「ナギトはどうした?」
「用事ができた、だとよ」
暗黒竜の寝所に入った一行は、メンバーであるはずのナギトの不在を確認した。
「一旦戻るか?」
「いや、先に行っててくれと言われてる」
端的に問うリヴァルに、同じように短く返すクロウ。
「ま、あいつの事だから心配は要らねえだろ。一応、後から追いかけるつもりらしいが……」
「託されたと考えるべきですね」
「信頼に応えないといけないわね」
ナギトが暗黒竜を後回しにしてでも片付けるべき用事。その事について考えを巡らせる一行であったが、あのナギトの事だから心配するだけ無駄だと割り切った。
エマとクロチルダはナギトが自分達を先行させる意味について言及し、一行の決意を固めさせる。
「クロウ、行けるな?」
クロウはゼネフォードに問いかける。自分と同じ名前の少年。ややこしいから他人と話す時はファミリーネームで呼ぶが、当人に呼びかける時は名前だ。
「はい、行きましょう。……あいつの予想を飛び越えて……結果を示す良い機会だ」
「ハッ、意気込みは充分だな。ただし…あんまり前に出過ぎるなよ?」
ゼネフォードは再度「はい」と答える。クロウはそれを聞き届けて、リィンの真似事をした。
「よし、それじゃ───暗黒竜の寝所…いっちょ攻略するとしようぜ!」
寝所の攻略は順調に進んでいた。暗黒竜が完全に復活していないせいか、瘴気の濃度も低く、徘徊する魔物の類もそこまで強力ではない。
数回の戦闘を経てクロウはゼネフォードの分析を終えつつあった。やや突出し過ぎるきらいはあるが、それを実行するだけの実力がある。
それは危うさと言うべきものだった。表現は難しいが、かつての《剣鬼》と似たものを感じる。ナギトは己の成功体験をゼネフォードになぞらせるつもりなのか、と邪推すらした。
クロウが驚いたのはもうひとつ。リヴァルの成長についてだ。貴族として、復讐者としてのリヴァルはすでに完成を見たと思っていた。その見立てはおそらく正しい。戦闘力そのものの飛躍はない。しかし、戦闘者として一段成長していた。
メンバーの援護をそつなくこなしている。そのおかげでゼネフォードは遺憾無く実力を発揮できるし、魔女たちは安心して魔法の発動に専念できている。
「腕を上げたじゃねーか、リヴァル」
「ここ数ヶ月、何度か荒事に巻き込まれたからな。《アナザーフォース》にも薫陶を受けた」
リヴァルのそれは、言わば戦況を俯瞰する視点だった。イーグルアイと表現すべきか。そこにリヴァルの得意である“狙いを通す”がマッチして、寝所の攻略は危なげなく進んでいる。
ふとゼネフォードに視線を向けると、子犬のように褒めて欲しそうな弟分と目が合った。
「お前も成長したな、クロウ。複雑な得物を難なく操って………しかもそれは八葉とアルゼイド流の合わせ技か?」
「はい!…………癪ですが、ナギトの教えは的確で……アルゼイド流のヴィクター師範からも何本かは取ってます」
「組手とは言えあの《光の剣匠》に勝つとはな。やるじゃねえか」
褒められてゼネフォードは口角が緩む。そんな場合ではないとわかっていても、憧れの人物から認められるのは嬉しいものだ。
「なかなか良いパーティなんじゃない?ゼネフォードくんの言う通り……このまま私たちだけで暗黒竜を倒しちゃいましょうか」
「姉さん……不完全とは言え相手は伝説の竜ですよ?」
からかいの色を含めて口を出したクロチルダをエマが注意する。
一段落ついたところで攻略を再開した。
☆★
一行は大過なく寝所の最奥に辿り着いた。
その手前で改めてフォーメーションを確認し、クロウはいざとなったら騎神を呼び出す旨を語った。
ナギトを待つ案も出たが、いつ合流するかも明確ではないため却下される。
一行は最奥に足を踏み入れた。
そこには暗黒竜ゾロ=アグルーガが横たわっている。
鎧の如き堅固な鱗。魔を象徴する双角。名剣もかくやという爪牙。凶悪なしなやかさの尻尾。紋様の浮かぶ剛翼。そして全身から発する瘴気。
