍した。
そして、演習の総仕上げとなる7月上旬。
本校の選抜メンバーと第Ⅱ分校の特務科Ⅶ組+旧Ⅶ組はノルド高原に来ていた。
領邦軍や《アナザーフォース》とも別行動となり、本校と分校にはそれぞれ別の課題が提出さらる。内容はシンプルで、本校は高原の北部で、分校は南部の指定されたポイントに行き、待ち構えている人物と戦え、というものだった。
高原南部で新旧Ⅶ組を待っていたのは、リアンヌ・サンドロットだった。
《千の破戒者》エルロイ・ハーウッドとの一戦から部下である《鉄機隊》の戦乙女たちの治療のため帝国を離れていた彼女だったが、七曜教会の助っ人も連れてエレボニアに舞い戻っていた。
新旧Ⅶ組の前に立ち塞がったのは彼女たちだ。リアンヌと《鉄機隊》のデュバリィ、アイネス、エンネアの4人。
熾烈な戦いの果てに勝利したのは新旧Ⅶ組だった。今の新Ⅶ組の実力はナギト臨時教官の指導により、すでにアーサー世界で幻想機動要塞に乗り込んだ時と同等程度になっている。なにより人数差が大きく試験として立ち塞がったリアンヌらを降す事ができたのだ。
「どうやら……飛躍的に成長を遂げたようですね。フフ……これも彼の薫陶によるものでしょうか……」
打ち負かされたはずのリアンヌは平然とした様子で立ち上がった。
「ええ……、あいつは自分の流儀じゃない、とは言っていましたが」
返したのはリィンだ。第Ⅱにて特別指導をしたナギトだったが、新Ⅶ組のレベルアップについては急場凌ぎと言っていた。本来ならば緩やかに、確かに成長するはずのユウナたちを劇的に進化させたのは、まさしく劇薬だと。
ナギトは本当はそんな事はしたくなかった。しかし状況がそれを許さず。的確に過ぎる指導によりリィン含む新Ⅶ組は旧Ⅶ組の面々と張り合えるほどに成長していた。
「流儀……ですか。………では、私も流儀ではありませんが…ひとつ忠告を」
リアンヌは思い描いたナギトの幻影を振り払う。それからリィンたちに助言をした。
「今の彼を、これまでの彼とは思わないことです」
新Ⅶ組を指導していたナギトだったが、それは6月の中旬まで。領邦会議に出席するために途中で、修行のメニューは残したもののリーヴスを離れたのだ。それから1週間弱、何が変わったと言うのだろう。
「これまでの彼には余裕がありました。…‥油断、慢心の類となる余裕です」
それは旧Ⅶ組には心当たりがあった。常々口酸っぱくナギトに言っている事だ。
「その源泉は、あなたたちも覚えがあるでしょう」
これに渋い顔をしたのも旧Ⅶ組。またしても心当たりがある。特にリィンは直に聞かされていて、その奇跡を目の当たりにしているのだ。
「──特異点」
ナギトの本性。曰く世界を分岐させる熱量。曰く無法の力。
それによって世界は新創世された。エレボニアとリベールの戦争が巻き起こり、七騎の騎神が集い争った騎神大戦のあった世界。滅びかけた世界の時間そのものを巻き戻した“特異点”の権能。
「そうです」とリアンヌはリィンのつぶやきを首肯して続けた。
「おそらく───、彼はその力を手放したのでしょう」
激震。旧Ⅶ組が受けた衝撃は計り知れないものだった。新Ⅶ組はまるでわからない。並行世界でこそアーサーの事情と共に“特異点”について聞いていたが、この世界ではまだ何も知らないのだ。
しかし、話の骨子はそこではなかった。
「そして、彼は同時に慢心も捨て去った。己の甘さを切り捨てたのです」
ナギトには“特異点”の権能があった。そのせいで、物事が手遅れになったとしても自分がいればなんとかなる、という思い上がりがあったのだ。
「今の彼は間違いなく世界最強の武人です。………私も帝国に戻り、再び彼と刃を交えましたが……手も足も出ませんでした」
