君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話 作:豚姫
お祖父様という悪魔と契約を交わしてから2週間。
私はあのことを誰に言うでもなく、特に変わりない入院生活を送っていた。
(なんの
多分退院するまでは直接的な接触はないはずだけど、あの人は何をしでかすかわかったもんじゃない。
ため息を吐きつつ、これからの展開に頭を抱えていると、陽気な声が103号室に戻ってくるのが聞こえた。
「うげぇ…なんだよこれ、クソ不味ッ!!」
「フグミント味のアイス買うバカいたのね」
「きらりんって偶にどうしようもなくバカなことするよねー」
「お前らひどくない!?」
きらり達は佐倉さん付き添いの元、院内のコンビニで奇抜なフレーバーのアイスを買ってきたらしく、飽きもせずギャーギャー騒いでいた。
こんな騒音にも慣れてきた今日この頃。
(103号室は平和だなぁ)
みんなを眺めていると、きらりが私のベッドにそっと座った。
「柚華チョコ好きか?」
「うん。好きだよ」
「じゃ、これやるよ」
ガサガサとコンビニの袋を漁るきらりから差し出されたのは、美味しそうなチョコ菓子だった。
「え、いいの…?」
「うん」
きらりはそれだけ言うと、私の手のひらにチョコの箱を乗せた。
「嬉しい。ありがとう、きらり」
「おう!」
短いやり取りに、心がじんわり暖まる。
相変わらず夜は眠れない時も多いし、身体もあちこちが痛む。けれど、この病室にいればそれも少しは忘れられる気がした。
みんなの笑顔が、私を普通の小学生に戻してくれる。
「家帰りたいなー」
「同意ねー」
「お前ら仲良いな」
「いつも言ってるよね」
この二人の家帰りたいコールも、もう何百回聞いたことか。
私はどちらかというと帰りたくない派なので乗らないが、こういうのに真っ先に口を出しそうなきらりもあまり参加しない。
(きらりも、家に帰りたくない理由でもあるのかな…?)
チョコをゆっくりと口に運びながら、ぼんやりと考えていると、ドタドタと、小走りの足音が廊下から近づいてくる。
(誰だろう…?)
みんなで顔を合わせ首を傾げていると、短いノックの後、ガラリと扉が開いた。
「…っ、ゆずちゃんゆずちゃん! あのね、鈴風先生から許可が降りて、今日から車椅子乗るの練習していいって!」
「え、ほんとに…?」
私が目を丸くすると、アッキー先生が嬉しそうに私の質問に頷いた。
(やった、やっと車椅子に乗れる…)
約1ヶ月半の寝たきり生活はようやく終わりを迎えそうだった。
◇◆◇◆
「と、いうわけでー今日から柚華ちゃん!車椅子に乗れまーす!」
「「イエーーイ!!」」
アッキー先生がマイクを差し出す仕草をすると、ライブのコール&レスポンスのように二人が声をあげた。
「よかったわね。あなたリハビリ頑張ってたじゃない」
「そう、だね…」
隣で微笑む真央ちゃんに、曖昧に微笑む。
きっと、何も考えたくなくてリハビリに没頭してたからだ。そう思うとちょっと複雑である。
「……あなた、何か」
私の顔を覗き込んだ真央ちゃんの、心配そうな声が途中で遮られる。
「これならクイズ大会も参加できそうだな!」
「優勝間違いなしだね!」
私の顔を覗き込んだ真央ちゃんの声を遮るように、二人が声を上げた。
「え?クイズ大会…?」
聞き覚え無い言葉に首を傾げると、睦美ちゃんがどこから取り出したのかサングラスをかけ、説明口調に語り出した。
「説明しよう! この小児病棟では定期的にイベントが開催される! そしてっ、次に来るのが『七夕クイズ大会』! 優勝者には金メダルが贈呈されるという!」
「…そ、そうなんだ。って、あれ? 七夕ってまだ結構先じゃない?」
「ええ。七夕ってついてるのは、直近の行事がそれだったから、便宜上そう呼ばれてるだけで、実際は全く関係ないわ。だから、大会は
「えぇ!?聞いてないんだけど…!?」
今日!? 私飛び入り参加すぎない!?
