君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話   作:豚姫

12 / 27
12話 わたしのからだ

 

 今日で一般病棟に来て12日目。

 本日は6月26日。梅雨のこの時期は雨が多くて、室内はジメジメしている。

 本来なら暗い気分になるこの天気で、私はここ1ヶ月で1番穏やかな心持ちでいた。

 

 一昨日の『鷹司雅(たかつかさ みやび)』の登場は103号室に衝撃を与えた。きらりや睦美ちゃんとは、あれから少し距離を感じている。昔から家のことがバレたりすると、よくあった反応だ。少し寂しい。

 

 真央ちゃんに聞いた話によると、他の病室でもモデルが歩いてたと話題になっているみたいで、次来る時はもっと普通の格好にさせないと、と心に誓った。

 

 

 そして、一昨日の雅の励ましによりメンタル復活した私は、取り敢えず目先の悩みを解決にすることにした。

 閉ざされた未来を嘆くのはもう終わりにしよう。まずは、この体の現状を、正確に知ることから始めるのだ。

 

 

 

 

◇ ◇

 

 

 ──今は朝の回診中。

 その日の健康状態を確認し、治療方針を決める大事な時間だ。

 

「──了解です。シリンジポンプでの鎮痛は継続で、ギプス内の圧迫や浮腫(むくみ)も毎回チェックします」

「あと、褥瘡(じょくそう)リスクも高いので体位変換は2時間ごと。神経症状や循環の変化があれば即報告してください。では回診、次の患者に移ります」

 

 小難しい専門用語が飛び交う会話を終え、鈴風先生は次の病室へ向かおうと踵を返した。

 

(今だ)

 私の体を知るには、主治医である鈴風先生に直接聞くのが一番手っ取り早い。この機会を逃せば、確実に話せるタイミングは、いつになるか分からない。

 

「あの、鈴風先生。聞きたいことがあります」

「…柚華(ゆずか)ちゃんが? 珍しいですね。次の診察があるのであまり時間は取れませんが、なんでも聞きますよ」

 

 小児科の先生とは思えないほど真顔な先生。子供に対しても常に敬語で、すごく優しく話しかけてくれたのはPICU(小児集中治療室)にいたときくらいだった。

 しかし、お話を聞いてくれるようなので、まずは一安心。

 

「私の足。感覚がないのって、脊椎(せきつい)を損傷して麻痺してるからですよね?」

「ええ。そこまでは先日説明しましたね」

 

 そう。事故で脊椎の骨を折った私は、神経を圧迫しないよう緊急手術をした。その時の説明で、足に麻痺があることも、その原因が脊椎損傷にあることも、そこまでは知っている。

 

「…それなら、()()()()は?麻痺って、残りますか?」

「それは…」

 

 鈴風先生は、言葉を詰まらせた。その穏やかな表情が一瞬にして険しくなり、わずかに戸惑いの色が滲む。

 先生はすばやく周りを伺った後、音もなくカーテンを閉めてベッドサイドに立った。

 

「そろそろ、きちんとお話ししようと思っていたんですけど、柚華ちゃんの方から言わせてしまいましたね。……柚華ちゃんは、本郷先生と仲が良かったですよね。呼んできましょうか?」

 

「大丈夫です。もう、覚悟はしてます」

 

 私は、きっぱりと首を横に振った。

 

 雅と話す前から、私は自分の体に違和感を感じていたからだ。一時的な足の麻痺なら、もう少し動いてくれたって良いはずだ。けれど、私の足は、まるで他人のもののようにピクリとも動かない。

 足の感覚も戻る様子がない。目を閉じていれば、誰かに触れられていることすら、気づかないかもしれない。

 

 この異変に、ずっと薄々気づいていた。だからこそ、今、私は現実と向き合う覚悟ができている。

 

「…それじゃあ、お話ししますね。柚華ちゃんには〝脊椎損傷(せきついそんしょう)〟による『た脊髄損傷《せきずいそんしょう》』が見られています。これは、簡単に言うと、柚華ちゃんの背骨の中にある『神経の通り道』が、ぶつかった時の衝撃で傷ついてしまったということです。そして…残念ながら、その傷が完全に元通りになるのは、とても難しい状況です」

 

「麻痺は…残りますか?」

 

 ただ真っ直ぐに、その答えを求めていた。

 これが一時的なものなのか、一生残り続けるものなのか。どちらにしても、私は受け止めなければならない。

 

 鈴風先生は、私の目から視線を逸らさず、ゆっくりと、しかしはっきりと告げた。

 

「…残念ながら、足の麻痺が残る〝可能性〟は非常に()()です。これまでと同じように、自身の力だけで自由に歩くことは難しくなります」

 

(…そうかぁ)

 

 私の頭の中で、その事実がゆっくりと、しかし確かな現実として形作られていく。

 

 悲しみじゃない。

 それは、今まで信じていた世界が、音もなく崩れ去るような、一種の諦観にも似た感情だった。

 今までそれなりに努力をして、順風満帆な暮らしを送ってたから、私が躓くようなことがあれば、それは理不尽によるものだと思っていたけれど。まさか、こんなことになるとは──。

