リヴァル・アルヴァンスという男がいる。
帝国貴族の嫡男として生まれ、《鉄血宰相》の策謀によって家族を喪い、名を捨てて復讐者となった男。
しかして、友の存在によって己を取り戻し、最期は同志のために命を擲った男。
世界が再創生された折にそうするに至った経緯は消え去り、命を取り戻した男。
平穏な余生を過ごすつもりであったが、クロウに捕まりナギトに仕事を振られて今や世界各地を渡り歩いていた。
《皇の手》第四指リヴァル・アルヴァンス。
それが今の彼に与えられた役職である。
《皇の手》とは文字通り皇帝の手。皇帝の代理。それだけの権限が与えられているものであるが、それは未だ世界に浸透しているわけではない。エレボニア国内でこそ新たな役職である《皇の手》は時の人であるが、各国からすればせいぜいが賓客として扱う程度のものだった。
しかし、リヴァルの仕事は鮮やかであり《千の陽炎》なき今の世界において各国を結びつけた手腕と共にその名を覚えられる事となった。
ナギトからリヴァルに与えられた仕事は大まかに2つ。
ひとつは前述の通りミルディーヌの《千の陽炎》の発動しない今の世界で各国を仮想敵《大地の竜》へのカウンターとして密やかに同盟を組ませる事。
もうひとつは雑に表現すると協力要請だ。
ナギトは今回の件、全力を尽くすと決めている。
それは個人としての全力、という意味も含むが《皇の手》となり権力を得て《鉄血宰相》に対抗する事に加えて、ナギトがこれまで結んできた縁も利用する意味もあった。
国内のトールズ関係者にはクロウを通じて協力を呼びかけ、国外の知己にはリヴァルが接触した。
結果としてリベールからは遊撃士やそれに連なる者が。クロスベルからは特務支援課とその協力者たちが帝国入りする事が決まった。
リヴァルはこれを3ヶ月強で成し遂げた。ナギトも半ば無茶振りしたと反省してはいるが、やってくれた事には驚きと感謝があった。
今日はそんなリヴァルを慰労すべく帝都のバーでささやかな飲み会が開かれていた。
「リヴァル、お疲れ様」
「お疲れさんだ、リヴァル」
「おうよ、お前たちも…お疲れ様だ」
参加者はナギト、クロウ、リヴァルの3名。
場末のバーの端っこで乾杯した。
「いやぁ……まさかここまでやってくれるとは。本当にお疲れ様です、リヴァルさん」
「媚びるな、気持ち悪い。………だけど、まあ……我ながら良くやったものだとは思う」
ごまを擦ったナギトをリヴァルが両断する。が、その賛辞は受け取っていた。自分でもここまでの事をやれるとは思っていなかった。
「ずいぶん無茶振りされたみてぇじゃねえか。これまで何やってたんだ?」
クロウはリヴァルの仕事内容を詳しく知らない。軽くナギトに聞かされたくらいで、国外に行っていたとしか。そのために出た質問だった。
「世界各国を巡ってたよ。一応《皇の手》って役職自体は認識されていたから、結構すんなり交渉には入れてな。それで国家のお偉いさん方と密約を交わすって話をした」
「おいおい………大役じゃねえか……」
事の大きさにクロウは嘆息する。
《帝国解放戦線》時代もリヴァルは優秀だった。いまいち復讐に乗り切れていない事から幹部入りするかどうか、というラインだったが。
「リベール、カルバード、レミフェリア、エルザイム、アルテリア、レマン、オレド……ヴァリス市国にも行ったな」
「………マジかよ」
リヴァルが列挙したのはまさしく世界各国の国名、州名だ。大陸各地に足を運び、しかも国家元首クラスの人物と話をつける。それがどれだけの重大事か。
「いやー、マジ大助かりよ。サンキュな、リヴァル」
「感謝が軽い!」
これが酒場でビールだったらジョッキをテーブルに叩きつけていたところだ。酷使された鬱憤がリヴァルには溜まっていた。
「しかもそれだけじゃない………終わったかと思えばやれ《剣仙》を探せだ、知り合いに協力を仰げだ、と………!」
「ま…まあ落ち着けリヴァル………」
わなわなと震えるリヴァルを制止してクロウはナギトを見た。
「さすがに仕事振り過ぎじゃねえか…?」
「いやまあ……俺もそう思ってたよ。各国を結びつけるのだってリベールやカルバードが関の山だろーなって。やれてプラス、レミフェリア、アルテリアくらいかなーってさ。けどリヴァルがあんまりスムーズにやるもんだから楽しくなっちゃってな!」
がはは、と笑いそうなナギトをリヴァルが睨みつける。ナギトはそれを甘んじて受け入れた。実際《皇の手》で一番仕事をしているのはリヴァルだ。
「けど、マジに感謝してる。ありがとうリヴァル」
「ここ奢ってもらうだけじゃ割に合わん!」
糸が切れたらしく猛々しいリヴァルにナギトもさすがに申し訳なさが立つ。