そのすべてが闇色で、暗黒の竜という名はこれ以上ない形容だと理解させられる。
「こいつが……暗黒竜か………」
「なるほど、伝承通り…というわけね」
クロウとクロチルダはその威容に気圧されている。それはリヴァルとゼネフォードも同じだった。
「これでもまだ完全復活してないのか……」
「………あの馬鹿師匠はこいつを試験扱いしたのかよ………?」
かつて帝都ヘイムダルを死の都とした、最強最悪の幻獣。それがゾロ=アグルーガだ。
それは常ならぬ実力を持つ者にさえ畏怖を与える。
しかし─────
「ですが、恐れる事はありません!……私たちなら、あれを斃せるはずです!」
───しかし、それは足を竦ませるものではなかった。
檄を飛ばしたのはエマ。そうする事ができた理由は。
「そう……エマ、あなたは確か前の世界で暗黒竜と対峙しているのだったわね」
それはかつての世界で暗黒竜ゾロ=アグルーガと対峙した経験があったからに他ならない。
ラウラとマキアス、エリオットと共に挑んだゾロ=アグルーガはすでに復活を遂げていて、自分達だけでは滅する事は叶わなかったが、ナギトの応援によって最終的には殲滅できた。
あの時と比較すれば有利な条件が多い。大丈夫だとエマが己に言い聞かせるのは当然だった。
ゾロ=アグルーガの双眸が開いた。赤き視線は復活を邪魔する闖入者たちに向けられる。
身を起こした暗黒竜はその場で吼えた。質量すら伴う“ヴォイドハウル”。一行はそれぞれの得物を構えた。
「相手は伝説に語られる暗黒竜だ───だが、まだ完全復活ってわけじゃねえ。……ここであいつを斃してナギトを驚かせてやろうじゃねえか!」
クロウの号令をもってVS.暗黒竜ゾロ=アグルーガは開始した。
道中で立案された作戦は3パターンあった。
まずプランAとして、ゼネフォードが前に出てクロウやリヴァルは助攻、魔女2人がサポートするという形。これは、この暗黒竜戦がゼネフォードの総仕上げと称された事からのものだ。
プランBはプランAでは火力不足だった場合の作戦で、こちらはクロウ、リヴァル、ゼネフォードを前衛(盾)として、後衛のエマとクロチルダの魔法──大火力によってゾロ=アグルーガを打倒するというもの。
プランCはAとBのどちらもダメだった時に発動するもので、クロウが騎神を呼び出してケリをつける作戦になる。
「いきます!」
「おいっ!あまり───」
まずゼネフォードが駆け出した。クロウはそれを諌めようとしたが、ゾロ=アグルーガが迎撃に前腕を叩きつけたのを見て肝が冷えた。
ゼネフォードは紙一重で避けている。それだけでなく、カウンターを合わせて右前足の爪一つを抉り飛ばしていた。
「あいつはちゃんとナギトの弟子らしい」
横でリヴァルがゼネフォードの凄技に感嘆していた。大胆に、しかし冷静に。元の才覚もあるだろうが、ゼネフォードのそれは暗黒竜という強大な敵を前にしても発揮されていた。
「ああ。俺たちもいくぞリヴァル!」
ゾロ=アグルーガは痛みに喘ぎつつも懐に入り込んだ脅威を排除せんと口腔に瘴気を束ねた。
「オラよ!」
二丁拳銃に持ち替えたクロウの銃撃は正確に暗黒竜の口元を穿ち、集束しつつあった瘴気を暴発させる。
「眼を潰す」
リヴァルは剣を片手に跳躍した。
「ドライブ」
白と黒の闘気がリヴァルを中心に渦巻いた。
それは《アナザーフォース》の教えを土台に練り上げた攻防一体の嵐。
「デュアルスラスト──!」
その嵐を構成する闘気を集束させて剣にまとい、突きを放つ。黒き闘気は先鋒の刃となり、白き闘気は次鋒の槍となる。二重の衝撃がゾロ=アグルーガの左目を貫いた。
「凍らせるわ───エマ!」
「はい、姉さん!」
“カラミティブレス”の暴発と左目の喪失で地に墜ちたゾロ=アグルーガを、クロチルダとエマの協力魔法“無間氷獄”によって縫い留める。
初撃を成功させてからは陣を描いていたゼネフォードは動けないゾロ=アグルーガの胸に剣を突き刺した。峰を結合させた大剣フォームだが、鱗に僅かに突き刺ったのみだ。
