シュウマは、雄英高校の一般入試に合格し、卒業を間近に控えた自由登校期間を迎えていた。
だが、その貴重な時間を、彼は全て鍛錬に費やしていた。庭での腕立て伏せ、木刀の素振り、木人を使用した打ち込み―己を磨く時間こそ、彼にとっての日常だった。
ある日、ヨーガで瞑想浮遊にふけるシュウマのもとへ、秀次が姿を現した。
「シュウマよ。この時期は、自由登校だろう?久々に、ワシとガンダムファイトでもせんか?」
秀次は、実孫をガンダムファイトに誘う。黒須家の地下には、電脳空間で安全に戦えるシミュレーション室が設けられている。増設には、秀次の永久スポンサーであるアナハイム・エレクトロニクスが建築・設計に関与しており、シュウマの人生において、まさに、ゆりかごから墓場までの関係を築いていた。祖父の提案を聞いたシュウマは、快く頷いた。本人としては、ちょうど体を動かしたい気分であり、都合が良かったのだ。
「良いよ、爺ちゃん。俺も久々にバトルしたい」
「ふっ、決まりだな」
秀次は、「善は急げ」とばかりに準備を始め、シュウマとともに地下へと続く階段を下りる。シミュレーション室に到着すると、それぞれの個室へ入った。
シュウマは、アナハイム社の玩具製造部門が手掛けたプラモデル『ガンダム』の収納箱を開ける。その中には、シュウマ専用に製造された特注品〈ジェネラルガンダム〉が収められていた。
これは、シュウマが十二歳の誕生日を迎えた時、父と母から誕生日に贈られたもので、世界に一つのガンプラとしてアナハイム社員の間で話題となった逸品だ。
「ジェネラルガンダム、セット!」
彼は、ガンダムをコックピット中央の投入口に差し込む。
〈個別認証オールグリーン!登録番号003、黒須シュウマを認識しました〉
認証システムが起動し、音声が響く。 その間にシュウマは、トレースシステム対応の専用道着へと着替えた。コックピットには、モーションキャプチャーを応用したトレース型システムが搭載されており、搭乗者の動きを完全に再現する最新技術が採用されている。
ただし、このシステムには代償もある。フィードバック機能により、モビルファイターが攻撃を受けるたびに、操縦者の身体にも痛みが伝わるのだ。とはいえ、命に関わるレベルの衝撃を受けた場合は、自動的にシステムが停止する全設計となっており、ガンダムの腕の一本や二本がもげたとしても、痛みはせいぜい“タンスの角に腕を思い切りぶつけた”程度に緩和されている。
シュウマの視界には、小さな川と山々が広がっていた。戦闘の舞台は森林。
足元には木々が生え茂り、小川がせせらぎ流れている。
目の前には、腕を組んだ祖父の愛機クーロンガンダムが待ち構えていた。
〈試合開始まで、10、9、8、7、6…〉
カウントダウンが流れ、両者の間に緊張が走る。
〈ガンダムファイト!Ready…Go!〉
だが、二人は、動かなかった。先攻のタイミングを誤れば、後の展開が不利になる。
それは、格闘家の間では常識として知られ、一瞬の油断が命取りとなる。
「ハァァァァ!」
シュウマが先制攻撃を仕掛ける。シュウマの意思と読み取ったジェネラルガンダムは、背部ブースターを展開し、クーロンガンダムへ突撃する。クーロンガンダムは、腕を組み、余裕の表情で動かない。
ジェネラルガンダムは、右拳を顔目掛けて突き付ける。しかし、首を軽く動かして躱された。続けて、左拳を突き、打撃を繰り返す。それでも、クーロンガンダムは、余裕をもって躱していく。マスター・アジアは、シュウマの攻撃を冷静に評価していた。
「拳のキレはよい。だが、殴りかかるだけではワシは倒せん!祖父といえど、油断は禁物!その甘さが命取りとなるのだ!」