「まあまあ………一生遊んで暮らせる額を報酬として振り込むから…………」
「《皇の手》の予算からだろーが!」
ついにはグラスをテーブルに叩きつけたリヴァル。場末のバーとは言え人もいる。注目を集めるのを構わずやるだけの鬱憤があった。
「さすがに面の皮が厚過ぎるだろ………」
クロウのぼやきも宙に消え。それからリヴァルの溜飲を下げるのに小一時間は愚痴を聞く事になった。
ようやくリヴァルの鬱憤が晴れてきた頃合いを見計らって話題を変えたのはクロウだった。
「そういや、ゼネフォードのやつはどうだ?」
「ゼネか。思ってたよりかなりいい感じ」
「いい感じ、とは?」
この話題にはリヴァルも食いついた。かつての同志であり、首魁と同じ“クロウ”という名前は印象的だった。
「強くなった。今ならクロウとも良い勝負するんじゃねぇかな」
「あいつは元からそれくらいやらなかったか?」
前の世界でクロウとゼネフォードはクロスベルで対峙した。結局はクロウが勝ったがそれも辛勝、紙一重だった。
「いやいや、本気のお前に…だよ」
言われてクロウはぴんと来た。それと同時に驚愕した。
あのクロスベルでの決戦時、まずは前哨戦として生身で戦った。その際にクロウは“デスティニーブルー”を使い騎神の力を自らに宿した。そこからは一方的だった。
ゼネフォードが意地を見せたのは第二ラウンドたる騎神戦だ。《アナザーフォース》の助力もあり、機甲兵オルディーネ・レプリカを騎神と伍するまでに高め上げていたが………
それはともかく、今ナギトが言ったのは“デスティニーブルー”を使ったクロウとも良い勝負ができるという意味だった。
「……そいつはとんでもねぇな。いったい何しやがった?」
ナギトにゼネフォードを預けてわずか3ヶ月ほど。それだけの期間に飛躍的な成長を遂げたわけとは。クロウは身を乗り出して尋ねた。
「別に。普通に教えただけだが」
しかしナギトはグラスを傾けてちびり。事もなさげに言った。
「普通に、って……何か強さに秘密があるんじゃないのか?」
興味深げに掘り下げるのはリヴァル。解放戦線時代のゼネフォードは光る物はあったが、それでも最前線で切った張ったできるような人物ではなかった。
あれから一年半経っているとは言え、常識外の実力を持つクロウに迫れるほどになるとは考え難い。
「いやー、それがホントに才能だけなのよね……あいつ。あれと比較したら俺が凡人に見えるほどの才覚。それが師匠を得て正しく成長すればこうもなるか…ってなもんで」
ゼネフォードの強さに秘密はない。単なる才能だ。それが師を得て正しい努力の仕方を知った。努力を重ねる理由もある。強くなるのは当然だった。
「お前にそこまで言わせるとはな。久しぶりに会ってみたくなる」
ゼネフォードは修行期間中はずっとレグラムにいた。リヴァルはずっと国外だ。クロウは帝国内を渡り歩く最中ちょくちょく顔を出していたが、リヴァルはクロスベルで最後に会って以来ゼネフォードと顔を合わせてはいなかった。
「だったら会うか?」
「は?」とリヴァルとクロウの声が重なった。
☆★
翌日、ナギトたちは帝都ライカ地区の帝国博物館に来ていた。
帝国における歴史や文化の象徴が集められた博物館で一般にも公開されている。が、今日は《皇の手》の権力で貸切状態だった。
職員なども僅か数名控えるのみでいつもの盛況さはない。
ナギトが目的としているのはこの博物館の地下にあった。
「なるほどな。………今の内にやっちまおうって腹かよ?」
そこに付き合っているのは昨日の飲み会のメンバーであるクロウとリヴァル。今朝方合流したゼネフォードと魔女の里からやって来たローゼリア、クロチルダ、エマ、ミリアムだった。
「話には聞いていたけれど………確かにこの瘴気は…………!」
卓越した魔女であるクロチルダはこの場に残る残穢を察知している。それはローゼリアとエマも同じだ。
「ローゼリアさん。開けますか?」
ナギトは問う。まだ正しく形を成していない空間に入る事は可能か、と。
「うむ。妾にかかれば造作もない。この場に留まる必要はあるがの」
是とローゼリアは答える。
「ナギト、そろそろ説明してくれないか」
言ったのはリヴァルだ。何が目的でこの場に来たのか把握していないのはリヴァルとゼネフォードのみだ。
「修行の総決算って言ってたけど、ここで何をするつもりだ?」
ゼネフォードはレグラムでの修行期間を経て剣士として極まりつつある。たった3ヶ月でそこまで成長したのは驚嘆に値するが、未だ《剣聖》に至れていないのも事実。
