七曜暦1206年7月上旬。
エレボニア帝国、帝都ヘイムダルに英雄たちが集結していた。
エステル・ブライトはじめ、かつてのリベールの異変───結社《身喰らう蛇》の《福音計画》により出現したリベル=アーク、そして《輝く環》の事件を解決した遊撃士とその協力者たち。
ロイド・バニングスを中心とするクロスベル警察の者たち。《福音計画》に続く《身喰らう蛇》の《幻焔計画》──その前半部分である幻の至宝《虚ろなる神》を再現しようとした錬金術師の野心が起こしたクロスベル独立国事件を解決した者たち。
それに加えて七曜教会の秘密部隊である《星杯騎士団》からはそのトップである12人の騎士の内4人が帝国入りしている。Ⅶ組所属のガイウスは言わずもがな、第二位《匣使い》、第五位《千の護り手》、第九位《蒼の聖典》。
さらにはここ数ヶ月間でクロウが帝国中を駆けずり回って協力を取り付けたトールズ卒業生の代表者たち。
壮観。そう言って過言ではない光景であった。
ナギトは瞑目する。かつて憧れた英雄たち。今は共に生きる英雄たち。そしていつかは未来を築く仲間たち。
それが一堂に会している。なんとも胸踊る光景ではないか。
「………これをあいつにも見せられたらな……」
ナギトの後悔は空に溶けていく。きっとこの後悔は一生付きまとうだろう。ある意味でナギトにとって最も大切な者を失った。
それはナギトが望んだ事で、彼は快諾してくれた。
それでも、この後悔は一生だ。
でも。だからこそ。ナギトは望む未来のために全霊を捧げなくてはならない。
犠牲になった者たちのために、歩みを止めるわけにはいかないのだ。
「ふっ……」
ナギトは自嘲した。これは危険な考えだ。しかし犠牲に応える意志なくして人類が前に進める道理はない。先人の積み上げたものから知を得て、後に続くものたちのために知を残す。それが人の在り方、人の歴史だ。
ナギトは一歩、前に出た。
「よくぞ集まってくれた、世界に名立たる英雄たちよ!」
声を張る。彼ら彼女らの視線がナギトを向いた。談笑ムードから一変して、この会の主催者が何を言うのか見定めるような、そんな視線を一身に受ける。
「初めての人は初めまして。それ以外の人はこんにちは。ナギト・ウィル・カーファイです」
活動を再開した遊撃士協会帝都支部に集った英雄たちに向けた挨拶。決して広くはない空間に20人以上が集まっていた。否が応でも背筋に冷たいものを感じる。
「知ってるぞー」
「うるせぇ、茶々入れんなクロウ!」
階下でのクロウの野次。ありがたい。少しだけ緊張はほぐれて。
「えー、今回、皆様に集まっていただいたのは他でもありません。未だかつてない規模で始まらんとする世界規模の戦争………それを未然に防ぐためです」
この場に集まった面々はすでにある程度の事情は聞いているはずだ。
リヴァルが繋いだ世界各国。それにナギトの知り合いの繋がり。それらのネットワークを通じて。
「敵の首魁は《鉄血宰相》ギリアス・オズボーン。彼が超常の力を以って世界大戦を引き起こすその前に、我々で止める。《鉄血宰相》の野望を打ち砕くのです」
イシュメルガについては伏せる。詳しい事情を話せばグダるし、混乱を呼ぶ事にもなる。
「そのために私と仲間たちは準備をしてきました。世界大戦を防ぐ準備を。皆さんに集まってもらったのもその一環です」
台本はない。
まあ何とかなるっしょ!の精神で始めたが、今やそれも怪しい。
しかし、伝えたい事は決まっている。
「どうか力を貸してください。世界を終わらせないために」
リアクションを待つ。これにはサクラを仕込むまでもなかった。
「当ったり前じゃない!これは誰にとっても他人事じゃない……世界を守るために、微力ながら加勢させてもらうわ!」
勢い良く言ったのはエステル・ブライト。太陽のような君。その背後ではヨシュアやシェラザード、アガットらがうんうんと頷いている。
「俺たちも同じだ………。より良い未来を築くため…世界を終わらせる…なんてさせやしない!協力させてもらうよ、ナギト」
続けて言ったのはロイド・バニングス。不屈の捜査官。傍にいるエリィやティオたちはそんなロイドを自慢げに胸を張っている。
「ありが──っ」
「そうだ──っ」
ナギトと声が被ったのはパトリック。クロウが声をかけて集まったトールズ卒業生の代表者のひとりだ。
