自由行動日がやってきた。
第Ⅱの教官となってから初めての自由行動日だ。生徒の時とは違い完全なる自由とはいかないものの、抱えていた仕事も昨日のうちに終わらせていたナギトはこの日を満喫していた。
その午前だった。懐のARCUSが着信を報せる。
「はい、カーファイですが」
「私だ」
「分校長。お疲れ様です」
通信相手は第Ⅱ分校長たるオーレリアだった。昨夜のアーサーとのやり合いを思えば当然の事だった。
「ご苦労様だ、カーファイ。少し話したい事がある。分校長室に来てくれ」
「わかりました。今から向かいます」
オーレリアは手短に要件を伝える。ナギトも二つ返事でOKしたが、行きたくない気持ちでいっぱいだ。しかしオーレリアからの誘いを断るわけにもいかず分校長室に向かった。
「──失礼します」
ノックした後、分校長室に入室する。
「来たか、カーファイ。いま茶を煎れたところだ。そこで待つが良い」
オーレリアは応接用のソファに視線をやった。ナギトがソファに座って少し待つと、目の前に湯呑みに注がれた茶が差し出された。
「……東方の茶ですか。珍しいですね」
「ああ。茶道部の生徒たちからの差し入れだ。そなたを呼び出した事だし、共にどうかと思ってな」
「ありがとうございます」と低頭したナギト。次に頭を上げて見たのは凛としたオーレリアの姿。
「では本題だ」とオーレリアは切り出す。まだ茶に手もつけていない内に、気の早い事だ。
「昨夜は我が愚弟が面倒をかけたようですまなかったな」
やはりその話か、とナギトは苦笑しつつ茶を飲む。放置はまだしも貼り紙はやり過ぎたかな、と反省する。
「誰にやられたのか言わなかったが、今この学院であやつを完封できるとしたら私かそなたくらいのものかと思ってな」
「いやー、たはは………」
後頭部を掻いて誤魔化そうとするナギトに、「別に責めているわけではない」とオーレリアは言った。
「身内としては恥ずかしい限りなのだが、私にはアーサーの考えが読めなんだ。…幼少の頃より剣に励み、武者修行の旅に出たかと思えば、狙いすましたようなタイミングで帝国に戻ってきた………しかもアーティファクトをひっさげて、だ。カーファイよ、そなたはアーサーをどう思っている?」
その問いにナギトは瞑目する。内戦から続く凪──すなわちⅡからⅢへのインターバルは終わった。
オーレリア・ルグィンの弟がそんなタイミングで帝国に帰ってきた意味とは?
すでにナギトの内には確信に似た推測が渦巻いている。しかし、それを説明しても理解はできないだろう。
であるなら、きちんとこの世界のルールに則った意見を出すべきだ。
「アーサーは───アルトリウス・ルグィンは特別です。あいつはずっと来るべき時のために用意していた……。おそらくは今がその時だと踏んだんでしょう」
抽象的だったが踏み込んだ意見だったかも、と言い終えてから思った。気まずさを誤魔化すように茶を再度嚥下した。
ナギトの言葉の意味は、アーサーが幼少の頃から世界がこうなると見越して動いていた、という事に他ならないからだ。案の定、オーレリアは「馬鹿な」と目を瞠った。
「いや……しかし、そうであれば、これまでの行動に納得できる。……ありえぬ、と断じていた可能性だが、そなたもそう考えたとなれば真実味は増してきたか」
あごに手を当ててつぶやくように言うオーレリア。
「もしこの仮説が正しければ、我が弟はとんだ怪物だな」
低く笑いながら言うオーレリアにナギトは「そうですね」と返す。
アーサーが幼少から剣に打ち込んだのも、各国を渡り歩いたのも、すべてはこの展開を読んでいて、これから歴史に介入しようというなら、それはギリアス・オズボーンを超える傑物だ。
ギリアス・オズボーンでさえ、自らを駒とし、策を弄し、人を動かして世界といつ盤面をここまで導いたのに、アーサーはそれすら読んでいた事になるのだ。
「アーサーが何者であるにせよ、今後この第Ⅱが巻き込まれていく事は間違いないでしょう。ギリアス・オズボーンの言う激動の時代に」
「激動の時代、か………《鉄血宰相》殿から聞く言葉ではあるが…………、カーファイ、そなたはそれをどう捉えている?」
話題が一転、アーサーから激動の時代についてシフトしたのと同時に、僅かにオーレリアの雰囲気がピリついたのをナギトは察した。
