イレギュラーアーカイブ   作:兵器スキー

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注意:
シリアス展開と、曇らせ要素が含まれます。

-追記-

誤字報告ありがとうございます!


もし、赤血操術の使い手がパヴァーヌ編でネルと戦ったら。

「とりあえず結果が出るまで、このまま逃げ続けよう!」

 

ミドリは愛銃のグリップを強く握り、全身に走る恐怖を押し殺しながら生き延びる決意を吐き出すように声にした。

だが、その直後───

 

「...逃げ切れるとでも思ったか?」

 

廊下の奥に立つ影が、静かにこちらを見据え、ミドリを正確に視界に収めていた。

 

「えっ───きゃぁっ!?」

 

影はほとんど間を置かず銃を構え、引き金を絞る。

銃口が閃光を放ち、連射された弾丸が一直線にミドリへと迫る。

小口径とはいえ命中した弾の衝撃は鋭く重く、体に突き刺さる痛みに彼女の喉から思わず声が漏れた。

 

「ミドリ!」

 

アリスが尻もちをついたミドリに駆け寄り、腕を取って後方へ引きずるように退かせる。

被弾は決して軽いものではなかった。

そして何より───敵が弾倉ひとつ分の弾をフルオートで、しかも寸分違わぬ正確さで浴びせてきた事実だけが、場の空気に圧迫感を残していた。

 

「ひっ...」

 

「だ、誰...!?」

 

ユズとモモイは先生の背後に身を縮める。

その先生でさえ、思わず後退せざるを得ないほどの存在感だった。

やがて影が歩み寄り、その姿が明らかになると同時に、ゲーム開発部の面々の表情から血の気が引いた。

 

「...なるほどな。どうりで、いちいち良い判断だと思ったぜ」

 

両手には短機関銃。

鎖で繋がれた双銃の金属には、黄金の龍を彫り込んだ装飾が光っていた。

 

「さっきこのチビたちを指揮したのも、ミレニアムの差押品保管所を襲撃したのも...あんただったか」

 

ミドリを撃った時に空になった弾倉が床に転がり、金属音を立てる。

 

「先生...って呼べば良いのか?」

 

彼女の左手には、足先で弾かれた新しい弾倉が握られていた。

乱雑に見えて迷いのない仕草で、それを銃身に叩き込む。

 

「アカネが調査した例の"先生"...噂は大袈裟じゃなかったみてェだな?」

 

コールサイン「ダブルオー(00)」───美甘ネル。

その番号は、勝利を約束された者を象徴する印だった。

リロードを終えた彼女の口元に浮かぶ鋭い笑みは、戦うことそのものが勝利の証明だと告げていた。

辺りの空気が一瞬にして凍りつく。

ミドリ、モモイ、ユズ、アリス───そして先生までもが、下手に動けば事態を悪化させるだけだと本能的に悟った。

唯一、表情を崩さなかった燐真が、静かに口を開く。

 

「チビって言っているけどさ。身長はゲーム開発部の皆と一緒ぐらいじゃないか?」

 

真正面からの疑問に、彼はただ首を傾げる。

軽い好奇心の色がその視線に混じっていた。

ネルはそれを聞くと、顔に血の気が差して青筋が立ち、声を張り上げた。

 

「はぁっ!?あたしは三年生だぞ!?あたしの身長に言及した奴らが、最後にはどうなったか教えてやろうか!?」

 

「...」

 

燐真の一言に混じった無邪気さが、凍りついた空気を少しだけほぐす。

先生はその様子を見て、ネルにも年相応の悩みがあるのだと感じ、口端をわずかに緩めた。

 

「...落ち着いて、リーダー」

 

「なんだか最早新鮮ですね...まだネル先輩に対して、身長の話ができる人がいたなんて」

 

同じメイド部のカリンとアカネは、それぞれに違う表情を浮かべる。

からかいと驚きが混じる、微妙に和やかな空気が一瞬流れた。

 

「ふぅ、ふぅ...危うく冷静さを失うところだったが。本題に入るぞ」

 

ネルは深く息を吐き、表情を切り替えて話題を戻した。

その切り替えは不自然さがなく、緊張を維持したまま場の主導権を取り戻す力があった。

 

「おい、そこの無駄デケェ武器持ってる奴、それと───」

 

「ヘイローのないお前...ちっと面貸せや」

 

ネルは片手でアリスと、その隣にいる燐真を指差す。

燐真は指を受け、少し困惑の表情を見せる。

その直後、アリスがバッと、燐真を守るようにして立ちふさがった。

 

「チビメイド先輩! 燐真はライフが0.5しか無いので、戦っちゃ駄目です!」

 

「あ゙ぁっ!? ふっざけんなこの、誰がチビメイド先輩だ!? ぶっ殺されてぇのか!?!?」

 