「タイミング悪ぃよパトリック………で、なに?」
ある意味では最高のタイミングだった。半ニヤケ面でナギトはパトリックに話を振る。
「〜〜っ、君というやつは……!……まあいい」
「ごほん」と仕切り直したパトリックは言いかけた事を紡ぎ直す。
「ここにいる顔ぶれを見ればわかる。世界を守るために、世界中の有志が立ち上がっている。もちろんここにいる面々だけではない、我々には多くの仲間がいる。その力を結集すれば必ずや勝てるはずだ!」
言い切ったパトリックは先の事もあり、ややばつが悪そうにして赤面しながら引っ込んでいく。
「ありがとうパトリック。おかげで俺の言う事がなくなっちまったよ」
友人の気安いやり取りに集った面々は笑ってくれた。
「まあ、みんなが言ってくれた通りで……これは全員が当事者だ。これは世界を守る戦いである。……実際に戦う力を持つ者も、そうでない者も、その手を携えて事に挑む………」
武力だけが力ではない。作戦を考える知力もそう。導力ネットに精通しているのも立派な力で。民衆の声なんて国家を動かす最強の力だ。
「すべては世界を終わらせないために。今ある世界を明日に繋げていくために」
握り拳を掲げる。決意の表明。未来を掴む意思表示。
「今日の目的は顔合わせと決起集会だ。饗応の用意もある……飲んで食らって英気を養ってほしい」
杯を手に取って掲げた。グラスには赤い液体。値の張るワインだ。集った者たちの手にもそれぞれのドリンクがあった。
「光ある未来のために───。乾杯!」
「「「乾杯!」」」と声が重なった。
それはきっと皆の決意がひとつになった瞬間でもあった。
☆★
帝都ヘイムダルの西方にある遊撃士協会支部の建物は決して大きいものではない。そこに20人以上がひしめいている。
ナギトが顔合わせと言ったのもあってか、集まった面々は熱心に交流を図っている。
ナギトはクロウらに演説についてひとしきり揶揄われた後、決起集会の参加者たちに声をかけに行く事にした。
「よう、エステル」
栗色のツインテールが揺れる活発な少女。異例のスピードで出世してB級遊撃士になったリベール遊撃士若手のエースだ。
《皇の手》の権力で帝国における遊撃士協会の活動が再開されたため正規の手順で帝国入りしてもらう事ができていた。
「あっ、ナギト……その、お久しぶりね」
微妙に気まずい雰囲気を醸すのは、前の世界での帝国とリベールの戦争におけるナギトの立ち回りに由来する。
ナギトは帝国からの旅行者のくせに国防に関わり、侵略してきたエレボニア軍人を殺めた。
エステルは民間人の保護を第一とする遊撃士協会の理念に則り、人命優先で動いた。
そのアクションの差が2人の蟠りとなっているのだ。
これについてはアーサー世界では解消されたが、この世界では未だ解決せざる問題だった。
「ああ……久しぶりだ。さっきは助かったぜ。返事がなかったらどうしようかと思ってたとこだったんだ」
演説における聴衆への呼びかけ。それにいの一番に反応したのはエステルだった。ナギトはそれがとても心強かった。
「あはは、いいのいいの。あたしはただ思った事を言っただけなんだから」
「それでも……ありがとうだ。さすがの肝っ玉だったぜ」
にやり、とサムズアップしたナギトにエステルは嘆息。隣にいたヨシュアやオリヴァルトは目を見合わせて肩を竦めた。
「肝っ玉ってねえ……年頃の乙女に使う言葉じゃないでしょ」
「まあまあエステル……彼も場を和まそうとしただけだから……」
エステルは「わかってるわよ」と返事する。ナギトの不器用過ぎるやり方にはため息が出てしまった。
「ナギト、前の世界の事を今さらどうこう言うつもりはないわ。今はあたしも納得してる。あれはただの役割分担だった、って。………今回もそのつもりなんでしょ?」
やれやれと言わんばかりにエステルはナギトの思考を見透かした。
「ああ、役割分担だ。俺は千の人を救うから、お前たちは俺が取りこぼした百の人を救ってくれ」
ナギトは今や権力者だ。立ち回り次第ではより多くの人を助けられる。だが、その手が大きくほどに指の隙間から滑り落ちていくものも多くなる。
エステルたちに求めるのは、大きくなった指の隙間から取り落とされたものを掬う役目。
軍と遊撃士の協力関係の深いリベール遊撃士なら慣れた仕事のはずだった。