再度、激震。たった今、自分たちが人数差でようやく押し切った相手が手も足も出なかったと語っているのだ。これには新Ⅶ組の面々も信じられないと言った様子である。
「最後の試練───、くれぐれも気を抜かぬことです」
これにてリアンヌの忠告は終いだ。
長かった特別演習も最終盤。新旧Ⅶ組は気合を入れ直す。
「石柱群へ。彼はそこであなたたちを待っています」
☆★
そこに立つ人影は儚げで、しかし確かな存在感もあり、茫洋として在った。
向こうの俺なら──《剣聖》に至った自分なら、これを表現するのに適切な言葉がわかったかもしれない、とリィンは思った。
「ナギト……?」
眼下の高原を見下ろす兄弟分の名前を呼ぶ。
これまでとは雰囲気が違い過ぎて、リアンヌの言っていた言葉の意味を理解しつつあった。
「来たな」
ゆっくりと振り返る。ナギトとリィンの視線が交錯した。瞬間、茫洋としていたナギトの雰囲気はいつものそれに回帰した。
「待ちくたびれたぞ」
コートを翻して得物に手をかける。柄を右手で撫でるだけ。それだけでひどく様になっていると感じた。
「さ、て………新旧Ⅶ組、よくぞここまで辿り着いた。長かった演習もいよいよ以って最終幕、最後の試練。《槍の聖女》を下したその刃、果たして決戦の地に届くか否か……見極めてやろう」
抜刀。ゆるやかに構えた。
「さあ、武器を取れⅦ組。問答はそのあとだ」
幾人かが戸惑った。ナギトの実力は知っている。破格だ。聖女にも勝ったと言う。しかしこれは数的有利が過ぎる。先ほど対峙した聖女すら《鉄機隊》の隊士たちを侍らせていたと言うのに。
「総員抜刀!」
声をあげたのはリィンだった。状況を置き去りにするようなナギトの言動に、リィンだけが彼の本気度を理解をしていた。
リィンに続いて皆がそれぞれの得物を構える。
「演習の締めくくりだ………相手はナギト・ウィル・カーファイ───現在における最強の武人の一角なのは間違いない………。せっかく気取った口上も用意してくれてたんだ、こっちも派手に迎え撃つぞ!」
「応」と声が重なる。もはやお決まりの流れだ。
「はっはー、いいじゃねえか!いくぞ、Ⅶ組!」
そうしてナギトによる新旧Ⅶ組の最後の試験が執り行われる。
「───ッ!?」
死の幻想。
まずはじめにⅦ組のメンバーを襲ったのはそれだった。濃密に過ぎる殺気。指向性をもって放たれたそれは、意気軒高だったⅦ組の出鼻を挫いた。
「破ッ!」
殺される夢を否定するリィンの烈気。殺気を相殺した───その刹那で。
トン、と首筋を打たれたアルティナが倒れた。
即応するメンバーたち。殺気によって怯まなかったのはⅦ組でも特に戦闘に長けた者たちだ。
クロウが、ラウラが、フィーが、クルトが、一斉に切り掛かる。
「雷軀来々」
現れたナギトの分け身がそれぞれの攻撃を防ぐ。のみならず、すぐにその身を解いて電流を迸らせた。
筋肉が硬直する。一瞬、まさに瞬きの内にナギトは駆けた。
「雷光撃」
電光たなびく無尽の剣撃。皆をひとしきり打ったところでナギトは停止した。最初の位置に戻っている。
「───違う!」
気づいたのはリィンだった。あれは幻影だ。緩急と気配の残置によりもたらされた錯覚だ。
「よかったよ、お前を早めにやれて」
頽れたのはエリオットだった。エリオット・クレイグ。端的に評するならば旧Ⅶ組のサポーター兼ヒーラーだ。普段はおどおどした態度を取りつつも、その抜け目のなさと強かさはナギトをして脅威だった。
だが、それも排除できた。エリオットというヒーラーがいなければ戦線離脱したメンバーの復帰は難しいだろう。回復系のアーツを使えるメンバーは他にもいるが、エリオットより遅く、効果は低い。