ラウラはナギトとの戦いで剣士として花開いた。ゼネフォードもまた実戦にて剣の理を見出せるか。それを測るための試練。それをもって総決算とナギトは事前に語っていた。
「暗黒竜」
ぽつりと言ったナギト。リヴァルもゼネフォードも帝国の歴史には明るい。勉強熱心なのだ。
その名前だけを聞いた途端に顔色が悪くなっていく。
「まさか………」
「さよう。この先でかの暗黒竜ゾロ=アグルーガが復活しつつある」
リヴァルの懸念を語り次いだのはローゼリア。
帝都の歴史をおよそ100年閉ざした災厄の復活。魔女の長たるローゼリアの言をもってそれは現実味を帯びる。
「その暗黒竜を斃す。今日のミッションはそれだ」
「ミッションたあ……気軽に言ってくれるじゃねえか」
軽々に語るナギトに真っ先に噛みついたのはクロウだ。クロウにはアーサー世界の記憶がある。この場に来た目的が暗黒竜だということがわかっていたのが大きい。
「まあいけるだろ。このメンツなら」
そのクロウに──否、この場の全員に向けたナギトの言葉はなおも軽い。
それだけこのメンバーに対する信頼が篤いと言えば聞こえはいいが、早い話が暗黒竜を侮っているのだ。
「待てナギト。たった7人…いやローゼリアさんがこの場に残るなら6人で……あの伝説のゾロ=アグルーガを斃す……?無茶じゃないのか」
冷静に突っ込んだのはリヴァル。ナギトのペースに惑わされずに現実を語っている。
「そこまで無茶な話じゃない。ゾロ=アグルーガも完全に復活してるわけじゃないし……かつての暗黒竜を打倒したヘクトルⅠ世は騎神を使ったらしいから、条件は当時よりいいと思う」
騎神を駆る起動者であるクロウがこちらにはいる。クロウは元の世界とアーサー世界の経験をフィードバックしていて、おそらく正史のこの時間軸のクロウより強いだろう。
ヘクトル帝との比較はできないが、大した不安要素もないはずだ。
「いやいや、ちょっと待て。修行の総決算ってことは俺がメイン張るって意味だろ…!?」
そこでさらに突っ込みを入れたのはゼネフォードだった。事前に今日が修行の総決算日だと言われていたゼネフォードは密かに気合を入れていたが、突きつけられた問題は想像を遥かに凌駕している。
「そだな。まあ俺も援護はするよ。いざとなれば俺があれの首を刎ねればいいだけだしな」
やはり、ナギトの言葉は軽い。軽々しい。伝説の暗黒竜と対峙しようと言うのに、気負う様子がまるでなかった。
「………悪いが受け入れてほしい。ここで暗黒竜ゾロ=アグルーガを討伐するのはEOS計画の成功率にも関わってくる」
少しだけ申し訳なさそうにしたナギトの意図を「なるほどな」とクロウは察した。
「《鉄血》の勢力がこいつの復活と重なって動くのを防ぎてぇわけだな?」
「そうだね。可能性としては薄いだろうけど、オズボーン勢力が暗黒竜の復活を契機として行動を始めればこっちは後手に回る。今回暗黒竜を斃すのはそれを事前に防ぐため」
要は決戦当日にオズボーン勢力と暗黒竜を同時に相手にするのは骨が折れるため、先に暗黒竜を討伐して不安要素を消しておきたいというわけだ。
暗黒竜が復活する帝都ヘイムダルはオズボーンの政治基盤でもある。ゾロ=アグルーガ利用の可能性は低いが、それでも不穏な芽は潰しておくべきだ。
ナギトの考えに理解を示したメンバーは早速暗黒竜の寝所へ侵入する事にした。
ローゼリアの魔力によって異空間に通じる扉が開かれる。
まずはゼネフォードとリヴァルが入った。続いてエマとクロチルダが。それからクロウが続こうとして、背後で足を止めたナギトを振り返った。
「ナギト、どうしたよ?」
「あー」
ナギトは後頭部をぽりぽりと掻いて申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「悪い。ちょっと用事できた。先に行っててくんね?」
「はあ?………また厄介事か?」
「まあな。そっちにも行けたら行くわ」
「そいつは行かねぇやつのセリフだろうが。………わかった。無理すんなよ」
「おう。抜かるなよクロウ」
ナギトの当然の離脱宣言にあまり深く突っ込まずにクロウは引き下がった。後ろ手を振って扉をくぐる。
「ナギト、厄介事とは……いったいなんじゃ?」
それを見ていたローゼリアが尋ねてきた。ナギトは肩を竦めて「すぐわかりますよ」と、この地下の入口に視線をやった。
「もう出て来ていいんじゃないか?」
何もないはずの虚空。そこから返答の声がした。
「やっぱり気づいてやがったか」
「あのお方が脅威と認めるだけはある、という事か」
ナギトからわずか15アージュほどの距離に姿を現したのは2人の男。
《猟兵王》ルトガー・クラウゼルと《黒のアルベリヒ》だった。