「クロウさん、深く突き刺して!」
「任せな!」
ゼネフォードの指示に従ってクロウは大剣の柄尻を強く叩いた。すると大剣はゾロ=アグルーガの胸に深く突き刺さった。少なくとも鱗は貫通している。
2人はバックステップを踏んで暗黒竜から距離を取る。魔女による縛を解こうともがくゾロ=アグルーガを前にゼネフォードは戦技を発動させた。
「洸刃颯・秘陣爆錬───!」
ゼネフォードのSクラフトである“秘陣衝天”が範囲を指定するものだとしたら、“秘陣爆錬”は単体を指定するもの。
暗黒竜の体に刻まれた印が陣を描き、大剣の鋒にて炸裂する。
文字通り鱗の内側──体内での爆発にゾロ=アグルーガは絶叫した。
再び崩れ落ちる闇色の巨体。内側で爆ぜた衝撃は暗黒竜の胸部の鱗を根こそぎ弾き飛ばしていた。
「やったか?」
巻き上がった粉塵の向こうをリヴァルが覗き込む。しかし頽れた巨体は再び持ち上がっていった。
「まだです!」
「だが、確実にダメージはあるはずだ。このまま続けるぞ!」
暗黒竜ゾロ=アグルーガの咆哮。世界が揺れたと錯覚するほどのそれを前に、一行に怯むものはない。
クロウの号令に今一度応えて、戦闘は続行される。
それからも戦いはクロウらが優勢に進めていた。
暗黒竜の凄まじい生命力も、ようやく底が見えてきた。体を覆っていた鱗は剥がれ落ち、爪はボロボロで、角は折れた。翼膜は切り裂かれて、もはや空を飛ぶ事は叶わぬだろう。
もう一息だ。その確信が全員の中にあった。
ふらり、ゼネフォードの身体が揺れた。
ここまでの先頭でゼネフォードはろくに攻撃を受けていない。前衛を張る疲労はあったが、倒れるほどのものではなかったはずだ。
それを好機と見て取ったか、クロウの銃撃も魔女たちの魔法も、その被弾によるダメージを無視してゼネフォードに襲いかかった。
名刀を思わせた爪に、戦闘前の面影はない。されど人の身を壊すには過ぎたる武器である。
振り下ろされた爪は、三条の傷をつけて赤い滴りで地面を濡らした。
「───リヴァルさん?」
突き飛ばされたゼネフォードはそれで意識を覚醒させる。眼前には背中に三本の傷を負ったリヴァルがいる。庇われたのだ。
「チィ……!エマ、リヴァルを頼む!」
呆然としたゼネフォードに追撃する暗黒竜の爪撃に今度はクロウが割り込んだ。
「──ヴォーパルスレイヤー!」
ダブルセイバーを彩る輝きがゾロ=アグルーガの腕を弾き飛ばした。
「下がれクロウ!」
「クロウさん、でも……!」
「言う事聞けってんだ!───ヴィータ!」
急転直下、ピンチに陥っている。
ゼネフォードの不調は、おそらく瘴気を根源とするものだ。
まともなダメージこそ受けていないものの、掠めた攻撃はゼネフォードに裂傷を刻んでいる。そこを基点に侵食されたのだ。魔女の加護があるとは言え、肉弾戦の距離感では瘴気のシャットアウトは不可能だった。
「──ええ!彼を呼ぶのね?」
「ああ、こうなっちまったら仕方ねえ!」
クロウは騎神オルディーネに呼びかけるため、わずかに意識を逸らした。
ゾロ=アグルーガによる“カラミティブレス”。闇色の吐息を防ぐ魔女の障壁。それだけならよかった。しかし勝負を決めに来ている暗黒竜は自傷覚悟でさらに攻めた。
持ち上げた上体をそのまま叩きつける“フォールダウン”。鋭い爪に巨体の重量を加算したゾロ=アグルーガの攻撃だ。
「しまっ───」
魔法障壁が砕かれる。迫る剛爪を前に魔女は覚悟する時間すら与えられず─────、
「お待たせ」
────クロチルダを抉るはずだった爪は右腕から根こそぎ斬り飛ばされていた。
「思ったよりひでーな。どーゆー状況?」
ナギト・ウィル・カーファイが到着していた。
☆★
フランツ・ラインフォルトの最期を見届けたナギトは気絶から復帰したルトガーとローゼリアと少し話してから暗黒竜の寝所に入った。
内部のエネミーは一掃されており、スムーズに最奥まで辿り着く事ができた。
