君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話   作:豚姫

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14話 首輪付きの後継者

 

 

 お祖父様の登場で氷点下に達した面会室。

 本郷先生は努めて、にこりと笑顔で話しかけた。

 

「ああ、おじい様!私は公認心理士の本郷彰といいます。今日は柚華さんが安心してお話しできるよう、私がここに同席させてもらいますね」

 

 本郷先生は満面の笑みで、お祖父様と握手しようと手を伸ばした。

 けれど、お祖父様は虫けらでも見るような目で本郷先生を一瞥し、パイプ椅子に床が軋むほどの音を立てて腰を下ろした。

 

(う、うわぁ…うちのお祖父様がすみません)

 

 この後の展開を想像し、腹の底がずんと重くなるのを感じながら、私はゴクリと喉を鳴らした。

 案の定、祖父が冷酷な声で口火を切る。

 

 

「柚華。後継ぎの件はどうするつもりだ」

「……それはこちらの台詞です、お祖父様。私は後継者候補を辞退したつもりはありません」

 

 事故にあった孫にかける第一声がそれか、という本音は一旦しまい込む。

 私は、握りしめた手に力を込め、精一杯の毅然(きぜん)とした声で返した。

 

「はっ」

 

 それを、お祖父様は鼻で笑った。

 

「その体で何ができる。ただでさえ女は舐められるというのに、車椅子に乗ってるだなんて、足元を見られるどころか、笑いものになるぞ」

 

 時代錯誤も甚だしい言葉が、胸に鉛となって沈み込む。

 けれど、ここで怯むわけにはいかない。

 

「お祖父様ならよくご存知のはずですよ。私は、そんな挑発に乗るような柔な教育は受けてません」

「ふん。こちらはお前たちの愚かな事故のおかげで、多大な損失を受けているんだ。……全く、よりにもよって何故お前が脊髄損傷なんぞになるんだ」

 

 心臓を、氷の手で鷲掴みにされたような衝撃。

 お祖父様にとって、私の体はただの「損失」であり「不都合な事実」でしかないのだ。

 

「柚華。いいか、松村家の後継者とは、清廉にして強靭、そして何よりも『完璧であること』を求められる」

 

 彼は、私の車椅子に座る足元を、侮蔑の眼差しでじろりと見やった。

 

「お前は、もはやその条件を満たしはしない。それに──お前の姉は、お前ほどの才覚はない。だが、少なくとも〝五体満足〟だ」

 

 そこで祖父は一度、言葉を切った。

 それまでの怒気とは違う、まるで絶対零度の光がその瞳に宿る。

 

 

「お前が事故で()()()()()()、まだ潔かったものを。不具の体で生き恥を晒し、綾佳に余計な重荷を背負わせ、松村家の名を汚すとは一体何様だ」

 

 

 ──私が、死ねばよかった?

 

 キィンと、耳鳴りがした。

 浴びせられた言葉の暴力に身体が震える。

 心臓はバクバクして、胸が苦しい。

 

 ──私は生き恥を晒してるの…?

 

 唇を強く噛み締め、俯く。震える指先が、シーツを皺くちゃになるほど強く掴んでいた。

 

 幼い頃から後継者として育てられてきた誇り。父の夢を継ぐと誓ったあの日の記憶。輝かしいはずのそれらが、祖父の言葉によって泥の中に叩きつけられ、無様に踏みつけられていく。

 途端に、自分がひどく無価値な人間に思えてきた。

 

(……泣くな。ここで泣けば、この男の思う壺だ)

 

 最後の意地だけで、目に浮かんだ熱を押し留めて顔を上げた。

 震える声で、喉の奥から言葉を絞り出した。

 

「それでも…お願いします!この体で何ができるかはっ、私が身をもって証明してみせます!だからっ、私を後継者候補に入れてください…!」

 

 死ねばいいと言われた相手に、情けなく懇願した。みっともないと、自分でも思う。

 お祖父様は、そんな私の必死な訴えを、冷たい目でじっと見つめた。

 

 