「よくも!」と銃口を向けたのはエリオットの隣にいたマキアスだった。その指がトリガーを引くより速く、ナギトはその手からショットガンを奪った。非殺傷モードである事を確認して至近距離でマキアスに散弾をぶちこむ。
「お前もなかなか厄介だからな」
「ずいぶんと遠慮がないじゃない?」
倒れゆくマキアスを躱わすようにして、地を這うように肉薄したのはサラ・バレスタイン。
《紫電》の剣がナギトを切り裂いたが、それは霞だ。その場に色濃く気配を残すことで姿を幻視させる技法。しかし────、
「──喰らいなさいっ!」
それが一歩先のナギトを隠すものだとサラはわかっている。なぜなら、それが最善だからだ。
ナギトの位置取りは巧みで、Ⅶ組の連携を上手く阻害している。それを続けるのならば、大仰な移動はない。
“紫電一閃”。雷電の渦がナギトを絡めとる。ここだ、とサラが言うより先に戦術リンクは役目を果たしている。
リィンとラウラが跳躍し、ナギトの隙を突かんと迫る。
「超過式!」
太刀“明星村正”に封じていた闘気を解放した。
「八卦覇掌!」
象られたのは手掌の形。8つあるそれの2つをリィンとラウラの迎撃に。2つでサラを気絶させ、残る4つで周囲を薙いだ。
急場を凌いだナギトは「ふぅ」と息を吐く。まさか“超過式”をここまで早く使わされるとは。
「だが……効果はあったか」
少なくともサラはリタイアだ。彼女はこの試験においてノイズだ。強過ぎる。すでに一級の資格を持っているのに二級の試験を受けているようなものなのだ。
追撃を嫌ったナギトの“八卦覇掌”により石柱群は半壊した。周囲には砂礫が舞って視界不良を引き起こしている。ナギトにとってそれは何の問題でもないが───
「オラァッ!」
「よせっ、後輩!」
煙を突き破ってきたのはアッシュの仕込みハルバードのヘッド部分。クロウの制止も遅く、不意を突いたつもりのそれはむしろ隙だ。
迫るハルバードの刃をナギトは横合いから強烈に蹴飛ばした。
「わわっ!?」
「うおっ!?」
砂礫の中を突撃してきていたミリアムをそれで迎撃する。仕込みハルバードの鎖は伸び切って、勢いのままにアッシュの右肩は脱臼したが、それで済んだのは幸運だった。
「ばん、ばん」
体勢を崩したミリアムとアッシュへの追撃。気の抜けたそれは発砲音を真似たものだ。手を銃の形にして圧縮した闘気を弾丸として放つ児戯。
だがそれは仲間たちのサポートで防ぐ。さすがにこれくらいはやるか、と思考したところでリィンとラウラの闘気が膨らんだのがわかった。
砂礫を縦横無尽に駆ける八葉の閃きと光の翼。斬撃は幾重にも刻み込まれ、それは嵐となってナギトの姿を閉じ込める。そこに撃ち放たれるのはアルゼイドの奥義。
「終ノ太刀、黒葉!」
「奥義、洸凰剣!」
炸裂した2人のSクラフトは、しかしナギトの残した気配に騙くらかされたもの。
「学ばねえな、お前らは」
むしろ闘気の知覚によって戦闘を運ぶ戦士こそが引っかかる。だからこそナギトはこの戦闘においてこれを多用していた。
舞っていた砂礫はリィンとラウラの奥義によって残らず消え去った。ナギトは中空にて“幻造”の足場に立っている。自然と見上げたその背中に無数の刀剣が浮かんでいた。
「幻造剣、破空装填────」
“破軍”──刀剣に炸裂する闘気を込めて放つ戦技。その名の通りに一軍すらを討ち滅ぼす対軍戦技だ。
「いや───もらった!」
空が開く。空中に立つナギトより遥か天頂より墜ち来たるものは───
「ガイウス!」
嬉しそうな声を出したナギトに迫るのは巨大な槍の穂先。
聖痕を受け継ぎ守護騎士と成ったガイウスのSクラフト。
「───吼天鳳翼衝!!」
天を裂き地を砕く槍の墜落。黄金の光気を纏い破滅と救済を成す聖痕の絶技。
それは太刀の一閃で無為にされる。