質問の意図を感じ取ったナギトはニヤリと笑ってから答えた。
「この非才の身で考えられる可能性は3つです」
ぴっ、と指を3本立てる。
「ひとつ目、“表”での大事。……共和国への侵攻が妥当ですかね。否応なしに帝国全土が巻き込まれる事になるでしょう」
指を1本折る。
「2つ目、“裏”での大事。一年半前の内戦でギリアス・オズボーンは結社《身喰らう蛇》を的に回した……ノーザンブリアの併合によって帝国近辺にやつらが潜める場所はなくなった。……近々オズボーンと結社はやり合うんじゃないですかね。場合によっては教会が介入してくる可能性もあります」
また指を折る。立てられた指は残るところ1本になっていた。
「3つ目、“表と裏”──そのどちらをも巻き込んだ何らかの作戦を展開する可能性。これはあまりにも多くの敵をつくる選択肢ですが……ギリアス・オズボーンならやりかねませんね」
言い終えたナギトは「以上です」と締めた。それから肩をすくめたが、それはオーレリアも同じだった。
やれやれ、と言わんばかりに息を吐いたオーレリアはナギトを見据えた。
「そなた、今の問いかけの意図に気づいた上で答えたな?」
「ええ。………敵か味方かはっきりさせたいなら、はっきりとそう尋ねるがよろしい」
先程の問いかけの意図とは、すなわたナギトがオズボーンの敵であるか否か、だ。しかし問いかけの意図を理解してでの言葉では答えにならない。
突如として現れた己と比肩するほどの剣士。オーレリアは簡単に在籍を許したが、その理由は身近な場所での監視であった。
それに加えナギトは「敵か味方かはっきりさせたいなら」と言った。その敵か味方か、とはオズボーンではなくオーレリアにとっての話だ。
もしかするとナギトは自分の背後関係すら見抜いているのかもしれない……と慧眼に舌を巻く思いをした。
が、内心の冷や汗を表情には出さずに、
「ほう、味方か……それは何を言っている?」
と逆にナギトの考えを引き出すべく動いた。
ナギトはふっと笑うと背もたれに体重を預けて言う。「貴族ですよ」と。
「オーレリア・ルグィン伯爵。あなたは貴族だ。ならば貴族勢力に身を置いていると考えるのが自然だ。……オズボーンに敵対するつもりの組織だとすれば、四大名門を筆頭にした大きなものである可能性が高い。その主要人物の内、少なくとも3人は信頼できる。……俺もオズボーンの事は味方とは思っていません。言わば、あなた方と敵は同じという事です」
「敵の敵は味方、というやつか。……ふむ、その口ぶりだと、そなたはそのどちらにも属さぬ第三勢力のようだな?…そして信頼できる3人とはアルバレア公代理にログナー候の一人娘……あとはハイアームズ候の三男坊といったところかな?」
「フフ」と笑いながらオーレリアは茶を啜った。今度はナギトが驚かされる番だった。
「何故その3人を信頼できると断言したか……それとシュバルツァーへの異常とも言える親愛と信頼……それこそがそなたの正体を紐解く鍵となりそうかな?」
これは参った、とナギトは手をひらひらと振って降参の意を示す。
「いや鋭い。さすがは我が恩師」
ナギトの正体を知り得る事は誰にも不可能であると考えてしかるべき事案だ。第一、並行世界から来たなど、本人が白状しても信じられぬ話だろう。
ナギトのユーシス、アンゼリカ、パトリックへの信頼は元々の世界で築かれたものだ。
この世界の彼らはナギトの事など知りもしない。が、知りもしない人物からの信頼を得ているという矛盾。
この謎を解けるとすれば、それこそアーサーくらいのものだろう。これはアーサーが頭脳明晰というわけではなく、“ナギトは並行世界の人物である”という突飛な発想ができる可能性のある者、という意味だ。
“我が恩師”とわけのわからない呼び方をされたオーレリアだったが、これが重大なヒントであると確信を得つつも、今は解き明かせないと判断して無視する事にした。
「論理的に考えたまでだ。そなたが信頼を置くシュバルツァーと3人の共通点はトールズ本校。それに…そなたはまるであの内戦を体験したかのように語る。あの渦中にいたかのように。しかし、そなたほどの者があの内戦に関わっていたのなら、その名が広まっていないのもまたおかしな話だ。つまり、そなたは内戦を深く知る立場でありながら、その力を振るわなかったと推測できる。そして先程挙げた3人の名前……それらの点はひとつの形を導き出す。───トールズ士官学院だ」