クイズなんて、家族で見てたクイズ番組くらいしか経験ないけど…。
「いやぁ。悪い悪い!もし、柚華が車椅子乗れなかったら参加できなかったし。知らない方がいいかなって思ってさ」
「ああ、そうだよね。……それにしても、なんか、みんなテンション高いね」
きらりと睦美ちゃんはともかく、いつもクールな真央ちゃんですら、やる気に満ちた顔を浮かべている。
なんというか、今日はみんな闘志がすごい。
「まーな。ここにいたら、イベントごとなんてほぼないから、こういうので盛り上がるんだよ」
きらりがどこか寂しそうに、でも楽しそうに付け加えた。
……真央ちゃんと睦美ちゃんはよく入院繰り返してるって言ってた。
だからだろうか、イベントごとにかける熱量は私たちの比ではない。
「私たちが参加するのは小4〜小6の部で、2〜4人ペアで参加できるんだ!睦美たちのチーム名は『103号室』これで決まりだね!」
「安易だけどいいんじゃない」
「小4〜小6……私たちだいぶ不利だね」
睦美ちゃんと私が小4で、他二人が小5。
普通に考えれば優勝チームは6年生がメインのチームになるはず。
勝つにはどうするか、うんうん頭を悩ませてると、ふと視線を感じた。
「えっ…なんか私すごい期待されてる?」
顎に手を当て頭を悩ませている私を、みんなが救世主でも見るような、キラキラした目で見つめている。
「当たり前じゃん!ゆずちんたまに何言ってるかわからないもん!つまり賢いってこと!!」
「お前のやってる勉強わけわかんねーもん。なんで算数なのに、英語が出てくるんだよ」
「私は本の虫なだけで、知識は普通の小学生レベル。つまり、優勝はあなたにかかっているということよ」
み、みんなの期待が重い。
私は…本当に、大した人間じゃないのに。
(でも、クイズ大会で優勝しても、お祖父様に咎められることはないはず)
「……問題の傾向とかってあるかな?」
「普通に小学生レベルの問題。もしくはこの病院にいる子供じゃないとわからない問題が出てくるでしょうね」
前者であれば間違いなく勝てるけど、後者の問題が多い場合はその限りじゃない。
知識で賄えない問題をどう対処するかが鍵になりそうだ。
「あー
「204…?」
「そそ。隣のリハビリ病棟にいる204号室!そのうちの一人が、すっごく頭がいいらしいんすよ!」
〝204号室〟。
すごく頭がいいが、どれくらいを指しているのかわからない以上警戒すべきだ。
(いつもみんなに支えてもらっていたから、今度は私が恩返ししたい)
私にできることは、これくらいだから。
せめてこれくらいは頑張らないと。
◇◆◇◆
「柚華ちゃん痛くない?」
「はい。大丈夫です」
初めての車椅子は、全てが新鮮だった。
寝たきりだった日々から一転、私の視界はぐんと高くなり、世界がまるで新しいレンズを通して映し出されているかのように見える。
(……ああ、でもちょっと気分悪くなるなぁ)
急な起き上がりに血圧が乱れているのがわかる。
頭の奥でじんわりと眩暈がするような、もし立っていたらフラフラと倒れてしまいそうな感覚が襲ってきた。
(クイズ大会…大丈夫かな)
万全の調子であれば負けない自信はあったけど、これはかなり厳しい戦いになりそうだ。
「よぉし!じゃあレッツゴー!」
「はっ、私が1番についてやるよ!」
きらりと睦美ちゃんが勢いよく病室を飛び出し、廊下を駆ける。
…きらり、松葉杖でよくあんなことできるなぁ。
「あーこら走らないよ!」
佐倉さんの咎める声が廊下に響くが、二人はお構いなしだ。
真央ちゃんは、そんな二人を呆れたように見ながら、その背中に大人しくついていった。
「もう…それじゃ、柚華ちゃん行こっか」
──そして、私は佐倉さんに車椅子を押されて、初めて病室の外に出た。
「っ、眩し…」
私の想像よりも何倍もカラフルで、明るい世界が広がった。
動物や可愛らしい水玉の模様が壁に描かれている、カラフルな横幅の広い廊下。病室に慣れきった私の目には刺激が強かった。
思わず目を細めると、それをみて真央ちゃんがくすりと笑う。
「久しぶりのシャバの空気はどう?」
「私、囚人…?」
「似たようなものよ。私は無期懲役みたいなものだし」
真央ちゃんの言葉の軽さに反して、その瞳の奥には、どこか諦めにも似た影が揺れていた。
「……それなら、脱獄計画でも立てちゃう?」
「ふふっ、それもありかもね」
おどけたように言えば、真央ちゃんは楽しそうに微笑んだ。よかった、真央ちゃんには笑っていて欲しい。
「もう、二人とも私の前でそんな話していいのー?」
「あら、看守さんにバレちゃおしまいね」
誰が看守だー!と、言った佐倉さんを二人で笑いながら、私たちは廊下を進んだ。
(それにしても広いなぁ)
ガラガラと車椅子の振動を味わいながら廊下を進むと、今まで知らなかった病院の全貌が、次々と私の視界に飛び込んでくる。
そして、しばらく進むと佐倉さんが、ある部屋の前でストップした。
「ここがクイズ大会の会場のプレイルームだよ。よし、入ってみようか」
佐倉さんの問いに私が静かに頷くと、ガラリと扉が開かれた。
(広いなぁ)
それは子供向けに造られた大きな部屋だった。
室内にはすでに何人か子供がいて、103の面々としか関わってこなかった私には、どの顔も新鮮に映る。
(この病院には、こんなたくさんの子供達がいたんだ)
部屋には、本やボードゲーム、おもちゃなどが置いてある。その中には、きらりたちが病室に持ってきてくれた、見覚えのあるボードゲームや本も混じっている。
(ここから持ってきてたんだなー)
キョロキョロみまわしていると、部屋の奥にプロジェクターとスクリーン、そして解答者席が並べられているのを見つける。
きらりと睦美はすでに席に着いて、こちらに手を振っていた。
「よっす。遅かったな」
「二人とも頑張ろーね!」
先についていた二人に並んで、真央ちゃんと私も位置に着く。
解答ボタンを囲んだみんなの顔は、いつになく真面目だった。
「それじゃ、やるからには全力で」
「打倒204号室だね!」
「絶対勝つぞ!」
「お、おー…!」
こうしてクイズ大会は、開戦の狼煙をあげた。