「ステルス迷彩……いやRAMDAか?」
突如として現れた2人の男。ルトガーとアルベリヒは透明になって潜伏していたのだ。
それを看破したナギトはその方法について言及したが。
「まあ何でもいいけど。……それで?……のこのこ姿を現したって事は不意打ちが目的じゃなさそうだな?」
やや挑発げに問いただすナギトに、ルトガーはにやついた笑みをアルベリヒに向けた。
ナギトの態度は自分たちを舐め腐っているものだとわかったからだ。不意打ちでもしない限り、お前たちに勝ち目はない。そういった侮りだ。
アルベリヒはそれを理解して不機嫌そうにひそめた眉を元の位置に戻した。
「フフ……そう余裕ぶっていられるのも今の内だけだ。……《猟兵王》」
「あいよ。………というわけで悪いが……《刀神》ナギト……一戦、付き合ってもらうぜ」
ルトガーが得物であるバスターグレイヴを構える。ナギトも太刀を抜いた。
「予定があるんだ。5分で切り上げるがいいかな?」
「ハッ、抜かしやがる」
影に沈むルトガーの姿。陽の光の差さぬ地下は容易に対手の姿を隠す。
「──む」
ナギトは目を細める。
そも視認し難いスピードなのだ。そこに暗がりに溶け込む技術と、
「!?」
ステルスによる迷彩があればナギトの目を欺く事は可能だった。
身を沈めたルトガーは次の瞬間には跳躍すると同時に《黒の工房》製のステルス迷彩をオン。ナギトの気配探知は欺けずとも視界にはいないという矛盾をもって動揺を誘い──重撃を叩き込んだ。
全身を走る衝撃。辛くも防いだ一撃だったが、普段とは比べるべくもなく、まともに受けてしまっていた。
「ぐっ……づぅ………!」
一撃の後ルトガーはバックステップで距離を取る。刹那の苦悶とその後の不敵な笑みを浮かべるナギトのダメージを推し量った。
「どうやら効いたみてえだな?」
「かなりな」
返す軽口にもキレがなく、ルトガーは初撃が会心の結果を引き出した事を理解する。
「工房長さんよ!」
「ああ……良くやってくれた《猟兵王》。これで……前準備は整った、というわけだ」
アルベリヒの背後に紫銀の戦術殻が出現した。ゾア=バロール。ミリアムのアガートラムやアルティナのクラウ=ソラス。それらすべての戦術殻の原型となった最高位の兵器だ。
「妾は手伝えんぞ、ナギト!」
「わかってますよ」
ローゼリアの援護は期待できず、相手は万全の《猟兵王》と《黒のアルベリヒ》。しかも初撃の余韻はナギトを苦しめている。骨もいくつか折れたかヒビが入っただろう。
滲む脂汗を深く息を吐いて誤魔化す。
静かに闘気を整えた。ルトガーはそれを見てとって目を細めたが、アルベリヒは上機嫌に語り出した。
「オズボーン閣下の読み通りだ。ナギト・カーファイ──君が今日ここを訪れるのは」
「そうかい。さすがだな」
ナギトの動きはオズボーンに読まれていたようだ。帝都内に彼の手の者がいて、その者たちによる監視があった事はわかっていたが、仕掛けてくるとは思っていなかった。
「君は警戒すべき対象だ。それは私も理解した。……ゆえに、ここで排除させてもらおう」
「できるとでも?」
余裕たっぷりに太刀を肩に担いだナギトだったが、見た目ほど余裕があるわけではない。普段のコンディションならまだしも、それだけルトガーの一撃は効いていた。
ナギトの慢心はいつしか意図したものから悪癖に変貌していたのだ。そこを突かれた。
「できるとも。君の過去の戦闘を分析した結果………、君は周辺環境の保全にも意識を割いている。この帝都地下という場所では大技も使えないだろう。その上、後ろには守るべきものもある………余裕はないはずだが……?」
アルベリヒの分析は確かなものだった。ナギトが大技を使うのは周辺に巻き込むものがない時か、そうするだけの余裕がない時だ。
今の場面では地上に住む帝都市民やローゼリア──引いてはクロウたちを守るために周りを巻き込むような戦技は出せない。
「フフ……さすがにあの剣技を出されては困ってしまうがね。ゾア=バロールも修復が済んだばかりだ」
アルベリヒが語る剣技とは“八葉一閃”の事だ。
その発動を誘われている気がするが、誘発するにしてはわざとらしい発言だった。
「腹案があると見た」
「さて、どうかな……」
