君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話 作:豚姫
えーっと、今日で一般病棟14日目。
外は相変わらず雨が降っていて、いつもと変わらぬ日常です。…と、言いたいところなんだけど、私は今、絶賛お説教中です…。
「「このバカ!!」」
「ご、ごめんなさい…」
グループ通話の画面越しに、二つの声が私の鼓膜を
しかも、声の主の一人は親友の
私がなぜ、こんなにも激しく怒られているのか。その理由は明快だった。
私は二人に何の相談もなく、勝手に本家と連絡を取り〝父方の祖父との面会を受け入れた〟。
二人とも、私が本家と会うことには、猛烈に反対していた。そんな彼女たちの意向を無視し、私一人で話を進めてしまった結果──親友の雅と、実の姉である綾佳は、滅多に見せない激怒モードに突入してしまったのだ。
「はぁ…あなたってほんと頑固!あれだけ治療に専念しなさいって言ったのに、私の話聞いてなかったの!?」
「ゆず私が頼りないのはわかるけど、私は貴方のお姉ちゃんなんだから、もう少し相談をしてくれていいのよ」
「は、はい…」
二人の勢いに私はただ頷くことしか出来ず、反論の機会は全く回ってこない。
朝からグループ通話で説教されるなんて、さすがに気が滅入るけど、二人がここまで怒って、悲しんでくれるのは、私を心底心配してくれているからだと、私は痛いほどわかっていた。
だからこそ、私の気持ちを二人には知って欲しい。
「あ、あのー発言いいでしょうか…?」
私は、恐る恐る画面に向かって手を上げてみせる。すると、二人は揃ってジト目で私を睨みつけた。
「ええ、いいわよ。いったいどんな素敵な言い訳が聞けるのか楽しみね?」
「ゆず。発言次第では私から断りを入れるから」
二人の鋭い言葉に、私は背筋が凍りつく。
これは
「……私たち三姉妹は本家に引き取られるわけじゃないですか」
私は、一度深く息を吸い込み、画面越しに二人の目を真っ直ぐに見つめて、真剣に話し始めた。
「そしたら、いつかは絶対お
言葉を重ねるたびに、私の声には熱がこもっていく。諦めきれない未来への焦燥と、確かな決意が混じり合う。
「そんなことになるんだったら、私は今話したい。私は、遅れて後悔するより、先に話して後悔したい…!」
そして、最も伝えたかった思いを絞り出した。
「それに、お姉ちゃん一人に無理させるのは絶対嫌。雅の隣に立てなくなるのも…嫌。だから、私は今、お祖父様と話すしかないと思ったの」
私の口から出た言葉は、偽りのない本心だ。麻痺の現実を知ってから、心に固く誓ったこと。
二人のためにも、自分の未来のためにも、私はここで立ち止まるわけにはいかない。
「ゆず…」
「柚華…」
二人は目を丸くして、一瞬言葉を失った。
画面の向こうの二人が、私の言葉に心を揺さぶられているのが見て取れる。
(…よかった。二人ともわかってくれたんだ)
私が、安堵の息を漏らしかけた、その時だった。
「…って、
「えっ、えっ? 今のそういう流れじゃなかった!?」
雅の声が、画面越しに再び弾けるように炸裂し、私は思わず叫び返す。
「せめて前日に言いなさいよ、前日! そしたら私だってスケジュールを調整できたのに! ってか、あの感動的な別れがあったのになんでこんなことになるのかしら!? 前から思ってたけど、あなたって本当に計画性が──」
「わあああ…! ごめんってば!」
「ゆず。過ぎた過去は変えられないから、大人しく罰を受けて」
「……はい」
私は肩を落とし、すごすごと頷くしかなかった。
──そして、私の説教回避は、あえなく失敗に終わったのだった。
◇◆◇◆
「──ってな感じで、2時間近く説教されてたんですよ……」
「いいねぇ。愛されてるじゃないか」
面会室で、本郷先生に愚痴をこぼす。
あれから約2時間の説教を喰らった私は、祖父母との面会のために、ベッドごと特別室に移動していた。
雅の時は103号室で面会をしたけど、流石にあんな怖いお祖父様たちを、みんなに会わせるのは気が引けた。
(あんな怖い人見たら、みんなトラウマになっちゃうよ……)
「それにしても、そのお二人さんが猛り狂うほどのお祖父さんって、どんな人なんだい?」
「……えっと、お祖父様、いや〝松村
私は、重い口を開いて説明した。その言葉を口にするだけで、胃の奥がずしりと重くなる。
(しかし、オマケに祖母がついてこなくて良かった…)
あの人たちは二人でいるとさらに強力になるタイプのボスなので、できるだけ分離した状態で会う必要がある。今回はそれに成功したようだ。
「へぇ…今日来るお祖父さん、そんなに怖い人なんだ。うんうん。じゃあ、柚華くんのことしっかり守らないとだねぇ」
下手な仕事したら君のお姉さんに締め上げられそうだし、と指先でペンをくるくるまわしながら、愉快そうに笑う本郷先生。モンスターペアレントが来ると聞いて笑うのなんてこの人くらいだよ。
「それにしても、これは…何かなぁ?」
祖父が来るまでの時間を潰すため、本郷先生は暇つぶしにお絵描きを提案してきた。
私は素直にそれを受け入れ、渡されたペンを左手に握り、犬を描き始めたが、これがなかなか難しい。本来右利きの私は、利き腕にギプスをしているため、左手で描かざるを得ないのだ。
「それで、柚華くん……それは、アリかい?」
「違います。犬です」
「そ、そうか。まあ、あれだね。柚華くんは右利きだからね、うん」
笑いを堪えきれてない先生が、肩を震わせている。本当に失礼だな、この人。
「笑ってないで一緒に描いてくださいよ」
「えー先生も下手っぴだよー?」
「〝も〟ってなんですか?それ、遠回しに私が下手くそだって言ってますよね。私右腕だったら結構絵上手いですからね!」
先生の失礼な発言を突くと、困ったように、けれどどこか楽しそうに笑われる。
本郷先生と一緒にいると、自分がまるで幼い子供に戻ったかのように振る舞ってしまうのを自覚しているだけに、少し恥ずかしい。
「──なんだ。他にも人がいるのか」
そんな、本郷先生との他愛ない雑談で、少し心が軽くなっていた、その時だった。
何のノックもなく、面会室の扉が勢いよく開いた。
現れたのは、真っ白なオールバックの髪を完璧に整え、体に吸い付くような上質なオーダーメイドのダークスーツに身を包んだ、一人の老人。
途端に、室内の空気が張り詰める。
扉の先に立っていたのは、他でもない、松村厳一郎。私の祖父だった。
鷹のように鋭い瞳が、まっすぐに私を射抜き、その全身から放たれる威圧感は、部屋の温度を数度下げたように感じられた。