鋭いにも程があるだろう、とナギトは微苦笑する。確かに論理で突き詰めていけばナギトの正体はそうなる。
内戦を深く知るトールズ士官学院の関係者。
真実と異なるのは、ナギト自身も内戦に深く関わっていたという一点のみ。それも元々の世界での出来事なのだからオーレリアは知る由もないのだが。
だから返答はこうだ。
「正解でもあり、不正解でもある」
オーレリアは興味深げに「ほう、そうか」と漏らすも、その話題は一旦取り下げた。
「では、そなたは第三勢力の所属という事で良いのだな?」
そう問われ、ナギトはニッコリ────否、ニヤリと笑う。
「いいえ、オーレリア分校長。俺はトールズ第Ⅱ分校の所属ですよ」
そして、そう言ってのけた。
それを聞いたオーレリアはと言うと、予想の斜め上からの返答にきょとんとした後、「これは愉快だ」と大笑した。
くく、と笑いを噛み殺しながらオーレリアは頷いてみせる。
「そうかそうか……そなたはトールズ第Ⅱ分校の所属か。いやはや……全くもってその通りだったな」
「ならば──」と続けてオーレリアは笑みの種類を変えた。それはナギトがするのとよく似たものだ。
「その長たる私の命令には、もちろん従うのだろうな?」
そうしてナギトはオーレリアとランチを共にした後、剣談義に花を咲かせるのだった。
☆★
「ナギトは新カリキュラム、どういったものだと思う?」
軍略会議室にて第Ⅱの教官陣は揃い踏み、トールズ第Ⅱに課される新カリキュラムが開示される時が迫っていた。
隣に座るリィンの問いかけにナギトは思案を巡らせる。引き込まれた線路にやけに実戦慣れした教官陣、具体的なクラス名……。
「さあねえ。でもまあ、いくつかヒントはあったと思う」
「ヒント?」と鸚鵡返しするリィンにナギトが推測を披露するより早く扉がノックされ、レクター・アランドールがミリアム・オライオンを伴って現れた。
レクターとミリアム。この2人は《鉄血の子供達》と呼ばれるオズボーンの腹心だ。レクターは負け知らずの交渉力と驚異的なカンの冴えを誇り、ミリアムは“アガートラム”という戦術殻とリンクする事でお子様らしい見た目からは考えられない戦闘力を持ち───そして、リィンらと共にⅦ組メンバーとして共にトールズで過ごした仲間でもあった。
顔見知りを見かけるたびに、あいつなら俺を覚えているんじゃないか?という希望を抱いてしまう。ラウラやリィンでさえナギトを知らぬというのに。
予想通りに期待は外れ、ミリアムはナギトには見向きもせずにリィンに抱きついた。その後、各々挨拶を交わし久闊を叙したところで話は本題に入った。
すなわち、第Ⅱに与えられる新たなカリキュラムについて。
説明を聞いたナギトは「馬鹿げてる」と吐き捨てた。
新カリキュラムとは第Ⅱ全員で帝国各地へ赴き、結社《身喰らう蛇》や高名な猟兵団等の不穏文書に対処する事だった。表向きの理由は実地演習らしい。
ナギトは悪態を吐きつつも同時に納得はしていた。第Ⅱはたびたび“捨石”と呼ばれる。ナギトはこんな豪華な面子に機甲兵等の最新設備まであるのに何が捨石だ、と思っていたのだが、こんな役割があるなら理解できる。
「ついこの前入学したばかりの子供に、結社の化け物や戦争屋みてーな猟兵の相手をさせるってのか」
ナギトの厳しく常識的な言葉を向けられたレクターは肩をすくめる。すでに決まった事に文句を言うナギトをどう諭したものかと。
「だが、そんな子供達が数ヶ月経験を積んだだけで怪物揃いの城を踏破した例もあるぜ?」
旧Ⅶ組が攻略した煌魔城の事を言っているのだ。しかし、それも半年以上の経験があってこそだ。とても入学したばかりの雛鳥にできる芸当ではない。
そう言おうとしたナギトは途中で言葉を切る。別の可能性が頭をよぎったのだ。
「いや、違うな───」ギロリ、とレクターを睨みつける。
「そもそも、この第Ⅱ分校が《灰色の騎士》を演習先に送り出すためのシステムか………?」
リィン・シュバルツァーを英雄として利用するために第Ⅱ分校は設立された────?