化かし合いをするつもりはないらしい。アルベリヒの狙いはナギトをここで排除する事。前回の邂逅で痛い目を見せたというのに、それでも懲りずに現れたという事は勝算があるはずだ。
さてどうしたものか、とナギトが思考をまとめるより先に2人の襲撃者たちは攻勢に移った。
ルトガーの苛烈な攻撃の隙間を埋めるアルベリヒの援護。捌くだけで手一杯だ。アルベリヒは戦闘職でないと侮っていたが中々どうして良い動きをする。黒の工房長としていくつもの肉体を乗り移ってきた年月が彼に戦闘のいろはを叩き込んだのだろうと妙に納得した。
それとは別の思考ラインでナギトは戦術を選ぶ。
略式詠唱。
「我が足元に裏返れ」
肉体に刻みつけた言霊は、その発音と共に意味を成す。体内の闘気を自動で運用する術技。
「──周天・緋浴連理の陣」
緋色の結界は博物館地下の空間を呑み込んだ。
赤色のサングラスを着けたように視界が染まる。緋色の粒子が世界を包んでいるかのようだった。
「こいつは………!」
ルトガーは瞠目した。緋い光子が空間を埋め尽くしている。
「指向性のない闘気の結界か…?」
アルベリヒの見立ては正解だ。
この“緋浴連理の陣”は普段の運用とは違っている。いつもなら結界内の対象に絶え間なく斬撃を浴びせるものだが、今は結界内の闘気には何も命令されておらず、未だ役割がない状態──言わばプレーンな“緋浴連理の陣”なのだ。
この状態の陣を、ナギトは扱いが難しいとして使用していなかった。しかしこのプレーンな状態こそが“周天・緋浴連理の陣”の初期構想。誇張して言えば、この陣の中はナギトの思うがままとなる。
「緋を浴びて地に伏せよ」
空間を舞う闘気の欠片。それらに命令する。
言葉はイメージ。翳す掌も然りだ。
ルトガーとアルベリヒを重圧が襲う。背中が重く、地面に引き寄せられる。膝をついた2人に、
「刃となれ」
細かな切り傷がいくつも刻まれていく。いずれも致命のものではないが、放置すれば出血多量となるだろう。
「う、おおおおおおお!」
ルトガーは吼えると立ち上がった。一流の猟兵の証である黒い闘気が総身を包んだ。
結界はナギトの闘気で満たされている。闘気を集束させて形と成す“幻造”とは似て非なる“緋浴連理の陣”は、言わばナギトの体内だ。そこにある闘気に様々な指向性を与えて結界内部のものに影響を与える。
2人を襲った重圧も、闘気を身体にまとわりつかせて重石とし、そこに斬撃としての指向性を持たせたものであった。
ルトガーの行動は正確だ。ここがナギトの闘気による結界であり、それによって様々な事柄を起こすのなら、それは闘気をもって相殺するしかない。
「来な──ゼクトール!」
そして騎神を呼ぶ。正解だ。合理的だ。騎神に影響を及ぼせるほどの出力は“緋浴連理の陣”にない。
転移してきた《紫の騎神》。その核に吸い込まれていくルトガー。少しでも阻害しようと陣の比重をそちらに向ければアルベリヒが自由になる。
ルトガーの選択は実に合理的で。
だからこそナギトの掌上にある。
“周天・緋浴連理の陣”の扱いが難しい、とはそれを無意識で操る難易度が高い、という意味だ。今のように空間を覆う闘気の欠片たちにいちいち命令を出さなければならない。ひとつひとつ手動で操るのだから戦闘そのものに集中ができないのだ。
加えて、闘気の消費量が大きいのもある。莫大な闘気を内包するナギトであっても博物館地下を埋め尽くすには総量の約6割を消費していた。
効果の薄い騎神を相手に手負いで、しかも大火力を出せないナギトに対して、ルトガーの選択は正しい。
その正しさが誘導されたものだと理解したのは直後だった。
「我が太刀に集えよ、緋き欠片!」
“周天・緋浴連理の陣”を構成していた闘気のすべてがナギトの太刀に集束した。
確かに、周辺を巻き込むような大技は出せない。しかし範囲を絞り、対象を騎神とした一刀ならば。
「──太極威刀!」
本来は“超過式”という戦技を経て闘気を集束させた一刀だが、今回は陣の闘気を流用した。
その破壊力はナギトの戦技の中でも一、二を争う。
闘気が集束した太刀は煌々と緋く輝き、振るわれた一刀は《紫の騎神》ゼクトールを戦闘不能にした。
騎神へのダメージは起動者であるルトガーへとフィードバックされ、彼は核の中で気絶した。
大きく切り裂かれた騎神を呆然と見上げて「馬鹿な」と漏らしたのはアルベリヒだ。