そのありうべからざる光景を前に絶句して動けなくなる者は今のⅦ組にはいない。
“吼天鳳翼衝”は不発に終わったが、それでもナギトの猛攻は止んだ。
その間にⅦ組でも遠距離攻撃持ちの者たちが一斉にナギトに照準を合わせた。呼吸を合わせて放たれたそれらは、掛け算の威力になっている。
待機させていた“破軍”を解体して闘気の防壁とする事で防ぐ。しかし、その爆発は一瞬の煙幕となってナギトを包んだ。
気配感知を怠らない。視界不良であったとしても、それによって各メンバーの位置は把握できる。一際大きく闘気が爆ぜた。リィンの“神気合一”によるものだ。
「───!」
目くらましだ。リィンの絶招は気配でものを視るナギトの注意を引いた。“学ばない”と言われた事への意趣返しか。
気づいた時にはすでに遅かった。気配を隠したクロウの急襲。爆風を切り裂いて銀髪が光る。
「墜ちやがれ!」
防御に回した太刀ごと地面に叩きつけられた。
危うい着地。訪れた隙。狙い目のそこに飛び込んだのはリィン、ラウラ、フィー、クルト。
まず切り込んだフィーの双刃を身を翻して躱わすと同時に、その右腕を掴んでクルトに投げる。
リィンとラウラの同時攻撃───、ほんの刹那の剣速の違いから先にリィンの太刀を受け流し巻き取り、その勢いでラウラの大剣を迎え撃った。
整わぬ体勢。他のメンバーによる追撃にも気を払わねばならない。そんな不利な条件を跳ね飛ばす、ナギトの精妙な太刀捌きはすべてを無効化した。
これまでナギトが何度も見せてきたそれを、Ⅶ組の面々は知っている。螺旋の技術。武に通じていなくても、それが攻防一体の技巧なのだと。
体勢が崩れていたとしても螺旋で流される。ならば、それを破るには。
ラウラは力を選択する。螺旋で流せぬ剛力を。
フィーは速さを選択する。螺旋に捕まらぬ速度を。
リィンは鋭さを選択する。螺旋を斬り裂く鋭利を。
「同時に仕掛けるぞ!」
リィンの号令に戦術リンクが3人を結ぶ。力も速さも鋭さも、ナギトに劣る。ゆえにこそ同時に行わなければならない。ワンアクションでの対応を迫らねばならない。一寸の遅れも許されぬ───Ⅶ組の連携はそこに至っている。
リィン、ラウラ、フィーによる同時攻撃。コンマ1秒のズレもなく、ナギトに突撃する。
「破空」
乱される。全方位に放たれた爆圧が3人どころかⅦ組を揺らがせた。腹を決めていた3人の突撃は止まらない。止まらないだけだ。連携の完璧は失われていた。
フィーは自分が狙われている事に気がついた。
フラッシュグレネードを投げてバックステップ。そこに気配を潜伏させるオプションがあれば逃げられたかもしれない。ナギトは視界を灼かれようとも気配で追える。
爆圧が生んだ粉塵と閃光手榴弾による光が収まる。フィーは倒れていた。
「おいおい……ちょっとばかし強過ぎねぇか……?こりゃ聖女さんが言ってたのもマジかもな」
愚痴をこぼしたのはクロウだ。あのリアンヌが手も足も出なかった、と言っていたがまさかここまでとは。
「……ああ、まだそこまで出してないぞ?」
Ⅶ組とリアンヌのやり取りを察したナギトはにやりと語る。彼女を下した際の力はまだ発揮していないと。
戦慄。それ以外の言葉があろうか。今でさえ手がつけられないのに、これ以上があるのか、と。
「皆、下がってくれ」
たじろいだⅦ組を制したのはラウラだった。
アルゼイドの後継者。剣の道を歩む者。
ナギトの剣に憧れ、隣に立つために日々を邁進した者。
ラウラはナギトが《皇の手》としてEOS計画を進める間、修行に明け暮れていた。今までより一層励んだ。ナギトに頼りにされたからだ。
そしてそれは結実した。
「───洸天剣翼」
アルゼイドの紋章が地に描かれる。“洸翼陣”。