「ええ、任されたわ。クローゼやジンさんはいないけど、懐かしいメンバーも揃ったし、きっと何とかしてみせるわ」
リベールからやって来たメンバーは、かつての異変を乗り越えた顔ぶれがある程度は揃っている。王太女たるクローゼや共和国人であるジンはいないが、その代わりにレンやリシャールがこの場には来ていた。何とも心強い面々である。
それからいくつか言葉を交わしてからナギトはエステルたちから離れた。次はロイドらクロスベル組と話しに行く。
ナギトの接近を見てとったロイドは手を挙げて「やあ」と迎え入れる。
「久しぶりだな、ナギト。さっきの演説、良かったよ」
「良かったよ(笑)じゃない?」
さんざんクロウやゼネフォードに笑われた後だ。オフモードのナギトを知っている連中からすれば誰あれ?(笑)な状態であり、今後も擦られる事だろう。
「ハハ……そんな事はないさ。感動したよ」
「光ある未来のために!」
ナギトは持っていたグラスを掲げた。真面目腐った顔で先ほどの再現だ。
「自分からネタにしてるじゃない………」
呆れた顔をしたのはワジだった。守護騎士のひとりで、今は教会連中から離れてクロスベル組と談笑していた。
オチがついたところでグラスをかちんとぶつけ合った。
ロイドらクロスベル組は大半の者が指名手配されていたが、これもまた《皇の手》の権力によって解除されていた。ここは揉めるかと思っていたナギトだったが、指名手配の解除はすんなりといった。オズボーンやルーファスの抵抗がなかったのだ。奇妙な話である。
その事について会話していたはずだったが。
「あなた、評判悪いわよ」
突然の罵倒にナギトは片眉をつり上げた。促されるままにエリィは続けた。
「権力を濫用してるって専らの噂よ」
「うーん、まあ……事実だな」
ナギトは権力の濫用をあっさりと肯定した。皇帝を後ろ盾に《皇の手》となって以来、ナギトの専横は極まりつつある。
「………なるほど。無責任な事だ」
グラスを傾けて液体を嚥下しつつ、アリオスは得心がいったように笑んだ。
「………どういう事ですか?」
もちろんそれだけでわかる者は少ない。それは若き俊英であるティオもそうだった。
「ウィルは身の丈以上の権力を求めるような男ではない。……今の《皇の手》の座に収まっておくのは今回の件が終わるまでだろう」
「つまり罷免されるのが目的ってわけか」
アリオスの補足で察したのはロイドだった。さすがに論理の組み立てが早い。
ナギトが権力の座にいるのはオズボーンに対抗するためだ。だが順当に権力を使って抗するだけではオズボーンには敵わないし、過度な権力を行使するのは彼と拮抗するため──というのが主目的だが。
副目的はアリオスが言った通りだ。
権力の過剰行使によって自らの評判を落とし、事件解決の後は世論に押される形で《皇の手》の座を降りてただのナギト・カーファイへと戻る。
それがナギトの密かな狙いなのだ。
柔らかくウインクしたナギトにロイドは嘆息した。
「まあ……それも君の本気の証だと捉えておくさ。それで……本気のナギトは俺たちに何を望むんだ………決戦における俺たちの役目は?」
実を言えば、ロイドたちの役割は決まっていない。これはエステルたちにも言える事だが、これ、という動きを決めるのは強みにもなるが、エステルやロイドたちは事前にアクションを定めていない方が臨機応変に動けていいだろう。そういった事が得意な面々でもある。
「これまで通りでいい。クロスベル警察特務支援課として、これまで数多の事件に臨んできたようにそうしてくれ」
「それはつまり……自由にやれって事か?」
格好つけて言ったつもりだが、ロイドの要約にそのメッキを剥がされてばつが悪いナギトは頬を掻いた。
「そうだな。状況によっては指示を出すかもしれんが」
そんな感じで、クロスベル組との話は終わった。
☆★
「ナギト………お疲れのようだな」
リベール組、クロスベル組、守護騎士たち、トールズ卒業生への挨拶回りを終えたナギトは休憩用にあつらえた一室のソファに腰掛けていた。
そのナギトにソフトドリンクを手渡したのはパトリックだった。
「ああ、サンキュ。……意外と疲れるもんだな。………これ系はお前、強そうだな」
パトリックは四大名門ハイアームズ侯爵家で生まれ育った。こういったパーティも慣れたものだろう。「そうだな」とあっさり返事をされて言葉に詰まった。
