ストーム1先生概念 作:昆虫キモス!!
「……私のミスでした」
――白い車内。
戦場の硝煙の臭いが、もう無い。
自分は気がつけば見知らぬ座席に腰かけていた。鉄の響きではなく、静かに走る車輪の音。窓から差し込む光が、さっきまでいた場所とはまるで違うことを告げている。
「私の選択、そしてそれによって招かれた全ての状況」
「結局、この結果に辿り着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて」
――あの戦争が、終わった。
そのはずだった。
だが今、目の前には血に濡れた少女が座っていた。
「……いまさら図々しいですが、お願いします、先生」
頬に走る傷、滲む赤。人間なら致命傷になりかねないのに、彼女はそう言いながら真っ直ぐこちらを見据えていた。
知らない顔。知らない服装。だが彼女は、迷いのない声で呼びかけてくる。
その怪我の様子に、思わず短く声をかける。
「……大丈夫か」
口にした瞬間、自分でも違和感を覚える。
なぜ自分は、この見知らぬ少女を気遣った?
なぜ彼女は、俺を“先生”と呼ぶ?
問いは喉に渦巻くが、言葉にはならない。ただ、戦場で鍛えられた直感が告げていた――これは夢や幻覚ではない。
彼女は続ける。
「きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません」
「何も思い出せなくても、恐らくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから」
「ですから……大事なのは経験ではなく、選択」
「あなたにしか出来ない選択の数々」
無言で聞くしかなかった。
自分はストーム1。戦いを終えたはずの兵士だ。
だが今はただ、正体不明の少女の懇願を受け止めていた。
君は、誰だ?
その言葉を発しようとした刹那、視界が白く染まっていく。
「だから先生、どうか――」
彼女の言葉を聞き終える前に、視界が白く包まれていく。聞こえていた車輪の音も、顔を照らしていた光も消え去っていた。
★
「……先生、起きて下さい」
声が聞こえる。
誰かが――呼ぶ声だ。
「先生!」
直ぐ横から響いた声に、思わず目を開く。
視界に飛び込んできたのは、尖った耳と黒い髪を持つ女性。そして場所は――見覚えのない広いロビー。軍の施設とも民間の建物とも違う。
「……」
女は安堵と困惑の混じった表情でこちらを見下ろしていた。
「少々待っていて下さいと申し上げましたのに……中々起きない程に熟睡されるとは」
状況が掴めない。
呼吸を整え、辺りを見渡す。白い壁、磨かれた床、整然と並ぶソファ。かつて俺が拠点としていた
次いで、目の前の女をじっと見つめる。
「……君は?」
「七神リンです。――状況の説明は必要ですか、先生?」
“先生”
…まただ。
この女も、俺をそう呼ぶ。
「……現状の説明を頼む」
短く告げて立ち上がる。体の感覚を確かめるように、拳を握り、足を踏みしめる。問題はない。
手元にあるのは、大戦期から愛用していたアサルトライフルであるMA10Eスレイド。
「随分と落ち着いていらっしゃいますね……呼び出されたばかりだというのに」
リンと名乗った女が呟く。
「この手の理不尽な出来事には慣れているさ。状況から考えて、ここに俺を呼び出した者が居るのだろう?」
「……ご理解が早くて助かります。詳細は下でお話ししますので」
彼女は「こちらへ」と促し、ロビーのエレベータへ向かう。中へと入り、俺を見やる。
一拍置いて乗り込む。
昇っていくエレベータ。ガラスの外には街並みが広がっていた。
廃墟ではない。光に溢れ、整然とした――見知らぬ都市。
俺はただ、その景色を見つめる。
彼女は微笑み、静かに告げた。
「――キヴォトスへようこそ、先生」
☆
俺はエレベーターの中で、いくつか現状の説明やキヴォトスについての解説を受けた。
それは――
数千もの学園自治区が集まって作られた都市国家。
街を治めるのは政府や軍ではなく、それぞれの学園だという。
生徒たちは皆、銃火器を携帯し、戦車やヘリすら“学校の備品”として扱っている。だが、彼女たちの額に浮かぶヘイローと呼ばれる物体があるおかげで、銃弾を受けても滅多に死ぬことはないのだと。
――理解が追いつかない。
兵器を手に笑い合う学生。
学園ごとに軍隊のような組織。
そして、その全てを統括していた連邦生徒会が、今は機能不全に陥っている。
(……軍でも国家でもなく、学園が都市を治める? そんな馬鹿な……あり得ない)
説明を聞けば聞くほど、荒唐無稽な夢物語にしか思えなかった。
だが、直感が告げている。
ここは本当に存在している都市であり、今は混乱と崩壊の寸前にある、と。
俺は無言のまま拳を握りしめた。
――再び、戦場の中に放り込まれたのだ。
そうこうしている内に、エレベーターは1階に到着した。
俺とリンがエレベーターから降り、レセプションルームに足を踏み入れた途端、四人の少女たちが隣にいるリンを見つけ、声を張り上げた。
「ちょっと待って、代行! 見つけた、待っていたわよ! 連邦生徒会長を呼んで来て!」
「主席行政官、お待ちしておりました」
「連邦生徒会長に会いに来ました、風紀委員長が現在の状況について納得のいく回答を要求されています」
「トリニティ自警団です、連邦生徒会長に直談判を――」