 全てが、私自身の努力ではどうにもならない、不可抗力だという事実に直面し、ただ呆然とするしかなかった。

 

「ただ、これまでの経過から〝完全麻痺〟ではなく『()()()()』の可能性が高いと考えています。これは、神経の傷が完全に切断されているわけではなく、わずかにでも信号が通っている可能性がある、ということです」

 

(不全麻痺…わずかにでも信号が通っている…)

 

 それは、本当に小さな希望だった。

 完全に動かなくなったわけではない。足の感覚が、全く消えてしまったわけでもない。

 確かに、わずかながらも、まだ私の中に残されているものがあるというのなら――。

 

「私たちは柚華ちゃんの可能性を信じています。だから、決して諦めずに…一緒に頑張っていきましょう」

 

(先生真顔だけど、熱いハート持ってるじゃん)

 

 真顔な先生からは想像もできないほど、その言葉には、私を鼓舞する強い情熱が込められていた。

 この先生が、私を諦めないでいてくれる。その事実が、私にとって何よりも心強いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

「はーい、チェックメイト!」

「あ…」

 

 本郷先生のクイーンが、一歩進んだ瞬間、私のキングはもうどこにも逃げられなくなる。

 ──これで私の三敗目。

 

(…先生私を慰める気ないよね、これ)

 

 私が自分の足について真実を知ったことで、精神面を危惧したのか、朝の回診が終わるや否や、本郷先生はチェス盤を手に持ったまま、私の病室にやってきた。

 

 やっぱり優しい人だ、と思った私の気持ちを今すぐ返して欲しい。先生は全然加減とかしてくれないし、容赦なく私をボコボコにしてくる。

 大人気ないという言葉がピッタリだ。

 

「むぅ…完敗です。先生強すぎますよ。私こういうゲームであんまり負けたことないのに」

「大人だからね。どう?尊敬ポイント増えた?」

 

 本郷先生は、得意げにメガネをクイッと上げた。『多少は…』と、ぶっきらぼうに返す。すると、本郷先生はやったー!っと両手を上げて喜んだ。

 

(私、この人にボコボコにされたのかぁ…)

 悔しさ半分、呆れ半分で、私はため息をついた。

 

「先生の方こそ驚きだけどねぇ。早指しでここまで張り合ってくる小学生いないよ?流石〝神童〟って呼ばれてるだけはあるね」

「……え、私、そんなこと先生に言いましたっけ?」

 

 まるで、褒めるかのように頭を撫でる先生に、思わず聞き返した。

 地元でそう呼ばれたことはあっても、自分の口から『神童』などと、言った記憶は全くない。

 

「いや聞いてないよ。でも分かるさ、私もそうだったから。君と私は似てるって言っただろう?」

「え"ぇ…?」

「えーそんな嫌がられると先生も流石に傷ついちゃうよー?」

 

 先生のことは大好きだし、いつも助けてくれる感謝もある。だけど、似てるって言われると、全力で首を振って否定したくなる。

 先生と私の似てる要素どこ…?

 

 

「まあ、そんなことよりさぁ」

 

「先生びっくりしたんだけど、本当に明日、お父さんのお祖父(じい)さんたちと面会するの?」

 

 ──心配そうな瞳と目がかち合う。

 唐突すぎるとは、私自身も思っている。だが、避けては通れない道だ。

 

「いつかは……話し合わないといけないので」

「そうだね。でも、先生心配だなぁ。綾佳くんにも脅されてるしさぁ」

「お、お姉ちゃんが()()…?」

 

 聞き捨てならない言葉に、思わず聞き返すと、本郷先生は「…ゲフンゲフン」とわざとらしく咳払いをして、視線を泳がせた。

 

「…それで、会って何を話すんだい?」

 

 本郷先生は、私の視線から逃れるように一度盤面に目を落とし、そして改めて私を見た。その目には、いつものふざけた様子とは違う真剣な光が宿っていた。

 

「……私、麻痺が残るって、言われたんです。不全麻痺だけど、この先歩けるようになるかは分からない」

 

「それで、思ったんです。悔しいって。…こんな事故なんかで私の夢終わらせるわけにはいかない」

 

「これまでずっと理事長の後継になるために努力させられてたのに、いきなり用済みだからってポイ捨てなんて納得できない」

 

 強く拳を握りしめる。

 

「だから、お祖父様とちゃんとお話ししたいんです」

 

 私の瞳にもう迷いはなかった。

 本郷先生は、私の言葉を遮ることもなく、ただ静かに聞いていた。

 

「そっか。止めないよ、覚悟は伝わったからね」

 

 そして、私の真っ直ぐな眼差しを受け止めるように、ゆっくりと頷いた。

 優しく笑った本郷先生は、次の瞬間、ルークで私のキングを追い詰める。

 

「……先生ひどいです」

「大人は悪い人ばっかだからねぇ」

 

 そう言う先生の言葉には、どこか諦めにも似た、そして私への心配と共感が入り混じった複雑な響きがあった。

 盤上の冷酷な一手とは裏腹に、先生のまなざしは、いつも私を温かく見守ってくれていた。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。