「うぐぅ!?ふ、防ぎきれない!」
「だから、おまえは甘いのだぁ」
クーロンガンダムは、右廻し蹴りで、ジェネラルガンダムの腹部を蹴り飛ばす。廻し蹴りを受けたジェネラルガンダムは、地面に勢いよく背中を打ち付ける。木々が薙ぎ倒れ、土埃が舞う。東方不敗は、シュウマの体たらくを叱責する。目に入れても痛くないほど可愛い孫であっても、闘いの場において、一人の戦士として接する。それが、彼の信条だ。
「その程度か!次は、ワシから行くぞ!てりゃあ!」
クーロンガンダムは、右手に帯状のエネルギー兵器クーロンクロスを展開し、ジェネラルガンダムの体へと巻き付ける。そして、電撃で痺れさせ、相手の動きを封じる。
「ぐわああああ!」
シュウマの身体に電撃が走る。電撃を受けたシュウマは、片膝を突く。それを見たクーロンガンダムは、腕を組んで、呆れた表情を見せる。
「どうした!この程度で狼狽えては、雄英高校でヒーローを目指そうなど、夢のまた夢ぞ!自ら膝をつくなど、勝負を捨てた者のすることぞ!立て、立ってみせぃ!」
再度、クーロンクロスが、シュウマを目掛けて放たれる。片膝を突いていたシュウマは、一撃を与えることすらできずに敗北することが脳裏に浮かぶ。そして、深呼吸し、気合で体を奮い立たせる。
「絶対に…絶対に、俺は爺ちゃんを越えて見せる!うおおおお!抜刀!」
シュウマは、腰に差していた日本刀を構え、ジェネラルガンダムは、彼の動きに呼応してビームソードを展開する。迫りくるクーロンクロスを逆袈裟斬りで弾き飛ばす。斬り飛ばされたクーロンクロスの切れ端が、二人の上空で爆発した。
「ふっ、日本刀か。シュウマは、刀が本当に好きだな。アイツの若い頃を思い出すわ」
秀次の脳裏には、かつての弟子の姿がよぎる。
「だが、師であるワシを倒すのは、そう簡単ではないぞ」
クーロンガンダムは、クーロンクロスを収納し、左手を貫手の形で前に突き出し、同じく、右手を貫手の形で後ろへ引き寄せ、片足立ちとなる。
「行くぞ!」
東方不敗は、瞬間移動で懐へと飛び込む。彼の行動に気付いたシュウマは、刀の持ち手を八双の構えに直し、腕に緩急力を入れ、斬りかかる。
「だから、お前は阿呆なのだ!」
シュウマの唐竹割りを真剣白刃止めで受け止め、腹部に肘鉄・掌底、顎と頬への二段廻し蹴りで、容赦なく蹴り飛ばす。岩壁に激突し、衝撃の余波で崖崩れが発生。落石に埋もれたシュウマは、気合で岩を吹き飛ばし、再び立ち上がる。それを見た秀次は、次の段階へ踏み込んだ。
「そろそろ、ワシも本気を出すとしよう!ぬおぉぉぉ!」
秀次の気合と共に、クーロンガンダムの装甲が剥がれ落ちていく。銅鎧が分解され、胴体がスリムとなる。そして、頭部の兜が外れ、二本の角が現れた。
クーロンガンダムは、防御重視の装甲から攻撃・速度特化の装甲に身を纏うマスターガンダムへと変形する。
この世界には、D細胞やデスガンダムは存在しない。ならば、なぜマスターガンダムへと変形することが出来たのか。それは単に、秀次の気合である。
「あれが…マスターガンダム」
シュウマは、祖父の姿を見て、秀次が本気を出したことを感じ取る。初めて見せるガンダムの姿に、体が武者震いを起こす。
「シミュレーションといえど、実戦稽古!出し惜しみせぬぞ!」
「…来る!あれは、鶴の構え!?」
祖父が、鶴の構えを披露する姿を見て、そこから繰り出される技を理解し、同じポーズを構えだす。
「ゆくぞ、超級!」
「…ッ!覇王!」
「「電影弾!」」
二人は、自らを光弾で包み込み、渦巻き状に回転する。その時、ガンダムの顔が、二人の顔に変化する。頭から体当たりの要領で衝突し、巨大な気流による竜巻が生じた。