「腰椎レベルL2の損傷。ASIAスケールCの不全麻痺。二度と昔のようには歩けまい」

 

 お祖父様は、私のカルテでも見るかのように、すらすらと病状を口にした。 

 

「だが、お前は天才だ。その頭脳がまだ使えるという一点において、お前の懇願を聞き届けてやらんでもない」

 

 一拍おいて、お祖父様は口を開けた。

 

「……よかろう。暫定的に、お前を松村家の後継者として認める」

 

「だが、それは『首輪付き』の座だということを片時も忘れるな。今後、お前の一挙手一投足は松村家の監視下に置き、家の名を汚す独断専行は一切禁ずる。違えれば、罰を与える」

 

「そんな、法外なこと」

「お前が断ろうが関係ない」

 

 祖父はそこで一度言葉を切り、残酷な宣告を続けた。

 

「──その時は、お前の姉・綾佳がお前の代わりに『首輪』をつけることになるだけだ」

 

 息が、止まった。

 私が断れば、傷つくのは姉になる。私の手足だけでなく、心までをも縛り付ける、完璧な呪いだ。

 

「……わかり、ました」

 

 頷くことしかできなかった。

 この提案を受け入れなければ、今すぐお姉ちゃんが同じ地獄に引きずり込まれる。

 それだけは絶対に嫌だったから。

 

 

「だいたい、お前は」

「──失礼。少しよろしいですか、厳一郎さん」

 

 それまで沈黙を保っていた本郷先生が、乱雑にペンを机に置き、有無を言わさぬ声で口を挟んだ。知的なリムレス眼鏡の奥の瞳が、凍てつくような光を宿している。

 

「部外者が口を挟むな」

「ええ、部外者ですよ。ですが、公認心理士として、そして何より一人の人間として、先ほどの暴言は聞き捨てなりません」

 

 本郷先生はゆっくりと立ち上がった。

 いつも穏やかなその表情から笑みが消え、そこには初めて見る、静かな怒りが宿っていた。

 

「あなたは今、ご自身の孫娘に、教育や叱責の範囲を逸脱した明確な()()()()()を行いました。心理士として、見過ごすわけにはいきません」

「……心理的虐待だと?」

 

 厳一郎は、心底くだらないとでも言うように、鼻で笑った。

 

「甘ったれたことを。この程度の言葉で折れるなら、それまでの器だったというだけのこと」

「結構です。これ以上の問答は不要でしょう」

 

 本郷先生は、そこで初めて私の方へ向き直った。

 

「柚華くん、今日の面会は終わりだ。彼をこれ以上、君の病室に滞在させることは、治療の妨げになると私が判断した」

「……フン、くだらんな」

 

 厳一郎は忌々しげに舌打ちすると、パイプ椅子から立ち上がった。まるで、これ以上付き合うのが馬鹿らしくなったと言わんばかりの振る舞いだった。

 

「柚華、話は終わりだ。言ったことは忘れるなよ」

 

 冷たく言い捨て、祖父は一度もこちらを振り返ることなく、病室を去っていった。

 

 

 扉が閉まり、絶対的な支配者の気配が消える。

 

 

 

(……やっと、終わった……?)

 

 呆然とする私に、本郷先生は「大丈夫かい」と、いつもの優しい声で微笑みかけてくれた。

 

「ごめんね柚華くん」

 

 絞り出すような、後悔の滲む声だった。

 

「大人として、もっと早くキミを守るべきだった。……柚華くんの家の問題にどこまで踏み込むべきか、考えあぐねていたらこんなことに…すまない」

 

 ふと、先生の膝の上に置かれた拳が目に入った。

 固く握りしめられたその拳からは、爪が食い込んだのか、うっすらと血が滲んでいた。

 

(そっか。先生も我慢してたんだ)

 

 きっと私の未来のために、口を挟むのを堪えていたんだろう。そんな辛そうな顔しなくていいのに。

 

「私これからどうしよ…」

 

 雅の隣に立つこともできるし、姉を守ることもできる。

 でも、私の未来に〝幸せ〟という文字はなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

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