騎神を一撃で倒すなどありえない。“黒”より格は落ちると言えど至宝の分け身。それを人の身でありながら打ち直すなど、あってはならない。
「挑発に乗ってやろうか?……《黒のアルベリヒ》」
現実に引き戻されたアルベリヒはナギトを見やる。アレは人なのか?益体もない思考が脳内を駆け巡り───、一歩。風のような軽やかさで肉薄したナギトに対応できたのは奇蹟だった。
「ゾア=バロール!」
太刀を振りかぶるナギトに迎撃の戦術殻。すべての触腕が縦横無尽に襲いかかる。
「八葉一閃」
無為となる。紫銀の触腕が地に落ちて、ゾア=バロールも袈裟斬りにされていた。
それだけではなく、アルベリヒ自身も前面に大きな傷ができている。
「おのれ………だが…………!」
アルベリヒには“八葉一閃”による大きな傷と共に“緋浴連理の陣”による細かな傷がいくつもある。すでに戦闘不能は必至だったが、それでも瞳には希望の色があった。
それは研究者らしからぬ欠如した冷静を顕わしている。
「刮目するがいい──ナギト・カーファイ!貴様が剣士として君臨するのも今日が最後だ!」
あるいは、研究者らしい狂喜乱舞と言ったところか。
「……………」
ナギトは黙してアルベリヒの様子を見守っている。戦闘開始直前のアルベリヒのセリフは露骨に“八葉一閃”を誘ったものだった。
“八葉一閃”はナギトの奥義。この剣技があるからこそナギトは剣士の頂点の一角として数えられる。
もしやアルベリヒはそれを破る手段を見つけたか、という懸念が発芽した。
だからナギトは生粋の戦闘者であるルトガーを排除してからアルベリヒに対して技を放ったのだ。もし仮に“八葉一閃”が無効化されたとしても、満身創痍の相手ならば通常の戦技で事足りるとして。
「見るがいい。貴様の剣技……その効果である次元の切断──それを無に帰す“次元融着”の技術を……!」
言うが早いか、切断したゾア=バロールの胴体下部と触腕が動き出し、元の位置に戻っていく。
淡い光を放ち、切ったはずのそれはゾア=バロールを完全な姿に復元した。
「これが我が《黒の工房》の────」
勝ち誇るアルベリヒだったが、それを宣言するより早く、復元されたゾア=バロールの触腕や胴体下部が地面に落ちた。
残ったゾア=バロールの胴体上部もまた間を置かず落下してぴくぴくと痙攣した後に機能停止した。
「…その、なんだ…………悪いけど俺の剣技は次元を斬るとか……そんなんじゃないんだよね……」
心底気まずそうにナギトは言う。らしくなく口をパクパクと動かして言葉が出ないアルベリヒに対してナギトは憐れみすら抱いた。見当違いの研究をしてその結果が実戦でも通用すると妄信していたのだ。
ナギトは気持ちを切り替える。侮りで痛打を受けたばかりだ。憐れみの感情は、せいぜい「かわいそ(笑)」程度のものに変貌した。
「馬鹿な……ならば何故…!貴様の剣はなんなのだ……!?」
「我が剣は世界とひとつ。………ま、お前に理解できるとは思わねーよ」
つかつか、隙だらけにナギトはアルベリヒとの距離を詰める。
「俺の奥義は、ただ太刀を振ってそこにあるものを斬るだけ。次元の切断だとか、そんなちゃちなものじゃない」
「ただ斬るだけ…!?ありえん、ゾア=バロールがいったい何でできていると──」
「──隙だらけだぜ」
実験結果と現実の相違を受け入れられないアルベリヒに対しての忠告。ほんの5歩の距離。
ハッとしてアルベリヒは逃げようと転移を起動した。
「お前は俺をナメ過ぎたな」
転移の陣が完成する、一息前にナギトはそれを斬り潰した。
「なっ……!?馬鹿な───」
その驚愕も、今は遅過ぎた。
アルベリヒの胸を太刀が貫いた。
「ぐくっ………!だが…私は…………!」
「お前は俺をナメ過ぎだ。ここで死ね《黒のアルベリヒ》」
先の言葉を繰り返し、ナギトはアルベリヒに致命の一撃を与えた。
「お前にもう復活はない。……《地精》の呪いよ、この世を去るがいい」
《黒のアルベリヒ》は個人の名前ではない。イシュメルガに取り込まれた《地精》の長の名称だ。それは《地精》の子孫に乗り移りながら、幾星霜を生きてきた。
その命脈をナギトが断った。物質も概念も等しく“八葉一閃”の切断対象。これはまさしく絶脈の一撃であった。