渦の流れに乗った二体のガンダムは、上半身を出し、拳の連続突きを繰り出し、拳を交え合う。シュウマは、祖父の拳撃を防ぐべく、拳撃で相殺する。拳を交わす度に、肩の装甲が凹み、胴体に殴り跡が付く。
「ダークネスショット!」
「シャイニングバレット!」
マスターガンダムは、掌の小口径砲門から、紫気の気功弾を射出する。ジェネラルガンダムも掌から黄金色の気弾を射出し、相殺を狙う。また、頭部に搭載されたバルカン砲の連射で、追い打ちをかける。マスターガンダムは、左腕の装甲を盾に、銃撃を防いだ。
「うおおおおお!」
「うおおおおお!」
ガキッ!と鈍い音が、両者の頬に突き刺さる。鋼鉄の拳によるクロスカウンターが炸裂し、二体は大きく後ろにたたらを踏む。マスターガンダムは、秀次の動きに合わせ、口を拭った。
「うぬぅ、中々やりおるわい。だが、次の一手を、お前に防ぎきれるか?」
秀次は、全身に気力を放出する。その影響で、紫気がガンダムの流体エネルギーと混ざり合い、掌は仄暗く輝く。マスターガンダムは、拳を握り締め、ブースターで最大限まで加速した。
「ダークネスフィンガー!」
祖父の技を前に、シュウマは、流動エネルギーと雷気を掌に流し込み、フィンガー系で迎撃する。そして、全身に雷を纏わせ、轟音を立てて、前進した。
「痺れろ!ライジングフィンガー!」
紫気を纏ったマスターガンダムと雷電を纏ったジェネラルガンダムの掌打が激突する。
シュウマは、足腰に力を入れて踏ん張り、拮抗状態に落とし込む。しかし、ダークネスフィンガーの威力は、ライジングフィンガーを上回り、雷気が紫気に飲み込まれていく。
シュウマは、冷や汗をかきながら、右腕が完全に破壊される前に、膝蹴りを入れ、速やかに後退する。シュウマの膝蹴りを受けた秀次は、数歩よろけながらも、キレのある蹴り技にニヤリと笑う。
「先程よりも、蹴りのキレが良くなったな!ワシは嬉しいぞ!奥義、明鏡止水!」
「ならば、俺も!溢水衝天!」
二人の気力が最大限に高まり、二体のガンダムが黄金色に光り輝くハイパーモードに変化する。
全身が黄金色に染まった二人は、ゲームの決着を付けるべく、最終奥義を切り出した。
「流派!」
「東方不敗が!」
「最終!」
「奥義!」
秀次は、自身が持つ最大限の気力を、両掌に注ぎ込み、集束させる。シュウマも同様に、全身全霊の力を持って、気力を圧縮させる。
「「石破天驚拳!」」
二人が、両掌を突き出すと、巨大な光弾が放たれた。光弾は、周囲の木々を巻き込みながら空気を裂き、轟音と熱量が辺りの温度を急激に押し上げる。二つの光弾が空中で激突し、土煙と粉塵が舞い上がり、大地が深く抉れた。閃光が炸裂し、二人の視界と周囲を白一色に染め上げる。
光に支配された世界が、徐々に色彩を取り戻す。そしてその瞬間、勝負の行方は誰の目にも明らかとなった。
マスターガンダムは右腕を失い、片膝を地に突いていた。頭部の角は折れ、顔の半分が抉れている。それでも、わずかに動いていることから、完全には機能停止していないことがわかる。
一方、ジェネラルガンダムは胴体の装甲が剥がれ、両腕は第二関節から先が消失していた。決定的なのは、頭部が破壊され、地面に転がっているという事実だ。ガンダムファイトのルールに則れば、勝者と敗者は明確である。
〈戦闘終了!勝者、クーロンガンダム〉
無慈悲にも、アナウンスが鳴り響く。シュウマは、コックピット内部で痛む体を支えながら、現実を直視する。ゲームとはいえ、祖父と本気で試合ができる絶好の機会だった。
