ストーム1先生概念 作:昆虫キモス!!
焦げた金属と硝煙が入り混じったあの臭いは、俺にとって懐かしいものだった。かの大戦の戦場で何度も嗅いできた死と戦いの匂い――それが今、ここキヴォトスにも立ちこめている。
俺は無意識のうちに、同行している4人の少女たちに目をやった。
「なんで私たちが不良たちと戦わなきゃいけないの!!」
ユウカが声を張り上げる。叫びには不満と混乱が入り混じっていた。
「サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すためには、あの部室の奪還が必要ですから……」
冷静に応じたのはハスミだ。声のトーンは落ち着いていたが、その視線は鋭く前線を見据えていた。
「それは聞いたけど……! 私これでも、うちの学校では生徒会に所属してて、それなりの扱いなんだけど! なんで私が……!」
口調は勢いそのままに、年頃全開の主張だった。
だがその瞬間、ユウカに向かって突き出された銃口が火を吹こうとした。
――俺の視界が自動で動いた。
「――ぶへッ!?」
銃口を向けていたチンピラが、無様に仰向けに倒れ込んだ。
俺が即座にユウカの危険を察知し、MA10Eスレイドを腰だめから撃ち抜いたからだ。
EDF世界でα型侵略生物を一撃で仕留め、装甲車すらも屑鉄に変える威力を持つそれは、いくらキヴォトスの物理耐性を持つ存在でも例外ではない。
銃弾は相手のヘルメットを弾き飛ばし、そのまま意識を刈り取った。殺してはいない。だが、二度と立ち上がる元気は残されていないはずだ。
「ユウカ、戦場で油断は禁物だ。どうやら君たちは銃弾数発では死なないようだが、大なり小なり傷を負うのは確かだ」
「は、はい先生! すみませんでした……」
素直に謝るユウカ。ついさっきまで怒鳴っていたのが嘘のようにしょげ返っていた。
いくらリンからキヴォトス人は銃弾程度では致命傷にもならないと説明は受けていても、子供相手に引き金を引くのを躊躇う気持ちがある。
だからと言って、敵に好き勝手させる訳にもいかない。
やはり、敵が同じ人間というのも難儀なものだな。
「ユウカさん。今は先生を守ることが最優先です。まずは敵の殲滅を狙いながら、機会を伺いましょう」
ハスミが冷静に指示を飛ばす。的確な判断力と落ち着きは、現場指揮官としても通用するレベルだ。
「ハスミさんの言うとおりです。先生はキヴォトスではないところから来た方ですので……私たちとは違って、弾丸一つでも生命の危機にさらされる可能性があります。その点、ご注意を!」
チナツが堅い口調で言い添える。彼女たちなりに俺を気遣っているのは理解できた。
「分かってるわ。先生、先生は戦場に出ないでください! 私たちが戦ってる間は、この安全な場所にいてくださいね!」
ユウカも目を潤ませて懇願してくる。心配はありがたい。だが――
「心配をしてくれているところ有り難いが、生憎このような戦場には慣れているものでね……この世界に慣れるためにも、ここは俺にやらせてくれ」
俺はそう言って、MA10Eスレイドのスライドを引く。金属の音が乾いた音を立て、空薬莢が地面に転がる。
その音に、ユウカ達は一様に驚愕した表情を浮かべた。
「し、正気ですか先生!? 先生はキヴォトスの外から来たから、銃弾一つでも致命傷に――んぇっ!?」
叫ぶユウカの言葉を遮るように、俺は彼女に一歩近づき、そっと指先でその口を塞いだ。
その手には迷いはなかった。彼女を黙らせるためではない。戦場で必要な静寂と集中を保つため――ただそれだけだ。
「大丈夫、心配するな。この程度……
その言葉に、誰もが言葉を失った。
☆
ストーム1が戦場に突撃してから、僅か5分後。
辺りには気絶した不良が散らばっていた。地面には銃や火器、割れたスマホや焦げた制服の切れ端が転がり、戦場だったことを物語っている。
だが――動いている者は、一人もいない。
「な、なにこれ……どういう……」
ユウカが呆然とつぶやいた。
その声には驚きや困惑、そして僅かな恐怖が滲んでいた。
「さっきまであんなに押されてたのに……5分で、こんな……」
彼女の目には、戦車の車体に空いた大穴、鉄骨にめり込んだ弾痕、瓦礫の中で呻くチンピラたちの姿が映っていた。
騒ぐユウカを尻目に、ストーム1は静かに周囲を見回す。
風に巻かれる砂埃。焦げた匂い。かつて、幾度となく見てきた戦場の静寂がそこにあった。
――いつもなら、作戦終了後にオペ子が労いの言葉でも掛けてくれていただろう。
けれど、もうここは地球ではない。
誰も、俺の帰還を待ってなどいない。