矢継ぎ早に飛び交う声。
見覚えのない顔ばかり。制服はばらばら、態度も統一されていない。だが声に込められた緊張と焦燥だけは共通していた。
行政官たちは安堵の表情を浮かべ、リンは露骨に顔を歪める。彼女の態度を見て見かねた俺は一歩踏み出し、告げた。
「――連邦生徒会長は今、席に居ない。行方不明だ」
「え!?」
「……!」
少女たちは驚き、目を見合わせる。普段この場に大人がいること自体珍しいのだろか、はたまたEDFのアーマーを着込んで武装している俺が奇怪なのか、鋭い視線が俺へ向けられる。
「この大人の方はいったいどなた? どうして此処に?」
短く息を整え、答える。
「……俺は、先程このキヴォトスに呼び出された“先生”だという。俺もよく知らないが、彼女が説明してくれた」
リンを見ながら言う。
「……先生、なのですか?」
「えぇ、先生の身元は保証します。彼は連邦生徒会長が特別に指名した方です」
リンが補足する。
俺が先生と分かると、彼女達は矢継ぎ早に自己紹介を始めた。ミレニアムサイエンススクールの早瀬ユウカ、ゲヘナ学園風紀委員会の火宮チナツ、トリニティ総合学園正義実現委員会副委員長の羽川ハスミ、同じくトリニティ総合学園自警団の守月スズミ。
聞いたことのない学名ばかりだが、風紀委員会や自警団など、あらかたどういう役割を持つ人物なのかは予想ができる。
「連邦生徒会長が指名って……今、先生が行方不明になったと」
「事実です。結論から言うと、連邦生徒会長が失踪し、サンクトゥムタワーの最終管理者がいなくなった為、連邦生徒会の行政制御権が失われました」
「はっ!?」
青髪の少女――ユウカと名乗った人物が声を上げる。
彼女の顔には驚愕と焦燥が浮かんでいた。
行政制御権――この世界においてどれほどの意味を持つのか、俺にはまだ分からない。ただ、彼女たちの反応を見る限り、それが絶望的な状況であることだけは直感で理解できた。
沈黙のうちに、リンは冷静に言葉を重ねる。
「認証を迂回出来る方法を探していましたが、先程解決しました――この先生が、フィクサーとなります」
「……先生が?」
少女たちの視線が再び俺に集まる。
警戒と期待の入り混じった目。その圧を黙って受け止める。
更にリンが言葉を続ける。
「先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げたある部活の担当顧問としてキヴォトスに来る事になっていましたから」
「ある部活…?」
「ええ――連邦捜査部S.C.H.A.L.E。彼の為に設立された、超法規的機関です。便宜上部活と呼称していますが、所属は連邦組織になりますのでキヴォトスに存在する全ての学園の生徒達を制限なくシャーレに加入させる事が可能です。更に、制約なしで戦闘行動や調査活動も許可されています」
「と、とんでもない組織ね……」
リンの説明に、ユウカが引き気味に答えた。
確かにこれは異常だ。側から見れば、他所から来た見知らぬ男に学園の命運を任せてしまうようなものでもある。
「シャーレの部室はここから30km離れた外郭地区にあります。今は殆ど何もありませんが、生徒会長の命令でそこの地下にとある物を持ち込んでいます。先生をそこにお連れしなければなりません」
リンは続けてそう言い放った。
彼女は手元の端末を操作すると、リンに似た制服を着た少女がホログラムとして投影された。
俺はホログラムが実用化されている技術水準に感嘆しつつ、彼女達の話を聞く。
「モモカ、シャーレの部室に直行するヘリを手配して」
『シャーレ? ああ、外郭地区の……あそこ今、大騒ぎになっているけれど』
「大騒ぎ? どういう事ですか」
『矯正局を脱出した停学中の生徒が暴れているの、今そこ戦場になってるよ?』
「……は?」
『連邦生徒会に恨みを抱いて、地域の不良たちを先頭に周りを焼け野原にしているみたい、本当かどうか知らないけれど巡航戦車まで手に入れて来たみたいだよ』
待て、巡航戦車だと? エレベーター内の説明で銃火器が普通に流通するほどの倫理観だということは把握していたが、まさか不良生徒が機甲戦力を運用するほどまでとは思っていなかった。
リンをこの場で問いただそうとでも思ったが「しかし残念なことに、私は正気だ」的な返答しか返ってこないのだろう。
クソ、戦場から離れたと思ったらまた戦場か。
「何てタイミングの悪い……」
『連邦生徒会所有のシャーレ部室を占拠しようとしているみたい、まるでそこに大事なものがあるみたいな動きだけれど……あ、頼んでいたデリバリーが来たから、また連絡するね先輩!』
「………」
モモカとの通信が途絶え、場が一瞬凍り付き、リンの端末が軋む音が響く。俺は短く問いかけた。
「……大丈夫か」
「……大丈夫です。少々問題が発生しましたが、大したことでは」
眼鏡を押し上げ、作り笑いを浮かべるリン。そしてユウカたちを見やり、わざとらしいほど明るい声で告げる。
「さて、キヴォトスの正常化の為に働きましょうか、皆さん」
リンと俺は示し合わせたかのように頷き、レセプションルームの出口へと歩き出した。
「え、ちょ、ちょっと待って!? どこ行くのよ!?」
ユウカが叫ぶ。何か嫌な予感がしたのだろうか、それに対してリンは満面の笑みを浮かべ、まるで何でもないかのように言った。
「それは勿論――」
爽やかに笑みを浮かべたまま。
「シャーレです」