ふわりとラウラは飛び立った。その背には大剣がずらりと並んでいた。それはまるで翼のように。
「は。文字通りの“光の翼”か」
アルゼイドの“光の翼”とは剣に宿す闘気が光り輝く様を表している。しかし、今のラウラは文字通りに光の翼を背負っていた。
“幻造”を模した戦技で己の大剣をコピーし、それを翼として空を泳ぐ。その大剣それぞれが極光を放つ様は字面通りの“光の翼”だ。
Ⅶ組のメンバーはラウラの姿を見て退がる。多対一の有利よりもラウラの覚醒に賭けた方が分がいいと踏んだのだ。あるいはこの逢瀬を邪魔すべきでないと感じたか。
「こいよ、ラウラ」
「ああ───ゆくぞ、ナギト」
交わす声音は柔らかく────、
「────ッ!」
ラウラの速度は凄まじいものだった。ナギトも目で追うのがやっとだ。振りかぶられた大剣はやはり重く、ナギトは一撃で吹き飛ばされる。
追撃で迫るラウラの姿は光の軌跡を描き。何度もナギトを打ち据える。
「無縫真気統一」
ナギトの絶招。他者のそれと違い、漏れ出る闘気の一片さえも体内で循環させて身体能力を飛躍的に高める戦技。これでなくては今のラウラには見合わない。
そこからの剣舞は互角の様相を呈した。まるで事前に打ち合わせたダンスのように、2人の刃は流麗に舞う。
痺れを切らしたのは───否、次のステップに進んだのは同時。
神速の斬撃が疾った。“神威残月”。
ラウラは剣翼でそれを防ぐ。左右合わせて12本の大剣が光を放つ様はまるで天からの使いを思わせる。
「うーん、硬いな」
ナギトのぼやきも余裕ではなく呆れだ。ラウラの光の翼を真っ向から攻略するのは骨が折れそうだった。
洸瞬一転、ラウラが迫る。剣翼は自在に動きナギトを追い詰めていく。
左右一対の大剣が鋏のように閉じていく。バックステップで躱わす。追撃に放たれた4本の大剣。上から2本、左右で2本。上の剣の隙間をこじ開けて跳躍回避。空中のナギトを絡めとる残る6本の大剣。前後左右上下から突撃してくる光の剣。身を捻って相対方向の剣同士をぶつけて難を逃れた。だが、無理な身体操作は隙を生む。剣翼を捌いたとしてもラウラ本人の剣はそのままだ。
螺旋で流せぬ剛力を。《神速》に迫る速度を。
「雲外洸天───!」
“光の翼”が更なる極光を宿す。
ラウラの剛剣はすでにアルゼイドの枠から外れている。我武者羅に進んだ結果、それはヴァンダールの“破邪顕正”にも似た剣技となっていた。
「いつぶりか……お前がその領域に踏み込んだのは」
隙は、確かにあった。そこに渾身を叩き込んだ。
「───それが見たかった」
言ったラウラの愛用の大剣は半ばから斬り飛ばされていた。ナギトの“八葉一閃”によるものだ。今のナギトは己が奥義たる“八葉一閃”を通常攻撃としている。振るう振るわないも自在だ。体勢が崩れた苦し紛れの一刀でさえ“八葉一閃”となる。
ラウラにあったのは静かな歓喜だった。ナギトは“八葉一閃”を出し渋る。相手に相応の格を求めるのだ。今の自分がそれに見合うと言われているようで、それがラウラには嬉しかった。
だが、それだけでは終わらない。終わらせない。
剣翼を構成していた大剣は地面に突き立ち陣を描いている。ナギトはそれを見抜いている。
「ゼネの真似か」
それはクロウ・ゼネフォードがナギトとの立ち合いにて見せた奥義“洸刃颯・秘陣衝天”のオマージュだ。
ラウラすでにアルゼイドという揺籃から飛び立ち、様々なエッセンスを取り込んで独自の剣術へと昇華させていた。
光が爆ぜる。
ナギトの心は揺れている。ここで止めるか否か。この先まで見るか否か。
全部を受け止めてやるのが甲斐性というものだ。
爆発の半分を斬った。致命的とはならずとも、相応のダメージを覚悟しなければならない威力だったからだ。