その事実に、僅かに感慨を覚えながら、俺はユウカたちの方へと向き直った。
「巡航戦車をアサルトライフルで……その銃は一体何を射出しているんですか?」
ハスミが静かに尋ねる。淡々とした声だが、その奥には驚愕と敬意が滲んでいた。
「それは言えない、軍事機密だ。すまないな」
「い、いえ…謝られるような事では…」
言葉に詰まりながらも、ハスミは小さく頷いた。
その後ろで、チナツとユウカが身なりを整え、再び前線へと目を向けていた。
チナツは手袋を締め直し、ユウカは服の埃を払いながら銃の装填を確認。ハスミは無言で弾倉を差し替え、冷たい目で前方を睨む。そして俺も、MA10Eスレイドの残弾と射撃機構をチェックした。
その時、通信端末に信号が入った。空中に淡く発光するホログラムが展開され、リンの姿が浮かび上がる。
『シャーレ部室の奪還完了。私ももう直ぐ到着予定です。地下室で会いましょう』
「分かった」
俺は短く返答し、ホログラムが静かに消えていくのを見届けた。
再び、銃を構える。
戦いは終わっていない。
俺がリンに託された仕事は不良生徒の殲滅ではなく、シャーレとやらの部室に到達し、そこに保管されている「ある物」を確保することだ。
「皆、俺は今からシャーレの部室に突入する。安全が確保されるまで、君達はこの入り口を守っておいて欲しい」
「わ、分かりました! 任せてください、先生!」
「こちらも問題ありません。死守します」
ユウカとスズミの心強い返答を背に、俺はシャーレの建物へと突入した。
中央のロビーを抜け、煙と静寂の中を進みながら非常階段を下りていく。壁には弾痕、天井には爆発の痕跡が残っている。戦闘の余波だ。
地下室の表記があるドアの前で立ち止まった。無論、道に迷ったわけではない。
……人の気配と、かすかな物音を感じたからだ。
ドアに耳を付ける。
「うーん……これが一体何なのか、まったく分かりませんね。これでは壊そうにも……」
他の不良たちのような粗暴さのない、大人びた声。
おそらく、リンが言っていた騒動の首謀者――ワカモ、という存在か。
仮にそうでなくとも、施設内に無断侵入している時点で排除対象に変わりはない。
判断は一瞬だった。
スレイドを構え、即座にドアを蹴り破って突入する。
「動くな!! 武器を捨てて、両手を頭の上に上げろ!!」
銃口が部屋の中央にいる少女を捉えた。
白い狐面をつけたその少女――彼女は手に白いタブレット端末を持ちながら、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「連邦生徒会の追手、ですか……随分と早か――」
そう言いかけた彼女の動きが、俺の顔を見た瞬間、ピタリと止まる。
その反応に、俺は眉をひそめた。
「…どうした? 俺の顔に何か付いているのか?」
「あ、ああ……し、し…失礼いたしましたー!!」
「あ、おい!!」
突然、狐面の少女は慌ただしく通気口に飛び込み、そのまま逃走してしまった。
取り逃がした――が、彼女の行動には妙な引っかかりが残った。
「……何だったんだ、アレは……」
呆然としていたところで、背後のドアが開く。
リンが地下室に入ってきた。
「お待たせしました、先生――何かありましたか?」
俺がどんな顔をしていたのかは分からないが、リンが心配そうに見つめていた。
「……なんでもない。気にするな」
「そうですか……ここに、連邦生徒会長が残したものが保管されています。幸い、目立った傷は付いていないようですね」
リンはそう言うと、先ほどワカモが手にしていた白い端末を拾い上げ、俺の手に差し出した。
「……これは、タブレット端末?」
「はい。これが連邦生徒会長が先生に残した物。シッテムの箱です」
“シッテムの箱”
いかにも意味深で、仰々しい名だ。
だが見た目は、ごく普通の白いタブレット端末にしか見えない。
「一見、それは普通のタブレットに見えますが、実は正体の分からない物です。製造会社も、OSも、システム構造も、動く仕組みの全てが不明。連邦生徒会長は、このシッテムの箱は先生の物で、先生がこれでタワーの制御権を回復させられるはずだと言っていました。私たちでは起動すらできなかった物ですが、先生ならこれを起動できるのでしょうか、それとも……」
「随分と期待を寄せてくれているところ悪いが、俺はこの世界の機器の扱いすら知らないぞ。そんな俺がこれを起動できるのか?」
「分かりません。ですが、物は試し――試しに電源を付けてみて下さい」
リンの言葉に従い、電源ボタンを押す。
すると、即座に青い画面が浮かび上がった。