「わお! すごい度胸!」

 

「アスナ先輩が言えるのか...?」

 

我慢できず、拳を強く握り締め発狂するネルを見て、ネルのもう一人の仲間であるアスナは驚く。

カリンはそんなアスナを呆れたように見た。

 

「クソッ...誤解してるかもしれねぇから一応言っとくが、別にC&Cに一発食らわせた分の復讐ってわけじゃねぇ」

 

ネルは深い溜息の後に、続ける。

 

「あちこちに怪しい部分はあったが...こっちとしては正当な依頼の中での出来事だった。そっちはそっちで、あたしらを相手に目標を達成ただけだ」

 

言葉を選びながらネルは続ける。責めるでもなく、完全に許す訳でもない。その口調には興味が混じっていた。

 

「まぁ、そこに恨みはねぇが...俄然、お前ら二人に興味が湧いてきてな」

 

「...興味ですか?」

 

「...興味、か」

 

燐真は、ネルの認識を改めると共に面倒そうな顔を浮かべた。

対してアリスは、何故自身に興味があるかを考えている。

ネルはその顔を見て、再び鋭い笑みを浮かべた。

 

「ハッ、難しい話じゃねぇだろ。今からお前ら二人のどちらかがあたしに勝てたら、このまま大人しく引き下がってやるって事だ」

 

その宣言を受け、ゲーム開発部の他の部員と先生はまたしても膠着状態を余儀なくされ、答えが出せなくなる。

どちらに行けと促すことも、止めることもできない空気が広がっていた。

前者なら確実に軽傷以上の危険が伴い、後者もまた同じだけのリスクを孕んでいた。

 

「...分かった、俺が出るよ」

 

だが、まだ続くかと思われた膠着状態は燐真によって解かれる。

 

"え?"

 

先生は突拍子もなく放たれた言葉に、腑抜けた声を漏らす。

ただ、もはや冗談であって欲しかった先程の言葉に、覚悟が滲んでいたのを先生は覚えていた。

先生は思い馳せた、燐真が言っていた事を。

 

───俺を拾ってくれたゲーム開発部には、いつか恩返しがしたいな。

 

"っ..."

 

もし、ここで彼を止めれば、アリスの安全───そして燐真の想いを無下にすることになる。

先生は、ただ燐真の無事をひたすらに祈ることしか出来なかった。

 

「...燐真!」

 

ただ燐真の想いを知らないアリスは、燐真が来ている黒色の服の裾を、ぎゅっと掴む。

 

「無茶です! やめてください! 燐真はライフがたった...」

 

アリスはそう言いながら燐真の前に割り込んで止めようとする。

だが、横顔がとても穏やかな表情の燐真を見て口と足を止めてしまう。

 

「...大丈夫だよ。俺には必殺技があるから」

 

「なっ...」

 

アリスは酷く困ったような顔をする。

必殺技の有無ではなく、「大丈夫」という言葉がアリスの思考を掻き乱していた。

基本的な機械、AIであれば、今まで必殺技どころか戦闘すら全くせず、ヘイローがない貧弱な練磨は後退させるべきだと判断するだろう。

だが、アリスの思考に浮かんだ単語、その感情の名は───信じる。

現状においては、あまりにも残酷で、不合理で、酷い感情だとアリスは思った。

 

「...ま、待って下さい」

 

考える間にも燐真は前に進む。

アリス自身を守るために、背中を向け続けて。

 

「どうした?」

 

燐真は足を止め、こちらには顔を向けず、ただ問い返す。

 

「アリスは適正ジョブは本来、勇者です...ですが、この時だけは...!」

 

───勇者の帰還を待つ、王女にジョブチェンジします!

 

強く、彼の背中に消えない魔法を刻み込むように言い放つ。

対して燐真は、出所不明の恥ずかしさを頬に滲ませ、辿々しく告げる。

 

「......元気でな、アリス。君に出逢えてよかったよ」

 

───母上にこれまでの恩を返す時が...来たんだな。

 

燐真は手を合わせ、静かに呟きながら天井と照明しか無い天井を、暫くの間見つめていた。

その声は、誰にも届くことはなかった。

ただ祈りを捧げる姿は、アリスにとってはまるで、仲間を「命を賭して」守り抜く覚悟の現れのように見えた。

 

 

「...お前が相手か」

 

ネルが双銃を肩に担ぎ、口角をわずかに吊り上げる。

その目は獲物を仕留める猛獣のそれでありながら、どこか実力を測るような色を帯びていた。

 

「んじゃ、行くぞ? ...ゴム弾の方が良いか?」

 

低く挑発的な声が、廊下に緊張を張り詰めさせる。

その言葉に、アリスも先生も反射的に息を呑んだ。

だが、当の燐真はわずかに瞼を閉じ、呼吸を整えた後───静かに首を振る。

 

「...いや、実弾でいい」

 

「ッ...」

 

その一言に迷いはなく、ネルは少し衝撃を受けるが、すぐに表情を取り戻した直後───。

 

乾いた破裂音が響き渡る。

ネルの右手の短機関銃が唸りを上げ、怒涛の弾幕を吐き出した。

フルオートの連射。小口径故の圧倒的な弾数と、彼女の実力に寄る命中精度が死を呼ぶ。

 

"───待てッ!"