目が、合う。
ラウラはナギトがそうする事を読んでいた。
爆発の余波が収まらない内に、ナギトはこれもラウラの想定通りで、次のアクションまで決まっている事を理解した。
「───ッ俺みてーな事を!」
「学ばせてもらったのだ」
ナギトに一握の油断でもあれば仕留められたかもしれない剣翼の陣による爆発。それすらも助攻だ。
本命は、爆発と共に宙に舞った大剣。質量をもった幻想の剣。12本───十二枚羽の光。
「凰技────」
それらの“光の翼”は次々とナギトを襲う。ナギトもただでやられるわけはなく、向かってくる光の大剣を弾き、打ち落とし、砕いていく。光の粒子となって霧散していく運命のそれから視線を離してラウラを見た。
折ったはずの大剣は“光の翼”によって刃を再現していた。
「それ、は─────!」
それだけではない。周囲に散っていた光の粒子───価値なしとナギトが視線を切った、十二枚羽の“光の翼”の残滓すらを吸収・集束させて───
「────
“光の翼”は羽撃いた。
「─────」
見事、と言おうとしてナギトは未だラウラが尽きていない事がわかった。
半ばから折れた大剣。剣翼、洸陣、蒼剣一閃。それらをもってラウラは出し尽くした。
出し尽くした程度では終わらない。
ぶわり、と琥珀の煌めきと共に闘気が溢れ出す。
「超過式」
今度こそナギトは予想を上回られた。オーレリアやリアンヌと戦う気持ちで臨んだ一戦。一分一厘の油断もなかった。それでもなお、蒼き剣は超克する。
武技はなく、型はなく。ただ闘気を刃とするだけの一撃。
ナギトの極地から放たれる“八葉一閃”は悉くを無為にする───それは太刀を振れればの話だ。
“蒼剣一閃”を凌ぐために“八葉一閃”で迎え撃ったナギトの太刀は次を防ぐのに間に合わない。
ラウラの大剣に込められていた闘気は封を切られて解放され、炸裂した。
すでに石柱群は崩壊している。古くからこのノルド高原を見守ってきた精霊信仰の名残が。雨風に晒されながらも歴史を生き抜いてきた石の柱は。
それでもまだ足りないと、光は残骸となった石柱を粉砕する。
そしてそれは幾度目ともなる粉塵を巻き上げて煙幕として機能した。
その煙幕から出てきたのはナギトだった。全身に酷い傷を負っている。右上半身なんかは肉が抉れて骨まで見えていた。
「……まったく、大したもんだ。さすがは俺の嫁」
本音と冗談を反復横跳びするいつもの言動。戦闘不能なんて言葉が可愛いほどの致死のダメージを負っているはずなのに、ナギトはいつもの調子だ。
皆が絶句するのも想定の内だったろうか。ナギトはくつくつと笑っている。そうしている間にナギトの損傷は修復されていった。
骨まで見えていた胸部の肉が生えていく。焦げていた内臓が新鮮な色を取り戻していく。それは治癒というには生ぬるい再生であった。
満ちていく。枯れていく。
ナギトの再生が進むと同時に周辺の草木から活力が失われていった。
「八葉刀神流、閃の型“生死流転・剣全一如”………つってな、まあ…命を分配する剣技だよ」
十全の肉体に戻ったナギトは種明かしをした。それも理解、納得ともに不可能なものであったが。
それはもはや剣技の枠を超えている。人の域を超えている。Ⅶ組の絶句の意味はすでに変じていた。
やがて煙幕が晴れて、ラウラが倒れているのがわかった。
どこにも怪我はない。精魂尽き果てた、という程度で倒れる気概でこの一戦には臨んでいなかったはずだ。
「そのうち目覚める。一瞬死んだからな……身体がびっくりしてんのよ」
驚きはあったが、驚きはない。
もはやナギトならばそれくらいはやってのけると理解させられていた。
「さて」とナギトは太刀の峰を肩に担ぐ。
「第二ラウンドといこうか……Ⅶ組」