彼は、自分がある程度強いと自負していた。個性社会に生きる中で、灼熱の炎を操ったり、繊維を操る等の特殊能力も無い。それでも、自分には、武術があった。幸い、家庭環境にも恵まれ、武術の分野では、天賦の才を持つ麒麟児と謳われ、嬉しかった。誰よりも強く、誰かを守れる力を身に付ける為に、鍛錬を重ねてきた。だが、叶わなかった。彼が目指す高みは、まだ遠い。
「はぁ、はぁ、やっぱ…爺ちゃんを越えることはまだ厳しいか。嗚呼、悔しいな」
シュウマはガンダムファイトに敗北した。祖父が長年積み重ねてきた戦闘経験には及ばず、完敗だった。慢心していたわけではない。だが、悔しさが胸中を支配していた。個室を出たシュウマは、床に座り込み、扉から出てきた祖父の顔を見る。その視線を受け止めた秀次は、静かに言葉を紡いだ。
「シュウマよ。ワシから一つの助言じゃ。敗北は糧となる。ワシも様々な失敗を経験してきた。だからこそ、同じ失敗をせぬ為のやり方を見つけ、成功へと積み重ねてきた。
それに、ワシを倒したとて、世界にはワシ以上の強者がたくさんおる。見聞を広め、己の力にせよ」
シュウマは黙って祖父の言葉に耳を傾ける。それを見た秀次は、仕方ないとばかりに、手を差し伸べた。シュウマは素直にその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
「シュウマよ。人間、命に関わる事でなければ、失敗しても構わん。最初から成功している人間なんぞ、誰一人もおらん。己の弱さを知ることが出来る者こそ、正しい力を扱える。お前には、まだ伸びしろがある。負けたことがあるというのが、いつかきっと、お前にとって、大きな財産になる」
秀次は、シュウマの肩を優しく叩き、カッと目を見開く。
「誇れ!お前はワシの孫なのだから!」
その言葉は、雷鳴のようにシュウマの胸を打った。祖父の瞳には、師匠としての厳しさ、家族としての温もりが宿っていた。秀次は、再び喝を入れる。
「シュウマ!その拳に宿す覚悟、何を示す!答えて見せよ!」
シュウマは拳を握りしめ、震える膝を押さえつけるように立ち上がる。
「俺は……黒須シュウマ!流派・東方不敗の門弟にして、武術を究めし求道者!個性なきこの身で、誰よりも強くなると誓った男!」
秀次は満足げに頷き、背を向ける。
「その言葉、忘れるな。拳に込めた信念こそが、お前の真の個性だ」
二人の背後には、荒磯に波が打ち寄せる幻影が、ゆらゆらと揺れていた。
彼の心に灯った炎は、誰にも消せない。今日という敗北を胸に刻み込んだ。
そして、「日々是精進」の信念を胸に、己を鍛え直していくのだった。
「シャワーで身を清めたら、茶屋で団子を食べよう。エイチさんには、内緒じゃぞ」
ガンダムファイトを終えた祖父の顔は、いつもの優しい顔に戻る。
シュウマは、嬉しそうに口角を上げて、祖父の後ろへと続いた。
お読みいただき、ありがとうございます。近日中に、日常回を書きます。
最近、話題だったあのキャラが登場いたします!
サブヒロイン
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ミルコ
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拳藤一佳
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柳レイ子
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取蔭切奈
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塩崎茨
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