 

先生はネルが実弾を使っている事実に目を見開き、声を荒げた。

あれはゴム弾が出していい被害じゃない、本物弾頭を使っている。

崩れ落ちる壁を見てそう判断した先生は、即座に燐真を庇うために動こうとした。

だが次の瞬間、信じがたい光景を目の当たりにし、その口は閉じられた。

 

「...赤燐躍動」

 

静かに呟く燐真の体が、赤く瞬く燐光に包まれた。

血流によるドーピング。

それは彼の反射、瞬発力を跳ね上げさせ、瞳に流れ込む景色を細切れに刻む。

通常なら見えない弾丸の軌跡が、赤い残光を引いて迫ってくるのが燐真には分かった。

 

「...っ!」

 

燐真は地面を蹴り、体を傾け、時に滑るようにしゃがみ込む。

弾丸が髪を裂き、制服の裾を掠め、壁を抉りながら通り過ぎていく。

 

「避けるか! 中々やるじゃねぇか!?」

 

ネルは驚嘆を混じらせつつ、即座に弾倉を叩き落としリロード。

同時に、わざと隙を見せるように一歩踏み込むと、床を鳴らして懐に飛び込んできた。

 

「ッらぁ!」

 

ネルの銃床が殴打武器に変わり、燐真の側頭部を狙って振り抜かれる。

だが、その瞬間───。

 

「赤燐躍動..."迅"」

 

冷徹に告げる燐真の足が直後、床を叩き砕き、石片が弾け飛ぶ。

その反動を利用し、彼の姿は残像を引いてネルの背後に現れた。

擬似的な瞬間移動。ネルの目にも、まるで転移のように映った。

 

「後ろ───ッ!?」

 

「緋閃撃ッ!」

 

燐真の拳が赤く輝き、そこに呪力が収束する。

───閃光のごとき速さと威力を持つ一撃が、ネルの後頭部へと突き込まれた。

 

「ぐっ...!」

 

ネルの口から嗚咽が漏れ、強い衝撃波と共に体がふらつく。

観戦していた先生は"効いてる...!?"と小さく声を上げた。

 

だが、燐真は勝利を確信せず、すぐにネルの首を掴み上げる。

もう一撃、もう一回「緋閃撃」を浴びせ、命を刈り取るつもりで。

 

「...ッ!?」

 

その瞬間、燐真の右腕に違和感が走った。

見下ろすと───ネルの双銃を繋ぐ鎖が、いつの間にか自分の手首に絡みついている。

ネルが口元に血を滲ませながら、勝ち誇ったように笑った。

 

「ハッ...たしかに速度はあたしよりも速い」

 

───だが、それだけだ。

 

ネルはそう呟く。

彼女は最初から狙っていた。

殴られ、よろめいた瞬間に鎖を絡ませ、反撃の布石を打ち込んでいたのだ。

 

「うおらァッ!」

 

鎖を引き、燐真の身体を大きく振り回す。

次の瞬間、彼の身体は壁を突き破る勢いで側面の壁に叩きつけられた。

 

"燐真ッ!!"

 

先生の叫びも掻き消すように、ネルは追撃の銃撃を叩き込む。

両の銃口から、再び弾丸が雨のように降り注ぎ、土煙が廊下を覆った。

石片が飛び散り、粉塵が視界を塞ぐ。

ミドリもモモイも震えながら、ただ祈るようにその煙の中を見つめていた。

 

「...勝負あり、か」

 

ネルが息を整えながら、ゆっくりと晴れ始める煙の中を。

その視線の先に───影が揺れた。

煙が晴れていくと同時に、壁にもたれかかる燐真の姿が露わになる。

制服の胴体には複数の風穴が穿たれ、口端からは血が滴っていた。

 

「なん、だ...ッ!?」

 

ネルの足が止まる。

勝者であるはずの彼女が───鼻を劈くような鉄の匂い、俯いた燐真の顔に、一歩踏み出すことをためらった。

そこにあったのは、勝利の余韻ではなく、自分が犯した罪の事実証明そのものであった。






執筆を終えて数分後の作者「...これ、アリスが曇るんじゃ...!?」

面白かった話。

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