ありえない話だが、同時にありえるとも思える。相手はオズボーンなのだ。だがその可能性はリィンによって否定される。曰く、軍入りを蹴って第Ⅱの教官職を希望したからありえないと。
ナギトは「そうか」と言って納得したふりをした。ならば、順番が逆になっただけだと理解したから。ギリアス・オズボーンは実子をどこまでも利用するつもりだと理解したから。
元々、この第Ⅱ分校が設立を許された条件に演習の実施も含まれており覆せる話ではない、とミハイルは語り、他の教官陣も従うしかないのだった。
軍略会議室を出たナギトそのまま校舎の屋上へ登った。そこでいつものように鼻唄をうたう。儀式だった。今や懐かしき学院時代を思い出すための。
やり過ぎると涙がちょちょ切れそうになるので程々でやめておく。
「こんなところにいたのか」
声をかけられて振り向くと、そこにはリィンとミリアムがいた。どうやらミリアムにリーヴスの町を案内しているらしい。
「やっほー!君が幻の12人目?」
12人目、というワードに首を傾げたナギトだったが、すぐに答えは出た。旧Ⅶ組のメンバーにナギトを足せば12人になる。
「ああ。久しぶりだミリアム。また会えて嬉しいよ」
「あはは、ボクの主観じゃ“はじめまして”なんだけど。並行世界から来た…なんて簡単に信じれられる話じゃないけど……ま、リィンが言うんなら信じてもいいよねー」
ミリアムの言葉はナギトの素性を知っている事を示すものだった。
リィンに視線をやる。
「旧Ⅶ組のみんなには一通りの事情を説明させてもらった。ガイウスには繋がらなかったけどな。………勝手をしたようですまない」
少しだけ申し訳なさそうにするリィン。しかし本心では、この事実にナギトがどんな反応をするのは観察するつもりだった。
ナギトはやれやれとため息をつく。
「お前だって信じ切ってるわけじゃなかろうに」
ナギトとしては自分の素性が旧Ⅶ組の連中に知れ渡る事は望む所だった。警戒されるかもしれないが、上手に友好を結べば信頼の構築は楽になる。
「しっかしミリアムは変わらんな〜」
いっきに破顔したナギトはミリアムの頭をぐりぐりと撫でる。性格もそうだが、身長も最後に会った時と変わらないように見える。
「2リジュ伸びたもん!」と唇をとがらせるミリアムに「そこの色男は一年で5リジュも伸びたらしいぞ」と告げ口する。
「リィンだけずるい!」「そーだ、身長わけろ!」と迫るミリアムとナギトの2人に苦笑するリィンであった。
と、そこで3人の会話を盗み聞きしていた不埒者が屋上へ出る扉前から遠ざかっていくのがわかった。リィンもそれで不届き者がいるとわかったようで扉の方を見た。
「今のは……、ナギト」
どうする、という視線にナギトはかぶりをふる。
「追わなくていい。…………ちょっとはヒントをやらないとな」
「?」を浮かべるリィンにナギトは嘆息。
「ところで、こんな所で道草食ってていいのか?夜のリーヴスも乙だと思うが、町案内なら日がある内の方がいいんじゃない?」
すでに時刻は夕方と言って差し支えない時間帯だ。シュミットからの依頼もあるだろうし、お喋りもここまでで切り上げるべきでは、という提案だった。
リィンもその意図は汲み取ってくれたようで、3人の会話はそこで終了だ。
「またね」と手を振りながら去るミリアムを見送り、ため息をひとつ。
鉄柵に背中を預け、夕陽を眺める。
「トールズ第Ⅱに新旧Ⅶ組、《身喰らう蛇》に《鉄血宰相》か……………」
そこで「フッ」とナギトは笑う。
「この物語はいったいどんな軌跡を描くのやら」