「電源は付くようですね。では、私はここまでです。此処から先は先生にかかっています」
リンは一歩下がり、俺を静かに見守った。
画面に目を戻す。
すると、タブレットの表示が切り替わり、パスワード入力画面が現れた。
「パスワード……?」
その瞬間、俺の脳裏に言葉が浮かぶ。
“……我々は望む、七つの嘆きを”
“……我々は覚えている、ジェリコの古則を”
聞いたこともないフレーズ。
だが、自然と頭に流れ込んできた。
《シッテムの箱へようこそ、■■■■先生》
無機質な合成音声ではない、誰かの声らしきものだった。
頭の奥で響くそれは、俺の本名を呼び、続けた。
《生体認証及び認証書生成のため、メインオペレートシステムA.R.O.N.A.に変換します》
その瞬間、画面が白に染まり、眩しさに思わず目を瞑った。
だが次の瞬間、空気が変わる。
肌を撫でる風、暖かな湿度、そして遠くに聞こえる水音――
地下施設にいるはずの俺の感覚に、現実とは異なる風景が入り込んできた。
目を開けた先には、まるでウユニ塩湖を思わせる風景が広がっていた。
遠浅の水面が空を映し、天井も壁も崩れ落ちた巨大な空間。 床のほとんどが水に覆われ、外には学校の机のような構造物が山のように積み上げられ、果てしない青空と水平線が広がっていた。
そして――
「くううぅぅ……くううぅぅ……むにゃ、カステラにはぁ……いちごミルクより……バナナミルクのほうが……えへへ」
中央の机に、水色の髪の少女が突っ伏して眠っていた。
この空間が何なのかを知るには、彼女から話を聞くしかない。
だが……起きる気配がない。
「……おーい」
「うにゃ……まだですよぉ……おやつタイムははじまったばかりで……」
「状況を説明してくれ、ここはどこなんだ」
「うへへへぇ……」
「………」
ダメだ。声をかけても、つついても反応が鈍い。
仕方ない。
ここは一つ、俺が一番声量が出る方法で――
「すぅぅぅ――EDFッ!!!!」
「――うへぁ!?!?」
少女はびくりと飛び起き、机から顔を上げた。
やはり、何百回と叫んできた言葉は効き目がある。
「あ、貴方は……この空間に入ってきたっていうことは、ま、ま、まさか……先生!?」
「そうだが…」
目をキラキラさせながら、彼女は嬉しそうに叫ぶ。
「私はこのシッテムの箱に常駐しているシステム管理者であり、メインOS――アロナです!! 先生のこと、ここでずーっと待っていたんです!!」
驚いた。まさか、こんなに人間味のある、感情豊かな存在がAIだとは。
感情豊かなAIと聞くと、あの
「よろしく、アロナ」
「はい!」
彼女の自己紹介に、俺は明るく答える。
茶番のような生体認証(?)を済ませた後、彼女から現状の全てを聞いた。
今のキヴォトスがあれほどの混乱状態にあるのは、キヴォトスの行政権を握る最重要施設の制御権を握る者が、連邦生徒会長の失踪により不在となったからであるらしい。
そして、このアロナというAIが、サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すことができる存在であるらしい。
アロナが目を瞑り、静かにそう呟いた。
その表情は穏やかで、まるで何気ない日常の報告のようだった。
だが、続いた言葉はまるで爆弾のようであった。
「今のキヴォトスは先生の支配下にあるも同然です!」
……これまた随分ととんでもない展開だ。
要するに、今の俺はキヴォトス全体を意のままに動かす権限を手にした、というわけか。
この絶大な権力、普通であれば歓喜すべき事態なのだろう。 欲望に溺れた者ならば、歓声を上げてその椅子に座ることだろう。
だが――
(興味ないな。俺は支配する側には向いていない)
俺は軍人だ。命令するより、命を張る方が性に合っている。
そして、アロナが続ける。
「先生が承認さえしてくだされば、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管できます。でも……大丈夫ですか? 連邦生徒会に制御権を渡しても……」
心配そうに見上げてくるアロナ。 その瞳には、不安と警戒、そして俺への信頼が入り混じっていた。
「ああ、連邦生徒会に渡してくれ。とてもじゃないが、俺がこの世界をうまく扱えるとは思えない」
はっきりと答える。
それが一番、この世界にとって安全な道だ。
「分かりました。これよりサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」
アロナは胸元に手を当て、どこか儀式めいた仕草でそう宣言した。
キヴォトスに、ひとつの秩序が戻ろうとしていた。