振り下ろされる右腕を斬り飛ばし、仲間たちと暗黒竜の間に割って入ると状況を問いただした。
「オーケー、了解」
クロウによる説明を聞き届けて現況の把握は終了。ゾロ=アグルーガとの睨み合いは拮抗していた。
「──来い、ゼネ!」
ゼネフォードを呼ぶ。エマとクロチルダによるリヴァルの治療に付き添っていたゼネフォードは顔を上げてナギトを見た。情けない顔をしている。
「ナギト、あいつは───」
クロウはゼネフォードの戦線復帰はもう無理だと思っていた。傷口から入り込んだ瘴気がゼネフォードを蝕み、動きを阻害している。一撃が致命となる暗黒竜を相手にできる状態ではない。
だがナギトは「大丈夫だよ」と断言した。
「あいつの不調はクロウの言う通り瘴気によるもの………傷から入り込んだ瘴気が悪さしてたんだな、僅かに眷属化してたよ」
「眷属化……!?」
それなら余計にまずいのではないか。クロウの懸念をナギトはばっさり切り捨てる。
「そう。でも眷属化はそいつと暗黒竜に繋がりができるって事だ。繋がりがあるんなら、それを斬れば事は済む」
「……………相変わらず」
軽々しく言ってのけたナギトにクロウは絶句した。その口ぶりから、すでにゼネフォードとゾロ=アグルーガの繋がりは切断しているのだろう。相変わらず凄まじい事だ。
ナギトがあごをしゃくるとゼネフォードが寄ってきた。不安を感じさせる瞳だが、それを強気で覆い隠した。
「まだ…総仕上げだとか言うつもりか」
「ああ。暗黒竜はもう満身創痍。俺とクロウがサポートする。お前が決めろ」
「でも、リヴァルさんが……」
「リヴァルなら大丈夫だ」
ナギトの断言は耳触りが良い。安心してしまいそうになる。だがリヴァルは未だ予断を許さない状況だ。
「腹ぁくくれや、クロウ。エマとヴィータがついてんだ、心配する事はねえ」
クロウも同じようにゼネフォードに語りかける。リヴァルを助けるために自分にできる事は、暗黒竜を斃す事だけだとゼネフォードは剣を構えた。
「わかりました」とゼネフォードが言ったすぐ後にゾロ=アグルーガは吼えた。これまではナギトが威圧していたから警戒して動かなかったが、それももう限界だった。
「クロウ、ちょっと足止め頼む。俺はゼネを導く」
「しゃーねえ。斃しちまっても文句言うなよ」
クロウは絶招“デスティニーブルー”を発動して暗黒竜に立ち向かっていった。
「ゼネ、教えは覚えてるか?」
ナギトは短く問う。その内容は明確でないがゼネフォードは何を聞かれているのかわかった。
「相手の防御力が高い場合の話だな」
「そうだ。相手の防御力が高い──要は“硬い”か“巧い”かで対処は変わる。今回は前者だな」
ゾロ=アグルーガは硬質な鱗による防御力でゴリ押すタイプの相手である。そういった敵への対処をゼネフォードはナギトから教えられていた。
「弱点を突く──どんな相手でも柔らかい部分はある。関節や目玉、口、臓器……それらを攻めるか、もしくは…………」
言葉を紡げないゼネフォードは、その難易度を知っている。
「硬さを無視する鋭さで攻撃するか」
だが、だからこそナギトは淡々と語った。
硬さを無視する鋭さ───、言うは易しだが、それは技巧の極地だ。
ナギトは登場の際に暗黒竜の腕を斬り飛ばしたが、あれがそうだ。力ではなく技で相手の硬度を貫く絶技。
「だけど…俺はまだ…………」
修行でもそこまではやっていない。成功した試しがない。ナギトの教導はシンプルだが、それゆえに難しい事を要求される。
「お前ならやれる。………クロスベルでクロウにやったみたいに、今度は俺を真似ろ」
あらゆる道は、先達の模倣から始まる。
“守破離”の概念がそうであるように、弟子はまず師匠の教えを守る事から始めるものだ。
しかしナギトの育成方針は違っていた。時間があるならゆっくりと育てる事もできたが、決戦までに使い物にするためにはあえて“守破離”の順番を破ってでも強くする事が求められた。