☆★
白枯れ草色だったアルベリヒの頭髪は群青の色を取り戻し、赤い瞳は理性を得た。
「う………ぐ、」
呻く彼にナギトは瞑目した。太刀を胸から引き抜かず“生死流転・剣全一如”によりわずかな生命エネルギーを吹き込んだ。
瀕死の状態から血流が正常化して、彼は咳き込むと同時に喀血した。
「俺はあなたを救わない」
救えない。
「遺言はありますか───フランツ・ラインフォルトさん」
《黒のアルベリヒ》が宿っていたのは《地精》の裔であるフランツ・ラインフォルト──級友アリサの実父だった。
アルベリヒの精神が消え去った事でフランツは自我を取り戻していた。
「いや………ないよ。あるはずがない………」
フランツは自身が死に頻している事を理解していた。今の猶予時間すら、ただのボーナスタイムにしか過ぎないのだと。
そして今際の際の言葉を遺さない事にした。
「アルベリヒを通して朧げながら見ていたよ……今の状況、イリーナやアリサの現在。……君の事も」
フランツはまた喀血した。夥しい量の血が吐き出されて衣装を赤く染め上げていく。
「妻や娘は私が死んだ事を受け入れて前に進んでいる。……今や言葉は不要だろう。……アルベリヒのせいでイリーナには少し可哀想な事をしたが………彼女ならきっと大丈夫だ」
フランツ・ラインフォルトはすでに故人扱いだ。爆発事故により死亡──とされていたが、実際は結社の《十三工房》の一角としての成果を還元しなかった事により《身喰らう蛇》の執行者だったクルーガーによって攻撃され、そこからは死を装って《黒のアルベリヒ》が台頭していた。
ともかく、ラインフォルトの人々はすでにフランツの死を乗り越えて生きているのだから、遺言なんてものはいらないはずだと言っているのだ。
「君が立ち向かおうしているのは…途轍もなく険しい道だ。……それでも諦める気はないんだね」
「はい。………すみません」
ナギトの謝罪は、もはやただのパフォーマンスでしかなかった。謝意こそあれど、何もしてやれる事はない。フランツをナギトは救うべき対象としていなかったのだ。
「謝る事はないさ。“黒”に紐付いた命──、例え君の計画が成功したとしても、私はそこで終わっていただろう」
「……オズボーンは俺の計画をどこまで…?」
「アルベリヒにもそこは話していなかったが………おそらくは大枠程度だろう。……安心していい……君は充分、あの御仁とやり合えている………」
息も絶え絶えになりながら、フランツはナギトの問いに答えた。それはナギトが一番知りたかった事だ。
「……それと、もうひとつ………君に……伝えなければ………ならない、ことが───」
フランツの瞳から生気が喪われつつある。瞳だけではない、全身からだ。ナギトの絶技をもってしても生命の消失には抗えない。
「…………ギリアス……オズボーン、には………穢れた……聖獣を…………弑す、る……手段が………─────」
「───わかりました。ありがとうございます」
ナギトはフランツの言葉を理解した。薄々は勘付いていたが、オズボーン勢力には穢れた大地の聖獣を弑する手段があるのだろう。
フランツはナギトの返事を聞き届けられたのか、微かに笑って瞼を落とした。その手がだらりとぶら下がり、彼の死亡を殊更に示した。
「ありがとうございます……フランツさん………」
彼もまた戦っていたのだ。《黒のアルベリヒ》という闇と。アルベリヒが仕えるイシュメルガと。家族の生きる帝国を守るために。
フランツの遺体から太刀を引き抜く。どろりと血に濡れたそれを一振りして払い落とす。鞘に納めて決意と覚悟を新たにする。
ナギトには悔恨が生まれつつあった。フランツは救わないと前もって決めていた。全部救うなどと宣いながら、そう決めていたのだ。それは実現可能性が低い事もあったが、それを言うならオズボーンの方がよっぽどだ。これは単にナギトの中でフランツの優先順位が低いからそう決めていたのだ。
だが、どうしても級友の顔がちらつく。フランツが生きていたと知ったらアリサは喜ぶだろう。それをわかっていながら、ナギトはフランツを救うべきリストから排除した。フランツの犠牲は必要経費だと割り切っていたのだ。「くそったれ」という言葉を口の中で封じ込めた。
EOS計画には微修正が必要になりそうだった。