「しかし……似合わない事をしたものだ。君が権力を握るとはな」
「俺のイメージってそんな感じか?」
「まあな。ふらふらと渡り歩いてはしたり顔で説教して、それから冗談で煙に巻くのが君だ」
「………すっげー馬鹿にされてる気がする」
パトリックは「ふっ」と笑んだ。ナギトもつられて笑う。パトリックによるナギト評は何とも的を射たものだった。
「それでナギト…………君は僕たちに何をさせる気だ?」
それはさっきエステルやロイドとも話した、決戦における役割についてだった。
パトリックらトールズ卒業生の運用についてはある程度考えてはいた。
「オズボーン勢力の出方にもよるが……たぶん俺の私兵みたいな感じになると思う」
「ふむ、君の私兵か………まあいいだろう。それから?」
「事が帝都周辺で起きれば戦力として。帝国各地で起きた場合は……散って英雄たちを先導してもらいたい」
「英雄たち……今日ここに集まった面々の事か」
「それ以外もだな。トールズ卒業生ならエレボニア各地の土地勘もあるだろ。そこを見込んでる」
「うむ、了解した。しばらくは帝都周辺に留まっておくとしよう」
パトリックはトールズ時代の印象とは異なり、とても落ち着いた雰囲気である。有力貴族の子息らしくなってきた、という事なのだろう。
それもあってか統率力も相応だ。ナギトの想定を上回る結果を出してくれる期待感があった。
実はこのパトリックを《皇の手》に加える考えもあった。が、すでに四大名門の当主であるミルディーヌが第二指である事から断念した。さすがに皇帝の代理人扱いの《皇の手》の構成員が貴族に寄り過ぎるからだ。
「よし……では名前を決めなくてはならないな」
唐突に言い出したパトリックに「名前?」と聞き返す。
「そうだ。僕たちトールズ卒業生をいち部隊として運用するならそれなりの名前が必要だろう?」
「あー、お前…そういうの好きだよな。内戦の時も“騎士団”とかって」
「わざわざ掘り返さなくてもいい!……トールズ卒業生、という名称ではトールズ士官学院に迷惑がかかる可能性もあるしな」
パトリックの提案はただの格好つけではなく、道理に適ったものだった。
「なるほどね。……ん?俺が名前考えるの?」
「君以上の適任がいるか」
断言されてしまい、ナギトはしばし考える。
「一角獣……ユニコーン部隊ってのはどうだ?」
「一応、由来を聞いておこうか」
ナギトが捻り出した案を疑わしげにパトリックは精査する気でいる。やはりある程度は格好をつけないと士気も上がらない。
「エレボニアの紋章は“黄金の軍馬”。トールズの紋章は“有角の獅子”」
「なるほどな………それで有角の馬であるユニコーンというわけか」
パトリックも納得して部隊名が決定しかけたが。
「ん?……そういえばユニコーンは…………」
「あっ、アストライアの校章か……こりゃなしだな」
聖アストライア女学院はエリゼやアルフィンの通う教育施設だ。この学院はユニコーンを紋章としていた。それを同じ紋章を掲げるわけにはいかない。
これにはナギトとパトリックも顔を見合わせてなしとなった。
それからもナギトはうんうん唸りながら名前を考える。いくらか経って、
「獬豸……獬豸部隊はどうか」
「どうか、と言われてもな。……カイチというのはなんだ?」
「獬豸ってのは東方に伝わる瑞獣でな、四足に角を生やしたイメージの獣だ」
「ふむ……ユニコーンに近いわけか」
「正邪を見抜き、悪を穿つ一角の瑞獣…ってわけだが………どうすか?」
「君にしては悪くないセンスだ。ではトールズ卒業生の一団は“獬豸部隊”で決定だな」
決定した。一瞬バイコーン部隊という名前が過ぎったが、こちらは女子ウケが悪そうなのでやめておいた。正解だったようだ。
斯くして、英雄たちはここに集った。
それは否応なしに決戦が近い事を各々に意識させる。
それでもきっと、やり遂げられる。仲間たちと一緒なら。結んだ縁が絆へと開花し、それは未来を彩るだろう。
「見ててくれ………俺たち。ハッピーエンドの、その先を───」
パトリックのいなくなった休憩室で、ナギトは虚空に手を伸ばした。それは未来を掴み取る決意にして覚悟である。
計画のために消えた特異点の本質。化身と呼んだ彼の追悼でもあった。