ゼネフォードが破格の才を持っている事もあり型の稽古はわずかな時間のみで、あとはアルゼイド流の道場に預けてゼネフォード自身の剣技の道へと進ませていた。
その育成は危うさを秘めたものであり、事実ゾロ=アグルーガの眷属化──マインドコントロールに意識を朦朧とさせる結果となってしまった。
「目を閉じて、唱えろ」
反論したいゼネフォードだったが、有無を言わさぬナギトにしぶしぶ受け入れる。
「我は彼、彼は我」
「………我は彼、彼は我」
唱える。これはきっと自己暗示だ。本来なら訓練して結果を出すもの。しかしゼネフォードはクロウ・アームブラストを真似るためにその精神構造すらを理解した。
今度はナギトのそれを模倣すればいい。
憧れはない。好きでもない。むしろ嫌いだ。だってお前は、俺がなりたかった / なれなかった未来の姿だから。
「──彼我一対、疎にして漏らさず」
ナギトの言葉を続けて言う。
精神を塗り替える。俺はナギト・ウィル・カーファイなのだと言い張る。その仮面を被る。役を羽織る。
ゼネフォードはナギトに成り切ろうとする思考は別のラインで、わかりやすくスイッチを設ける事にした。役に没入したとしても、すぐに戻ってこれるように。
「人格装填 : 《刀神》」
☆★
「クロウ!」
呼ぶ声にクロウは振り返る。叫んだのはナギト──ではない、ゼネフォードだ。その姿を幻視するほどに佇まいがそっくりだった。
「なるほど、あの時の───っと!」
暗黒竜のブレスをダブルセイバーを回転させて散らす。
ゼネフォードの横に並び立った。
「もういけるか?」
「ああ。露払い、任せていいか?」
口調までナギトにそっくりだ。視界の端ではゼネフォードからは見えない角度にナギトがいて肩を竦めている。どうやら想定以上の仕上がりらしい。
「任せとけよ。トドメは頼むぜ?」
「おうともよ」
ふたりは合図もなしに駆け出した。弾かれたように左右に分かれて暗黒竜を撹乱する。
放たれた吐息を躱し、振り下ろされる爪を避ける。
肉薄した2人に“フォールダウン”を実行した暗黒竜だったが、片腕を失っては威力も半減だ。
クロウによってそれは受け止められる。
「今だ────!」
暗黒竜の懐に入り込むゼネフォードは居合の構え。それが抜き放たれるより早く、ゾロ=アグルーガが死力を振り絞った。
暗闇が開く。惑星すらも飲み込む暗黒の孔。ロストアーツに数えられる超級の魔法“ロスト・ジェネシス”。
「ッ──────」
その名を呼ぶべきか、あるいは集中を切らさぬよう“ナギト”と呼ぶべきか、クロウの集中は刹那途切れ────、ゼネフォードもまた予想を上回る暗黒竜の仕掛けに目を見開いた。
一筋の光が奔った。ナギトの太刀“明星村正”だ。それは開いた暗黒の孔を斬り裂き霧散させる。
「振り返るな、前を向け!」
暗黒竜の悪足掻きを破却するナギトのサポートであった。
ゼネフォードは剣を振り抜いた。
「神威残月────!」
鞘走った斬撃は神速に至り、それは慮外の鋭刃となって暗黒竜の首を落とした。
暗黒竜ゾロ=アグルーガの最期である。
「人格排出 : 《刀神》」
ゼネフォードはゾロ=アグルーガの屍体が霧散して消え去るのを見届けて仮面を脱いだ。
☆★
暗黒竜の寝所がほどける。
一行は気づくと博物館の地下に戻って来ていた。
「戻ったか!………皆が皆無事というわけじゃなさそうじゃな」
一行の帰還を喜ぶローゼリアだったが、倒れ伏したリヴァルを見て表情を険しくした。
暗黒竜の瘴気も消え、エマとクロチルダの治療もあって命に別条はなさそうだが、それでも浅くはない傷だ。
リヴァルを病院に運び、意識が戻るまでの間、待合室の一角で固まった。
「リヴァルさん………」
ゼネフォードは苦渋の表情でつぶやいた。自分を庇ったせいで傷ついたのだ。
「おい、あんまり思い詰めるなよ」
「クロウさん……」
クロウの励ましで顔を上げたゼネフォードだったが、
「いや気にしろ。お前のせいだぞゼネ。反省しろ」
ナギトが刺す。ゼネフォードは無言で受け取った。さすがに言い返す気力はなかった。
クロウはそれを咎めようとも思ったが、これはある種師弟の問題だと思い直して口を噤んだ。
「まあ……暗黒竜の影響も最早ない。そこまでの心配は不要じゃろう」
「ええ。それでも1ヶ月は安静にしておくべきでしょうが……」
そこでリヴァルの容体を診ていたローゼリアとエマが意見を挟む。
「1ヶ月となると……決戦には間に合いそうにないわね。計画に支障はないのかしら?」
「リヴァルの仕事は残ってねえのか?あるなら俺が請け負うが」
クロチルダが議論を先に進めてクロウはナギトに問いかける。
「いや、あいつの役目は終わってる。幸いと言うべきか、望外の結果を出してくれたおかげで戦力は充分だし、そういった意味でマイナスはない」
メンバーに睨まれる。ナギトの言い草には酷いものがあった。
「戦力としての不足はないって意味な。リヴァルが離脱したとしても、間も無くエステルやロイドといった面々が帝国入りする。………決戦に臨むための戦力は足りてる」
ナギトは言い分を補強する。リヴァルの働きのおかげでエステルらリベール組やロイドらクロスベル組に協力は取り付けられている。
戦力的にはリヴァルが抜けた所で痛手はない。
友人としての心痛はあるが、それは捨て置く。
「………色々あったけど暗黒竜討伐は完了だな。みんな、ありがとう。お疲れ様だった」
リヴァルについての話題は分が悪いため打ち切った。
それからしばらくしてリヴァルが目を覚ましたと聞き、回復にはやはり1ヶ月以上かかるという診断が下された。
魔女たちと別れて夕暮れ時の帝都を歩く男3人。
「結局、ゼネフォードの修行の総仕上げってのはなんだったんだ?」
論題を提供したのはクロウだ。名前ではなく姓で呼ばれた事にほんの少し物悲しさを覚えるゼネフォードだったが、口は挟まない。
「んー、まあ……ゼネがどんだけやれるかって所だな。見た感じ悪くなさそうかな。後で直々に確認するつもりだけど」
「直々にって、お前……今日くらいは休ませてやれよ」
「見れてない部分もあるしな。大体はわかるし、最後のアレがあるなら信用もできるけどね。まぁ明日以降だな」
ナギトはゾロ=アグルーガの体の内外にこびりついていたゼネフォードの闘気を感知していた。それでゼネフォードの活躍は理解できたが、最初から最後までそれを見ていたわけではない。
「出来次第じゃ予定より重要な役目を任せられるだろ」
「重要な役目?」
ナギトとクロウはゼネフォードを間に挟んで会話している。なんと居心地の悪い事か。絶妙な表情のまま歩を進める。
「ミリアムとアルティナの護衛」
それはある意味で最重要だったはずだ。終末の剣と成り得る存在であるOzシリーズの娘たち。その身柄の安全はEOS計画の中でも重要事項のひとつ。決戦当日はその2人の護衛にオーレリアをつける予定だった。
「それは………」
アーサー世界の記憶持ちであるクロウは殊更に2人の安全の重要性を理解している。
「俺でいいのか……?」
これには堪らずゼネフォードは無言の姿勢を崩した。ゼネフォードはナギトからEOS計画の詳細を聞いてはいない。大まかな流れはクロスベルで出会った際にクロウやゼロ等と共に聞かされたが、その後のナギトがゼネフォードに共有しなかった事や計画の修正などがあり、今やその輪郭程度しかわからないのが現状だ。
「お前が適任だ、ゼネ」
ここでナギトは少し悩んだ。
フランツから聞かされた。オズボーンは終末の剣なくして女神の聖獣を弑する手段があると。これはミリアムやアルティナを剣と化す必要性の低下であり、それだけ優先順位が下がった事を意味する。
それを言うべきかどうか。ゼネフォードを奮い立たせるなら言わない方がいい。ゼネフォードの不安を取り除くなら言った方がいい。
2秒ほど思考して言わない事にしたナギト。この事実を後にクロウに打ち明けて少しお叱りを受けたのだが、それはまた別の話である。
決戦の日まで刻々と時間は過ぎていく。